わたし、虎視餡子の友達はシカの子である。
勿論、それは謎に付いている彼の角が影響したあだ名であり、実際に鹿と人間のハーフというわけでは無い。
性格は警戒心が強く臆病、なんとも鹿の性格を具現化したような少年で、女の子と間違えるほど童顔で小柄な見た目をしている。
「「…………」」
そんな彼と、わたしはよく一緒にいる。
と言うより、自然とこうなったというのが正しい。
元々角の影響でいじめられていた所を助け、あれよあれよと一緒にいるのが普通になった。
「ねえ」
「……?」
教室で静かに本を読んでいる中。
わたしの小さな声に、片方の角がピクリと反応し、少年……シカくんが声を出さずにこちらを向いた。
「始末したい鹿がいるの」
「……? ――!?!?!?!」
シカくんはわたしの言葉をかみ砕いた後。
言葉の意味を理解したようで、目を白黒させた。
「言っておくけど、貴方の事じゃないわ」
「そ、そっか」
一応訂正を入れておくと、シカくんは小さく吐息を吐いた。
そして、彼は真剣に考えてくれた。
「どうして、いきなり?」
「……大切な物を、奪われようとしているから」
「大切な物……?」
怒りに満ちたわたしを見つめるシカくん。
そう、わたしの大切なお姉ちゃん。
今あのシカは鹿部だとかなんとか言って、お姉ちゃんを奪おうとしているのだ。
その証拠に、最近お姉ちゃんはわたしの元に中々返ってこない。
「まあ、鹿の被害は問題だね……」
「うん」
「奈良では名物だけど。田舎では作物を食べるし、道路に入ってくるし、繁殖力も高いからね」
「うん……?」
そういえば、この子は田舎の出身だったっけ?
だからか、シカくんとの会話に多少の誤差が生じている。
「一応絶滅危惧種だった気がするけど、ハンターも少なくなってるらしいんだ」
「――うん」
とはいえ人間か鹿かの差、気にしない。
わたしは彼の言葉に合わせながら、相談を続ける。
「わたしは、どうしたらいい?」
「そう、だね――」
そんなわけで、彼から色々対処法を教わった。
まず、柵を作って包囲するのは飛び越える危険があるため現実的では無いこと。
さらにそれが野生の鹿ならば腹を空かせているため、しかせんべいでもあげればすぐにでもよって来るであろうと言う事。
そして、本来の鹿というのは人がいそうな、綺麗な場所は警戒して近づこうとしない。
ある程度その場に人気が無く、何かに荒らされている……つまり他の仲間が何度か荒らしているような、食べ物を盗む成功率の高そうな状態が望ましい。
「ありがとう、役立てて見るね」
わたしは彼からあらかた聞くと、イスから立ち上がる。
「まって、何処行くの?」
「シカの始末する作戦を立てる、それじゃ」
教室を後にしようとすると、シカくんがわたしの手を掴んだ。
わたしがじっと見ると、彼は不安そうな顔をした。
「なに?」
「シカは危険だよ、怪我をしたっていう人も結構いるんだよ」
怯えがちの彼にも似合わず、必死に止めてくる。
瞳には恐怖が映り身体も震えているが、手を離してはくれない。
「餡子さんが怪我するの、いや、だよ」
「貴方には関係ない」
「でも……」
「いい加減しつこい」
しかし、彼の言い分などどうでも良い。
既にわたしのお姉ちゃんはあの鹿に汚染されかけており、この調子でいけばお姉ちゃんはあの鹿とあれやと、二度とわたしの元には戻ってこなくなるだろう。
それだけは、避けなくてはならない。
「じゃ、じゃあ僕も行く」
「え?」
思い切っていうので、わたしは目を丸くしてしまった。
「何で危険なのに付いてくるの?」
と、反射的にそれを口にした。
先程危険だと言ったのは彼だ。止めるだけならまだわかるが、自分も一緒に行くと言い出すとは思わなかった。
「シカくん、怖いの苦手だったわよね」
「え、それ、は……」
「どうして?」
わたしは質問を続ける。
思わなかった、というより彼らしくない。
――この子には正直度胸は無い、どちらかというとわたしが危険に飛び込んでもその場で縮こまると思っていたのだが。
