妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
中学生時代、まだ兄妹として一緒に暮らし始めたばかりの頃のお話です。
初々しい感じを目指してみました。
まだ互いの距離感がつかめていない、もどかしい感じとでもいうのでしょうか。
くっつく以前の、兄妹手探り状態をお楽しみいただければと思います。
頂いたお題
『お兄様との出掛先で迷子になり、泣きだす深雪ちゃん(not幼女化で沖縄の一件後でお兄様ともっと仲良くやりたいって感じ)』
でした。
お兄様をお兄様と慕うようになって始まった新生活は順調に滑り出した――ように見えるけれど、正直なところ一人相撲のような、手応えという物をまだ感じられていなかった。
お兄様は深雪、と自然と微笑んで手を差し伸べてくれる。理想の優しいお兄様だ。
『お嬢様』だった頃の、ガーディアンとミストレスとしての対応とは違い、温かみのある関係。
そう、見えるけれど。
(あの時、お母様と一緒に食事を囲んだ時の、戸惑っていたお兄様の方がもっと身近に感じられた…)
完璧で隙のないお兄様。
いつでも妹ファーストで、困っていたり、何かしてほしいと思った時には言うよりも早く手を差し伸べてくれる――。
それは、妹にとってとても理想の兄ではあるだろう。
優しくて、大切にしてくれて。
(でも、それって――本物のお兄様なのかな)
中学生であっても私たちに暇を持て余す、という時間はない。
お兄様は四葉式ブートキャンプ()のみならず、最近では軍に赴くようにもなった。内容は聞かされていないけれど、四葉の訓練をしている時よりも明るい雰囲気があるので、外に出られることや新しい付き合いが良い息抜きになっているのかもしれない。
私はと言えば、お稽古と淑女教育と帝王学などのお勉強が山積みで、更に魔法の練習も同時に行っているので、休む暇など学校で授業を受けている時くらいではないだろうか、と思うくらいにはやりたいことを詰め込んでいた。
そう、やりたいことだ。
深雪ちゃんとしてのステータスを向上させるため、更なる高みを目指すために栄養を摂取しなければ!ととにかく知識を詰め込み始めた。
魔法科高校のキャラでもかなりチートな深雪ちゃんだ。基礎能力をさらに向上させればもっとお兄様の為に行動を起こせるんじゃないか、と未来の選択肢を増やすために勤しんだ。
幸い深雪ちゃんスペックが素晴らしくて勉強することが全然苦にならなかった。むしろ以前よりたくさんのことが覚えられて楽しいくらいだ。
…これが一種のランナーズハイだったということに気付いたのは、その後倒れてからなのだけれど。
それは今回の話ではないので割愛する。
そんなわけで回遊魚のように止まることなく動いていた私たちだけれど、ある日、唐突に予定がぽっかりと空いた。
私の場合は講師が急遽来られなくなって。
お兄様は軍の方で何やら動きがあるらしく施設に入る許可が下りなかったのだ。
この二つに因果関係はない。四葉と軍が共闘するような事件などは起きていない。ただ偶然にもこの二つが同時に休みになった。
唐突に休みになると、一体何をすればいいのか。
お兄様と朝食(今日は味噌汁だけ手作り)を食べている間も少しぼーっとしていると、珍しくお兄様の方から声を掛けられた。
「もしよければ、今日は出かけてみてはどうだ?もちろん、俺は傍に居るから」
私が一人で外出など容易に許されることではない。けれど、それもガーディアンのお兄様がいれば話は別だ。
お兄様からの初めての提案に浮かれた私は内容を何も考えずに行きたいです、と答えていた。
お兄様も提案が通ったことにほっとしたように見えた。だからこれで正解なのだ、と思ってご飯を食べるスピードが上がる。
こうして兄妹として暮らす様になって初めてのお兄様とのお出かけにドキドキと胸が高鳴った。当然、喜びで。
「どこか行きたいところはあるか?」
そう問われて、言葉に詰まる。
原作の深雪ちゃんとお兄様のデートは基本お洋服を買いに行ったり、ケーキバイキングだったりと、そんな感じだったと記憶している。
だけど私は深雪ちゃんがいろんな服を着るのは楽しみでも、自分が着るとなるとそこまで頓着しない。
もちろん、お兄様の傍に居て恥ずかしくない恰好は心掛けるがそれくらいであり、肌を見せるような活発な恰好より大人しめの恰好の方が好きだったりと、深雪ちゃんとは趣味は異なる。とはいえ、あれも彼女自身の趣味というよりお兄様に意識してほしくて着ていたようだけれど。
