凛と潔との邂逅の後も、宵越たちの対戦相手探しは続いた。
二次選考に進んだのは125人で、最大で41チームが編成される。誰が誰と組むか、というのはわからない。けれど血気盛んな宵越たちとは異なり、スロースタートで進む選手もいるだろう。
5人チームを結成したとて、その次の選考がどのようになるかもわからない。だから弱い敵とは戦うつもりはない。少なくとも、宵越が敵にいることを知って対戦を断るようなチームとは戦うつもりすらない。
対戦相手探しをしていても、チーム練習は欠かせない。徐々にその比率は逆転しているが、数時間は練習をし、そして全員が汗だくになる。
そんな日々を何日か繰り返して──
それは本当に偶然で、たまには4人で夕食を食べようと揃って4thステージの食堂に入った時だ。
食堂の入り口に人が
「……おい、何の騒ぎだ?」
適当な一人に宵越が喋りかけ、その一人はぎょっとした。
「ふ、不倒……!?」
「あー、そういうのはいい。なんだってんだ」
一人が返してきた。
「えっと……暴力沙汰が」
「はぁ?」
宵越は腑抜けた声を出した。チームメイトの3人もそれぞれ気ままな反応を示す。
「なんや、それ」
「穏やかじゃないね」
「ですね。でも
「いや、他の伍号棟じゃあったんじゃねぇか?」
4人、それぞれ豪胆だ。入り口の野次馬を押しのけて気にせず食べようと──はできなかった。
まず、考えられないほどに悲惨な状態だった。一角ではなく、長テーブル複数分に食べ物やら食器やらが散乱している。
その騒ぎの中心にいたのは2人。小柄な坊主頭と、大柄で褐色の金髪野郎。
「ねぇ、どうすんのイガグリちゃん? ここでも戦える人、いないじゃん」
「だっだから4thステージだと人も少ないって……!」
金髪野郎が坊主頭の頭を鷲掴みしている。中々に悲惨な状況だ。単に対等な喧嘩だったら放っておいたのだが、状況が変わった。
その中で二子が反応する。
「彼は……」
「知り合いなん? 二子くん」
「坊主頭の彼。僕と同じ棟でした。名前は
「へぇ。褐色野郎は?」
「いえ、知りません。ただ……様子を見るにどう考えても金髪さんが元凶ですね」
四人が動く。とはいえフィジカルに覚えのある宵越と雪宮が前に出て、氷織と二子は補助要員だが。
「そこまでにしとけよ、サイコ野郎」
宵越が声をかけた。金髪野郎が振り向いた。
「んお?」
とはいえ坊主頭──五十嵐は掴まれているままだ。不憫すぎるのでさすがに止めなければ。
「お前ら、戦う前から何やってんだ。勝負はフィールドで決めろよ」
「だ、誰だか知らないけどた、助けてくれぇ……!」
「ヒーロー登場? でも、ヒーローくんは飽きてんだよね……」
「ああ?」
金髪野郎がやれやれと肩をすくめた。そのまま五十嵐の頭から手が離れ、五十嵐が落下。無様に転げ落ちた。
控えていた氷織と二子が五十嵐を下がらせる。その間、二子が挨拶。
「お久しぶりです、イガグリくん」
イガグリ……? と宵越、氷織、雪宮の脳内に疑問符があふれ出る。
「おっ……二子! お前も4thステージまで来たんだな……! 助かった……!」
「それはともかく、いったい何をしたんです? 説法でもかましたんですか?」
「俺は坊主じゃねぇって! ……そいつは
「チームメイトで暴力沙汰やっとったん……?」
氷織が青ざめた。
金髪野郎──士道は宵越・雪宮とにらみ合っている。
「大事なチームメイトを殴ったのか。とことん気に入らねぇ」
宵越は眼に怒気を強めた。それに対し、士道はからかうように舌を出す。
「ちゃはっ! お仲間大事ー? じゃあヒーローじゃないねぇ」
「……だから、そのヒーローっての何なんだ。俺は単に気に入らねぇ奴を止めてるだけだ」
「いやさー……別のところもヒーローくんが突っかかって来てさー。ちょっと寸止め気味なんだよねぇ」
雪宮がすごんだ。
「会話、成り立たないね。なんで五十嵐君を殴ったの?」
「だって、4thステージまで来たのに爆発できないからさ。シケんのももったいないし」
「爆発? よくわからんが、暴力は止めろ──」
要領を得ない会話の最中、後ろから声をかけられた。
「そいつ、2ndステージでも暴力沙汰起こしてイガグリを叩いてたらしい。強いやつがいないからって」
全員後ろを振り向く。といっても士道からすれば正面にいた人物だが。
それを知っているのは、二子を除く宵越たち3人。
「黒名くん」
「久しぶりやねぇ、黒名くん」
元チームV、黒名蘭世だ。紫髪と三つ編みが似合う。高身長の多い
「……俺もイガグリ、士道と同じチームだ」
「……そうか」
宵越は返す。意外と面識のある人間が多く集まる。どういう経緯でそのチームとなったのかは知らないが。
