青い灼熱の世界へ   作:迷えるウリボー

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No.10 支配と解放

 

 ブルーロック伍号塔、リーグ戦最終戦。チームV対チームZ。

 スコア、1-1タイ。

 経過時間、前半23分。

 まだ序盤も序盤。けれどフィールドという世界は、既に火の粉が散り始めている。

 再開を告げるキッカーは、トップランカー糸師凛だ。

 センターマークに置かれる、ただ一つの球。その前に立つ凛。

 敵味方、双方が構える。宵越も例外ではない。

(次はカットだけじゃ凛は抜けねぇ──)

 左右、どの方向に動けるように脚を広げる。重心は低く。

 宵越が右足を振る。ボールがないにもかかわらず行われる鋭い振り。それは無意識の癖のようなものだった。勝負事となればどんな些細なことでも本気を出す宵越の集中力が、さらに爆発的に高まる時の。

 そして試合は再開する。

「……お前ら。持ってる能力(モン)全部出せ」

 それは宵越や他の敵への挑発ではない。

 味方への命令という名のエール。

 凛がボールを蹴った。ボールは敵RWGへ。

 チームZの戦法は変わらない。凛へ宵越が張り付き、他メンバーも同様に主に張り付くメンバーを決めている。先程はそれでも凛にボールを回されたが、それでも突破口がないわけではない。

 だが。やはり、凛が動いた。

(コイツ──)

 凛自らが宵越を引き連れ、ボール保持者である敵RWGと西岡のエリア、左翼へ近づいたのだ。

 当然宵越も看過しない。凛にベストな状態でボールを持たせてはならない。宵越は積極的に体を寄せ、凛の自由を奪う。仮にボールを持たされたとしても、宵越が自分で奪うか、あるいは不十分で保守的なパスを出す選択しかとれないように。

 そして案の定というべきか。敵RWGは凛にパスを出してきた。西岡のプレスもあって勢いはあるが乱れた形のパス軌道。

(させるか──)

 宵越の狙いはトラップの後。凛にしてやられたように後の先を読み取ってカウンターを食らわせる算段。

 そして向かってきたボールを、凛はスルーし(受け取らなかっ)た。

 宵越の反応も微かに遅れる。振り返った先、ボール付近には七星と、もう一人。

 ボールを持ったのは敵LMF、いや──

「奪うっす……!」

 七星がプレス。先の宵越と同じく、ボールを奪うのではなく自由にさせないための動き。

 七星の、自分より低身長の敵へのプレスは効果的──とはならなかった。

「出せよ、爆発頭」

 凛の声。爆発頭とは酷い言いようの凛だが、言われた敵LMFは確かに髪の毛が跳ねている。

「……あい」

 敵LMFの声。

 そいつは、地を這った。足元にあるボールをキープしながら、背中から七星のプレスに激突する。

 本来、体格差を見れば勝てるはずの七星が押し負け、それでもそいつはほぼ四つ這いに近い姿勢のままで七星を御し、さらにボールを持ち続けている。

 その最中、凛は前進した。当然宵越が防ぐ。しかし、戦況は凛の挙動(スルー)によって混沌に近づいていた。宵越はわずかな後退を強いられる。

 そして凛を視界に入れたままのわずかな視野で見る。

 七星からボールを死守した敵LMFはキックの姿勢に入った。センタリング。そして凛が前進したことで、選手全体がチームZ陣営に近づき、さらには凛と宵越の背後にスペースが生まれる。そこへの強烈なパス。

 今までにないスピード、誰もいないエリアへ突き進むボールは、そのままサイドへラインアウトするはずだった。

「ナイス、ナイス、清羅(きよら)

 小回りの利くスピードで西岡を翻弄し、一瞬の隙をついて躍り出た赤紫髪の敵RWGでなければ。

「速攻、速攻、行くぞ凛」

 敵RWGがキック。三つ編みが揺れ、ボールは凛へ。

 宵越の思考。眼の前に来るボール、そして凛。重なるプレーイメージ。先程のスルー、ダイレクトパス、自身を抜き去るテクニック、幾重にも想像できてしまう凛の選択肢。

「命令してんのはこっちだ、三つ編みチビスケが」

 宵越の思考の穴を突き、凛は言葉を置き去りにして宵越を抜き去ろうとする。完全なフリー状態は防ぐ、それでも優位性は保たれ──

 凛はさらにボールを敵RWGへ。

 ボールは敵RWGから敵LMFへ。

(まずい、この状況は──)

