妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編   作:tom200

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いつもと書き方が違います。
婚約者後できっと恋人になっている二人のお話。本編とは完全に一致しない時間軸です。
ふわふわ謎時空で水波ちゃんと光宣君が仲良しさんな関係になっている夏休み最終日のお話です。
このお兄様はきっと学生らしい夏休みを送らなかったので妹による夏の課題をプレゼント。
夏を満喫させようというお話…だったんですけどね。

別サイトにて24年の本日UPしていたお話です。


夏休みの宿題

 

8月30日、夕食を食べ終えて入浴を済ませた後、一人リビングでハーブティーを飲みながら窓の外の月を見上げている時だった。

深雪個人の端末が着信を知らせた。

深雪は慌てることなく端末を取る。この夏休み、すでに何度かこのようなことがあったので今更慌てることも無くなった。

見るまでも無く相手は分かるが一応確認すると彼女の最愛の兄の名で。

立ち上がり、窓の近くに移動してから出れば、柔らかい兄の声が深雪の耳を擽った。

音声だけの通信だが、深雪には兄が自分だけに向ける甘い笑みが想像できるような声色に頬が緩むのを隠しもしなかった。

ここには誰もおらず、この笑みを見ているのもこの月だけ――。

…まさかその兄がしっかりと『視ている』など知る由もなく、気の緩んだ妹の笑みに今すぐ帰りたいと葛藤と抱かせているなど終ぞ知ることは無いのだが。

 

「お帰りは明日の夕方ごろになるのですよね」

『予定ではな』

「その…大変お疲れだと思うのですが、その後のお時間を頂けないでしょうか」

 

深雪のこの発言は大変珍しいものだった。

深雪はいつでも兄、達也の体調を心配し、自分に構うことなく休んでほしいと希うのに、自分に時間を割いて欲しいという。

達也にとって多少の疲れなんて妹の前では消え失せるものなので、いや、深雪によって癒されるので一緒にいてくれるというのなら否はない。むしろ大歓迎だ。

 

『構わないよ』

 

恐縮しながら願い出た深雪は、その言葉に安堵してホッと一息ついてからお礼を言い、頭の中で計画の第一段階クリアの判を押す。

 

『何か楽しい計画を立てていそうだね。帰るのが楽しみだ』

「ふふ、期待に応えられると良いのですが」

 

深雪のはにかむ笑みに、音声電話の向こうで達也が拳を固く握りしめ、抱きしめられないことに歯を食いしばる気持ちで――とは流石に言い過ぎだが、何でこんな離れた所にいるのだろう、と虚無感を抱きながら彼女と同じ月を見て心を慰めていた。

 

『なるべく早く帰る』

「まあ。それは嬉しいですが、安全運転でお帰り下さいませね」

 

途中、スピード超過で捕まっては嫌ですよ、との深雪の冗談に、そんなへまはしないさ、と達也は笑って返した。

その脳内ではカメラの無いルートを通って最短で帰宅できるルートを模索している等、兄の言葉を冗談と受け止め会話を楽しんでいる深雪は気づかない。

彼女の頭はすでに明日の計画に傾きつつあった。

 

(浮かれる深雪は可愛いな。一体明日何をしようと言うのか)

 

達也に不安などなかった。深雪がすることに達也の不都合など滅多にないからだ。

…あるとすれば、『待て』と『お預け』くらいのもの。

それは達也にとってかなりつらいことではあるが、深雪が喜んでくれるならば耐えられる。

明後日は始業式、あまり無理もさせられない。

 

(耐えてみせるさ。兄の名に懸けて)

 

などと兄が決意を固めているなど妹は露知らず、達也の「おやすみ」の言葉に「おやすみなさいませ」と返して通信の切れた端末を机に置いてソファに腰を下ろすとティーカップに持ち替えた。

カップの中身はすでにぬるくなっていたが、今は夏。日ごろから白湯を飲んでいるので気にせずカップを傾ける。

 

(本当なら、長期休暇も最終日。最高のものを用意して労いたい、と思わなくもないけれどそんなことをしても普段とさほど変わらない。特別な一日にはならない)

