妹転生?!ファンとしてお兄様を幸せにします! 番外編 作:tom200
11月7日
立冬の朝、その言葉通りに急に冷え込み、思わずくしゃみが出てしまう。
「急に冷えたからな」
大丈夫か?と肩を抱き寄せようとするのを大丈夫ですから、とその腕を取って押しとどめることに成功した登校中。
それでも腕を組む形になっているので歓声に近い声がちらほら上がったが、悲鳴ほどの声は上がらなかっただけマシだと思う。
「そんなに身を寄せては歩きづらいわ。これで十分」
お兄様のニッコリ笑顔(妹視点)に、肉を切らせて骨も断てなかった…、と敗北を味わっていると、朝から熱々ねー、とエリカちゃんの朝のご挨拶が。
「おはよ」
「おはようエリカ、西城くんも」
「はよっす」
「おはよう」
今日は珍しく美月ちゃんがいないみたい。
「美月は部活で昨日忘れ物をしたとかで今日は早く行くって」
待ち合わせをしているわけではないけれど、もし待ってたら悪いからと昨夜のうちに連絡があったんだって。
待ち合わせもせずにずっと同じ時間に鉢合わせるってすごいね。時間ぴったりに家を出る二人もだけど、それだけ交通設備がしっかり機能しているってこと。
通勤通学ラッシュにもほとんどずれを生じさせないってすごい。
「それにしても急激に冷え込んだわねー」
「本当。立冬だからって急に冬に近づけなくていいのに」
「りっとうって?」
「二十四節気の一つだ。冬の気配が立ち始める、で立冬だな」
「へぇ」
高校生に二十四節気なんて、天気予報くらいでしか聞かないからなじみが無いのは当然だ。
テストでは出ないしね。
「冬が始まったなら今夜は鍋なんてどうかしら」
「いいね」
「シメは何がいい?雑炊?うどん?」
「うどんかな」
「おいおい、登校中だってのにもう夕飯の話かよ」
つか美味そうだな、と西城くん。
もしや朝食食べない組かな?それとも成長期で腹ペコか。
そんなあなたにちょうどいいものが。
「今日はおやつにと思って持ってきたの。ココアの蒸しパン。二人もどうぞ」
「美味しそうね。でもこれ蒸しパンなの?」
マフィンに見えるけど、というのは恐らく入ってるカップが原因かな。
でも持てばわかります。
「あ、軽い」
「でも軽い割に結構腹持ちがいいのよね」
蒸しパンって思う以上にカロリーが高かったりする。これ一個でも一食分食べた気になる。
「ありがとさん。さっそく食べていいか?実は朝食いそびれちまって」
「ふふ、どうぞ」
歩き食べは行儀が悪いっていうけど高校生らしくっていいよね。買い食いとかっていかにも学生ライフって感じがする。
「うまっ」
「ありがとう」
なんていうか、魔法科の男子生徒ってお行儀がいいよね。ついさっき行儀が悪いって言っておいてなんだけど、ちゃんと感想言ってくれるのって結構ポイント高い。
嬉しくて頬を緩めていると隣からくん、と引き寄せる腕が。
「深雪」
「兄さんの分は別れる時に渡そうと思っていたのだけど。欲しい?」
「ん」
あら、まあ。
ちょっとかわいいお兄様が出てきた。羨ましくなっちゃいましたか?
