首輪が外れるその時に 作:dekunobou
「ほんとうに、貴女はいつも急ですね」
「あら、先触れのお手紙は送ったじゃないの。それに、ちゃんと目は通してあるんでしょう?」
イザベラさんに連れられて
しかし、第一印象としてとにかく物が多い。壁の一面を埋める本棚はパンパン。部屋中の至る所に置かれた飾り棚には様々な品が飾られ、その一部は床にまで溢れている。ううん、地震があったら一発じゃんって感じ。そう思ったが、建築様式から見るに西洋と似た感じでほとんど地震はないんだろう。部屋を彩る、みたこともないエスニックな印象のそれぞれが独特な存在感を放っていた。
そして、重厚感あふれる机の向こう、二人の男がいた。高級そうな椅子に腰を沈めているのは若い男だ。スタンドカラーのシャツに蝶ネクタイ、ツイードのベストでキメたなかなかのイケメン。その彼の斜め後ろに佇むのは、おおきな鷲鼻が特徴的な老紳士。かなり痩せ型で、身長もそれなりにあるのでぱっと見枯れ枝のようにも見える。しかし、タキシードのような正装で身を固めた佇まいには独特の迫力があった。あれか、執事ってやつですか。爺やってやつですか。
くすんだ金髪を短く切り揃え几帳面に固めたイケメン氏は、薄暗い部屋に転がったガラス細工のような瞳でイザベラさんを見つめている。あらあら、ちょおーっと目つきが悪うございますね。眉間に皺が寄ってますよ。というか目と眉近えなぁ。なんだよあれ、ズルだよズル。素材が違すぎる。平たい顔との違いを思い知らされるぜ。まあ今のおれが文句つけるのは土俵違いってやつですがね。
「はあ……汽車を使っても王都から1日以上かかるんですよ、ここは。まあ、
「そうよ、この国ぜんぶわたしの庭だもの」
イケメン氏は小さくため息をつくと、心地よいバリトンで苦笑した。そして魔女はいつのまにか手にしていた扇子で口元を隠して微笑む。ううむ、新しいワード出ましたね。なにその碧炎の魔女って。相変わらず厨二心くすぐってくるな。というか、お兄さんうちのイザベラさまとツーとカーなんです? 一体どんな関係なんやろ。
そもそも、展開が早すぎて状況が全然わかんねえ。お茶が終わったと思ったら、私物(ビジネスバッグひとつだけ。穴が空いて血まみれになったスーツは流石に処分してもらった)を渡されて碧く燃え盛る暖炉にゴー! だ。そこからまさか先方のお部屋に直接参上するなんて思わねえじゃん。ファンタジー世界、嫌すぎる。心の準備をさせてくれ。今後の身の振り方に関わる大切な部分だと思うんですけど。もっとおれに優しくして。
「それでは、本題と参りましょうか」
朗らかな雰囲気が一転、彼の鋭い視線がおれを射抜く。
落ち着きのある振る舞いに、あえて低くした声音。多分癖になっているであろう顰めっ面。おそらく、かなり若い。
使用人を控えさせて、イザベラさんと直接言葉を交わしていることから推察するに、彼がこの家の決裁権の全てを握っているんだろう。ただの若旦那、って感じじゃなさそうだけれど。
おれはほとんど無意識に背筋をすっと伸ばした。
「そうそう、この子の話をしに来たのだったわ」
すっかり忘れてた、という声音でイザベラさんはそう言うと、イケメン氏の視線が値踏みするようなものに変わった。
「この子ね、ちょっと前に色々あって使い魔になったのだけど、魔力が一切通らないのよ。でもそれだと、わたしの屋敷で暮らせないじゃない? だからここで面倒見てもらおうと思って」
バババッと自分の言いたいことだけを喋り切ったイザベラさん。
その向こうで眉間の谷間を深くするイケメン氏。
わずかに片眉を上げる老執事。
お腹が痛くなってきたおれ。
イザベラさぁん! もっとアテンドしてよぉ! 上席者の役目でしょ! おれだって心の準備とかこっちのマナーとか色々不安なんだから! んもお!!
