妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編   作:tom200

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二月に書いたネタを4本。節分とバレンタインと猫の日と雪の降った日のお話です。
ふわふわ時空で時系列バラバラです。書きたいネタを書きたいように書きました。



冬の小話 2月

『オニとの契約』

 

 

「あ、おかえりなさいませ、お兄様。今朝はお出迎えに行けなくて申し訳ございません」

「いや、構わないが、朝から水波と一緒に料理か。珍しいな」

 

いつもお出迎えをしているのに、今朝はキッチンで格闘中だったのでお兄様の元へ駆けつけられなかった。

 

「はい、せっかく水波ちゃんもいるので手伝ってもらって節分を楽しもうかと」

「師匠から節分豆を今年も分けてもらってきたが、今年は豆を食べるだけじゃないのか」

 

我が家の節分はいつもお兄様が九重寺で配られているお豆を貰ってきてそれを年の数だけ食べる、それだけだった。

いえね、母の手前、たとえ行事であっても家の中で豆を撒くという行為は食べ物で遊んでいるように思われるのでは?と控えたのだ。母は淑女教育に関しては鬼でしたからね。…要は普段の悪戯レベルではなく叱られるかも、と警戒してやってこなかった。

あとは、鬼役をお兄様が買って出たら困るな、と。案外ノリのいいお兄様なら参戦してもおかしくなかったが、お兄様に豆をぶつけるなんてできないからね。

 

「昨年も色々と大変でしたし、今年は穏やかに過ごすためにも厄を払う儀式は何でもチャレンジしようかと」

 

ぐっとこぶしを握って言えば、お兄様は少し遠い目をされた。

 

「…確かに、高校に入ってからの災厄は多かったな」

 

ええ、その通りです。日本には古くからこうした厄払いがたくさんあるのですから少しでも取り入れて運気を上げていきたいところ。

 

「深雪様、こちら炊き上がったと思うのですが」

「ああ、いい色合いね。――うん、柔らかさもいい感じよ」

 

ありがとうございます、と照れて俯きながらこっそりはにかむ水波ちゃん満点。満点の可愛さ。

 

「朝から幸せな光景だな」

「ふふふ、夜を楽しみにしていてくださいませ」

 

朝から美少女二人が微笑みながらご飯を作っている光景は確かに最高のスチルだね。男主人公は羨ましがられて血の涙を流されることだろう。

っと、ついゲーム脳が。

お兄様のシャワーの用意は元々してあったので浴室に向かうお兄様を見送って作業再開。

夜は巻くだけの恵方巻の具材の用意をしてました。水波ちゃんかんぴょう煮るの初めてでちょっと苦戦。

まあ、普通一般家庭でなかなかかんぴょうって煮ないか。昆布締めくらい?ロールキャベツは単体じゃないからカウントしません。

同時進行で作った朝食は夜が和食なので今日はパンです。サラダとスクランブルエッグといったド定番。スープはオニオンスープで温まるね。…鬼だからオニオン…?きっと偶然。水波ちゃんがそんなダジャレ的なことを考えてたら面白いけどね。

準備が整って着替えて戻ると全員が揃っての朝食タイムが始まり、いつもの日常に戻っていった。

 

 

 

 

生徒会の仕事も終えて帰宅して。

さっそく水波ちゃんと恵方巻づくり。

一人一本、とも考えたんだけど…それは我が家ではしないことにした。

アレをすると皆顔を見合わせることもなくしゃべらない食事になってしまうから。それじゃ寂しいでしょ。

というのは建前で――うん、別に深い意味は無いんだけどね。

…ほら、お兄様ってラッキースケベだったり女難の相だったりと何かと呪われているじゃないですか。

恵方巻が流行ったきっかけとか知ってるとさ、お兄様の呪いを助長させたりしないかな、とか。

江戸時代の花街で遊女さんに食べてもらうことから流行するって…当時からエロ親父は多かったんだなぁ、と。

当時娯楽が少なかったからそういうお遊びがご利益という立派な理由をつけて広がるっていうのが日本らしいよね。

…もしかしてこれもチョコレート会社ならぬ海苔会社とかの陰謀が…?日本人、特に関西は商魂たくましいから。

と、話が多いに逸れたけど、恵方巻の要らぬ雑学、流行きっかけは下ネタというところから、お兄様のそっち系が強化されてしまうんじゃないかってね。

あり得ないけどね、そんなこと。ただの気持ち程度。お兄様にそっち系の御利益?による災厄が減りますように一本食いは無しにの方向で。

ラッキーだけで済む分にはいいのだけど、お兄様はその後大抵トラブルが付きまとうから。

初めから切ってお出しすることにした。

おかずはお煮しめときんぴら。あとイワシの梅煮。玄関にイワシの頭と柊は飾ってないけどね。クリスマスをイメージしただろうリースメインの柊が描かれたランチョンマットも出してみた。こういうのは雰囲気で楽しむものだから。

 

「今夜は豪勢だな」

 

テーブルの上を見てお兄様の一言。イベントは楽しんでこそ、とはイベントの度お兄様にお伝えしているのでお兄様も楽しそうに笑っている。

その方が私が喜ぶ、と伝えてもう四年。今ではお兄様自身も楽しんでくださっているようにも思う。

 

「水波ちゃん」

「はい、深雪様」

 

全員揃ったことで水波ちゃんに声を掛けると、伝統的な升を持ってきた。中には当然豆が入っている。

 

「…うちに升なんてあったか?」

「多分お酒を飲むようであったみたいですよ」

 

二つあったので。使った形跡なかったですけどね。おちょことかワイングラスとかセットで色々あるにはある。この家で使われているのはついぞ見たことが無かったけれど。

 

「本格的だな」

「升を使うのは幸福が増す、や益々の発展、などの意味もあるそうですよ」

 

等と蘊蓄をこぼしながら皆さんご唱和くださいませ。

 

「「「鬼は~外、福は~内」」」

 

皆初めてだけど、伸ばし棒ってやっぱり入れちゃうよね。刷り込まれてる。

床に散らばったお豆は昔は拾うのが大変で、後日の掃除で見つけてはまだあった、と笑うネタの一つではあったけれどここは魔法のある世界。

ぱぱっと散らばった豆は回収され、汚れを落とされ、すぐに口に運んでも大丈夫な状態に。

 

