「では戦士たちよ、行こうか。」
そう言った瞬間、メダリオンで全身を強化し、突っ込む。
戦士たちに指示を出すのは私の役目ではなく、戦士頭の役目だ。私の役目は先陣を切って敵を打ち破り、その士気を上げることのみ。といっても戦士頭が出す指示も攻撃か撤退か、どこから攻めるかなど簡単なものだけ。障害物のないこの草原では、数と個人の力がものを言うのだ。
無論、それを“彼ら”の知識でひっくり返すことも不可能ではない。だがおそらく、私がそれをすることはないだろう。
この者たちは“戦士”であり“兵士”ではない。誇りをもって敵を倒し、その戦いをもって我らの部族を助け、その戦果をもって精霊に捧げるのが仕事だ。私が持つ“彼ら”の知識を扱えばより簡単に、そして迅速にあの狼共を排除できるだろうが、それでは彼らの誇りを傷つけることになってしまう。戦士からすれば“自身の死”すらも精霊に捧げるモノであるからな。
最良ではないが、最善の手。それが先陣を切って進むという選択だ。
(まぁそもそも! こんな戦いで犠牲者を出すつもりはないが、なっ!)
大地を素足で駆け、狼共へと向かっていく。生い茂る草を踏みつける感覚と、自身で生み出していく風。人の力を越えた身体能力によって起こされる事象、それに少し心地よさを感じながらも眼前の存在から目を離さない。無論私だけでなく、相手にもこちらの姿が見えている。
その先頭集団を槍によって吹き飛ばし少し怯ませたはずだが、すでに立ち直っている。新しく先頭になった狼たちの眼に宿る戦意をこの身に受けながら、ようやく相対する。
「さぁ、勝負といこうか!」
私が上げた声よりも先に、騎馬と爪によって私の肉を割こうと、一斉に突っ込んでくる狼たち。けれど雑兵ごときに取れる程この命は軽くない。
口を開け飛び出してきた狼に向かい、自身の斧を振るう。
我らの技術ではその切り味を向上させることは難しいが、叩き込み、無理矢理切り裂く程度ならば、可能。開かれた口に合わせるように横に振るわれたソレは狼の体をたやすく両断し、その背後へと送る。真っ二つに両断された狼が、草原を血で汚しながら、その命を終えた。
けれど一歩機程度で足が止まる程奴らの“狩り”への意識は薄くない。遅れて飛び掛かってくる獣が数匹、ちょうど武器を持っていない手。しかも斧という視界を隠す面積が大きい武器の弱点を突き、私の視界に入らないように、向かって来る。
(よく訓練されているが……、甘い。)
死角から攻撃が来るなど、戦士が一番警戒していること。対処できない存在など、我が部族の戦士ではない。即座に狼に向かって空いた拳を上から叩き込み、その頭蓋を破壊。そしてその首根っこを掴み全力で振るうことで、即席の武器とする。
どんどんと襲い掛かってくる狼たちに、斧と拳。そして時たまつかみ取った狼を打ち付け投げつけることで、その数を減らしていく。
(あとは、長。……群れの頂点同士勝負と行こうか。)
獣の戦いに言葉どころか合図もいらない。それを証明するように、雑兵の狼たちの攻撃が病んだ瞬間、その合間を縫って飛び込んでくる巨大な影。雑兵たちと比べると一回りも二回りも大きいその巨体、肉体を構成するすべてが筋肉であると示すように、波の戦士では対応できないような速度で、突っ込んでくる。
一瞬だけ光る、鋭く尖った奴の口。
それを迎撃するように、斧を振るう。
「ッ! 止めるか!」
それまでの狼同様、開かれた口の向きに合わせ叩き込まれようとした私の斧。けれどあちらも味方が何度もやられていく姿を見せられれば理解するのだろう。全力で口を閉じることで、その斧を受け止められてしまう。そして同時に聞こえる、武器の軋む音。
(はッ! やはり武器が耐えられんか! 鍛冶頭にはまた怒られてしまうだろうが……、構わん!くれてやる!)
