妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
お兄様、妹を掌でころころと…楽しそうです。
続きものです。
「明日の朝、一緒に行かないか」
就寝前、お兄様のベッドの上で肩を抱かれながら誘われたのは先生との朝練のこと。
自信ありげな表情に、つい期待の目を向けてしまうのはすでに一度見せてもらっているから。
お兄様が先生の意表をついて赤くて綺麗な宝石の一瞬のきらめきを見せてくれたのは、つい先日のこと。
瞬きほどの時間で、先生が倒されることはなかったものの、その攻撃は有効打であったと先生も認められていた。
「いやぁ、このところの達也くんは気合が違うよね。深雪君、何か知ってる?」
この時にやにやと笑いながら話しかけていたことから先生にはすべてお見通しだったのだろう。
私が先生の赤い目を見たいと思ってくれたことを察したお兄様が見せてくれようとしているのだと言えば、先生はスッと一ミリほど開眼されて更に問い詰めた。
「それだけかな?もう一声、何かあったでしょ」
「…見せていただけたら、ご褒美を、と」
うっすらと覗くその赤に魅了されるようにぽぅ、と見つめながら気が付いたらぽろっと口に出していた。
…先生の赤いお目目は誘導灯の効果でもありました?気が付けば誘われるままに喋っていた。隠すほどのことでもないから構わないのだけれど。
先生はすぐに目を隠されて「だと思った」、と頭をぺしっと叩いて笑われた。
あまり甘やかしすぎちゃだめだよ、とのアドバイスをもらったけれどお兄様が甘えてくれることなど滅多にないこと。首を傾げて駄目でしょうか、と見つめ返していると、
「師匠。余計なことを言わないでください」
汗を拭い終わったお兄様が戻ってきた。切れていた息も通常に戻りましたね。
「お兄様、お疲れ様です。とても素晴らしい動きを見せていただきました」
「深雪が見てくれているだけでいつもより力が湧くようだったよ。ありがとう」
「まあ、お兄様ったら」
あっという間に横に並ぶと、ありがとうという言葉と共に頭を撫でられた。
私は何もしていないのだけど、優しく微笑まれて撫でられると嬉しくなってしまうもので、無いはずの尻尾がぶんぶん振れている気がした。
「おーい、僕もいるんだからちょっとは自重してくれないかい」
「礼を述べるならその場でないと機を逃してしまいますので」
しれっと返すお兄様の横で真っ赤になって俯く私は、お兄様と先生の間に火花が散ったのを見逃した。
その帰り道、
「お兄様、本当にすごいです。先生の意表を突くなんて」
「その後はあっさりと倒されてしまったがな」
「何をおっしゃいます。善戦なさっていたではないですか」
お兄様はあっさりと言うけれど全然そんなことはない。攻防はその後もしばらく続いた。一気に形勢逆転されなかっただけ十分な結果と言えよう。先生に弄んでいる余裕は見えなかった。楽しそうではあったけれどね。
「それに、お兄様は私の願いを叶えてくださいました」
「見えたか」
「それはもうばっちりと!」
意表を突かれた先生の一瞬の開眼ではあったけれど鮮烈なあの赤い輝きは今もはっきりと思い出せるほど。
「それは良かった」
ほっと安心したようなお兄様に、私は嬉しくなってローラーブレードを操作してその場でくるりと一回転半を決めてお兄様を振り返りながら笑顔を向けた。
「ですから何でもおっしゃってくださいませ。私に叶えられることでしたら何でも致しますから」
この時の私は、お兄様に全幅の信頼を寄せていたからそのようなことを軽々しく言えたのだ。
お兄様は決して私ができないことなどさせないと、確信していたし、実際そうであったから。
「それなら、今日の夕飯をリクエストしてもいいか」
そんなささやかなご褒美で良いのだろうか。
「もちろんです!むしろそれは当然行われるべきお祝いですので、もっと他にございませんか?」
お兄様は快挙を成し遂げられたのに、謙虚すぎる!と更なる願いを口にして欲しくて追及すると、お兄様はしばし考えられてから、頬を掻きながら「…それなら」と言いづらそうに口を開いた。
「家に帰ったら、頭を撫でてもらってもいいか」
息を切らすほど激しい運動をしているから以外の理由でお兄様の頬が赤らんていることに、私の心臓は鷲掴みされた。
「…喜んでさせていただきます」
むしろ私ばかりがご褒美をもらっているのではないか、苦しい旨を抑えながらなんとか言葉を返しつつそんなことを考えて幸せに浸っていた。
――これが、お兄様の狡猾な罠であったことに終ぞ気付かなかった。
そして今晩お兄様からのお誘いに、やはり前回何か掴みかけたのだと、先生を驚愕させられる何か秘策を思いつかれたのだと、期待して頷いた。
「お前の期待に必ず応えよう」
すり、と頬を撫で、誓いの言葉を述べられるお兄様に、私は期待で瞳を潤ませて応援した。
それが、自分の首を絞めたのだと知らずに。
――
「がっ――ッ」
「いやあ、焦った焦った。ごめんね、ちょっと加減を誤った、というよりできなかったよ」
