首輪が外れるその時に   作:dekunobou

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転職・解雇RTA

 結局、ドアはアントン先輩が全部開けてくれました。

 なんか、先輩がドアノブに飛びつくと、びくともしなかったのが嘘みたいにガチャっと開いた。なんでかはよくわからない。なんでかよくわからないのに、おれはドアひとつ開けられない。とてもつらい。

 

 今まで味わったことのない敗北感を抱えたまま、アントンさんに先導され廊下を歩く。

 家の中はどこもよく清掃されていて、年季の入った黒いフローリングが鈍い輝きを放っていた。こういう掃除も全部、使い魔の猫さんズがやってるんだろうか。いや、洒脱で魔女アピール著しいあの人が掃除用具を持っているところを想像できないので、多分そうなんだろう。

 おれは、部屋の隅を前足で掬って掃除のクオリティチェックをするアントン先輩を想像して内心ニヤついた。想像上ではあるが、訝しめな目つきが似合いすぎていた。

 

 ちなみに、着替えと一緒に渡された靴は黒い編み上げのブーツで、高くはないがヒールが少しついている。若干歩きにくいが、すぐに慣れるだろう。なお、足の形は割と人間っぽかった。肉球はついてたけど。

 それより、何をするにも尻尾の方が気になる。なにせ、まっすぐ伸ばせば地面に届くご立派な尻尾だ。こんなもん急にお尻から生えてみなさいよ。体のバランス崩れまくりだぜ。さらに、意識して動かすのもできるけど、割と不随意に動くのでちょっと気持ち悪い。

 

 あと胸が邪魔で足元見えねえ。超おっかない。

 

 そうしていくらもしないうちに、一際豪奢な両開きの扉へ辿り着いた。この扉、かなり肉厚で重たそうだ。材はなんだろう。かなり導管がハッキリしているから、マホガニーか紫檀だろうか。どちらにしろ、この建具だけで頭が痛くなるくらいのお値段がしそうだ。

 

 おれは扉が放つ威圧感に嘆息すると、足元のアントンさんを見た。

 パイセン、これ開けられる? 流石に厳しくない? それとも、魔法的なマジカルパワーでなんとかなる?

 

 そんなことを考えていたら、ドアが勝手に開いた。蝶番を小さく軋ませて開く扉へ(わ〜自動ドアだ〜すご〜い)なんて感想を抱いていると、その向こうに、ソファに腰を沈めた魔女がいた。堂々としたマントルピースを備える暖炉の側に置かれたソファだ。さぞかし居心地の良いことだろう。

 

 彼女は微笑みを湛えたまま、ぼおっと立ち尽くすおれを手招きした。アントン先輩はすでに魔女の横にいる。

 おれはその手招きに応じて、部屋の中へ足を踏み入れる。なんというか、雰囲気のある部屋だ。廊下と同じ、黒く染まったフローリング材に、抽象的な柄の絨毯。ソファやテーブルといった家具も似たような風合いの材木を使っていて調和が取れている。調度品は最小限といった感じで、生活感は薄い。

 大きな窓の向こうは、濃霧の昼間のように真っ白だ。曇りガラスを通したように柔らかな光が屋内を照らしていた。

 

「さ、座って。お茶を淹れるわ」

「あ、ありがとうございます。失礼します」

 

 魔女は、猫脚のローテーブルを挟んだ対面のソファへ座るよう勧めてきた。彼女に促されるまま、おれは見よう見まねでドレスの裾を整えて腰を下ろす。尻尾は腰をぐるっとまわして、太ももの上に。……なんかこれ落ち着くな。

 

 彼女は黒い髪を一房耳へかけると、テーブルの隅でシュンシュンと音を立てるケトルを手に取った。ちょうどケトルの置いてあった箇所には、”魔法陣”って感じの幾何学模様が描かれている。

 

 なるほど、テーブル直置きでお湯湧かせられるのか、地味に便利そうだ。興味深く眺めていると、彼女はクスリと笑って「普段わたししか飲まないから、横着しちゃうのよね」と言い訳をした。そんなこと、言われなければ何も思わなかったんだけどなあ。これのどこらへんが横着なんだろうか。応接室にカセットコンロみたいな?

