妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
『のるかそるか』
11月11日は長い焼き菓子の日だ。チョコレートがけか、しょっぱい派か。はたまたチョコが中に入っているものか。それぞれ好みが分かれるところだけれど、私はチョコレートがけ派です。
と、いうわけで今年もこの日がやってまいりました。
(だけど、お母様はいらっしゃらないのよね)
始まりは母の部屋。病院と我が家を行き来し、長期休養の夏休みなどは伊豆の別荘へ、静養に行くルーティーンだが、秋は比較的体調がいいということでしばらく自宅に帰ってこられることが多かった。
嬉しくて舞い上がっていたあの頃。
毎日母とお兄様の食事を作り、おしゃべりをし、時には勉強をして過ごす日々は幸せだった。
だけどそんな平和な幸せばかりでは単調になってしまう、と私は率先してイベントごとに家族を巻き込んだ。
お花見の時期にはお花見弁当を作って窓から庭の花を愛で、夏にはお兄様との合作魔法でかき氷を作り、秋にはハロウィンで仮装しお菓子をねだったり、――そして今日、ポッ〇ーの日にはポッ〇ーゲーム・・・なんてことはせずに普通に食べさせ合いっこをする程度にとどめたけれど。
普段食べないお菓子を食べる日、というちょっといつもとは違う時間を過ごす、それだけの日だった。
初め母は戸惑った。突然何も言わずにニコニコ笑いながら、チョコのかかった棒状の焼き菓子を己の口に向けて差し出す娘はさぞ怖かったことだろう。反省はした。
今日が何の日かを伝えると、呆れたような顔をしたけれどしぶしぶ付き合ってくれた。
ごねるけど付き合いのいい母です。好き。
そして髪を耳にかけながらお菓子を加えるお母様にちょっぴり――嘘、とってもときめきながら一本食べきってもらった時の満足感ったらない。幸せだった。お返しに食べさせてもらったのも幸せ。
こんなことの何がいいの?って顔のお母様たまらないね。
別に何か感謝を伝えたいとかそういうことじゃないの。そんな理由があったって後付けでしかない。
日本のバレンタイン文化と同じです。ただのお菓子業界の販促イベント。それに乗っかるお祭り好きの日本人。
その関係がこうして百年後も続いているんだから、日本っておかしな国だね。
食糧危機の時には無くなった風習も、解決したら復活するのはわかるけど、まさかこの文化まで復活するなんて誰が予想だにしただろうか。
あ、夕飯はきりたんぽ鍋です。こんな時くらいしか食べない。おいしいけどね。
きりたんぽ鍋屋さんがない時点でお察しです。郷土料理じゃなければその地方に行かない限りそんなに機会は巡ってこない。
うちは例外。イベントとして三年間、お母様と食べさせ合いっこしてきたのだけど、その場にお兄様がいたら、まあ巻き込むよね。
付き合わせて申し訳ないけれど、こういうのはノリだから。とお兄様にも食べてもらった。
どんな顔で食べていいのか戸惑っていたお兄様も二本目からは慣れたもので、普通にお菓子を摘まんでいる時と変わらぬ顔になっていた。
私?私は・・・麗しいお母様と大好きなお兄様に食べさせてもらって普通を保つって難しいよね。
そしてそういう時って二人ともなぜか攻め顔っポイというか、・・・角度のせいかな?うん。そういうことにしよう。
・・・もしかして私もそんな顔してるように見えてたりして。
ちなみに母とお兄様の間でもやっていたけど、この二人がやるとなんとなくバトルの空気が漂うのよね。
変な緊張感が漂うというか。楽しくない?これはこれで楽しんでいるから気にするな?
二人の間には私の入れない何かがある。これに関しては寂しいと思わないのは、二人の醸す雰囲気が怖かったから。
知らない方が幸せなことがきっとある。そういうことだ。っていうか食べさせ合いっこのバトルって何?別に両端咥えた本式じゃないのに。
とまあ、なんやかんやあったけど、これも一つの楽しいイベントだった。
先日のハロウィンにもお兄様は付き合ってくれたけど、これもするのかな?でも二人きりでやっても面白いか?エリカちゃん達巻き込む?・・・嫌がられそう。っていうか引かれるね、絶対。
やめておこう。
そう、思ってたんだけど、記念日当日の今日は忙しい用事もないということで生徒会はお休み。
皆で喫茶店でおしゃべりすることに。
お店に入るとマスターがニコニコお出迎え。今日は店内カップルが多いですね。
「ほら、今日は11月11日だから」
テーブルを見れば二人の間にポッ〇ーが。・・・流石にポッ〇ーゲームをやっている人はいないけれど。
「普及にご協力くださいって、この時期卸業者が配ってるんだよ」
だから無料サービス。と私たちのテーブルの中央に二つ。これ、ひと箱分かな。メーカーも大変だね。企業努力。これがあったから風習が戻ってきたのか。
「私あれイマイチ得意じゃないのよね。ポッ〇ーゲーム」
「え、エリカちゃんやったことあるの?!」
美月ちゃんが真っ赤になってエリカちゃんの言葉に真っ赤になって驚愕の表情。
私もおお!と思ったけれど、エリカちゃんがこういう言い方するってことはときめく話じゃないね。なんかうんざりしてる感じ。
それに吉田くんが落ち着いて苦笑している時点でそうじゃないことがわかる。
けど、女子の食いつきが半端ない。雫ちゃんもほのかちゃんも注目してます。
「あ~、別にカップルのやるヤツの話じゃないよ。うちの門下生たちのちょっとしたゲームっていうか。どっちが我慢できるかって言うね。度胸試しみたいなやつなんだけど。
多分あれよ。本物のポッ〇ーゲームでカップルたちがイチャイチャしてるの見て悔しくなったから腹いせみたいに始めたんだろうけど、それが定着しちゃって。勝ったらひと箱貰えるっていう馬鹿らしいゲームよ」
男所帯はこれだから、と呆れた雰囲気に女子たちは落ち着いてポッキーに手を伸ばし始めた。冷めるとそんなものです。
男子たちも苦笑いを浮かべながらお菓子に手を伸ばす。
「でも、カップルでもアレをやる勇気はないよねぇ」
こそっとエリカちゃんは後方の席に視線を向ける。・・・あらぁ。観葉植物に隠れているつもりだろうけれど、体を寄せ合ってるからわかっちゃいますねぇ。ここ、お店ですよ。
「キスする理由が欲しい人には都合がいいんでしょうね」
「あら、深雪は歓迎派?」
「イベント事は好きよ。日常できないことをするのは楽しいじゃない」
「へえ、意外」
「深雪ってそういうところもマメなの?」
「これってマメって話になる?ちなみにうちは今晩きりたんぽ鍋よ」
「「「「マメだよ!」」」ですよ」
記念日参加はマメだって。オタクにとってはネタになる日で楽しいんだけどね。
「きりたんぽって食ったことねぇ」
「普通の鍋とそんなに変わらないぞ。ただ腹に溜まるから食いごたえがある」
「マメだ・・・」
吉田くんまで感心した声を。
ところでほのかちゃんなぜそんなもじもじしてこちらを見ているのです?