即座に方針を切り替え、行うのは跳躍。持っていた斧から手を離し叩き込むのは……、自身の膝。斧を咥えたその口を下から無理矢理閉じるように、叩き込む。
我らが生み出せる鉄は、脆い。だからこそ下から叩くことで、粉砕され、その破片が散らばる。そしてちらばったそれは口の中で猛威を振るうだろう。閉じた口から思わず悲鳴のような声を上げるボス狼。
「まだ終わらんぞ?」
そんな怯んだ隙を逃すほど、私は弱くない。即座にその頭へと手を掛け、奴の頭上へ。普段ならばその頭蓋を割ることで脳を破壊し終わらせるところだが……、祈祷頭からは骨を残せと言われている。武器の製造を手掛ける鍛冶頭に詰められることが先ほど確定してしまったのだ、追加で文句を言って来る奴を増やさぬためにもこいつぐらいは綺麗に仕留めておく必要があるだろう。
方針を変え、腰に収めていた骨のナイフを取り出し、奴の背に乗る。
不利な状況を悟った狼が暴れ始めるが、メダリオンによって強化された私が降り飛ばされるなど万に一つもない。自身の体よりも何倍も大きな狼だろうと、口を壊され冷静さを失ったのならば、ただの稚児。狩るのに何の問題も存在しない。
しっかりとその毛皮を掴み、その奥先、地肌を探す。狙うはその首元。
脳へ血を送るその血管目掛けて、ナイフを突き刺せばよい。
向きに気を付けながら、一刺し。そして内部をかき回し、骨以外の多くを、断ち切る。手に残る、命を奪った感覚。即座にその命を落とすことはない、けれど“首”を失った以上、もう出来ることなどない。
私の勝利だ。
(かなりスムーズに落とせた、な。……何の目的で我らを襲ったのかは知らぬが、お前たちの肉や皮、骨に至るまで余らず活用させてもらおう。それで、満足してくれ。)
私なりの弔いを脳内で呟きながら、その命を落そうとする獣の背を蹴り、地面へと足を下す。
少し周囲を伺えば、私の後に突貫した戦士たちがすでに狼との戦闘。殲滅戦を開始している。私が数を減らし、長を失ったことでもう“群れ”としての抵抗は不可能だろう。必要以上に殺す必要はないが、我らも日々の糧を得る必要がある。手加減はしないだろう。
「……さて、援護に回るとするか。」
“彼ら”流に言うなれば『窮鼠猫を噛む』だったか? 追い込まれた獣は強い、我が部族の戦士がそうそう攻撃を喰らうとは思わないが、この世に絶対などない。すでに勝利が決まった戦で怪我をするなどという不名誉を受ける者がいないように、少しぐらいは手を貸してやらねば。
まぁ獲物を横取りしてしまえば彼らの誇りを傷つけることになってしまう。十分に気を付けねばな。
◇◆◇◆◇
「っと、それで終わりか。」
「姫様、追撃致しますか?」
戦士の一人が狼の首を切り落としたことで、完全に狼共の士気が崩壊したのだろう。抵抗すらせずに、ただ生き延びるために逃げ出す彼ら。まぁ周囲を見渡せば血の川でも流れているのかと錯覚するほどに殺したからな。かなり大きな群れだったこともあり、思ったよりも時間を掛けてしまった。
「よい、逃げる者は追うな。多少この辺りのバランスが変化するだろうが、破壊したいわけではない。数を残すも必要、だろう?」
「えぇ、その通りかと。」
「親代わりをしようとしてるのだろうが、それは少々不器用ではないか戦士頭。」
そう言いながら彼に笑みを向ける。この戦士頭からは様々なことを教わった、父は族長としての仕事や妹の世話などで忙しかったからな。親代わり、というほどではないが良き教官であった。物覚えの悪いギーが真っ先に叩きのめされる故に『自分もあぁなりたくない』とがむしゃら学んだものよ。
