伍号棟頂上決戦、チームV対チームZ
スコア、3-3。
仲間の力を、その熱で解放させて戦う宵越。
仲間の力を最大限引き出し、支配して戦う凛。
高い技術と戦略眼で、宵越と共に前線を走る西岡。
地平線間際、超低高度のボールに食らいつく清羅。
選手の間を動き回り、絶妙な距離感でボールを繋ぎ続ける黒名。
未熟ながら、それでも一瞬の隙をついてゴールを奪った七星。
そして彼らを含めた、ポジションを問わずストライカーの魂を持つ選手たち。
22人は、誰もが自分の勝利を疑わない。
1秒1秒のプレーに、熱が入る。動く度に汗が滴る。
第伍号棟センターフィールド。解放された天井。時間は夜、人工の白い光。無機質な壁。芝生。
頂上決戦の終了まで、残り7分。
83分間、誰もが足を動かし続けてきた。広大なフィールドを縦横無尽に。
息が切れる。
そして、酸素が切れる。視界にモヤがかかっていく。
宵越も例外ではない。むしろ全力で凛を封じ込める宵越こそ、体中の細胞が酸素を欲している。
酸欠。明滅して発火する視神経。伝わる歪なシグナル。ざらつく視界。それでも宵越は思う。この白く霞んだ世界は、とてもクリアだ。敵の動きが良く見える。仲間の考えていることがわかる。
それは、脳が疲労すればするほどに、心臓がかな切り声をあげればあげるほどに、その苦しさに悦びを覚えるから。
けっして苦しいことが好きじゃない。マゾヒズムなんて欠片もない。
ただ、ただ、宵越はこう思うのだ。酸素が切れて、視界にモヤがかかるこの世界は……
──この燃える世界は、気持ちがいいんだ。
後半、
実力、戦略、一瞬の隙。それらを用いて自らの限界を超え、運によって同点を演じる。両チーム、まったくの互角。
フィールドの中央左翼。宵越がロングパス。ボールは前線右翼へ。黒名がインターセプト。チームZ守備陣が囲む。小刻みな動きで翻弄する。ダブルプレスによってボールはあらぬ方向へ。七星がボールキープ、すぐさまスライディングして弾く清羅。ボールは中央右翼へ後退する。
ボールキーパー、凛。チームVのカウンター。これまでの支配的傀儡サッカーから一転、凛の釣り上がった視界が見開かれ、敵陣中央突破。1人、2人、3人と。
自陣中央、立ちふさがる4人目、宵越。銀色の髪が揺れ、肩からぶつかりに行く。それでも凛の体は崩れない。
が、宵越によって誘導された凛のボールは、5人目、西岡に奪われた。
カウンター返し。西岡のドリブル。1人目、エラシコでスルー。2人目、清羅を前にしてバックヒールパス。
何度目かとなる宵越にボールが回る。すぐさま凛がマッチアップ。宵越は脚を止めない。細胞の悲鳴のままに、灼熱に身を投じる。
0から1へ、黄金の両脚が加速する。自陣中央から右翼へのドリブル。凜は食らいつく。
《カット》、自陣右翼から即座に中央右翼へ。それでも、半歩遅れて凛はいる。
再度カット、中央右翼からセンターマークへ。けれど、多用した技を前に凛は反応を続ける。
弾かれた。大きく弧を描き、宵越たちにとっての自陣左翼へ。
群がる、GKを除く20人のストライカーたち。
自陣中央、清羅のボール。シュートレンジにはまだ遠い。凜を探す。
凛につく宵越。清羅にプレスする七星。
凜ではない、別の前線にいる選手へのセンタリング。それを辛うじて七星のつま先が掠める。
ブレる軌道。誰も、このボールの行く先はわからない。
舞い降りる
最大限の集中によってクリアになる宵越の視界。凛と競りながら黒名へ近づく。
黒名の右脚が閃く。ゴールポスト左上角へ突き進む蹴弾。
四試合の経験を積んだGKとDF陣は、辛うじてストライカーのシュートを弾く
ポストに導かれたボールは鈍い残響を響かせ、再び運の時間を呼び起こす。
舞い落ちる球。チームZ、P・A白線上。
ゴールポストに背中を向けて保持者となった、その激震地の中央に立ったのは──
チームZトップランカー、宵越竜哉。
────
宵越の思考が加速する。雷速の集中。
敵のシュートからこぼれ球を得た。自分がゴールするまでの道程は70m超。ロングパスをして前線にいる味方にボールが回れば、あるいは。
しかし。
(まともには抜けねぇ──)
正面には黒名と清羅。さらに囲むように敵選手たち。
そして自分の背後には、凛が回り込んでいた。
凛の向こう側にいるGKにボールを託すことはできない。
勝つには速攻カウンターしかない。だが、それには目の前の敵が分厚い。
(正面突破のフェイントからカットならギリ抜けるか──?)
