という訳で夏のぼ虹をお届けです。
今まで遅筆ながらにぼちぼちぼ虹を書いてきながらも決定的なのは書いてきませんでしたが、これでようやく一区切りです。
とはいえくっ付いてる話も書きたいし、またもどかしい距離の話も書きたいので今後も自分のペースで書いていきますのでよろしくお願いします。
取り合えず夏らしく、結構夏要素は入れられたはず。
虹夏side
蒸し暑い夏を象徴する様に蝉がジワジワと鳴く中、私はギターヒーローの収録を見せてもらう為に久しぶりに『伊地知虹夏様おいでませ。〜最高の夏を貴方に〜』という夏の暑さとは別で熱中症になりそうな横断幕が貼られたぼっちちゃんの家まで遊びに来ていた。
「今日はありがとね。またギターヒーローの収録見せてもらって」
「い、いえ。こんな面白くないものでも良ければいくらでも……」
以前喜多ちゃんが泊まりに来た時もつまらなかったのかすぐ寝ちゃいましたし……。っとどんどん暗くなっていくぼっちちゃん。喜多ちゃんはほら、意外に自由奔放っていうか、結構子供っぽいから仕方ないよ! 子供ってすぐ飽きるし!
それにいずれはSHIDEROSみたいにバンドの公式チャンネルとか作りたいからその勉強にもなるからさ。人気オーチューバーのぼっちちゃんの収録見るのが勉強になるんだよ。
「あ、へへ。人気だなんて……」
「登録者数10万人もいるんだから人気者でしょ」
「へへ、へへへ。よ、良かったらサインとか書きましょうか?」
「それはいいや」
「ぐへぇっ!!」
プランクトンが調子に乗ってすみませんでした……。とドロドロに溶けていくぼっちちゃん。いやだって会ったばっかりの頃にぼっちちゃんがギターヒーローだって知ってたら欲しかったかもだけど、もう会って2年は経ってるし今更過ぎるんだもん! ていうか同じバンドのメンバーのサイン貰うって何か変じゃん!
まったくまったくと溶けたぼっちちゃんを固めていると、ぼっちちゃんのお母さんが飲み物とお菓子を持って来てくれた。
「飲み物とお菓子持ってきたわよ〜」
「あ、ありがとうございます」
「うん、ありがとう」
「ひとりちゃんにはコーラと、虹夏ちゃんはレモネードで良かったかしら?」
「え? あ、はい。……私がレモネード好きって知ってたんですか?」
中々家にレモネード置いてることってないし、偶々ってことは無い事は無いかもだけどぼっちちゃんはコーラで私はレモネードって明らかに好きな飲み物出してきてるよねこれ。なんで私がレモネード好きなこと知ってるんだろう?
「うふふ、ひとりちゃんが良く虹夏ちゃんの事話すから覚えちゃったのよね」
「お母さん!?」
「……へ〜?」
ぼっちちゃんが私の事を、ねぇ? ……んふふ。
「どんな事話してるんですか?」
「虹夏ちゃん!?」
「そうねぇ。すっごく優しくて、頭が良くて、頑張り屋さんで、料理がすごく上手で、良い匂いで……」
「お、お母さんもうやめ」
「後すっっっっっごく可愛いって虹夏ちゃんのお話するときは必ず言ってるわね」
フリーズするぼっちちゃん。そ、そこまで言ってくれてたのか。ちょっとからかうつもりで聞いたんだけど思ってた以上にベタ褒めで少し恥ずかしい。
「……き、キモくてごめんなさい」
顔を伏せて前髪で顔が見えなくなるぼっちちゃん。あ、ヤバイ。これちょっとガチヘコミだ。
「大丈夫だってぼっちちゃん! 別に悪口言われてる訳じゃないし、何なら可愛いって言われて嬉しいくらいだよ! 私可愛いって言われないし!」
私自身自分の事を可愛いと思ってるわけではないんだけど、喜多ちゃんやリョウは可愛いだの美人だの言われてるし、ぼっちちゃんもあの顔面にうるさい喜多ちゃんが認めるほどの顔の良さだからちょっと羨ましかったんだよね。
「に、虹夏ちゃんは可愛いです……」
「わ、分かったから。嬉しいけど恥ずかしいからあんま言わないで……」
「あ、はい……」
私もぼっちちゃんも顔を赤くして顔を伏せる。恥ずかしすぎて顔が見れない。
「ごめんねひとりちゃん。ちょっとお喋りし過ぎちゃたわ」
「い、いいよもう」
「ありがとう。あ、それとね伝えたい事があったんたけど、来週のお休みにお祖母ちゃんの家に行くことになったわよ」
「……え? お婆ちゃんの家に?」
「ええ。来週お父さんが連休が取れたから遊びに行こうってことになったの。お祖母ちゃんもひとりちゃんとふたりに会いたがってるしね」
「そっか。えっと、来週って特にバンド練習入ってなかったですよね?」
「うん、大丈夫だよ。というかそういう大事な用事がある時は全然休んでも大丈夫だからね?」
「は、はい」
でもぼっちちゃんのお祖母ちゃんかぁ。確か前にぼっちちゃんからちょっと話に聞いた限りでは結構ネガティブな人らしいけどどんな感じなんだろう、ちょっと会ってみたいな。まぁそんな訳にはいかないけど。
「あ、あの」
「ん? どうしたのぼっちちゃん」
「も、もし良かったらなんですけど虹夏ちゃんも一緒に行きませんか?」
「え?」
「あら……」
わ、私も?