族長になったことで浮かれて忘れてしまえば一体どんなことになるか……。ふふ、想像しただけで恐ろしい。
……まぁ、こいつなりの優しさ、なのだろう。戦士頭は自他ともに認める堅物だ。軽い冗談こそ言えるが、自分にも他人にも厳しい。父を失って悲しんでいるだろう教え子を励まそうとしても、一番望んでいるであろう父の代わりにはなれない。それをすればこれまで築いてきた教官と教え子の関係性が崩れる故な。
悲しみがないわけではない、だが今の私は族長。立ち止まる暇など最初から存在しないのだ。だが……、その心遣いは感謝して受け取っておくとしよう。
さて、族長としての仕事をせねばな。
「戦士たちよ! この私! エシャナ・ハル・ガルムが族長として初めて行った防衛戦、いや狩りは大成功だ! これもお前たちのおかげだ! 感謝する! さぁ勝鬨を上げよ! 村で待つ者たちにも聞こえるようにな!!!」
「「「オオオォォォォォォぉっ!!!」」」
響き渡る、男たちの声。戦や狩りが初めてなわけではないが……。この瞬間。誰も欠けずに迎えられたこの瞬間こそ素晴らしき時間よ。それに今回は角狼の肉と毛皮、そして角や骨までついてくる故な。先ほど葬儀をしたばかりではあるが、我らの価値観ではこんな時こそ騒ぎ躍るのだ。
何せ死した人間は精霊となる、新たな精霊の門出を祝い乾杯、と言う奴だな。……“彼ら”の価値観を知る私には、少々気まずさも感じてしまうのだが。
(何も気にせず能天気に生きるのであれば、“この狼の襲撃は精霊からの贈り物だ”となるのだろうが……。まぁ違うだろうな。今日はもう遅い故斥候は出せぬが、明日朝いちばんに人を出すべきか。角狼がこのタイミングで動いたのも理由があるはずだ。)
我が部族の支持を確かなものとする作業の裏で、こちらも進めておく必要があるだろう。
そんなことを考えながら、戦士たちに指示を飛ばす。
村へと戻り戦果の報告を行う者、此度仕留めた獲物を村まで運ぶ者、敵の増援が来ないか周囲の警戒を行う者と仕事は山積みだ。本来であれば自身の傍付きであるギーにも、そして戦士頭にも仕事を任せるのだが……。今の状態。これほど良い“密会”の場はない。
他の戦士たちに仕事を任せながら、二人を呼ぶ。
「なんでしょうか姫、あたッ!」
「……慎め、ギーよ。」
「ふふ、確かに傍付きであればその辺りはしっかりして欲しいものだな、ギーよ。」
いつもの癖で私のことを姫と呼ぼうとしたギーが、父である戦士頭に頭を叩かれる。別にそれが先ほどの戦士頭のように何か意味が含まれているのであればよいが、コイツは完全に素で間違えた。傍付きとなれば別部族との会談の場などにもついてくるのだ。相手に余計な情報を与えぬためにも、失言には気を付けねばなるまいて。
「さて、先ほどまで戦場であったこの場には戦士。いわば私を支持する集団しかおらん。故に他の者が来る前に手短に話すが……。私は“伯父が父を殺した”と考えている。」
「ひ、姫様!」
「……誠ですか?」
驚くギーに、静かに聞き返す戦士頭。我らの価値観でも、人殺しは重罪。親族殺しなどもってのほかだ。確かに違う部族の者同士では戦などを通して殺し合いなどよくある事だが、“同じ部族”同士でとなると話は変わってくる。部族の安寧を脅かし仲間たちに要らぬ不安と混乱を与えた、そして殺された人間は精霊となり、その犯人と周囲に災いを起こすだろう。
故に、罪人は処刑されるか、村から追い出される。この文明が未発達で獣も多い草原では一人では一日も生き残ることは出来ぬだろう。そんな重い“殺人”の罪に、“親族”という者まで着くとなれば……、精霊の怒りは想像を軽く超えてくるだろう。早急に、対処せねばならない。