「ほのか?」
「え!・・・その、きりたんぽだけ、なのかなって」
「・・・ほのか」
雫ちゃんも呆れたように見てるけど・・・これ聞かれてるのってゲームをしてるか否かよね?
美月ちゃんは目を輝かせてますね。期待されても何もないですよ。
「これを食べるにしても、昔母と戯れてやっていた程度よ。こうやって」
えい、とほのかちゃんの口にチョコの部分を当てる。・・・うむ、素晴らしき弾力。
口に当てられたら食べないわけにいかないから、ほのかちゃんは顔を真っ赤にしながらかじりついて離れようとするけれど、だめよ。
「ほのかが食べないなら残りは私が食べちゃうわよ?」
女の子同士ならば間接チューも気にならない。・・・ほのかちゃんはそうじゃないの?雫ちゃんとなら気にし無さそうなのに。
この脅しは有効だったようで。ほのかちゃんはリスのようにカリカリ齧る。可愛いね。たんとお食べ、と頬杖ついて見つめてしまう。
しかし、これ食べてるとキス待ち顔に見えると言うけれど、うん。見えるね。真っ赤だし。初々しさがとてもいい。食べちゃいたい。
・・・安心して。オタクの食べちゃいたいは、実際手を出すことはないから。口先だけだから。
「深雪、次わたし」
おっと雫ちゃんもイベント好きだね。ノリがいい。いいよー。待っててね。
ところでエリカちゃん、何でそんな引いた目で?美月ちゃんはお顔赤いね。雫ちゃんの次は君かな。
「・・・で、達也はアレされてんのか?」
「レオ!」
「されるしするな」
「達也も平然と答えるな!」
「多感だなー幹比古は」
「別におかしなことじゃないだろ」
「それはおかしなことだからな?」
「十分おかしなことだよ!っていうか何でレオはそんな平気なんだよ・・・」
「コイツらならそんなこともあっておかしくなく思えるくらいには、慣れた」
「慣れ・・・。順応性高すぎだろ」
「お前は頭が固すぎんだよ、って言いたいが、お前は正常だ。安心しろ」
「それだと俺が正常じゃないみたいじゃないか」
「「そうだよ」」
男子たち楽しそうだね。仲がいい。話している内容は、まあそうだね。
お兄様、兄妹で食べさせ合うのって珍しいことだと認識しましょうね。私からの忠告より外部から指摘された方が認識できるでしょう。
そしてほのかちゃんに続いて雫ちゃん。ほのかちゃんは机に突っ伏してます。毒なんて仕込んでないのにね。あいむうぃなー?
雫ちゃんはなんかこう、ほのかちゃんとは違う・・・うーん、可愛い。ハムスター。ジャンガリアンなハムスター。可愛い。可愛いしか出てこない。
「深雪、たのしそーねー」
「エリカもする?」
「いらない」
半眼になってこちらを見ているエリカちゃんになんか減る気がする、って言われた。一体何が減るというの?
いつもとちょっと違った時間を過ごして、余ったお菓子をマスターからもらって帰宅した。
「深雪、ちょっといいか?」
部屋に戻って着替えたところでノックと共にお兄様の声が。
「はい、どうし――」
ドアから出て顔を覗かせると、無表情のお兄様から頬に手を添えられてお菓子を突きつけられました。銃を突きつけられるのと同じくらい怖いと思うのは私だけ?
「少し羨ましかった」
そうですか。羨ましかったですか。
驚きすぎて頭が回らないので、差し出されたお菓子を口に含む。
ぽりぽり。久しぶりに食べるとおいしい。この触感とチョコがいいね。
「あとで俺にも食べさせてくれるか?」
食べてるので答えられないから瞬き一つ。頷いたのが伝わってお兄様が嬉しそうに微笑まれた。
イベントはノリが全て。頭で考えてはいけない。
お兄様がちょっと嗜虐的な表情を浮かべているように見えるけれどきっと気のせい。角度のせい。色男モードなんて見ていない。
「このまま指を離さなければどうなるかな」
あれー?気のせいじゃなさそう。お兄様その発想よくないですよ。
残り半分でそれ言います?どうするべき?途中で折る?それともこのままいくの?
