「……ふむ、相変わらず興味深いな。」
黄色く光っているであろうこの“眼”で見るのは、我らよりも遥かに進んだ文明を持つ“別世界”の者たち。
まるで山の様な建造物たちに、天に届く高き塔。人では追いつけぬ速度で走る鉄の箱に、空飛ぶ鉄の存在。そして数え切れぬほどの人々。彼らの文字を解するようになってから、より強く理解できる圧倒的な文明の差。もし彼らがこの世界にいるとなれば、何故この世界をその手中に収めていないのかと疑問に思うほど、飛び抜けている。
確かに彼らの生活を眺め始めた当初はこの星のどこかで彼らが生活しているのだと思っていたのだが……、こちらの世界では一般的な“魔物”の姿を一切確認できず、同時にあちら風に言うと“魔法”という存在は我らにとって実在するもの。明らかに世界の法則が異なっている。
まぁこの“眼”で学校と呼ばれる学びを得る場所を覗いた時、我らに近しい文明を持つ者たちが数百、数千年前に存在していたことが幼子たちに教えられていた。もしかすれば我らより未来の存在なのかもしれないが……。まぁどちらにせよ私が見ている彼らの世界は、別世界なのだろう。
(私の眼は、他の者と同じように目の前の存在を知覚することが出来る。だが同時に“彼ら”の世界、別世界も見ることは出来るのだ。)
生まれながらに持つ特別な“眼”。名を『精霊眼』。
我らに苦難を与えたり、力を貸してくれる存在である精霊からの贈り物。我が部族は基本的に翡翠の様な透き通った眼を持つ者が多いのだが、我が目は輝くような黄色。伝承によれば通常の精霊眼は精霊の姿がただ見えるようになるだけの力のようだが……。私はそんなもの、見たことがない。
代わりに見えるのは、彼らの世界。日本という場所を眺めることが出来というわけだ。
この力を自力で抑えるようになれるまでは流石に苦労した。何せこの眼は常に二つの世界の情報を脳に送り込んでくるのだ。眼の前にあるこの世界と、彼らの世界。幼き頃はよく、どちらが私の肉体のある世界なのか解らなくなってしまい、周りからすればかなり可笑しな発言や行動を繰り返してしまっていた。非常に気味の悪い娘だったであろう。
二つの視覚情報を処理するためか脳の処理速度が他に比べ格段に上がったこと、この世界ではどう足掻いても手に入れられない様な知識を得れたことは確かに行幸ではあるのだが……。自身が族長の娘でもなければ狩りの囮にでも使われていたに違いない。
(……いや、精霊眼である事は確かなのだから、今より少し立場が違う程度か?)
我が部族というか、この一帯。広く続く“草原”に住む者たちは皆“精霊”を信仰している。
解り易く言うのならば、八百万神の考え方が当てはまるだろう。様々な存在に、精霊が宿り我らを見守っているという考え方だ。『精霊眼』はいわばその神々からの祝福。眼を持つ存在はそうそういないそうだが、伝承は広く伝わっており“精霊を見ることが出来る眼”という情報は広く伝わっている。
それに、私が見る世界は私にしか解らないのだ。おかしなものを見ており、周囲とは違った発言をしようと、それは精霊が見えているからという理由付けが出来てしまう。
家から放り出される可能性はあっても、代わりに祈祷師の家に入ったり、巫女としてまつられるという良い意味での放逐だっただろう。……ふふ、少々日本の常識に引っ張られ過ぎたようだな。
「次期族長であるならば、“利用”する程度に止めておかなければ。我らと“彼ら”は別物。文明人と、ちょうどいい言葉を探すのならば……、蛮族かな? 全く違う存在なのだから。」
広大な草原に住む我らの家は、布を張り合わせた程度のもの。家畜はいれど大規模な農業が出来るほど土地は富んでおらず、製鉄の技術も限界がある。服も彼らの様な彩り豊かで柔らかなものでなく、毛皮を鞣し角や牙で装飾するといった有様。一応独自の文字も保有してはいるが、全くもって洗練されていない。原始の生活に少々羽が生えた程度。これを蛮族と言わねば何という、というありさまだ。
ま、それでも愛すべき同族であり、一族だ。
まだ父の時代ではあるが……、代替わりの後は、正しい方向に導かねばならん。
私には一つの“正解”が見えている。私たちが過ごしているような現状を遥か過去の者とした“彼ら”の姿が。私一代でたどり着くことは到底不可能だろうが、それへと続く礎を作ることはまだ何とかなるはずだ。“精霊”という存在がいる限り終着点があの世界と同じものになる可能性は酷く小さいが、それでも指標にはなる。
