妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
頂いたお題
「深雪成主が皆に書いた手紙の内容」
です。
一月二日、この日は友人たちと昼過ぎから集まる予定で、朝のうちに新年の行事も概ね終わることだし、ここを乗り越えれば楽しい時間が待っている!と片っ苦しい格好で挨拶に回り愛想を振りまきながら動き回り、何とか予定を熟し切ってこれで役目も終わりだと着物を脱いで着替え終わった時だった。
その知らせは次兄からのメールによってもたらされた。
震える手で端末を握りしめたまま、片付けもせずに家を飛び出した。
まだ待ち合わせ時間より早い時間だ。
だけど居ても立っても居られなかった。それと父親に捕まることが目に見えていたから逃げ出した、ともいう。
それを見越して次兄も至急メールという形で連絡をくれたのだろう。
感謝は帰ってからにするとして。
私は速攻で皆にメールを送付した。
『待ち合わせは神社ではなく学校で』
昨日のうちに出掛ける準備をしておいてよかった。
用意しておいた肩掛けバッグの中にはしっかりと手紙が入っている。
――時限爆弾付きの手紙――
貰った時から嫌な予感はしていた。
あの、綺麗に笑う深雪の笑みに、この手紙には何かがあるのだと気付いてはいたのだ。
でも2日に皆で開けるなら、わざわざ一人で開ける必要も無い。
わかっている――目を背けただけ。恐れたのだ。たった一枚の紙切れに。
誰よりも己の直感を信じていたはずの私が、信じることを拒絶していた。
(いつか来るんじゃないかって、わかってたわよ)
あの日、達也くんから匂わされた時から、可能性はあると私だけが知っていた。
だからそれなりに覚悟はしていたつもりだった。
私も家というものに翻弄されてきた人間だ。知らぬわけじゃない。
だけど、あまりにも彼らと一緒にいるこのぬるま湯のような関係が心地よかったから――何時しかそんなことを考えないようにしていた。見ないふりを、していた。
バッグを撫で、キャビネットに乗り込んだ。
正月だろうと無人だろうと学校の一部は解放されている。
何かと家庭に問題を抱えている人の多い魔法師の卵たちのこと。家にいられない生徒も中に入る。そういう生徒を受け入れられるよう演習林や実習室、図書室の一部は入れるようになっていた。
もちろん、入校手続きは必要だし、警備上の問題で入れないところはある。昨年の四月のようなこともあったので警備はかなり厳重になったとテニス部の先輩は言っていた。
一緒に集まる予定だったメンバーからの返信は了承のモノで、こんな突然予定を変更したのに文句も言わず付き合ってくれるという友人たちに、少しだけ心が軽くなった。
きっとこの発表のことを現段階で知っているのは多くて二人、ミキと雫くらいだろう。
百家でも数字付きじゃなくても彼らの家も独自の情報網を持っているから。
端末の電源は皆と連絡が取れた時点で電波をオフにした。
父親からの連絡に出るつもりが無かったから。
問われても、私には答えられることは一つしかない。
窓の外には小さな子供の手を引いて歩く家族連れの姿があった。
新しい年を良い年であるようにお参りに行った帰りか、子供の手にはしっかりと綿あめが握られていた。
もう、憧れるような年ではないけれど、しばらくその光景が目に焼き付いたように離れなかった。
早く着きすぎた校門前。
吐く息が白いけれど、これくらいの寒さ、なんてこともなかった。
鍛錬にはよくあることだ。この程度の寒さで体が動かなくなったら死活問題だから。
女子だとか男子だとか剣士には関係ない。命懸けの戦闘に性差など無い。
なんて、そんなことを考えているのはどうしてもバッグの中身に意識を持っていきたくないからだろう。
頭の中にはぐるぐると次兄からのメールの内容が回っているのを気にしないふりをするにも限界があった。
