妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
深雪サイド
授業中、急な眠気に襲われた。
昨日は特に遅かった記憶も無いのだけれど、こんな日もあるかしら、と少しだけ目を閉じる。
一瞬のつもりだったけれど、目を開けてディスプレイの時刻を確認するとあれから10分も経っていた。
思ったより眠ってしまったみたい。周囲におかしく思われていないか確認するけれど、特に見られてはいなかったみたいで、内心こっそり安堵しながら課題を再開させる。
難なく終わらせたのだけど、ふと目が覚める前と後では何かが違う気がした。
誰かが移動したとか、そんな違いではない。何というかクラス全体の空気が、浮かれているような?室内がいつもと違い明るいように思えたのだ。
もしや私が眠っている間に何かあったのだろうか。
しかしいくら眠ってしまったからと言って、そんなクラス全体が変化するようなことがあったのだとしたら騒ぎで眠っていられないと思うのだけど、と少し不安に思いつつ、チャイムが鳴ったので片付け始めた。
時刻は昼。お兄様との昼食だ。
友人二人と連れ立って食堂に向かうのだけれど、
「深雪、昨日遅かったの?」
「え?そんなことないけれど」
「さっき目を瞑ってたから」
あの10分の間を雫に見られていたらしい。恥ずかしい。気づかれていたのか。
けれど誤魔化すことでもない。素直に答える。
「急に眠くなったのよ。昨日は普通に寝たつもりなのだけど」
「そういうことあるよね」
ほのかが同調してくれて、恥ずかしさは薄まったけれど、どうしたのだろう。なんだか二人の距離がいつもより近い気がする。
「なんだか、まだ寝ぼけてる?」
「いつもとちょっと違うね」
「そう、かしら。自分だとよくわからないわ」
二人から見ても私が違っているみたい。私にとっては二人がいつもと違って見えるのだけど。
ほのかは少し浮かれているよう。…そうよね、彼女もお兄様が好きだからこうして会える時間は彼女にとって貴重な時間。
彼女は最近お兄様に対して遠慮が無くなってきている。…私にはなかなかできないアプローチ方法でお兄様との距離を縮めようとしている。羨ましくて、いつも心がざわめくのに、今日は不思議とそれが無い。
むしろ心配されて心がくすぐったいような心地までする。本当に、どうしたのだろう。
落ち着かない心のままお兄様の待つ食堂へ。
お兄様たちは定位置となっている席に座っていた。急いで私たちもメニューを選んで注文する。
いつものようにたくさんの視線を感じながら三人で席に向かうのだけれど、ここでもふと違和感に気付いた。お兄様に向けられている視線が奇妙なのだ。
いつもなら私が近づくと、身の程も弁えない有象無象がお兄様にぶしつけな視線を向けるのだけど、今日はそれが無い。
代わりに向けられているのは――羨望?何かを期待するような目が向けられているような…?
おかしな状況だけれど、お兄様を差し置いて考察するほどのことでもない。
だから、いつものように、
「お待たせしました、お兄様」
「達也さん、お待たせ――ん?お兄様⁇」
続けてほのかが言いかけて止まった。
周囲も驚いたように私を見つめている――それだけじゃない、目の前のお兄様も少し目を見開いていらっしゃるようだった。
何か驚かせるようなことをしただろうか?お兄様にまでこのような反応をされたことに不安になる。
誰もが固まっている中、お兄様の復帰は誰よりも早かった。
「…そう来たか」
そう呟くと立ち上がり、私の手を取った。
「え、」
お兄様、と言いかけた時、お兄様の視線が私の言葉を止める。
ぴたりと私の口が止まったのを確認してから、お兄様は皆に向き直った。
「確認することができたから皆は先に食べててくれ。すぐに戻る」
それだけ言うと皆の言葉も待たずに食堂を後にする。
急な展開に付いていけず、ただお兄様に付いていく。
一体何が起きているのだろう?