「…深雪様、流石です」

「同時にこれだけの魔法を展開して相殺されないとはな。日ごろの鍛錬の賜物だろうが、見事なものだ」

 

わぁい。お兄様と水波ちゃんに褒められた。水波ちゃんは若干、こんな使い方していいのだろうか、みたいなお顔もされてたみたいだけど、いいんです。こういうのは使った者勝ちです。

お兄様になでなでされながら、私は満足げに微笑んだ。

 

 

 

恵方巻は好評だったけれど、やっぱりお兄様も気になったようで。

 

「てっきり一本丸かじりかと思っていた」

「それだと食卓が静かになってしまいますでしょう。それでは寂しいと思いましたので。それに、私は欲張りでもありますから、たくさん具材が入っている方が良いと」

「確かにたくさん入っているな」

「こんなに太くて大きいと口に入りきりません」

 

ですから、これでいいのです、とカットした恵方巻を箸でつまんでかぶりつく。大きくて具材をこぼさず食べるのは至難の業だけれど、そこは淑女として――て、巻きずしに作法も何もないのだけれどね、零すという行為はやはり気をつけたいところ。

 

「あぁ…深雪の口は小さいものな」

 

お兄様がしばらく私の食べかけの恵方巻を見つめていた。

そうだね、かぶりついてこのサイズは確かに一口が小さいと思われるか。

それから視線が上がって視線が合う前で止まったかと思ったら顔を背けられました。は!もしや口元に海苔がついてる?!

慌てて口元チェックするけど、何かついている違和感はない。

 

「達也様。熱いお茶です」

「…貰おう」

 

んん?今どうしてわざわざ熱いお茶って言ったの水波ちゃん。私がわたわたしている間に水波ちゃんがお茶を淹れてくれていた、のだけど湯気が凄いね。直前まで煮えたぎってた?っていうくらい湯気が多い。

そしてお兄様も何故そんな落ち込んだような声で…罰ゲームだとわかりつつお茶を受け取った、みたいな?

 

「深雪様もお注ぎしますので少々お待ちを」

 

私には飲み頃のお茶を淹れてくれる水波ちゃんだけど、なんだろう、まるであなたは何も知らなくていいのです、みたいな。

お兄様は無言で熱いお茶を啜っている。

ちょっと変な空気は流れたけれど、この後皆で年の数だけ豆を食べて無病息災を願った。

 

今年も一年、幸せに暮らせますように。

 

 

――

 

 

おまけ

 

水波ちゃんが下がり、お兄様とリビングでまったりとコーヒーを飲みながら。

 

「そういえば、鬼役はやらなくてよかったのか?節分といえば、鬼の面を被って豆をぶつけられるのが大黒柱の役目だろう」

 

父親という言葉を使いたくないお兄様がこの家の大黒柱は俺だ、とばかりに鬼の役目を果たそうとしていたようだ。

お兄様は経済的にも絶対的守護者としてもしっかり我が家の大黒柱を務められてますよ。

でもね。

 

「お兄様が鬼になってしまわれますと、きっと世界最強の鬼になってしまいますので豆で追い払えるとは思えなくて。

それでしたら我が家と契約してウチの守り神になっていただいた方が平和でよろしいかと」

「・・・鬼を招き入れるのか。確かに鬼も内、というバージョンがあるとも聞いたが」

 

お兄様、もしや今朝のことがあって節分について改めて調べましたね?…となるともしかして恵方巻のはじまり云々の話も…気づかなかったことにしよう。

 

「だが鬼と契約、とは。契約するからにはお互いにメリットが無いと成立しないと思うが、一体深雪は何を鬼に提示するんだ」

「そうですね。鬼に金銭が有効かわからないですし、衣食住の提供でいかがでしょう。美味しい食事が三食付いて、温かい寝床を用意して。もちろん福利厚生も充実しておりますよ、と」

「それは、とんでもない好待遇だな。その鬼は一生この家を守るだろう」

「守ってくださると思いますか」

「だが、その役目をわざわざ鬼に譲る気は無いな。俺だけで十分だろう」

「お兄様がいて下されば、鬼も裸足で逃げ出すでしょう。契約内容はいかがなさいますか?」

「そうだな、一日一回甘やかしてもらおうか」

「あら、そんなことでよろしいので?」

「十分すぎる報酬だ」

「お兄様は欲が無さすぎますね」

「そうか?」

 

そう言ってお兄様はコーヒーを置いて私の頬に手を伸ばした。

 

「深雪の甘やかしは俺にとって一生働いても足りないぐらい贅沢なものだよ」

 

お兄様の瞳にただ優しいだけではない熱を感じて手の温かさと相まって頬が熱を帯びてくる。

 

「一生を掛けて守るから、俺と契約してくれないか」

 

プロポーズみたいだ、と思ったけれど口にはしない。

 

「まずは研修期間で様子を見ましょう。お兄様の働きぶりによっては契約します。自分を大切にしてくださるかが一番のチェック項目です」

「…それは手厳しいな。精いっぱい努力をしよう」

 

顔を見合わせて二人してふっ、と笑いを漏らすとどちらともなく重なり合った。

 

 

 

――

 

『その魔法に術式はいらない』

 

 

 

聖バレンタインデー。

この日本ではチョコレート業界の陰謀により作り変えられ、広く愛の日として根付いてもう百何十年。

その文化は廃れを知らず戦争の最中でさえ消えなかったというのだから、クリスマスや正月並みに生活に必要なイベントとして定着してしまっているようだ。

今日も学校ではチョコが飛びかい、女子たちの賑やかな声が校内至る所で聞かれた。

うんうん、女の子の楽しそうな声は聞くだけで寿命が延びるね。

前に私が友チョコを配ったことを知った他の生徒たちはこぞって真似をしたおかげで女子たちはより一層楽しそうだった。

今まで関係ないと思っていた子たちも友達になら、と参加するし、ついでとばかりに男子にあげたりしてカップル成功率まで上昇したとか。

私の称号に愛の女神やら伝道師やら変なものが付け加えられていたことを後日エリカちゃんから教わった。

称号ってこんなに追加されていくものでしたかね。取り外しは?できない?…そうですか。早く皆の記憶から消えることを祈ってます。

 

 

 

学校から帰ると3人してため息が。

大荷物だったのでね。すぐそこまでコミューターとはいえ、両手に紙袋はなかなかだと思います。

水波ちゃん個人は片手で済むのだけど、私たちの分がね、ありましたから。

一応皆繋がりのある人からのもらい物なんだけど、結構な量になった。

演劇部より名誉部長からです、と献本をされたけど、まだ読んでません。…名誉会長ならぬ名誉部長とは?