だが、背後の凛はそれを読むだろう。宵越も数合で実感している。そして追いつかれる。凛とマッチアップしてしまえば勝利は不可能。
なら、ここから凛たちを抜き去り、前線の味方へボールを運ぶのなら。
自分ができる最大の一手は。
(やるしか、ない)
見開かれる眼。灼熱の瞳。
思い出す。過去の戦い。
──僕の目指した技術は、間違ってたのかな?
──最善だったかどうかはわかんねぇ。
──でも、最高だった。
幾度となく、宵越を奮い立たせるのは過去の道程。
宵越の脚が、動き出す。
自分ができる最高の一手へ。
そして凛も。
(宵越に
宵越の背を見ながら、閃く凛の思考。
(絶対に勝利のために動く)
だからイチかバチかで群衆を抜く方向で来る。
(なら、あの
正面突破からの90°、左右どちらかへのカット。スピードで
(それを読んで奪う……俺が殺す)
自陣ゴールポストを背に、P・A内側から前へ踏み出す宵越。その宵越を、清羅・黒名と挟んで立ち向かい、カットへの対応として両脚を広げる凛。
互いに、目の前しか見ていない。けれど、互いがフィールドの総てを視ている。矛盾なく起こる矛盾。それが極限の集中。
刹那。
清羅と黒名へ近づく宵越。距離、1.5m。
宵越の動きを見定める凛。距離、3m。
──刹那、宵越の踵がボールを蹴る。
敵へのパス? 極限でのミス? 凛さえも、乱れる思考。
そして、宵越は。
──真後ろへ加速した。凛の意識を置き去りにするように。
驚く黒名と清羅。自分たちへ向けて駆けた宵越が、瞬きもない間に遠ざかっていた。
驚く凛。遠ざかっていた宵越が、自分と正対し突っ込みかけている。距離、1m。
それはカットでありながらカットではない。
《バック》。
カバディにおいて幾度となく使われた、けど大事な場面であっても使うことを戒めた、宵越竜哉の最高の全力。
これが宵越の答え。今までのカットは凛に防がれてしまう。だが、左右への意識で両脚が開き、宵越を捉えるために長距離加速の体勢に入っている今なら。
(奇襲に──なんだろぉ!)
凛と正対した宵越が、今度は
バランスを崩された凛を置き去りに、警戒すべき黒名と清羅を遠ざけ、無理やりに隙を作りだすための選択。
それでもリスクはあった。凛との正対。賭けでもあった。
そして。
凛の脚は動いた。
スライディングとも呼べない、転びながらの滑稽なプレス。負けないという意地だけの動き。
《不倒》宵越にとっては幾度となく訪れた接触プレー。けれど読み合いと読み合いの果て、これまでの凛を乗り越えるための2連バックを駆使した宵越にとっては、予想外の出来事。
ボールは弾かれた。宵越の視界の端には、口を半開きにしていた凛が転ぶ姿が、一瞬だけ映った。
何度も、何度も弾かれた球。何度も訪れた
物語など、神にとってはなんの歯牙にもかけない。
努力など、女神にとってはため息の一つでしかない。
主役など、悪魔にとっては汚泥と何一つ違わない。
故に。球は。
ダイレクトに押し込まれ、ボールはゴールネットを揺らす。
その瞬間。
快哉を上げる選手たち。悔しさをにじませる選手たち。
ただ、事実を告げる。無機質な声が響く。
『
『4-3で、チームVの勝利!!』
試合は、決闘は終わった。
腰に手を当て、天を仰ぎ、息を吐く、宵越竜哉。
負けた。ただ、それだけが真実だ。
(クソッ……!)
