妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編   作:tom200

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別サイトでUPしたものを加筆修正したものになります。
やんわりR15くらいでしょうか。
婚約後、恋人設定のあやふや時空。
6月12日は恋人の日だそうです。
なのでいつにないバカップルをしてもらいました。文体がいつもと違うのでご注意くださいませ。



ごっこ遊び

 

 

達也はこれほど自分のルーティーンを呪ったことはない。

 

朝起きて支度を整え、ダイニングへ向かうと「おはようございます」と微笑む深雪を抱きしめて、朝摘みのバラのようにみずみずしい小さな唇を堪能し、離れがたいのを抗いながら深雪特性のドリンクを受け取るのが恋人という関係に落ち着いてからの日課となっていた。

今朝も深雪自身から匂い立つ花のようでもあり果実のようでもある甘い香りと甘い口付けに酔いしれて、自分でも気持ち悪いくらいに甘い声で「おはよう」と返した時だった。

いつもならばそこでスッと離れてコップを渡されるのだが、触れていた頬の手を取られ指を絡ませてきゅ、と握られた。

大した力の入っていない拘束とも呼べない繋がりに、けれど振りほどくことなどできずに捕らえられる。

そしてその手の甲に頬を摺り寄せ頬ずりをされた。

柔らかな感触とほのかな温かさが心地よい。

 

「どうした?朝から甘えただね」

 

あまりの可愛い行動に腰に回した腕に力を込めて抱き寄せると、少し照れたように頬を赤らめ熱を帯びた視線が向けられた。

 

「本日は恋人の日、だそうですよ」

「ほう、それはそれは」

 

俺たちの為の日ということかと、都合よく解釈してもう一度唇を寄せたのだが――手を差し込まれて止められた達也はわずかに眉間にしわを寄せた。

 

「お待ちくださいませ。これ以上ここにいては遅刻してしまいますよ」

「問題ない」

 

九重寺に行くことは何も決まりではない。遅刻どころかサボってこのまま――と考えていた達也だが、残念ながら深雪はそれを許してはくれないらしい。

 

「達也様?」

 

先に仕掛けたのは深雪だろう?という言葉を飲み込んだのは、決して深雪の笑顔が恐ろしかったわけではない。

深雪に何かの意図があることを察したからだ。

 

「私は達也様が規則正しく日課を熟し、予定通りに日程を終えることが望みです。その合間に、私を構ってくださることが何より嬉しいのです」

 

念を押す様に勝手に予定変更はしないでほしいとお願いされてはサボることなど達也にできるはずも無い。

 

「…それで、深雪は俺に何をさせたいんだ?」

「ふふ、話が早くて助かります」

 

深雪はにこりと微笑むと、一つの提案をした。

曰く、

 

――「秘密の恋人ごっこをしませんか」、と。

 

 

 

 

九重寺の門を潜ると、挨拶代わりの手荒い歓迎を受けた。今日は徒手空拳ではなく身近な道具を使っての実践向きな強襲であった。竹ぼうきやら石などが迫りくるのを掻い潜り、捌いていく。

この時間は他のことを一切考えずにいられるので達也にとっては良いリフレッシュになった。

 

「――で?何かあったのかい?」

 

にやついた顔で聞いてきている時点で、八雲は私生活で何かがあったのだと読んでいるらしい、と達也は己の修業不足を悟りつつ、別に話したところで困ることでもないか、と抱えている疑問を打ち明けた。

 

「交際していることを隠した状態で一日過ごしてみたい、と」

 

聞かされた時、達也はさっぱり意図が分からなかった。

達也たちが婚約者であり恋人同士であることは学校中が知っていた。

今さら隠しようがない。

もちろん人前ではそれなりに節度のある距離感を保っているが、それでも隠すことはしていないのでよく友人たちには注意される。

それを今さら隠して何になるのか。さっぱりわからん、と達也は他の誰かが相手なら匙を投げただろうが深雪の願いなら蔑ろになどできない。とりあえず言われるままやってみるつもりであるのだが、ともやもやしていた。