・・・まさかこんな心理戦が待ち受けているとは。口同士じゃなくてもポッ〇ーゲームって成立するんだ。初めて知った。
どうすれば・・・どうしたら・・・
(・・・あれ、これもし私のターンが終わっても、お兄様のターンが待ち受けているというの?・・・詰んでない?)
残り三分の一・・・私の運命は、どっちだ!?
――
チョコレートの部分だけ食べきったところでポキっといきました。
っていうかもう途中で何も考えられなくなって焦って力が入って折れたって感じ。態とじゃない。
目前にお兄様の指と、クッキー部分だけが残っている。
「折れてしまったね、残念だ」
あと少しだったのに、とお兄様は言うけれど、いったい何がどうあと少しだったのでしょうね?
お兄様のお考えは私には難解過ぎてわからない。
残った部分はゆっくりとお兄様の口元に運ばれて消えていった。・・・食べちゃったよ。
ウン、マア、兄妹ダシネ。
頭の回らない状態のまま、お兄様にお菓子を箱ごと差し出される。・・・ああ、お兄様にも食べさせるんでしたっけ?
一本取りだして、お兄様の口元に差し出す――より早く、お兄様は齧りついた。
少し屈んでカリカリと進む。
ちょっと上向きにしたくらいなので、私の顔の位置と同じくらいの高さにお兄様の麗しいお顔が。
徐々に、徐々に近づいてくる。
距離が近づくと、体勢が保つのが難しくなったのか、壁に手をつくお兄様。
わあ、壁ドンみたい。
そして縮まる二人の距離。
私の背後は壁じゃなく自室なので下がることはできるけれど、・・・これはどうするのが正解なの!?
指に近づくお兄様の唇。
指先が震えそうになるけれど、そんなことしたらお兄様に緊張がバレてしまう。何か、何か策は――
お兄様の目は愉しそうに細められている。とても弄ばれてます。
お兄様楽しい?私は窮しています。
っていうかいつの間にか私の手が自分の顔の前にあるね?押し込まれてた!?近い!お兄様の顔が近いです!そして止まる気配がない!!
もうチョコの部分は無くなっている!ゴール(?)は目前だ!
(何か――そうだ!)
この時私は閃いた。この指が、私の意思でなければいいのだと。――つまり、お兄様の唇が私の指に触れる寸前、私は人差し指と中指、親指でお菓子を支えていた指を、人差し指と薬指を交換するよう持ち替えて、触れたと同時に――
「コン、奪っちゃったコン」
指で作った狐さんに、お兄様の唇を奪っていただきました。
よって、犯人は私じゃなくて、この狐さんです。・・・・・・・・・ってことになりませんかね?
っていうか狐ってコンって鳴くことよりワンの方が多いらしいね。
混乱している頭にどうでもいい雑学が過る。
お兄様が驚いてます。
やったね!大成功!!でも動かないね。驚きすぎた??
ど、どうしよう。とっさのこと過ぎてこの後の展開なんて何も考えてない。
狐さん帰らせてもいいかな?お兄様と密着したままなのがとても気まずい。お兄様の温度が、柔らかさが指に伝わるの本当に気まずいの!
ゆっくり、ゆっくりよ、と言い聞かせて狐を私の頬横に下がらせる。
離れたことに安堵しつつ、けれど動かないお兄様には内心焦りつつ。
「・・・あの、お兄様」
沈黙が厳しくて声を掛けるのだけど、お兄様壁ドンの姿勢のまま動かない。
「えっと、狐に奪われてしまいましたね?」
ここで軽いジョークでも、と思って狐の口をパクパクさせてみたのだけれど、お兄様の視線は私に固定されたまま。
「おに――」
「――ああ、奪われてしまったらしい」
ちょっと低めのいいお声。
怒ってはいないけど、なんだろう、背中がぞわぞわするお声ですね。
思わず狐を作っていた手を解いて握る。
「狐は帰ってしまったらしいな」
「そうですね」
帰ったというかドロンしましたね。お兄様の空気に慄いて。
「奪われたなら取り返さないといけないな」
「でも、狐は帰ってしまいましたし」
私もできることならドロンしたいです。逃げなきゃいけないと本能が叫んでます。
「なら、飼い主が責任を果たすべきだと思わないか?」
手のひらを壁についていたはずなのにいつの間に腕に変わっていたのか、お兄様との距離がさらに縮まっていた。
箱を持っている手は私の腰に回されている。
つまるところ、逃げ場が無くなった。
「・・・あの狐は私のペットでは」
「お前を守ろうとした忠義の狐を、お前は切り捨てるのかい?」
・・・そんな設定だったのか、狐さん。確かにあの子は守ってくれたけど!大事な何かを守ってくれたけど!!