 

「わたしね、猫が好きなの」

 

 彼女は、ガラス製のティーポットへお湯を注ぎながらそう言った。

 おれはポットの中で踊る茶葉を眺めながら相槌を打つ。見ればわかる、なんてことは言葉にしない。ただ、彼女の次の言葉を待つ。

 

「だから使い魔もずっと猫。それでね、中にはわたしと深く繋がりすぎて、役目を終えても現世(うつしよ)に留まったままの子もいるのよ」

 

 魔女はふたつのティーカップにお湯を注ぐと、すぐに中身をテーブルの脇に捨てた。一瞬、そんなことをしたら床がビチャビチャになるんじゃ、と思ったが、魔法か何かでどこかへやったようだ。彼女の所作に一切の澱みはなく、これが当たり前なのだと思い知らされる。

 

「あなたを見つけた時、そんな子たちが、なんとかできそうだから任せてって言ったのよ。何をどうやったのかはわたしにも解らないのだけど」

 

 はあ、なるほど。そんなことが。

 おれの命はそうやって繋がれたものなんだな。そう感心していると彼女は小さく肩をすくめて笑う。

 

「あの子たちは特別優秀だったから」

 

 ふと、声音に寂寞めいたものが混ざる。

 

「でも、あなたと混ざりあって、みんな逝ってしまったわ」

 

 魔女は手元から視線を外し、どこか遠いところへピントを合わせた。彼女の陶器のようなかんばせに、憂いの色が滲む。おれはそれを見ると、こころの深いところがチクリと痛んだ。

 

「さて、あなたの本当のお名前は? つぎはぎちゃん」

 

 魔女は先程までの明るい声音を取り繕う。そして問いかけとともに、琥珀色のお茶で満たされたティーカップをおれへ差し出した。おれは礼を述べながらそれを受け取ると、背筋を伸ばし居住まいを正した。

 

「まずは、危ないところを助けていただき、ありがとうございました。取り急ぎお礼を。

 改めまして(わたくし)糸川馨(いとかわ けい)と申します。……あぁ、イトカワ、までがファミリーネームで、ケイがファーストネームです」

 

 なんとなく洋風な世界だし、こういった方が伝わりやすいかと言い直す。

 

「そう。ご丁寧にありがと、ケイ。

 

 ——わたしはイザベラ。魔女のイザベラ」

 

 そう名乗った彼女は蠱惑的に微笑む。おれは、彼女の名前を理解した途端、全身の毛が、文字通り総毛立つのを感じた。

 

 膝を突き合わせ、目の前でくつろぐ女が、得体の知れない何かに見える。

 

 ヒトの形をしているだけの何か。

 

 彼女の赤銅色の双眸が剣呑な輝きを放つ。

 ……(はらわた)の裏の裏まで見透かされているような、そんな錯覚に陥る。

 おれは、頭ではなく()で理解した。

 ここにあるのは絶対的な主従関係。

 彼女の許しが得られるまで、魂すら縛られ隷属する。

 おれにはもう、一握りの自由すら——。

 

「いい? 魔女の名前はね、とっても大事なものなの。軽々しく口にしてはいけないわよ」

 

 おれは、辛うじて首肯することに成功した。

 彼女はそれを満足げに見届けると、不穏な雰囲気を霧散させた。取って食ったりしないわよ、の一言がなければ、おれは身動きひとつ取れないままだったろう。

 

 ひとまずおれは、砂漠顔負けにカラカラの喉を潤すことにした。震える指でカップを持ち上げ、口元へ運ぶ。まだ、口の形に慣れていないせいか上手に飲むことができない。わずかに、口際からこぼしてしまった。

 しかし、すこし温くなったお茶はかえって丁度よく、生き返るような心地がした。味は正直、よくわからない。

 

「脅かしちゃってごめんなさいね。身内しかいないとこじゃ気軽に呼んでくれて構わないから」

 

 彼女は元の柔らかな雰囲気に戻ると、悪戯に成功した子供のように破顔した。この人となりが全然わからない……。ちょっとちびりそうだったんですけど?