一体隠したところで何がいいのか。

アドバイスが欲しい、というよりわからないということを吐き出したかった達也だったが、八雲はぺしっと勢いよく己の丸い頭を叩くと楽しそうに笑った。

 

「いやあ!流石深雪君だ。ロマンをわかってるよねぇ」

 

興奮気味に素晴らしい!と語る八雲に、達也はわかるのか?!と片眉を跳ねさせた。

 

「知られていない関係ほど燃える『設定』はない。隠れてこっそり付き合っているなんて、ハラハラドキドキする展開の定番だろう」

 

定番だろう、と言われても達也にはピンとこない。

はあ、と気の抜けた返事をすると、八雲はやれやれ、と首を振った。

 

「まあ、君にもいい刺激になるかもね。何せ、深雪君はロマンの伝道師だから」

「なんです、それは」

「伝道師、というより申し子かな。彼女の存在自体ロマンしか詰まってないからねぇ。神をも魅了するだろう類い稀なる美貌を持ち、文武両道。優等生で、料理もできて、完璧そうに見えるのに案外隙が多く、押しに弱くて流されやすい。特に身内になると甘々で、それがまた周囲を惹き付けて魅了する。だというのに恋愛は一途で余所見をしない。…こんなロマン溢れる子、現実にいないよ。設定を詰め込みすぎだ」

 

言われた言葉はどれも深雪に当てはまるばかりで、その一つ一つをロマンと呼ぶならば確かに深雪はロマンが溢れているのだろう。達也にはイマイチロマンが理解できないが、深雪がどれほど魅力的かはよく理解しているつもりだ。

それが表情に現れたのか、はたまた八雲が驚異的な観察眼を持っているのかおお振りに首を振る。

 

「いーや、君はまだわかってない。その彼女自身が更にロマンを上乗せで誘ってきているというのに」

「そのロマンが、隠れてこっそり、ということですか?」

「ピンと来てないようだね」

 

指摘の通り、達也にはさっぱりわかっていない。せっかく婚約者であり何も隠す必要が無いというのにわざわざ隠して、というのが理解に苦しむ。

 

「隠れて愛を育むのもまた一興ってね。いつの世も不倫や浮気が無くならないのはそこに魅力があるからだろう」

「それは師匠が口にしていい言葉ではないのでは?」

「坊主は人の悩みに寄り添うことも時には求められるものだ」

 

ただし、寄り添うだけで解決をしてくれるわけではない。何事も自分で悟ることが修行である、とは以前八雲が言っていた言葉だ。

この寺にそんな相談を持ち込むような人間が訪れるとは思えないが、との言葉は飲み込んだ。

 

「若人よ、たくさん悩むがいい、ってね」

 

とはいえ今の君の悩みは贅沢なものだけどね~、と笑う八雲に達也は釈然としない思いを抱きながらも時間を理由にこれ以上の話は聞けないと打ち切った。

 

 

 

 

達也が帰ると、いつものように深雪が出迎える。

 

「おかえりなさいませ」

「ただいま」

 

ハグをしてから流れるように頬に口付けて、唇にしたいのを我慢して離れようとすると掠めるように達也の唇に柔らかいものが触れた。

一瞬の触れ合いに、誤って触れたのかと錯覚しそうになるが、深雪の悪戯な瞳と口元に立てられた人差し指が、意図してやったことだと伝えていた。

こんな積極的な深雪など珍しい。達也は腕を掴もうとするがするりと避けられてしまった。これもまた、珍しいこと。

 

「もう、始まっているのかい?」

「奥には水波ちゃんがいますもの」

 

挨拶までは今まで通りでも、その先はこっそりと、らしい。

何が行われるかさっぱりわからない達也だが、深雪が楽しそうだということは分かったのでとりあえず従ってみることにした。

 

「お風呂の用意はできてますので」

 

そのまま下がりそうな深雪に一気に距離を詰めると、艶やかな黒髪を耳にかけてやりながらそっと囁く。

 