「あ、の」
「盗人狐の罪はご主人様に償ってもらうとしよう」
この後、お菓子一袋分をお兄様の膝の上で食べさせられる拷問――罰を受け、放免された。
ちなみにどうしてリビングでなく、部屋に突撃してきたのかと尋ねると、驚かせたかったんだって。
突撃された時はすわ強襲かと慄いたものだけども。
話を聞けばそういうところは可愛いと思えるのに、どうしてこんなオチに・・・狐さんが悪かったのかな。
きりたんぽ鍋は今年も美味しくできました。お兄様もご満悦だったことを報告します。
「深雪、残り一袋あるんだが」
「もうお菓子は入らないので明日
しばらくポッ〇ーは見たくないです。
――
『11月22日』
続く魔法師の家に生まれた人間の宿命なのではないだろうか。いい夫婦は幻想である、と物心がつく頃に気付いてしまうのは。
魔法師あるあるだ。中世の貴族階級のように血を貴び、固執するため欲や業が生まれ、歪が生じる。
なんて複雑に言おうが何だろうが、大抵の魔法師の家族関係がこじれているなんてことは珍しくもなんともない。
一条くんの家庭のように家族仲がいい方が十師族からしたら異常である。まるでホームドラマに描かれるような仲の良さ。
私たちからしたらそちらの方がフィクションのように現実味がない。
血統を気にして恋愛なんて二の次だからね。
優秀な魔法師を産むっていうのが家を守るためだからそうなるのもしょうがないのだろうけども。
まあ、長々とくだらない話をしたけれどもなぜかと言えば、――今日が良い夫婦の日と言われる日だから。
ウチの父はお楽しみかもしれないけれどね。奥様とよろしくやっているんじゃないでしょうか。
実にどうでもよろしい。私たちに関わってこなければどこで何をしていてもお好きにしてください。
「と、いうわけで今年もやってみました。いかがですお兄様?」
「・・・今年はまた、いや、可愛らしいのだが・・・すごいな。触っても?」
「お兄様だけ特別ですよ?」
お兄様だけ特別、なんて当たり前と言えば当たり前なのだけど。
そもそもこの家にお兄様しかいないわけですしね。
唇に指をあてて上目づかいで私のできる限りのあざとさをもって、わざわざもったいぶって言ってみた。
テンションが壊れております。自棄になっているとも言う。
どうしてもいい夫婦の日が気に入らなくてですね。
ならば、と良いツインテールの日を全力で遂行する!と決めて早三年。三年も似たようなことを繰り返せば、お兄様もおかしな私のテンションにそこまでの動揺もない。
ちょっと目を細めてこちらを見つめている程度です。
全力であざと可愛さを演出してみたのですがあんまりいつもと変わりませんね。ちょっと悔しいですね。
去年まではお母様にも強制参加してもらってました。一体何がしたいの?みたいな冷たい目線を頂きながらも参加してくれるお母様本当に優しい。
お揃いのツインテールで、リボンを色違いにしたりして。楽しかったなぁ。お母様の髪はまるでシルクのようにしなやかでいてつるつるとした手触りで。
長さもあったので三つ編みであったり、コテで巻くのも一苦労でしたけど、完成した時の達成感がたまりませんでしたね。
一つの美を完成させた芸術家の気分でした。
でも今年からは一人。ちょっと寂しい。お揃いコーデができない分、お母様の髪では試せなかったことをやってみました。
一度作ってみたかったんですよね。自身の髪だけで作る両サイドビッグリボン。
垂れる二房の長いテールはふんわりゆるく巻いていて、プレゼントのリボンの端のようになっている。
「これは別に固められては無いのか。すごいな。近くで見てもどうなっているのかわからない」
おお。お兄様にもわからないことが。
ちょっと嬉しい。
嬉しいの、だけど・・・リボンからするすると指を滑らせゆるく巻かれた髪を指に絡ませて――何故口元へ持って行くのです?
「リボンで包まれているのだから、これはプレゼントなのだろう?」
はて。お兄様が何を言っているのかちょっとワカリマセンネ。
「いつ見ても魔法のようだな。あのストレートで綺麗な黒髪が、こんな形に変わるなんて」
「化粧と髪は女性が自在に操れる綺麗になるための魔法のようなものですから」
女の子は皆魔法使いですよ。特に、恋する女の子の魔力は素晴らしい。綺麗になろうとするエネルギーがまず違います。
「深雪にそんな魔法なんて無くても綺麗だけれど、このように愛らしく変身されてしまうともっと色々見たくなってしまうね」
「・・・もう、お兄様ったら」
なんでそんな言葉がするすると出てくるんですかね。
って、どうして抱き上げられているのです!?
「ちょ、お兄様?!」
「せっかく用意してくれたプレゼントだ。リボンを解かないと中身が見られないだろう?難しそうだから解きがいがあるな」
だから、そうやすやすと成熟期の近い女子の体を軽々と持ち運ばないでくださいませ!
そしてソファにそっと置かないで。覆いかぶさらないで!!
「煽ったのは深雪だろう?」
煽るとは!?私はお兄様に喧嘩など吹っ掛けておりませんよ?!
そして先ほどから口に出してないはずなのにどうしてそんなに的確に私の質問に答えられるのです??
「声には出ていないが、今の深雪は表情に全て書かれているからな」
テンションが壊れていたせいか、淑女の仮面も失ってい仕舞っていたらしい。
慌てて顔を両の手で押さえるけれど、そうなると防御していた腕が外れるということで――
「きゃっ」
素早い動きでお兄様が自身の身をソファに沈めると同時に、私の体は宙を半回転。
お兄様の膝の上にのせられていました。どんなマジックを使ったのですお兄様!?瞬間移動??
というよりこの隙を狙ってたのですか!
「お、お兄様、近いです!」
「――そういえば、今日はいい夫婦の日なのだろう?」
「え、ええ」
ニュースでも流れてますからお兄様が知っていても何ら可笑しくはないのだけれど、お兄様の口から聞くとすごいね。違和感がある。
「なら、予行練習とでも思えばいい」
「・・・・・・はい?」
「新婚夫婦なら、これくらいの距離は当然なんじゃないか?」
知らないが、と付け加えながら右のリボンに触れられた。難しいと言った割にするりと解かれてますけど!?瞬殺でしたね。
「あの・・・知らない、のですよね?」
「空想上の存在だと思っている」
ああ、お兄様もその認識。でもしょうがないね。伝説上の生き物ですよね、らぶらぶ夫婦なんて。
・・・ん?ということは。
「これはお兄様の理想の夫婦像、ですか?」
「そうなる、のか」
二人して揃って首を傾げてしまった。
お兄様の理想ならば気になると思って聞いたのだけど、指摘されてお兄様も気づいてなかったみたい。
「違うのですか?」
「ただの口実だったからな。だが、そうか。言われてみればそういうことになるのか」
お兄様はひとつ頷いて。
「――深雪が奥さんか」
あれぇ?お兄様からよくないオーラが漂ってきましたね。こんなお色気全開な旦那様は困ります。
いつの間にか髪をいじられていた手は頬を撫でる動きに変わっていた。
そして耳がおかしくなりましたかね?口実って言いました?いい夫婦の日が口実とは??