これを達成するには、三桁にも満たない今の我が部族では限界がある。故に人手を増やすためにまずはこの草原を統一せねばなるまい。そして次は資源に限りがあるこの草原以外にも生活圏を伸ばさねばなるまい。人の歴史とは、“拡大”だ。理性と計画に基づき、人口と民意。そして精霊の導きの元ですべてを為すことが求められている。
「族長の娘、そして次期族長として力を示せど。長としての役目を全うできないのであれば人は付いてこない。そして精霊をないがしろにすれば、災いが続き部族は滅びる。双方ともに最上を保ち続け……、小目標は我が部族の完全な統一。大目標をこの草原の統一とするか、なッ!」
そう言いながら、地面に斧を叩きつける。
この辺りで見つけた一番重い石に棒を括りつけただけの簡易な斧ではあるが……、トレーニングには最適だろう? 次期族長の特権として用意された家で毎朝行う鍛錬、“彼ら”の世界から得た知識を持って肉体を鍛えながら、同時に“眼”を駆使し彼らの知識を得る。モーニングルーティンと言う奴だ。
「まぁたまに彼らの娯楽、映画やドラマとかを見てしまう日もあるが……。面白過ぎるのがいかんのだ。ここは娯楽が少なすぎる。」
そう言いながら叩きつけた斧を持ち上げ、もう一度振るい始める。
我が部族は、その戦闘能力によって長が決まる。いわば一番強いものが頂点に立つのだ。毎年精霊に捧げる祭を行い、その最後に村の中で一番強いものが、その時の族長に挑む権利が与えられる。そして族長を打ち倒した者が、次の長になるというシステムになっている。
父には子が二人しかおらず、両方とも女。そして死した母を強く愛していたのか、珍しく後妻を取る事はしないようで、必然的にその血筋は私と妹だけになってしまった。兄か弟でもいれば父の跡継ぎの役目を任せていたのかもしれんが……。妹は母に似たのか少々気弱だ。殴る蹴るの様な事が出来るとは思わぬ故、私が跡継ぎとして動く必要があった。
して、それ相応に鍛える必要があったのだが……、せっかく進んだ世界の知識があるのだ。さらに父が族長と言うことで多少の無茶も効くし、まだ若いと言うことで振られる仕事も多くない。科学に基づいたトレーニング、というのか? それを実践し挑んでみるには良い機会だった。
「3年ほどそれを続け、まぁ力試しにと先の祭りで挑んでみれば……。結果は快勝。男衆全員を伸してしまい、父にも勝ててしまうのだから、面白いものだ。」
この環境ではできないことも多くあったが、体の鍛え方だけでなく、体を作る食事についての知識、更に戦い方の知識にまで“彼ら”は精通し蓄積している。それを読み解きこの身に落とし込み、祭で実戦してみれば、勝ってしまったという感じだ。
まぁよくよく考えてみれば、あの世界には“精霊”がおらず、我らがいう所の“精霊術”。『魔法』を扱えるものがいない。おそらく肉体の成長速度や成長限界なども違うのだろう。おそらくこの世界における最適なトレーニングではないのだろうが……、何の学もなくただ棒切れを振り回しているような奴らと比べれば、私の方が幾分か上だった、と言うことなのだろう。
とまぁそのような経緯で私は族長になったのだが、幾ら進んだ知識を持とうとまだ若く経験が薄いというのも確か。故にすぐに長になるのではなく、父から教えを受けながら長としての心構えを整えていくという形になった。故に、次期族長というわけだな。
(対外的な場や、儀式などでは私が族長として振舞うが、主な業務は父が行い、私はその補助をしながら学びを深める。こういうのを摂政というのか? まぁそんな感じだ。)
けれどこの体制、いや正確に言うと“女”と言うことが少々足を引っ張っている。
我が部族は男が食料を狩猟などによって手に入れ、家を女が見るという手法をとっている。まぁ家畜や簡単な農業などの管理は男女ともに行うのだが、男と女を比べた時、比較的男の方が力が強いため、このような役割分担になっているのだ。無論戦でも、男が前に立って戦う。
つまり強者とは男であり、族長の仕事は男のものなのだ。
勿論女の身である私でも、一部の男衆の支持は集めているし、歯向かう奴は片っ端から沈めているので表面上は落ち着いている。けれどまだ反発している男衆が消えたわけではない上、女衆からの支持を完全に集めきれているわけでもない。
精霊の元で族長を決めた以上、表立って何かして来るとは思えないが……。
(今後大目標である草原の統一のため、外部と接触を増やせば自然と私がこの地から離れる時が増えるだろう。そんな時に反乱でも起こされれば、面倒極まりない。それに、同じ部族内での殺し合いは他部族に狙われる隙となるだろう。)
