4thステージ。宵越・氷織・雪宮・二子VS士道・黒名・玲王・五十嵐。
スコア、2‐2。試合は均衡しているが、それでも少しずつ展開は変わって来ていた。
チームの中心である宵越だけでなく、氷織もまたストライカーとしての真価を示した。それは次のプレーにもチームレッドに好影響を与える。最後の最後に誰がゴールを奪うかわからない。その選択には大きな時間を要するからだ。
それでも。雪宮はサングラスに滴る汗をぬぐう。
(……くそ)
まだ、雪宮は自分のゴールを奪えていない。
3rdステージでも1ゴールは奪えた。だがそれは宵越が主導して攻めた後、最後に雪宮へパスが回ってきたからだ。
宵越と士道が殺気とも見紛うような戦いを繰り広げている中で、雪宮自身が点を奪うことはやはり高難易度だった。自分たち以外の敵味方の強さもさることながら、たった今氷織が今までにない積極性で点を取った。それは雪宮にとって焦り以外の何物でもない。
自分は、未だ敵に弱点を見透かされて止められるばかりだ。
(……どうすれば)
自分の強みは理解している。純粋な能力では確かに勝てる部分もある。けれどいつも弱点を狙われて強みを殺される。
解決策が、突破の仕方が、見つからない──
世界は雪宮の逡巡を待ってはくれない。士道は珍しく自分でボールをセンターマークに置いた。
「どんどん……どんっどん、感度が上がってくる……!」
顔を上げる。その顔には悦びが溢れている。
プレーが始まる。士道がキック、ボールは玲王へ。玲王はすぐさま士道へ。
士道の奇想天外な、意外性を楽しむようなプレー。今度はドリブルで前進してくる。
「したくねえが、二度目だな」
「がおぉっ!!」
宵越、士道のマッチアップ。宵越が肩からぶつかり、士道の侵入を拒む。士道はすぐさま切り返して横へ走る。宵越が守っていた右翼へ切り抜けようと悪魔の眼が光る。
曲がった先を、珍しく前のめりな二子が防いだ。けれど士道は怯むことなく脚を構える。
守備の多いこの至近距離で、しかもまだシュートレンジから遠い場所で無理やり撃つ気か。どうあれ、選択は一つ。
「
「了解!」
宵越と二子が身構える。だが、1秒先の光景は違った。
「あっちょーい!」
士道のヒールパス。それは少し前の宵越の挙動と似ていた。
「あれは……!」
氷織が唸った。1点前に宵越と自分が連携したプレーと同じだからだ。ボールは後方の玲王へ。
玲王は悪魔の躍動に連動し、叫んだ。
「悪いけど──クソ悪魔とは二試合もして慣れたんだよ!」
玲王が
スコア2‐3。再度突き放された。
「ユッキー」
声をかけられる。振り向くまでもなく、誰が自分を呼んだのかはわかっている。
「なんだよ、氷織」
「別に、宵越くんのこと全部信じたり、逆に全部疑ったりしなくてもええんやで」
「……」
細かい説明もなく、いきなりの語りだした。
いや、なんでそんな風に喋っているのかはわかっている。二人とも宵越に下され、宵越の熱に少なからず当てられて来たからだ。
ただ一つ違うのは、氷織が先のプレーで何か吹っ切れたということ。
だから、氷織の言葉に雪宮は少しイラついた。
「別に……そもそもあいつに下った覚えはない」
「そうや。偉そうにもの言わせとけばええ。あんなバケモンの思考を全部マネできるわけがないよ」
「氷織はまねしたんじゃないのか。だから自分でゴールを決めた」
「違うで? 僕のエゴは宵越くんとは違う」
氷織ははっきりと断言した。
氷織と雪宮の視線が交わる。雪宮は疲労と共に視野が狭くなり、そして盲点も出る。けれど一点を見れないわけじゃない。
「僕は僕のエゴを貫いた。ユッキーだってそうすればええ」
氷織自身、必要以上に雪宮を心配するつもりはない。
この一言を最後に、氷織は雪宮から離れた。
「逆に、ユッキーにしかない強さだってあるんやから」
プレーが再開する。
宵越のキックから二子へ、間髪入れず氷織へ。
一点突破の自分は飛び道具としての扱いだ。要所でボールは回ってくるが、基本は宵越を中心としたパスワークとドリブルが展開される。
油断はしない。それでも、雪宮は自分の中の焦りと向き合ってしまう。
(俺は、どうすればいいんだ……)
氷織の言葉。自分にしかない強みがある。
けれど一つだけ確かなことがある。それは今の自分だけの力では勝てないということ。
視野の狭さは明らかに弱点で、それを防ぐことはできない。主治医とも語った。たくさん話し合った。その上で受け入れた。いつかストライカーとしての視野が喪われるということを。
それでも、こう思うようになったのだ。
──神は乗り越えられる試練しか与えないのだと。
だから
宵越が余裕のある速度で五十嵐を抜いた。すぐさま士道が迫る。後ろに大きく戻し、態勢を整える。二子が受け取る。氷織へ。
試練は誰に対しても平等だ。二子は3rdステージで氷織にやられて、馬狼は宵越に負けた。宵越すら凛に負けている。誰しも強さを求め、負けている。
そして宵越は、自分が変わることを厭わない人間だった。持ち前のドリブルと《カット》技術はもちろんだが、それ以外は少なからず宵越自身を破壊している。自分に対してサッカーの技術ではない《ドゥッキ》を使った。馬狼に対して不倒が好まないパワープレイをしてみせた。そして今、勝利のために自分のゴールを捨てて氷織にその権利を与えた。
(だったら、俺も変わらなきゃならないのか……?)