バックを使って、そして負けた。思い出す試合が、一つある。
『途中までだ。失敗した技で帰すほど、
失敗はしなかった。サッカーにおいて、初めてのバックの使用は成功した。体勢を崩すことなく、ボールをキープしながらだ。それは間違いなく成功だと言っていい。
それでも、凛の動きを読み切れなかった。いや、読み切れなかったのは凛の精神だ。
何に変えても、無様に這っても勝利を掴もうとする、エゴイストの精神だ。
サッカーには。一度逃げ出したこの世界には、自分よりも強い人間が確かにいる。
自分に敗北を植え付け、勝利を遠ざける人間が、確かにいる。
「……不倒」
「あ?」
宵越は振り返った。そこには、凛がいた。チームメイトとは違い、喜びもしない。まるで自分と同じく敗北したように宵越を睨みつけている。
「てめぇ、勝ったくせになんて顔してやがる」
「……黙れ」
「ああ……!?」
思わず、凛の胸倉をつかみにかかる。他の選手たちが制止する暇もなかった。
凛は臆さず、ただ、静かな怒りをマグマのように沈殿させて、宵越を睨んでいる。そして胸倉をつかみ返す。
「ふざけるな。こんなのが、俺の勝ちであってたまるかよ」
「……」
凛も、納得はできなかったのだ。最後の宵越の動きが読めなかったから。
偶然に任せてしか宵越のボールを弾けなかった。そして最後。自分がゴールを決めるのではなく、黒名にゴールを奪われてしまった。
宵越がいたから、自分は宵越との最後の勝負に勝てず、
それは凛にとって敗北に他ならない。
だから。
「次は、潰してやる」
「てめぇ……そりゃ、こっちの台詞だ」
「このクソみてぇな監獄にいる間に」
「……ああ……」
お互い、手を放す。踵を返して、戸惑う仲間たちの元へ。
もうそれぞれの眼に、感情の揺らぎはない。
怒りや葛藤は懐へ。目線は先へ。
その繰り返しが、スポーツという死合の常。苦しみ続ける呪いの連鎖。
宵越と凛は、それをよくわかっている。
お互い、微塵も勝ったつもりはない。無様な敗北の記憶が刻まれた。二度と忘れない、次にまた勝つまでは。
それが青い監獄に新たな焔をくべる熱となる。
そして、イカレたエゴイストの胸中などお構いなしに、アナウンスは流れる。
『第伍号棟全試合終了! ただいまより一次選考結果発表を行います』
宵越と凛の緊張だけが抜けないまま。ただ女性の声は事実を告げていく。
『5チームによるグループリーグ総当たりの最終結果は──』
1位、チームV。11名。
2位、チームZ。11名。
『そして脱落する下位3チームの最多得点者3名──』
チームWより、
チームYより、
チームXより、
『以上25名を
チームZ、チームV。フィールドにいる22人全員が生き残った。
たった今の勝敗の悔しさはあっても、それでも喜ぶ
宵越は思い出した。
サッカーという場所で感じたこの悔しさを。
凛は気づいた。
世界には、まだぶっ潰したい奴がいることを。
互いに、胸に刻む。
『次は、絶対に勝つ……!』
倒すまで、消えない焔。
宵越竜哉、糸師凛。
二人の魂に、忘れない熱が燃え広がる。
・結果
スコア:Z(3)-(4)V
勝者 :チームV
得点者:凛、宵越、凛、西岡、清羅、七星、黒名
・チームZ、一次選考戦績
①対X戦:3-2、勝利○
②対Y戦:2-0、勝利○
③対W戦:4-1、勝利○
④対V戦:3-4、敗北●
チーム内得点王:宵越竜哉(6点)
5チーム中2位通過
・《伍号棟》の二次選考選出者
チームZ:宵越、西岡、七星、他8名
チームV:凛、黒名、清羅、他8名
得点王 :雪宮(X)、氷織(Y)、
全25人
動的なプレーを描くのは、本当に難しい……
それはさておき、一次選考、終了。
物語は、二次選考へ続きます。