父の肉体が火によって焼かれることで魂が真に肉体から離れ、精霊へ。そして焼き尽くされ灰となった父の体を草原へと祈祷師たちが撒くことで、肉体をこの大地へと返した。これにより葬儀が終わり、我らは今日を生きるために動かなければならなくなった。
本来であればすぐに族長としての仕事を始めなければいけないのだろうが、それよりも先に祈祷師たちの長。“祈祷頭”に声を掛け、礼を言う。
「済まぬな、祈祷頭。」
「キキ! いえいえ、姫様のためならば。」
「もう族長だぞ? ふふ、まぁまだ頼りないことは確かだがな。」
この男らしくない丁寧な礼を返しながら、そう言われる。彼なりの気遣いに感謝しながら、共に彼らの家。祈祷師たちの家に向かって足を進めた。
私が声を掛けたのは、祈祷頭。我らの部族に置いて“精霊”たちの専門家である祈祷師。その頂点に立つ男だ。初めてあった時から特徴的な話し方に、大きな角が目立つヤギの頭蓋の被り物。一度見たら忘れられない顔をしている。まぁ被り物のせいで素顔を見たことはないのだが……。
「にしても、今日も多くの精霊を引き連れている。私には存在を感じるしか出来ませぬが……、父君や母君もいらっしゃるので?」
「……いや、今は妹の元にいる。親の愛が必要なのは、私よりも奴故な。」
「キキ、でしたか。」
私の眼では、精霊を見ることはできない。故にそうあって欲しいと願いながら、言葉を紡ぐ。
祈祷師としての正装であり、常にかぶり続けているそのヤギの頭蓋の被り物のせいで一切の表情が見えないし、喋り方もまぁアレだ。けれど父も頼りにしていた男だし、有能で気遣いも出来る男。たまに我らの価値観でもヤバいことをしている時もあるが……、問題はない。何より、以前から私への支持を明確にしてくれている者である。
……祈祷師とは、解り易く言うとすれば魔法詠唱者。精霊の力を使い様々な事象を現世に呼び起こすことを生業としており、儀式を司る事から我ら部族に伝わる伝承などを後世に残す仕事もしている。実際に戦えば精霊の力を借りようとも私の方が強いだろうが、その立場と精霊に近しい存在ゆえに、確実にその支持を押さえておくべき相手。
彼が普段通りの姿を見せてくれることに酷く安堵しながら、彼らの家へと入っていく。
「にしても……、お前たちの家は常に煙いな。今日は何を焚いている?」
「えぇえぇ。煙を焚くのが我らの仕事ですからな。今はちょうど、心を落ち着ける効能がある草を少し。そしてお父君のために更なる祈祷の準備をさせておったところですとも。」
「そうか……、気遣い感謝する。父も喜ぶだろう。」
そう言いながら軽く指を差す彼。私には解らないことだが、何かの草と花を磨り潰し、乾燥させたものに火を付けている他の祈祷師たち。私も妹もこの薬臭いというか、煙の臭いが染みついたこの家はあまり好みではないのだが……。そこで仕事をしているのが彼らだ。あまり悪く言ってはダメだな。
父のためまだ祈りを捧げてくれるという彼らに礼を示しながら、話を切り込む。
「……して、妹は?」
「キキキ、万全ですとも。娘婿の実家の方に入らせ、祈祷の装を。顔を隠しながらここに連れてくる予定ですな。何、同じ年ごろの娘に妹君の服を着せ、顔を隠しながら走らせる故に。姫様が考えられる最悪は起きませぬとも。」
「そう、か。」
「もし不埒者がここに入って来たとしても、祈祷の装を纏っている以上、妹君は祈祷師。その作業を邪魔すると言うことは、精霊への侮辱。少々我らの怒りをその身で受けてもらうだけです。あぁそう言えば、少し面白い薬草を見つけたのですよ。その実験台に……」
「派閥は違えど我が部族だぞ? 程々にしてやってくれ。……感謝する。」
祈祷頭に、そう言いながら頭を下げて頼む。変な笑い声を上げながらすぐに止められてしまったが、面倒を掛けていることには変わりない。
