アルゴノートのおんがえし   作:朝食ダンゴ

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 アルゴノート。

 そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、今から半世紀以上前のことである。まだ一小国に過ぎなかったロードルシアにおいて、それまで自然の中で暮らしていた魔物達が、急速な土地開発や戦争の影響によって住処を追われ凶暴化。人里に現れた魔物が人を喰い殺すという事件が頻発した。その対策として起用されたのが、探索者であるアルゴノートであった。

 元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称であった。彼らは活動の性質上、魔物と戦う術に長けており、特定の獲物のみを狙う狩人よりも汎用性の高い優れた技能を有していた。彼らの活躍により魔物の被害が激減したことで、アルゴノートは国中に名を馳せることとなる。

 その戦闘能力に目をつけたロードルシア軍部は、各地のアルゴノートを傭兵として雇い入れ、かつてない侵略戦争の尖兵として用いた。人よりも遥かに強靭な魔物を狩る彼らにとって、人間の兵士など敵ではない。周辺諸国は次々と降伏の旗を掲げ、ロードルシアは急激に拡大。かつての王は皇帝を名乗り、ロードルシアは大陸に覇を唱える帝国となった。

 二度に渡る大侵略を経て、アルゴノートの需要は以前とは比較にならないほど大きくなった。アルゴノート組合の発足は、一つの時代を象徴する出来事であろう。
 しかしながら、膨れ上がる需要に苦しんだ組合は、アルゴノートの数を確保するために浮浪者や戦災孤児、失業者の受け皿となることを強いられた。

 いつか英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が示す価値の劣化はまさしく必定であったのだ。元来の意味はとうに失われ、その崇高な精神もいつしか消えてしまった。

 時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。
 アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。


辺境伯①

 深い森の奥。整備の行き届かない石造りの道に、長い木漏れ日のカーテンが垂れ下がっている。セスはブーツの底で、でこぼこ道に軽快な足音を鳴らしていた。

 視界の奥には煉瓦造りの塀とそれに囲まれた大きな館が見える。敷地の周辺は森林を切り開いており、日光が燦燦と降り注いでいた。

 

「なんか、ボロボロだな」

 

 見上げるほどの門は鉄製でいかにも頑丈そうだが、ところどころ錆びついており、長らく手入れがされていないことが窺えた。煉瓦造りの塀は色褪せ、いくつかの罅割れが見て取れる。広大な領地を持つ大貴族の館にしてはやけに古ぼけた印象だ。

 

 屋敷の前にたどり着くと、セスの到着を待っていたかのように――実際待っていたのだろう――金属の軋む音を立てて門が開かれた。現れたのはティアだ。彼女はセスを見とめると、両手を重ねて折り目正しく一礼した。

 

「お待ちしておりましたセス様。恐れ入りますが、お腰のものを」

 

 セスに大きな荷物がないことを確認すると、彼女は目を伏せて白い両手を差し出した。

 

「よろしく」

 

 セスが剣を預けると、ティアはくるりと踵を返す。

 

「こちらへ」

 

 ティアの先導で、セスは館へと立ち入った。剣を抱えて前を歩くティアは無用な口を開こうとしない。なんとなく気まずさを感じながら館の廊下を歩いていく。

 大きな館だ。塀や外壁と同じく修繕が必要な場所は多々見受けられたが、好意的に見れば情緒豊かであるとも言える。開け放しの窓から見える中庭には、古ぼけた大きな噴水がある。が、稼働はしていない。庭園は人の手が入れられなくなって久しいようだ。木々の枝葉は整わず、雑草が生い茂っている。

 

「やけに人が少ないね」

 

 使用人の数はそのまま貴族の力を表すステータスとなる。ラ・シエラほどの大貴族であれば、屋敷の使用人は多すぎるくらいが自然だ。

 

「当家にも事情がございます。いらぬ詮索はなさらぬよう」

 

「ああ、うん。そうだね。失礼した」

 

 ラ・シエラの財政は火の車、という噂を聞いたことがある。先の戦争で多大な戦果をあげたラ・シエラがよもやこれほど困窮しているとは、実際に目にするまで信じられなかった。戦後、戦果に適う恩賞を得られず疲弊したままというのは本当のようだ。

 

 皮肉なものである。ともすれば、侵略された地であるヘレネア領の方がよほど豊かではなかろうか。これではラ・シエラは皇帝に使い潰されたようなものだ。勝ったからといって領地が栄えるわけではない。セスは戦争の非情に憂いを禁じえなかった。

 やがて廊下の奥に辿りつくと、ティアが扉をノックする。

 

「旦那様、アルゴノートの方をお連れしました」

 

「通せ」

 

 奥から男性の声が聞こえると、ティアはゆっくりと扉を開いてセスに入室を促した。

 旦那様だって? その驚きはセスの喉元までせり上がった。まさか領主と会うことになろうとは。いや、令嬢の護衛を担うのだから当然か。

 

「失礼します」

 

 戸惑いと緊張を胸に入室したセスは、奥の机につくのは初老の男を見た。彼はセスの姿を認めるとすっと立ち上がり、皴の入った顔に明るい表情を浮かべる。

 

「よく来てくれた」

 

 白髪交じりのプラチナブロンドをオールバックに整えた壮年の領主が、セスに歩み寄って親しげに手を差し出した。

 

「ラ・シエラ領主。トゥジクス・デ・ラ・シエラだ」

 

 セスは意表を衝かれた。辺境伯ともあろう地位の者が一介のアルゴノートに右手を差し出すなど、到底考えられないことである。

 