黒名が説明をしてくれた。といっても黒名自身、最近五十嵐から聞いただけらしいが。士道・五十嵐が2人ペアだった2ndステージでも、気が乗らないから燃えるために五十嵐他そのあたりにいた人間を容赦なく殴り飛ばしていたのだと。
ますます宵越がいら立つ。宵越と雪宮が振り返った。士道は変わらず宵越たちを見て笑っている。
黒名が士道に語り掛けた。
「士道、それ以上は退場になるって試合中も絵心から言われただろ」
「じゃあお前が爆発させてくれんの? ヒョイっと逃げる癖に」
「さすがに殴られたくないからな。イガグリには悪いけど」
「おい!」
悲しいかな、五十嵐のことは全員が無視していた。
ともかく。宵越は語る。
「……他人に怪我をさせるような人間は論外だ。しかもそれが雑でもなけりゃ慣れてるときた」
理由があって怪我──といっても単なる筋疲労を狙うような怪我もどきの真面目な戦略じゃない。
こいつは暴力に躊躇がない。そしてそれを繰り返してきた。だから練習以上に、当たり前のように人間を壊せる。
──気に入らない。
宵越の眼が細くなる。
そして士道は。
「じゃあ──お前が熱くしてくれんのかぁ!?」
振りかぶり、テーブルを上り、大上段から踵落とし。
狙うは宵越の脳天。当たれば間違いなく脳震盪もの。隣の雪宮が驚き、他のメンバーも遅れて眼を見開いた。
宵越は。
「遅ぇよ」
さも当然のように、踵落としを躱す。
「およっ?」
足が空を斬り、少しだけ間の抜けた声の士道。体勢を整え、今度はアッパー。
それも宵越は躱す。紙一重。伊達に不倒と呼ばれてはいない。
「そんなもんかよ。こっちは髪の毛一つタッチで死ぬ世界で生きてたんだよ」
「へぇ──いいじゃん!」
今度は士道がタックル。他メンバーとの位置関係でさすがに躱しきれない。
(なら──)
宵越の力が抜ける。肩からぶつかる士道。次なる暴力沙汰を予想して緊張する他メンバー。
衝突の瞬間。
「あれ──」
士道の視界が揺れ、上下逆さまになる。そのまま宙をひっくり返り、宵越の投げ技によって地面に叩き落された。
「がっ!?」
「やるやん宵越くん。それもカバディで?」
今宵越が繰り出したのは《カウンター》。接触している相手の力を利用して転がす技術だ。当然サッカーではファウルになるから使えないが、まさかここで役に立つとは。
「いつもできるわけじゃないけどな。俺の……俺より強い、最強の攻撃手が使ってた」
言いながら、士道を見下ろす。士道は険の取れた間の抜けた顔をしていた。自分がどうして転がされたかわかっていないのだろう。
宵越は言い放った。
「……その攻撃手は、そこの五十嵐よりもヒョロい体で、
「へぇ」
「愛もねぇ、お前みたいなクズ野郎とは違う。失せろ」
士道から離れ、宵越たちは離れようとする。自分から暴力をするわけにはいかない。
ところが。
「いいねぇ」
体を起こした士道が、まだ楽し気な声色でいる。
「愛なら俺も持ってるぜ」
ここまで絵心から退場されずに済んだのは、一応は本当に危ない事態にはならなかったというのもあるのだろう。だから放っておけばよかった。
「……ああ?」
けれど、《愛》。その一言には宵越もムキになってしまった。
宵越が振り返る。
「俺ほど正々堂々とサッカーを愛してる人間はいない」
「……てめぇ、それ以上愛を語るな」
それは、宵越が尊敬する最強の攻撃手の矜持。
誰よりもカバディというスポーツを愛した一人が言える言葉。
宵越にとって、決して侵されたくない言葉。
そして。
「お前みたいな強い奴と戦えるなら、栗割りなんてしなくても爆発できる」
士道は中指で宵越を示し、そしてクイクイッと、指を曲げて「こいよ」と煽ってきた。
「だから、やろうぜ? 俺とサッカー」
悪魔みたいな表情の誘惑。
五十嵐は戸惑いの表情で場を見ていた。黒名は落ち着いて、けれど静かにため息を吐いていた。
少なくとも、士道の「お前たちと戦うなら暴力沙汰にはしない」という脅しと交渉は事実らしいと、黒名の態度が物語っている。そして黒名の態度は信じられると、同じ伍号棟出身の三人はわかっている。
氷織は。
「ええやん」
不敵に笑った。
雪宮は。
「暴力はなしだ。それなら、いくらでもやってやる」
鋭い目つきで言い放った。
二子は。
「仕方なし、ですね。『強い人がいい』と待たせたのは僕です」
こうなってしまった遠因として、許容した。
そして、宵越は。
赤い瞳を烈火のごとく滾らせる。
「いいぜ。叩きのめしてやる、クソ悪魔」
宵越竜哉。士道龍聖。
金と銀の双竜が──衝突する。
4thステージ:宵越チームVS士道チーム
宵越チーム(赤):宵越、氷織、雪宮、二子
士道チーム(白):士道、黒名、五十嵐、???