今日はお兄様のことが何一つわかりません。疑問いっぱい。
「こんなに可愛い奥さんがいては、仕事になんて行ける気がしないな。在宅の仕事を探すか」
「もしもしお兄様?」
真剣に何を考え始めました?しかも考えながら手は左のリボンにかかってますね。そしてこちらも瞬殺。
結構大変だったんですよ!?悪戦苦闘して何とか形が整ったというのに。それが十数分の命でした。
せっかくのおリボンがただのゆるいウェーブのかかったツインテールになってしまった。
「・・・お兄様、酷いです。もう解かれてしまったのですか?」
「ん?ああ、すまん。――しかし、これもまた可愛いね」
思い出したかのように言われましても許し――てしまう自分が憎いですね。
だってお兄様が本気で言っていることに疑いの余地はないので。その場しのぎで言っていたのなら怒れましたのに。
だけど、私が奥様でお兄様が旦那様、ねぇ。それって――
「お兄様が旦那様になるとして、今と何か変わります?」
「うん?」
「いえ、ふと思ったのですけど、いってらっしゃいとお見送りをして、おかえりなさいとお出迎えをして。ご飯を作って一緒に食事をして。このソファで並んでコーヒーを共にして。・・・これって十分新婚生活に求めるものかな、と思いまして」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
キスとかは流石にしていないけれど、ハグはしてますしね。これって十分理想の新婚生活なのでは?
後はベッドでイチャイチャくらいしかすることない、それくらい完璧な理想の新婚さんですね。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・私たちの生活ってすでに予行練習になっちゃってました?」
なんということでしょう。
もしかしなくてもこれって気づいちゃいけない真実だったのでは・・・?
お兄様がお目目いつから閉じてないのかっていうくらい見事に固まり遊ばしてますね。
ドライアイになっちゃいますよ。手を伸ばして強制的に目を閉じさせた。
「あ~、お兄様。もう一度目の前でリボン作るので、もう片方は結んでくださいますか?そうしたら構造もわかりやすいでしょう?」
わかりやすい話題転換。でもこうでもしないとお兄様が再起動できないかと思って。
少し時間を掛けてゆっくり手を離せば、通常のお兄様のお顔が。良かった。
そしてお兄様は願い通り乗っかってくれるらしい。
「そうだね。うん。見せてくれるか」
心なしか距離も離れましたね。膝の上からは下ろしてくれる気配がないけれど。
「では、僭越ながらレクチャーさせていただきますね」
両手を離して髪を弄らなければならないので不安定になるかもと不安だったけれど、さりげなくお兄様の手が腰に。
こういうさりげない気遣いができるお兄様流石です。
確かにこのまま婿に行ってもお嫁様に喜んでいただけるでしょうね。
口に出したら藪蛇でまた変な空気になりそうなので言わないけれど。
顔にも出さないよう、淑女の仮面を装着して。
壊れていたテンションは、お兄様と共に粉々に壊れましたので再構築していつも通りに戻りました。ショック療法?
「できました。どうです?」
「・・・器用なものだ。俺がやったらこんなに綺麗にできなさそうだ」
「それもまたいいではないですか。アシンメトリーもまたヘアアレンジの楽しみの一つですよ」
果敢に挑戦したお兄様だけど結局髪を強く引っ張ることができずに、ふんわりしたリボンになった。これもこれで可愛いリボン。
・・・いや、むしろどうやりました?こっちの方がウェーブが似合う可愛さ。
「お兄様、こちらも!こちらもやってくださいませ!」
「構わないが、不格好じゃないか?」
「ふんわりしていてお兄様にしていただいた方が可愛らしいです!」
「・・・お気に召してくれたかな、俺のお姫様は」
うんうん。奥様よりお姫様扱いの方が安心できるっていうね。
お色気お兄様もいつの間にかにおかえりになっていてくれてよかったです。
この後お兄様に結ってもらったツインテールにご満悦の私は、とっておきのコーヒーを淹れてお兄様に感謝を伝えて、今年もいいツインテールの日を満喫した。
――
『いいお兄様の日』
いい兄さんの日です。
いえ、世の中は勤労感謝の日、の方がメジャーでしょうね。
お兄様いつもお仕事お疲れさまです。そちらももちろん労ってあげたいけれど、――我が家のいい兄さんの日は、私プレゼンツの企画ではなくなってしまったので、実は大変心地が悪い・・・いえ、緊張を強いられる一日だったりする。
――我が家のいい兄さんの日。
それは、お兄様がお兄様によるいいお兄様を満喫したいという摩訶不思議な日。
朝起きるところから夜眠るまで、お兄様がお兄様の好きなようにお兄様を遂行する日ということ、らしい。
つまり、どういうことかというと――
その日の朝はノック音から始まる。
私はベッドの中。起きているけれど寝たふりをする。
失礼するよ、とお兄様が部屋に入ってくる。
いつもなら私が良いというまで入らない約束だけれど、今日だけは特別。
静かに物音を立てずに入ってきたお兄様は、まずカーテンを開ける。日の光が入って部屋は明るくなった。
窓も開けて、秋の涼しさが部屋に入り込んできて少し寒いくらいに感じた。
「おはよう、深雪。朝だよ」
本当ならこのタイミングで起きたいのだけれど、お兄様はもう1ターン欲しいらしい。と去年の内からリクエストを受けていたので我慢です。
ゆっくりと近づく足音に恐怖を覚えるのはなぜでしょうね。
横で止まったお兄様は身をかがめて、髪をさらりと撫でつけて。
「さあ、起きて。それとも、目覚めのキスをご所望かい?」
低くていいお声が耳を襲う。
「・・・・・・お兄様、妹にそれはおかしいでしょう」
「おはよう深雪」
「・・・おはようございます」
「おかしいことなどないよ。眠る時も起きる時も額に口づけるのは兄の特権だ」
違うと思うなぁ。そしてされた覚えもない。
でもここで問答しても解決はきっとしないだろうから。
「今日は何を着る?」
「まずは体を動かしませんと。運動着をお願いします」
「わかった」
用意された服を着ている間、お兄様は私の次に着る服を選んでいた。
着替えを見られることは無いけれど、この空間にお兄様がいるという異常事態。
お兄様の中のお兄様像ってどうなってます?執事やメイドが混じってませんか?