早く、誰か来てほしい。
そう願ったタイミングで一人、小走りにやってきたのは――意外にもレオだった。
「随分早ぇな。まだ15分もあるだろうに」
「そーいうアンタこそ」
「俺はたまたまもう家出ちまってたからな。こっちの方が近かった」
それだけだ、とあっけらかんとした男から新年の挨拶が。こういうところはちゃんとしてるのよね。
先に二人で新年の挨拶を交わし合い、特に待ち合わせ変更のことに触れることも無くだらだら話しながら待っていれば次いで美月が現れた。
随分着込んでいてもわかるボリューミーさ。可愛らしい恰好だけど、ちゃんと動くことを想定した恰好である辺り友人たちと遊ぶことがテーマなのだろう。
そしてほのか、雫と合流して、最後に現れたのはミキ。
その顔は寒さ以外の理由で青白いのだとすぐに分かった。何か言いたげな視線を振り切って、とりあえず中に入ることに。
入校理由は体を動かしたくて、と適当に書いた。
向かう先は演習林。そこの方がミキの魔法は利きが良いだろうから、という配慮だった。
歩いている間、年末何してた?と他愛ない話をしていて、ほのかと美月はまだ知らない様子だった。雫は、正直分からない。普段から表情に表すタイプではないし無口な方だったから。深雪がいれば違うけれど、表情を隠されたら見抜けるかと聞かれたら自信が無い。ただのお嬢様じゃないことくらい、付き合いで分かっていた。
――この場で切り出せるのは私以外いない。
適当なところで足を止め、ぱぁん!と頬を叩いて気合を入れたことに皆驚いた顔をしていたけれど、これくらいしないと話せないくらいの話だから。
「ど、どうしたんですエリカちゃん!?」
「ちょっとね。私でも話すのに躊躇う内容だから、気合を入れたの」
唐突な前置きに、彼らは動揺していたけれど、ミキに遮音結界を張ってもらい私がバッグから出した封筒に視線が集中する。
「皆、手紙は持ってきたのよね」
各々入れるところは違えど持ってきていた。ただし、ミキは手にすらしない。持ってきていないわけがないだろうに。
そのことに隣の美月が不安そうな顔をしているのも目に入っていない様子だが、あえて無視して進行する。
「これはまさしく爆弾レターよ。開けるには先に情報が必要な、ね」
「開けてないのに内容が分かんのかよ…いや、何かあったってことか?」
「…何か、どころじゃないよ」
ミキが俯き加減に小声でこぼすが、私たちしかいない冬の森林はその声を響かせた。
「そういうミキも手紙は開けてないんでしょ」
「開けられるわけがないじゃないか」
一人で開けるのは、ミキにも荷が重すぎたらしい。ま、私もそうなんだけど。
内容は開ける前にわかっていても、いや、わかっているからこそ余計に開けないのだ。
明らかに様子のおかしいミキに尋常じゃない何かを感じて自分の手に持つ封筒を見つめるメンバーに、意を決して口を開いた。
「今日、魔法師協会を通して発表があったわ。十師族の四葉家からの次期当主の名と、その婚約者について。その名は――」
名を告げた時の反応は様々だった。
レオははぁ?って顔で、四葉次期当主に驚いた、というよりもそのあとの婚約者について驚いていた。
美月は四葉、という時点で緊張したようだ。その後の言葉に徐々に顔をこわばらせて胸の前で手をぎゅっと握って固まっていた。
雫は、やはり知っていたのだろう。話し始めたと同時にほのかを心配していた。でも、何も思っていないわけではないのだろう。彼女も口元を引き締めていたから。
ミキは私が口にする前から俯いていたので表情はわからない。でも、彼の纏う空気が揺らいでいた。遮音の魔法に異変が無かったのは、それだけこの話が危険だとわかっていたから、絶対に保つと力が入っているのだろう。
そして、ほのかは――