「け、結構田舎なんですけど山の中に少し入ると綺麗な川が流れてる所があって、お祖母ちゃんの家に遊びに行くとそこにいつも行ってるんです」
そ、そこを虹夏ちゃんにも、見せたくて……。っとどんどん声がか細くなっていくぼっちちゃん。
ぼっちちゃんがそんなに言うくらい綺麗な場所なら確かに見てみたいかも。中々自然に囲まれることってないし。
「でも私も行っていいの?」
「あ、えっと、良いよねお母さん?」
「大丈夫と思うわよ。お祖母ちゃん人見知りだけどひとりちゃんからのお願いって言えばOKしてくれると思うわ。後は虹夏ちゃんさえ良かったらだけど……」
そっか。なら行かせてもらおうかな?
「じゃあリョウと喜多ちゃんにも声掛けなきゃだね」
「え、あ……」
「ん?」
「虹夏ちゃん、さっきも言ったけどお祖母ちゃん人見知りなの。あんまり人が多いとお祖母ちゃんも困っちゃうかもしれないから、ね?」
「あ、そうですね。すみません」
確かに前にぼっちちゃんからお祖母ちゃんの話を聞いたけどぼっちちゃんにすごく似た性格っぽいし、知らない人間が急にぞろぞろ来たら怖がっちゃうか。
でもさっきのぼっちちゃんの反応気になるな。なんか戸惑ってたような……。
「じゃあ来週の土曜日にウチに来てもらってもいいかしら?」
「あ、はい分かりました。よろしくお願いします」
「へ、へへ。本当にすごく綺麗なんで、楽しみにしてて下さい」
いつもの引き攣ったような笑顔を浮かべるぼっちちゃん。さっきの戸惑ってたような感じはもう見えないし気のせいだったのかな? それともぼっちちゃんのお母さんが言ったように人が増えるの気にしてたとか? でも、まさかとは思うけど……。んー、まぁ今はいいか。
そしてこの日は帰り道も遠いので、お昼過ぎにはぼっちちゃんの家を後にした。
ぼっちside
虹夏ちゃんを見送った後、私とお母さんはリビングでお茶を飲んでいた。
「お母さん、さっきはありがとう。フォローしてくれて」
「いいのよ~。人が多いとお祖母ちゃんが困っちゃうのも本当の事だしね。でも、ひとりちゃんは良かったの? あの場所は……」
「……うん、いいの。いつかはリョウさんや喜多ちゃんも連れていきたいけど、でも最初に知ってほしいのはやっぱり虹夏ちゃんだから」
「……そっか。それじゃあお母さんはそろそろ夜ご飯の準備でもしようかしらね~」
お母さんが台所へと向かっていく。何故だかとても嬉しそうに見えた。
虹夏side
ぼっちちゃんと約束をした翌週の土曜日。
お昼前に『伊地知虹夏様おいでませ。~最高の旅を貴女に~』というもはや一種の嫌がらせの様なの横断幕を張られたぼっちちゃんの家に行くと家族全員で盛大にお出迎えされ、そのままぼっちちゃんのお父さんが運転する車に乗せて貰い、揺られる事二時間。私たちは目的地であるぼっちちゃんのお祖母ちゃんの家に来ていた。
「来たよーお袋ー」
「お義母さんお久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
「わーい! お祖母ちゃんだー!」
「ワン!」
「いらっしゃい皆。ふたりちゃんもジミヘンも大きくなったねぇ」
家に着いた私達をお出迎えしてくれるぼっちちゃんのお祖母ちゃん。すごく優しそうだし、それに美人なお祖母ちゃんだ。ぼっちちゃんも顔の作りは美形だしやっぱり血筋なんだろうな。
「えーと、それでこちらのお嬢さんが……」
「私の友達の虹夏ちゃんだよ」
「伊地知虹夏です。お世話になります」
「礼儀正しくて良い娘ねぇ。遠慮しないでゆっくりしていってね」
ニコニコと優しそうな笑顔を浮かべながらぼっちちゃんのお祖母ちゃんが手を差し出す。
なんだ、ぼっちちゃんがネガティブって言うくらいだからぼっちちゃんと似たタイプかと思ってたら全然そんなことなさそう。ぼっちちゃんが大げさに言ってただけだったのかな? すごく良い人そうで安心した。ぼっちちゃんのお祖母ちゃんの手を握って握手をする。
……ん? なんかお祖母ちゃんの手が震えて……?
