ジルとアリス──海岸で出会った銀髪の美少女に、剣士の少年は恋をする。 作:ぱふすた
足下からの濁った声。
魔石を持った冒険者は若くて経験も浅く、判断が遅れてしまう。
泥沼に沈むように地面にめり込んでいく足。
「え!?」
足は泥に掴まれたかのように引き抜けない。
若い冒険者は足元がおぼつかなくなって姿勢を崩し、尻もちをつく。
その拍子で水色の魔石も地面に落としてしまう。
そして臀部も魔石も地面にめり込んでいく。いや少しずつ呑み込まれていくと言ったほうが正しい。
尻もちをついて慌てふためくその冒険者の様子を遠くから見ていたジル達。
「? どうし……」
「! ジル!!」
「えっ!?」
トマトティアラがジルの左腕を強く引っ張り、無理矢理にジルをよろけさせつつ抱き寄せる。
彼女は魔族ゆえ、その魔力を感じ取りいち早く気づく事ができた。
次の瞬間、ジルの右隣にいた調査員の真下の地面から何かが飛び出し、その巨大な歯で調査員の胴体を噛み砕いた。
その調査員の血が飛び散る。
突然の事態に冒険者や他の調査員は大きく動揺してそこから後ずさる。
「うわああ!!?」
「なっ……」
「最悪っっ!!」
いち早く戦闘モードに切り替わっていたトマトティアラが吐き捨てつつ、ジルを抱き寄せていない左手で素早く包丁をホルダーから取り出しそれの胴体に投げつけた。
「ギッ!」
巨大な胴体に包丁が突き刺さり僅かに声を上げたそれは巨大な人間の口のようなものが鼻も目も無い顔面の大部分を占めていて、ムカデの触角のようなものが頭に付いていた。
その頭は1メートルはある巨大なもので、ムカデにそっくりな体や足がその頭から伸びている。
その化物は噛み砕いた調査員を口から放り投げると、地面から高速で這い出て調査団に相対、その全身を顕にした。
その全長は十五メートルはあり、頭以外はまさに巨大なムカデそのものだった。
化物は多脚の一つを動かして頭に近い胴体に刺さっている包丁を弾き飛ばす。
冒険者達は動揺しつつもそれぞれ武器を取り出し大声をあげる。
「おい! こりゃどういうことだ!!」
「わ、分かりません!!」
「調査員は下がれ!」
「おい簡易鑑定を!」
「『簡易鑑定』っ……レベル4です!」
調査団の鑑定士により目の前の化物が危険度レベル4の魔物か魔族である事が分かる。
ジルもトマトティアラの右腕から離れて刀を抜く。
「ティアありがとうっ、下がって!」
「ん、援護するよ〜!」
体調が万全でないトマトティアラだったが、ギルドで軽食を摂って傷がある程度癒えたのもあり今はそこそこ動ける。
距離を離したトマトティアラを見て化物が口を開く。
「……噂に聞く腕輪付きっ、魔族の面汚しだなっ……ギギッ」
「元からキモい面の奴に言われてもね〜!」
言葉を話したことにより、化物が魔族であることをその場の全員が把握した。
その化物はムカデの魔族。危険度レベルは簡易鑑定の結果の通り4。
危険度レベル4の魔族ならば、今この場にいる冒険者パーティー4組が束になってかかれば勝てると判断できる。
その魔族一体だけならば。
トマトティアラがピクッと反応する。
「! まだ地面にいる!!」
「えっ!?」
ジルがその言葉で地面を見て違和感を感じた次の瞬間。
先頭の馬車に乗っていた冒険者達や無事だった調査員の足下の地面が突如としてぬかるみ、足が沈む。
トマトティアラの反応で地面の変化に気づいたジルやヴォルフ達のパーティーはすぐさま後ろに跳んだため難を逃れた。
「なっ!?」
「うわっ!?」
地面に足を取られた冒険者達はまともに立って居られなくなり体をぐらつかせたり尻もちをついたりする。
その様子を見てニッと醜い笑みを浮かべたムカデの魔族は大きく尾を振りかぶった。
たまらずヴォルフ達はさらに後ろに跳ぶ。
「ひっ!?」
地面に足を取られている冒険者や調査員は恐怖に怯える表情をするしかない。
薙ぎ払われる巨大な尾。
そんな中、ジルはただ一人その尾に向かって突っ込んだ。
「えっジル!?」
トマトティアラが驚く中、ジルは高速で迫る尾に向かって魔刀を突き出す。
魔刀は巨大なムカデのような尾に突き刺さり貫通、薙ぎ払いが止まる。
地面に足を取られた者達の為の咄嗟の行動だった。
「ギッ!?」
「早く皆立って!!」
叫ぶジル。
そのすぐ後ろの地面から何かがにゅっと現れる。
「ジル後ろ!!」
「えっ!? ッッ!!」
ジルはムカデの魔族から刀を引き抜いて振り向くが対応は間に合わない。
緑色の硬い何かがジルの腹をぶん殴りジルは大きくヴォルフ達の位置まで吹き飛ばされる。幸いにも刀は手放さなかった。
「うっ、がはっ!」
「クイックヒール!!」
「ジル、大丈夫!?」
「う、う゛ん何とかっ、げほ」
トマトティアラの問いにジルは声を濁らせながらも答える。
クリスティーナが即座に回復魔法をかけたために大事には至らない。
ヴォルフ、フォルカーが武器を携えてジルを守るように前に立つ。