お世話したいって気持ちが強すぎてお兄様がおかしくなっています。
でも今日の私は羞恥心を捨ててお兄様の忠実な『妹』という任務を全うせねばならない。
一瞬の気も抜けません。
着替えてドレッサーの前に座ると櫛を構えたお兄様。・・・楽しそうですね。
鏡越しのお兄様がとても上機嫌です。お兄様が嬉しいなら私も幸せですとも。
・・・今日は一体この呪文を何度唱えることになるのか。
サラサラに梳かされて、一階へ。顔を洗って口を漱いで。
朝のドリンクを飲んでからヨガマットが既に敷かれているリビングで柔軟を。時間を掛けてゆっくりと体をほぐしていきます。
体がポカポカ温まってきて、うっすら汗を掻き始めたところで、お兄様からタオルが。
「ありがとうございます」
「ドリンクは?」
「まだ大丈夫です」
サポートが手厚すぎる。ここは個人のトレーニングルームでしたかね。
一通り終わると今度こそドリンクが差し出された。お礼を言っていただくと、身体に染みわたっていく。
代謝をよくするハーブやスパイスが入った特製ドリンクは、けして美味しい味ではないけれど、これを飲むと体の調子がいいので。
これが終わるとガーデニングを少々。この時期はマーガレットなどのキク科が綺麗に咲く。
これは私の趣味なので、お兄様は手を出さないでいてくれる。道具の準備や片づけは先回りされてしまうのだけれど。
いくつか花を切って、可愛らしくまとめる。このくらいなら小さなガラスの花瓶がちょうどいいかしら、と思い描いていると、まさにその花瓶が目の前に。
「これでいいかい?」
「・・・お兄様は心までお読みになられるのですか?イメージぴったりです。私が思った通りの花瓶です」
「ならよかった」
活けてこよう、と花と花瓶を持ってお兄様は水を入れに行った。
・・・今年のお兄様はパワーアップされている。去年までは花瓶まで気にしていなかったのに。この一年で何か学んだらしい。
お兄様のどこにそんな時間があったというのか。・・・恐ろしいお兄様だ。
この間に、カットした花や葉を片付けて、CADを操作し身を綺麗に。土いじりが無かったかのように清潔になりました。
でも気分的に手は洗いたいので洗面所へ。お兄様とすれ違ったけれど、花の活け方までできている!?可愛らしく花瓶にまとめられていた。
(お母様、お兄様の進化が止まりません。お兄様はどこまで目指すつもりでしょうか?)
しかし悲しいかな。今日のお母様はイマジナリーでも出てきてくれない。残念です。
手を洗いついでに部屋に戻ってお兄様の用意していただいた服に着替えてリビングに向かえば、お兄様もいつもの服に着替えていた。早い。瞬間移動。
二人で母の写真立ての前に花瓶を置いて、挨拶をして。
「今日はお兄様が活けて下さったのですよ。綺麗でしょう」
「こんな感じでよかったか?」
「はい。どこから見ても隙のない、綺麗な見せ方ですよ」
本当、お兄様のように隙の無いお花です。タイトルを付けるならお兄様、ですね。
朝食はお兄様の手作り、ではなくHARでした。むしろ安心。
そこまでお兄様が手を伸ばしていたら、私も困ってしまいます。
理想のモーニングですね。パンにサラダにハムエッグ。でもコーヒーはお兄様が淹れたみたい。
「・・・なかなか難しいものだね」
「あの時私が何度お兄様にお付き合いいただいたと思ってるのです?コーヒー道もなかなかに奥深いのですよ」
以前コーヒーにはまった時は、随分お兄様に付き合ってもらって研究したものだ。懐かしい。
それを思えばお兄様の淹れて下さったコーヒーは私の初めの頃に淹れた物より美味しい。
それを伝えると、お兄様はそうか、ともう一度コーヒーを一口飲んで、難しい顔をしたのでちょっと笑ってしまった。
今日は休日。学校もない。急ぎで何かする用事もない。完全なフリーである。
テストは近いのだからテスト勉強も有りだけれど、正直そこまで必死にしなければならないほどのこともない。
お兄様は何かお考えだろうか、とお兄様を窺いみれば、お兄様は微笑まれて。
「深雪を連れて行きたいところがあるんだが、付き合ってくれるかい?」
予定はすでに決まっていたらしい。今日はこのままお兄様にお任せコースでいきましょう。
と思って連れてこられたのは、有名ホテルで開催されているイングリッシュガーデン展でした。
家を出る前に着替えるように渡されたのは、品のいいワンピース。と小物たち。
着飾っていくような場所らしい、とメイクもそれに合わせたものにして玄関に向かえば、お兄様もフォーマルとまではいかないけれどダークブラウンのジャケットが秋らしい、素敵な装いですね。
思わず見蕩れていると、お兄様からの賛辞攻撃が。再起動させるためにそんな攻撃をするだなんて、お兄様は容赦がない。
ホテルのガーデンは一般公開しているものの、一流ホテルということもあって訪れる人はそれなりの階級の方々ばかり。
休日であっても混雑などしていなかった。その中でも私たちは若いということもあって、注目を浴びながら庭園を散策した。
・・・というより着飾っている私が注目されないわけが無かった。不躾に見てくるような品のない人がいないのが幸いだ。
お兄様の完璧なエスコートを受けて、花々を楽しむ。
広い庭園は見ごたえがあり、気が付けばあっという間にお昼だった。
そのままホテルのレストランで食事をするのだろうと思っていたのだけれど――
「部屋を取ってあるから、庭を眺めながら視線を気にせずゆっくり食事が取れるよ」
「まぁ・・・」
それは何と至れり尽くせりな。
・・・というか宿泊しないのに部屋って取れるの?しかも食事をするためだけに?