混乱しているのに、お兄様から手を繋がれていると思うと胸も高鳴った。
他の人が見ているのに、お兄様と手を繋いでいる。そのことが嬉しくて舞い上がっていた。
辿り着いたのは一番近くの空き教室。
誰もいないことを確認したお兄様は素早く施錠をして――私をじっと見つめた。じっと視ていた。
こんな密室で二人でなんて、お兄様は一体何をお考えなのだろう、と一人ドキドキとしていると、
「うん…」
しばらく見つめた後、お兄様は少し眉を顰められた。そのことにドキドキと高鳴っていた胸はぎゅっと掴まれたように不安に包まれる。お兄様は今、私に何を見出したというのか。
「あの、お兄様…?」
声にも隠しきれない不安が出てしまったが、お兄様は思いあぐねたような表情をされて頬を掻いてから、重そうな口を開いた。
「もしかして、と思ったんだが。深雪の言葉の意味はそういうことか」
「それは、どういう…?」
私は何か言ってしまっただろうか?しかし次いでお兄様は安心させるようにいつもより柔らかい表情を浮かべられて、私の頭をぽん、と触れた。
「いくつか質問するけれどいいかい?」
「は、はい」
「深雪は学校に不満がある?」
「…それは、もちろん」
唐突な質問ではあったが、お兄様の質問に答えないわけはない。
いい子の答えをするならば、否定をすべきだろうけれど、私が学校生活に不満を抱いていることを知っているお兄様に偽ることはできなかった。
「それは一科生と二科生の格差について?」
「お兄様が二科生というだけで見下されるのはおかしいです。そもそも深雪はお兄様が二科生であることも納得できていません。お兄様ほど優れた者などおりませんのに」
久しぶりに口に出す不満。
この世の中、魔法力によって判断されることは理解している。その基準をもとにすればお兄様のおっしゃる通り、二科生でも合格できたか危ういラインではあった。
だが、優秀な頭脳と豊富な知識により筆記試験は学校の歴史を塗り替える最高得点。
ギリギリの魔法力であっても入学できないわけが無かった。
実技試験の成績こそ振るわないものの、お兄様が残される功績は多く、風紀委員の活動にしてもお兄様が事件を収束、制圧している姿を見れば実力差は歴然のはずなのにそれを誰も認めようとしない。
いえ、誰も、というわけではないのだけれどごく少数の実力ある人たちはお兄様を認め始めていた。けれど、それだけ。
九校戦での目覚ましい活躍も、二科生というレッテルだけを見られて偶然だと判断される。
許しがたいことだった。
思い返すだけでも沸々と怒りがこみ上げる。
だけど、それは長くは続かなかった。
お兄様の頭に置かれていた手が動き、私の頬を包み込むと上向きにされる。
瞬間絡み合う視線に暗く沈みかけていた心は一気に浮上した。
お兄様が私を見つめて下さっている。それだけで、頬しか触れられていないはずなのに全身が熱くなった気がした。
「深雪が俺のために怒ってくれることは嬉しいよ。ありがとう」
「っ」
微笑むお兄様に、今度は体が硬直したように動かなくなった。
お兄様の雰囲気が、いつもよりその、何と言えばいいのか…先ほども思ったけれど柔らかいのだ。
私にいつも優しいお兄様ではあるけれど、いつもならもう少し遠慮というか、触れてもいいだろうか、と妹にさえ窺うような紳士さがあるというか。
けれど今日は違う。包み込むように抱きしめられる流れがあまりに自然過ぎて、気が付けば腕の中に閉じ込められていた。
意識してしまって更に動けなくなるのだけれど、背に回された手が落ち着かせるようにゆっくりしたリズムで叩かれて、徐々に体の力が抜けていく。
不思議…こんなこと、幼少期にもされたこともないのに安心感に包まれた。
「深雪。これから俺は突拍子もないことを言う。けれどお前を揶揄っているわけでもない。俺はお前に誓って嘘は言わない。落ち着いて聞いてくれるか?」
「もちろんです」
お兄様にしては慎重すぎる前置きだけれど、そんなことを言われなくても私はお兄様の言葉を疑わない。
お兄様のおっしゃることは、すべて私のためのことだから。
(どんな突拍子のないお話だろうと、嘘にしか聞こえない言葉であろうと信じられる)
覚悟して頷いてみせると、密着したままお互いの顔がよく見える状態で、お兄様は真剣に告げた。
曰く、「ここは、平衡世界の一つ。深雪の居た世界線とは違う、別世界だ」
曰く、「現在この世界の一高に、深雪の思う差別文化は無くなっている。一科生と二科生の蟠りはほとんど無いんだ」
曰く、「多少妬まれることはあるけれど、俺は誰かに目の敵にもされていない。蔑まれるようなこともない」
「深雪と共に、楽しく学校生活を送っているよ」
と。
自分の目が限界まで見開かれたのが分かった。
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