そう、今やチョコだけでなく他のものも贈り合う文化もできつつある。一高は特殊な文明を築き上げてるね。

水波ちゃんと一緒にお片づけをして、夕食は水波ちゃんにお任せ。私はHARに材料のカットだけお願いして部屋でお着換え。…普通の私服ですよ。

水波ちゃんもいますし、お兄様に見てもらいたい、喜んでもらいたい、という欲求は少ないので。

ちょっとだけ。ほんのちょっぴり可愛い系は取り入れたりするのは、これでも乙女心は忘れてはいないということで。

イベントは乗らなきゃ損なのでね。

今日はパスタがメインでした。この後のデザートのために軽く作ってくれたみたい。

食後、少しの間二人に待ってもらって私はキッチンに立った。

ほどなくして用意できたのは耐熱の小皿が6つと大皿プレートが1枚。

 

「お待たせいたしました」

 

トレイに乗せて運ぶと、お兄様と水波ちゃんが驚いた表情でまじまじとソレを見つめていた。

 

「ハッピーバレンタイン、ということでチョコレートフォンデュをご用意させていただきました。こちらはビター、こちらはミルク。砕いたナッツで味変などもできますよ」

 

机に並べて、それぞれの前に液状になったチョコレートソースを並べるのだけど二人の視線がそこから離れませんね。

なんとなく言いたいことはわかりますけれど、プレートの方も見ていただきたい。

HARにカットしてもらったものだけでなく私の方でもカッティングしたフルーツを綺麗に並べてみたのだけど、うん。まだ目線が奪われたままですね。

 

「あの…もしかしてこれは…」

「深雪、これは食べ終わるまでこの状態をキープするのか?」

「ええ。でないとチョコレートが固まってしまいますでしょう?いくら生クリームを入れていても冷めれば硬くなってしまいますので」

 

にっこり答えたら二人ともどうしようこれ、みたいなお顔。

もしや不発です?深雪ちゃん式魔法瓶。マウンテンの台はないのでずっと温度を保つことはできないのでね。

お兄様のループ・キャストシステムがあるからこそ継続的に保温できているのだけど。

 

「…なんと、恐れ多い…」

「…深雪の演算キャパシティなら余裕で持つだろうが」

 

たかが食事に使う魔法か?と思われてしまっている模様。

……喜んでもらえてないみたいです。残念。

 

「相変わらず深雪の魔法の使い方には驚かされるな」

 

落ち込んでいると、お兄様がふっ、と軽く息を吐いてから苦笑した。

 

「実に繊細な魔法だ。熱を一定に保つには常に熱を加えつつ同時に熱を奪うことでキープしているのか」

「同時に2つ、いえ、その熱をこの耐熱皿の中で納めるために真空をつくって触っても熱くないようにされているので3つでしょうか…凄まじいですね」

 

水波ちゃんは耐熱皿をおそるおそる持ち上げてまじまじと見つめている。

なんか、分析されると照れるね。

さっきまで落ち込んでたのに現金な自分にちょっと恥ずかしくなる。

 

 

 

 

水波はこの時思った。

 

(主の照れポイントがわからない…。分からないけど、愛らしい)

 

だから深く考えるのはよそう、と。

同時刻、達也は思った。

 

(気分が浮上したか。口の端が緩んでいるな。…やはり深雪は笑っているのが一番だ)

 

早く食べて感想を言ってもっと喜ばせたい、と。

その時間、水波の半分もかからず、達也は彼女より早く手近にあったバナナをチョコの海にくぐらせて食していた。

 

 

 

 

「うん、こういう食べ方も楽しいものだな」

 

お兄様がさっそく召し上がってくださった。

チョコとバナナの相性って抜群だよね。フルーツはそのまま食べても美味しいけれど、こうしてチョコが掛かってると特別になる。

水波ちゃんもつられるように、こっちは苺だね。ミルクチョコの方にくぐらせて、ぱくり、と。

ちょっぴりチョコが口の端についてるのがとってもキュート!可愛い。本人もすぐに気づいて慌てて拭っているのも可愛い。

 

「お、美味しいです深雪様」

 

良かった。喜んでもらえたようでほっとした。

さっきまで何とも言えぬ緊張感が漂ってたからどうしようかと思った。

 

「よかった。日頃の感謝を込めて作ったつもりが危うく不発に終わるかと思いました」

「深雪が用意するモノが普通じゃないとわかっていたつもりだったんだが」

「味よりも演出の方に気を取られてしまって。申し訳ありませんでした」

 

謝らなくていいよ~。といつもの流れになり、私が水波ちゃんを撫で(愛で)、お兄様がやりすぎ注意と止められ、あっという間にチョコフォンデュのフルーツ盛り合わせは片付いた。

 

 

――

 

 

と、これでバレンタインは終わらない。

今日が終わるまであと30分。私はお兄様の部屋の前にいた。

お声を掛けようと口を開いたところでドアが開く。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

中に入れてもらうと手に持っていたトレイを何も広げられていない(・・・・・・・・・・)机の上に置き、コーヒーと共に乗せていた小さな小箱を取り上げて。

 

「改めましてお兄様、日ごろの感謝と愛を込めて。ハッピーバレンタインです。受け取っていただけますか」

「もちろん。ありがとう――今年は貰えないかと思った」

 

白い箱を差し出されたお兄様の手の平に乗せる。

ほっと一安心した表情にくすり、と笑ってしまった。

 

「あら、そんなことを思われていたのですか?」

「夕食後に出てきた時は、あのまま水波と一緒に贈られで終わりかと」

「ふふ、水波ちゃんには実は朝のうちに渡してあったのです。そして、今日の終わりにお兄様に受け取っていただきたくて」

 