おれは何も言えずに、ただただ毛皮の下に冷や汗をかくことしかできない。
あ、この身体、ちゃんと汗かけるんすね。毛が湿って気持ち悪くなりそう……。
黒っぽい感じの雰囲気をズモモと醸し出しはじめたお二人の奥。窓の外に広がるのは雄大な景色。なだらかな丘陵に抱かれた青い湖。紅葉した木々とのコントラストが美しい。めっちゃ素敵やん? おれ、久しぶりに水遊びしたいなぁ。現実逃避が捗るぜ。
+ + + +
アレン・ハミルトンさん。このお屋敷の若き当主で、ここら一体を治めるご領主さまだそうで。ミドルネームも
その彼の後ろに控えているのが、想像通り執事のヘイグさん。ファーストネームは特に説明なかった。
おれは背中の毛をぐしょぐしょにしながら、お二人の前で直立不動の姿勢を保っている。
イザベラさんはお二人を簡単に紹介すると「それじゃ、あとは頑張ってね」と言い残して暖炉に消えていった。
いい加減すぎて千切れそう。
おれもね、仕事の打ち合わせや接待なんかでエライ人の相手をしたことはあるよ。でも、こういうやんごとない生まれの方はまた違うじゃん? うまく言語化できないけど、今まで体感したことのないプレッシャーみたなのをビンビン感じる。おしっこちびりそう。この世界来てからからこんなんばっか。お家帰りたい。お家で安酒飲みながらダラダラ動画眺めたりしたい……。
「ミス・イトカワでしたか」
「はいっ」
殺傷能力高めな静寂を打ち破るように、ハミルトンさんが口を開いた。
いやしかし、”ミス”ときましたかぁ。そりゃまあ、三六〇度どこから見てもそうなんだろうけど。それはともかく、名乗ってないのに名前を把握されていた。もしかして、先触れの手紙にある程度書いてあったのかも。そうだったらいいなあと考えながら返事をした。
「まさかあの方が人間を使い魔にされるとは、想像したこともなかった」
背もたれに体重を預け、いくばくかリラックスした様子のハミルトンさんが感想を呟いた。
左様でございますか。まあ、残念ながらおれ、つぎはぎなんですがね。それでも広い目で見れば人間なのかも。
「ひとまず、我が屋敷であなたを受け入れることは可能です」
「ありがとう存じます……」
無事? ここで受け入れてもらえるらしい。おれは緊張で声が裏返らないよう気をつけながら頭を下げる。喜ばしいことではあるが、返事をするたびに緊張で口の中が乾いてしょうがない。
「あの方。碧炎の魔女さまと当家との間には、古くからの関わりがありましてね」
イザベラさん言ってたもんな、昔からの知り合いって。
「しかし、残念ながら我々には、使い魔さまをお迎え入れした経験がないのですよ。そうだったな?」
「は。おっしゃるとおり、記録にもございません」
ヘイグさんは少しも表情を変えることなく回答する。貫禄のある渋い嗄れ声だった。
ハミルトンさんは小粋に肩をすくめると、まあ他の家でもそうそうあることではないと思いますが、と付け足した。映画やお芝居でしか見たことのないようなやり取りと、空気に気圧されてしきりに生唾を飲み込む。
「も、もちろん、
悲しいかな社畜の性。何も持たないおれがアピールできるポイントなんて、労働くらいしかない。おれが魔法使えないってさっきイザベラさんがバラしてたしね。まあ、働かざるは食うべからずってのは、少なくとも物の道理だろう。
「仕事、ですか」
ハミルトンさんの顔に戸惑いの色が浮かぶ。しかしそれも一瞬で、すぐ元の表情に戻った。ただ、なにか答えあぐねているようだったな。うおん、バッドコミュニケイション? 地雷踏んだ?
「それでは……後ほどヘイグから詳しく説明させましょう」
「畏まりました」
おぉ、清々しいまでの上下関係。さっき経験がないと言っていたから即答できなかったんだろう。当たり前みたいにヘイグさんに全部任せてしまった。おそろしく速いアサイン。おれでなきゃ見逃しちゃうね。まあ、こういうところでまごつくとみっともないからね。それにヘイグさんはピクリとも動揺していない。経験と年の功ってところかな。強い信頼関係が伺えますね。
「それはさておき、別の世界からいらしたというのは本当ですか?」
見事にさておかれたなぁ。まあ、答えにくい話題は切り替えるに限る。それに、おれが異世界出身だということは別に隠すことでもないでしょうし。多分イザベラさんからのお手紙にそれも書いてあったんだろう。
「はい。理由は分かりかねますが、偶然この世界へ転がり込みまして。そこを我が
ちなみにイザベラ邸の外では、イザベラさんの事を『主人』とか呼ぶように言い付けられている。なんだか大仰な言い方でむず痒い感じがあるが、従っておいて損はないだろう。
「へぇ、迷い人と実際にお会いするのは初めてですが、存外こちらの人間と大差ないのですね」
なるほど、いまのおれの姿、こっちじゃ結構普通なんだな。まあ、街中にはいろんな姿形の人がいたし、そんなものなのかもしれない。とりあえず、今のおれも人間の範疇に含まれるということがハッキリした。不安が解消されるって素晴らしい。
それに、存外フツーとか言いつつも、興味ありありといった感じですね、旦那さま。目の輝きが隠し切れてませんよ。
そうだ。ここで何かひとつ、現代のアイテムを使って異世界人アピールしたらどうだろう。大したものは持ってないけど、いくらか好印象に繋げられないかしら。
「そういえば、珍しい物がお好きと主人より伺っておりました。こちら、私の世界で広く使われている道具なのですが……」
タララタッタラー! リンゴ印のスマートフォン〜(ダミ声)!