「大丈夫大丈夫孫と同じ年頃相手に緊張しちゃ駄目大丈夫大丈夫大丈夫……」
ブツブツとめっちゃ自分に言い聞かせてる……。握った手もすごく冷や汗まみれだし。間違いなくぼっちちゃんのお祖母ちゃんだ。
「お、お祖母ちゃん。虹夏ちゃんすっごく優しいから大丈夫だよ」
「だ、大丈夫よ緊張なんてしてないから。さぁどうぞ上がってちょうだい」
「おじゃましまーす!!」
ふたりちゃんが元気に家に入っていく。
「に、虹夏ちゃんごめんなさい。お祖母ちゃんあれでもかなり頑張ってる方で……」
「う、ううん大丈夫だよ。ぼっちちゃんで慣れてるし」
「うぐっ! それはそれで複雑……」
顔が崩れるぼっちちゃん。しょっちゅうこんなの見てたら慣れるに決まってるって。
「じゃあぼっちちゃんが言ってた川ってこの家の近くの山にあるんだ」
「あ、はい。なのですぐに行けます」
通してもらった客間に荷物を置いてぼっちちゃんから今回の目的である川の話を聞いていた。どうやらこの家の近くの山にあるらしく、山の中と言ってもほぼ麓でそんなに入り込んだ場所ではないから歩いていける距離らしい。
「お姉ちゃん達川に遊びに行くの? ふたりも行くー!」
「もちろん! ふたりちゃんも行った事あるの?」
「うん! ジミヘンも行ったことあるよ! ねー!」
「わん!」
ジミヘン泳ぐのお姉ちゃんよりすっごい上手なんだよー! ぐはぁっ! ああ、ぼっちちゃんがまたふたりちゃんにやられてる……。
「ひとりちゃん、ふたりちゃん。遊びに行く前にちょっといいかい?」
「あ、お祖母ちゃん。どうしたの?」
「今年もお外に遊びに行くと思ってね、二人にお洋服買っておいたの」
「ほんとー!? やったぁ!」
「ヴェッ、洋服……」
お祖母ちゃんが準備した真っ白なワンピースを渡されて喜ぶふたりちゃんと嫌がるぼっちちゃん。顔はそっくりなのに本当に正反対な姉妹だよね。
「あ、あの、お祖母ちゃん……。私こういうのはちょっと」
「あ、ごめんね……。ひとりちゃんの好みも考えずにこんなの準備しちゃって……。孫の気持ちも考えられないお祖母ちゃんなんて老害以外の何者でもないわよね……。これ以上迷惑をかける前にばあばこの世から退場するから……」
「ちょちょちょ! どこから取り出したんですがそのロープと踏み台!」
「わぁ嬉しいなお祖母ちゃんありがとう! 今すぐ着るね!」
「ふたりも着るよー! ありがとー!」
「優しい孫達~~!!」
感動したお祖母ちゃんが二人を思いっきり抱きしめる。なんだこれ。
でも実際あの真っ白なワンピース絶対ぼっちちゃんに似合うだろうな。後で写真撮っておかないと喜多ちゃんに怒られそう。
「あ、虹夏ちゃん。良かったら予備で何着か買ってあるからどうかしら? きっと似合うと思うのだけど……」
「え」
わ、私も? う~ん……、正直私もこういう服ってあんまり趣味じゃないんだけど。
「あ、ありがとうございます……」
え、の段階で再びロープが見えたので断る選択肢は私には存在しなかった。
「ご、ごめんなさい虹夏ちゃん……。虹夏ちゃんあんまり着たくなさそうだったのに」
「あはは、大丈夫大丈夫。そこまで抵抗感ある訳じゃないし、こういうのも新鮮だしね。それよりどう? 似合うかな?」
「あ、す、すごく似合ってます! 太陽の様に眩しい笑顔の虹夏ちゃんにピッタリです! ま、まるで夏に咲き誇る向日葵……!」
予想以上に褒めてくる!? 外に出る前に熱中症になっちゃうからやめて!
「お姉ちゃんふたりはー?」
「あ、うん。ふたりも良く似合ってる。すごく可愛いよ」
「えへへー! ありがとー! お姉ちゃんも似合ってるよ!」
「あ、ああうん。ありがとう……」
微妙そうな顔をするぼっちちゃん。ぼっちちゃんって可愛いよりカッコいいって言われたいタイプだしね。小学生男子みたい。
でも本当に似合ってるんだよなぁ。ぼっちちゃんって基本的に用事が無いと外出しないから肌も真っ白だし、こういう甘いタイプの服装がやっぱり似合うな。……そうだ。
「ぼっちちゃん、ちょっとごめんね」
「え、え? 虹夏ちゃん何を……」
ぼっちちゃんの髪を前髪は弄ると胞子化するから触らない様にして後ろ髪をササっと括ってポニーテールにした。ぼっちちゃんって美容室にいかないから毛量が多くて絶対暑苦しいだろうし、こっちの方が涼しいでしょ。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ後は日焼け止め塗って出発しようか」
「あ、私はそういうのは別に……」
「だーめ。紫外線はお肌の大敵だし、それに夜お風呂に入るときに酷い目に合うよ? はい、これ日焼け止め。ちゃんと塗らないと駄目だからね」
ぼっちちゃんに日焼け止めを渡して、自分にも塗っていく。それからふたりちゃんにも塗ろうとしたら自分の分をもう終わらせていたぼっちちゃんがふたりちゃんにも塗っていた。こういう所はやっぱりお姉ちゃんなんだよね。
そして最後にお祖母ちゃんから渡された麦わら帽子を被って、さぁ出発!