伯父が父の家から出た後。妹を利用されるのを避けるため、私は奴に3つのことを頼んだ。『父の使っていた杯と酒瓶』を隠しながら祈祷頭の元まで走ること、そしてその際に皆に聞こえるよう私を罵倒しながら走ること。そして私の許可が出るまで、人目のあるところでは決して顔を合わせず、距離を取ること。
私もまだ若いが、妹。マドゥナはもっと若い。それに私のように“彼ら”の世界を見て学びを深めることもできない。言ってみれば一般的な我らの子供と同じなのだ。父の娘で、数少ない若い女。子供を産ませるなどの利用価値がある以上、その命を取られることはないだろうが……。政治的に利用される可能性は大いにある。そして同時に、私の大きな弱点にも成り得るのだ。
(証拠となる可能性がある“杯”を持たせ、比較的安全な祈祷師たちの元で匿ってもらう。伯父であろうと、精霊の怒りを買うのは怖い筈だ。祈祷師の元で祈りを捧げる者に対し、何かするとは考えられん。)
それに、祈祷師は様々な知識を保有している。“検分”に関しては薬師、あの者の一族に任せても良かったが……。アレは祈祷師の一族から分裂した者たちだ。そして精霊ではなく薬、医学に向けて知識を深めることを決めたため、精霊よりも人に近い。つまり伯父に手を出され証拠品の奪取や、人質などで懐柔される可能性があった。
その危険性がなく、信頼でき、伯父の邪魔が入る可能性も低い。故にこの者に頼んだのだが……、無事想定通りの動きをしてくれたようだ。
「あぁそうそう。妹君が持ち込んだ杯ですが、もうしばらくお待ちを。我は祈祷に重きを置いていた故に、精神を高揚させる毒は知っていても、殺す毒に関しては理解が薄いですからな。」
「そうか……、となると“婆”とルュカか?」
「えぇえぇ、姫様と仲の良い我が娘と母に任せておりますとも。判明次第“精霊眼”の案件としてお呼び出し致す故にもうしばらく。……あぁそれともし真に毒だった場合、使い方次第ではより精霊を感じれるやも。余りましたら勝手に使っても? キキキ!」
「構わぬが程々にな。……少し確認したいことがある、これは族長として、だ。」
「キキ、この祈祷頭に何なりと。」
佇まいをただし、しっかりとこちらを向いてくれる彼に軽く頭を下げ礼をしながら、思考を廻す。
この者が“毒”と言ったように、父が殺されたとなれば、あの酒瓶と杯。どちらかに毒が塗られていた可能性が高い。私も薬師も父の体を見たが、何一つ異常を見受けられなかった。つまり外傷による死亡ではなく、内部への攻撃。そして普段の食事に毒を盛られたのであれば、妹もやられてしまってもおかしくはない。父だけが飲む可能性があった、あの酒が、一番怪しいのだ。
この思考を纏めるために、彼へと話す。
「父の死因は、毒ではないかと考えている。あの杯や酒瓶を持ち込ませたのもそれが理由だ。」
「えぇえぇ、理解しております。運悪く酒は全て飲みつくされていましたが……、その跡は必ず器の表面に残ります故に。我らが元に運ばれたのは間違いありませぬとも。」
あぁ、お前たちであればそうだろう。必要なものがあればすぐに言え。時間は敵だ。時が経つほどにおそらく伯父は私の影響力を削ってくるだろう。……アレは、そういう目をしていた。だからこそ、私は疑っている。
「私は、奴。伯父が我が父を殺したのではないかと考えている。動機はあるし、動きから見ても父の座に収まろうとしているのが見えた。私をお飾りとし、実質的な“長”の位置についてもおかしくはないだろう。」
100歩譲って、もしそれが我ら部族にとって最善であるのならば、私は受け入れよう。父の死に、私や妹の生まれた意味に、理由など要らずただ飼い殺されることが部族のためならば、受け入れよう。それが長としての役割ならば、だ。けれどそれを選ぶのは、かなりのリスクを孕んでいる。
我らは“精霊”の元で祭りを行い、長を決めているのだ。形式的には長であっても、実質的な長が伯父に移れば……、祭りで決めた精霊との契りを、反故にすることになる。