だけど、中学生がケーキバイキングや服を買いに行くのは少し早いように思うのは考えすぎだろうか。お小遣いはもらっているけれど、どちらも今は必要と思わない。
そもそも普通の中学生とはどこで遊ぶのだろう?学校の友人たちは何と言っていただろうか。
映画やショッピングモールを散策?遊園地や体を動かせるような屋内型パークも人気だと聞いたような。
(屋内型パークだと、お兄様がやったら注目されそう)
運動能力がとび抜けて高いお兄様は周囲に溶け込もうとしても頭一つ抜きん出てしまう。
おかげで女子たちからひそかに熱視線を送られているのをちらほら見たことがある。お兄様は全く気付かれた様子が無い、というか気にされた様子が無かった。
自分のことには関心の低いお兄様のことだから仕方がないことなのだけれど、それもこれから変えられたら、と思う。でも、それもまたこれからの話だ。
護衛が目立つのは、お兄様としても困るだろう。
あまり人通りが多い所も、護衛の観点から避けた方が良い?
ぐるぐると考えていたら、お兄様からそんなに悩まなくてもいいんだよ、と声を掛けられた。
「もし思いつかないのであればショッピングモールでお店を見て回るだけでもいい気分転換になると思うんだが、どうかな」
お兄様のサポートが手厚い。私がなかなか決められないことも想定してくれていたなんて。
是非行ってみたいです!と力強く頷くと、笑みを深くされて「じゃあ10時くらいに出ようか」と準備の時間もたっぷり取ってくれて、ますますテンションが上がる。
お兄様は本当にすごい。流石お兄様!中学生でもこのスマートさ。
食器を片して自分の部屋に行って、…あれ、これってデートでは⁇と今更ながらに気付いた。
深雪ちゃんとのデートはすぐに思いつくのにそれが自分事とイコールになっていることに、まだ慣れていないのだ。
(…とりあえずクローゼットと相談だ)
中には深雪ちゃんのお洋服がたくさん残っている。
この時はまだお兄様に見てもらうための服など一着も無い。彼女によく似合う、お嬢様風のお洋服が多かった。
…できるだけ、大人しめに。それでいて可愛らしいように。
余裕で準備できると思っていたけれど、案外時間がかかるかもしれない。
内心焦りつつ服と小物を選び始めるのだった。
秋口ということもあってカーディガンを一枚羽織ればぐっと落ち着いたデザインになった。
その分ふわりと広がるスカートが可愛らしい。ヒールの低いローファーはいざと言う時、案外安定して走れる上に、ガラスの上を走っても足裏に突き刺さらない優れものだったりする。
…深雪ちゃんはどんな場面も想定しないといけないタイプのお嬢様なので。タイツも厚めの素材です。
可愛さも重視したいけれど、身の安全には変えられない。
深雪ちゃんは四葉というだけで狙われるわけではないのだと、遡る記憶の中で認識した事実。将来を約束されし美少女ですからね。
お兄様は黒のインナーに白いワイシャツを羽織ったラフな恰好で、どこにでもいる学生らしいいで立ちに見えた。
…とはいえ、私にとっては中学生のお兄様の私服というだけで感動するほど格好良く見えているのだけど。
うっとりと見つめていられたのは一瞬。こんな緩んだ顔、淑女として許されない。慌てて顔を引き締めた。
「じゃあ、行こうか」
お兄様に差し伸べていただいた手を取って初めてのお出かけ――デートは始まった。
お兄様の行動はエスコート、というよりどちらかと言うとSPのそれだった。
まあ、中学生が護衛なんてすると思わないから張り切ってエスコートしているように見えなくもないが。
大丈夫かい、疲れてないか、と至れり尽くせりといった感じで声を掛けてくれるけど、その際には周囲にそれとなく視線を送っている。
エレメンタル・サイトだけでなく、肉眼でもそれとなくチェックをしているのは周囲へのけん制を兼ねているのか。見られていると思うと手を出しにくいのが人の心理だから。
…お兄様にとって私といるとどこでもお仕事になってしまうのだな、と思うと申し訳なさと同時に悲しくなる。
(せっかくの休日なのに、お兄様に楽しんでもらえない…)
出かける前の浮かれた気分は今や萎れてしまっていた。
それでも何とか笑顔はキープしながらいろんなお店を巡る。
