首輪が外れるその時に 作:dekunobou
おれの説明が詭弁もいい所だっていうのは重々承知の上だ。現にヘイグさんにはまだまだ言いたいことがあったようだが、ハミルトンさんが「使い魔さまがそうおっしゃってるんだ、そう固辞することもないだろう。大体、お前にそれだけの所以があるのか?」とのことで更なる言及はなかった。
おおん、上司の言うことに逆らえない悲哀。芯まで染み込んだ社畜スピリットがシンパシーしまくりだが、ここは心を鬼にしてハミルトンさんに乗っかるぜ。
そうして無事、忌々しい社用携帯をハミルトンさんへ献上することに成功しましたとさ。簡単な操作を教えてあげたら少年のような反応を頂戴できた。今時新卒社員でもここまでピュアな反応ねえよ……。おじさんの荒んだメンタルが僅かながらに回復する。
ただ、今後のお仕事についてヘイグさんから説明があるらしいので、その時にフォロー入れないとな。人間関係は実際大事なので。
ハミルトンさんはおれの雑な説明をしっかり覚えていたのか、何枚か写真を撮ると満足げにスマホを机の引き出しに仕舞った。機内モードにしたから、バッテリーもしばらくは保つでしょう。どれくらいかは知らんけど。
「さて、このような贈り物を頂いたからには何かお返しを。と言いたいところですが、何分急だったもので。後日改めておもてなしさせていただきたく」
「いえいえいえ、そんな大層な……。私の方こそ、いきなり押しかけるような形となり申し訳ありません。我が
おれの言葉にハミルトンさんは小さく笑う。よしよし、大分雰囲気が和らいできたな。イザベラさんとも親しげな感じだったし、悪印象はなさそうで一安心。あと、割とマジで小言の一つや二つは言わせて欲しい。まさかこのまま金輪際ノータッチとかないよな。そういえば連絡手段とか何も聞いてないんだけど。不安になってきたぞ……。
「ちなみに、使い魔さまはこちらの世界にいらしてどれくらいに?」
彼は徐に執務机の天板の上で両手を組むと、そう問いかけてきた。
「それがですね、訳あってずっと眠っていたので、自分でもわからないのです。強いて言えば、体感一日も経っていない程度でしょうか」
私の世界と一日の長さが同じかわからないので不確かではあるのですが、と続けると、彼は緑色の瞳を見開いてわかりやすく困惑の表情を浮かべた。
「それでは、こちらの世界や、我々のことはどの程度聞き及んで……?」
「主人からは、特にこれといった説明も無く。流されるがまま、といった感じでした……」
お茶の席でした会話なんて大体が魔法関連のことだったしね。あの人ずーっとそればっかだった。良くも悪くもヒトに興味のない魔法オタクなんだよ、きっと。
そんなおれの回答に、ハミルトンさんとヘイグさんは顔を見合わせて、同じように肩をすくませた。
「ほんとうに……あの方は、大事なものをすべて飛び越えるというかなんというか……」
いやはや困ったといった風な表情で、ハミルトンさんは椅子に背を預けた。ううん、言葉もないって感じ。なんだろ、ヘイグさんも似たような顔をしているので、以前からこういうことは多々あったんだろうな。
そんなおれの表情を読み取ってか、ハミルトンさんは苦笑しつつ口を開いた。
「この部屋の品々は、父の趣味だったんです。そんな父と趣味が合ったのか、今でもふらっと珍妙なものを持ってきてくださるんですよ。中には我々では持て余すようなものもありまして、その度にヘイグとこう頭を捻らせている、という訳です」
なーるほど、なんとなく理解した。悲しいことに、あの人からの無茶振りに慣れてらっしゃるのね。そしてどうもこんにちは、今回の持て余されマンです。
……自分で言っておいて持て余されマンってなんだよ。大体、お土産みたいなノリで人間ひとり連れてくんな。普通に大迷惑してるじゃねえか。それにも関わらず受け入れてくださるなんて、ハミルトン家の懐深いナリ……。頭に大が付く貴族さま万歳。やれと言われたら靴だって舐めさせていただきますでデスよ。