「一緒にどうだ」

 

この誘いに深雪は白い肌をうっすらと赤く染めて小さく首を振ると小走りでリビングへ向かってしまった。

 

(…ふむ)

 

このこっそり、というところが良いのだろうか。揶揄うのとはまた少し違う楽しみを見つけたような気がした達也は、はっきり拒むのではなく恥じらうように逃げる姿にうっすらと口元に笑みを浮かべながら汗を流しに向かうのだった。

 

 

 

 

学校に向かう途中は水波もずっと一緒だ。

元々彼女の前では触れ合いは自重していたのでこっそりと、というのは難しいはずだが、向かうコミューターの中、深雪は端末を取り出して達也に予習で分からなかった部分を教わるという体で身を寄せ、文字を入力しては恋人としての甘い言葉のやり取りを交わす。

表面上は真面目に教わっている様子でも、端末に表示される言葉は「お慕いしています」や「隣にいるだけで嬉しい」など可愛らしいモノから、「触れられないのが寂しい」といういじらいモノまで、たった駅までの距離だというのに、いつもより濃厚な時間に感じられた達也は(これが師匠の言うロマンの伝道師か…)と考えたかは兎も角として、深雪の行動に感服した。

これは確かに、心が揺さぶられる。

穏やかな日常も大切だが、偶にはこのような刺激もあって良い。

コミューターを降りる際、いつものように手を差し伸べるといつもと何も変わらないはずなのに手が触れ合うだけで、視線が絡むだけで胸が騒ぐ。

我慢してからの触れ合えることの喜びがどれほど大切なものかを実感させられた。

そこからキャビネットに乗り換え、今日の日程を互いに共有しながら学校の最寄り駅に到着する。

これもいつも通りのはずなのに、何時先ほどのようなアクションがあるかと考えるだけで楽しくなってきた達也は水波が予定を確認しながら話している間に深雪に目配せしてこっそりと口角を上げた。

それを受けた深雪も微笑みを口元に浮かべながらゆっくりと目を閉じる。ギリギリまで、視線を合わせて。

一つ一つのテクニックが、達也の心をくすぐるようだった。

 

(まいったな…)

 

正直これほどまでとは思わなかった。

確実に達也はこの状況を悦んでいる。翻弄されつつもそれが愉しくて仕方がない。

だが、同時にこれだけモーションを掛けられているのに何もできないというのは何とももどかしくも感じた。

はっきり言ってこのままUターンして帰りたいくらいだ。もちろん理由は恋人とじっくり愛し合うため。…できないこともわかっているため半分冗談だが、自制が利いているのが不思議だと思うくらいには、すでに術中にはまっていた。

 

「おはよー!」

「おはようエリカ、美月、西城くんも」

「おはようございます」

「おはよーさん」

 

時間を示し合わせたわけではないが、それなりの確率で一緒になるメンバーと鉢合わせひと塊となって登校する。

こうなっては触れ合うことはできそうにない。

隣を確保するのはいつものことで、その反対にはエリカ、深雪の後ろには水波とその横に美月とレオが続く。

時折入れ替わるが、達也か水波が深雪の隣と後ろにいることは変わりない。

婚約者となってからはほとんど深雪の隣は達也となっていた。

慣れた道、慣れた面子。これで距離感を間違えるなんてことはない。

なのに――

 

「エリカ、珍しいわね。寝癖がついてるわ」

「え?!嘘!どこどこ?」

「ここよ。ちょっと跳ねてるだけだから誤魔化せるけれど」

「今朝ちゃんとシャワー浴びたのに」

「持ち主に似て頑固だったのね」

「ぶっ!」

「笑ってんじゃないわよ!」

「いってーな!すぐに武力に訴えてんじゃねぇよ」

 