可愛い小物雑貨を取り扱うお店から、学生でも手の届くアクセサリのお店。縁のないおもちゃ屋さんにも入ってみて、今どきはこんなおもちゃが流行っているのかと物珍しそうに眺めては少しおしゃべりをして、笑い合う。
少しずつ緊張はほぐれ、無理にではない笑みが浮かべられるようになった頃、振り返ると先ほどまでいたはずのお兄様がいなくなっていた。
少し前まで、母の病室に持っていく花瓶を選びたい、としばらく集中して選んでいたのでいつお兄様がいなくなったのかも分からない。もしかしてお兄様も何か選んでいるのか、と周囲を見回すも、姿が無い。
(…こういう時ってあまり移動しない方が良いのよね)
相手とはぐれた時の鉄則は、あまり動き回らないこと。
何も言わずにどこかへ行かれたということは、恐らくトイレとかそういうことではないのだろう。
心配させないために、何も言わずにここで待機をさせたと考えた方が良い。
普通こういったお店にはイミテーションだったりディスプレイで選ぶ商品が並べられることが多いのだが、ここのお店では直接触ることがコンセプトなのかガラスや陶器の商品が並べられている。
走り回ったりし辛い店舗だ。そういうところも考えられてこのお店に入ったのだろう。不審者がいたらすぐにわかるように。
お兄様の行動理由が分かってきたところで、一人であることには変わりないし、私にはお兄様がどこにいるのかはわからないわけで、不安なことには変わりなかった。
心はもういい大人なのに、何を、と思われるかもしれないけれど、それは誘拐など縁遠い一般人であったから。
この体は、司波深雪という存在は一種の起爆装置であり、危険物だ。
お兄様という最終兵器の唯一のスイッチと言ってもいい。
――そう、私が何より恐れているのは傷つけられることではない。もちろん怪我をすることも、襲われることも怖いことだけれど、そのことでお兄様が傷ついたり、お兄様が暴走してしまうことはもっと恐ろしい。
お兄様に幸せになってもらいたいのに、私が傷つくだけでお兄様は簡単にロックを解除して引き金を引いてしまう。
お兄様にとってそれは自分の為の行為だというけれど、お兄様は私が巻き込まれなければそんなことをしたいわけじゃない。だから、凶行に走らせるようなことをさせてはいけない。そのためにも私が傷つかないように注意を払うことが大切だ。
それはわかっているのだけど――
(…入り口付近にいる人、気のせいでなければさっき別の店舗でも見かけた人だよね)
近い店だ。ウィンドウショッピングをしていればそのまま入るのはおかしいことではないと思う。
なのに、どこか違和感があるというか…正直、嫌な気配がビンビンする。
見た目は中肉中背でちょっと細め。優しそうな風貌の、休日に家族サービスをしているお父さん風に見えなくないのに、誰も連れがいない。時折端末を操作する素振りをしているから、もしかしたら一人ではないのかもしれないけれど…、と考えて、手に持っていた一輪挿しの花瓶を置いて相手の反対側に移動してみた。
あちらから見えない位置だ。
するとどうだろう。
先ほどまでほとんど動かなかったのに中に入ってきて私を視界に収められる場所に移動してきた。
(…これは、複数犯かも)
すでに犯人扱いに変わった。店員は気づいていない。というより私をチラチラ見ているが、これはどこの店舗でも同じ反応を見せる。これだけの美少女、チラ見しない方がおかしいのだ。
まだ中学生でもこの美貌。いや、中学生だからこそ御しやすいと思われているのか。
ここにいてはこれから来るであろう仲間たちに囲まれる可能性がある。せめて広い場所に移動すべきだ。
お兄様を待とうと思っていたけれど、どうにも時間がなさそうだ。
タイミングを見計らって店内を物色している風を装って入り口付近に着いた時、あ!と声を出して走り出す。
まるで何かを思い出したような演技をしたのは、念のため店員に印象を植え付ける為。
そして走り出してすぐ、背後でガシャン!と音がした。つまりやっぱりそういうことだ。
外で魔法は使えない。特にこういった商業施設にはサイオンの動きをキャッチするセンサーが仕掛けられている。
センサーに感知されずこっそり身体強化を掛ける術も知っているけれど、それは切り札にするべきだ。とりあえず自前の身体能力で人の多い広場まで、と駆けた。
バタバタと足音が増え複数になっていく。やっぱり近くに仲間がいたらしい。いたぞ!という声まで聞こえた。…そんなに目立っていいのかな。多分普通の誘拐犯だよね?