 

 ちょうどそのタイミングで、いつからか姿が見えなくなっていたアントン先輩がお菓子の入った瓶とお皿を持ってきた。例によって、狐火みたいな火の玉パワーで空中を漂っている瓶を、イザベラさんは笑顔で受け取る。

 

 彼女曰く料理の類はからっきしらしい。出来合いのお菓子と謙遜していたが、久方ぶりの食べ物におれは感動しきりだった。さっきとの落差も相まって、こんなに美味しいクッキー初めて……。

 

 暫くくつろいだ後、仕切り直しといった感じでイザベラさんが口を開いた。おかげさまで、なんとかおれも本調子です。

 

「まずは、伝えなければならないことがひとつ。恐らくだけど、ケイが元いた世界に帰ることは叶わないわ」

 

 ということはあのファッキンカンパニーともお別れですか? もう労働しなくていいんですか! やったー!

 

「そしてふたつ目。あなたにはこれから、使い魔としてウチで働いてもらうわ」

 

 労働あるじゃないすか! やだー!

 

「なによその顔」

 

 労働からの解放が音速でぬか喜びに変わった時の顔です。

 そんな思いが伝わったのかどうかは不明だが、イザベラさんは怪訝な表情を浮かべる。そして、彼女は小さくため息をつくと、お茶を啜りながら言葉を続けた。

 

「本当はね、人間なんて使い魔にしたくなかったんだけど」

 

 どうやら、この世界は百年に一人くらいの確率で、おれみたいに別の世界から紛れ込んでしまうヤツがいるらしい。そういうヤツは往々にして特別な()()()を持っていることが多く、イザベラさんのような魔女が確保に動いて使い魔にしたり、協力関係を結んだりすることもあるそう。なんというか、異世界側にもそういう定番の認識あるんすね。

 それで、たまたまイザベラさんのナワバリにポップしたおれの様子を見にきたらなんか死にかけていた、という話らしかった。

 

「でもあなた、今はほら、つぎはぎちゃんじゃない? それに言葉が通じないのも困るし。事後承諾みたいになって悪いんだけど、諦めて頂戴な」

「へぁい……」

 

 イサベラさんは「さてさて、あなたはどんなことができるのかしら?」と言いながら身を乗り出すと、おれの首に巻かれた首輪へ触れた。しかしその瞬間、常に湛えていた微笑が消え去り、彼女の眉間に深いシワが生まれる。

 

「え、なにこれ」

 

 無意識、といったふうな言い方。何か問題でもあったのか、彼女は両手でおれの首元をワシワシやり始めた。多分首輪をいじっているんだろうけど、美人さんに至近距離で急所を弄られるの、なんか変な気分になっちゃう……!

 

「あなた!」

「ハイ」

「全然魔力通らないじゃないどうなってるのよこれ!」

「……どうなっているんでしょうねえ」

 

 いきなり胡乱げな目つきになったイザベラさんは、おれの手首を取り、脈を測るように色々調べ始めた。なんか魔力が通らないとか言ってたけど、おれ何もわがんない。平成生まれプレステ育ち、ナードな奴らは大体友達な物質世界代表なんで、そんなこともあるのかもしれないですね。知らんけど。

 

「逆に面白くなってきたわね……!」

「さようでございますか」

 

 俄かにテンションの上がった彼女は、どこからか取り出した本を開いて何やらゴリゴリと書き込み始めた。あの、これ長くなります? あ、ダメみたいですね。好きを極めてる系の人によくある、ゾーン入っちゃった感じの目をしていた。

 

 

 

 その後、おれは身包み剥がされ、あちらこちらとじっくり舐め回すように検査された。

 多分だけど今現在、おれ自身よりこの人の方がおれの体に詳しいと思います。だっておれ、この体でろくに飯も食ってないしトイレもいってないし。あらやだ、乳しか揉んでねえじゃん。

 

 そして結論。

 誠に、非常に残念ながら、おれは”魔力”とか言われるやつが全く扱えないようだった。魔力とは簡単に言えば魔法のための燃料みたいなものだそう。つまり、おれには神秘でマジカルなパワーがそもそも無いってこと。少し前に感じたばかりの胸のときめきを返して。

 