お兄様は開けても?と聞いてくるのでどうぞ、と返す。

振動を与えないように慎重に開けるお兄様の様子に、私のチョコはガラスでできていると思われているのかしら、とおかしくなって肩を揺らしてしまった。

 

「そんなに慎重にならなくても大丈夫ですよ。今年はフォンダンショコラを一口サイズにしたものになりますので」

「――だが、相変わらずこれにも魔法が使われているね」

 

お兄様の眼が誤魔化せるはずもないので私はにっこりと笑って正解だと答える。

箱の中身は宣言通り小さなフォンダンショコラが4つほど敷き詰めてあった。

揺らそうが、落そうが壊れることはない。

 

「これもまた熱を逃がさないようになっているのか」

「ちょうどいい蕩け具合になっておりますよ――賞味期限は午前零時までです」

「賞味期限?なぜそんなに短いんだ」

「だって、お兄様ったらすぐに召し上がってくださらないんですもの」

 

何時だって私が贈ったものを喜んでくださるお兄様ではあるけれど、チョコレートを贈る場合、お兄様はなかなか味の感想を教えてはくださらない。

それはなぜか――ギリギリまで食べて下さらないのだ。

以前差し上げた弾丸のチョコレートはホワイトデーの前日になってようやくひと粒食べたと聞いた時は驚いたものだ。

初めて魔法を使って作ったものだったから味の感想を聞いてみたかったのに何度聞いてももったいなくて、とかしばらく愛でたくて、と言われて食べてもらえなかった。

だがそれはなにもその年に限られたことではなかった。中学時代に贈った際も同じようにしばらく手元に置いたままだったことが発覚したのだ。

手作りチョコは基本長持ちしない。というかさせてはいけないのだ。お店のように防腐剤など入っていないのだから。

だから今年は賞味期限を設けさせてもらった。

中のチョコレートは私が魔法を解けばカチカチで美味しくなくなってしまう。

 

「…そう来たか」

「…1日2日くらいでしたらこんなことはしないのですが、ひと月は流石にダメです」

 

いくらお兄様が体調を崩されないといっても、いくら保管状態がいいからといっても限度はある。

 

「贈っているのにすぐに食べて、などこちらの都合を押し付ける形で大変恐縮なのですが」

「まあ、俺のせいだな。――わかった。次からはちゃんと数日以内に食べるから」

「約束ですよ」

「ああ」

 

お兄様はそう言ってチョコを摘まんで。

 

「だが、これはこれでいいかもな」

「はい?」

「深雪の前で食べてその場で感想や感謝を伝えられる」

 

一口サイズのそれはお兄様の口の中へと消えていった。

そして、

 

「うん、美味い。…直前まで魔法がかかった状態のせいか、深雪の魔法まで食べた気分だ」

「ふふ。一応手に取っていただいた時点で解いてはいるのですよ」

「本当かい?今俺は魔法にかかっていると思うんだが」

「え!?」

 

あれ、おかしい。ちゃんとお兄様が手に取ったその一つだけ魔法を解除したはずなのに熱かっただろうか、と心配になったのだけど、お兄様は笑っていて。

 

「とても今、俺は幸せな気持ちになった。――これは深雪の魔法だろう」

「……もう、お兄様ったら」

 

恥ずかしいセリフをさらっと言うお兄様は本当に恐ろしい。心臓が激しく音を立てて動き出した。

もう、頬辺りには血液が集中して巡った気がする。

 

「きっともう一つ食べたらさらに深雪が好きになってしまうのだろうな」

「…私はそんな魔法式を知りませんよ」

「そうか?俺はよくその魔法にかかっていると思うんだがな」

 

くすくすと笑いながらもう一つを摘まんで、ぱくり。

 

「うん、これも美味しい。微妙に味が違うね。こっちの方が苦みが強い?」

「よくお分かりになりましたね。正解です」

「…これは心して食べないと、せっかく作ってくれたのに間違えられないな」

 

口元は笑ったままでもお兄様の目は少し鋭く光った。こういう謎解きお兄様案外お好きよね。謎って程ではないけどクイズみたいな。

真剣な眼差しで吟味するように選んでからもう一つのチョコを口へ放り込む。

 

「うん、こちらはオレンジピールが入っているのか。さっぱりしていて美味い」

 

お兄様ほろ苦系も結構好き。

合間合間にコーヒーを挟んで仕切りなおしている。本気だ。

 

「やっぱり、これにも魔法が掛けられていたな」

「そうでしたか?」

「ああ、楽しくなってきた。それでいて次が最後かと思うと、もったいなくなるな」

 

食べたら終わってしまうのが惜しい、とそうお兄様が言う。そのことが嬉しかった。

 

「どんなものにも終わりは来ます。けれど終わるからには、また新しいはじまりが来るのです」

「…そうだな。今ならそれを信じられる。隣に深雪がいてくれるなら」

 

ものに執着しないお兄様にとって終わりは別れだった。

惜しむこともなければ、無くなればそういうものだからと追うこともない。

けれど今のお兄様は、無くなることを嘆かれている。それは、とてもいい変化だ。

 

「さあ、もう残り時間も僅かですよ」

 

日付がもう変わる頃。お兄様は最後の一つに手を付ける。

 

「…ん?から、い?いや、違うな…なんだろう、知っている香りではあるんだが」

「最後の一つは香辛料が入っておりました。山椒です」

「!ああ、そうだ。山椒だ。…山椒がチョコに入っていたのか。…面白いな。相反しそうなのにこれも後味がすっきりしていい。意外と合うものだな。それにチョコなのに抹茶とかではないのに和を感じるのも面白い」

 

あらあら。お兄様が饒舌に。結構驚かれたご様子。やったね。

 

「もしかして、最後の一つにも魔法が掛けられていましたか?」

「そうみたいだ。――さっきまでこれで最後か、と残念に思っていたはずだったのに驚きで吹っ飛んで行ってしまったようだ」

「吹っ飛んでいきましたか。それはようございました」

「…なんだか深雪に操られっぱなしだ」

「お兄様も、私も知らない精神を操る魔法ですか。それは興味深いですね」

 

