アルゴノートのおんがえし   作:朝食ダンゴ

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シルキィ・デ・ラ・シエラ②

「もし叶うことなら、このセスを雇っては下さいませんか」

 

「C級のあなたを? 冗談でしょう?」

 

「僭越ながら、これでも十人並みの腕はあると自負しております。A級には及ばないまでも、ミス・シエラに満足して頂ける働きをしてみせましょう」

 

「ふぅん?」

 

 シルキィは品定めするように、無遠慮な目つきでセスを凝視する。

 

「時間の無駄だと思うけど。ま、物は試しとも言うし。ティア」

 

「はい」

 

 抑揚のない、しかしはっきりとした返事だった。ティアは威勢よく剣を抜き放ち、中段に構えた剣の切っ先をセスに向ける。

 周囲がどよめいた。

 

 依頼主がアルゴノートの実力を見極めるために従者などと立ち合わせるのはさほど珍しいことではないが、まさかいきなり始まるとは誰も思っていなかったであろう。

 セスにとっては渡りに船だ。自身の腕前をアピールするいい機会になる。

 

「いいね」

 

 剣の柄に手をかける。慣れ親しんだ感触がセスの心を落ち着かせた。

 

「セス、とかいったかしら。本当なら無視するところよ。だけどそのやる気に免じて、今回は特別にチャンスをあげる」

 

 シルキィはしたり顔で人差し指をぴんと立てた。優越感を帯びた声は清流のように透きとおっていて、胸にすっと落ちる不思議な響きがあった。

 

「私の依頼を受けたいのなら、相応の実力を示しなさい」

 

 セスは思わず笑みをこぼす。少しは期待されていると思ってもいいのかもしれない。

 

「ティアの実力の、せめて半分は見せてもらわないとね」

 

「お望みとあらば」

 

 ティアの剣気は単なる侍女のそれではない。歩き方ひとつとっても、彼女が武に通じていることは瞭然だった。彼女がただ一人シルキィに付き従っているのは、護衛として十分な実力があるからだろう。こうして相対しているだけでも、彼女の戦闘技術の高さが伝わってくる。訓練を受けた兵士でもこうはいくまい。

 

「この立ち合いはあなたの試金石です。どうぞ御容赦なく」

 

「お手柔らかに頼むよ」

 

「あなた次第です」

 

 セスは右手の指一本一本の動きを確かめるように柄を握り、ゆっくりと剣を抜く。

 ティアの小さな頭に乗ったヘッドドレスが、やけに白く見えた。

 セスが剣を構えたのと同時に、ティアが床を蹴った。ポニーテールが踊り、ロングスカートがはためく。十歩の距離が瞬く間に詰まり、セスの胴体に斬り上げが迫った。

 

「おおっ」

 

 些かばかり驚いた。なるほど、確かに遠慮がない。

 金属の重なる音が響く。助走をつけたティアの一撃を受け止めて、セスはその勢いを利用して後退。踏ん張りをきかせたセスの剣がティアの追撃を弾いた。

 

 セスは大振りの横薙ぎで空いた脇腹を狙うも、大きく開脚して姿勢を下げたティアに難なく回避される。大味な攻めによって隙が生じていたセスは、下方から迫った反撃の刺突にひやりとする。剣を逆手に持ち変えることで隙を最小限に留め、刀身に左手を添えてなんとか刺突を受け止めた。

 セスは危なっかしく後退して距離を取る。ティアが構えを直し、セスへと突っ込んだ。

 

「使うね。どこで剣を?」

 

「我らが領主トゥジクス様に」

 

「なるほど。そりゃ強いわけだ」

 

「はい。ですが、無駄口は命取りです」

 

 言葉を交わす間にも、何合、何十合と剣を打ち合わせる。その度に、周囲の観衆達が声を上げた。中には無責任な野次を飛ばす者もいる。

 ティアのしなやかでコンパクトな剣捌きは、さながら疾風である。洗練された動きの一つ一つは華麗ですらあった。彼女の剣は実に速く、そして正確だ。体捌きにも目を見張るものがある。

 

 だが、苛烈な攻勢の中にあってもその剣はセスに届かない。洗練されているが故の直線的な攻め。彼女の動きが型にはまっていることを、セスは既に見抜いていた。一度リズムを掴んでしまえば、次の剣筋を読むことは容易い。

 

「試合慣れはしているようだけど」

 

 実力を売り込む為にあえて真っ向勝負を続けていたが、もう十分だろう。セスは足下に倒れていた椅子をティアめがけて蹴り飛ばした。

 飛来した椅子に対して、ティアは反射的に剣による防御を行ってしまう。木製の椅子は刃に深くめり込み、剣としての性能を著しく低下させる。

 ティアの顔色が変わった。今まで動かなかった表情に焦りの色が浮かぶ。

 

「っ……くそっ」

 

 ティアが似合わない悪態を吐き、無造作に剣を振り回す。だが、そう簡単に椅子は外れない。

 セスの手元でくるりと剣が回った。遠慮のない力任せな一撃は、ティアの剣を椅子ごと弾き飛ばす。

 