地に伏したお兄様に心臓が軋むほど苦しくなった。
思わずお兄様!と悲鳴を上げそうになったけれど、何とか堪えて駆け寄る。
膝をついてお兄様をのぞき込めば、心配かけたな、と弱弱しくも微笑みかけられ更に胸が締め付けられるよう。
「そんな、泣きそうな顔を、しないでくれ。大丈夫、だから」
苦しいだろうに、息も絶え絶えに心配するな、と口にするお兄様の体を少し起こして、腿を滑り込ませる。
少しでも呼吸が楽になるように、と膝枕をすると、脱力したように身を任せられたことに、こんな時だというのに胸がきゅんと騒いだ。
じゃり、と背後で音が遠のいていく。先生も汗を拭きに行ったのかもしれない。そんなこと初めてだが振り返って確認することもできない。今のお兄様から目を離せるはずも無かった。
「…捨て身だった、わけじゃないぞ」
ちゃんと勝算があってのことだった、との弁明に、いつも『再生』があるからと捨て身前提で突っ込んでいくことを心配しているのをわかっているからこその言なのだろうとすぐに分かった。
お兄様の倒れられる寸前の動きは確かに避けた後の反撃に備えた動きに見えた。だがそれは叶わず、先生の動きがぶれたかと思うと先生の鋭い攻撃がお兄様にヒットした。
先生の動きがお兄様の予想を上回った動きをしたのだと、倒れるお兄様を見て理解した。
「はい、お兄様はしっかりと反撃する用意があったように見受けられました」
あの動きは攻撃を往なすためのモノであり、食らう前提の動きでなかったように見えたと伝えれば、安堵したように口元を緩ませる。
「よかった…勘違いさせて心配されたら、格好悪いからな」
「お兄様が格好悪いなどと、そんなことあり得ません!」
一生懸命頑張ったお兄様がカッコ悪いはずないのだ。
「お兄様の努力を笑うような妹はおりません」
「…もう一声、欲しいな」
お兄様からの珍しいリクエストに、私はとびきりの笑顔で答える。
「お兄様は世界一格好良かったです」
「世界なんてどうでもいいが、お前にとって一番であるならばそれは価値があるな」
「ふふ、お兄様ったら」
この短い時間で大分回復されたお兄様は、ゆっくりと体を起こしてもう大丈夫だと頭を撫でた。
結構な音が聞こえましたけど、本当にもう回復されたのです?再生を使わなくともなかなかの回復力。
「致命傷は避けられたからな」
不意を突かれたはずなのに急所はずらせたらしい。というより先生、急所を狙うくらい余裕が無かったということ?反射的に反撃してしまったということかな。だとしたら、お兄様は本当にすごい。
あの先生に本気を出させたのだ。訓練の中で真剣な命のやり取りをし掛けたのだ。それがどれほどのものか。
「深雪にそんな顔で見られてしまうと有頂天になってしまいそうだ」
「なってくださってもよろしいかと。お兄様は更に高みへと昇られたのですから」
うっとりと、敬愛の眼差しを送っていると、お兄様の腕が伸びてきて――
「はいはーい。その辺にしてね。一応ここ、境内だから」
「別に境内だからといってなんです?俺たちはただ、兄妹仲良くしているだけですが」
「そう言ってる時点でいちゃついてる自覚持ってるよね」
「何のことだかわかりません」
「こう言う時ばかり物分かりの悪い振りは感心しないよ。ほら、深雪君が困ってしまったじゃないか」
「それは師匠が言いがかりを付けたからでしょう」
「…失礼しました///」
うう…すっかりここが外だということも忘れてお兄様に触れてしまうところだった。危ない。
スッと立ち上がって、お兄様の背後に回り込む。
お兄様も仕方ないと重い腰を上げて私の前に立った。
それから三人で場所を移動して一緒に朝食を。
いなり寿司といんげんの白和え、卵焼きのお弁当は先生に好評をいただいた。
帰り道。
「今日は、あまり鑑賞させてあげられなかったな」
ふいに聞こえた言葉に、一瞬何のことかと思ったがすぐに思い当たった。
先生の赤い目のことだ。確かに今日はそこよりもお兄様の倒れた姿が印象的過ぎてあまり印象には残っていない。
「それよりも素晴らしいものを見させていただきました。お兄様、確かに私は先生の瞳も素敵だと思いますが、何よりもお兄様の努力される姿の方が魅力的です。――ご褒美は何がいいかございませんか」
是非リクエストしてほしい、と懇願すると、お兄様は良いのかい?と窺いみるような視線を向ける。
「もちろん。どんなことでも仰ってくださいませ」
そうか、とお兄様は表情を柔らかくされると、一つのリクエストを。
「なら、夕飯の後、時間をくれないか」
「?それは、構いませんが」
お兄様の為にならいくらでも時間を空けるが、と不思議そうな目を向ければ、
「一緒に見たい映画があるんだ」
「!」
映画はこの時代でも約二時間ほどが定番だ。その二時間を共に過ごそうと言ってくださったことがお兄様からのお願いなのだと、そう受け取った私はお兄様からの映画鑑賞のお誘いに一も無く二も無く頷いた。
この時、お兄様の浮かべられた笑みがいつもと違っていたのに、この違和感をお兄様の疲労と思い込み深く追求しなかったことをこの後激しく後悔することとなる――