比較的穏便な手で確実に皆からの信頼を勝ち取らねばならぬわけであるが……。
「どこか攻めてきてくれないものだろうか? 防衛戦で圧倒的な戦果を挙げればまぁ信頼は稼げるのだが……。いや、幾ら今は敵対していると言えど、後のマンパワーを削るのはよろしくない、か。味方への被害も出ないとは言い切れぬしな。」
そんなことを考えながら、少しだけ胸にかけているメダリオンを触る。
これが我らの、族長の証。
詳しいことは解らないが、おそらく青銅で作られたのだろう金色に光る掌より少し大きなメダル。我らの部族では再現不可能なほど細かな装飾が掘られたこれは、“精霊手”と呼ばれる品。まぁ簡単に言うと魔道具だな。精神力を消費し、様々な効能を所有者に与えてくれる。
このメダリオンの効果は単純で、身体能力の大幅な強化。力でリーダーを決めようとする野蛮な我らにはぴったりの品だろう。父を含め過去の族長たちが受け継いできた品。恥じぬようにせねば。
「っと、そろそろか。」
いつもと同じだけ斧を振るった後、それを軽く放り投げ汗を拭う。一度あの世界の無駄に柔らかそうなタオルというものを触ってみたいものだが……。ここには獣や魔物の毛皮しかない。それで軽く拭った後、族長として恥じないよう身支度を済ませ、自身の本来の武器である骨と粗い鉄によって作られた斧を背負いながら、家を出る。
出入り口である幕を捲った瞬間。火照った体を優しく包み込むのは、心地よい冷たさの風。他の者たちも起きてきたようで、私同様家から出て来た者や、すでに作業を始めている者、また一晩中見張りをしていた者たちが家に帰っていく姿も見える。普段通りの、我が部族の光景だ。
「さ、私も彼ら同様気張るとしようか。確か今日は父の元で……。」
そう考えながら私の実家、父の家の方を眺めてみれば、何か人だかりができている。そしてこちらに向かって、大急ぎで走ってくる既知の顔。戦士の一族の生まれで、私の傍付きをやっているような男が強く慌てた顔で私の元へ。
「え、エシャナ様! 姫様!」
「どうしたギー。何かあったのか?」
「ぞ、族長様が! お父君が亡くなられたのこと!!!」
「……誠か?」
父が、死んだ?
◇◆◇◆◇
聖暦428年、大陸北西部にあるヌプト草原にて一人の姫が生まれる。
後にその草原のみならず、大陸の約7割をその手中に収めた『エシャナ・ハル・ガルム』の誕生だ。
私達の長い歴史から見てもこれほど広大な面積をその支配下と置いた国家は彼女の帝国以外存在せず、それを一代で成したとなれば当時どれだけ強大な存在であったか、と言うことが伺える。
約1600年程前と言うこともあり、現存している記録の少なさからこれまでの学説では、彼女は暴君であったというものが多かった。これは彼女の死後、徐々に分裂していった『帝国』の後に成立した国家。聖暦600年代に成立した国家の多くが自身たちの“正統性”を確保するために、事実と異なった記録や偏見に満ちた記録が残されていたことが理由と考えられている。
それまでの国家を破壊した彼女へ恨みや、彼女が率いていた部族への嫌悪感。そしてその後も続く排外主義などが彼女の評価と正確な歴史を歪ませていたのだ。故に彼女は教会の手によって正式に皇帝へと即位したのにも関わらず長年その位で呼ばれず、蔑みをもって『蛮族姫』と呼ばれていた。
近年までエシャナ・ハル・ガルムへの評価は“典型的な暴君”だったのだ。
けれど現代となり発掘技術の向上や、ヌプト草原にて未だ続く彼女を祖とした者たちの協力もあり、この学説は根本から覆されることになる。
「これまで私たちは、彼女のことを誤解していたのです。『人を生きたまま喰らい、その死にざまを楽しみ、人々を恐怖に陥れた蛮族の女王』という後に作られた“創作”に踊らされていました。事実、記録を読み取り精査していくとこの“創作の始まり”は全て7世紀に集約しており、彼女が君臨していた5世紀、そしてその後の分裂の時代である6世紀の記録にはその功績を認めるものが多く残っています」
ハンミルト大学のアドリアゴート教授は、そう語る。
教授によると7世紀に起こった国家群はそれまでの帝国への反発によって成立した経緯から、帝国への批判を行う必要があったと考えらえるとのこと。けれど多くの国家が彼女が起こした帝国と同じ法や制度を使用している。
これは偏に彼女が定めた制度が現代の観点から見ても非常に優れていることが理由である。これまでは彼女が草原を出てその支配圏を大きくしていった時代に雇ったブレインたちによって考案されたと考えられていたが、そうではない。彼女は自身の始まりであるヌプト草原にいたころから同様の制度を考案しており、またさまざまな文化や価値観に合わすことが出来るようにいくつもの派生が考えられていたことが、彼女の手記から明らかになっている。