 話を聞けば、この世界の住人のほとんどは魔力が扱えないらしい。

 だが、魔女やその使い魔は例外。

 通常、使い魔として契約すれば、たとえ羽虫だろうと人間だろうと、さまざまな特典めいたものが与えられるそうだ。例を挙げれば、魔力・魔法を扱えるようになったり、言葉を持たない生き物でも主人や使い魔同士で意思の疎通ができたりなどなど。イザベラさんと契約したのに、言葉が通じるようになっただけのおれは、つまるところイレギュラーということだ。

 

 そして悲しいことに、魔力が無いおれは使い魔仲間である猫さんズとコミュニケーションが取れない。これにはちょっと、正直言えばかなり凹んだ。他の動物とお話しするの、全人類共通の夢だと思うんですけど。え、三十路も過ぎてるんだから弁えろって? 心がふたつある〜。

 

 イザベラさんは基本、猫科の動物ばかり使い魔にしているが、その特典によってコミュニケーションを図っているらしい。なお、彼女の使い魔の証はこの首輪。これは契約する魔女によって別々で、中には全身に刺青を入れられることもあるとか。ううん、首輪でよかった。なかなかおしゃれなデザインだし、ファッションだって言っても通用しそうじゃない? しない? そう……。

 

 あと、頭の天辺(耳の先?)からつま先、穴という穴まで至る所を観察されたので、彼女に対する畏怖というか畏敬の念というか、そういう感情のほとんどが無くなってしまいました。

 とびきり美人だけど常識が通用しない、ちょっとマッドな雇用主的ポジションかしら。

 

 改めて服を着たおれは、再び暖炉の前のソファでイザベラさんと向き合う。

 

「さてと、どうしようかしら……。魔力が扱えないなら、ここに置くことはできないし」

 

 今おれがいるイザベラ邸は、ただ生活するだけでも魔力が必須らしい。ドアを開けるのも、料理のために火を扱うのも、その全てに魔力を通さねばならない。つまりおれは、下手したら部屋の中で干からびて死んでしまう可能性があるのだった。働いてる場合じゃねえ。

 

「つまり、解雇……ってコト!?」

「やぁねぇ、着の身着のままそこいらに放り出すような冷たいことしないわよ。まあ、心当たりはあるし、今から行ってみましょう」

「わあい。ですけど、アポとか大丈夫なんでしょうか?」

 

 アポイントメントは実際大事。急に押しかけて失礼にならない? たとえそういうのがOKな気安い関係性があったとしても、完全に第三者なおれは一生気まずいんだが? もっと段取りして。

 

 そんなことを考えていたら表情に出ていたのか、イザベラさんは心配性ねと笑う。するとどこからか一枚の便箋が飛んできて、彼女の目の前に漂った。彼女はそれを指先でついっと撫でる。人形のように形の整った指先で撫でられた後には、チロチロと小さな炎が踊り、それはすぐに文章を形取った。

 

 その一挙手一投足に見惚れていると、いつのまにか便箋は封筒に仕舞われていた。彼女はおもむろな所作で指輪を外すと、ターコイズブルーの蝋でそれに封をする。そしてパチンと指を鳴らすと、封筒は空中で燃え上がって消失した。

 

「ハイ、これでよし。せっかくだからもう少しお茶してから出向きましょ」

 

 イザベラさんは一仕事終えたという感じでソファに体を沈めると、アントン先輩に新しい水と茶葉を持ってくるよう命じた。もったいないような気もするが、ドタバタしてる間にカップのお茶は冷めちゃったし、ポットに残っているのは抽出されすぎているからしょうがないね。

 

「……ちなみに、どんなとこか伺っても?」

「昔からの知り合いにね、珍しいもの集めが趣味な子がいるのよ」

「せめてヒトとして扱われたいのですが」

「なかなかどうしてやんごとないお家柄だから、それなりの生活はできるんじゃないかしら?」

「はあ、貴族とかってやつでしょうか」

「そうねえ、頭に”大”がつくくらいの?」

「全身全霊を持って努めさせていただきます」

「あなた良い性格してるわねぇ」

「恐縮です」

 

 異世界成り上がり展開キタコレ!

 勝ったな。風呂入ってくる。

 

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