妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
二年生6月くらいのふんわり時空と、全く無視した謎時空の2本立て。
無自覚な時代と自覚有りの差分をお楽しみいただければ、と。
生徒会役員の大半はデスクワークだけれど、時には資料を探しに行ったり、提出書類(と言っても紙ではなく端末上だけれど)の内容確認のため質問しに特定の生徒を訪れたりと生徒会室を出る機会もある。
この日も書類の不備を見つけ、その部活の活動時間の終了時間が迫っているということで足早に向かった。
六月に入ったと言ってもまだ梅雨に入る前、少し蒸し暑さのある夕方。6時でもまだ日が沈むほど傾いてもいない時間帯。
空調の利いている校内から出て運動部の活動しているグラウンドを目指して小走りするとちょっとの距離でも汗がうっすらと滲む。
ふと今朝の天気予報を思い出す。日が暮れるまで汗ばむ気温のままでしょう、と季節前倒しの蒸し暑さを的中させていた。
到着した頃にはちょうど片付け始めていた部員たちの姿が。何とか間に合ったみたい。
部長さんに声を掛け――名前を呼んだだけで飛び上がられて固まられるのは通常運転だ――書類の確認を。
…仕方ないよね。深雪ちゃんの透き通った声で自分の名を呼ばれたら硬直もするだろう。魅力的なお声ですからね。
そのあと部室前まで付いていって、すぐお持ちしますので!とここで待つようにと慌てて部室に駆け込む背を見送った。
何か隠したいものがあるのか、深雪ちゃんを中に入れられない理由があるのか。…運動部の部室だからね。しかも、蒸し暑くなり始めの。
多少暑くても外で待っていよう、と一呼吸したところで強い香りが鼻を擽った。
(…気付かなかった。こんなところに植わっていたなんて)
魔法科高校には屋上庭園だけでなく、いくつか整えられた花壇だったり季節を感じられる植物が植えられていた。
私も全部を把握しているわけではないが、植物には興味があり一通り校内は回ったつもりであったがこの時期にここに来ることは初めてだった。
でも、香りの強い花だから、昨年の登下校の途中風に乗って香った覚えがあり、この学校のどこかにあるのだろうなとは思っていたのだがその場所がここだったとは気づかなかった。
(ちょうど咲き始めたばかりなのね。良い香り)
少し裏手に回ると想像通りの光景が。甘い香りに手を伸ばし、花に触れる。
咲いたばかりなのだろう。純白の花弁に傷は無く、日にも焼けていない。ひっくり返すと少し黄色みがかっているから、今しか見られない色にしばし近くで鑑賞する。
あまり強すぎる香りの樹木を植えるのは、と思ってうちの庭にはない。
けれどこの香りは好きで、この花が咲く頃になるとお兄様の都合が悪くなければ帰宅途中コミューターではなくわざわざ徒歩で帰ることをお願いするくらいには好きだった。
この甘い香りは夏を連れてくる――。
しばらくの間目を閉じてじっくりと甘い香りを堪能した。
実質待っていたのは5分もかからなかっただろう。
待っているはずの場所に居なかったので慌てたのでしょうね。焦ったようにきょろきょろ見回す部長さんにくすりと笑いながら歩み寄り、すぐに書類の確認をした。…いかつめの男子生徒が固唾を飲んで胸の前で手を組むことろは見なかったことにしておきますね。いえ、筋肉質な方の乙女ポーズも嫌いじゃないですよ。でも先輩には忘れてほしいでしょうから。配慮です。
問題も無事解決し生徒会室へと戻り、席に戻ろうとしたのを反転、ドアを開けたらお兄様が。丁度お迎えにこられたタイミングだったらしい。お迎えにきたのをお出迎えできました。
「もうそんな時間だったのね」
「いや、俺が少し早く来たんだ」
時間を確認すれば、確かにいつもより少し早めの時間。でも大した誤差でもない。
これを片付けて帰りの支度をしなければ、と中に入ろうとしたのだけれど、ん?とお兄様から不思議そうな声が。
何かあっただろうか、と立ち止まって見上げた時だった。
お兄様が身を屈めたのと、ほのかちゃんの悲鳴が上がったのはほぼ同時だった。
「きゃあ!た、達也さん!?何をっ」
「ええ!?し、司波君?!」
続くように中条会長の驚愕の声も聞こえたけれど、今はそれどころではない。
「甘い香りがするね」
顔の周りの匂いを嗅がれています。
周りの混乱なんて聞こえていないような反応。
「これは、クチナシ、か?」
「…そのとおり、だけど」
(良くお分かりになりましたね!?別に花を頭につけているわけでもないのに残り香だけで分かりましたか?!それにしても近いというか近づきすぎです!!髪の中に鼻を突っ込むのは流石によろしくないですお兄様!)
そういえば途中髪がさらりと流れて花についてしまった記憶が。でもそれだけでそんなに匂い移りはしてないと思うのだけど。深雪ちゃんも尋常ではない嗅覚の持ち主(というか異能レベル)だけれどお兄様もなかなかだった?