「…うそ…達也さんが…?四葉の、直系で――深雪の、従兄で…だから、婚約者に…?」
呆然と呟いた後の嘘よ!そんなの!!との悲痛な叫びが、ミキの遮音結界の中で響いた。
ずっと彼女は彼らが兄妹であることを理由に己の恋を実らせようと努力していた。
きっと叶わないだろうな、と彼女自身もわかっていたはずだ。達也くんがほのかに靡かないどころか、他の女性になんて目もくれないことは一高生徒なら気付いていただろうから。
普段何考えているか分かりづらい達也くんでも、深雪のこととなると誰でもわかるようにけん制していた。それがどういった類の感情かまで分からなくても彼女にしか向けない表情を見る限り、友人に向けられるものとの差はそれだけ顕著だった。
雫が落ち着かせるように肩を抱く。
しばらく狼狽えていたほのかが立ち直ったのは、手に握りしめていた手紙を思い出したから。
「…この手紙には嘘だって、書いてあるんじゃない?きっと、そうだよ!」
虚ろな目で縋りつくように手紙を見つめる姿は痛々しかった。雫は特につらそうに見つめて、そして言う。
「私も手紙、読んでみたい」
雫は特に深雪と仲が良かった。そんな彼女の手紙がどんなものか、ずっと気になっていたに違いない。特に、四葉次期当主だと公表されてから余計に気にならないわけがない。
希望なんてない。そんなことこの場に居る誰もがわかっていた。ほのかにだって、わかっている。
「開けましょう」
中から取り出した便せんは、真っ白で封筒の可愛らしさに似合わない、シンプルなビジネスタイプのようだった。
千葉 エリカ様
新年、あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。
この手紙を開封する頃には、正式に発表があるかと思われます。
家のこと、立場について語ることなく偽りの関係を築いたことにつきまして、申し訳なく存じます。
友人のように振舞い、付き合わせてしまったこと、お詫び申し上げます。
今後、立場もございますので以前のような付き合いは出来かねますのでご承知おきくださいませ。
家の家格もございますので、それなりの距離を保った関係を築ければと思います。
私の立場が公表されたとなれば、愚兄の生い立ちも感づかれたことでしょう。
ですが、私たちは血こそ繋がってはいるとはいえ、立場が違います。
二科生という時点でお分かりの通り能力の遥かに劣る兄は、ただの従者にすぎません。
本家でも今まで通り無き者として扱うことでしょうから、本家の人間として付き合う必要はございません。
むしろ、そのように扱われては我が家の恥になりますので、今まで通り変わらず接すればよろしいかと存じます。
敬愛する兄と親愛なる友人などという演出が必要なくなった今、私との馴れ合いは困りますが、そちらは好きになさってくださいませ。
皆様にとりまして、本年が幸多き年でありますこと、お祈り申し上げます。
綺麗な文字で片っ苦しい言葉が並べられた手紙は、予想通り決別の挨拶ではあった。
けれど――
(なに、これ)
決定的な言葉などない。四葉の次期当主であることなど書いてはないけど、そのことを指していることはわかる。
やけに高圧的に書かれていた文章は、要約すれば、表向き仕方なく付き合っていただけで、十師族だから下々との付き合いはしたくない。達也くんは能力が低く、従者という立場にあり、同じ四葉一族の括りとして扱われては困る。劣等生同士そっちで勝手に仲良くしてくれ。
…という内容だった。
「…なんだこれ」
「レオの、見せて」
見せてもらったものはほとんど内容が同じだった。
もう一度自分の手紙を読み直すも、なんというか、文字が滑っていくというのか頭に入っていかない。
深雪らしくない文言がそうさせているのだろうか。それとも信じ難い内容だったから…?いや、それはない。