それからぼっちちゃんのお祖母ちゃんの家を出発して、私とぼっちちゃんとふたりちゃんにジミヘン、ぼっちちゃんのお母さんも目的地の川に来ていた。
私とぼっちちゃんは丁度いい高さの木陰の下にある岩に腰掛けて足を川に浸けて涼み、
「ジミヘンこっちこっちー!」
「わん!」
「ふたりー、滑りやすいからあんまりはしゃぐとこけちゃうわよー」
ふたりちゃんとジミヘンは浅瀬で追いかけっこをしてる。あの2人本当に仲良しだよね。ジミヘンもふたりちゃんを急がせてこけないようにしてるのか追いつかない程度にゆっくり走ってるし、お利口さんだな。
「ふたりちゃん楽しそうだね」
「あ、そうですね。ふたりもここで遊ぶの好きなので」
「ぼっちちゃんは良いの? 一緒に遊ばなくて」
「ふたりの事はお母さんが見てくれてますし、それに以前一緒に遊んであげたら足を滑らせて思いっきり岩に頭をぶつけた事があるので……」
「あぶなっ!」
それでぼっちちゃんのお母さんも来てくれたのか。ふたりちゃんの保護者として来たのかと思ったけどぼっちちゃんも保護対象だったんだな……。
「に、虹夏ちゃんは大丈夫ですか? 退屈じゃ……」
「うぅん。こうして涼んでるだけでも癒されるよ。それにこの白ワンピで一緒に遊んで濡れちゃったら、ほら。透けちゃうじゃん?」
「あ、ああ。確かにそうですね」
「それに……」
ぼっちちゃんと二人きりでいたいし。……なんて恥ずかしい事は言えないけどね。
「それに……、なんですか?」
「……何でもないよ。それよりも、しばらくこうしててもいいかな?」
麦わら帽子を外してぼっちちゃんの肩に頭を預ける。
「え、あ……。は、はい」
「へへ、ありがと」
ああ、本当に癒されるなぁ。綺麗な川の冷たさとせせらぎ。木漏れ日の暖かさ。優しく吹き抜ける風と木々のざわめき。下北沢じゃ絶対味わえないよこんなの。すごく贅沢をしてる気分になってきちゃった。
「ふぁ……」
でも癒され過ぎてなんだか眠くなってきたかも。でもこんな所で寝ちゃうのは流石に……。
そう思っていたら私がウトウトしていたことに気付いたのか、ぼっちちゃんが私が倒れない様に肩を抱いてくれた。
「に、虹夏ちゃんいつも頑張ってますから、ゆっくり休んでください。こんな私でも寝る時に支えるくらいは出来ますから……」
……うん、ありがとうぼっちちゃん。でも、ぼっちちゃんはいつだって支えてくれてるよ――。
その言葉が果たして口に出したのか心の中で呟いただけなのか。ぼっちちゃんの腕の中という心地よさの中意識が落ちていく私には分からなかった。
「に、虹夏ちゃん、虹夏ちゃん」
「……ん、んぅ?」
……あぇ? あ、私そういえばぼっちちゃんに肩を借りて寝たんだっけ。どれくらい寝てたんだろう。
「ごめんねぼっちちゃん。結構寝てた?」
「で、ですね。ふたりとお母さんも先に帰っちゃいました」
「え、そうなの!? ごめんぼっちちゃん!」
うわ、そんなに寝ちゃってたのか。ぼっちちゃんにも面倒掛けちゃったな。
「い、いえ。私は全然大丈夫です。虹夏ちゃんすっごく良い匂いだし、や、役得っていうか。うへへ……」
「……もしかしてずっと匂い嗅いでたの?」
「あ、いえ! ずっとなんてことはなくてですね! と、時々っていうか、ちょいちょいっていうか、……結構っていうか」
「……はぁ。まぁ良いよ。ずっと肩貸してくれてたんだし。しかしこんな汗かいた状態の匂いの何が良いんだか……」
「に、虹夏ちゃんは汗かいてても良い匂いです! 私虹夏ちゃんの匂い大好きなので!」
「……」
ぼっちちゃんってもしかして私限定匂いフェチなんだろうか。もし私がお風呂に一日入らなかったりしたらどうなるんだろう。まぁそんな状態で人前に出ないし出たくないからそれを知る機会はないだろうけど。
「で、でも本当にぐっすり眠ってましたね。やっぱり疲れて……」
「あーまぁ疲れてはいたのかもね。でもゆっくり眠れたのはやっぱり……」
私の肩に回していたぼっちちゃんの手に私の手を重ねる。
「ぼっちちゃんの腕の中だとすごく安心出来たからかな?」
「え、あ! わ、私ずっと虹夏ちゃんの肩に……! す、すみま」
「良いよ離さなくて。もう暫くこうしててくれる?」
「あ、う、はい……」
恥ずかしそうに顔を赤くしてうつむくぼっちちゃん。私も少し、いや結構恥ずかしいし何なら暑いけど、今はそれよりも今なら誰にも見られずにぼっちちゃんに甘えられる。
それにぼっちちちゃんもやっぱり暑いのか汗をかいていて、そこから香るぼっちちゃんの匂いを私も嗅いでしまっていた。その匂いが何だか癖になるっていうか、ずっと嗅いでいたいと思ってしまった。……私もぼっちちゃんの事言えないな。
「……ねぇ、ぼっちちゃん」
「あ、はい?」
「間違ってたらごめんね。先週私がリョウと喜多ちゃん呼ぼうとした時ぼっちちゃんちょっと困ってたでしょ? あれってもしかして、私だけに来てほしかったのかなって思ってさ」
ぼっちちゃんって結束バンドの皆の事が好きだし、どこかに遊びに行くなら私だけじゃなくて二人も誘いそうなものなのに誘おうともしなかったことがやっぱり気になってたんだよね。
「あ、勿論責めてるわけじゃないからね? ただもしそうならどうしてなのかなって思ってさ」
「…………」
沈黙するぼっちちゃん。私もぼっちちゃんを急かしてしまわない様にぼっちちゃんが答えるのを待った。
そして私の肩を抱いていたぼっちちゃんの手が少しだけ強く握ると、ぼっちちゃんが口を開いた。
「あ、あの、夜にもう一度ここに来ませんか? もう一つ見せたいものがあるんです」
「もう一つ?」
「は、はい。さっきの質問の答えもそこで言いますので」
そう言うぼっちちゃんの青い瞳はいつもの逸らしがちな瞳ではなく、時々ぼっちちゃんが見せる覚悟を固めた時の力強い瞳だった。……やっぱりぼっちちゃんの瞳って綺麗だな。夏の青空みたい。