 先程の宵越、西岡、七星と同じような三角形(トライアングル)

 それを成すのは、CF、糸師凛。

 LMF、225位。清羅(きよら)(じん)

 RWG、222位。黒名(くろな)蘭世(らんぜ)

 それぞれの強みを生かした3人による、攻撃的な三角形(トライアングル)だ。

 それだけじゃない。凛のスルーは、恐らく敵味方含めた誰しもが予想外な動きだった。場合によってはチームZにボールを渡しかねない危険な一手。

 それをチームVの優位にとどまらせたのは清羅の、低身長をものともしないボールキープ力。

 そこから凛が動いたことによるフリーエリアへの移動を可能にした黒名の速度(スピード)敏捷性(アジリティ)

 宵越は身震いした。

(間違いない、(こいつ)はそれをわかったうえであの動きをしやがった!)

 味方の実力を理解し、相手の能力の中でのコンビネーションを成功させる、そんな連携とは言い難い、けれど味方の能力を把握し、自身の動きによって強制的に最大能力を引き出し、思い描いたゴールへの道筋を完成させる。

 言うなれば、支配的傀儡サッカー。

(守り切れねぇ……!)

 コンビネーションへの警戒、インターセプト。それ自体は宵越も不可能ではないし、サッカー選手としてコンビネーションへの対応は日常茶飯事ではある。

 だが、相手は凛だ。それに黒名、清羅。二人は純粋な攻撃力こそ凛程ではないにしても、実力は高い。それこそ一長一短はあれど雪宮や氷織に匹敵する。その二人が凛と連動している。それを初見でとらえるのは宵越でも不可能だった。少なくとも一人では。

 そして、やはり凛が宵越やチームZのMFから抜け出す。

「くそっ……連携できるじゃねぇかこの野郎っ!」

 宵越から見た凛は、1人での戦い方も、複数人での連携もできる、名実ともに有能なFW。

 だが、凛は鼻で笑った。

「連携だと?」

 抜け出した凛が、右翼を駆け上がる黒名へパス。

「言っただろうが、ここは戦場だ。“連携”じゃねぇ、俺が作り出しただけの“結果”だ」

 黒名がダイレクトで清羅へ。地を這うパッシング。

 凛がさらにCBを、死角を縫って置き去りにする。

「お前の中学時代の、独りよがりのプレー。どうしてサッカーを辞めたか、予想はつく」

「っ……」

「仲間と協調出来ないから辞めた? こっちはそんな低次元で生きてねぇんだ」

 清羅から凛へ。P・Aで再び凛がボールを持った。宵越は辛くも追いつき、体を押し込んでシュートコースを限定する。

 しかし、そんな程度で凛は止まらない。

「仲間でもない、連携するまでもない、世界一になるために利用するだけの道具だ」

 プレスする宵越の肩を肘で抑え、凛はむしろそれを支点として勢いをつける。体重を宙に浮いた体、そこから放たれる素早い蹴撃。今度は直線的なスピードシュート。ゴールネットに突き刺さった。