この内容は決して信じ難いものなんかじゃなく――
「これ、なんて書いてあんだ?」
「なんてって、ちゃんと日本語でしょうが」
「そりゃあ分かるがよ。片っ苦しくて意味が分かんねぇんだよ!」
「――ここには、僕たちが彼女に利用されて演出に使われていたことと、もう利用価値もないから近づくなって書いてあるんだ」
淡々と、感情の乗っていない声でミキが言う。
怒りも無い、悲しみも無い声。
だというのに空元気というのが伝わってくる。
「それはそうだよね。魔法師の中でもトップの実力を持つ四葉家の次期当主様が僕たちのような下々と付き合っているなんて恥なんだろうさ」
隣で美月が震えている。その表情は俯いているのでうかがえないが、ショックを受けているようにも見えた。
そして心配していたほのかは、というと――眉間にしわを寄せて手紙を睨みつけていた。
てっきり、達也くんが冷遇を受けているような内容に怒りを覚えているのかとも思ったのだけど、どうやらそうじゃないらしい。
「…そういう、ことなの?」
「ほのか?」
声を掛けると、雫がその背を推す様に肩に手を置いた。
決心したように頷いてから、口を開く。
「年末のクリスマスパーティー、深雪の口から来年もよろしくって一言も無かったの。ただ、良いお年を、て」
…。
そう、だっただろうか。
正直言ってそんなこと覚えてもいなかった。
「私、深雪のこと、烏滸がましいけどライバルでもありお手本だとも思ってるの。だって、達也さんはいつも深雪を…――って、そこじゃなくて。
普段から深雪の言動をチェックして、自分との違いを確認してるから、気付いたの。深雪の年末の挨拶が去年とは違うなって。でもたまたまだと思った。それがまさか、こんな…別れを告げる為だったなんて…」
その言葉には不思議と説得力があった。
ほのかにとって深雪は達也くんの好きなお手本であり、だからこそつぶさにチェックしていたのだと。
そしてその分析は間違っていない。
「ほんっと、ばかみたい」
深雪らしくない文言の数々に翻弄されすぎた。
一つのキーストーンが置かれただけでこの手紙が読みやすくなる。
もう一度読み返して、込められた思いを読み解く。
私も馬鹿だけど、深雪はもっとばかだ。そう思ったら噴出さずにいられなかった。
「お、おい」
気でも狂ったか、とレオが心配そうに見てきたけど、それをスパーンと叩いてやって。
「いって!いきなり何なんだよ!」
「馬鹿馬鹿しくなったのよ。本当、うちの学年主席は優秀なのにバカなんだからってね」
「!やっぱり、これってそういう意味ですよね!」
「美月は流石文系強いわね」
いえ、文系ってだけじゃなく、人の心に敏感なこの子だから気付いたのだろう。
「おいおい、何でお前らだけわかってんだよ」
「…私もわかる」
そう入り込んできたのは雫で。彼女も口元が笑っていた。
「本当、深雪らしい」
こんなに偽りの言葉で塗り固められているのに彼女の真意はいつだってそこに帰結する。
「優しすぎるよ。こんなんじゃ、騙されてあげられない」
その言葉に、ミキが顔を跳ね上げた。その顔には疑念がしっかり描かれていた。
こんなこともわからないの?と言いたいところだけど、ミキの頭は四葉の恐怖に縛られている。レオもよくわかって無さそうだし、ここは説明してあげるべきだろう。
「美月、お願い」
ここで一番説明が上手い美月にバトンを渡した。
美月は嫌がることも無く微笑んでそのバトンを受け取る。
「私は生粋の魔法師の家の生まれではないですけど、四葉という一族が恐ろしいのだということは知っています。十師族の中でもとび抜けた能力を持ち、魔法師界中、それこそ世界からも警戒されている一族だと。名前を聞くだけでも正直怖いくらい。達也さんと深雪さんは、その四葉の生まれで、しかも次期当主だなんて、怖がるには十分な理由です。一般人の私でこれなのだから、魔法師の生まれの人はもっと――吉田君やエリカちゃんはもっといろいろ知っているんでしょうね。だから、吉田君の反応が異常だとは思いません。それが正常な反応であり、世間の反応です。
