妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
ホラー映画を見た後のお話です。
視点がころころ変わります。
深雪視点
食事って大事。
お腹いっぱいになると不安や恐怖って和らぐっていうね。
お兄様も微笑んでいてハッピーです。
あとはコーヒーを淹れて、お風呂に入って自習して寝るだけ!
恐怖なんてのど元過ぎれば忘れるものなんだな、とそう思っていたのだけれど…。
――
達也視点
食後のリラックスタイム。
いつものようにソファでくつろいでいるのだが、いつもより深雪との距離が近い。
普段であれば俺が引き寄せない限りこんなにぴったりくっつくことは無いのに、今夜は深雪から隣に座り、身を寄せてきた。
いつもと違い、家デートを意識した服のせいで視覚的に違和感を覚え、なんとも不思議な気分だ。
だが、服が違うだけで中身は可愛い妹。
しかもいつもより庇護欲をそそるような、幼さを滲ませている。
本人はあまり意識していないようだが、先ほどの映画が関係していることは明白だった。
作り物でもあそこまで怖がってしまう妹に憐みを抱くが、これが他人だったなら呆れも抱いていたことだろう。
それくらい映画としてのクオリティは低かった。
明らかな作り物に、予算が足りなかったのかと思う程だ。実際少なかったんだろうな。追いかける怨霊?化け物の声を監督が担当していたくらいだ。
だが、深雪にはそんなでも十分恐ろしかったようで、現在このようなことになっている。
表情こそ微笑んでいるが、人のぬくもりが恋しいのか肩に凭れ掛かってくっつく。
このところ深雪からこのように触れてくることは少なかったので純粋に嬉しくなる。
映画中に引っ付かれたのも可愛らしかったが、あれは深雪の恐怖も伝わってくるので心が落ち着かなかった。
今はもうその恐怖は伝わってこない。深雪が意識していないからだろう。
深雪にも恐れるものがあったのか。
どこを見ても隙のない完璧な淑女にこんな弱点があったなど、誰が予想できるだろうか。
そう思ったが、深雪曰く女子はこういったものは苦手というのだから、すぐに見破れる弱点でもあるのか。
だが、今は自分しか知らないと思うとこのまま隠しておきたい気持ちになる。
(このまま、自分だけの――)
そこまで考えて思考を停止させコーヒーに手を伸ばした。
深雪の熱が少し離れるが、すぐに戻すと先ほどよりしっかりとした感触が。
「…深雪?」
「なんです?」
「いや…」
放さないとばかりに腕を絡められたのに、深雪は至って普通の様子。自身の行動に違和感を覚えていないようだ。
困ることでもないからいいか、とそのままにした。
むしろここまでくるとどこまで甘えてくれるのかが気になってくる。
遠慮しがちで俺を甘やかすことは一流なのに、甘えることは苦手な深雪だ。
ここは思い切り甘えさせてやりたい。
「今夜は少し冷えるな」
腕をいったん引き抜いてから肩を抱き寄せると、一瞬強張ったものの身を委ねるように力を抜いて凭れ掛かる。
「そうですね。でも、こうしていれば温かいです」
「深雪の行火として役立てているなら何よりだな」
「ふふ、お兄様を行火だなんて、贅沢ですね」
気温としては昨日の方が寒かったはずだ。
それに室内は一定の温度にしている。冷えるということなど無いはずで、触れる口実にしたまでだが、騙されたのか騙されてくれているのか。
いつもなら照れて頬を赤らめるのに、今は安心して身を預けてくれている。
大人っぽい赤いニットワンピースが先ほどまであれほど似合っていたのに、今では背伸びした可愛らしい恰好に思えてくるから不思議だ。
だが、このギャップがたまらない。
抱き寄せたまま頭を撫で、頬に触れ、顎の裏を擽る。
「私は猫じゃありませんよ」
なんてくすくす笑う深雪は、羞恥よりも触れられることの安心感が強いらしく、もっと、と強請るように頭を寄せていることに気付いていない。
あまりの可愛さに図に乗って、最近始めたキスをこめかみに落とすと、恥じらいはするものの逃げようとはしない。
お兄様…と困ったように呼ぶけれど、そこにはこれ以上はだめですよ、と窘める要素が見当たらない。
二、三繰り返すと流石に羞恥に耐え切れなくなったのかむずがるように身を寄せて胸に凭れ掛かってきた。
(……しまったな、これは可愛すぎる)
悪かった、と抱きしめて背を宥めるように叩いてやると、胸にこすりつけるように額をぐりぐりと押し当て、少し顔を上げると「もぅ!」と上目遣いに睨まれる。
…いや、睨んでいるつもりなんだろうが、その瞳が潤んでいる上赤みもさしていることで全く怖くない。
むしろ可愛すぎてこっちがどうにかなってしまいそうだ。
自身を落ち着かせるため長い髪に指を滑らせているのだが、すぐに機嫌を良くする深雪の可愛さに胸が苦しくなる。
(今の状態では深雪に頼まれたら何でもしてしまいそうだな)
逆立ちでもバク転でもどんなことでもしてしまうだろうな、と考えていたのだが、まさか、それがこんな事態になろうとは…。
『…お兄様、いらっしゃいますか?』
「ああ、いるよ」
今、浴室とすりガラス一枚越しで目隠しをした状態で立っている。
深雪は座って待っていて欲しいと言っていたが、こんな状態で座っている方が落ち着かない。
