スコア、2‐3。
「ユッキー。2on2、苦手やんな?」
プレーの間。氷織の雪宮への言葉は、決定的だった。
宵越がまさに感じていたことだ。この試合だけじゃない。一次選考の時からの違和感。
雪宮からの返事がない。宵越が氷織に追随した。
「お前のドリブルは俺と違う方向で強力だ。成早にも、体格もボールコントロールも負けないだろうが」
他人を卑下するつもりはないが、それでも成早と雪宮の差は絶対的だ。1対1で、まず負けるような相手ではない。けれどこの試合では雪宮が成早からボールを奪われる──死角から襲われる展開が散発している。それが二子のコントロールによるものがあったとしても、目立ちすぎる。
一次選考、チームZとチームXの戦い。宵越は雪宮に、1on1では勝てない可能性を感じていた。だから仲間と連携を繋いだし、フェイントやカットを駆使して出し抜いた。
「思えば、《ドゥッキ》への反応も極端に遅かったな」
「……あの股抜きか。曲芸じゃないんだな」
「……?」
その試合を観ていない氷織は疑問符を浮かべるだけだが、薄々察してはいるようだ。
そう、ドゥッキ──高身長の相手に対して股を抜いて持つ技術は、本来サッカーの技術ではない。それをあの場で使ったのは、宵越の技術とクソ度胸と、そして。
試合終盤、互いの疲労がピークの時。あの時、直感的に、雪宮の死角が広いと感じたから。
「雪宮、お前視野が1点に集中しやすいのか?」
「……ユッキー」
「……二人には関係ないだろ」
否定も肯定もない。だがほとんど肯定を物語るような態度だ。
試合中の6人全員に言えることだが、早い試合展開にストップ&ダッシュの繰り返しで疲労がたまっている。雪宮の顔にも、隠せない汗が滴っている。体力が少ないわけではなさそうだが。
少なくとも、雪宮は焦りを抱えている。そして、その視野の狭さは単なる弱点以上の、雪宮の何かを孕んでいる。
プレー再開も近い。これ以上の相談事はできない。
「少なくとも、俺たちは今チームだぞ」
宵越はそれだけ告げて、プレーに戻った。
宵越がキックオフを告げる。それは雪宮へ。
雪宮もプレーや連携を放棄する気はないようだ。セオリーに応じてちゃんとボールを返してくる。それでも、どこかムキになっているような空気はあった。
氷織と中心にパスを回しつつ、要所で雪宮にも供給する。そうしてプレーを静止させず、相手に隙を見せない。
(アイツの視野の狭さ……)
二子は明らかに視野が広く、馬狼・成早のみならず、雪宮や宵越の強さも含めて動きを把握している。成早は技術はないが、オフ・ザ・ボールの立ち回りは上手い。それに雪宮が1on1が苦手なのも相まって、この試合においては雪宮が強みを発揮しにくくなっている。
二次選考に影響を与えるのは個の強さ。そして個の強さの重ね掛け。今、自分たちは雪宮を殺してしまっているのだ。
──二人には関係ないだろ──
雪宮のその言葉。表情には出さないが、宵越は心の中で乾いた笑いを浮かべてしまった。あまりにも見覚えがありすぎる態度だったから。
雪宮の言葉は正しい。
勝つためとはいえ、今の雪宮は自分と氷織にすべてを曝け出すことはない。
なら。
(俺が変わるしかない)
勝利のために、雪宮の道を創る必要がある。本来雪宮自身がすべきことであっても関係ない。
(
宵越は負けた相手を忘れない。それは悔しさでもあり、勝つためでもある。
宵越は勝利のために自分の勝ち方を変えることを恐れない。それは勝つためであり、負けた相手の勝ち方を絶対に忘れないからだ。
相手の勝ち方、その時の状況、
氷織の強気なセンタリング。馬狼を抜いた宵越がゴール前へ駆ける。
初めての展開が生じた。氷織から離れた二子が宵越にマッチアップしてきた。となれば、宵越は氷織へ。氷織はすぐさま、宵越につられて前線へ上がった雪宮へ。
その雪宮が、ボールを止める。立ちはだかった成早を抜き去る。けれど、二子がさらに雪宮の前へ。試合前半ではなかった積極性だ。
それは二子が、自身の視野の広さと氷織の読みを読んだことで、雪宮への段階的な妨害で止められると踏んだからだった。実際にボールは弾かれた。
誰のものでもない、一つの球。チームレッドのチャンス。逆にチームホワイトにとってはカウンターの契機。
「……獲ったぞ!」
制したのは馬狼。ボールを止め、反転。視界に自身が奪うべきゴールネット、白い網の玉座を見据える。
距離は遠い。だが先の鋭角ドリブルを駆使すれば。
いける。王者の欲望が涎を垂らしたその刹那。
「言ったろキング。革命だってな……!」
宵越が馬狼の死角からボールを奪った。
「あれは……!?」
成早が思わず叫んだ。
すぐにボールを奪おうと近づかず、ボールを獲った相手がドリブルへと踏み込む、その瞬間に刈り取る。あのステップワークは自身が得意とするもの。