はい。ビジネスバッグから取り出したるは因縁浅からぬ社用スマホでございます。支給されたママの状態、ケースなんてつけていない剥き身のそれをハミルトンさんへ手渡す。彼は「それは父の事かもしれないですね」とはにかみながらスマホを受け取った。
「ふむ……ガラスの板? 周りは金属のようですね」
彼は一通り撫で回すと、見たまんまの感想を述べた。まあそうなるよね。怪訝なお顔、ありがとうございます。
「こちらはスマートフォンと呼ばれる、電気で動く道具でございます。これひとつで電話——遠くの人と話したり、写真や映像を撮ったり音楽を流したり、まあなんでもできる機械ですね」
あれ、これ電気とかって伝わんのか? 雷のアレですよ〜とか説明する必要があるやつか? まあいいか、実演すれば一発っしょ。おれはハミルトンさんからスマホを引き受けると、そのままカメラを起動して録画を開始した。お二人は録画開始のピロンという電子音に怪訝な顔をしたが、戸惑いを隠せずにハミルトンさんが疑問を呈した。
「電話……ですか。電信でしたらつい最近、ハミルトンと王都が繋がったばかりですが、会話も同じように、離れた場所同士で? それに写真も? 写真機は、もっとこう、大きなものだったかと……」
いやあいい反応ですねぇ。なるほど、電信とかある分、現実との差にテンパってらっしゃる。おじさんもなんだか楽しくなってきましたよ。
「百聞は一見にしかず、でございます」
おれはスマホの画面をお二人に向けると、先ほどまで撮影していた動画を再生した。おめでとう。これからあなた達は、この世界で初めてデジタル的に保存された映像を目にした人類になるんですよ。
有機ELのディスプレイに、先ほどのやりとりが映し出される。流石のお二人も驚きを隠せないって感じだ。どよめき目を見開いて、覗き込んできそうな勢い。それでも大っぴらに身を乗り出したりしないのは、やはりやんごとない方々だからだろうか。
素敵なリアクションに満足したおれは、ロック画面を表示させたスマホを恭しく差し出した。
「お近づきの印に、こちら差し上げます」
「そんな、このような——」
「ぜひ、お受け取りください。今の私には不要な物ですので」
「えぇ……」
いやマジでいらないんで。叩き壊すのも勿体無いし、半分もバッテリー残ってないから丁度いいおもちゃになるでしょ。大体、まだ現実感は乏しいが、二度と日本には帰れないのだから。行け、忌まわしい記憶と共に……。
おれがダメ押しでスマホを差し出すと、ハミルトンさんはおずおずといったふうに手を伸ばそうとした。
「恐れながら、お伺いしたい点がございます」
その時、これまでの沈黙を破りヘイグさんが口を開いた。絶妙なタイミングで挟み込まれた彼の声に、ハミルトンさんはピャッと手を引っ込める。そのままヘイグさんはハミルトンさんに発言の許可を得ると、さらに言葉を続けた。
「その道具自体は、大変素晴らしい、驚異的なものかと存じます。しかし、異世界の物品を容易く譲渡してしまうことに危険はないのですか? 当家の、ひいてはこの世界へ不利益が及ぶ可能性は?」
あーいや、そうだわ。そこまで考えてなかったわ。たとえばファーストコンタクトもので、出会って数分の異星人が超技術をいきなり渡そうとしてきたら、普通裏を疑うよな。まあ、ただのスマホ一台くらいなら問題ないと思うけど、もう少し補足してみるか。
「なるほど……確かに、そういったことは思いつかず、浅慮だったかもしれません。ですが、そこまで深刻にお考えいただかなくて結構かと」
「ほお?」
おれの言葉に、ヘイグさんの眼光が好戦的なものになる。おっかねえ〜。
その隣の、不安より好奇心が優ってる感じのハミルトンさんが癒しだぜ。
「お恥ずかしいことですが、自分のような一般人は使い方が分かっても、それがなぜ動いているか、というところまで理解できていないのです」
おれは手元のスマホを机の中央に置き、説明を続ける。
「私もこれが電気で動いていることは知っているのですが、なぜ電気でこんなことができるのか、となるとご説明できません」
そう。どの端子にどれだけの電流・電圧を与えれば端末を壊すことなく充電できるのか。おれたちはそれすら知らないのだ。もしかしたら充電器に書いてあるかもしれないけど、生憎持ち歩いてねえんだわ。知ってる人は教えてね。
「それに、スマートフォンはこれ単体ではあまり意味がありませんし、所詮は機械です。充電も3日と保たないでしょう。また、放っておけば数年で壊れるかと」
現状、ただの制限時間付き高機能文鎮にしかなるまい。リバースエンジニアリングしようとしても、化学技術だったりさまざまな隔たりが大きすぎて簡単には行かないだろう。もしもこれが、真空管を使ったアナログなアイテムだったら、多少は影響があったかもしれないけどね。
「ですので、今私がこちらを差し上げても、特段影響はないかと愚考します」
いつか似たようなモノができるかもしれませんが、少なくとも私たちが生きている間は無理でしょうね。おれはそう付け足して説明を終えた。
素人考えだが、そもそも世界が違うんだもの。一体何が原因でどんなことになるなんて想定できるはずがないでしょ。それよりおれ自身がどう生きるかに心血注がせてもらうぜ。フヒヒサーセン。