「それは、餡子さんが心配、で……」
「…………」
「友達、だから」
臆病な彼らしくも無い、勇気ある答え。
すごい震えているし瞳には既に涙が浮かんでいるが、何処となくいつもの彼とは違う決意のある瞳。
「……ふふっ」
「な、何を笑っているの?」
「ううん、別に」
そんな彼を見て、わたしは自然と頬が緩んでいた。
なんともまあ、怖がりのくせに優しい友達を持った物だ。
□ □ □
「ヌカッタ」
「散々罠だって言ったじゃん話聞いてたの?!」
そして、彼の助力もあってか。
なんとかお姉ちゃんを狙う害虫を捕獲することが出来た。
すべて彼の計画通りだ。綺麗だった部室を荒らし、シカせんべいで誘い、網で捕獲。
思った以上にあっさりだった。
「おかげで簡単に始末できそう、ありがとう」
「エ……ニンゲン?」
わたしは素直に感謝の言葉を口にする。
しかし、シカくんはその言葉に反応はせず、ただ唖然と目の前の光景を見ているようだった。
「おい! こそこそ私を狙っている奴! 聞こえているんだろ!」
と、負け犬。否、負け鹿が吠えてきた。
「私の名はのこたん! 私に用があるなら出てこい!」
そして、彼女は瞳に炎を宿し、言い放つ。
「この勝負正々堂々受けて立つ!!!」
「もう既に負けているのでは……?」
「あとシカせんべいもっとください!」
「どの立場で物言ってんの!?」
ぶらんぶらんと捕獲されながらも、お姉ちゃんへのふざけた害虫っぷりを崩さない目の前の鹿に少々腹が立つわたし。
「……随分と図太い害虫なのね」
なので、お望み通り目の前に出てやることにした。
懐には護身用のクナイを添えて。
「もっと早く駆除するつもりだったけれど、全く計算が狂ったわ」
「…………」
「地獄へ突き落としてあげるわ、シカせんべいと共にね」
わたしはシカくんのなんとも言えない瞳を見ながら、目の前の害虫に向かう。
「……は、ぁ」
そして、何故か小さくため息をつき、シカくんも付いてきた。
それを見て、お姉ちゃんは驚いたような顔をする。
「鹿乃子と同じ、シカ……!?」
「ど、どうも」
「な、な――」
そして、害虫は口をパクパクとさせた。
「……何故だ! 何故同士であるはずの貴様が――!」
「え、知り合い?」
一応シカくんに視線を合わせるが、彼はぶんぶんと首を振る。
その後、彼は小さな声で聞いてきた。
「えっと、あっちはお姉さん、だよ、ね?」
「そう」
金髪でさらさらなお姉ちゃんに指を指すシカくん。
性欲にまみれたオスの分際で、と少し思ったが、まあいいか。
「あ、あんこぉ!? おま……っこんなところで何してんだ!?」
やっとお姉ちゃんはこちらを発見したようで。
お姉ちゃんはまるで化け物を見た小動物のように可愛く目を見開いた。
「お、お姉ちゃぁん♡」
わたしはそんなお姉ちゃんにそのまま抱きついた。
「会いたかったぁ♡」
「会いたかったって……家に帰りゃ会うだろ……」
「お姉ちゃんとは365日24時間毎分毎秒一緒にいたいのっ♡」
はぁはぁ……。
お姉ちゃんの匂いたまんない……♡
お姉ちゃんのどうしたら良いのか困惑した顔もすっごいかわいいし、何より抱きしめたときの心地が本当にしゅき……。
「んで、餡子。そいつは誰だよ?」
「♡?」
「ほら、いまそこでドン引きしてるやつ」
そう言われてシカくんを見てみると。
たしかに、見たこと無いくらい顔が青ざめて目を泳がせている。
「ねーねー、君って何処の鹿?」
「え、ええっと」
「君はどうして人間なのに鹿の角が生えているの?」
そんな風に、害虫が質問責めをしていた。
イライラしていたので、それすらも不愉快になったわたしは、彼の腕を掴んで自分の元へ引っ張った。
「友達、名前はシカくん」
「え、と。どうも」
シカくんは丁寧にお辞儀をする。
そして誤解を解くためか、彼が今までの経緯を話し始めた。
「って、僕別にシカって名前じゃ無いんだけど」
「そうなの?」