エリカを中心に笑い合う間、深雪の手がほんの僅か不自然に伸びたり、タイミングをずらして達也の手に触れる。

一度、二度ならず何回も触れればそれはもう偶然とは呼べない。

そして小指を絡められてさざ波のように引いては離れ、そのたびに鼓動が早まる。

一瞬だったり一秒ほどだったりと、たったそれだけの触れ合いだけでここまで翻弄されるのか。視線を向けられない触れ合いというものがこれほどまで心に影響を与えるなんて達也は知らなかった。

今は誰からも視線を向けられていないことが達也の立ち位置上よく見えた。そのタイミングで触れあった瞬間その手をぎゅ、と握って放す。

初めての達也からのアクションに、深雪の肩がわずかに揺れる。だが、歩いているためそれを不自然だと誰もわからない。

 

(これはなかなか…)

 

新しい遊びを見つけた子供のように隙を伺ってはその手を掴んだり指を絡めたりして反応を愉しんだ。

 

 

 

いくら一科生と二科生の隔たりが無くなったと言っても校舎の作りは変えられない。校舎に入ってすぐに分かれ道が。

 

「じゃあまた、お昼にね」

 

今日はほのかたちとは合流しなかったため、深雪と水波、そして生徒会役員でも風紀委員でもないエリカとレオと美月はCADを預けに行き、一人で教室へと向かう。

その間達也は手を持ち上げて握っては開いてを繰り返した。

僅かな時間触れあった手に残る熱を愛おしまずにはいられなかった。そんなもの幻想にすぎないことは達也にもわかっている。この手にそんな温もりなどもう残ってなどいない。

けれど、あの触れ合いは確かに現実であったはずで、いつもはもっと堂々と繋げているのに、その時よりも熱を感じたのは、その一瞬でも触れ合えたことを覚えておきたいと思ったから。

 

(恐ろしいな、ロマンとやらは)

 

これ以上深雪と離れがたくなることはないと思っていた。

だが、距離や時間が愛を育むとはよく言ったもので、離れていることでより一層深雪を求め頭から離れなくなっていた。

恋とはなんと恐ろしいものなのか。達也は改めて実感した。

 

 

 

 

お昼。

生徒会長である深雪の方針で、繁忙期を除き生徒会役員は昼に仕事をしないよう通達していた。

よって、深雪たちはエリカたちと一緒に食堂で食事をすることが大半だった。

ほのか、達也、深雪、雫。今日はこの順番で横に並んでいた。

ほのかは、二人の関係を理解しているものの、諦められるかと言われるとそう簡単に割り切れるものではないということで、恋心が風化するまで傍に居させてほしいと頭を下げ、今の状態に落ち着いた。

達也としては本人がそれで構わないというなら、ちょっかいを掛けられるのは困るが傍に居るだけならとノータッチでいることを前提に、傍に置くことを許可した。達也としてはスパッと断れたのだが、当の深雪が許可した時点で達也には拒否権が無い。

気まずくなりたいわけでもないので放置、または現状維持で風化を待つ形は歪ではあるが当人たちが良いというのであれば仲間たちも何も言わなかった。

話の中心は基本的にエリカで、いつも何かしらネタを拾っては面白おかしく話しては、レオ達が突っ込み、そこに雫がボケて深雪がやんわりと訂正したり、美月が慌てたりしてかき混ぜて、幹比古が巻き添えを食らうという流れが定番だった。

今日もそういった話をしているはずなのだが、達也はここでも気がそぞろだった。

何故なら授業中も秘め事のようなやりとりが続いていたからだ。

深雪からの生徒会役員の要件として送られてきたメールを斜めに読むと漢字こそ混じっていたものの「あいしてる」との言葉か隠されていたり、朝のうちに足りない物をメモにしてポケットに入れておいたと書いてあり、探ってみれば紙切れに戯れのようにキスマークの付いたメッセージカードが入っていたりと、気付かぬうちにたくさんの仕掛けがこれでもかとちりばめられていたのだ。