 強かな衝撃にたたらを踏むティア。苦し紛れに放った蹴撃はセスにいなされ、更に体勢が崩れてしまう。靴底は浮き、ほとんど宙に投げ出された状態だ。

 窓から差す陽光を浴びてセスの剣が煌めく。ティアが晒したのは、必殺の一撃を確実に打ち込める隙。それは、事実上の決着を意味していた。

 

 セスは背中から地に落ちんとするティアの肩に手を回して支えることで、彼女を転倒から守る。濃紺のロングスカートがふわりと舞い、やがて落ち着いた。

 組合はひと時の静寂に包まれる。

 

「続ける?」

 

 肩を抱き抱えられたティアは、セスの涼しい顔から目を逸らせない。仄かに紅潮する頬は激しい運動のせいだろう。

 

「参りました」

 

 観念したように言ったティアを自分の足で立たせると、セスは剣を納める。

 野次馬達は一斉にセスを称賛した。居丈高な貴族に、同業者が一矢報いた。溜飲の下がる思いだろう。この場の空気は間違いなくセスに味方していた。

 

「ティア!」

 

 軽い足音が近づいてくる。シルキィがスカートを持ち上げてこちらに駆けてきていた。

 

「大丈夫? ケガはない? どこか痛いところは?」

 

 上がった息でティアの手を握る。

 

「お嬢様、ご心配には及びません。この通り、傷一つ負っていませんから」

 

 従者の全身をくまなく確認して、シルキィは安堵の息を吐いた。

 

「申し訳ございません」

 

 ティアは顔を伏せる。主人に恥をかかせてしまったことを自省しているようだった。

 

「いいのよ。怪我しなくてよかった」

 

 シルキィの目は優しかった。表情も声色も、家族の身を案じるように切実である。先程まで見せていた高飛車な姿勢は微塵もない。

 優しいところもあるんだな。と見直したのも束の間、直後向けられた彼女の目つきを見てセスはその認識を改めた。

 

「やってくれたわね。この卑怯者」

 

 シルキィの声は一変して刺々しい。セスは大人しく次の言葉を待つ。

 

「あんな戦い方、恥ずかしくないの? 仮にも剣士なら正々堂々と戦いなさいよ!」

 

 唾を飛ばして責め立てるシルキィに、セスは自身の失態を見た。

 

「弁解の余地はありますか?」

 

「弁解ですって? なんのことよ」

 

「恐れながら、実戦はえてして不条理です。護衛であるならば、あらゆる卑劣漢から雇用主を守らなければなりません。私はその能力を示したつもりです」

 

「詭弁だわそんなの。ティアはどうなの? あんなのじゃ納得いかないでしょ」

 

「いえ……」

 

 ティアは控えめに否定すると、ふるふるとポニーテールを振った。

 

「使えるものは何でも使う。それが戦いの鉄則です。この敗北は、ひとえに私の未熟ゆえです」

 

 シルキィは眉を寄せてセスを睨みつける。その目には先刻揉めた男に向けたものと同じ念がこもっていた。やがて興味をなくしたとばかりに、シルキィはセスから目を離した。

 

「ああそう。いいわ。野蛮人にしては小綺麗だし、格好はつくでしょう」

 

「お眼鏡にかなったということでよろしいでしょうか?」

 

 セスの質問に、シルキィは小さく鼻を鳴らす。

 

「勘違いしないで。汚らわしい野蛮人の中で、あなたが一番マシというだけよ」

 

 言い捨てて、シルキィは足早に踵を返す。去り際に野次馬を威嚇するように睨みつけたのはせめてもの意地だろう。その華奢な背中を眺めて、セスはようやく肩の力を抜いた。

 

「失礼致しました。セス様」

 

 主であるシルキィを追わず、ティアは深々と頭を下げた。

 

「どうかお気を悪くなさらないで下さい。普段はあのような振る舞いをされるお方ではないのです」

 

 主のアルゴノートに対する態度に、セスが気分を損ねていないかを案じているようだった。なんとよくできた従者だろう。

 

「気にしてないよ。世間の風当たりは、いつもこんなものさ」

 

「ご理解頂けるかわかりませんが、本当にお優しい方なのです」

 

 ティアは淡々と、しかし懇願をこめて力説する。彼女は、自分の主が誤解されることを恐れているのだった。

 

「うん。わかってるよ。わかってる」

 

 納得させるために、セスは必要以上に頷いて答える。

 

「ほら。早くミス・シエラを追いかけないと。君は彼女の護衛なんだろう?」

 

 ティアの表情は変化に乏しい。それでも安心と謝意はしっかりと伝わった。

 

「組合には正式に依頼を出しておきます。出立の三日前に、一度ラ・シエラにお越しください。道中の打ち合わせを設けます。それでは」

 

 それだけ言い残すと、ティアは剣を拾って足早に組合を去っていった。

 侍女の背中を見送ると、セスは大きな溜息を吐く。

 

「意外と早く巡ってくるんだな。チャンスってやつは」

 

 仕草とは裏腹に、彼の心は名状しがたい歓喜に包まれていた。

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