 

それでは彼女の計画は本末転倒になってしまう。

 

(お兄様は今年も学生らしい夏休みなどほとんど過ごすことができなかった)

 

達也のこの夏のスケジュールは社会人顔負けの忙しさであった。

今回など二泊三日で軍の演習に参加している。

このところ海外の動きが激しいことによる強化合宿だ。

達也は都合により途中合流となり二泊三日で済んでいるが、実際は一週間にも及ぶ訓練だったそうだ。

 

「一週間も深雪の顔が見られないなんて、予定があってよかったよ」

 

と達也は言っていたが、その間FLTで遅くまで詰めていたので深雪自身は朝のわずかな時間しか兄に会っていない。

夜遅くに深雪の顔を一方的に見に来ているようだが、寝つきの良い深雪には気づけない。一番長く会話で来ているのが先ほどの電話くらいで、忙しい中時間をひねり出し構ってくれていることに感謝しているのだが――それでも、本音を語れば寂しいわけで。

そしてそれは、電話の別れ際の、躊躇いの間があった兄も同じ気持ちなのではないか、と思う。

それに、二泊三日とはいえ家を離れていることは、兄であろうとも思うところがあるのではないか、と。

 

(早く、帰ってきてほしい。そうすれば――)

 

家に帰れるというのは安心するから、と深雪は前世の自分を重ねる。

彼女にとってほんのりブラック?な会社勤めから解放される瞬間は会社を出る時ではなく玄関をまたいだその瞬間だった。

自分のテリトリーに帰ってくることが彼女にとっては何よりも安堵感を与えた。

そして趣味に没頭し俗世を忘れ、幸せに浸る。物語に感情移入をし、ハラハラドキドキを体感する。時にキャラを想い、愛おしむ。

それが彼女の癒しであった。

今は生活が様変わりしたが、何より変わったのはただ家に居るだけでは安心感を得られなくなったこと。

この広い家で上質な暮らしをしながらこうして優雅にハーブティーなるものを傾けていても、こうして寂寥感を抱くのは、つい先ほど会話をしていた兄が隣にいないから。

友人たちにいくら日常べったりしていない、と言っても二人で過ごす時間は必ず取っていた。

自分にとってはべったりではなくとも他から見ればべったりの部類に入るのでは、と今更ながらに思い至った深雪は誰に見られているわけでもないのに飲むふりをして口元を隠した。

 

(こうしてわざわざ自室じゃなくてリビングで飲んでいるのも、寂しさから、なのかもしれない)

 

なんとなく電話をする時に自室にいるより、リビングの方が良いような気がしてこうしてここでお茶を飲むのだが、その理由が寂しさゆえなのでは、と気づいて心はいい大人なのに、と落ち込みつつちびちびと飲んでいたお茶も飲み切り、ダイニングにカップを片付けに向かった。

 

(明日は、少しでもお兄様に夏の思い出を残せたらいいのだけど)

 

そろそろ引き上げよう、と重い腰を上げて最後に冷蔵庫の中身をチェック。

準備にぬけが無いことを最終確認してからぱたん、と閉じる。

明日は兄が帰ってくる。

 

(それで、サプライズをして、楽しんでもらえたら)

 

考えるだけで浮足立つ心にくすぐったさを覚えながらるんるん、と弾むような鼻歌を歌いながら、深雪は水波の部屋に向かった。

さっそく兄から許可が出たことを伝え、明日の予定を計画の実行を伝えると、水波も心得た、とばかりに頷きつつも、

 

「あまり羽目を外しすぎませんよう、お気を付け下さいませ」

「ええ、気を付けるわ」

「…ご武運を」

「…水波ちゃん…」

 