「自分では気づきにくいんじゃないか。香水ほど香るわけじゃないが」
ほのかに感じる程度だ、となんて事の無いようにお兄様は言うけれど、この状況が尋常じゃないですからね?
…多分、悲鳴を上げられたのは角度的にキッスしてるように見えたからじゃないかと。
内心動揺しまくりで、表情にも出てしまっている気がするがここは素知らぬ顔を貫こう。
「わかったから離れて。このままでは片づけられないわ」
「それは邪魔したな」
スッと離れてくれて一安心。肩を下ろして戻るのだけど、先輩たちの顔が赤い。五十里先輩は苦笑されていたけれど。
待たせているので急いで処理をしてお片付けに。
その間バックミュージックにほのかちゃんのタイプミスを久しぶりに聞きながら。
「それにしてもよくお気づきになりましたね」
帰りのコミューターの中。
花の種類まで当てられるとは思わなかったと言えばふわり、と微笑まれて。
「お前の好きな花だからな」
と髪をひと房持ち上げられながらさらりと答えられて羞恥で顔が赤く染まる。
それを夕日に照らされてだと思ってくれないかな、と願うけれど、その頬を指の背で撫でられてしまえばそれは叶わなかったと言われているようで、さらに熱が上がった。
コミューターの中が涼しくてよかった、と安堵しつつお兄様の悪戯な手を取って下ろそうとしたのだけれど――その手を逆に掴まれる。
「な、なんです?」
動揺を隠せない声に、しかしお兄様は何も言わず掴んだ手を持ち上げて。
「こっちの方が匂いが強いな」
鼻に近づけてクン、と嗅がれた。嗅がれた!
「お兄様!その…あまりそのようなアレはお控えください」
なんと言えばいいのかわからず曖昧に言葉を濁すけれど、妹を嗅がないでほしい!もう夏も近いのです。少しとはいえ汗も掻いたし、そもそも匂いを嗅がれるなんてそれだけで十分破廉恥な行動ですよ!生徒会室での騒動をお忘れですか?
あれからほのかちゃんはなかなか復帰できず、片付けもままならず手伝ってようやく、というくらいの動揺っぷりだった。中条会長からもチラチラ見られて居心地が悪かった…。
お兄様はお迎えの時間しか来ないので良いかもしれないけど、私は明日からも彼女らと長い時間を過ごすわけだからあまり気まずいのは困る。
いくら兄妹とはいえあの距離感はおかしい。
…お兄様は常識人のはずなのにどうして妹相手だと時折非常識になられるのか。
今だって、私の声が聞こえているはずなのに、私の意図だってあんな言葉でも伝わっているはずだというのに。
「きっとこの手は香りの通り甘いのだろうな」
お色気モードでとんでもない色気を放ちながら触れないキスを指先に落とした。
ぼん、と顔が音を立てて真っ赤になるのを片手で覆うけれど、いくら小さな深雪ちゃんのお顔でも片手で全て覆い隠せるはずも無く。
「気を付けてくれ。ただでさえ魅力的な深雪が、こんな甘い香りをさせたらどんな朴念仁だろうと惹き寄せられてしまう」
お前はそのままでも十分魅力的な花なのだから、と耳元で囁いてから体を離すと同時に手を放したが、私の体はちっとも自由が利かない。
コミューターが止まっても身動きが取れなくて、その時初めて腰が抜けているのだと気付き、笑うお兄様に抱えながら降りる羽目になった。
――
魔法のある世界は便利だ。
早朝の庭の手入れの最中、この季節になるたび実感する。
雨上がりの晴れた朝だった。今日は日中6月初めにしては早い夏日の暑さになるらしい。気温差が激しくて体調に注意、ということ。特に関西は温度差が激しいらしく遠く離れた光宣君は大丈夫かしら、と後でメールでも入れておこうと思いつつ魔法を維持しながら作業を続ける。
今のところ、まだ長袖でちょうどいいくらいの気温なのだけれど、私は自分の体の周りに冷気を漂わせている。
それはなぜか――理由は単純だ。今年もその季節が来た、ということ。
今もかすかに聞こえるモスキート音。
そう、植物の茂る場所には付き物の彼らの季節。
特に雨上がりは危険だ。数日前も雷雨があったばかり。水たまりは早めに片づけたつもりでも、うち以外の家庭も同じようにしているとは限らない。数を減らすことに貢献はできても撲滅には至らないのが現状だ。
でも魔法があるおかげで髪をまとめ上げていても首元を蚊に刺されることも無く作業に取り組めるのはありがたい。
手早く作業を進めて積んだ花を手に持って腰を伸ばす。
泥跳ねでダメになりそうな葉が多かったのでいつもより時間がかかってしまった。
急いで魔法を解除して汚れを落として上がると、タイミングを計ったように水波ちゃんが。
「おはようございます、深雪様」
「おはよう水波ちゃん。お願いしてもいいかしら」
「はい」
最近水波ちゃんがお花を活けてくれるようになった。恭しくお花を受け取ると花瓶を選びに行ってしまい、私はその間に制服に着替えに――行こうとしたのだけれど、どうやらその前にお兄様がお戻りになった気配が。