お兄様は私に翻弄されたと言いたいみたいだけれど、私だってお兄様に魔法にかけられた気分だ。

 

「お兄様も私に魔法をかけて下さったみたいですね」

「さて、俺はそんなに魔法は得意ではないんだが、深雪は一体どんな魔法にかかってくれたのかな」

「お兄様に幸せで満たされる魔法です。今の私は頭からつま先まで全身に幸せが詰まっている心地です。口を開けば溢れてしまいそうなくらい」

 

こうして手で押さえないと、幸せが溢れてしまいそうなくらい、と伝えるとお兄様は目元に少し赤みが差して。

 

「それは俺もだよ。だから、深雪。逃さないように抑え込んでくれ。俺もお前から幸せが逃げないように抑えるから」

 

そう言ってお兄様はぎゅうっと抱きしめてきたので私も精一杯抱き返す。

 

「こうですか」

「もっと、だ」

 

足りない、とお互いぎゅうぎゅうと抱きしめ合って、笑い合って。

 

「…ああ、もう魔法が解けてしまう時間だな」

「14日が終わってしまいましたね」

「またチョコレートを貰うために感謝ポイントを貯めなくてはな」

「あら、私のチョコレートはお兄様の働きによって決まっていたのですか?」

 

まさかのポイント制でしたか?そのポイントカード発行した覚えがないのですが。ポイントが一体いくらたまればチョコレート一つ分になるのでしょう。

 

「日頃の感謝を込められているらしいからな」

「日頃の感謝と愛ですよ。そして愛はすでに上限を突破しておりますので」

「…そういえば初めに来年のチョコも確約してもらっていたな」

「お兄様に感謝しない日はきっと1日たりとも来ないでしょうから」

 

というよりそんな日が来るなんて想像もできない。

そう言うと、首元にお兄様の頭がのっかった。そしてぐりぐり押し付けられる。

首を擽る髪がくすぐったい。

 

「来年も再来年も貰えるよう努力しよう」

「もう、お兄様ったら」

 

こちらが感謝を伝える日だと言っているのに、頑張ろうとするなんて。

 

「困ったお兄様」

「そんな俺を好きでいてくれるんだろう?」

「もちろんです。大好きですよ、お兄様」

「ああ、俺も――愛しているよ」

 

 

 

バレンタイン。それは広く愛を伝える日。

恋人でなくとも、片思いでなくとも、友達にも家族にも――愛する兄妹にも愛を伝える日。

 

 

――

 

 

『俺の子猫』

 

 

子猫 1

 

 

久しぶりに生徒会が早く終わり、帰宅が早まり夕食には早い時間で、けれどお茶をするには遅い時間。

ぽっかりと空いた時間に何をしようと考えた時、ふと思い出したのはあの癒しの時間で。

 

「お兄様、リビングで映画を見ようかと思うのですが」

「それはいいな。俺も参加しよう」

 

お兄様が即答の上、輝くような笑み(当社比)を浮かべられたことに水波ちゃんがびっくりしている。

まるで天敵の蛇を見つけてしまった猫ちゃんのようだ。

水波ちゃんも猫属性?

 

「水波ちゃんも一緒に見ない?とってもかわいいのよ」

「可愛い、ですか」

 

水波ちゃんはさっぱりわかっていないようだけれど、私が誘うと一緒に見てくれるようだ。

帰るなり、いそいそと準備する。

お茶のお供には夕食に響かない程度のポップコーン。塩味とキャラメルで悩んだけれど、今日はキャラメルにした。

左にお兄様、右に水波ちゃんと、三人掛けのソファに腰かけて上映スタート。

そこには天国が広がっていて。とても可愛らしいにゃんずたちが草原を駆け抜けていく。

民家を我が物顔で渡り歩き、餌をもらっては対価として撫でさせてやり、気に入らなければ我慢することもなくするりと避ける。

正にわがまま。それが許される魅惑のキャットたち。うう、撫でたい。撫でくり倒したい。でも本物相手にはできないからクッションで代用する。

はわわ、可愛い。可愛いが大渋滞してる。

気が付けばあっという間に映画は終わっていた。

 

「何度見ても、可愛いですねぇ。とても愛らしいイキモノでした」

 

大満足でクッションを抱きしめて感想を述べると、お兄様もご満悦のご様子。

 

「ああ。とてつもなく可愛かったな。特に気が緩み過ぎているところが無防備で抱きしめたくなる」

 

分かります!わかりますよお兄様!中盤の子猫のことでしょう?ぬいぐるみみたいに愛くるしかったですよね。

 

「水波ちゃんはどうだった?」

「……大変可愛らしゅうございました」

 

あら。水波ちゃん思い出し赤面?顔を覆って俯いてしまったけれどお耳が真っ赤。

でも水波ちゃんも猫ちゃん好きなのね、よかった。映画楽しんでもらえたようで。

 

「深雪、我慢したから撫でていいか」

「いいですよ」

 

お兄様ももふ欲が見る毎にアップしているようでその度に私を代わりに撫でて発散しようとする。でも映画中は私も集中できなくなるからダメだとお断りをしていた。

お兄様も私みたいにクッションを抱えればいいのに、と言ったけどクッションは何か違うらしい。

ということで、お兄様に寄りかかるように身を寄せるとお兄様は抱きこんで頭やら背中やらを撫でまくる。

…猫の代用ができているかは自信が無いがお兄様が良いというのなら、と恥ずかしいけどここは我慢。

と、思っていたのだけれど。

 

「はっ!達也様、深雪様をお放しください!」

「なぜだ?深雪から許可は得た」

「それはだまし討ちというのです!」

 

うん?水波ちゃんが今度は怒りで真っ赤に。

 

「水波ちゃん、落ち着いて。さっきの警戒している親猫ちゃんみたいになってるわよ」

 

そう忠告したら、水波ちゃんの口からうっすらと親猫ちゃん…と零してフリーズしていた。

 

「どうだ、水波。この深雪の前では逆らうことなどできまい」

 

お兄様、どうしてそんな悟ったような表情で水波ちゃんを見ているの?なのに満足そうなオーラを漂わせるなんてお兄様器用だね。

 

「達也様」

「深雪は今俺の可愛い子猫だ」

 

だから渡さない、ということです?お兄様親猫のように譲る気が無いね。

しかし、俺の子猫とは。

 

「にゃあ。なぁーお。…なんちゃって」

 

子猫の物まねをしてみたのだけど、うん、調子に乗ったね、お兄様と水波ちゃんが固まってしまった。

しばらく空気が凍り付いた後、先に正気に戻ったのは水波ちゃんだった。

 

「み、深雪様危険ですからこちらに」

 

危険って、敵でも現れました?お兄様が動いていない時点で違うことはわかっているけれど。何に警戒しているの?