だから、だからこそ深雪さんは先手を打ってこの手紙を私たちにくれたんです。そして発表があるだろう今日に、この手紙を読むように指示をして。
全ては私たちが傷つかなくていいように」
「僕たちが、傷つかないように…?」
戸惑うように美月の顔を見つめてミキは言葉を反芻していた。
その様子は言葉の意味が理解できないと、かみ砕いて理解しようとしているように見えた。
美月はミキが落ち着くのを待ってから、もう一度口を開く。
「恐らく、間違いないでしょう。だって、ここには私から離れて、と書いてありますから。
きっと何も知らないままでいたら新学期、クラスで私は達也さんに怯えていたと思うんです。怖くて怯えて離れようとして。友人だった人に対して酷い態度を取って。それで私は自分が情けなくて落ち込んで、勝手に傷ついていたはずです。友人だと思っていた相手に裏切られたと思い込もうとしたかもしれません。そんなこと、無いのに。私たちが彼らを好きで仲良くなったはずなのに、騙されたと、憤りを覚えたり。
そんな身勝手な感情は自分を苦しめるだけです」
美月の想像する未来は人の心情として間違ったものじゃないと思う。特に、ミキはその負の感情に囚われてしばらくふてくされていたことだろう。ふてくされる、なんて可愛い言い方ではなく、荒むまで行くかもしれない。それくらい、達也くんに傾倒していたから。
「だから深雪さんはあえて自分から私たちを拒絶してみせて、離れられるような状況を作ってくれたんです。わざと嫌われようとしたんでしょうね」
わざと高圧的な文章を書いて、嫌味の言葉を羅列して。
「なのに、後半は達也さんの心配ばっかり」
「…え…それは、流石に」
深読みしすぎじゃあ、とミキは言いたいみたいだけど、私も雫の意見に賛成だ。
「そうとしか読めないじゃない。達也くんは四葉じゃ冷遇されてるから四葉の人間だと思わず付き合って構わない、なんて。普通冷遇してるならどう扱われようが気にも留めないでしょ。なのにここには仲良くしたらどう?なんて。あからさますぎでしょ」
「あ~、そういう?」
レオも納得したらしい。というか、こいつは国語力が弱すぎ。ま、直接面と向かって言われたりしたらすぐに分かっただろうけどね。
コイツの直感力はかなりのものだから。こんな嘘くらい簡単に見破っただろう。
だからこそ、深雪もこんなまどろっこしい手段を使ったのだ。手紙という、直接ではない方法を。
ミキが納得したくない気持ちもわからないでもない。私の家なんかより古式魔法師の方が四葉の恐ろしさが伝わっているだろうから。
「どんな御託を並べたところで、深雪の本質を知ってればどんな意味が込められているかなんてまるわかりなのよ」
「…その本質が、偽られた――つくられたものの可能性だってあるじゃないか」
ミキがまだ抵抗を試みるも、その言葉が本気でなく強がりだとわかる。それくらい覇気のない声だった。
「それに、あの四葉だ。精神干渉の能力に長けているなら気付かないうちに良い人たちだと認識するように誘導されている可能性だって!」
「それはないんじゃねーか?」
「どうしてそんなことが分かるんだい?!」
「だってよ、俺ら未だに月一で検査受けさせられてるじゃん」
「!!」
あっけらかんと言うレオの言う検査というのはうちの学校が洗脳や暗示といった魔法をかけられていた事実に学校側が危機感を抱き、月に一回のペースで外部からそのような魔法をかけられていないかチェックする検査のことだ。
いくら四葉であろうと魔法を使えば痕跡が残る。その痕跡を綺麗に消し去る方法があったとして、検査のたびに一時的に消していたのだとしても、意識の齟齬が発生して違和感ある状態になるはずだが、それも無い。