何も戦いに行くわけじゃないんだから、と冗談で返せる雰囲気ではないことを深雪は読み取った。

彼女の心配していることもなんとなく、というか、はっきり伝わってくる。

ごめんね、と心の中で謝ったのを聞き取ったかの如くしっかりと手を握られ、いざとなれば凍らせてでもお逃げ下さい、との忠告までされて、から笑いで返すほかなかった。

おやすみの挨拶をして部屋を後にして、今度こそ自室に戻り新学期に向けての準備をし、少し早めにベッドに入る。

いつもよりも寝付くのに時間がかかったが、早く横になっていたので結局いつもと同じ時間に眠るのだった。

 

 

 

 

 

 

深雪は改めて魔法の素晴らしさを実感しながら準備を進めていく。

水波と料理を仕上げていきながら、専用のお皿に盛って保温保湿遮断、とやりすぎと言われるほどの魔法を施す。

横目で見た水波の表情が引きつって見えたのはきっと気のせいではないだろう。だが、彼女はそれを見なかったことにした。

深雪だからこそできる繊細かつ反発も起こさせないトンデモ技術だが、彼女にとっては息をするほど簡単な魔法になっていた。

――全てはお兄様に喜んでいただくために。

その目標を達成するための工程が、深雪には楽しくて仕方がない。

兄は喜んでくれるだろうか、付き合いではなく本心で少しでも笑ってくれたらいい。

その一心で作業を進めていく。

 

「でき、た…」

「壮観ですね」

 

二人して額を拭う仕草をしてテーブルに並べられた料理を見る。

そして控えめにハイタッチをして完成を喜び、再度全体の保存のための魔法をかけて、覆いをかぶせたところで、ぴくっ、と深雪が肩を揺らし顔を上げた。

水波が訊ねるより早く、帰宅を知らせるチャイムが鳴る。

 

「え!もう?!」

 

驚きの声を上げるのも無理はない。時計を見れば帰宅予定より一時間早い、16時だった。

だが、驚くと同時に嬉しくもあった。

たった二日、されど二日。

電話はしてもやはり実物と会うのとは違う。

そわそわする深雪に、水波が「ここは私が」とあとは任せてと力強く頷けば、深雪はお願いね、といそいそとエプロンを外して迎えに行った。

 

「おかえりなさいませ、お兄様」

「ただいま深雪」

 

達也は荷物を置くと両手を広げて前進し、深雪は苦笑を押し殺してその腕に飛び込む。

体幹がぶれることなく受け止めた達也に、くすくすと笑い胸に埋まっていた顔を上げた。

 

「待ちきれませんでしたか?」

「一刻も早く会いたかった」

 

隠すこともしない感情に、深雪はもう笑ってごまかすこともできずに頬を赤らめさせ、私もです、と小さな声で返して縋るように背に回すだけだった手で達也の服を掴んだ。

残暑厳しい暑さだというのに、二人は真冬の中互いの熱で温め合うかのようにぎゅっと抱きしめ合う。

そして、しばらくして達也はいつもの文言『キスをさせてくれないか』を、

 

「キスをさせてくれ」

 

少しアレンジして伝え、深雪は動揺で口を震わせた後、ぎゅっと瞼を閉じた。

それが唯一できる返事だった。

いつもより長めの挨拶を交わし合い、とりあえず落ち着きを取り戻した達也は力の抜けた深雪の体を支えてやるように抱きしめながら、

 

「それで、俺は何をすればいい?」

 

活力の宿った瞳で深雪に尋ねる。

その様子はつい先ほど軍事演習で扱かれてきた兵士のそれではなく、年相応な学生らしい顔に見えた。

呼吸を何とか整えた深雪が、疲れたでしょうから先にお風呂に浸かって体を癒してください、と伝えると、一緒にか?と口角を上げる姿は色気がのっていて手馴れた男にも見える。

深雪にとってはどれも素敵な姿だが、このまま流されてはいけない、と何とか立て直しておひとりでお願いします、とにっこり微笑んで距離を取る。

その際、腰に回る怪しげな手を両手で包んで抑え込むのも忘れない。

ここで捕まっては計画が進まない。達也も、深雪が何かを計画していることはわかっていたので大人しく引き下がった。

 

「仕方ない。一人でゆっくり浸かってくることにしよう」

「準備はすでにできておりますので、どうぞごゆっくり。支度が終わりましたらゲストルームでお待ちしております」

「わかった」

 