何度目か繰り返される深雪の問いに答えてやりながら、心の中で素数を数える。
ちゃぷ、と湯船で動いて発生した水音が耳に入るが、想像などする余地を生まないためにも頭を数字で埋め尽くす。
コーヒーも飲み終わり、家デートも終わりだ、といつもの日常に戻ろうとしたのだが、そこで問題が発生した。
深雪が一人でいたくない、と――言葉よりも体が動き、俺の服を離さなかったのだ。
もちろん深雪は慌てた様子で手を離し、大丈夫!とつっぱねたのだが、そんな言葉を信じられるわけもなく、妹を存分に甘やかすチャンスだとも思ったので今日はこのままずっと一緒にいようと口走っていた。
その結果が、これだ。
深雪は一人で大丈夫と言っていたが、映画では風呂場のシーンもあった。震える指をぎゅっと握りしめているのを見て一人で入ってこいと言える兄がいるなら見てみたい。
だが、年頃の兄妹が一緒に風呂に入れるわけもなく、自ら目隠しを提案して現在の状況になったのだが…そのことに後悔はしていない。こうして深雪は何度も俺の所在を確認するということは怯えているということで、その緩和に役立てているのなら本望である。
そこに間違いはない。そこにはないのだが…。
(いや、間違いなどない。ありえない)
波立つ心を落ち着かせようと息を吸うと、鼻腔を擽る香りに扉一枚の向こうの情景が浮かびそうになって頭を振る。
『お兄様、付き合わせてしまって申し訳ございません…』
このタイミングで謝られたことに何か察知されたかと内心動揺が走るが、声に出さないように気を付ける。
「俺が一緒にいようと誘ったんだ。気にすることは無いよ。それよりも、ちゃんと温まっているか?無理に早く出ようとしなくていいからな」
『…はい』
葛藤が無いわけではないのだろう。すぐに応えられずに、けれど言う通りにしようとするいじらしい答えに口元が緩む。
こんな状況も受け入れてしまうほど怖がっているはずなのに、俺に対して心苦しく思ってしまう深雪が愛おしくて仕方がない。可愛い妹だ。
目に入れても痛くないほどの溺愛とはこういうことを指すのだろうか。
(深雪になら何をされても許してしまうのだろうな)
深雪がもしこの心の声を聴いていたならばすぐにこう叫んでいただろう。
「お兄様!それはフラグです!!」
と。
その後、深雪の後に風呂に入り、ガラス越しに会話をし、いつもより早く済ませて目隠しをして真っ赤になっている深雪から全力で目を逸らしつつ急いで着替えを済ませて一緒に自習をし――
「あの…眠るまで、傍に居てくださいませんか?」
こんなことを最愛の妹に上目遣いでお願いされて断れる人間がいるだろうか。
「もちろん。かまわないよ」
深雪のベッドの傍らに腰掛けて手を握ってやりながら目を閉じる深雪を見守る。
「今日はすまなかったな。俺があんなことを願ったから」
「…いいえ、私もあそこまで苦手だとは気づいておりませんでしたので、むしろお兄様と一緒に観られてよかったんだと思います」
深雪の言葉に、これが他人と一緒だった時を想像した。
…自分が相手だったことに心底安堵した。
これが他人であったなら俺はソイツを許せなかっただろう。深雪を怖がらせ、あまつ甘えられたのだとしたら、生かしておけない――とは、流石に冗談だが。
記憶を吹き飛ばす、または思い出したくない思い出にさせるくらいには何かするだろう。
「これも良い経験になったか」
「これからは全力でホラーは避けたいと思います」
その方が良いだろうな。
頭を撫でると薄っすら開いた深雪と目が合った。
とろんとし、今にも寝そうだ。相変わらず寝つきが良い。
「さ、もう寝ようか。そのまま眠気に身を委ねて」
「はい…お兄様、」
「ん?」
「お兄様の成長を見ることができて、とても感動しました。立会わせていただきありがとうございます」
力が抜けたような笑みは、全幅の信頼を寄せているものに思えて胸が熱くなる。
これがあるから、俺は前進することをやめられない。
「…次はもっと感動させられるよう工夫しないとな」
「ふふ、楽しみです――おやすみなさい」
「おやすみ」
握る手から徐々に力が抜けていく。
その手を布団の中にしまってやりながらもう一度頭を撫でた。
――
深雪視点
見知らぬ舗装もされていない道だった。
さ迷い歩いていると、後ろからお兄様の声が聞こえた。
もう大丈夫だ、俺がついている。
そう言ってくれているのに振り向くことができなかった。
掴まれた手首に伝わる熱が、私の物より冷たくて、かさついていて、とてもお兄様の物ではない。
恐ろしい魔物が背後にいる。
お兄様の声を持ち、おどろおどろしい気配を放つ魔物が。
逃げ出したい気持ちを抑え、震えそうになる声を飲み込んで、お兄様でないと気付かないふりをして大丈夫だと進んでいく。
怖い、逃げ出したい。
でも、それをしたらもっと恐ろしいことが待っている。知らんぷりをして出口を目指す、これが解決法なんだと確信していた。
――そう、これは夢だ。
分かっている。
ホラーを見たことで見てしまった怖い夢。
なのに目を覚ますことができず、脳内で勝手に作られたルールに従っていつの間にか洋館を歩いている。
早く、早くゴールにたどり着かなくては。
怖い、怖い、早くっ!!
