No.29 敗北者の岐路
「……おい」
4thステージを突破した5人。次なる戦場へ向かう前、最初に口を開いたのは御影玲王だった。
勝者、チームレッドの4人は振り返った。最後尾を歩く玲王が発したのだから、そうするのは自然のことだった。
「なんで俺を獲ったんだよ」
そして玲王は続けた。
一瞬の沈黙。問われ、勝者は気の抜けた様子で語る。
「後衛は二子くんがおるし、なんだったら僕も守備できるし」
「オフェンスは俺と宵越がいる。君なら攻守どっちも参加して中盤を支配できるし」
「そんな教科書通りのことを聞きたいんじゃねぇ……!!」
玲王の腕に力が入っている。3人組を作る時の様子とは大違いで、余裕がない。その腕が所在なく動いた。
「性格が気に食わなくても、士道の方が明らかにこの先の適性があっただろうが!」
「彼は……防御力はたぶんからきしですよ?」
「ここは
二子の言葉にも納得はせず、玲王は俯いた。
「なんで、
それは文字通り4対4で負けたからじゃない。この戦いの前、玲王は2度負けている。そして1度は士道に選ばれ、もう一人を押しのけて生き残った。自分を
だから、そんな自分を何故選ぶのかと。
「簡単だ」
宵越は言った。
「お前に熱を感じたからだ」
「……」
玲王は宵越を睨んだ。けれど、それは敵意だけじゃない。
困惑。混乱。
そして視えるのは幻。宵越を中心に広がる──燃える世界。
「二次選考以外も含めれば、ここにいる全員、誰かに負けてる。だから負け続きの人間を獲らない理由にはならない」
「でも……!」
「本当の敗者ってのは……眼を背けた奴を言うんだ」
氷織が、雪宮が、眼を細める。誰もいない虚空を眺めた。
「勝利のために守ることも。何かを掴むためにやり方を変えることも。諦めて……そこから逃げることだって、敗北じゃない」
宵越自身、士道に勝ちきれなくて怒りに似た感情を持っていた。
けれど、もう宵越は眼を背けずに次を見据えている。
怒りや葛藤を抑え込み、目指すべき場所にたどり着くために。
「お前を選んだのは、眼を背けてないから。変わることを厭わないから。そこに熱を感じたから。それだけだ」
そうして宵越は再び歩み出す。それに続く赤いビブスの仲間たち。
ただ一人白さを保つ玲王は、戸惑いながら、それでもついていく。
『やあやあ才能の原石ども』
そうしているうちに、通路のスピーカーから声が聞こえてくる。
『ひとまずは二次選考クリアおめでとう』
その頃には、次なる場所への扉が見えてきた。その扉の向こうは、今までの大部屋や、あるいは明るい光とは異質な暗さがあった。
映像を見ることができる、一辺3m程の五角形の小部屋。うち3面に絵心が映し出されたモニター映像があり、中央には5人が座ることのできる簡易の台がある。
ここは二次選考クリアルームだ。
『眼を背けた奴こそが真の敗者……なるほどどうして、実感のこもった台詞じゃないか、
「……うっせぇよ」
5人とも台に座る。絵心は変わらず人を見下すような目線で語り掛けてくる。
『せっかくの機会だ。勝者であり、同時に敗北者であるお前たちに聞いておこう──』
それは、二次選考の始まり以来の絵心の啓示だった。
『“勝利”とはなんだ?』
「馬鹿みてぇに笑うことだ」
宵越が即答した。その答えは少し不真面目に感じるが、宵越にとっては何も間違いではない。
スポーツの試合。その先には必ず勝利か敗北がある。その戦いに勝ち、何も考えずに笑うこと。宵越にとって勝つことが必要だが、それが宵越の求める本当の勝利だ。
絵心はあえて狙って問いかけたのだろうか。宵越の「敗北者とはなんたるか」という語りと照らし合わせる意味で。
残る仲間たちも答える。試合に勝つことというそのままの答えは、絵心も望んでいないだろう。氷織は「望みを叶えること」と。雪宮は「相手を超えること」と。二子は「自分の空を破ること」と。そして玲王は「……W杯、優勝」と答える。
『もう一つ聞こうか。お前たちは、何故サッカーをしている?』