「それではひとまず、屋敷の中を案内差し上げましょう。我々のことなどは、その際にあわせて。夕食までの時間潰しにも丁度いい」
ハミルトンさんは爽やかな笑みを浮かべると、そう提案しつつ椅子から立ち上がった。
「旦那さま、屋敷の案内でしたら私が」
だがしかし、すぐさまヘイグさんの待ったがかかる。反射的に礼を述べそうになったが、確かにわざわざ彼の手を煩わせるのもどうかとも思う。だってハミルトンさん、この家でいちばん偉いんでしょ、そんな雑用じみたことしてていいの? 部下の仕事を奪いすぎるのも良くないよ。
「ヘイグ、魔女さまの御遣いをエスコートする栄誉に浴する機会だ、私にやらせてくれ。それに、お前にはお前の仕事があるだろう?」
ハミルトンさんはヘイグさんへ何か含みのある視線を送り、少々突き放すようにそう答えた。
「申し訳ございません。出過ぎたことを申しました」
ヘイグさんはすぐさま謝罪すると、深々と腰を折った。
その光景に、おれは思わず面食らってしまった。これまでのやり取りから、お二人の間にはある種の肉親のような信頼関係があると勝手に想像していた。それが、なんか、こう、予想以上に明確な線引きを見せつけられてしまい胸がキュッとなった。年下の上司なんてよくある話だが、祖父と孫ってくらい年が離れていると、日本人の精神構造上なんか辛い。
というかさっきから、やたらと使い魔ということで持ち上げられている気がするんですが。おれにはそんな価値ないってご存知ですよね。奇跡も魔法もないんだよ。ただの巻き込まれただけの社畜なんですから……。
ハミルトンさんはヘイグさんへ何かを耳打ちすると、執務机を回っておれの前にやってきた。
あらためて向き合った彼は、予想より背が低い。おれより少し目線が下だから、身長一七〇センチ前半といったところだろうか。筋肉が無いわけではなさそうだが、結構華奢に見える。濃いグレーのベストと、それよりワントーン明るいスラックス、糊の効いたシャツにピカピカの革靴。ううん、品がいい。身につけているもの全て一級品って感じ。こうして相対してみると、生まれが違うということをまざまざと突きつけられているようだ。
「では、こちらへ」
ハミルトンさんのからの呼びかけを合図に、机の向こうに控えたままのヘイグさんへ会釈すると、彼はわずかに目礼を返してくれた。
そしておれは、促されるまま部屋を後にした。
+ + + +
「小さな屋敷ですが、歴史は長いのですよ」
これのどこが小さいって? こちとら1K8畳のアパートに新卒からずっと住んでんだぞ。え、そろそろ一〇年? もうそんなに経つの……怖……。
いやいやホラホラ、窓から見える離れだっておれのアパート全体よりデカいんじゃない? あれは使用人のための住居? マジかよ。
毛足の柔らかい絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、ハミルトンさんは滔々と話を続ける。
曰く、この屋敷の始まりはハミルトン家の初代当主であるゲーヴィン一世が築いた砦だとか。それを何度も改築したり移設したりした由緒ある屋敷であるとか。新しい物好きだったお父上によって、見た目より中身は新しいとか。
建物は二階建(半地下のパントリーとかを含めば三階建になるのだろうか)で、一階にはホールと食堂にキッチン、暖炉からダイレクトエントリーかました図書室兼執務室。それとヘイグさんの私室に、バスルーム、メイドさんが使う部屋など。今おれ達がいる二階にはハミルトン家の私室や客間があって、プライベートなエリアらしい。
確かに、どっかの宮殿みたいなお屋敷かと言われれば、ギリギリ理解できるレベルの豪邸ではある。ただ、お部屋がいちいち大っきいのよ。部屋の奥にさらに部屋があったりするし。大体、お庭とか離れとか、厩舎とか含めたらどれくらい広いか想像できないんだけど。廊下や踊り場なんかに飾られてる絵画とか調度品もなんかよくわからないけどとてもすごいし(小並感)。固定資産税いくらかかるんだろうね!