「四葉を簡単に信じられるか、って言ったら無理なことはわかるけどね」
私も、達也くんから前もって匂わされていなければ、四葉という名に警戒心を抱いていただろう。
でも、四葉と匂わされてからも彼らと平静を装って付き合ってみてわかった。
彼らは四葉の中でもはみ出し者、変り者なのではないかって。
恐ろしい力を持っているのは間違いない。達也くんだけじゃない。横浜の時には深雪が未知の魔法で人の命を奪うのをこの目で見ている。
彼らが私たちを殺そうとしたら抵抗もできずにあっさりと殺せるだろう。それほどの力量の差が読み取れないほど、私は鈍くない。
だけど、それらの力を彼らが使う時、それは何かを守る時なのだと知ったから。
あの時だって、先輩たちが狙われたから深雪は魔法を行使した。その後、固く目を閉じたのは私の目の錯覚なんかじゃない。たとえ敵だろうと、人を殺すことに深雪はまだ抵抗があるのだ。あれだけの力を持っていながら、彼女の倫理観は人の死を受け止めていた。
それでも大事なものを守る為には、間違わない。戦場での躊躇いは死を意味する。
だから好感を持てた。信頼できると思った。
四葉の関係者だと知ってからは多少警戒をしたけれど、警戒するのが馬鹿馬鹿しいくらい、彼らは日々楽しそうに生活していたから次第に警戒心も薄れていった。
四葉の魔法師であっても――人間なんだって、そう思えた。
だけどミキにはまだそんなこと考える余裕が無かった。発表があったのは一時間前の話だ。無理もない。
彼の頭には様々な悪い考えがよぎっているのだろう。楽観的でないミキらしい発想だ。悪いことからまず考えてしまう。
それは悪いことではないけれど、思い込んでしまうとそれは悪い作用しかしないわけで。
やっぱり、この手紙が前もって渡されていることは幸いなのだ。
こうして皆で話すことができるのだから。
「ねえ、ミキ。この手紙から何が読み取れる?」
「なにが、って。別に魔法の痕跡なんて無いよ」
ミキってずっと呼んでいるのにいつものお決まりの言葉を言う余裕もない。
そのことをずっと隣で美月が心配そうに見ているのに。自分のことで精いっぱいで相変わらず周りが見えてないんだから、と幼馴染を仕方ないな、と思いつつ。
「違うわよ、私が言っているのは、この文字よ」
「文字?」
「ミキだってたくさん文字を書くでしょ。文字を見て何か思うことは無いの?」
かなり無茶を言っている自覚はある。
だけど、真面目なミキは言われるまま手紙の文字を指で追って見つめて。
「…とても落ち着いた文字だ。感情のままぶつけられたものではない。時間をかけて丁寧に書かれている。――丁寧に書く理由は隙を見せないって理由もあるだろうけど…」
そこで一旦言葉を切ったミキは表情を歪ませた。
「この文字は、冷たさを感じない。…相手を思い遣る、心遣いを感じる温かみのある文字だ」
文字には心が宿るんだ!と札に文字を楽しそうに書いていた、かつての幻影が視えた。
私には今もわからないけれど、ミキはきちんと読み取れたらしい。ペンでも筆でも変わりなく読み取った彼は項垂れる。
信じたい気持ちと信じてはいけないという気持ちが拮抗していたのが、片方に傾いたのだ。
今はこれ以上言葉を掛けることはない。
ミキから視線を外して軽く伸びをしながら空気を変える。
「これは新学期、波乱がありそうね」
「ま、ないわきゃないだろーな」
レオがこうして乗っかってきてくれるのはありがたい。
次の問題提起がすぐできるから。
「問題は、――ここに書かれていないことよ」
「あん?今度はなぞなぞか?」
「発表は二つあったって言ったでしょ。でも深雪の手紙には達也くんが直系の息子ってだけで付き合っても大丈夫、としか書いてない。愚兄って書いてあるってことは深雪にとって達也くんはこの段階で婚約は決まってなかったんじゃない?」