これには、それぞれ時間を要して答えた。
「最善を尽くすため」
「世界一のストライカーになるため」
「サッカーが面白いからです」
「僕が描いたサッカーを生み出すためや」
「簡単には手に入らないものを、手に入れるため」
『それぞれの答えがある。そう、
『なら、敗北の意味合いが違うのも当然だ』
宵越が答えた本当の敗北。それを壊しにかかる。当然宵越も仲間たちも、宵越の敗北の定義を軽んじてはいない。
そして
それでも、この狂気の監獄を生み出す神の発言だ。そこにどんな意味があるのか、考える。
『お前たちは一次選考、二次選考の各所で敗北を経験し、それでもここまで進んできた。それは真の意味での敗北ではなかったからだ。プロは生涯を通して何度も戦いを繰り広げる。その全てに勝つなどということは猿の妄言でしかない』
氷織や雪宮は、宵越や凛と戦い、敗北した。二子は一次選考の敗北はもちろん、3rdステージで負け、進んできた。玲王は二次選考、ほとんど負けたにもかかわらずここにいる。
宵越も凛に負けた。そしてたった今の試合。士道に勝てたとは思っていない。
『与えられた敗北から眼をそらさずに、次なる高みへ至る糧とする。だからお前らはそこにいるんだ』
それは宵越だけではなく、全員への言葉。まだ、世界一への道は遠い。
その過程において、幾度もなく襲い掛かる敗北から何を学ぶか。ただ一つの試合を漫然と行わないための戦い。それが一次選考はもちろん、二次選考の
『忘れるな。敗北が不可避であることを。そして考え続けろ。その敗北が自分の本当の勝利にとって、どんな熱となるのかを』
そして、宵越たちは次なる戦いへと進む。
『さあ、ここからは三次選考。予告通り、世界トッププレイヤーとの強化合宿を行う』
3つのモニター全てから絵心の顔が消えた。そして5人の外国人選手の姿が映し出された。
『当然お前たちは勝つつもりで行くだろう。その結果望む勝利を得るのか、それとも敗北を糧とするのか』
宵越はもちろん、他のメンバーも驚いた。5人の選手は、本当に世界のトップを走る選手たちだったから。
《レ・アールの貴公子》、レオナルド・ルナ。
《ゲットゴールジャンキー》、アダム・ブレイク。
《重戦車》、ダダ・シウバ。
《そばかすベイビー》、パブロ・カバソス。
《神童》、ジュリアン・ロキ。
『選ぶのは、お前自身だ』
────
2ndステージクリア後、絵心の啓示から24時間後。
決戦の時は来た。
三次選考バトルフィールド。二次選考4thステージと同様のコート。そこに宵越、氷織、雪宮、二子、玲王の5人が乗り込む。
既に、そこには
正面にいたのはスペイン代表、《レアールの貴公子》レオナルド・ルナ。金髪に甘いマスクを持つ好青年だ。
『さあ、次はどんな子たちかな』
『少なくとも、つまらん小僧共なのは確かだな』
ルナに返したのは同じく金髪、しかしより引き締まった肉体とそれに相応しい膂力に鋭い眼光。イングランド代表、《ゲットゴールジャンキー》アダム・ブレイク。
『ガハハッ! オッサンは女じゃなけりゃ誰だろうが興味ないだろ』
ブラジル代表、《重戦車》ダダ・シウバ。日本人を威圧するような堂々としたドレッドヘアの黒人。この場の誰よりも背が高く、筋骨隆々で、そして巨きい。
『あ、水色の彼、まあまあ可愛いじゃん。ピカチュウのほうが可愛いけど』
アルゼンチン代表、《そばかすベイビー》パブロ・カバソス。ルナとは別系統で甘い顔立ちは、23歳の青年とは思えない。一部の婦人からの悲鳴のような歓声を受けるフリーキッカーだ。
『始めましょうか』
《神童》、ジュリアン・ロキ。フランス代表、坊主とも見紛うベリーショートヘアの黒髪。なんの緊張もない、ここが戦場であることが信じられないような笑顔でいる。
全員英語を話している。玲王が毒を吐いた。
「……俺たちなんざ眼中にないってか」
「玲王、お前わかるのか?」
宵越が驚いた眼で玲王を見た。