そう思っていたらお兄様に抱っこされながら持ち上げられていた。

お兄様再起動後の行動が素早い。

 

「おにい――」

「子猫が逃げ出さないように首輪とゲージが必要だな」

「達也様!」

「お兄様?!」

「ゲージはすぐに用意はできないが俺の部屋でいいな。首輪は以前お前から貰ったプレゼントにかけられたリボンがあったはずだ。アレに小さなベルをつければどこに行ってもわかるな」

「達也様、深雪様をお放し下さい!」

 

水波ちゃんがCADを構えるけれど、お兄様は腕を上げるだけで――って駄目だよ!なんで二人が戦い始めようとしてるの?!

 

「待って!何が――」

 

「ご安心ください深雪様!必ずこの水波が守って見せます!」

「水波、深雪を守るなら俺がいる」

「守る人間は囲おうとしません!!」

 

「ストーップ!お兄様も、水波ちゃんも。それ以上言い合うなら二人の頭を冷やしますよ!」

 

物理で、とCADを覗かせると二人は黙り、腕を下ろした。

とりあえず我が家の平和は守られた。

 

 

 

「深雪様、あのDVDを見る際は絶対に私もお誘いください。どんなに忙しくても駆けつけます」

 

(…水波ちゃんも猫ちゃん好きなのね)

 

お兄様に続き、水波ちゃんもあの可愛さに陥落した模様。猫好き仲間が増えて嬉しいのだけど、二人と一緒に見ると終わった後険悪な空気が流れるのは何でしょうね。同担拒否ってやつかな。知らない文化です。不思議だね。

 

 

――

 

 

子猫 2

 

 

あ、これ夢だ。と気づいたのはなんてことはない。私の身体が深雪ちゃんのパーフェクトボディからしなやか且つ艶やかな黒い毛に覆われた四肢を持っていたからだ。

視界にぺしん、と床を叩きつける尻尾もありますね。はい。猫ちゃんになってます。ついさっきまで人間だったはずなのだけど。

ここは家の玄関。マットの上で丸まっていました。どうやら飼い主を待っていた様子。

そして、私のご主人様は――

足音が聞こえる。間違いない。

 

「ただいま深雪。いい子にしていたかい?」

「にゃぁん。なーん」

 

はい、お兄様ですね。間違いない。そして学生服ではなくスーツです。お兄様社会人設定?ヤバいね。

ネクタイがたらんと垂れた瞬間、私の身体は自由が利かなくなったようにそのネクタイにじゃれつき始めた。

本能が、身体を突き動かす!この獲物を捕まえろと!前足が唸るのを止められない!

 

「こらこら。これは猫じゃらしじゃないぞ」

 

お兄様の甘く優しい声がいさめるけれど、じゃれることを止めようとはしない。

以前、お兄様はダメ飼い主になりそう、と言ったけど本当にそうみたい。ひたすら甘やかされてる気がする。

お兄様の首からネクタイが外され、私にそのまま渡してくれた。それを抱え込んでからのけり、けり。本能は取った獲物を倒そうとしています。

お兄様は、と言うとその様子を端末で撮影中。その間無表情なのがちょっと怖い。さっきまで甘い顔してたのに。

ビタっと体が止まりました。

 

「ん?どうした?いつものように遊ばないのかい?」

 

いつものようにって…ネクタイ既にぼろっとなってますけど、これ毎日やってるんです?とんだじゃじゃ馬…じゃじゃ猫ですね。

申し訳ないと思う反面、お兄様もきちんとしつけをしないとだめですよ。

そしていつの間にかまた甘いお顔に戻ってますね。甘々です。

人でいた時にはここまでは――たまに見るけれどここまで大盤振る舞いではない。

やっぱりお兄様も猫には弱いんだね。なんだかうれしくなった。とはいえ私の妄想なのだけど。

腕に抱かれて撫でられて――でも待って!猫吸いはしないで!今は恥ずかしい!!

ぐいーっとお兄様の顔を前足で押し退ける。その際爪を出さないようにするのに必死だ。お兄様を夢であっても傷つけたくないから。

 

「今日もさせてくれないのか。つれないな」

 

…いつも拒否られてるのお兄様?それなのにチャレンジしちゃうんだ。しょうがないね。猫は可愛いから。

でもちょっとかわいそうなので鼻の頭を舐めた。

 

「…慰めてくれるのか。ありがとう」

 

…お兄様の極上スマイルいただきました。猫でよかった。人間だったらきっととんでもなく赤面してた。

お兄様は私を抱き上げたまま自室へ向かわれた。

というかこの広い家にお兄様お一人で住んでるの?水波ちゃんもいないし、…私は猫だし。

お兄様は部屋に入るとベッドの上に私を置いて着替え始めた。

…見ませんよ。夢だからってがっつり見るなんてできない。恥ずかしい。そんなこと深雪ちゃんはしません!私もできない!

音がしなくなって振り返ればお兄様はいつも見慣れた部屋着に着替えられていた。スウェットとかじゃないんだね。

そしてダイニングに下りて取り出したのは――私のご飯ですね。ぱっかん!の音に条件反射のごとく体が反応しました。これは!美味しい!ヤツです!!

 

「こらこら。もうちょっと待ちなさい」

 

お兄様に足元に下ろされてしまったけれど、我慢できない。お兄様の足によじ登る。…多分日常なんだろう。お兄様のズボンは引っ掛けたような跡が無数にあった。黒だから目立ちづらいけど近くで見るとけばけば。申し訳ない。

でも到達する前にお兄様に引きはがされてしまう。

 

「にゃあう!」

「怒らないでくれ。ほら。ご飯が用意できたから」

 

…うん。それはわかったけど。どうしてお皿を奥にやって指に乗せて食べさせるの?