「そっか。うん、分かった」
「あ、ありがとうございます」
「あはは、お礼なんか言われる事じゃないよ。……さてと、それじゃあ」
「あ、帰りますか?」
「んー、いや」
私の肩を抱くぼっちちゃんの手を解いて、岩から降りてスカートを少し持ち上げて川へと入っていく。
「せっかくこれだけ綺麗な川に来たんだから全く遊ばないのも勿体ないしさ、少し遊んでいこうよ」
「え、でもさっき透けちゃうって」
「いいよ少しくらい。暑いからすぐ乾くだろうし、お祖母ちゃんの家も近いしね」
ほらぼっちちゃんも、とぼっちちゃんの手を取って軽く引っ張ると少しつんのめりながら川に入ったぼっちちゃんを抱きとめた。
「おっとと。ごめんね、そんなに強く引っ張ったつもりはなかったんだけど」
「い、いえ、ありがとうございます。……へへ」
「ん? どうかしたの?」
「あ、えと、その。……今みたいに虹夏ちゃんに手を引っ張られるの、好きだなぁって思って」
「手を?」
「は、はい。初めて会った時虹夏ちゃんに手を引っ張られてバンドに入れてもらって沢山の幸せをもらって。そして今も引っ張られたらこうして、へへ、抱きしめて貰えて。虹夏ちゃんの手はいつも私を幸せをくれるから……」
「…………」
か、可愛すぎる……! なんだそれ、可愛すぎだろ! メチャクチャ心臓がドキドキしてるんだけど聞こえてないよねこれ!?
「へ、変なこと言ってすみません」
「……ほんとだよ」
「え?」
「そういう恥ずかしい事を言うぼっちちゃんには」
ぼっちちゃんから身体を離して少し距離を取ってから川の水を掬って
「こうだ!」
「ヴァッ!」
ぼっちちゃんの顔めがけて思いっきり水をかけた。
ふっふっふ、どうだぼっちちゃんめ。ぼっちちゃんが私をときめかせるなんて100年はや……、って
「ぶわっ!」
「お、お返しです。へへ……」
まさかのぼっちちゃんから反撃!? あ、でもよく見ると「わ、私ごときが反撃しちゃって良かったのかな……。水死体になって詫びるべきなのでは……!?」って顔してる。こういう時は……。
「あ、あの、虹夏ちゃ、ぶぇあっ!?」
「ぼっちちゃんやったな~。お返しだー!」
「あ、ばぶぶ……! わ、私も、えい!」
互いにビショビショになりながら水をかけあう。こういう時はもう全力で楽しんだらOKだよね! だってその証拠に。
「えい、えい! えへへ……!」
ぼっちちゃん凄く楽しそうだもんね。ここまでびしょ濡れになるつもりは無かったけど、ぼっちちゃんのこの笑顔が見れるならまぁ良いか。
それからクタクタになるまで遊んだ後、日向で温まりつつ服が透けなくなる程度まで乾かしてからぼっちちゃんのお祖母ちゃんの家に帰っていった。
そして夜。あれからお風呂に入って晩ご飯をご馳走になって、今は庭で皆で花火をしていた。
「わーい! 花火ー!」
「ははは、花火持ったままあんまりはしゃぐと危ないぞ」
「大丈夫だもーん!」
「ふたり、花火持ったままはしゃぐと危ないわよ~」
「はーい!」
「何故お父さんの言う事は聞いてくれないんだ……」
やっぱりふたりの家族ヒエラルキーの中で僕は最下位なんだ……、と地面に「の」の字を書きながら落ち込むぼっちちゃんのお父さんの肩に手を置いて慰めるジミヘン。出来た犬だなぁ。
ぼっちちゃんはふたりちゃんの相手をしながら花火をして、私はその光景を見ながら縁側でスイカを食べながらまったりしているとぼっちちゃんのお祖母ちゃんが冷たい麦茶を持ってきてくれた。
「あ、すみません。気を遣わせてしまって」
「あらあら、そんなかしこまらなくても大丈夫よ。本当にひとりちゃんが言ってた通り、礼儀正しくてしっかりしてるのね」
「いやそんな……」
「前に遊びに来た時ひとりちゃんのバンドの話なんかもしてくれたのだけれど、虹夏ちゃんの話が特に多くてね。まるで自分の自慢話の様に楽しそうに話していたわ」
「そ、そうだったんですか……」
ぼ、ぼっちちゃんってばお祖母ちゃんにまで私の話してたんだ。嬉しいけどなんか恥ずかしい。
「あの子は普段どうかしら? 楽しそう?」
「あ、はい。会ったばかりの頃から表情はコロコロ変わってましたけど常に不安そうな顔をしてたんです。でも今では遊びに行ったりなんかするとちょっと分かりにくいけどすごく楽しそうにしてますし、今日も川で一緒にヘトヘトになるまで遊びましたけどその時も楽しそうでしたよ」
「そうなのね、良かったわ。ひとりちゃんは私に似てるから心配だったの」
……そうか。そういえばぼっちちゃんのお祖母ちゃんもかなりネガティブな上に人見知りなんだっけ。流石に孫レベルで歳が離れてる私相手なら何とか耐えられるみたいだけど普段とか大変なんだろうな。
「私も若い頃は未来の事を考えるとすごく不安だったわ。取り柄も無いし、人とはまともに話せないし、……友達もいなかったし」
「……」
「でも奇跡的に私の旦那様がこんな私を見つけてくれてね。今では息子と頼りになるお嫁さん、そして可愛い孫二人に囲まれて。すごく幸せなの」
まぁ正直私のどこを気に入ったのか旦那に説明されても今でもよく分からないのだけどね、と頬を綻ばせて微笑むお祖母ちゃん。本当に幸せそう。
「だからひとりちゃんの気持ちも良く分かるのよ。初めて出会った時に手を握られた時のあの温かさは何年、何十年経っても忘れられないわ」
そう言えばぼっちちゃんも川で手を引いた時似たような事言ってたっけ。
「……ごめんなさいね。こんなババァの馴れ初め話なんてしてしまって。気持ち悪かったわよね。首を吊って償いを……」
「いやいやいや! 恋バナに年齢とか関係ないですよ! 私のバンドのギタボがその話聞いてたら更に根掘り葉掘り聞いてきますよ!」
ぼっちちゃんといいお祖母ちゃんといいどうして償いのし方が切腹だったり首吊りだったりと物騒な方向にいくかな! まったくまったく!