「差し支えなければですが、あの湖はなんという名前なんでしょうか?」
生活のスケール感の違いに若干胃もたれ気味なおれは、窓の外に広がる湖について尋ねてみた。青々とした湖面は波も穏やかで、庭園から直接降りれる岸辺には小さな桟橋もかかっている。ボート遊びとかできるのかしら。いいねえ、ボートでトラウトとか狙えそうじゃん。単純なリールくらいはありそうだし、フライとかできそうだよね。
「ああ。あれはウィシュケ湖といいまして、ハミルトン最大の湖です。至る所から湧水が湧き出ているおかげで、一年を通して清く豊かな水を湛えている湖なんですよ」
お、ハミルトンさんの声のトーンがわずかに上がった。『おらほの自慢』って感じなのかな。まあ確かに、ランドマークとか景勝地になりそうなくらい綺麗だしね。郷土愛抱いちゃう、その気持ちわかります。
ただ、な〜んかどっかで聞いたことあるような響きなんだよな〜。
な〜んか日本でも馴染み深い洋酒っぽい響きなんだよなあ〜。
……これどういう感じで訳されてんだろ、イザベラさまそこんとこ説明頼むよ。
「なるほど、湧水ですか。通りで美しいわけです」
お酒の仕込みに使われてたりして。あえて聞こえるくらいの声量でそう呟くと、彼は我が意を得たりといった顔で言葉を続けた。
「さすが使い魔さま、お目が高い。この湖から流れ出る川をウィシュケ川といいまして、その流域で生産される蒸留酒をウイスキーと呼ぶんですよ。今は新大陸や植民地など、世界中で作られていますが、源流と呼べるのは正にここ、ハミルトンです」
ンなるほどねぇ、やっぱそう来たか。どうやらこの世界にもウイスキーがあるらしいですな。ま、おれの知ってるウイスキーと同じかどうかはわからんけど。異世界サンドイッチ問題、思ったより力技で解決してきた感ある。
「ウイスキーは蒸留の後、木製の樽で貯蔵するのですが、長い時間熟成された逸品の香りは素晴らしいものですよ。それに当家でも、蒸溜所をいくつか所有していたことがありましてね」
「へえ、蒸溜所を」
「今も一軒だけ残してあるのですが、いいものを作るディスティラリーですよ。機会があればご覧に入れたいものです」
「本当ですか!」
「もちろん。それに、もし使い魔さまのお墨付きを頂戴できれば箔も付きましょう」
異世界蒸溜所見学キタコレ。うわあ、なんか普通に心が踊るんですけど。日本じゃ遠方だったり超人気で予約取れなかったりだったもんな。というか蒸溜所持ってるのすげー、やっぱ生きてる世界が違うわ。あ、そもそもここ異世界だったわ! ダハハ! あー頭おかしくなりそう。
そんなふうに外の世界へ想いを巡らせていると、誰かが階段を登ってくる足音が聞こえてきた。そういえば、案内を受けているあいだ、ろくすっぽ人に出くわさなかったな。普通、こういうお屋敷って大勢の使用人が働いてるんじゃないの? おれの貧相な想像力じゃあまり具体的なイメージができないけど、そんな印象に反して妙に
「ああよかった、こんなところにいらしたんですね!」
階段から顔を出したのは、よく通る声の小柄なご婦人だった。質素な詰襟のドレスに、シンプルな鍔付きの黒い帽子。そこからわずかに除く頭髪はくすんだグレー。初老とまではいかないけれど、目元や口元に皺が目立つ中年女性って感じ。片手にコート、もう片手に小包を抱えているから、ちょうど外出していたんだろう。第一印象、チャーミングなオバ様。
「もう探しましたよ、旦那さま。あら、そちらのお嬢様は? あらあら、その首輪、もしかして噂の魔女さまの?」
「ええ……。イトカワさま、こちら当家のハウスキーパーを任せている、ミセス・スタンリーです」
ハミルトンさんはなんとも絶妙な表情を浮かべながらご婦人を紹介してくれた。彼女はあらあらまあまあ! と目を見開くと、予想よりはるかに洒脱な所作で腰を折った。
「ご紹介を賜りました、ヘレン・スタンリーと申します。お目にかかれて光栄ですわ」
「ご、ご丁寧にありがとうございます、イトカワと申します」
顔を上げたスタンリーさんは、そのままの勢いで小脇に抱えていた小包をハミルトンさんへ手渡した。その際、なにやら市議会からの請願書が云々とか耳に入ってしまった。もしかしてだけど、おれ耳よくなってない? 絨毯が敷かれた階段なのに、スタンリーさんが上がってくるのも割とすぐ気づけたし。やっぱ耳の形とか関係あんのかな。
一方、個包を手渡されたハミルトンさんの眉尻がわずかに下がる。多分、お仕事関係の荷物かな。ハミルトンさん、ご領主さまだもんね。まだまだ若いのに気苦労が絶えなさそう。お腹痛くなっちゃうね。ちなみにハウスキーパーってなにする人? メイドさんとかと違うん?