(…誘拐犯に普通って…でも魔法師を狙った人たちには見えないから、多分普通の変態さんか、その人に頼まれた誘拐目的の犯人だろう)
こういう時に女子トイレに逃げ込むのは逆に袋の鼠だ。どこか、良い場所はないかな、と走って見つけたのは大きなごみ箱の横。あそこなら陰で見えないかも。
真っ直ぐ行ったのではすぐに見つかってしまう、とジグザク走り抜けながら回り道をして目的地へ。
物陰に入ってしばらくして、バタバタと男たちが横を走っていったのを遠くなるまで注意しながら、その気配が無くなったところで座り込む。
やはり子供の足と大人の足、そして何よりスタミナが違う。思った以上に走ったことにどっと疲れが押し寄せる。
あのまま捕まっていたら――私は魔法を行使していたことだろう。
一応魔法師にも抵抗の権利はある。特に誘拐犯や犯罪者に遠慮なんてすることはない。もちろん過剰攻撃はしてはだめだけどね。面倒くさいことになる。
でも、魔法が使えることを知られることは最終手段だ。目を付けられるのは当然のこと、司波家として暮らしている身でそのように魔法を気軽に行使などしようものなら何がきっかけで四葉とばれるかわからない。
警察署内にも四葉の息が掛かっている人間がいるので、証拠隠滅や改ざんはできるだろうが、こんなところで使っていてはせっかくの奥の手もいざと言う時に使えなくなってしまう。
一番いいのは何も発見されないこと。事を起こさないことだ。
とはいえ、誘拐自体はよくあることで、人前で事件が起きてしまったこともあるので警察にお世話になったことはある。
隠しすぎては不自然にもなるのでね。これは叔母様とも話してある程度公的機関にも厄介になることは許可済みだ。
「…ふぅ~」
思わず漏れる吐息を隠しもせず抱えている膝に額をくっつけた。
何とか乗り切れたけれど、この後が問題だ。
まず現在地がどこだかわからない。やみくもに走りすぎた。
中学生にもなって迷子になるとは恥ずかしいけれど、このまま元の店舗に戻るわけにもいかない。犯人は現場に戻るというから。
(お兄様とどうやって合流しよう…)
お兄様ならエレメンタル・サイトで私の居場所が分かるはずだ。もしかしたら今も駆けつけてくれているかもしれない。
こんなことになっている事情も分かってくれると思う。
でも…
(外出ひとつでこんなにお兄様に迷惑をかけてしまう…)
申し訳なさに胸が苦しくなる。
お兄様はきっと見つけて下さる。そのことに不安はない。だけど、
(呆れられたりしないかしら…)
勝手に走り回って、お兄様に捜させて。
(面倒な妹だ、と思われたりしたら…生きていけない…)
もちろん比喩だ。たとえお兄様に嫌われようとも、お兄様を幸せにするためには深雪ちゃんが生きていなければならない。私だけが、お兄様を四葉から解放できる唯一の鍵のはずだから。
縛り付けるのも私であれば、解放するのも私のはず。お兄様を自由にできるのは、縛り付けている本人。
だから何が何でも生きることを諦めるつもりはないのだけど…お兄様に嫌われると思うと、それだけでもぎゅうっ、と心臓が押しつぶされそうだ。
想像するだけでも涙が滲む。
「お兄様ぁ…」
情けない呟きが誰もいない空間に溶けて消えていく――はずだった。
「――深雪っ!」
焦ったような声で名を呼ばれ、顔を上げると額を汗に濡らしたお兄様が息を上げた状態で駆けつけてくれた。
ばっ、と顔を上げた勢いでポロリ、と涙が零れ落ちる。
そのことに、お兄様は目を見開いて息を止めると片膝を立ててしゃがみこみハンカチを取り出して頬に当ててくれた。
「すまない。怖い思いをさせたね」
「いいえ…お兄様は何も」
「傍を離れた」