とりあえず達也はこのキスマークの付いたメッセージカードが劣化してしまわぬよう分単位で再生をかけるという異常行動を取っていた。

早く加工をしたいと思うが家に帰らないと道具が無い。そんなにすぐすぐ劣化するわけではないとわかっていても気になって仕方が無かった。

 

(深雪にはスパイとハニートラップの素質があるな…絶対にさせないが)

 

特に後者はさせられるわけがないが、その適正はトップクラスだと妹の才能に改めて脅威を覚えた。

昼食中は特にアクションも無く、このまま何事も無く終わると思われたが、深雪はここでも行動を起こす。

 

「ごめんなさい、ちょっと確認したいことがあるから生徒会室に行ってくるわ」

「お昼にお仕事?手伝おうか?」

「ありがとう、雫。ほのかも大丈夫だから皆はゆっくりしてて。ただちょっと確認し忘れたような気がしていて。間違ってない可能性もあるんだけど、ほら、こういうのって一度気になるといてもたってもいられなくなるじゃない」

「あ~、昔のドラマとかであるよな。家の鍵を閉めたか忘れて~、とか」

「アナログの時代ってそういうとこ不便ですよね」

 

そのまま雑談に流れ込もうとする前に、深雪はトレイを持ち上げて席を立つ。

ここで初めて視線が合ったが絡んだのは一瞬。深雪はそのまま食器を片付けに向かい食堂を後にした。

 

「なんか、達也くんがいて深雪が単独行動してるの珍しいわね」

「そうか?」

「そうですよ、いつも二人仲睦まじくて――あ、その…」

「本当ですよ。いっつも二人で目と目で通じ合って。ずるいです」

「ずるい、と言われてもな。俺たちのこれは高校に上がる前からだから」

 

美月は達也と深雪の間を兄妹の頃(・・・・)から応援していたのでついうっかり二人の仲のことを楽しそうに話してしまったが、ほのかの片思いには慎重な姿勢を見せていたつもりだった。だが、こうして時折自然と出てしまう失言に慌てて口を閉ざすも、向けられた当人は苦笑してなんてことないように返した。

傷ついていないわけではないが、それくらいのことでいちいち反応していてはいつまでたっても変われない。彼女は彼女なりに前進しようとしていた。

だから達也も自然を装って何事も無いように返す。それがせめてもの彼女への報いだと考えて。

そのことにほのかがホッとしつつも、達也の優しさに胸が締め付けられる思いを味わっていることに雫だけが気付いていたが、彼女も沈黙を貫いた。

 

「俺たちも別に常に一緒にいるわけじゃない。前から言っているが家の中でだって各々分かれて好き勝手やっているしな」

「確かに聞いてるけどさ」

「婚約してからはそうでもないんじゃないの?」

 

にやにやと聞くのはエリカだけで、他は反応に困っているようだが、達也は何でもないように答える。

 

「あのな、うちには水波もいるんだぞ。深雪が許してくれると思うか?」

「…深雪が許してくれたならべったりくっつくつもりなんだ」

「まあ、やぶさかではないとだけ答えておこう。そんなIFは考えても無駄だがな」

 

淑女である深雪がいくら婚約者と二人きりとはいえ、節度を保たないわけがない。自分とは違って慎み深い彼女が第三者のいる家の中、四六時中べったりいることを許してくれるとは思えなかった。

そもそも達也自身にそんな時間も無いのだが。

達也はできる事なら時間の許す限り深雪とくっついて居たい派だ。しかしながら彼を取り巻く環境がそれを許さない。

非常に残念なことに、とわざとらしくため息を漏らす達也に、仲間たちは苦笑を漏らした。

ひと笑いしたところで達也の端末が鳴る。

 

「深雪からだ。どうやら気になっていた書類というのは俺が昨日提出したものらしい。ちょっと行ってくる」

「達也が?もっと珍しいね」

「俺が、というよりおそらくその部が添付資料をつけ忘れたんじゃないかな。俺は記憶していた通り入力したはずだから」

「…記憶した通りって…うん、何も言うまい」

「それはほとんど言ってるようなもんだがな――いって!何すんだこのアマ!」

「アンタは一言余計なのよ」

 