こういうところは一見さんお断りだったりすると思うのだけど、いったいどんなコネがあったというのか。
私はそ知らぬふりで喜ぶだけに専念しましょう。深堀はいけません。
せっかくお兄様が用意してくださったのです。それだけを楽しむべきです。
食事はコース料理でした。なかなかボリュームがありましたが、美味しくて気付けば全て納まってしまいました。
あのテリーヌ、見た目も綺麗だったけれど美味しかった。今度作ってみようかな。
同じものを再現なんてできはしないけれど、挑戦はしてみたい。
それから今度はホテル内にある展示スペースに飾られている食器の数々を眺めます。
女王が訪れた際に使用されたというカップやスプーンは流石の美しさ。それ以外も名のあるブランドの骨董品が並べられていた。
深雪ちゃんの鑑定眼が、これはおいくらくらいしそうね、などとはじき出してしまうけれど、それはここでは野暮というもの。純粋に美しいモノを愛でましょう。
そしてまた外の空気を感じるために庭園に下りたのだけど、あら?ここはさっき通らなかった場所ですね。
「ここはあまり知られていないスポットらしい。けれど、ほら」
お兄様の指し示す先には先ほどまでとは趣の違う、可愛らしいミニガーデンが。
「テーマが、夫婦二人だけの時間、だそうだ」
昨日はいい夫婦の日でもあったしな。とちょっとしたネタばらしも。
ひっそりとした場所に二人だけの時間。それは子育てであまり時間の取れない夫婦がわずかに得られる安息の時間か、はたまた老夫婦がこっそりと楽しむ二人だけの時間か。
どちらにしても素敵な演出だ。ちょっと一息つくには丁度いい。ベンチに座り、庭を眺める。
お兄様の肩に身を寄せると、お兄様も腰を抱き寄せた。
ここは日差しの入らない場所のため、少し肌寒かったのだ。
ジャケットを掛けようとしたお兄様を制したのは、こうして密着すれば大丈夫だと思ったから。
「素敵ですね。この場所も、この時間も」
「ああ。たまにはこうして外でお前とゆっくりするのも悪くない」
いつもはどうしても視線を感じてしまうから、こんなにゆっくりはできないわけで。
「ありがとうございます。こんな素敵なところに連れてきていただいて」
「深雪を喜ばせることができたなら、これほど嬉しいことはない」
お兄様が嬉しいなら、私も幸せです、とは口にしなかった。いつまでも終わらないので。
風が木々を揺らす音と鳥のさえずりを聞きながら、しばらく二人身を寄せ合って庭を鑑賞した。
日が傾くのが早くなってきた冬の近い秋の頃。まだ三時だけれど風も冷たくなってきた。
またホテルの部屋に戻ってみると、机にはかわいらしいケーキの並んだスタンドが用意されていた。
「まあ!まるで宝石のように美しいケーキですね」
一流パティシエによる最高のもてなしに胸がときめく。なんて美しくて美味しそうなのだろう。
「本来はケーキビュッフェがあるんだが、お昼もあってそれほど食べられないだろう?だから厳選したものを用意してもらった」
・・・・・・私、前世で徳を積んだ記憶が無いのですけれど、もしや後で請求されてしまうのでは?払いきれるかしら?
お兄様のプランに隙が無さ過ぎてすごい。
そのお相手が私でいいのでしょうか?わたくし務まってます??