「「「「あ」」」」
深雪が婚約のこともぼかすつもりなら恐らく愚兄なんて書き方はしない。そう思えた。
「…つーか、よ。達也はアレだけど、深雪さんが達也を兄として慕ってるようにしか見えないんだが、大丈夫なのかよ?」
レオの言葉に誰も返せる者はいない。
「深雪がいくらすべて演技でしたって言ったって、信じられるわけがないのよね」
あんなにキラキラ輝いた顔をしておいて、すべてが嘘だったなんてありえない。
そもそもいくら深雪の演技がうまくとも、達也くんが演技をするとは思えないのだ。特に、深雪に対しては。
達也くんはいつだって、深雪を優しく、愛おしそうに見つめていたから。深雪が偽ったままだったなら、きっとあんな顔はしない。無理をさせない。たとえ深雪が望んでいなくとも、彼は深雪を守る為に動こうとするだろう。
「達也が深雪さんの護衛っていうのはしっくりくるけど、すべてが命令で動いているなんて、思えるわけねぇんだよな」
「…命令だったらどれだけよかったか」
それまでずっと黙っていたほのかがぽつりとつぶやく。
この子はこの子で、ものすごく葛藤しているのだろう。なんとなくだけど、単純な乙女の恋だけが、彼女を突き動かしているとは思えなかった。恋は盲目とは言うけれど、それだけじゃないような…なんて。
今もほのかは気づいているのだ。達也くんの想いが誰に向いているのか。
そしてそれが義務だけで向けられているものではないのだと。
「深雪さんが演技をしていた、というのはすべてが嘘ではないんでしょうね」
美月のぽつりと呟かれた言葉に全員の顔が集中した。
そのことに、いつもなら慌てるだろう美月だが、彼女は少し苦笑しただけで言葉を続けた。
「二科生への中傷が無くなったあの事件、深雪さんは計画的に自分にヘイトが集まるようにしていました。私たちも彼女の態度にあまりいい気がしなくて、私もちょっと怖いと感じていて近寄りがたく思っていました。でも、アレも彼女の計画上必要なことで、変に諍いを起こさせずに壁を大きく見せて、その上でその壁を取っ払って見せた。
あの後クラブの先輩に聞いたんですけど、毎年入学後は大小小競り合いが起きるんだそうです。怪我をする生徒も少なくなくて、特に二科生はそのことで一科生を恨むことが多いんだとか。でも、この学校ではそれが当たり前で、ここで生きていくにはこの理不尽を受け入れていかなければいけないんだって、そう思っていたんだそうです。でも、深雪さんが、達也さんと一緒にその壁を壊してくれた」
「あ~、そういやあんな態度とって悪かったって、謝られたな。考えてみりゃアレも戦略で演技だったわけだ」
「それも、達也くんの為、だったのよね。それが結果として学校の為になった、と」
あの一幕が無ければ、一科生は二科生を見下して空気は最悪だっただろう。深雪が相手にしないと宣言したことで見向きもしない、相手もしなくなったことで喧嘩すら起きなくなった。ギスギスしてはいたけれど、例年に比べて極端にけが人がいなかったことは、今年の四月、風紀委員に就任した二人から茶飲み話として聞いていた。
ていうか、それまでどれだけ無法者がいたっていうのよ。ま、私も血の気が多い方だからどっちかって言ったら返り打ちにしていただろうけど。
「演技、か。…僕たちは結局彼女に利用されるってことか」
まーたくらい考えに沈み込もうとするミキだけど、そうはさせるかっての。
「利用上等じゃない。それだけ信用されてるってことでしょ」
「信用って、」
「だって、ただ利用しようってんならこんなもの送る必要なんてないのよ」