「深雪、怖いのかい?」
お兄様はそんな声で怖がっている私に話しかけない。
そんな、手ぐすね引いたような、その時を待ち望んでいるような声で私を呼んだりしない。
「深雪…こっちを向いて」
こんな場面でそんな、甘い声で誘惑しない。
「深雪」
助けて!!
「深雪っ!」
「……あ…」
お兄様だ。
目が開く。暗闇の中お兄様の心配そうな顔が目の前にあった。
「…お兄様……」
思わず安堵して涙が零れた。それをそっと拭ってくれて、冷えた手を軽く握ってくれていた。
「もう、怖いものはないよ。俺がいる」
「…はい」
とても優しい、温かな言葉がじんわりと沁みる。
これも夢だ。優しい夢。
お兄様が自分の部屋にいるわけがないし、こんなにはっきりと暗闇の中で見えるわけがない。
でも、温かい。それだけが夢とは思えなかった。
「眠りなさい」
そう言って額に柔らかいものが押し当てられたが、瞼が重くて何をされたのか見ることができなかった。
「おはよう、深雪」
「おはようございます、お兄様」
すっきりと目覚めていつもの朝の準備をしているとお兄様が支度を終えてダイニングに。
いつもと変わらない光景。
だけど、
「あの、お兄様」
「ん?」
「昨夜、いつ部屋にお戻りに?」
「深雪が眠った後に戻ったが」
「そう、ですよね」
眠った後お兄様は自室に戻られたのだ。
(じゃあ、悪夢の後のアレはやっぱり夢…)
「怖い夢でも見たのかい?」
「え、ええ。ですがそのあと、お兄様が助けてくれたので悪い夢ではありませんでした」
この答えにお兄様は笑みを深くしてそうか、と答えられた。
そしていつものようにドリンクを飲んでから朝のトレーニングへ。
「いってくる」
「いってらっしゃいませ、お兄様」
するっと頭を撫でられて、距離が近づいたと思ったら――
「お、おに――」
「おまじないだ」
もう一度行ってくる、といって今度こそお兄様は出ていかれた。
額を押さえてへなへなとその場に座り込む。
(昨日のアレは夢じゃなかった!?)
夢と同じ感触に頭は大混乱。
そのおかげで一人家にいることに怯える必要は無くなったのだけど、それが本当におまじないの効果だったのか。
(恐怖のドキドキは別のドキドキで上書きできるんだ…)
怖くは無くなったが、お兄様が戻ってきた時どう出迎えていいのか悩まされるのだった。
お兄様は無意識にフラグを乱立させているっていう。
眠った妹の傍から離れたのがすぐとは言ってない。
しばらく離れがたくてずっと傍に居た。
その理由を、夢でうなされることを予期していたからかもしれない、と後付けで考えていたけれどお兄様にそんな予知能力はなくただの偶然だった。
偶然は運命だからね。都合良いように解釈してください。
無意識に甘えてくれる妹に内心浮かれていた。うちの妹可愛い。
ずっと無自覚。触れたくなるのも、これ以上踏み込んではいけない気がするのも。
これが自覚していたら、婚約後なら大変。自覚したら無双状態。
「怖いなら上書きすればいい」
お兄様囲い込み待ったなし。
妹に逃げ場はないけれどホラーを一緒に観なければ回避ができる。でもお兄様のおねだりに弱い妹ですからね…。
お粗末様でした。