「ああ。親から飽きるほど教育されたからな……え? 別にわかるだろ?」
玲王が「何を言ってんだコイツ?」という目で宵越を見た。
「いや、俺らまだ学生だぞ? 嘘つき眼鏡じゃあるまいし」
「嘘つき眼鏡……? ていうか学生だから英語習ってんだろ。なあ、お前ら」
玲王と宵越。それぞれ対極の意見を持つ二人が、仲間を見た。
雪宮は頭をかいた。
「玲王君ほどじゃないけど、少しは」
氷織は首を傾げた。
「聞き取りならできるよー」
二子は顎を撫でた。
「……氷織くんと同じく。学生レベルですが」
結論。少なくとも聞き取りは四人ともできる。
宵越はその場に崩れ落ちた。
「宵越くん……本当にスポーツ以外は残念やねぇ」
「ま、だからあの化け物メンタルができるんだろうけど」
「ですね。僕だったら恥ずかしくて泣きます」
「泣くのか? 二子」
そんな青少年の様子を、トッププレイヤーたちは面白おかしく見ていた。
『はは! 試合の前から倒れてやがる!』
『言ってやらないでよ。そりゃ、僕らと戦うなんて緊張するでしょ』
カバソスとシウバの会話だ。
宵越以外の四人は聞き取りができるので、少なからず相手の態度に思う所があった。
確かに、世界のトッププレイヤーたち。凛のような同世代のトップどころではない、正真正銘世界一の頂にいる選手たちだ。
だが、眼中にないというのはここまでイラつくのか。
「……僕も、宵越くんにあてられましたね」
「奇遇やね二子くん。右に同じや」
氷織と二子が指の関節を鳴らした。
雪宮はゴーグルを整えた。
「さて……そろそろ大将を起こすかな。宵越」
「俺たち、舐められてるよ。それでいいの? 不倒」
「バカヤロー、良いわけあるかよ」
宵越は玲王に耳打ちした。そして玲王は、不敵な笑みを浮かべて敵に近づく。
『なあ、世界トッププレイヤーさんよ』
『なんだい? 才能の原石君たち』
ルナが返してきた。
『ウチのリーダーが宣戦布告したいんだとよ。英語喋れないけど、訳すから聞いてくれよ』
その言葉だけで、世界選抜の空気が変わった。
余裕は変わらない。けれど明らかに狩人の目になった。
「ほらよ、お膳立てはしたからな」
「……助かる、玲王」
圧に負けず、宵越は仲間たちの先頭に立った。
宵越が口を開く。そしてそれを玲王が伝える。
『アンタたちは宝の山だ』
宝の山。宵越は、強敵と戦うたびにその悦びを感じていた。
サッカーに打ち込んでいた小学生の頃、勝てるわけもないのに中学生や高校生に挑んでは負け続けた。
未完成でも新しい技を試して、そうして少しずつ超えて行った。
今、宵越たちの前にいる世界選抜は、登り甲斐のない低い山でも、大きいだけの無意味な山ではないように見える。
そして。
『世界一は
唯一、宵越が「学ぶ気が起きない」と匙を投げた選手がいた。選手として尊敬はする、けれど学びはしない、人の形に収まるだけの怪物だった。
けれど、ここにいる5人の世界選抜は……果たして理解できず、抗えず、ただ逃げることしかできない怪物だろうか。
それを見定めるための戦いでもある。
『アンタたちは絶対に俺たちより強い。でもそれは勝てないって意味じゃない』
宵越はルナを指で示す。
『俺は俺の全てを使って、アンタたち全員を超える』
だから。
『招待してやるよ。
玲王を通した宵越の宣戦布告。
武者震いを覚える仲間たち。けれど気持ちは宵越と同じだった。
舐められっぱなしはムカつくし、目指すは世界一だから、世界選抜は倒すべき敵なのだ。
ルナは笑った。
『わかったよ。絵心から聞いた……君が《不倒》なんだね、宵越竜哉』
その笑みは、神でもなんでもない、まるで悪魔のようで。
『その才能に免じて──完膚なきまでに、挫いてあげる』
頂点が、敵を見定めた。
宵越は、迎え撃つために不敵に笑った。
『上等だ、世界選抜』
三次選考1stノルマ VS.世界選抜
5点先取、GK:ブルーロックマン
チームレッド:宵越、氷織、雪宮、二子、玲王
チーム世界選抜:ルナ、ブレイク、シウバ、カバソス、ロキ