「ヘレネア領のアルゴノート。セスと申します」

 

 セスは束の間の自失を経て、躊躇いがちに差し出された手に応えた。

 トゥジクスが力強くその手を握る。分厚い笑い声は耳に心地よく聞こえた。

 

「よろしく頼む」

 

 聞きしに勝る人物だ。というのが第一印象であった。貴族にありがちな傲慢さは欠片も感じられないし、柔和な所作からもその穏やかな内面が見て取れる。

 

「大したもてなしはできないが、まあ楽にしなさい」

 

 セスはソファの上に腰を落ち着けた。向かいに座ったトゥジクスが目配せをすると、ティアは一礼を残して退室した。

 

「さて、セス君」

 

 セスは硬い表情を自覚する。これから何を言われるのか戦々恐々だ。

 

「ティアから組合での顛末を聞いた。自ら売り込んだそうじゃないか」

 

 返事の代わりに、セスは頭を下げた。

 

「きみ、歳はいくつだね?」

 

「つい最近、十七になりました」

 

「若いのに大したものだ。仕事とは自分の手足で獲得するもの。それをよくわかっている」

 

「恐縮です」

 

「しかし、なぜこんな依頼を受けようと? 何か考えがあってのことか?」

 

 セスに向けられたのは、同情とも胡乱とも違うなんとも言えぬ種類の眼差しだった。

 

「こんな依頼、ですか。実のところ、詳しい依頼内容はまだお聞きしていません」

 

「なんと。それはまことか?」

 

「はい。帝都までの護衛とだけ」

 

 いつものセスならば、依頼内容の確認は怠らない。C級ともなると、危険度の高い依頼が回ってくることもある。生き残る為に依頼の吟味は念入りにして然るべきである。だが今回に限っては、セスは拙速を尊んだ。

 

「シルキィめ。なんともいい加減な」

 

 トゥジクスは口元を押さえ、難しい顔を作る。

 

「何か問題があるのでしょうか?」

 

 セスにとって帝都へ向かう任務は初めてのことではない。商隊の護衛、物資の運搬などの依頼は世に溢れている。道中の主な脅威は魔物や賊の類であるが、ラ・シエラの兵士らが一緒ならば特に危険はないと考えていた。

 

「ふむ。一から説明せねばならんか」

 

 トゥジクスは今回の依頼内容とその背景を語り始めた。

 夏季休講で帰省していたシルキィを帝都の上級学院まで送り届けるというのが、大まかな依頼内容である。世話人としてティアが同伴し、身の回りの世話を担当する。

 日数、経路、移動手段、休息地点など、ある程度の詳細を確認した後、セスはかねてより気にかかっていた疑問を口にした。

 

「お嬢様の護衛は、何名で行うのですか?」

 

「ひとりだ」

 

 まず、聞き間違いだと思った。

 

「きみひとりだ」

 

 トゥジクスは念押しとばかりに繰り返す。

 ひととき、セスは言葉を失った。

 

「私はてっきり、正規の護衛隊の補強要因に加わるものとばかり」

 

「そうであろうな。そもそも我々貴族がアルゴノートを雇うのは、特別な事情がある時だけだ。例えば特に治安の悪い地域で、危険を回避するために地理に精通した現地のアルゴノートを雇うなどがそれにあたる」

 

 にも拘らず護衛は一人だけと言われたセスの心境は、驚愕というより懐疑で埋め尽くされていた。

 

「隠しても仕方ないことであるから白状するが、恥ずかしながら我がラ・シエラはひどい財政難でな。日ごと兵を削減し、今では治安維持のための必要最低限しか残しておらぬ。これまではなんとか護衛を用意していたが、流石にもう限界だ。とてもではないが旅に同行させる余裕はない。シルキィには休学を勧めたのだが、あの子は学院に戻ると言って聞かんのだ。勉強熱心なのも良いことばかりではないな」

 

「それで、アルゴノートをお雇いに?」

 

「うむ。私から娘に与えた旅の条件だ。兵が出せぬのだからそうする他にあるまい。実を言えば、諦めさせるための方便のつもりであったが……あやつは毛嫌いするアルゴノートを護衛にしてでも学院に戻りたいらしい」

 

 シルキィ自ら依頼をしに現れたのは、そういう理由があったからなのか。セスは妙に得心していた。少しでもましなアルゴノートを選びたかったのかもしれない。

 

「お言葉ですが、トゥジクス様はそれでよろしいのですか? こう申し上げてはなんですが、大切な一人娘を満足な護衛もなく旅に出すなんて」

 

「伝説に語られる白竜は、生まれたばかりの我が子を深い滝壺に投げ捨てるという。長い時を激流に踊らされ、沈められ、それでも尚屈せずに滝を昇り切った時、竜の子は初めて天高く舞う力を得るのだとか。いずれはこのラ・シエラを継ぐ女だ。危ない橋の一つや二つ渡り切れぬようでは、どのみち領主など務まらぬ」

 

 厳しい口調で言い切ったトゥジクスには、為政者として自身を律する風格があった。

 

「と、もっともらしい理屈をつけることもできるが。実際は、吐いた唾を飲めぬ、というのが一番の理由よ。貴族やら領主やらといっても、所詮父とは娘に弱い生き物なのだ」

 

 一転して表情を崩し、彼は重厚な笑い声を漏らす。セスもつられて笑みを零した。

 間もなくノックの音が聞こえ、ティアがお茶を運んできた。テーブルに置かれたカップから湯気と香りがたちのぼる。紅茶を口にすると、緊張が少しほぐれた気がした。

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