けれど。
──あんなバケモンの思考を全部マネできるわけがないよ。
そうだ。自分は宵越じゃない。雪宮剣優だ。眼に疾患を患い、それでも世界一のストライカーを目指すと決めたエゴイストだ。
氷織のパスは玲王にインターセプトされた。カウンターが来る。雪宮はひたすら黒名を視界に収めてパスワークの一翼を殺す。
(俺は氷織とも違う。宵越を
ボールキーパー玲王。士道への
(俺の目指す世界一の姿は、《不倒》宵越竜哉じゃない)
なら、なんだ。俺の世界一は。
眼に疾患を患い、それでも目指す世界一は。
剛のドリブルを──視野の狭さがありながらも勝てる強さを選んだ自分が、もう一度立ち上がるために得るべき強さは。
(本当の俺は)
舞い上がったボールを、目敏く宵越がキャッチ。士道が迫る前に二子へ。二子は、今度はボールを雪宮へ託した。
受け取る。ドリブルへ。
(本当の俺は……!)
眼の前には黒名。やや遠くに五十嵐。これまでの戦いと同じように前へ行けば、きっと自分は止められるだろう。
それでも、俺は俺の戦い方で勝ちたい。俺の目指す世界一は、他人の模倣の結果じゃないから。
だったら。
何を得れたら、俺は俺のまま世界一になる?
何を捨てれば、俺は俺を保って世界一になる?
(俺の中にある、世界一になるための本質は──)
────
雪宮剣優。眼に疾患を抱え、それでもなりふり構わず世界一を目指す、危うく、斬撃を飛ばすこともできない脆き剣。
ただ鋼でしかない長物。
宵越が、灼熱をくべる。溶けていく。
氷織が、冷徹さを示し、清流に浸かっていく。不純物が排除されていく。
鋼が純度を増していく。熱し、冷やし、熱し、冷やし。
そうして剣は精錬される。何物をも切り裂く、最強の
(俺の本質は──!)
雪宮が動く。停止した状態からの急激な
目が見えなくなる現実は変わらない。剛のドリブルで、1on1で
「カバー!」
黒名の叫び。五十嵐、そして玲王が集まる。
敵が増えるなら、躱せばいい。
黒名のように細やかに。宵越のカットように、奇想天外に──!
左右から襲い掛かる玲王と五十嵐。玲王の側へ加速。しかし今までの直線のストライドとは違う。フルスピードで蹴る脚を入れ替える
「今までとは違う動きかよ……!」
自分と五十嵐の間に玲王を置いた。そして五十嵐を避けつつ加速して掻い潜る。
(俺は宵越じゃない。カットは真似できない。でも──)
多人数に乗じ、敵を掻い潜る。
それは選手という障害物を利用して掻い潜る、ストリートサッカーのドリブルスタイル。
遠く、戦況を見ていた宵越の顔が不敵に笑う。
「雪宮、お前……」
雪宮が、進化している。何よりも生きている。
それだけじゃない。雪宮の真価は
雪宮の
「お前もいいねえグラサンくんっ!!」
士道が控えている。この悪魔を越えなければ、先のシュートチャレンジのように敵に警戒され、圧迫されて止められる。
(今までの俺じゃ、ダメなんだ──)
なら。今までよりも無警戒な場所への一撃を。無警戒な場所から。
それは、戦場の7人にとって予想外の雪宮の挙動だった。
「ユッキー……!?」
「そこから撃つ気ですか!?」
混乱する氷織と二子。立ちはだかる士道を前に
確かに、後ろには抜いた五十嵐と玲王が。そして横からは黒名が迫っている。パスか、あるいは別の行動をしなければボールは確実に奪われる。
そして雪宮はシュートを選択した。
(
宵越に負けて以降、何度も考えた自分の芯。
3rdステージで、宵越に徹底的に焼かれた。その果てに気づいた、自分の悔しさ。
──俺は、俺のゴールでストライカーになる!!
ならば、そのために捨てることができるものは。みじめに、無様に、それでも勝つために
雪宮のキックモーション。敵の4人、そして味方さえも次の展開を予想して動く。
そして士道の脳裏に閃く
「ひゃはっ、ジャイロごと弾いちゃうぜぇ!!」
「やってみろよクソ悪魔!!」
そして雪宮の脚がボールに触れる。
シュートを撃つ。士道の股を抜いて、地を這うように──!
「うぇ!?」
「ここから──下かよ!!」
黒名と玲王が呻いた。ゴールを生み出す、予想外なシュートの軌跡。
雪宮にとって幸運だったのは、このシュートをイメージできる前例があったことだった。
チームV戦。凛のチームメイトだった清羅は、その低身長を活かした地を這うような
そして何よりも、宵越にしてやられたことがあった。高身長の宵越にドゥッキ──股を抜かれた。それは上への意識を誘導された部分があったから。そして宵越は、馬狼を誘導して勝てる状況でパワー勝負を選択した。
宵越や士道という怪物を前に死んでしまうくらいなら、かなぐり捨てても得たいもののために、自分を壊してまで自分を貫く。
宵越が言葉で
宵越の熱を奪ってやる。氷織の冷徹さを利用してやる。
士道の意識の裏を突いた
「──斬り拓け!!」
突き破った剣突。意識をそらし、股下を抜くことでGKすら死角から出し抜く、地を這うスピードシュート。
スコア、3‐3。
今。剣は、精錬されたのだ。
・現在の状況:
レッド(宵越・氷織・雪宮・二子)
対
ホワイト(士道・黒名・玲王・五十嵐)
スコア:3-3
得点者:宵越、士道、士道、氷織、黒名、雪宮