お兄様手ずから紅茶を注がれ、ケーキを分けられ、口に運べば美味しさのあまりほっぺが落ちないか支える羽目になったり。
この時間を私はなぜ、お布施も払わず享受しているのだろうか。信じられない。払わせてほしい。
でないと何か詐欺かしっぺ返しが来そうで怖い。というより本当に私に払いきれるだろうか?サービスが過多過ぎて困る。
「ん?手が止まっているね」
「、あまりにも美味しくて」
「そうか。気に入ったのならなによりだ」
危ない。これでうまく答えられなかったら多分だけどお兄様に食べさせられることになっていた気がする。
そんなフォークの動きだった。危ない。外であっても個室だから、こんな罠もあるのか。気を付けねば。
帰る頃にはすっかり暗くなっていた。
コートはクロークに預けていたため帰りが寒いことは無かった。
「今日は先に風呂に入ろうか」
「そうですね。お兄様、夕食はいかがなさいます?」
「そうだな。ついさっきまで食べていたからせいぜい軽食くらいか」
「私もです。ちょっと食べ過ぎました」
ちょっと、というかかなり食べ過ぎた気がする。
ケーキも美味しすぎた。・・・これは並の体であれば今すぐにでも運動をしなければ怖いことになりそうなレベル。
「先に入っておいで。――俺の手伝いは必要かい?」
「・・・お兄様?」
「冗談だ」
全く、心臓に悪い冗談だ。お兄様とお風呂になんて入ったらまず私は失神する。どんな淑女の仮面を被ろうとも関係ない。確実に失神コース。
そのあと裸のまま介抱されてしまうのだろうか。それともそのまま全身洗われてからの介抱コースなんてことも・・・。やめよう。ありえないことを考えるのは時間の無駄だ。
・・・その無駄を楽しむのがオタクなんだけどね。今はオタクの出番は無いです。帰った帰った。
ワンピースを着変えてからお風呂セットを用意して、と。
・・・このワンピース、深雪ちゃんに実によく似合ってました。流石お兄様。サイズもぴったり。
・・・流石お兄様ですよ、本当に。きっと、お高いんでしょう?と言いたくなるけれど、これもお兄様の楽しみなのだから、今日のところは抑えましょう。
お風呂に入って体をほぐして上がり、・・・・・・お兄様が望んだのだから、しょうがないわよね。うん。
素早く服を着て、濡れたままの髪をタオルでまとめてからお兄様に声を掛ける。
髪を乾かしたいんだって。・・・魔法で一発では?などと無粋なことは言ってはいけません。お口チャック。
呼んですぐに来たお兄様は座る私を前に櫛を通しながらドライヤーを掛ける。
長い髪って乾かすの大変だけど、お兄様はやっぱり楽しそう。
丁寧に、まるで美容室でされているかのごとき丁寧さで乾かされた。そしてまた梳かして、香油まで。
・・・その香油、私の知らないものですね。まさかこの日のために用意してました?
残りはお前が使ってくれって・・・。いただきますけどね。
今日この日のためだけにいったいいくら使われたのか怖くて聞けない。
それから夕食を食べ、一緒にお片づけをして、並んでコーヒーを入れて、ソファに運んでもらって。
「――満足ですか?」
「ああ。深雪の世話は楽しいね。いつまでもしていたい」
一体何がそんなに楽しいのでしょうね。でも原作の深雪ちゃんも、お兄様の世話を焼くことが何よりも幸せそうだった。
かくいう私も、お兄様のお世話をさせてもらうとなれば、嬉しいかもしれない。一日お兄様のことを考えられるのは素敵なことだ。
「こんなに手厚く世話をされては、私は何もできない子になってしまいます」
「困ったな。このまま何もさせなくして、いつまでも手元に置いておきたい」
・・・・・・お兄様、いつの間にヤンデレルート解禁されました?なしですよ。
そこに幸せは・・・両人が良しとすればありはありだけれど、ほの暗い幸せしか待っていません。
もっと明るく皆ハッピーにいきましょう!
「私もお兄様にたくさんしてあげたいので、残念ですがそのお兄様の望みは叶えられません」
「それは残念だ」
くすくすと笑うお兄様はやはり本気ではなかった。ほっと一安心です。ヤンデレだのバッドエンドだのはお兄様にはいらないフラグです。
ジャンジャン叩き折っていきましょー。
コーヒータイムも終わり、今日唯一の一人時間です。お兄様の入浴時間。・・・今のうちに今日の日記を書いておこう。
あと、今だけちょっとぬいに構ってもらおう。
イマジナリーお母様が出てきてくれなかったので今日のお話し相手はお母様ぬいです。
今日ね、こんなことがあってね、困ったけれど嬉しかったのー、とお人形相手におしゃべり。
だけどいつもはちゃんと座ってられるぬいが、なぜか何度か倒れる。座りが悪いのかしら?おかしいね。今度ちゃんとメンテナンスしよう。何ならもう一体新しいのを作ってもいいかもしれない。
っとと、もう片付けないと見つかってしまう。
きちんと見えないように片付けて、封印して。
こんこんこんこん、と家でも国際基準のノックが響いた。
「どうぞ」
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「いい兄さんの日ですからね。お兄様の良いように」
・・・多分普通はお兄ちゃんに感謝を述べる日、とかそんな日だと思うのだけど、どうしてうちはこうなってしまったのでしょうね?本当、不思議です。
「じゃあ、最後の仕事をさせてもらおうか」
カーディガンを脱いでお兄様に手渡して、毛布をはがされた布団に横になる。
素早くカーディガンをハンガーにかけたお兄様は、すぐに毛布も掛けてくれて。
「さあ、眠るまでここにいるからね。安心して眠るといい」
寝かしつけまでがお兄様のお仕事です。
とん、とん、とリズムよくお腹の当たりに手を当てて。
・・・これって子供だけじゃないんですね。結構有効。リズムなのか、手の温かさなのか。この適度な重さなのか。
とろんとした頃に、今度は温かい手によるアイマスク。
「おやすみ、深雪。良い夢を」
おやすみなさいませ、とは言葉になっただろうか。
まどろむ夢の中、額に柔らかいモノが触れたような気がした。
どれもこれも、当時どんな思いで書いたのか・・・。
番外編なのでどのお兄様もちょっと異常というか・・・言動が行き過ぎてますね。
番外編なので見逃していただければと思います。
お読みいただきありがとうございました!