「私を、守る為でしょう?」
「しかし守れなかった」
すまない、と謝罪を繰り返し悔やむお兄様に、私は腕を伸ばして抱きついた。
バランスを崩しかけたお兄様だけれど、すぐに抱きかかえることで持ち直し、二人して抱き合う形に落ち着く。
「私に怪我はありません。追いかけられはしましたがこのように無事です」
「うん。それは視てわかったよ。よく判断できたね」
「!あ、ありがとうございます」
お兄様に褒められた!あの判断は間違っていなかったようだ。
でも、浮かれる私とは反対にお兄様が落ち込まれてしまった。
「できればその前に片を付けたかったんだが」
どうやら話を聞けば、お兄様は先に大元をぶっ潰しに行っていたらしい。
変態誘拐犯の首謀者ですね。ショッピングモールに入るところを目撃してウチのコレクションに是非!と思ったのだとか。…コレクションとは?余罪がありそうだね。
だけど指示はすでに出されていて、大元を叩いても何も知らない実行犯がそのまま予定通り動いてしまっていたらしい。
ということで今頃指示が届いたことだろうから撤収作業に入っているだろう、とのこと。
すでに諸悪の根源が潰されていたのか。なら私が捕まったところですぐに解放されていた可能性もある。
プロなら依頼人がいなくなれば手を引くものだから。
そう頷いていたら、お兄様が首を振る。
「いや、そんな楽観視もできない」
「え?」
「相手は深雪だからね。プロだろうが、一度手にしたら手放さなすことなどしないだろう」
「それは…」
うーん。どうなんだろう。
私だから、というけれど、魔法師とばれていなければただの美少女だ。そこまで熱を入れることがあるだろうか。
懐疑的な私の様子に、お兄様はもう一度首を振る。
「深雪はもう少し自分がどのように見られているか客観的に知るべきだ。お前のように可愛い子はどこを探したっていやしない」
直接的なその言葉にじわじわと顔が熱くなる。
更に今の状況も抱き合っているのだと思い出してしまったことで熱は急上昇した。
「深雪?」
「…あ、あの。申し訳ございませんでした。お兄様に探させてしまって」
出来るだけ自然に、とゆっくり離れながら謝罪を。
「落ち着いたか」
「はい。もう大丈夫です」
「…今日はもう帰ろうか。疲れただろう」
お兄様もスッと離れて立ち上がる。
熱が離れていくことが、寂しさを覚えるけれどこれ以上お兄様に迷惑をかけるわけには、と拳を握り締めた。
手を差し伸べられる前に立ち上がって、互いにぎこちない笑みを浮かべる。
行きのように手を繋がないで帰る道が、とても長く感じた。
もう、家に着く。
二人の間に会話は弾まず、気まずい空気が流れていた。
あの角を曲がれば家が見える、というところでお兄様がすまない、と今日何度目かの謝罪をする。
「せっかく気分転換に外出を提案したのに」
「お兄様が謝ることではありません。あの事があるまで、私は楽しかったです」
「…気を使ってくれるのは嬉しいんだが、ショッピングモールに着いてから深雪は落ち込んでいたように思う」
一瞬お兄様が何を言っているのかわからなくて呆けてしまった。
落ち込むことなど――考えて、思い当たって口元を手で覆った。
お兄様はまた表情を曇らせたけれど、違うのだ。お兄様が思い描いているようなことではないと、断言できた。
「私が落ち込んでいたのは、一緒に出掛けてもお兄様が楽しめないということに気付いてしまったからです」
「?それは、どういう…」
「お兄様とのお出かけに、私は浮かれて、楽しくて。はしたなくもはしゃいでおりました。ですが、お兄様はその間もずっと護衛のお仕事をされていました。そのことが、心苦しくなって、それで…」