「……これは、精霊の怒りに触れるか?」
「触れるでしょうなァ。何せ実質的な“長”でも、長は長です。精霊たちからすれば単なる裏切り。我らが全力でその怒りを収めるために祈祷を行い、そしてかの方が類を見ない善政を敷けば、何とか均等が取れると言ったところでしょうな。キキ。」
「やはり、か。」
精霊とは“自然”に近い存在だ。ある程度の物事であれば、祈祷頭が言ったように人の営みとして処理され、祈祷によってその怒りを収めることが出来る可能性が高い。けれど……、自身の“欲”の為に親族を殺す様な男が、精霊が満足するような善政を敷くことが出来るだろうか? 正直、そのビジョンが見えん。
つまり私が奴を殺し切ることが出来なければ、我が部族は終わる。
「病の流行、大地の揺れ、対処できぬ大雨、耐えきれぬ突風、四面楚歌な状況、他にも色々起きそうですなァ。……ま、姫様が“伯父上を殺した”となれば何があろうとも親族殺し。たとえ相手が罪人であろうとも、それは人の価値観。精霊からすれば変わりませぬ。故にそれ相応の善政が求められますが……、キキキ! できますかな?」
「もとよりそのつもりしかない。だからこそ何か間違えそうになればすぐに止めよ、祈祷頭。それと、その後の祈祷は任せるぞ。」
「御意に。」
……さて、彼に妹のことを任せた以上。あまり長期間ここにいれば隠した意味がなくなってしまうだろう。いずれバレるだろうが、あえて早める必要もない。この程度の会話であれば葬儀を執り行った祈祷頭への礼と言うことで済ませることが出来るだろうが、長引けば怪しまれる。
そろそろ父の家に戻り、遺品の整理や持っていた業務の受け継ぎなどをせねばならん。
「では、そろそろ父の家に戻る。」
「キキ、ではそこまで……。おや?」
そう思い、彼らの家から出ようとした時。同時に駆け込んでくる細身の男。この者は確か、狩猟を生業とする一族の、確かブゥとかいったか? どうやら私を探していたようで、その顔に酷く動揺が浮かんでいる。厄介ごとか、一旦伯父のことは忘れ早急に対処する必要がありそうだ。
「姫さ! あ、えっと! 族長様!」
「どうした?」
「西の方にデカい魔物の姿が! 群れで!」
西……、家畜狙いか。方角的と群れでの行動、角狼。
「すぐに皆を呼び集めヤギと羊たちを村の中央に集めさせろ! 祈祷頭! お前は村を守れ! 私は戦士たちを連れ前に出る!」
「キキ、かしこまり。あぁ、骨は祈祷以外にも使えるので割らぬようにお願いしますぞ。」
「できたらな!」
◇◆◇◆◇
我らが済む草原は、農業には向かぬが、畜産には最適だ。何せ草だけは大量に生えてくるからな。ヤギと羊。色々と技術がまだ足りていない上に、品種改良も出来ていない。そのため“彼らの世界”に比べればみすぼらしいものだが、日々の生活を助けてくれる者たちだ。
だからこそ、守らねばならん。
祈祷頭は魔法詠唱者、あまり戦闘は好まぬようだが十分に戦える人間だ。同時にその配下にいる祈祷師たちも時間稼ぎくらいは出来るだろう。家畜と女衆、そして一部の戦えない者たちを村の中央に集め、防衛させる。
そして前に出て獣の排除、もしくは撃退を行うのが、我らだ。
祈祷師たちの家から飛び出した瞬間、メダリオンを起動する。
この身を循環し続ける何かの力、首に掛けられた紐を通して、このメダルを肉体の一部であるかのように感じながら、力をねじ込んでいく。するとメダルに彫り込まれた装飾が外側から徐々に黄色く光始め、増強されたのであろう力が、巡る様にこの身に送り返されていく。徐々に向上していく力量。急激に体が軽くなっていくのを感じ、全能感に近い感覚を、覚える。
けれど今必要なのは、肉体の強化ではない。意識を呼吸器の周辺に向け、力をよりそちらに回す。
(単なる全身の強化ではなく、声量。それを底上げするッ!)