ハイ、と渡すとまじまじとそれを見つめて嬉しそう。
…朝からキュンキュンしてしまった。うちのお兄様はカッコいいけど時として可愛くもあるのです。
「私まだ何も食べて無いのに胸焼けしそうなんだけど」
「俺、ちょっと先行ってコーヒー買ってくるかな」
甘すぎて喉渇いてきた、と二人からの抗議が。すみませんね、仲良し兄妹で。
でも西城くん、蒸しパンは口の中の水分泥棒でもあるから甘さだけが理由じゃないと思うな。
「そういえば、冬の夜に食べるうどんは夜なきうどんと言うそうよ」
話題を変えると皴皴だった二人の顔がくるっと変わる。二人も大概切り替えが早い。
「季節で名前が変わるってのも日本らしいよな」
「他に何かある?」
「ほら、あれ。恵方巻とか。ただの海苔巻きだろ」
言われてみれば。そこに着目したことが無かった。
「アンタってそういうとこ意外といい着眼点持ってるわよね」
「意外とってなんだよ」
あらあら、こっちこそごちそうさまと言いたくなるいちゃつきっぷりですよ、お二人さん。
朝からときめきをありがとう。
今日はいい日になりそうだな、と秋らしいうろこ雲が覆う空を見上げた。
お昼。
賑やかな食堂で皆揃って昼食を。
話は今日の授業だったり、失敗してしまったことだったりが中心だったのだけれど。
「あ、そういえば知ってる?今日っていい女の日なんだって」
ほのかちゃんが話題にしたのは今日の記念日だった。
ええ、知っていましたとも!語呂合わせと化粧品会社の企画により誕生した記念日。
ほのかちゃんもそういうのに興味があったのか、と思ったら、何でも化粧品の割引クーポンが本日限りで端末に配布されてきたんだって。本当商魂たくましいことで。
「いい女、なぁ?」
「…なぁによ。何か言いたいことでもあんの?」
「いやあ、何をもっていい女って言うのかと思って」
あら、案外深いお話?
いい男、もそうだけれど、いい女も他人が評価するものだから規定が難しい。
というより人によって変わるんだろうけど共通するのはさりげない気遣いができるとか、押しつけがましくない包容力とか、…一つ間違えれば都合の良いひとと思われそうだけど、違うんだよなぁ。
(こう、カッコよさというか――)
と、考えていたら隣から強い視線が。お兄様ですね。
なにやらじっと見つめられている。
「兄さん?」
どうかした?と視線を返せば、
「いや、深雪がいい女であることは確定しているとして、いい女の定義が何なのかを考えていた」
と。
…定義が決まってないのにいい女認定がされるとはどういうこと?
よくわからず周囲を見渡せば、残念なものを見るような視線がいくつかお兄様に向けられていた。
でも深雪ちゃんがいい女?…原作ではこの先悪女の素質があるとお兄様に言わしめるシーンがあった。
だけどここでいい女に認定されてしまってはそれが見られないのだろうか。
(それはちょっと残念かも。あのシーン好きだったのに)
「兄さん、あまり身内の欲目で見てはだめよ」
「兄の欲目なんかじゃないさ。客観的事実だ」
事実、と言われるけど定義が定まってないんじゃ根拠がないと言っているものですよ。
なのにお兄様は自信がおありのよう。一体その自信は何処からくるんですかねぇ。
「はいはーい。そこ、見つめ合って二人だけの世界を作らないで頂戴。ここ、食堂。皆で食べてるんだから」
エリカちゃんのおかげで中断されていた昼食が再開された。
よかった、まだ半分しか食べてなかったから。
お兄様の視線に掴まるとなかなか自力で断ち切れないからいつも助かってます。
ほのかちゃんは若干肩を落としている。
もしかしてお兄様にとってのいい女像を知りたかったのかな。それは邪魔をしてしまったようで申し訳ない。
これ以上話を広げると、コーヒーが必要になると予感したエリカちゃんにより話題が逸らされ、無事食べきることができた。
夕食も食べ終わり、リビングにてお兄様はコーヒーを、私はマシュマロを浮かべたココアを飲んでいた。
お兄様は何か考え事をしているのか、先ほどからずっと無言で端末を操作していた。
邪魔をしないように今日は小説でも読もうかな、と机にある端末に手を伸ばした時だった。
お兄様の腕がお腹に回り引き寄せられたのだ。
「お兄様?」
「ん?ああ、すまん」
どうやら無意識に引き寄せてしまったらしい。
「深雪が離れていく気配を感じて、つい」
それだけ集中していたらしい。
抱き寄せられたままの恰好ではあるが、お兄様はまだどこか気もそぞろなのか引き寄せたのに腕を外そうとしなかった。
解決すればこの安全バーは外れるかな?