お兄様の顔が見られなくて俯いてしまう。
せっかくのお休みなのだ。家でゆっくりしてもらうことだってよかったはずなのに。その方がお兄様もゆっくり休めたのではないかと今さらになって気付いた。
「謝罪するのは私の方です。休日にまでお兄様を働かせて――」
「深雪、それは誤解だ」
視界にお兄様の手が私の手に添えられたのが見えた。そして、温かい手に包み込まれる。
二人の足が止まった。
お互い顔を見合わせて。
「俺は深雪が楽しそうにしているのを見て、とても嬉しかったよ。どんなものに目を輝かせるのか、いろいろ知ることもできた。十分休日を満喫していたつもりだったんだ。深雪の護衛についても、俺は働いているなんて思っていない。俺にとっては息をするように当たり前のことだから。でもその気負っている姿が、お前に勘違いさせてしまったんだな。すまない」
頭を下げるお兄様に、私は謝らないでください!と言うのが精いっぱいだった。
そして、
「…お兄様も楽しんでおられたのですか」
「ああ。そうは見えなかったみたいだが結構面白かったよ」
「そう、だったのですね」
肩から力が抜けて、またポロリ、と涙が零れた。
泣くなんて、そう何度もあることではないのに涙腺が壊れたのだろうか、と考えたところで、そう言えばと前世の記憶が蘇る。
私がハンカチを出す前にお兄様に拭われてちょっと恥ずかしがりつつ、お礼を言って。
「涙はストレスを発散させるために流れることがあるんだそうです。今も、別に悲しくはなかったのですが、ついこぼれ出ただけで。お兄様が迎えに来た時もきっとそうだったのでしょうね」
「…あの時は心臓が止まるかと思ったよ。心細くて泣かせてしまったのだと」
「お兄様は必ず迎えに来て下さるとわかっておりましたもの」
心細くはなかった。お兄様が見つけて下さることはわかっていたから。
お兄様の手を握り返して微笑めば、安心したように表情を緩められた。
再び歩き出す。繋がった手も、そのままに。家はもう目の前だった。
(でも、心細くはなかったけれど、不安ではあった)
「ただ、勝手なことをしてお兄様に嫌われてしまうのではないかと思い、それだけが不安でした」
「俺が?深雪を?――それはありえない。そんなことは絶対にないよ」
「その言葉が聞けただけでも、今日の外出は意義がありました」
今度は私が安心したように笑みを浮かべると、お兄様は少し黙って。
「深雪、外出はだめになってしまったが、これから家でゆっくりしないか。今度こそ、一緒に」
「!それは是非!…ですが、もし私にお詫びしたいということでしたら」
「違うよ。俺たちはもう少し互いを知らないと、と思ったんだ。俺は伝えることが下手だから、誤解させてばかりだった。そして、深雪が何を思っているのかちゃんと理解してあげられなかった。だから、教えてほしい。深雪が何を考え、どう思っているのか」
お互いを知る機会を、とのお兄様からの申し出に、私は喜んでと笑顔で返した。
これはまだ、仲良くなるスタートラインに立ったばかりの兄妹の話――
まだお兄様が倒す順番を間違えちゃう経験不足なお話。命令系統が途切れていたことに気付かなかった。
上を押さえれば止まると思っていたので、妹の近くの誘拐犯の存在に焦って戻った。
この後妹が眠った後夜のお散歩()に出かける。悪い大人はしまっちゃおうね。
その後デートのやり直しをする。そして深夜様に花瓶をプレゼント。それが現在写真の前の花瓶になっている。
ちなみにお兄様がショッピングモールに誘ったのは妹がどのようなモノが好きなのか調査するためでもあった。軍の諸先輩方にちょいちょいそういうことを教わってるといいな、と。