胸から喉に掛けてより力が集まってくるのを感じながら、大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「戦士たちよ! 西に集まれッ!!!」
村全体に響き渡る、私の声。我らが抱える純粋な戦士は20名程。常に鍛錬や村周辺の警護に当たっているが故に、分散している。私一人でも角狼程度であれば撃退こそ可能だが、確実に後ろに何匹か送ってしまうだろう。それを避け確実に相手を撃破するために、奴らを呼ぶ。
そして同時に、メダリオンが流してくれる力を再度分散させ、全身に。全力で地面を蹴りつけ、西へと向かう。
「避難は……、ッ! あまり進んではないか! そこの! 私が時間を稼ぐ! すぐに家畜を連れ下がれ!」
「は、はい!」
急なことだったのだろう、対応が遅れている村の者たちにそう叫びながら、より西へと進む。そして見えてくるのは、一斉に走ってくる狼の群れ。軽快に走りながら、こちらに向かって来ている。距離が離れているせいで小さく見えるが、あの角狼は普通に体高は人よりも高い。我らの家畜など一飲みだ。
けれど奴らが主な狩場とするエリアから我らの村はある程度離れている。家畜に草を食わすために村の場所を変えることがあるのが我らだが、その場所の選定はかなりの時間を掛け調査を行っている。故に奴らの狩り場がこちらに伸びたとしても接触しない位置を選んだはずなのだが……。
(何か変わったのか?)
家畜たちが離されていたエリアの外縁。そこに辿り着いたことで一旦足を止め、息を整え始める。少しすれば村の中央へと逃げていく家畜たちと入れ替わるように、我が部族の戦士たちが各々の武器を持って到着し始めた。うむ、迅速で結構。
「姫様、ここに。」
「ん? お前もか? まぁよいが何れちゃんと長と認めてくれよ。」
「これは失礼を。」
私の傍付きであるギー、アイツの父親である戦士頭にそう返しながら狼たちに向き直る。まぁ戦士頭からすれば私など娘の様なものだろうからな。当分はずっと姫呼びだろう。“かの世界”風に言うのならばこいつは武人で忠義者。けれどその方向は父に向いている。伯父の陣営に寝返ることはないだろうが、真に長と認めてもらうにはそれ相応の業績がいるだろう。
……さて、正式な長の仕事としてはこれが初めてか。気合を入れて行かねばな。
「私はあの一番大きい角狼、奴らの長を正面から叩き潰す。そう時間はかからん、それまで他の狼共が後ろに行かぬようにだけ気を付けよ。すぐに援護に回ろう。」
「かしこまりました。」
「戦士たちの指揮は任せるぞ、戦士頭。あぁ、それとギー。予備は持ってきたか?」
「あ! はッ! ここに!」
一瞬言い淀んでしまったことで彼の父からとんでもない形相で視線を送られ、冷や汗をかいているギーから予備の武器を受け取る。これまでこの戦士たちとは何度か狩りや戦に出ているが、基本的に最初やることは同じだ。故にそれに必要な用意は、私の傍付きであり、戦士集にその身を置いているギーに任せている。
最初の方はまるっきり用意を忘れてこっぴどく戦士頭に怒られていたものだが……、まぁ少々時間が掛かるようだな。
そう考えながら受け取るのは、簡素な槍。我らにとって貴重な木材を削り、先端に尖らせた槍を縛り付けた即席の槍だ。“彼ら”の世界は凄いものでな? ただ槍を投げるだけという行為のためだけに数多くの求道者がいるのだ。我らからすれば馴染みがないスポーツという概念により、人々が数えきれない程の蓄積を為している。
つまりその知識を十全に扱えば、獣など簡単に屠れるということよ。
(ま、あれは飛距離を競うもの故、殺傷を目的とする私とは少々投げ方も違うが、なッ!!!)
メダリオンによって強化された全身から放たれる、一本の槍。即座に我らの視界から消えたソレは、先頭を走っていた狼たちが血煙と化すことでその存在を再度表す。ギー、今日は何本……。あぁ、そう言えば前の戦で結構使ってしまったものな。私の投擲に耐えられるものはそうそうないか。よい、残り一本だな。
彼から受け取ったものを再度投げ込み、狼を消し飛ばしておく。うむ、多少奴らが怯み速度が収まったな。後は叩くだけだ。
「では戦士たちよ、行こうか。」