おれが見守る先で、彼女はハミルトンさんへ「わたくしあの方嫌いですわ」とか「もう一々嫌味ったらしくて」とか、「大体この程度の荷物、郵便で送れば済むじゃあありませんか」とか捲し立てている。標的となった彼はなんとも絶妙な表情をしてらっしゃった。立場は下だけど、頭があがらない人って感じかな。
「それにしても、こうして使い魔さまにお目見えできるなんて! さすが碧炎の魔女さまの御遣いね、とっても素敵な毛並みですわ。あら! ずいぶんと短いお
「あ、ありがとうございます。髪はええと、いろいろありまして、あはは」
おいたわしやハミルトンさん……、とか思ってたら急にこっちに話を振られた。続け様に「でも凛々しいお顔にお似合いだわ」とか、あちこちに飛びまくる話題。すごいおしゃべりな人だ。
そして当たり前かもだけど、生まれて初めて毛並みを褒められた。ただ不思議なことに、なかなか悪い気はしない。ま、命の恩人(恩猫?)達ご自慢の毛並みだもんな。文字通り一心同体、おれも鼻が高いぜ。
あと、髪の毛の長さは勘弁してくんなまし。この世界にも「髪は女の命」みたいな価値観があるのかもしれないけど、男の頃の長さのままなんですよね。今のところ、日本基準でベリーショートとか呼ばれるくらいの長さだ。
一段落ついたかなと思ったら、スタンリーさんは一瞬おれとハミルトンさんの間で視線を漂わせ、再び口を開いた。
「ちなみにとてもお若く見えますけれど、使い魔さまはおいくつでいらっしゃるの?」
「ええと、今年で三一歳になりました」
「あらまあ!」
彼女は目を丸くし、口元に手を当て驚きの表情を見せた。おっとこれは予想以上のリアクション。あの、あんまり若くなくてすんません。おじさんですんません……。
途端、ハミルトンさんは低く硬い声音で「ミセス」とだけ言った。
「失礼いたしました、旦那さま。ごめんなさいね、今のは忘れてちょうだいな。使い魔さまにおかれましても、どうぞごゆるりと」
スタンリーさんは深々と頭を下げると、その瞬間、おれにだけわかるような位置でバチコンとウインクをして去っていった。
慌しかったけど、朗らかで愛嬌のあるオバ様って感じだ。ちょっとおせっかいな性格をしてらっしゃるかもだが、まあオバ様ってそういう生き物だし。個人的にはスタンリーさんみたいな人、割と嫌いじゃないよ、見ていて面白いから。
「屋敷の人間が大変失礼なことを……」
スタンリーさんの背中を見送ったハミルトンさんは、長いため息を吐いてそう謝罪した。
「いやあ全然大丈夫です。それより、ずいぶんな驚きようでしたね」
「あぁ、それは、なんというか」
彼は視線を落とし——ついでに眉尻も限界まで下げ——、何かを言おうとしてモニャモニャしている。
「あ、もしかして、年増ってことでしょうか」
ふと思い至ったことを口にしてみれば、彼はより一層ばつの悪そうな表情になった。こうして話しをしてみると、思っていた以上に表情がコロコロ変わる子だなぁ。微笑まし。
「……私としては、そうは思いませんが。そもそも、使い魔さまにわれわれの尺度を当てはめるのも……」
「あっははは! 全然大丈夫ですよ、お気になさらず」
やっぱそんなところか。想像以上にしょうもない話だった。
こっちの世界じゃそうかもしれないけどね、現代日本では全然バリバリ普通ですし? おれもそろそろ真面目に考えなきゃなあとかは思ってたけど、周りも似たようなもんだったし? 別にダメージなんか受けて無いが? オオン?