「ほら見てくれよ!父ちゃん!俺の個性!」
仕事を終え、夕飯を食べ終わり、リビングのソファーでのんびりとした時間を過ごしていた護に、ビヨーンと自分のほっぺを引っ張りながら、彼の息子である少年、ルフィが楽しそうに笑いかける。
「ははは!ほんとに面白い個性だな〜ルフィ!俺の個性と違って強そうだ!」
つい先日、個性が発現してからというもの、毎日のように個性を披露しにくるルフィに、護はいつものように返事をする。
「父ちゃんの個性はベタベタするだけだからなぁ〜」
「ばか、父ちゃんの個性は接着剤要らずなんだぞ!」
自身の個性をベタベタするだけ、と切り捨てるルフィに、護は自身の個性「粘液」の有用性を言って聞かせる。
ここまでがルフィに個性が発現してから、毎日のように繰り返されているお約束である。
「でもヒーローになれなかったんだろ?」
「まぁな〜、父ちゃんの個性は汗みたいに出るだけで、敵に粘液を飛ばしたりはできないからな〜、なかなか戦うのは難しいよ!ははは!」
「安心しろ父ちゃん!俺が父ちゃんの代わりにオールマイトみたいなヒーローになってやるから!」
小さな手でシュッシュッとシャドーボクシングの真似事をしながら、自身が果たすことができなかった、ヒーローになるという夢を「代わりに叶える!」と言う息子の姿に、護は眩しそうに目を細める。
ヒーローにはなれなかったが、護は今の自分に満足していた。
学生時代、偏差値79を誇る雄英を目指していた甲斐あって、ヒーローにはなれずとも、レベルの高い進路に進み、一流企業に就職することができたし、仕事も順調に結果を残し、出世コースを邁進している。
愛する妻と愛する息子、そして好立地の12階建てマンションの最上階に住むことができている。
これ以上何を望むことがあろうか。
「あらルフィ、お父さんの個性はダメでも、お母さんの個性は素敵でしょ?」
キッチンから洗い物を終えてやってきた花江が、指先から次々と花を生やし、あっという間に小さな花束を作り出した。
花江の個性「造花」は自分の体から様々な種類、状態の花を生やし操作することができる。
「はい、個性発現と明日の誕生日の前祝いよ、素敵でしょ?」
「俺、花なんかいらねえ」
「まぁひどいわ」
そう、明日はルフィの4歳の誕生日だった。
家族3人で明日はどこに行こう、プレゼントは何が欲しいか、などと話しながら3人は幸せな時間を過ごしていた。
そんな時、家族団欒の時間に水をさすようにインターホンが鳴った。
「こんな時間に誰だろう」と思いながら、護は家族との会話を中断し、玄関へ向かいドアを開いた。
そこに立っていたのは、隣の部屋の住人である、鮫島という、個性「鮫」の魚っぽい顔をした男だった。
「ああ、鮫島さんですか、どうかしましたか?」
隣人だったことで笑顔を浮かべて対応する護に鮫島は無言で近付き、困惑する護を一目見てニヤリと笑い、突然、護の肩に噛み付いた。
「ぐあ!」
護は痛みと驚きで声を上げた。
鮫の個性を持つ鮫島の鋭い歯が、護の肩に深く食い込み血を滲ませる。
「くっ!な!何をするんだ鮫島さん!」
鮫島は護の問いに答えることなく、更に噛み締める力を強めながら家の中に押し入っていく。
完全に体が家の中に入り、ドアが閉まると、鮫島は一気に護の肩を噛みちぎった。
護は痛みに耐えながら、家族に危険を伝えるために声を上げようとするが、声を出す前に鮫島に首を掴まれそれを阻まれてしまう。
もがく護の首を掴み、引きずりながら口に溜まった血肉を吐き捨てて、鮫島は部屋の奥へと進んでいく。
そしてルフィと花江のいるリビングへと辿り着き、その扉を開いた。
肩から血を流しながら、首を掴まれている護の姿を目にしたルフィと花江は驚愕し、花江は即座にルフィを背後に庇うようにしてから声を上げる。
「なんですか!?警察呼びますよ!?」
「ああ?それはいけねえな」
警察を呼ぶと叫ぶ花江に、鮫島はニヤニヤと薄気味悪い笑顔を浮かべながら、花江の元へにじり寄る。
首を掴まれながらも「やめろ!」と必死に暴れる護をものともせずに引き摺りながら、鮫島は花江の横っ腹に強烈な蹴りを放った。
蹴りをくらい吹っ飛んだ花江は苦しそうに悶えながらも、心配して駆け寄ってきたルフィを庇うように前に出る。
「な、なんで…こんなこと…するの。」
「シャーハハハ!気に入らねえからだよ!俺より遥かに劣る弱個性のお前らが!」
鮫島はその狂った行動の動機を口にしながら、首を掴み持ち上げた護を殴りつける。
「俺と同じ家に住み!」
殴る
「俺よりも幸せそうな顔をして!」
殴る
「毎日毎日、笑っていやがることがなぁ!」
殴る
「やめて!そんなの…私達には関係ないし…こんなことしたらあなたはもう普通の暮らしすら送れなくなるのよ…」
「シャーハハハ!気にするな!俺は今日職を失った!