達也は深雪のすまし顔にうっすらと赤みが残っていることに気付かぬふりをして荷物を持って浴室に向かった。

その背を見送って、ほっと胸を撫で下ろした深雪はパタパタと顔を扇ぎながら水波の残るダイニングへ。

 

「お兄様はお風呂に入ったわ」

「深雪様方の分はすでにワゴンに載っております」

「準備が良いわね。ありがとう。なら、私たちも」

「はい」

 

水波は張り切ったように目を輝かせエプロンを外し、主と共に主の部屋に向かった。

水波の仕事はガーディアン見習いとして深雪を守ること以外にメイドとしても務めている。

だが、この主人は表舞台に出る機会が少なく、着飾る場面があまりない。

だから今回のイベントは水波にとっては力の入る企画だった。

本当は一人でもできる深雪だったが、こうして料理まで手伝ってもらった手前、一人で着替えられる、と断るのも彼女の楽しみを奪うようでできなかった。

大人しく彼女のご主人様として望むようにさせてあげよう、と水波にも夏も思い出を与える為、と深雪は忍耐の文字をしっかりと心に刻み手を広げるのだった。

 

 

 

 

(こうきたか)

 

達也はしっかりと身体を温めて風呂を出ると脱衣所に用意されている服を見て、彼女がさせたいことに思い当たった。

 

(確かに、今年は忙しすぎて夏らしいことなど何一つしていなかったか)

 

手に取った浴衣は以前にも着たことのあるもので、慣れた手つきで着付けていく。

家の中で浴衣を着て過ごす、というのはなかなかに違和感があるが、自分だけがこれを着させられるということは無いだろう。

ならば、相手に合わせることは当然とも言える。乱れが無いよう軽く整え、言われていたゲストルームに向かう。

途中のダイニング、リビングにはすでに人の気配はない。

ゲストルームにいるのか、と言われた通りに到着した達也は軽く気配を見るがどうやら深雪しかいないようだ。

ノックをすればどうぞ、と鈴を転がしたような声が返ってくる。

この一瞬、相手が誰か分かっていても胸が高鳴った。

ドアを開ければ予想通り、いや、それ以上に美しい浴衣姿の深雪が巾着を下げて部屋の中心に立っていた。

流石に室内なので下駄ではなく裸足だったが、それがまたいい。

滅多に見ることのない深雪の生足もさることながら、水色の、ところどころに金魚の泳ぐ夏らしい定番の浴衣だというのに、きゅっと絞められた帯により浮き彫りになる、その細い腰から下の艶めかしい曲線に目が眩みそうだ。

更に視線を上げる。しっかりと重ねられた胸元を辿るとほっそりと白い喉が露わになっており、後れ毛も無い白い項がちらりと覗き、いつも背中に流れている黒髪が細いかんざし一本で緩やかにまとめ上げられていることにようやく気付いた。

そのかんざしの先にはこれまた小さな赤い金魚が揺れている。

 

「綺麗だ。夏の泉の妖精…いや、女神かな?あまりの美しさに溺れてしまいそうだ」

「もう、お兄様ったら…」

 

気が付けば入り口で立ち止まって見惚れていたはずの達也は中央に立ち、これまた達也に見惚れて硬直していた深雪を抱きしめていた。

 

「それでいて可憐で可愛らしいだなんて、本当に深雪は恐ろしいな」

「…恐ろしいって、先ほどの溺れさせるという言葉といい、私は魔物か何かですか?」

「深雪の糧になれるというのなら喜んでこの身を捧げるよ」

「馬鹿なことをおっしゃらないでくださいませ。お兄様を食べたらお腹を壊してしまいます」

 

わざとらしく頬を膨らませる深雪が愛らしくて、達也は目を細めると抱きしめる腕を弱めた。

 

「それもそうだな。それに――いや、何でもない」

 

食べられるより食べる方が良い、という言葉を飲み込んで達也はもう一度深雪の恰好を見下ろした。

 