「それでね。だからひとりちゃんも私と同じで、自分を見つけてくれた大好きな人の為に力になりたいって、そしてずっと傍にいたいと思ってると思うの」
「ずっと傍に……」
「ええ。それが友達としてなのか、……別の形なのかは分からないけれど、ね。あ、だからってあの子の傍にずっと一緒にいてくれって無理強いするとかそういう話じゃないのよ?」
「分かってますよ。でも大丈夫です。私、自分でも世渡り上手だとは思いますけど嫌いな人と一緒にいられるタイプの人間じゃないんで。ぼっちちゃんは確かにちょっと手が掛かるところはありますけど、それ以上に頼りになって、可愛いくて、すっごくカッコイイ人だって事は分かってますから。だから私も、ぼっちちゃんの事が好きだから一緒にいるんです」
「そう、良かった。ならこれからもひとりちゃんの事、よろしくお願いします」
「はい」
「……じゃあ私もそろそろふたりちゃんと遊ぼうかしら」
そう言って縁側から庭に降りてふたりちゃんの方へ歩いていくお祖母ちゃん。そしてそのお祖母ちゃんと入れ替わる様にぼっちちゃんがこっちに向かってきた。
「どうしたのぼっちちゃん。休憩?」
「い、いえ、あの。虹夏ちゃんとも花火したいなって思って……」
もう残り少なくてこれくらいしかありませんが……、と言って線香花火を差し出すぼっちちゃん。
「お、線香花火。いいじゃん、私もやりたいし一緒にやろうか」
「は、はい。どうぞ」
「ありがと」
ぼっちちゃんから線香花火を受け取って、それぞれの花火に火をつけると次第に小さな火花がパチパチと弾け始めた。
「私も子供の頃はふたりちゃんみたいに派手な花火の方が好きだったんだけどさ、最近は線香花火も結構好きなんだよね。儚くて、でも綺麗でさ」
「わ、分かります。私も線香花火をボーっと見てると何だか無心になれてすごく落ち着くんです」
「だよね。これが大人になっていくってことなのかねぇ」
「な、なんかお年寄りみたいです」
「む。人をお年寄り扱いしないでくれるかな? ほれほれ」
「わ、ひゃ! に、虹夏ちゃん脇腹つつかないで下さい! 落としちゃいます!」
「あはは、ごめんごめん」
頬を膨らませてまた線香花火に集中するぼっちちゃん。こうしてるとぼっちちゃんって本当に会ったばかりの頃と比べると自分を見せてくれるようになったよね。最初はずっとひとりぼっちだったせいか言葉を発するのもおっかなびっくりなレベルだったのに。
でもそんなぼっちちゃんが、お祖母ちゃんが言った通り私とずっといたいって思ってくれてるならこんなに嬉しいことは無い。だって私だってバンドを続けて、夢を叶えて、その先まで一緒にぼっちちゃんとずっと一緒に、いられたら――。
「ねぇぼっちちゃん」
「あ、はい?」
「えいっ」
「え、あ!?」
ぼっちちゃんの線香花火に私が持っていた線香花火をくっつけると、二つの先端の花火が一つの玉になった。
「私の落ちそうだったからさ、ぼっちちゃんのと一緒にしたら落ちないかなって思ってさ」
「そ、そうですか。でもその、体までくっつけてるのは……」
「離れてると手がブレちゃうじゃん? 嫌?」
「い、嫌じゃないです。温かいです」
「温かいを通り越して暑いくらいだと思うけど……」
「あ、暑いけど、温かいんです……」
「……そっか。そうだね」
私も今すごく、胸の奥まで温かいや。
線香花火がジワジワと短くなっていく。一つになった、私達の花火が。
「花火、最後まで落ちないといいな」
「落ちませんよ」
「何で?」
「虹夏ちゃんが、支えてくれるから」
「……じゃあ、ぼっちちゃんも支えてね?」
「勿論です」
そして一つになった私達の花火は少しずつ小さくなっていき、最後まで落ちずに燃え尽きていった。何故だかその最後の消える瞬間が、少し寂しくて、でもすごく愛しいものの様に感じた。
それから更に夜は更けて、今ぼっちちゃんと私はお昼に約束した通りまた川へと来ていた。夜になったらもう一つここで見せたいものがあるって言ってたけど暗いだけで特に何も変わりないような……?