その間にも地面に足を取られた冒険者や調査員の体は沈んでいっていたが、さらに突如その地面がひとりでにボコボコと盛り上がる。
その泥のような地面は軟体生物のように体を這い上がり、顔や体を包みこんでいく。調査員や冒険者は身をくねらせても脱出できないようだった。
「むぐっ……」
「ん!? んー!!」
やがて口や鼻も塞がれる。
すぐ側にムカデの魔族や緑色の化物がいる中、ヴォルフ達は不用意に突っ込んで泥に包みこまれていく者達を助けることは出来ない。
包丁を両手で携えたトマトティアラも咳き込むジルを守るように立ち、緑色のそれに憎々しく問いかける。
「……あなた、キュウリボーイ?」
「きゅきゅっ! ティアかぁ、久しぶりだね!」
その緑色の化物は小憎たらしい小僧じみた声で答えた。
それはきゅうりの魔族。キュウリボーイというふざけた名前は当然ベジィが名付けた名である。
トマトティアラと同じく野菜の魔族の眷属種で、危険度レベルは3。
キュウリボーイは人間サイズの巨大で太いきゅうりに大きな人間のような口と、指が無く先端が丸いきゅうりのような手足が生えている姿をしていた。
「……死んだと思ってた」
「きゅきゅっ! それがどっこい生きてたんだよねぇ!」
腕輪の無いキュウリボーイは小憎らしく笑って答える。
彼は約三年前、魔界から西側諸国へと魔物が押し寄せた大暴走の際に行方不明となっていた。
腕輪の反応も消失していて、押し寄せる魔物達の手により命を落としたと見られていた。
「相変わらずウザったい声に喋り方……死ねば?」
「きゅっ! 特徴的で唯一無二と言って欲しいなあ!」
ジルを目の前で殴られて怒るトマトティアラの声にいつもの軽々さは無い。
そんな中、口や鼻を泥に包みこまれて呼吸できなくなった調査員や冒険者者達は間もなく動かなくなる。
残っているのはジルやトマトティアラ、ヴォルフ達の五人のみ。
「クソっ……あとは俺達だけだぜ……!」
「あーあ。あなたもう討伐対象だね〜。ベジィ様にもチクるから」
「きゅきゅきゅっ! 問題ないね! もう僕ちんにはベジィ様なんかより遥かに崇高で尊いお方がいるからねえ!」
「は?」
「──さっきから聞いてたらボーイのお仲間か、お前も魔界に来ないか?」
ピリピリとした殺気だった空気の中、その濁った声は息絶えた者達やキュウリボーイの側の地面から発せられた。
そしてその地面が大きく膨らむように盛り上がる。そこには大きな黒い口が生えている。
その化物は泥の魔族。危険度レベルは3。
危険度レベル的にはケーキやトマトティアラと同格だが、人間相手には相性が良い能力によりあっという間に複数の冒険者や調査員を葬った危険な魔族である。
「クソッ、次から次へと……!」
「やっと出てきたねぇ……ていうかあなた達、魔界から来たの〜?」
「そうだ。ボーイも前は知らんが今は魔界の魔族だ」
「僕ちんさぁ、三年前の大暴走で巣に獲物を持ち帰るタイプの翼竜に捕まっちゃったんだよね! それで魔界に連れてこられて今にも殺されそうな所をあのお方に助けられたんだ!」
「……あのお方って、誰?」
キュウリボーイはニヤリと一呼吸を置いてから言った。
「……『食の魔族』」
「!!!」
トマトティアラは目を見開く。
──食の魔族。
野菜の魔族・ベジィよりさらに上位、食への欲望の権化。
そして、広大な魔界の五つに分けられた地域をそれぞれ治める五体の魔王。最強の魔族達。
その内の一体である。
「ティアもそんな奴ら放っといて魔界に来なよ! 人間をアゴで使えて楽しい所だよ!」
「う……」
「──なんで」
殴られた腹の痛みがマシになりつつあるジルが口を開く。
その言葉には殺意がみなぎっている。
キュウリボーイの言葉に動揺を隠せなかったトマトティアラはハッとジルの方を見た。
「なんで、その人達を殺した」
「うん? ああ、いやー僕ちん達さぁ、解析用の魔石を渡すから炎剣が破壊された原因を調べろって炎の魔族に言われてさぁ! ホントは食の魔族様や『その上の主様』の為以外で働きたくなかったんだけど! んで地面に魔石置いて解析してたらキミ達に邪魔されたからぶっ殺すってワケ!」
「オイ、喋りすぎたボーイ」
「あっ、ごめんごめん!」
「……たったそれだけの理由で人を殺したのかっ……!!」
ジルは刀を構える。
「許さないっ、お前達は僕が斬る!!」
「ハッ! やってみなよ!!」
「……うん。アタシ食の魔族様は会ってみたいけど……今はジルの味方したいかな!」
食の魔族というワードを出されて少し心がグラついていたトマトティアラだったがジルの様子を見て気を入れ直し、包丁を構える。
「きゅきゅっ! 交渉決裂だね!」
「ギギッ! 話は終わりだなっ、死ねっ!!」
こうして戦いの火蓋が切られる。
まず、ムカデの魔族が大きく動いた。
◆
調査団の馬車が通り過ぎた野道、その脇の樹木。
その木の枝の一つに緑色の瞳をした目が生える。
「…………」
その目は、小さな戦場と化した場をじっと観察していた。