 宵越と凛。互いの息が、徐々に荒くなる。

 互いの視線が交叉した。

「それを使いこなす実力もなかったお前が、ただ尻尾巻いて逃げただけだろ」

「てめっ……」

 宵越のこめかみが揺れた。

 他人を道具だと。世界一への熱意は買うが、今の宵越にはとても看過できる発言ではない。

 いや、それ以上に、道具呼ばわりされた奴らはどう思っている。宵越は黒名と清羅を見た。

「……相変わらず、道具呼ばわりか。次行くぞ、凛」

「こっちも利用する。それだけだ」

 言葉こそ文句はありそうだ。だが眼は冷徹に近い。どうとも思っていない。それが黒名と清羅の瞳に宿る冷徹な炎。

 凛との実力差を理解したうえで、現実にのし上げるための選択として、凛のプレーに食らいついていく。

 凛、清羅、黒名、そしてチームV。仲間ですらない、利用し合うだけの関係性か。

 凛をにらみつける宵越。その肩を引っ張って現実に戻したのは、西岡だった。

「落ち着け、宵越」

「……ざっけんな。俺は落ち着いてるっての」

 明らかに言動は落ち着いていないが。

 それでも、西岡は知っている。宵越は確かに今獰猛な犬のように怒りを滾らせているが、こと勝負に至っては、どんな時でも冷静極まりないと。

「知ってる。俺たちチームメイト全員、たった数試合の、少しの間だけの、いつ敵同士になるかもわからない間柄だけど」

 西岡は顎を動かした。動かない宵越は、その促しで顔を向けた。

 チームZのイレブンが集まっている。宵越の下に。

「お前ら……」

「それでもお前が、前と違って連携を大事にしようと努力してるのを、知ってる」

 《不倒》宵越竜哉と戦ったことがある人間なら、まず『意外だ』と思っていたことだ。

 雪宮にせよ、凛にせよ。戦ってはいないが宵越が入寮前に出会った吉良にせよ、以前の宵越を知っている者なら感じたこと。

 西岡も例外ではない。

「かわいそうなコミュ能力で精一杯会話してたのも、知ってる」

「おい西岡てめぇ」

「だから、俺たちも証明するぞ」

 宵越を無視して、西岡はイレブンたちを見た。

「俺たちチームZは、1位でこの一次選考を通過する」

 掛け声が響き渡る。

 数十秒後、再びフィールドは戦場となった。

 凛、宵越という突出した選手。西岡、黒名、清羅という一芸に秀でた選手。そうでなくても、ここに集められたのは300人の選び抜かれた高校生であり、そして世界一という称号をどん欲に目指す者たちだ。名前までわからないような有名な選手ではないとしても、FWとして高校チームの中で戦い、今もイレブンとして戦っている、ここにいる22人全員が優秀であることに違いはない。

 ボール保持者である西岡は戦場を睥睨する。変わらず、宵越は凛と相対している。先の黒名、清羅とのパス回しを警戒しているのだろう、より意識が守備に向いている。

 プレー再開から数秒、まだボールは中央付近。CFWの西岡はMFである七星にパスを出した。そのパスは別のMFへ。

 オフ・ザ・ボール。西岡は黒名と相対しつつ、隙を伺う。

 西岡は微かな危機感を覚えていた。

(……熱か)

 試合に、ではない。自分そのものへの危機感。

 青い監獄(ブルーロック)という特殊な空間。宵越、凛をはじめとした日本一の資質を持つ選手たち。その中で、自分はなんて平凡なことか。

 別に卑下はしない。《青森のメッシ》と呼ばれているのは知っている。プレースタイルからつけられてものだが、その二つ名に恥じない自分であろうという自負もある。

 小回りの利く速度を武器に、西岡に張り付いて離れない黒名。けれど、西岡は駆けだした。

 ステップワーク。右、左、左、もう一度右。黒名を出し抜き、パスを受け取る。

 そのパスをダイレクトに宵越へ。今度は優位な形でボール回し。それだけじゃなく、ボールに意志を込めた。

 

 ──凛に勝て、宵越。

 

 宵越の黄金の両脚が閃く。再びのカット、それも二連。凛を辛うじて後ろに抑え、少しづつボールを前線へ。

 そう、西岡にも勝とうとする意志がある。宵越や凛に負けていいとも思わない。

 けれど、この監獄に求められるエゴが、果たして自分にはあるのか。

 思い出すのは、宵越の言葉。

 

『だがお前らもストライカーだろ? 俺に負けていいのかよ?』

『もっと持って来いよ……灼熱を』

『伍号棟の頂点は俺たちだと証明する』

 

 自分にここまでの熱はあったのだろうか。

 雪宮や氷織との宵越とのマッチアップ、そこで交わした戦いという会話。伝播した熱。それが、自分にできるのか。世界一になると言うことは、仲間と共に戦う宵越にせよ、仲間を支配して勝つ凛にせよ、彼らを越えなければならないのに。

 そして、何よりも。

(意外だったのは、宵越。お前の変化だよ)

 《不倒》。それは同世代において最強の証とも言える称号だ。少なくとも個人では。

 その宵越が、今チームで勝とうとしている。絵心が何度も煽り、焚き付け、奮い立てようとしたのは「自分が勝つ」というエゴ。宵越はそこに、絵心の求めるエゴを確立させたまま対立する「チームとして勝つ」というエゴをぶつけている。

 ブルーロックにおいて矛盾する事象に挑まんとしている。二つの強さの両天秤を図ろうとしている存在。それが、西岡の目の前にいる《不倒》宵越竜哉だった。

 この青い監獄(ブルーロック)において、絵心に触発されて覚醒する選手もいるだろう。もしかしたら、自分も辛うじてそこに食らいつくことはできるかもしれない。

 けれど、宵越だけには勝てない。そう思わされてしまった。

(だから、きっと俺はもう、脱落者なんだ)

 ここから先、自分は勝ち進めたとしても、成長できるのか。自分を変えようとできるのか、それとも宵越のように()()()青い監獄(ブルーロック)を変えようとできるのか。

(わからない。けれど)

 自分に宵越のような熱はないかもしれない。けれど熱は伝播する。宵越の熱は自分を変えている。

 だから、今確かに言えることは。

(俺たちは……勝つ!)