「ち、ちょっと早かったみたいですね。多分もうそろそろだと思うんでもう少し待ちましょうか」
「うん、分かった」
ぼっちちゃんがお祖母ちゃんの家から持ってきたシートを広げるとぼっちちゃんがその上に仰向けに寝転がって、ぼっちちゃんが
「虹夏ちゃんもここに寝てください。夜空が綺麗ですよ」
と誘われたのでぼっちちゃんの隣に寝転がった。するとその夜空には視界いっぱいの星空が広がっていて、私は目を奪われてしまった。
「わぁ……、すごく綺麗」
「ま、街の中にいるとあんまり星って見えないですけど、ここは暗いから星がよく見えるんです」
確かに下北沢じゃこんな星空見えないもんな。ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうなくらい本当にすごく綺麗だ。
「でもぼっちちゃんが星空が好きだなんてちょっと意外かも」
「あ、えと、私宇宙とか結構好きで、そのせいか星とかも好きなんです」
「へー宇宙……。やっぱりぼっちちゃんって中学生男子っぽいよね」
「え!?」
「今日ワンピースを乾かしてる時もチラチラ私の透けた下着見てるしさ」
「ば、ばれ……!? い、いや、見てないです!」
「ふーん、ほんと?」
「ほ、ほほほほ本当で……」
「ぼっちちゃんが好きそうな色の下着だったんだけどどうだった?」
「あ、似合ってました。……はっ!?」
マヌケは見つかった様だな。まぁ最初からバレバレだったけど。さて、そんなスケベなぼっちちゃんにはお仕置きをしないとね。
ぼっちちゃんの方へ体を寄せて肩に頭を置いて耳元で
「……ぼっちちゃんのえっち」
「ひぅっ!! あばばばばばば……」
と囁くと顔を真っ赤にしてドロドロに溶けていった。うわ、溶けたぼっちちゃんメチャクチャ熱い。からかい過ぎたかな?
「あはは、ごめんごめん。怒ってないから大丈夫だよ」
「うぅ、すみません……」
だって、似合ってるって言ってくれたしね。
そして溶けたぼっちちゃんを人型に形成して固まった頃、二人で寝そべってぼんやり夜空を見上げていると視界に小さな光が一つ通り過ぎていった。今のは?
「あ、始まりましたね。虹夏ちゃん、川の方を見てください」
ぼっちちゃんに促されるまま体を起こして川の方へ視線を向けると、そこには無数の小さな光が川の周囲にたくさん輝いていた。
「これって、……もしかして蛍?」
「は、はい。夜になるとたくさん出てくるんです」
「わぁ……!」
すごく綺麗……! 蛍なんて初めて見た! 満天の星空もすごいけど、これこそ絶対に街の中じゃ見れない光景だよ!
「これがぼっちちゃんが言ってた……」
「はい。この光景を虹夏ちゃんに見せたかったんです。ど、どうですか?」
「もちろん最高だよ! ありがとうぼっちちゃん!」
「よ、喜んでもらえて良かったです。うへへ……」
本当に綺麗……。どこまでも続く川に沿ってたくさんの蛍が光り輝いて、まるで天の川みたいだ。
喜多ちゃんがいたらさぞ大はしゃぎだったろうな。でもはしゃぎ過ぎて蛍が驚いて逃げちゃうかも。リョウも表情には出さないだろうけど流石に感動するんじゃないかな?
「虹夏ちゃん、もう少し川の近くに行きませんか? すごく綺麗ですよ」
「うん!」
立ち上がったぼっちちゃんの手を取って立ち上がってそのまま手を繋いで川の前まで行くと、私達の周りにたくさんの蛍たちが飛び回っていた。
「あ、そういば虹夏ちゃん虫苦手じゃ……」
「うぅん、大きい虫じゃなかったら大丈夫だよ。……あ、ぼっちちゃんの肩に蛍がとまった」
「あ、本当ですね」
ぼっちちゃんの肩にとまった蛍が小さな光が何度も光っては消え光っては消え、点滅を繰り返してる。
「こうして間近で見ると一匹の光はかなり小さいんだね」
「で、ですね。蛍って自分を見つけてもらう為に頑張って光ってるんですよ」
「そうなんだ」
こんな小さな光で見つけてもらう為に一生懸命頑張ってるんだ。そう考えるととても儚くて、でもより綺麗なものに見えてくるな。
「……私も、そうでした」
「え?」
「誰か一人でもいいから、私を見つけてほしくて。だから中学時代は結構バカな事をしちゃったりして」
「そう、なんだ」
「でも全部空回りして、高校入っても駄目で。だから全部諦めてしまおうと思ったんです。でもそんな時に、最後の最後に見つけてくれたのが」
虹夏ちゃんでした――。
ぼっちちゃんは私の手を離すと、私の前に立って向かい合った。
「虹夏ちゃん、お昼に話してた虹夏ちゃんしか誘わなかった理由なんですけど」
「うん」
「ここは、私の最後の逃げ場なんです」
「……逃げ場?」
どういうこと?