「姫様、いえ族長。我ら戦士集はどのような状況であろうと最善を尽くすことをここに誓いましょう。ご用命あれば、すぐにでも罪人の処罰を。」
「感謝するぞ戦士頭。だがまぁ、そうすぐに皆が受け入れられるものではないのだ。精霊の怒りを収めることが出来ても、その後皆が私に付いてこなければどの道我らは終わる。両方を立てねばならん。私は父からすべてを譲り受けることが出来なかったからな。」
伯父が父を殺した動機、そしてその物証。この二つはまだ完全ではないが、私の手元にある。けれど断罪の場で伯父を擁護する者が現れ、その風向きが変われば……、処刑されるのは私になってしまうだろう。“風”を支配するためには他の要因。例えば第三者の証言などが利用できるはずだ。
「一瞬でっち上げてやろうかと思ったが、それはそれで精霊の怒りを買う。故に、今私は“伯父陣営”の内部情報が欲しいのだ。」
「事実であればあるこそ、言い逃れは出来なくなる、と言うことですか。」
「その通りだとも戦士頭よ。して、そんな情報を入手するにはスパイ……。あぁ済まぬ、“間者”だな。それが必要よ。というわけでギー? 一肌脱いでくれ。」
「…………え!? お、俺、私ですか!?」
あぁそうだ。私を裏切らぬと確証が持て、同時にもし裏切れば伯父にとってこれ以上ない程有用な役職、”傍付き”の人間なのだぞ? 戦士頭は少々堅物すぎる故にたとえ私がどんな悪人だろうと祭で勝利した以上族長として認め、そのまま仕えるだろうが……、お前は違う。
まだ若く経験が少ない上に、少々頭が弱い。お前を戦士頭のように厳格な人間であると思ってる者などおるまい。伯父からすれば格好の“カモ”であろうよ。
「……すごく、怒られてる気がするんですが。」
「ふふ、これ以上ない程に褒めているのだがな? 早い話お前は頭が柔らかいのだよ、柔軟性があると言ってもいい。だが物事を理解せぬ者からすれば偉大なお前の父と比べ、軟弱ものとして見ているというだけよ。お前は、父ではない。私もそうだ。励め、ギーよ。」
「は、はッ! ……え、いや、俺が間者するんですか?」
あぁそうとも。何、そう不安がるな。何、こういう時に使える資料は“彼ら”の世界の娯楽に溢れている……。いや精霊が教えてくれるのだよ。お前が言うべき言葉は全て台本にして頭に叩き込んでやる。お前は状況に合わせ淡々とそれを口にするだけでいい。多少違和感は残るだろうが、時に人は自分にとって都合の良いことしか目に入らぬ。
「伯父から見て今の私は“まだ”大人しい小娘、けれど伯父からすれば“このまま信頼され重用される”か、“勘付かれ政から離される”のどちらにでも転ぶ状況。周囲の支持を集めるのも良いが、私の弱みも握っておきたいところだろう。そこにお前がちょうどいい話を持ち込めば……、潜り込めるはずだ。」
「で、ですが……。」
「ま、お前の性格からして先の族長を殺したかもしれぬ相手と言葉を交わすのは思うところがあるだろうな。」
ギーはあまり政、特に交渉事には向かん。すぐに顔に出る故な。けれどそれを『伯父への不快感』ではなく、『私への不満』のように見せれば、多少疑問に思われても何とかなるだろう。
それに、もしバレたとしてもギーの身に何か起こることはない。何せこいつは私の傍付きに選ばれるような男だ。戦士としての能力は高く、そうそう負けることはない。それに伯父からすればこれ以上同族殺しをすれば完全に精霊から見放される可能性が出てくる。命を取りに来るようなことは考えられん。
まぁとにかく、今後“族長”の傍付きになるのだ。今後増えるであろう他部族との会談の予行演習程度に思っておけ。