三次選考1stノルマ、VS《世界選抜》。
スコア、0‐3。宵越がこれまで
敗北は凛のいるチームV戦のみ。その試合にしてもシーソーゲームの末の3‐4。
今、なす術もなく世界の頂に蹂躙されている。
プレーが再開する。氷織が蹴ったボールは宵越が受け取った。一瞬の迷い、けれどそれがもう《世界選抜》相手では致命的な間だ。
宵越は即座に二子へ渡した。これまでにないプレーを求めた。
二子は氷織へ。氷織はスルーし、玲王が受け取る。その間、雪宮が左翼から抜け出そうと全速力で前に駆ける。
『おいおい、パス回しじゃさっきと同じじゃねぇか』
《重戦車》ダダ・シウバが雪宮に立ちはだかる。動けない。
その攻防を囮にして、宵越が右翼から前に出てボールを受け取る。しかし《レ・アールの貴公子》レオナルド・ルナが不倒の加速を許さない。
『まだまだ単調な動きだね・プレーの幅が少なすぎる』
宵越は即座に《カット》を選択した。先のプレーでは追いつかれた。純粋な動きではまず阻まれる。
そして、二度目は完全にボールを奪われた。
「──」
宵越の思考が麻痺する。
『テクニックをただ漫然と使う。それは逃げだよ』
抜き去ろうとした宵越の足元から、ただボールを一瞬奪いとる。宵越の比較的不得手な接触プレーですらないのに。
取り戻そうとする宵越が振り返った。ルナは追いつかせず、ドリブルを始める。
『そういえば、君は神がいたと言っていたね』
ルナは振り向き、まだ果敢に勝とうとしてくる弱者を流し見る。
お互いの言葉はわからない、けれど二人は確かに会話をしていた。
『なら、その神様を超えよう』
加速するルナ。辛くも追いつきスライディングでボールを狩る宵越を易々と避けた。タイミングをずらし、プレスに来た二子と氷織を、その大柄な体で抜き去る。カットではないにせよ、まるで瞬間移動のような動きだった。気づいた時には後ろをとられる。
さらに一人で防御に回った雪宮の目には、最初の宵越が想起したような、ルナの無限のプレーが視える。
(気配が──)
右にも抜かれる。左にも抜かれる。絶対にパスはない、けれどパスもできる。ぶつかる前から撃てるだろう、いやぶつかりながらでも自分を弾いてゴールを奪えるだろう。
こんなストライカーを、どう出し抜けばいい?
『これでチェックだ』
結果──パワーで押し切られた。惚れ惚れするほど滑らかなプレーで、健脚が音速を超えんと振り切られ、そして瞬く間にゴールネットを食い散らす。
0‐4。
「……」
声を張り上げる余裕はなかった。
無理矢理に頂上に引き揚げられたように、息苦しさを覚える。
その寒さの中を、なんでもないように王者が歩いてくる。
ルナは宵越に語り掛けた。
『どうかな? これでも、君の言う神よりチープかな?』
何も言い返せない。
絶望がある。恐怖がある。そして希望はない。
戦略の勝負ではない。どシンプルな実力の差。打開策などというものはない。
それでも、宵越は諦めない。
顔を上げる。
(ああ……そうだよ)
かつての中学世界戦MVP、ヴィハーン。かつてのトラウマや迷いを乗り越えて、神へと舞い戻った男。
彼の動きは学ぶ気が起きないほど常識外れな動きだった。これと同じ道を目指すなんて時間の無駄だと、五体がハッキリと言っていた。
目の前の世界トッププレイヤーたちは、確かに一握りの天才だろう。化け物には違いない。
けれど。
ブレイクの超体幹。シウバの圧倒的な身体数値。カバソスの掌でボールを弄ぶような超技術。そして、完全無欠のレオナルド・ルナ。
(ロキの野郎はまだ舐めきってやがるが……でも)
全部、視えた。そのロジックが。何故強いのか。
「おい、お前ら」
宵越は仲間を見る。
「……宵越くん」
氷織が顔を上げた。
「宵越」