「私は虹夏ちゃんが見つけてくれるまで本当に独りぼっちで、友達なんて出来た事ありませんでした」
「毎日が無味無臭で、自分は透明人間なんじゃないかと思ってしまうほどでした」
「それが辛くて、寂しくて。お母さんたちには学校には友達がいるって嘘ついて、気付かれない様に押し入れで泣いた日もありました。もしかしたらバレてたかもしれませんけど」
「だけどここに来て川で遊んだり、星空や蛍の光の中にいると何だか小さなことの様にも思えて。学校に行くとやっぱり憂鬱な気分に戻っちゃうんですけど」
「だから耐え切れないときにはお父さんとお母さんにここに連れてきてもらって、現実から目を逸らすためにここに逃げてたんです」
「……でも、ここを逃げ場所にするのは終わりです。私はギタリストとして結束バンドを最高のバンドにするって、そして」
「虹夏ちゃんの夢を叶えるって、決めたから」
「ぼっちちゃん……」
「だ、だから、ここをもう逃げ場所としてじゃなく大切な場所として皆に遊びに来てほしいって思ったんです。でも、最初は虹夏ちゃんだけに来てほしくて……」
「私だけ?」
「はい。虹夏ちゃんは私を見つけてくれた人だから。私の人生を変えてくれた、一番大切な人だから。だから、虹夏ちゃんだけ今回は呼んだんです」
一番、大切な人。その言葉に顔が熱くなる。胸がどんどん高鳴っていく。それってどういう意味で言ってるの? 友達? 恩人? それとも、私と同じ……。
「な、なんて言ってもライブ前になるといつも逃げようとする奴が何言ってんだって感じですけど。ギターもいまだにバンドだと上手く合わせられないし……。み、身の知らずですみません……!」
「……うぅん、そんなことないとないよ」
顔が崩れていくぼっちちゃんの手を握る。
だってぼっちちゃんはいつだってどんな困難だって頑張って乗り越えてきたから。いつも逃げたそうにはするけど、最後には必ず逃げずに向き合える強い人だって知ってる。
「ぼっちちゃんは人一倍怖がりかもしれないけど、誰よりも勇気を持ってる。そんなぼっちちゃんにいつも助けられてるよ」
「虹夏ちゃん……」
「カッコ悪いところも多いけどさ、でもやっぱり私の一番かっこいいギタリストはぼっちちゃんだから。リードギターを弾くのは、一番かっこいい人が良いんだ」
リードギター。私が一番カッコいいって思えるポジション。かつてお姉ちゃんが、ヒーローが担っていたポジション。
私にとってリードギターは特別なポジションだから、今も昔も私の最高のヒーローに担っていてほしい。
「ぼっちちゃんはずっとひとりぼっちで頑張ってきて、ずっと辛かったと思う。でもちょっと酷い事言うと、良かったなって思うんだ。だって」
「ぼっちちゃんを見つけるのは私でいたいから。ぼっちちゃんを見つけるのは、私じゃないと嫌だから。これから先も、ぼっちちゃんが蛍みたいに小さくしか光れないとしても、私が必ず見つけるよ」
まぁ絶対に離したりしないけどね、とぼっちちゃんに笑いかける。
「……私、今ならハッキリ言えるんです。私は『誰か』に見つけてほしかったんじゃない。虹夏ちゃんに、虹夏ちゃんだけに、ずっと見つけて欲しかったんだって」
「うん」
「虹夏ちゃん」
「うん」
「……虹夏ちゃん」
「好きです」
「……はい」
「これから先結束バンドを続けて、夢を叶えて、活動を終えても、ずっとずっと、虹夏ちゃんといたいです。虹夏ちゃんの一番隣に、ずっと……」
全ての言葉を伝えてくれたぼっちちゃんが今にも泣き出しそうな瞳で、真っ直ぐに私を見つめる。
……バンド内恋愛は解散理由として真っ先にあげられる最も大きく拗れる問題だ。リーダーとして考えればこの告白を受けるべきじゃないなんて考えなくても分かる。
恋人にならなくてもきっとぼっちちゃんは私達から離れたりなんかしない。分かってる。
……だから何だと言うのだ。こちとらライブ直前に逃げ出すギタボ、メンバー間で不和を生み出しかねないのに金を借りまくるベーシストがいるのに揺るぎもしてないんだぞ。今更問題が一つ増えるくらいどうしたっていうんだ。
それに私もぼっちちゃんもどうしようもないくらいに結束バンドを大切に想ってる。きっと私達なら大丈夫、なんて子供の考えかもしれない。それでも私達は夢見がちなロッカーだから、一番最高の結末を目指していきたい。
だからもう、私の答えは決まってる。
「ぼっちちゃん」
「あ……」
繋いでいたぼっちちゃんの手を軽く引っ張って引き寄せて、ぼっちちゃんの頬へと手を添えた。
「ぼっちちゃん言ってたよね。私に手を引かれると幸せをくれるって。このまま続けたら、ぼっちちゃんは幸せ……?」
「……はい。きっと、これ以上ないくらい幸せだと思います」
「そっか……。ねぇ、ぼっちちゃん」
「はい」
「私も、好き。ぼっちちゃんが好き」
「……はい!」
「大好き。ぼっちちゃん」
必死にこらえていたぼっちちゃんの目から大粒の涙が零れ落ちる。本当に泣き虫だなぁぼっちちゃんは。私もきっと今、人の事言えない顔してるんだろうけど。
そして満天の星空と煌めく蛍たちの光の中、私たちはキスをした。