 ボールはよどみなく流れる。けれど、敵チームも黙ってはいない。凛の支配的傀儡サッカー。敵選手の練度が軒並み上がったようだった。ボールに敵が渡ってしまい、そして奪い返すの連続。

 そんな中。凛に再びボールが回る。そのパスカットを狙う宵越、けれど簡単に奪えない。

 凛はパスを回す。中核は黒名、そして清羅。

 先の得点の機転となった、黒名へのパス──それを西岡がインターセプトした。

「んなっ、メッシ……!?」

 ギザ歯をむき出しにして驚愕する黒名。けれど、パスカットの結果は黒名の落ち度ではなく、()()()()として動いた西岡の実力だ。小柄故に陰に隠れることができる、そして身体能力を持って、黒名の死角を狙った。

 宵越と西岡の、焔の宿る眼が交錯する。

 

 ──今、そこだ。

 ──熱いじゃねぇか、西岡

 

 会話に、音は必要ない。

 チームZの両翼、そのパス回しが加速する。

 ボールは前線へ。宵越、西岡も、前へ。

「抜かせねぇよ」

 チームV陣中央でゴールを狙う二人の前に、凛が立ちふさがる。さらに、その脇を固めるように左翼に黒名、右翼に清羅が構える。

「止めるぞ」

「あい」

 2対3。数的不利。それでも。

 宵越から西岡へ。凛の脇を潜り抜ける宵越。清羅がぶつかってくる。力に対し速度で抜き去る。

 西岡が左翼前へ。黒名、凛が迫る。西岡は──

 つま先でボールを浮かし、黒名にぶつかることで凛との接触を避け、背面でヒールパス。右翼、宵越へ。

 凛が反応。清羅を翻弄した宵越もボールへ向かう。幾度ともなく繰り広げられた宵越VS凛(マッチアップ)、わずかに宵越が先に触れ、西岡へ返す。

 2対3。それでも負けない。それは技術と実力もあるが、今は()()()西()()()()()()()しているから。

 支配的傀儡サッカー。それは確かに強力だ。けれど、完璧な連携であるほど理解しやすい。だからこそ、西岡を中心に惑星のように宵越が回る。

 そして見出された、わずかな凛の隙。ボール保持者は、西岡初。

 凛の攻撃とパスセンスは強力、けど隙が無いわけじゃない。攻撃がちな宵越、その補佐としての西岡、というここまでのプレーの裏をかいた特攻。

 そして、ストライカーはゴールを決めた。

 スコア、2-2。再びのタイだ。

 同時、前半終了のホイッスルが鳴る。

 喜び、走ってくる七星たちイレブン。彼らがやってくる前に──

 宵越と西岡が、互いの右手を叩いた。

「……ハイタッチが固いぞ、宵越」

「……っせぇ。こちとら2回目なんだ、わりぃかよ」

 不敵な笑みを送り合う。

 戦いは互角。ここからだ。

 両チーム、ロッカールームへ戻る。

 凛が、宵越が。21人が。

 そして西岡は、フィールドを振り返った。

 一番、熱を感じたプレーだった。

 単にゴールをもぎ取るだけじゃない。強敵に対して、不倒という仲間と共に、頂点を争うために手を伸ばす快感。

 熱は、自分の内側にまだあった。

 それを解放したのも、ある意味では宵越だ。自分ではない。でも。

(もう少しだけ……頑張ろう)

 青い監獄(ブルーロック)と呼ばれるこの特異な環境で、せめて脱落してしまう、その時までは。

 流されるだけじゃない。自分から動いてみよう。

 次の選考も、自分の意志で。

 

 

 








・背番号:宵越(9)、西岡(10)、七星(7)、凛(10)、黒名(8)、清羅(6)

・現在の状況:チームV対チームZ
 スコア:2-2
 得点者:凛、宵越、凛、西岡





Q5・Q6のアンケート結果
既読者、未読者問わず、《赤い炎》がダントツな結果でしたね!
《黒い炎》は宵越もあるのですが、実際としては前回クイズの王城正人由来のものだったりします。
《龍》関係については、明確な描写ではないですが宵越《竜》哉ということで、竜が描かれることもありました。

けれど「宵越といえば」となると、やはり《赤い炎》ですね!
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