雪宮の目はまだ開かれている。
「死ぬ気で持ってる
「上等です」
二子が前髪を上げる。
「見せてみろよ、不倒」
玲王が、絶望ではなく死ぬ気を覚える。
強さが視えたからこそ絶望するのだ。絶対に勝てるわけがないと思うのは、敵の強さを理解したからだ。
青い灼熱の世界を生み出したこの男は。
「俺が、ゴールを決める」
何度も、何度も、何度も。
倒れてから立ち上がってきた、不倒だった。
────
スコア、0‐4。宵越たちにとっては始まったばかり。世界選抜にとっては、ホテルに戻ってシャワーを浴びる前の最後のプレー。
「かますで──
始まりのキックは氷織。右翼の宵越へ渡す。そのままドリブル。
何度でも挫くと言った通り、ルナがまた立ちはだかった。
同時、雪宮が大きく前線に出た。シウバではなく、今度は《ゲットゴールジャンキー》アダム・ブレイクが警戒する。
宵越は何度も阻まれてきたルナを見据える。マッチアップ、立ち合いでの選択は再びのカット。
『その動きは見え見えだよ』
三度目のカットはルナに看破される。しかし宵越は抜き去るためでなく、純粋なフェイントのためにそれを使った。右翼のさらに際へ向かいながら、中央やや後方の玲王へヒールパスでボールを供給する。
玲王はボールを受け取る前から、既に戦場を見渡していた。敵味方、誰がどこにいるのか。おぼろげながら把握しつつあった。
イメージがある。自分たちが決死の覚悟でパスを回す。それでも世界選抜に奪われる未来。
確かに勝てないかもしれない。でも。
(これ以上……無様に負けたくないっ!!)
脳裏に閃く啓示。
──忘れるな。敗北が不可避であることを。そして考え続けろ。その敗北が自分の本当の勝利にとって、どんな熱となるのかを。
宵越たちとの4thステージ。そこに繋がる過去の敗北。これを熱にするなら、漫然と負けられるわけがない。
(俺は……世界一に、なるんだよっ!!)
広がる視界。シウバがプレスをかけてくる。
『おいおい、まだ諦めねぇのかよ!!』
『ほざいてろよ、脳筋ドレッド──!』
シウバのこめかみが膨れ上がる。
どうすればいい。この世界の頂に勝るために、今できることは。
──お前を選んだのは、眼を背けてないから。変わることを厭わないから。
変わることを厭わない。
──死ぬ気で持ってる
自分の持てるすべての能力を──
瞬間、
それでもシウバは反応してくる。
『ハハ、銀髪小僧と比べりゃ子供だましだ!』
『だろうな。ハナからアンタを騙す気はねぇ!』
さらに右へ
その瞬間に、玲王は士道の殻を被る。シュート級の威力を伴った
その右翼へのパス供給に反応し、偶然にも宵越へ向かうボールを奪う選手がいた。それは《神童》ジュリアン・ロキ。威力の強い荒いボールでも、さも当然のようにトラップしてマイボールにする。
そのロキに、パスを受け取ろうとして迫っていた氷織と二子が突っ込む。
『あれ、いいのかい? 両極端すぎる2人で』
冷めた口調のロキが言う。2人は負けない。
「いいに決まってるでしょう!」
「両極端が合わさったら、最強やんけ──!」
全速力で突っ込む挑戦者。あまりにも投げやりに見える挙動。だからロキはあざ笑うように横へボールを飛ばす。
「脚が速いだけじゃ──」
それを宵越がインターセプト。
「最強の証明じゃねぇんだよ傲慢野郎がっ!」
『あら』
ロキの武器は神速。それは全員が知っていた。すべての技術が一流だとしても、神速以外が相対的な弱点になると理解していた。
ロキの足元のボールを奪えないなら、ロキから離れた瞬間のボールを奪う。二子も氷織も、どちらも決死のタックルでロキのパスコースを塞いだ。残る軌跡をロキの死角から宵越が奪い取った。
「けど3人がかりでやっと1人分って、どんな化け物ですか……!」