エシャナ・ハル・ガルムは暴君ではなく名君。
それも驚異的な頭脳を持つ賢君だったのではないか、というのが最近の学説だ。
「そもそも彼女は在位から62年間。自身の帝国を拡大、そして維持しています。後継者を最後まで指名できなかったのが唯一の汚点であり、その後帝国を長期間維持することのできなかった理由ではありますが……。この長期間在位し続けるには、決して恐怖で支配するような暴君にはできません」
彼女の死後に起きた、その血族や配下たちによる権力闘争。
彼女が独身を貫き子がいなかったことから発生したそれは、一代で広げたその巨大な版図を大きく分割することになってしまう。同時に複数の皇帝が在位するという混乱状態。その皇帝の中にはこれまでの彼女の“暴君”のイメージに等しい皇帝がおり、暴力と恐怖によって支配していたようだが、10年経たずして反乱を抑えきれなくなり崩壊している。このことから教授は、より大きな版図を恐怖で抑えることは決して不可能だったと述べる。
これらの事実が判明したのは彼女本人の手記や、当時彼女のお抱えであった記録番の書が、彼女を祖とする者たちから公開されたのが原因であるのだが……。近年になってそれがようやく行われたのには、理由がある。
「確かに、情報化社会によりやり取りなどが高速化したことも理由の一つです。けれど偏に、彼女が遺した手記や記録を現代まで誰も読むことが出来なかったのが理由でしょう。」
エシャナ・ハル・ガルムを祖とする一族、彼らが済むヌプト草原から『ヌプト族』と呼ばれる彼らは、当時2種類の言語を保有していたと教授は語る。一つは現在彼らが使用しているヌプト語で、もう片方は身分が高いものをが使用していたという失われてしまった『精霊語』である。
彼らの記録によると10世紀にはすでに使い手が居なくなってしまったと残されている言語であったのだが、彼らの秘宝を保管する者たちが代替わりしたことで、事態が動き始めたのだ。
ヌプト族の一部は当時の皇帝、エシャナ・ハル・ガルムが崩御する直前の命により自分たちの故郷である草原に帰還していたのだが、7世紀ごろに起こった国家たちによってその迫害が強化されたことで、彼らは完全に外界との交流を断つようになってしまう。
「彼女は故郷に帰るように指示した者たちへに向けて、多くの指示書を残していました。長い歴史の中でその指示は風習と化し、彼らが精霊語を失った後も続きます。おそらく口伝で伝え続けたのでしょう、多少内容が違うこともあったようですが、彼らが持つ風習の多くが、彼女の指示書によるものだったそうです。」
博士によると外部の情報や技術を入手するため、部族の中で有能な若者たちがその出身を隠し、数年間外界に飛び出るという風習が今でも残っているという。科学技術の発展により彼らが自分たちを秘匿することや、より世界が広まったことと時間の経過によりヌプト族への差別意識が薄れたことから、半ば留学になっているそうだが……。
そんな彼らの風習が、自分たちが失ってしまったものを取り戻す要因となったのだ。
「秋津洲、東洋の島国ですね。そちらに留学していたフゥウ・ハル・ガザグさんが、精霊語と秋津洲語がほぼ同じだと言うことに気が付いたのです。」
これがきっかけとなり、ヌプト族の中で精霊語を復活させる動きと自分たちの祖について更なる理解を得るため全世界に公開されたそれは、大きな衝撃を生み出した。
「何せ“現代の秋津洲語”として理解できる言語、ほぼ同一と考えられ居ているのが、“精霊語”です。確かに歴史の古い秋津洲ですし、大陸の西部に向かって定期的に使節団を送っていたことは確認できています。ヌプト草原と秋津洲の距離は非常に遠く、言語や文化が伝わる可能性は非常に低いですが、不可能ではありません。ですがそうであれば、“当時の秋津洲語”に成るはずです。そして恐ろしいことに……、彼女は“今の世界”について多くの予想を残し、的中させているのです。」
教授はこれを、今世紀最大の謎と称しており、現在もその解明に向かって動いている。
今回はそんな謎多き存在、『蛮族姫』エシャナ・ハル・ガルムの人生を、振り返っていく。
彼女の人生が大きく動き出すのは、生れ落ちてから12年後。
まだ一つの村の、一つの部族。その部族長の長女でしかなかった時のこと。父であるリヌバ・ハル・ガルムが彼の兄、彼女の伯父によって暗殺されてしまったところから、始まる。