お兄様を見上げるけれど、お兄様は期待してこちらを見ている。…期待、されている。

…お腹空いてるから。仕方なく、ですからね?そこのところ勘違いしないでくださいませね。

ちろっと舌で舐めとると、美味しい!これは美味しいものです!

はぐはぐと無心になって食べる。

途中から指ではなく手のお皿から食べているのに気付かないくらい必死に食べてた。本能には逆らえなかった。

 

「美味いか」

「なぁん♪」

「そうか」

 

食事が終わるとブラッシングをされた。

気持ちいい。あまりの気持ちよさに蕩けて体から力が抜けてしまう。

お兄様ったらテクニシャン。

マッサージするように動く手のひらも気持ちいい。

 

「深雪はこれが好きだね」

「にゃー…」

「可愛いなぁ」

 

猫ですからね。恥ずかし気もなく受け取ります。…嘘です、結構恥ずかしい。

 

「ふふ、照れてるのかな。お前は世界一美しいよ。俺の可愛い子猫」

 

持ち上げられて鼻にチューされる。さっきのお返しです?

なら、私も、と首を伸ばしてお兄様の鼻を舐めようとして――お兄様なんでこのタイミングでちょっと下ろしました?!ペロッとなぞったのは鼻ではなく唇で――

 

ぼふん!と音を立てたかと思うとお兄様の身体の上に落ちてしまい――

 

「深雪?」

「ご、ごめんにゃさ…い…あえ?しゃべれてりゅ?」

 

自身の身体を見下ろせば透き通るような肌の色。おめでとうございます人間の生まれたままの姿ですね。

 

「き、きゃあああ!」

「深雪、落ち着け」

 

マッパでお兄様の上に乗り上げてます!事案です!!事案でしかない!!!

っていうかお兄様はなんで落ち着いてるの⁇夢だから⁇

 

「俺の子猫が成長したのか。やっぱり、深雪は人型になっても綺麗だね」

 

んん?どゆこと⁇

 

「まだ把握ができないのかな?親猫からも離れてしまったから教わっていないのか。――深雪はただの猫じゃないんだ。大人になると人型になる、特殊な種族なんだ。でもまだ完全じゃないから耳としっぽが残ってしまっているね。これはこれで可愛らしいけれど」

 

この世界魔法ではない別のファンタジーでした⁇

猫が人型になる世界??とにかく今は鏡が欲しいです。深雪ちゃんに猫耳尻尾は絶対に可愛い!凶悪的に可愛いはず!!見たい。

 

「おに、さ、みた、い!」

「お兄さん、見たい、かな?」

 

惜しい。お兄様、見たいが正解です。

 

「俺の名前は達也だ。言ってごらん。お前の」

 

飼い主?ご主人様?

 

「――だ」

「……え?」

 

 

 

 

 

「えええええー!」

 

飛び起きたら自分の部屋だった。

よかった。夢オチだった!!でも寿命が縮んだ。めっちゃ縮んだ気がする。

ドキドキと高速で動く心臓を抑えながら荒い呼吸を整えているとノック音が。

 

「――深雪、大丈夫か。今すごい声が」

「も、申し訳ございません!大丈夫ですから」

 

お兄様が心配で駆けつけてくれたけど、ごめんなさい。今お兄様の顔を見られない!

自分の夢が恥ずかしくて。

 

(一体どんな夢を見てるの私!!)

 

――「俺はお前の――伴侶だよ」

 

だなんて!!

あり得ない!

 

(私は身の程をわきまえずにそんなことを考えていた?!)

 

いやいや!そんなはずは!

でも夢って自分の願望を映すこともあるって言うし…ええー?

 

 

 

しばらくベッドから降りられなくて、お兄様に本格的に心配され、いつも以上に距離の近いお兄様にどきまぎさせられた。

 

「ところで、今朝、俺もおかしな夢を見たんだ。深雪が世界一美しい黒猫になっていてな――」

 

そう語るお兄様は夢で見たような笑みを浮かべられていて――

 

 

――

 

 

『雪の日はお家の中で』

 

 

朝食を終えて、リビングでお茶をし、そろそろここで動き出そうかとした祝日の朝。

窓の外を見れば、天気予報が見事に的中し、雨は雪に変わっていた。

 

「まあ。雪に変わっていますよ」

「本当だ。深雪、手先は冷えていないか」

 

窓に手を付けていたのでお兄様に心配されたけれど、熱を通さない窓ガラスはそこまで冷えていない。ただ、室内温度との差はあるので少し白く曇っていた。

 

「ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 

この時期に現れるキャンパスに、私は何を描こうか、と考えて無難にハートマークをチョイス。

人差し指で描く。

 

「それは誰に当てたハートマークかな」

「この場に水波ちゃんはいませんから、そうなると必然的にお一人しかいないかと」

 

素直にお兄様というのも恥ずかしかったので遠回しに。…本当は誰に、なんて考えてなかったけどね。

 

「ふっ、そういうことにしておこうか」

 

思い付きで言ったのがバレバレでした。お兄様が肩を抱いて寄り添うように窓の外を見る。

積もりそうな降り方ではないが、これはこれで見ていて楽しい。

 

「庭に駆けださないでくれよ」

「私は犬ではありませんよ」

「うちにはこたつは無いからな。俺の腕の中で丸くなるか?」

「なりません!」

 

お兄様、朝から破廉恥!というかこれは誘導された感じがする。

残念だ、と初めから答えがわかっていたようにくすくすと笑うお兄様が、ちょっと恨めしかったので。

 

「今日は水波ちゃんを誘って二人で雪見をします」

 

そっぽを向いてお兄様の肩に回されている手をぺんぺん、と叩く。

するとお兄様は許してくれ、と降参ポーズまでつけて謝罪してきた。

…お兄様、今日は自身の研究に没頭する予定じゃありませんでしたか?