いつまでも残状況では心臓への負担が凄いので、邪魔をするのは心苦しいが早期解決を願います。
「何をお調べになっていたのです?」
「昼間の話が気になってね」
あらら。まだいい女とは何かを考えていた、と?
「清潔感があり、品があって姿勢がいい。笑顔が素敵で洗練されたファッションを着こなす――やはり深雪はすべて当てはまるな」
うーん、それが判断基準だったなら、確かに深雪ちゃんはパーフェクト、なのか。
でも私の思っているいい女像とは違うな。
それはお兄様も同じなのか、これではない感がある様子。
「きっと、いい女というのは十人十色。人それぞれなのでしょう。お兄様にとってそのお相手がいい女だと思えばいい女なのです。そして悪い女でも、自身が好きだと思えばそれもその人の良さとなり、その人にとってのいい女とされるのでしょう」
私にとってエリカちゃんはとってもいい女だし、雫ちゃんだっていい女だ。
タイプは全然違う二人だけれど二人ともそれぞれ憧れるところがあって、素敵な女の子だ。
美月ちゃんもほのかちゃんもそう。
それぞれがそれぞれ魅力的な女の子たち。
だから「好き」な相手であれば誰でもいい女なのではないだろうか。…定義がゆるゆる?いいじゃない。そう自身が思ったのだから。
「好きだからいい女、か。それならわかりやすいな」
ぎゅっとお腹に回った腕が力強く抱き寄せる。
「やはり、俺にとって深雪はいい女で間違いないな」
「お兄様がそう思われるのでしたら、それでよろしいかと」
うん、もうね。何を言っても変えられない気がしてました。
なら否定をするのは失礼だろうから。
「ところで」
「うん?」
「この腕はいつ離れるのです?」
「なぜ離さねばならないんだ?」
「…たとえ妹であろうと女性のお腹に腕を回すのは、あまりよろしくないのでは?」
「こうしていると温かいだろう?」
今夜は朝と同じで冷えるから、とお兄様がそれっぽい理由を述べられますけども、ここは家の中。外気が遮断された温かい屋内だ。
それにとても温かい恰好をしてますのでね。この距離は近すぎるんじゃないかなぁ、と思うわけでして。
「寒いのでしたら上着をお持ちしましょうか?」
「いいや。深雪だけで十分だ」
どうやら私はお兄様の湯たんぽにされているらしい。
「もう、私はモノではありませんよ」
「当たり前だろう?生きているから温かいんだ」
どうあっても離してはもらえないらしい。
(密着しているんだから、この激しい心音も聞こえているはずなのに)
「そうやって妹を振り回すお兄様は悪い男ですね」
「まあ、いい男ではないだろうな」
自嘲交じりに応えるけれど、実際お兄様はいい男でもあると思いますよ。清潔感はあるし、口数も少なく行動で示すところとか。気遣いも、優しさも、十分ある。
ただし、察しの悪さと己を貫き周囲を置き去りにしてしまうところがそれまでの評価を下げてしまう要因か。
「悪い男の俺は嫌いかい?」
「――いい女とは、それさえも包み込んでしまうものなのでは?」
この答えにお兄様は一旦顔を上げ至近距離で私の顔をまじまじと見つめてから両腕をお腹に回して膝の上に乗せると、抱え込むように抱きすくめた。
「まったく、深雪には敵わないな」
残念ながら拘束はそれからしばらくはずれることは無く、ただひたすらに私の心臓への負担がかかるだけの時間が過ぎていった。
立冬で鍋の日で夜泣きうどんの日でココアの日で湯たんぽの日でいい女の日でした。
いいお腹の日も入れようとしたんですけどね、腕を回すだけで入れられなかった…。
お兄様の腹筋触ったら多分失神しちゃうんだろうな。無念。
というかまたお兄様が悪い男に。前回のに引っ張られたかな。
前回はイチャイチャが足りなかったかな、と思ったのだけど、今回もそんなに甘くならなかったような…?
お粗末様でした。