急いで玄関に行くと、よかった、間に合った。
「おかえりなさいませ、お兄様」
「ただいま深雪」
お出迎えのハグと朝の挨拶のキスを軽く交わしてから最後にギュッと抱きしめられる、のだけれど。
「今日は髪を結んだままなんだな」
「…少し時間がかかってしまって」
耳を擽るように声を掛けられ身じろぎするのをくすっと笑われて、まではいつも通りだった。
そのまま離れるはずのお兄様の体がなぜか離れない。
「お兄様?」
お戯れか、と思ったのは一瞬で、すぐに違うと否定することになる。――お兄様から怒りが伝わってきたからだ。
「深雪」
「は、はい」
低い声色にびくり、と身体を震わせた。
何か怒らせるようなことをしただろうか。着替えが遅れて制服ではなくジャージ姿だから?いや、そんなことでお兄様はお怒りにならない。髪をまとめ上げ首筋を晒していることだろうか。だがここは家の中。人目が無ければ問題が無いはず。ならば一体、とぐるぐる考えているとお兄様は少し上体を離してから首を前に倒して――途端首筋に何かが触れたかと思ったら痛みが走る。
歯を立てられたのだ、と気づいた時にはぢゅっとその箇所を吸われ、首をもたげたお兄様に見降ろされていた。
真っ直ぐとした視線が私を貫く。
「あ、の…」
「いただけないな」
なにが、と口にすることができないほどのプレッシャーが漂ってはくり、と空気だけが漏れた。
妖しい光を宿した目に見詰められ、するりと頬に手を添え撫でられると反射的に背中にぞくっと震えが走る。
「俺以外が深雪に痕を残すのはたとえ虫けらであろうとも許しがたい」
…………。
痛みの後がじんわりと痒かったのはそういうことか。
どうやら根性のある蚊が、冷却魔法が途切れたタイミングでアタックをかけていたらしい。全く気付かなかった。
「…もしかしなくとも、上書をされました?」
「気に入らなかった」
飾り気のない言葉に、どうやら本当に気に食わなくて犯行に及んだのだと理解する。
「俺だって滅多につけることができないのに」
動機も分かった。
ですが、お兄様。
「これから学校なのですよ…?」
「虫刺されだ」
いくら髪で隠れる場所とはいえ、風に吹かれれば見えてしまうかもしれない場所に痕を付けられて私が困らないわけがないとわからないお兄様ではないはずなのに、と訴えればお兄様はさらりと返した。
曰く、虫刺されなのだから問題ない、と。
確かに、虫刺されだったものですけれども。
この一連のことが無ければ指摘されても平静でいられたのに、と上目で見つめればしゅん、と肩と眉を下げて。
「我慢ならなかったんだ」
…その顔に弱いことを知っているお兄様からの押しに、案の定強気になんていられるはずも無く。
「…もう、お兄様ったら」
降参の声を上げるとふわっと微笑まれて抱きすくめられた。
こうして私は今後も丸め込まれていくのだろうな、とわかっていても簡単に絆されてしまうのだから私もお兄様に大概甘い。
お怒りも治まったようで何よりだが、手の動きがね、よろしくない動きをし始めてます。いくらお兄様に甘い私でもこれ以上は許しませんよ。
「お兄様」
「…調子に乗りすぎたな。シャワーを浴びてくる」
漂う冷気にお兄様は動きを止めてようやく離れていった。
朝からとんでもない疲労感。
ちょっと水波ちゃんに癒してもらおう。急いで着替えて朝食の準備をしている水波ちゃんをえらいえらいして可愛がり、お母様の写真に手を合わせてから三人で朝食を食べた。
真っ赤な顔の水波ちゃんをちらりと見たお兄様が次いで私をじっと見つめたがそ知らぬふりをしてやり過ごす。
ぎこちないまま登校し、エリカちゃんに喧嘩を疑われるのだけれど、真っ先にお兄様が疑われる辺り前科がありますからね。
何でもないのよ、とすました顔の下、痕が見られませんように!とハラハラしながら登校していたことにお兄様だけが気付いていて、こっそり上機嫌でいることに改めて真正のSを感じて若干未来を憂うのだった。
一本目の無自覚時空。
まだ無自覚でこれ…。
自覚していたらまず指は食べられてた。髪に頭突っ込まれた時なんてたぶん耳くらいは舐めてる。
二本目は婚約者後の恋人未満時空です。
この年初めて蚊に喰われた腹いせで浮かんだネタですね。
自分以外が痕を付けることが許せないお兄様。
この時代ペーパーレスでよかったね。指を切る度お兄様が舐めてくる図しか浮かばない。
そしてお兄様Sは公式。諦めましょう。見せつけて辱めるようなことはしない(というか見せたくない)けど、慌てる妹は見たい。妹に怒られるのも嫌いじゃない。困る妹はお兄様の愉悦。…頑張れ。
どちらも甘いと虫がテーマになりました。
甘いお花の香りに誘われたお兄様は果たして蝶なのか蜂なのか。
そして大きな虫さんに甘い妹。甘やかしすぎると大変なことになりますよ。…もう手遅れでしょうが。
お粗末様でした。