二人のコレはもうコミュニケーションだ。達也は仲裁など野暮なことはせず急いで深雪の下へと向かった。

 

 

 

 

達也は生徒会室に入るなり、

 

「ピクシー、厳重にロックをかけて声を掛けるまでサスペンドモードに。――覗き見は禁止だ」

「かしこまりました、マスター」

 

そう命じながら真っ直ぐに深雪の下へ。

立ち上がる深雪に、ピクシーが作業を完了して座るのを確認するより早くその華奢な体を腕の中に閉じ込めた。

掌は添えるだけで顎を上げることなどしていなくとも、深雪自身が懸命に首を伸ばしていたおかげでその二つは最短で交じり合う。

艶めかしく漏れる吐息が、彼女も期待してくれていたのだと達也の心をかき乱す。

夢中になって互いに貪り合うように求め合う。

いつもとは違う激しさに、深雪も達也の腕を必死に掴んで応じ、荒い吐息と艶のある声が漏れる度、達也は自身の中心に血液が集中するのを実感した。

いつもならすぐに散らして収めるのだがその余裕も無く、むしろ押し付けるように腰を当てれば深雪は面白いように跳ねて肌を真っ赤に染めて体を熱くさせた。

明らかに、いつもと違う触れ合いに、互いの興奮度が高いことが窺えた。

ここが学校だとか、そんなことは頭の片隅に追いやって、生徒会長の机の上に深雪を横たえる。

こんな固い場所に乗せるなんて達也にとっては考えられないことであったが、開けた場所はそこしかなく、椅子では座り(・・)が悪い。何より深雪への負担がどちらが掛かるかを天秤にかけて横になった方がまだ幾分ましだろうと結論を出した結果だった。

言葉を交わす余裕も無く、互いに欲の滲んだ視線を絡めた後、合意を得たとばかりにそのまま口付けを交わした。

 

 

 

 

発散、分解、再生の魔法を立て続けに使用して、乱れた衣服を整えた二人は、何事も無かったように生徒会室を後にした。

平然と、普段と変わりない二人に見えるが、見かけだけであり彼らの頭と心の中はつい先ほどまでの情欲が残っていた。

ひとたび触れてしまえば離れがたくなってしまうことは目に見えていたので適度な距離を保ち、互いに触れないよう注意しながら廊下を歩く。

流石に授業をサボってまでそのような行為に耽る度胸は深雪にはなく、達也も友人にそれをつつかれるのはよろしくないことくらいは理解できた。

二人の教室が離れていたことに感謝する日が来るとは思わなかったと深雪はホッと安堵の息をこっそりと吐き、達也もようやく人目のある場所にこられて緊張させていた手を弛緩させた。

身体に命じていないと触れそうになる自分を抑えられないとは、と自身のコントロールに不安を覚えていた。

 

「では、放課後生徒会室で」

「ああ」

 

二人にしてはあっさりとした言葉を交わすことが精いっぱいだった。

午後は午前中のようなことは何もなかった。

平穏な時間だが、これもまた大事な時間だ。

 

(怒涛の攻めからの、凪の時間――深雪は戦術も学んでいたんだったか)

 

次期当主にそんな科目が必要だとは思わなかったが、まさかこんな使われ方をするとは思わなかった、と達也は本日何度目になるか、深雪の才能に戦慄する。

いくら学習しても身に着けて利用ができなければ意味がない。

深雪はそういう意味でも非常に優秀なのだな、としみじみ成長を感じた。

そして放課後も何事もない――のだが、深雪が生徒会長席で顔を赤らめていることに眼を向けていた達也は沸き起こる感情を押し殺しつつ、こっそりと堪能するのだった。

仕事も終わり、皆で帰る際も戸締りをしている間、人目を盗んでキスをして横に並んでは時折触れ合う手に今度は少し視線を合わせて謝ったり、と違う行動をしては反応を愉しんだ。