「しかし、この浴衣は初めて見るが」

「ええ、三日前に完成しました」

「完成ということは、縫ったのか?」

「着手は九校戦後ですが」

 

あっさりと言う深雪に、開いた口が塞がらない。

 

(…深雪は一体何を目指しているのだろう)

 

そんな手間を掛けなくても深雪なら何でも手に入れられるし、何なら何でも買ってやりたいのに、と思ったが、今はそれらを口にするべきでないことは空気を読むのが下手な自分でも分かった。

 

「上手にできてるな。市販のものかと思った」

「ありがとうございます」

 

はにかむ深雪の可愛さに、判断は間違っていなかった、とその頭をそっと、いつもより慎重に撫でる。

そのことに、くすくすと笑って、

 

「崩してもすぐに纏められますよ」

「こんなに綺麗なモノを崩すなんて、もったいなくてできないよ」

 

崩しても大丈夫と言うが、それで崩れるのは髪形ではなく己の理性だ、とは返せない。

いつもの洋服と違って浴衣は生地が薄い上に彼女の体に沿うように着付けられているので正直目のやり場に困った達也は無理やり話題を変えた。

 

「それで、深雪。せっかく浴衣に着替えたんだ。一体何をしたいんだい?」

 

そうでした、とばかりにパチン、と手を叩いた深雪は俺の手を取って深雪曰くなんちゃってテラスに出る。

そこにはござが敷かれていて、その上に二つの円座が並んでいた。頭上にはちりりん、と先ほどから風にあおられて風鈴が涼やかな音を立てている。

 

「今日は夏休み最終日ですから、夕涼みをしながら夏らしいことを体験したい、と思いまして」

「すまないな。遊びにも連れて行ってやれなかった」

「お兄様を責めているのではないのです。お兄様がどこでも引っ張りだこなのはそれだけお兄様が優秀であられるのですから仕方のないのことだとわかっています。ただ、お兄様はいくら優秀でも学生でもあるのです。学生の青春は今だけしか味わえないものですから」

 

達也にとって学生生活とはただ学校での活動するものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「と、言うことでお兄様、さっそくですが」

 

そう言うと深雪は傍にあったワゴンを引っ張って。

 

「どれでもお好きなものをどうぞ!」

 

そう言って蓋を開けるとそこには――とんでもない複雑な魔法式が絡み合った膜のようなものに包まれた料理の数々が並んでいた。しかもそれらはわざわざ紙の皿や割りばしに刺さっていたりと――所謂縁日で並ぶ出店料理だった。

蓋が開いたのにソースの香りがしないのは遮断されているからか。

相変わらずとんでもなく複雑な魔法を同時展開させて融和させていることに鳥肌が立つ思いだが、にこにこする深雪はこの異常性に気付いていない。この表情を見て彼女にとってはちょっと頑張りました!程度の魔法なのだとわかる。

もし自分が、普通の魔法師であったならこれだけで魔法力の差に圧倒され落ち込んだりするのだろうが、深雪のコレは達也にとっては今更だ。

今更だと思うのに鳥肌が立つのは、この芸術性がどれほど緻密で繊細で美しいかを理解したから。

ほう、と漏れそうになるため息をかみ殺して、料理の方に集中する。

 

「どれも美味しそうだな。こういうのは食べる順番があるのか?」

「順番、…そうですね。屋台の端からでもいいですし、しょっぱいものと甘いモノを交互に選んでもいいですね。もし悩んでおいでなのでしたら、フランクフルトからでいかがでしょう?ケチャップとマスタードをおかけしますね」

 

達也が頷いたことで魔法を解除し発泡スチロールに差していたフランクフルトを取り出すとマスタードとケチャップで波線を書いて達也に手渡した。そして自分の分も同じようにして円座の上に腰掛けるのだが、達也が胡坐をかくのに対し、深雪は正座を少し崩して腰を下ろした。

その曲線を意識してしまったのをフランクフルトをかぶり付いて反らそうとしたのだが、

 

「ん?何だか香ばしいな」

「うちには屋台ほどの火力がありませんでしたから、ちょこっと魔法で」

 