 

「優先順位を考えたらそんなものは二の次だ」

 

…一位が家族で雪見は違うんじゃないかなぁ。

そう思ったけれど、お兄様が眉を下げてじっと見つめてくる。

お兄様が決めたことならいいのですけれど。私としてはお兄様とずっといられて嬉しいですから。

さっそく水波ちゃんに声を掛けてビターのココアを用意してもらって、私はマシュマロを。お兄様はソファと机のセッティングを。

私の仕事簡単だな。どうせなら、と空調を魔法で整えて、窓を開けていても寒くない状態に。窓越しの景色も十分だけれど窓枠がちょっと邪魔なのよね。

 

 

 

 

「…なんと恐れ多い…。このような魔法の使い方ができるのは深雪様くらいなものですね」

「贅沢としか言いようが無いな」

 

二人は感嘆しているようでいて、呆れも混じっているように聞こえるのは被害妄想でしょうか。

 

「だって、窓枠があると邪魔でしょう?」

 

拗ねたように口を尖らせてココアを行儀悪く啜る。溶けたマシュマロが唇に付くけれど、こっそり舐めとればいいよね。

 

「深雪、雪がついてるぞ」

「え?」

 

魔法制御失敗して中に入ってきちゃってた?とコップを外して己の身体を見ていると、お兄様の手が伸びて上唇についていたマシュマロの泡を拭い取られてしまう。

そして、

 

「ん、甘いな」

「お兄様!」

 

拭ったマシュマロを舐めとった!

途端顔が真っ赤に染まる。心臓も痛いくらいに暴れ出した。

水波ちゃんは、あまりの行動に固まってしまっていた。そして数瞬置いて頬に朱を走らせると、立ち上がって。

 

「達也様!行儀の悪い真似はなさらないでください!」

「外ではしない」

「当たり前です!」

 

お兄様が年下の女の子にマナーを注意されてる。というか叱られてる。それなのに平然と返すお兄様。お強い。水波ちゃん頑張って。

そう思っていたら水波ちゃんに両肩を掴まれて引き寄せられた。

 

「達也様、もう我慢なりません。これ以上深雪様に無体を働くのであれば接触自体を禁止します!」

「それは…水波に一体何の権利が?」

「ガーディアンとして当然の権利です!」

「俺もガーディアンだが?」

「今の達也様は兄の皮を被ったケダモノです!!」

「け、」

「み、水波ちゃん、お、落ち着いて」

 

話の流れが何やら遠くにすっ飛んでいったような。

気が付けば水波ちゃんの身体がぴったりくっついていました。完全防御の構えですね。

そしてお兄様がケダモノだと。

ケダモノ認定にお兄様も驚いて動かなくなりました。表情も固まってますね。珍しい光景。…ちょっとショックも受けてます?

 

「水波ちゃん、お兄様はただ私を辱めないために冗談めかして、付いてしまったマシュマロを拭ってくれただけだから」

「…深雪様。以前から思っておりましたが、達也様にフィルターを掛け過ぎです。きちんと正確に状況を判断してください」

 

…年下の女の子に叱られてます。ちょっとときめく気持ちは隠して隠して。

えっと、なんだっけ?フィルター⁇

 

「達也様は深雪様を――」

「水波」

「…なんでしょう」

 

復活したお兄様から鋭いお声。まるで戦闘中指示をする時のような鋭さに水波ちゃんも冷静さを取り戻したように止まる。

 

「今日は大人しく罰を受ける」

 

しかし続けられた言葉は覇気のない言葉で。逆に水波ちゃんは堂々と胸を張って。

 

「賢明な判断かと思います」

 

とお兄様を処断した。

 

 

 

 

「綺麗ですねぇ」

「そうですね」

「ああ」

 

ふわりふわりと舞う雪を見て、温かいココアを飲み、ゆったりとした時間を三人で過ごした。

 

 




オニとの契約
節分ネタです。恵方巻でそっちのネタを考えてしまうのは仕方のないことですよね。
この頃の水波ちゃんはお兄様にも強気で出られます。私の主を守らなければ!
深雪成主はお兄様がそんなことを考えるわけが無いとまだ盲信しているので、なんか二人わかり合ってるなー、くらいにしか思ってません。仲いいね、仲間に入れて欲しい。
この頃は婚約後の恋人未満のはず。だからお兄様も妄想が止まらなかったのですね。

その魔法に術式はいらない
バレンタインネタです。でもこちらは婚約者じゃないです。
深雪成主の魔法は愛情たっぷりの手作り料理に欠かせないのかもしれません。サプライズ!がしたくて何か仕込んでしまう。多分そのまま渡すのが恥ずかしいので照れ隠しの意味合いもあるのでしょう。
そしてお兄様、深雪成主からの特別なプレゼントって一日一回再生掛けてでも保存してそう。
そのことに気付いて今年はわざわざ賞味期限を設けた。おかしいね、恋人でも婚約者でもないのに甘ったるいお話になりました。

俺の子猫
まさかの二本立て。婚約前ですね。
水波ちゃんにとっても深雪成主の蕩ける笑みはクリティカルヒットで瀕死状態に追い込まれるほどの威力でした。
私の・主が・可愛い!!
そしてお兄様が騙くらかして抱きしめ撫でまわしていることに警戒Max。CADを取り出す事態に。
むしろなぜ我が主はその危険に気づかない⁇分厚い原作フィルターがあるからですね。
もう一本の方は夢オチネタ。こちらも婚約前。なんて破廉恥な夢を見てしまったのかと頭を抱える深雪成主と、面白い夢を見たものだ、というお兄様。
お兄様普段夢を見ないからより新鮮だった模様。でも恐らく深雪成主と違って最後まで見てはいなかったのではないかと。流石のお兄様も妹を伴侶、番いと思っていたなんて頭を抱える案件。自覚前ですから。

雪の日はお家の中で
雪ネタパート2。
三人で雪見話。婚約前です。
深雪成主の魔法の使い方は彼らにとっては非常識。贅沢な使い方。
お兄様としてはマシュマロを付けた妹美味しそう…じゃなかった。妹に付いたマシュマロが美味しそうに見えた。無自覚無自覚。
水波ちゃんだけがお兄様の危険さに気付いています。頑張って主を守り抜いて欲しいですね(←

以上、二月の小ネタでした。

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