帰りのコミューターは水波と横に並んでいたため触れ合うことはなかったが、深雪の指がとん、とん、と合図を送る。

音はない。ただ膝のあたりでリズムを刻むようにとん、つー、とん、と動いているだけ。

隠してはいないが誤魔化すように歌われる鼻歌に、単にリズムを刻んでいるように見えただろう。ご機嫌ですね、との水波の言葉に、「内緒よ」と人差し指を口の前に立てて、その奥で尖らせた唇がまるでキスをしているように見えて劣情を煽っているのが計算なのかももうわからない。

ただ、こうして煽られた欲をどうしてもらおうか、そのことが頭の大半を占めている時点で自分を見失いかけていたのだと、深雪に咎められて気付く。

 

「しばらく研究で予定が詰まっておいでなのでしょう?」

 

朝にも申しましたでしょう?駄目ですよ。と誘おうとした唇を大した力も込められていない人差し指で抑え込まれてしまった。

煽ったのは深雪じゃないか、と恨めし気に深雪を見つめるも、達也が予定を変更してしまうことを深雪は嫌がった。

ルーティーンを崩すことは生活の乱れに繋がってしまうから、と。

 

「でも、今日はせっかくの恋人の日ですものね。…就寝前の一時間、頂戴してもよろしいですか?」

「…もう一声、駄目か?」

 

情けない声で懇願すれば、深雪は視線をさ迷わせて俯きながら指を三本立ててもう30分延長してくれた。

出来れば三時間にしてほしい所ではあったが彼女にしたらこれでも譲歩した方なのだろう。

それに、研究も進めたいのは事実。流石に仕事を放り投げて深雪の信用を失ってまで己の欲望を優先するわけにはいかなかった。

 

(それに、時間の方は削る対象を変えれば深雪を悲しませることにはならない)

 

明日が少し辛くなるかもしれないが、三日貫徹に比べれば多少睡眠を削るくらい大したことではない、と達也は深雪の心配をしつつもギリギリの睡眠は確保できるよう計算をして、有限の時間をはじき出す。

今日は大分深雪に翻弄されっぱなしであったが、夜の時間くらい深雪を翻弄したい。

達也は今日一日で理性の箍が何度も緩みかけたことに冷や冷やしていた。いつ獣になるか、自制するだけで疲労を覚えるほどだった。

生徒会室での一幕はその欲が溢れた結果でもある。あの一回で終われたのは昼休みという概念が多少頭に引っかかっていたから。よく一回で我慢できたものである、と達也はあの時ほど自分を褒めたことはない。

自分を褒めることなどすること自体初めてのようなものだった。

これは深雪にお願いする際の切り札になるだろう。達也の中ですでにベッドの中でのシミュレーションが行われていた。

 

(この任務の失敗は許されない)

 

 

 

果たして達也は計画通りに恋人との甘いひと時を過ごせたのか――深雪が次の日起きられなかったことと、達也の艶々とした表情がすべてを物語っていた。

 

 

 

 

 





妹が散々煽りましたからね。仕方ないね。
妹は基本お兄様に甘いけれど、お兄様が後で困るようなこと、後悔するようなことはさせられない。
お兄様の研究の邪魔はしたくない。
結果お兄様は死ぬ気で今日までの工程は終わらせた。むしろいつもより真剣に取り組んだので捗った。
きっちりと終わらせて妹を攫うようにベッドに運んだ。恋人ごっこは終了。隠れてこっそり、の良さは十分理解したけれど隠れなくていい所での反動が半端ない。
妹はロマンの伝道師なんかではなくオタクなだけ。シチュ萌え大好き。それで恐ろしい目に遭うのだがすぐに忘れてまたやらかす。頭が良いのにね。仕方ないね、オタクだもの。好奇心は抑えられない。
恋人の日?じゃあちょっと趣向を凝らして楽しみましょう!――そして墓穴を掘る羽目に。
おかげでお兄様はとても充実した日々を送っていると思います。

お粗末様でした。
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