宵越も馬狼にしてやられた。自分のカットを馬狼の技術で擬似的に再現されたことを。
なら、自分も。変わることを恐れないで、敵の長所を奪い、喰らう。そうして自分の目的へたどり着くための数歩へ変える。
「あれが……“天才”かよっ」
成早の悔し気な声は誰も聞こえない。それほどまでに、宵越の動きは超常的だった。奪ったと思ったら、ヒールリフトでボールを浮かす。勢いそのままに体を《回転》させる。まるでバレエのように。
崩れない体幹。揺れる視界のなか、ゴールポストを目に捉え、空中で蹴り込む。
「……くそっ!」
馬狼が地団太を踏んだ。二子が、膝に手を当てた。成早は立ち尽くしていた。
それほどまでに、今のプレーは。
──不倒がサッカーに還ってきた──
この事実を魂に刻み込むに十分なプレーだった。
氷織も、雪宮も。誰も何も言えない。ただ、眼を、心を奪われていた。
宵越竜哉の走りが生み出す、このプレーの美しさに。
「おい、お前ら。次行くぞ」
宵越は前だけを見据えている。雪宮に何も言わない。投げかける言葉が意味を成すまでは、プレーを見せつけるだけだ。
3‐3。馬狼がボールを蹴る。二子が少しのキープの後に馬狼にパスをし返す。
当たり前のように、ボールを持った馬狼に宵越がマッチアップ。馬狼は二子へ回す。それを数回繰り返す。
二子は、馬狼は理解していた。宵越がわざと二子‐馬狼のラインを開けて守っていることを。
「クソ野郎が……!」
舐められている。そう直感した馬狼の頭が沸騰した。
ファウルを恐れないタックルとドリブル。宵越はそれを避け、馬狼を抜かせた。カットですぐさま切り返す。
「見え見えなんだよ、クソ不倒がぁ!」
馬狼は読んでいた。宵越が追いつくことを。
「そりゃどうも」
宵越も読んでいた。何度も見せたカットに馬狼が対応してくることを。
さらにカット。馬狼はちょうど加速してくる宵越を迎え撃とうとしていた。奪う宵越、守る馬狼。ボールがあらぬ方向──チームレッド陣側の左翼にいた二子へ。
二子。ボールキープ。振り返ると、そこにはもう氷織がいる。
そして、馬狼と接敵していたはずの宵越が二子へ。ダブルプレス。
「なっ」
3連カットだ。不倒が持つ黄金の両脚。そしてフェイント技術、恵まれた身体能力。そのすべてが、宵越がフィールドを蹂躙することを許している。
ボールを奪った氷織へ、宵越はさらに冷徹な目線を向ける
「……エゴイスト」
悪寒を覚えた。かつて西岡が宵越を見て聴こえた言葉が、氷織にも伝わる。
「『俺に出せ』って。ほんっと、清々しいまでのエゴイストや!」
ボールが宵越へ。今、氷織は決してゴールを狙えないわけではなかった。それでもパスを
なぜなら、宵越自身がそれを狙ったから。
(俺がこの試合、勝つためにできることは──)
それは、このフィールドを支配すること。馬狼たち敵だけでない、雪宮と氷織さえ利用すること。
ゴールへ駆けあがる。ドリブル。馬狼が近づいてくる。雪宮へパス。
雪宮がドリブル。敵陣まで進む。馬狼と成早のダブルプレスで奪われる。
馬狼がボールを持った。すぐさま宵越とマッチアップ。先と同じ状況だが、より宵越たちのゴールに近い立ち位置だ。
「下民が、同じ状況なんざ喰らわねぇよ!」
「同じじゃねぇよ。わざとこの状況になるようにしたからな」
「それが──どうした!」
やはり宵越へ向かって突っ込む馬狼。もちろん、不倒である宵越がカットで追いついてくるのも織り込み済み。それに対応すべく、馬狼自身も鋭角ドリブルを意識する。
そして、宵越は正面からの突進を受け止めた。それはつまり。
(パワー……勝負……!?)
教えてくれた人がいる。きっちり意表を突けば、同じパワーでも全く異なる結果になると。
敵も味方も関係ない。自分を苦しめた人間。成長させてくれた人間。勝つために貪欲になる宵越にとって、出会ったすべての人間が師たりえる。
世界組4番、
崩れる体勢。倒れる馬狼。両者の同等の勢いを持つ突進、けれどプレーは
宵越は倒れない。勢いそのままに右脚を振りぬく。
この試合7点目が刻まれる。4‐3。
ついに、チームレッドが王手にまでたどり着いた。
・現在の状況:レッド(宵越・氷織・雪宮)対(馬狼・成早・二子)ホワイト
スコア:4-3
得点者:馬狼、雪宮、氷織、馬狼、馬狼、宵越、宵越
更新速度とは別ベクトルの質問です。試合展開の速度について……
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①早いと感じる(文章量・描写が少ない)
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②ちょうどいい
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③遅いと感じる(文章量・描写が多い)