と、何やら魔法を使って屋台の味を再現しようとしたらしいことに眼を向けようと今にもかぶり付こうとする深雪を見た時だった。

太いフランクフルトに小さな唇を開いて白い歯を立てかぶり付く光景に、思わず俯いて目を逸らしてしまった。

一気に体が熱くなったのを誤魔化すように、フランクフルトと同時に用意された冷えた麦茶を一気に飲み干した。

 

「お兄様?もしかして風呂上りに何も飲まれずに?それは申し訳ないことを。すぐにお注ぎしますね」

 

一気に飲んだことをいぶかしんだのは一瞬。

家に帰ってから何も飲んでなかったのだと思った深雪が慌てて次を注いでくれるが、その勘違いを訂正することが達也にはできない。

お礼を言ってもう一杯呷った。

 

「思いのほか熱かった。出来立てのようだな」

「まあ、口は火傷してませんか?」

「それほどじゃないさ。ただ、思っていたよりって熱かったってだけだから」

 

適当に誤魔化して、達也は冷静になれと呪文を唱えながら、親の仇のようにフランクフルトを噛みちぎった。

 

「フランクフルトは脂が飛び出すこともありますからね。火傷されてないのならよかったです」

 

魔法式を調べる間も無くフランクフルトは胃の中に消えた。

 

「深雪はゆっくり食べていてくれ。俺は次にどれを攻めるか考える」

「ふふ、はい」

 

達也の言葉が面白かったのか、深雪は上品に笑ってから果敢にフランクフルトを食べ進める。

深雪はこういった類のものを滅多に食べないのであまりの光景に衝撃が凄まじかった。

 

(今日の自分はおかしい。いつも以上に意識しすぎている)

 

これが祭りマジックというヤツだろうか。と夏のデートの定番だという自分に関係はないと奥底に眠っていた記事を思い出した。

どんな物でも一度読めば記憶してしまう自分の記憶力から引き出したデータには、祭りマジックが恋をさらに深める、とあったが、まさかこういった一つ一つが巧妙に張り巡らされた罠で――と考え、串系は危険なのでは?とチョコバナナとりんご飴を警戒した。牛串や豚串は一本ずつしかない。りんご飴も。

 

「深雪、この一本ずつしかないものはどちらが食べたい?」

「?ああ。それらはシェアをしようかと。私一人では一本は多いかと思いましたので」

 

(シェア。分け合うということ。…ああ、そのための取り皿か)

 

そう思っていたのだが、達也が牛串と豚串を持って戻ると、深雪の手が伸びて串を持っている達也の手ごと持っていきその串から肉の塊にかぶり付く。が、上手く噛み切れないのだろう。そのまま串から引き抜いて、割りばしを使って食べた。

その様子を、生唾を飲み込んで見つめてしまっていたことは不覚だった。

 

「行儀が悪い深雪はお嫌いですか?」

 

これも祭りの醍醐味でしょう?と笑う深雪が小悪魔に見えた。いや、小悪魔なんて可愛らしいものでは無い。

堕落へと誘惑する美女。

 

「…お酒は飲んでいないだろうな」

「屋台にはビールが付き物ですが、私たちはまだ未成年ですよ」

 

深雪は楽しそうに笑うが、達也は笑えなかった。本当にアルコールは入っていないだろうか。もしくは俺はずっと気を失っていて夢でも見ているのではないか。そう思えるのだが、自身の入ってくる情報すべてが現実だと告げてくる。

 

「てっきり取り分けるかと思ったよ」

「縁日では座る席を確保することは難しいですから」

 

私たちは家ですから人に揉まれることも無くこうして座っていられますが、と微笑む深雪の頬が赤いのは夕日に照らされているだけではないのだと、潤む瞳で気が付いた。

これは、彼女なりに精いっぱい誘っているのだと。

いつもより身体のラインを浮き彫りにするように着付けられた浴衣。

薄っすらとした化粧はナチュラルで、緩くゆわれた髪は乱れてもすぐに整えられるというのも、その誘い水だったのか。

いいのか、と劣情を滲ませる目を向ける達也に、深雪は牛肉の脂で照りのある唇を寄せて――

 