私たちを傷つけまいと送られたのも事実だろう。でも、それだけで送られたのならこんな言葉をぶつける必要はない。もう近づかないで、と伝えるだけで良い。なのにこの手紙は攻撃的な言葉がちりばめられていた。つまりは、このスタイルで学校に来ると前もって伝えているのだ。
「しばらく私たちは静観、当たり障りなく過ごした方が良いってことね」
「むやみに近寄って、深雪に攻撃させるのもきっと深雪の負担になる」
雫の言葉に、ほのかが肩を揺らした。
「深雪にはノータッチとしても、問題は達也くんね。達也くんはこの手紙のこと興味深そうに見てたからきっと知らなかったはずよ」
「達也は何もしないでいると思うか?」
「入学と同じスタンスをとるんじゃない?」
「深雪さんのしたいようにさせるってことですよね」
「ってことは達也はいつも通り変わりなし、か。なら俺らは普通に接触していいってことだよな」
「ま、私やレオはそれでいいでしょうけど、ミキと美月は止めた方が良いわね。ミキは元々クラスも違うから近寄らないようにすれば問題ないけど、美月は…」
「私が普通に接したら深雪さんの計画が狂っちゃいますよね…。できるだけ、早めに終わると良いのですけど」
ほんとにね、と肩を竦め合い、憂鬱なスタートを切るだろう新学期に今から陰鬱な気分になる。
全く、四葉は災厄なんてよく言ったものだ。
「さ、この話はもうおしまい!ってことで当初の目的通り初詣に行きましょ」
「おっまえ切り替え早いな」
手を叩いて仕切り直したら、レオが呆れたように突っ込んだ。
「こんな時だからこそ、よ。新年をこんなしみったれた状態で送るなんてご免よ」
「そうですね。せっかく皆で集まってるんですから、お参り行きましょう」
「そんで、邪気を払ってもらうのよ」
「おみくじ引きたい」
「良いわね。こういう時、ミキは凶を引いたりして」
「僕の名前は幹比古だ!なんでそんな嫌な予言をするんだ」
「大丈夫ですよ吉田君。そういう時は結んでくればいいんですから」
「ほら、ほのかも」
「…私、今大凶引いたら立ち直れないかも」
「その時は祈祷してもらえばいい」
確か祈祷ってお金が結構かかるんじゃ、と思ったけれど雫が払う気満々らしく、それに気づいてほのかは苦笑いを浮かべていた。
一部カラ元気なだけれど、私たちは歩き出した。
年始早々から波乱な幕開けだ。
だけど、そんなのこの高校に入学して、彼らと友人になった時点でずっと波乱に揉まれてきた。
彼らは必ず波乱の中心に行ってしまうから。なら、友人として一緒に巻き込まれてやろうじゃない。波乱の渦中で揉まれながらキャーキャー言って、それで助かった!と皆で笑い合う。
そんな未来を掴み取る為に。
(深雪、勝手に紙切れ一枚で友人やめられると思ったら大間違いなんだから!)
絶対文句を言ってやる、とそう遠くない未来に向けて拳を握りしめた。
そして幹比古は末吉を引きました。
「末吉って…確か大凶より引く確率低いんじゃなかったでした?」
「逆にすげぇな」
「どうせ僕は運が無いよ!」
「そんなこと言って良いの~?」
「何がだよ」
「ほらここ。恋愛運。更に急接近だって。よかったじゃない」
「っ!!」
「更にってことは、すでにどなたか良い人がいらっしゃるんですか?」
「そ、それはっ!」
主人公いないところで結構青春してる。妹が悔しがってる気がします。
「皆の甘酸っぱい青春の気配が!」
「…よくわからないが、とりあえず手を繋ぐか?」
「兄妹は青春にはなりません!」
「俺たちは三日前から従兄弟だろう?」
「」
こうして、始業式へ続く――。
妹の暗躍は意図を読んでもらうところまでが計算でした。
名探偵エリカちゃん大活躍。
ふんわり設定でこんなことがあったらいいな、と思っていたのがリクエストのおかげでお話に昇華できました。
こんなお話が後10話くらい続きます。
予定ではアイドルパロに関して纏めようと思ったのですが、色々散らばっていたので一旦UPしてから纏めるようにします。