俺は職を失い、俺より遥かに劣る、お前らのような奴らが俺よりもいい暮らしをするなんて、我慢がならねえんだよ!」
鮫島が、もうほとんど反応を示さない護を執拗に殴り続けていると、不意に足に衝撃を感じた。
「このやろー!バカヴィラン!お前なんか!お前なんか俺がぶっ飛ばしてやる!」
花江の後ろから飛び出したルフィが、涙を流しながら鮫島の足に、パンチを放っている。
「ダメ!ルフィ!離れて!」
「おいおい、邪魔するんじゃねえよ、ガキ!」
鮫島はルフィに蹴りを放ち、その小さな体を蹴り飛ばした。
ルフィの体は地面を跳ね、そのままの勢いで壁に激突するが、ルフィは何ともないかのようにすぐに立ち上がり、怒りに満ちた表情で再び鮫島に向かっていく。
「クソー!父ちゃんを放せ!さかなまん!」
「ああ?なんだガキ、頑丈だな…」
鮫島はグッタリとした護を、興味を失ったかのようにその辺に投げ捨て、ルフィの低い頭を目掛けて大口を開けて飛び付いた。
鮫島の鋭い歯が肉を裂き、口一杯に血肉を含んだ時、ルフィと鮫島の間には、花江が飛び込んでいた。
「母ちゃん!?」
腹を深く噛みちぎられた花江は、大量に出血し、痛みに悶え跪くが、それでもルフィを背にし両手を広げていた。
目には涙を浮かべながらも「絶対にルフィは守ってみせる」と、強い決意を込めた目で、鮫島を睨み付ける。
「なんだぁ!?その目はぁ!?ムカつくなぁぁぁ!」
口に溜まった血肉を吐き捨てながら、花江を見やり、その目付きに腹を立てた鮫島が、トドメを刺そうと花江に向かって口を大きく開く。
「ああぁあぁあぁぁ!!」
その時、護が自身を奮い立たせるように大声を上げながら、鮫島を後ろから押さえつけた。
個性の粘液を使用し、離れられないよう自身と鮫島を接着する。
「!?なんだてめえ!おい!くそ!離れねえ!何しやがったクソ野郎!」
「ルフィ!お前なら…!何だってできる…!…俺の息子だ!…花江!……すまん…後は、頼む…!」
護は暴れる鮫島を必死に抑えながら言葉を発し、ルフィと花江に向かって、その傷だらけの顔に穏やかな笑顔を浮かべた。
そして鮫島を体に接着したまま、最後の力を振り絞って、鮫島を抱えて走り出す。
「おいてめえ!何する気だ!離しやがれ!」
「あなた!?」「父ちゃん!」
ベランダに向かって走る護は、勢いそのままに窓を突き破り、そのままベランダの柵を乗り越え、鮫島と共に、落下した。
「……っ!」 「父ちゃーーーん!!!」
その数秒後、まるで何かが弾けたような乾いた音が小さく響いた。
「あああ…!父ちゃん!父ちゃんが…!母ちゃんも!血が…!ああぁぁ…!」
ルフィは父親が飛び降りたこと、母親が大量の血を流している状況を見て、慌てながらも、救急車を呼ぶために電話の元へ走り出した。
花江は大量の失血により掠れてきた目で、必死に受話器を握りしめるルフィの様子を眺めながら、最後の力を振り絞り、『個性』を使用した。
「母ちゃん!今救急車呼んだから!すぐ来るから…!大丈夫だから…!」
「ああ…いい子ね…いつの間にか、電話なんてできるようになっていたのね…」
「あたりまえだっ!おれはっ、ヒーローになるんだ…!ヒーローになって…!ずっと、母ちゃんのこと…!守ってやるからさぁ…!」
ぐすっ…ぐすっ…
「だからっ………じなないでぐれよぉぉぉ…」
泣きじゃくりながら話す我が子の悲痛な言葉に、花江は大粒の涙を流しながらルフィを抱きしめる。
「ルフィ、ごめんね…お父さんもお母さんもいなくなってしまうけど…あなたなら大丈夫…幸せになってね…」
「ほら、誕生日プレゼントよ…こんなものしかあげられなくてごめんね…でも…きっと似合うわ…あなたは、お外が大好きだから…日が強い日にはこれを被るのよ…」
「さぁ、被って見せて、私達の……可愛い可愛いルフィ。」
「ふふ、ほら、とてもよく似合う。」
「あなたなら…きっとなれる…」
「たくさんの人を救う…
立派な…
ヒーローに
血溜まりの中で、力無く垂れた手の指先に、小さな『麦』の花が咲き誇っていた。
日差しの強いある夏の日、麦わら帽子を被った少年が勢いよく家から飛び出した。
「どこ行くんじゃ、ルフィ」
「特訓だ!」
「特訓じゃと?」
「俺はもう、何も失わねえし!誰にも失わせねえ!
そのために、強くなって!強くなって!もっっっと強くなって!!!
No. 1ヒーローになるんだ!」
そう言って走り出す孫の姿を、ガープは眩しそうに目を細めながら見送った。
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ちなみに両親の個性ですが
造花→植物
粘液→ベタベタ
ベタベタの植物=ゴムの木
というイメージでゴムに合うように決めました。