「言ったではありませんか。夏らしい体験をしたい、と」

「……水波は?」

「今頃リモートで光宣君と屋台デートを楽しんでいるはずです」

 

彼女にも同じ料理を用意して、九島家でも彼にも、全く同じは無理だろうがそれらしく見える食事が用意してもらえるよう事前にお願いをしたらしい。

つまり、ここまですべてお膳立てされていたということだ。

 

「…このような真似をして、はしたない女と思われたでしょう」

「まさか」

 

確かに途中から畳みかけるような怒涛の攻めだった。

達也が押されるほどのアピールに、けれどそれがはしたないと繋がらないのは彼女が一生懸命で、頬を上気させ、潤んだ瞳を覆う瞼を震わせ、心音を高鳴らせていたからだ。

欲情しているのに恥じらいながら控えめに、という姿は清純でありながら淫らでもあり、達也の男心を大いに揺さぶった。

 

「こんな最高の夏の思い出を用意されるなんて思ってもみなかった。忙しくするものだな」

「もう。これはご褒美ではないのですよ――達也様が、放置した罰です」

「罰?これのどこが罰だというんだ?」

 

達也はてっきり褒美をもらうつもりでいたのだが、これが罰だという。

一体何の冗談だ?と思ったのだが、深雪は達也の体に身を寄せ、しな垂れかかると胸に手を添えて言った。

 

「せっかくの温かくて美味しい香りのする料理を食べられずに、冷えて固まって美味しくなくなる料理を食べなくてはならない罰です」

 

祭りの料理は出来立てだから美味しいのです、というが達也にはどうでもよかった。

 

「そんなもの、この極上の御膳を前にしたら後回しだ」

「きゃあ!」

 

これから行われる行為により、魔法が解かれ、料理が冷めてしまうことが罰だというが、そんなものの何が罰だというのか。

達也は深雪を強く抱きしめてから抱き上げるとそのままベッドに向かった。

するっと抜き取ったかんざしをベッドサイドに置いて髪を二、三梳いて感触を楽しんでから、

 

「冷めたのなら温めればいい。すぐに熱くなる」

 

それこそ火傷なんて生ぬるいほど、と達也は情欲の炎を宿した瞳で見つめ、絡んでいた視線が震える瞼が閉じることで断ち切られた。

それを合図に口付ける。

熱い、炎天下にも勝る熱が二人の身を焦がすように。

 

 

 

 

その後、冷めた料理を二人で食べさせ合ったりしながら完食した。

その間に出た達也の、

 

「もうフランクフルトやチョコバナナを普通に見られない」

 

との発言に、お兄様も男の子だったんだなぁとほっこりする深雪だった。

 

 

 

 

 





妹に原作のように積極的に攻めて欲しいな、と思ってたらこんなお話に。
そして当然のようにお兄様ぺろりといただきましたね。
お兄様が忙しすぎて欲求不満の恋人たちですが、妹にとって何よりも危険だったのはこのまま学校に行けばまたあの日の再来?!という程お兄様のストレスです。ヤバそうだった。自分の寂しさは二の次。
水波ちゃんも危機感を抱くレベル。
なので水波ちゃんはしぶしぶご主人様を見送りました。
妹は身を挺して生贄に捧げられ、魔性の魔王の復活を阻止したのです。
何も知らない光宣君はニコニコしながらエア縁日デート?リモートデート?を楽しんだ。

浴衣に風鈴、夕涼みをして屋台料理を食べながら、最後は花火をする予定だったんですけどね。そこまでさせてあげられなかった。あとわたあめも食べさせてあげたかったのに…このお兄様が第二ラウンドいかないわけがなかった。
一応、ここでは次の日は日曜日ではないので明日学校があるからストップがかかりますけどね。
浴衣でお膳立てされて止まれるかって言うと…多分一度凍らせないと止まらないんじゃないかな。


お粗末様でした。

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