二子が悪態をつく。氷織は脚がもつれて転ぶ、それでも顔は上を向く。
「なんでもいいんや……いけや、不倒!」
玲王のパス供給。そこから氷織、二子の決死のパスカット。そこに連動した宵越のボール奪取。
前線へ駆けあがる。左翼から雪宮が合流し、中央でドリブルする宵越に並走する。
その向かう先にいた《そばかすベイビー》パブロ・カバソスは、頭をかきながら呟いた。
『あー……止められなさそう』
ロキほどではないにせよ、スピードを武器として持つ宵越と雪宮。二人はもう、完全な出たとこ勝負で至近距離パスを繰り返しながら前進し、カバソスに向かっていく。
どちらがいつ、パスを交換するかわからない。いつ中央から両翼へ逃れるかはわからない。そして荒いパスでも追いつけるスピードを持っている。
カバソスの強みが圧倒的タッチセンスなら、もはやボールに触れさせない。そのためのスピードによる翻弄。
『でも、一人はもらってくよ』
カバソスが宵越に突進してきた。宵越が雪宮へボールを渡した。雪宮への守備を最後衛ラインに任せ、宵越をここで殺すためのカバソスの動き。
雪宮がカバソスの脇を通り抜ける一方、カバソスが宵越に体をぶつけてくる。
「かかったな」
『え?』
ニヤリと笑う宵越。
「確かにサッカーじゃ、今の俺はアンタらより弱い」
カバソスは宵越の目を見た。真っ赤に燃えて子供のように不敵に煌めく瞳。
「けど言ったろ。俺は俺のすべてを使って勝ちに行くって」
カバソスは日本語はわからない。けれど宵越の表情を見て察した。
『ああ、勝てるって目をしてるね』
世界選抜の前に立ちはだかるのは。
サッカー選手であり、
能京6番《不倒》宵越竜哉だ。
「なあ、そばかすベイビー。《走る格闘技》って知ってっか!?」
ボールを持たない、だからこそ宵越の黄金の脚が輝く。
いつか、宵越のカバディを観たサッカー選手が言っていた。
──ボールない分速いっすね。
カバディの動き。相手を躱し、目的の場所へ至るための挙動。
右《カット》、左《カット》、後ろへの《バック》、上への《ジャンプ》、タックルを受け流す《回転》、下への《ドゥッキ》。躱すための無数の選択肢が──カバソスにも視える。宵越が何度も成し遂げてきた、嘘のない動きだから。
それはいくつかは、サッカーでは荒唐無稽なもの。けれど宵越はカバディの世界でそれを成功させてきた。
宵越は、その荒唐無稽な1をこの土壇場で持っていける天才だった。
『あちゃぁ』
カバソスがため息を吐く。
宵越は。この一瞬だけは、カバソスを越えた。
そして、黄金の脚が駆ける。一足先に前へ出た雪宮に後ろから追いつく。
残る壁は二人。
『さあ、フットボールをするか』
アダム・ブレイク。
『いいね、才能の原石君たち』
レオナルド・ルナ。
宵越・雪宮VS,ルナ・ブレイク。
マッチアップ──!
ボールを持つ雪宮の前に立ちはだかるブレイク。雪宮はシュートモーションをしかけた。明らかに雪宮のシュートレンジから遠い位置。
『そりゃ決まるわけねぇだろ』
「それでも、撃つんだよ……!」
雪宮は迷わない。
『ぬりぃよ、簡単に弾ける』
「そりゃそうだ。
ブレイクがなんの驚きもなく、予定調和のように雪宮のシュートを弾いた。ボールは小さく跳ねて宙へ。ブレイクの3m横へ──
そこに反応した、宵越とルナ。
雪宮はわかっていた。負けたくはない、けれど今の自分の視野では確実にブレイクとルナに下されると。
だから賭けた。ブレイクが弾き、どこに行くのかわからない五分五分の展開に。玲王の選択と同じように。
だから、最後の一歩は。
「──越えろ、宵越!!」
宵越とルナ。ぶつかり合いながらボールに向かう。
ルナは笑っていた。
『さあ、どうやってくれる?』
「……っ」
『それとも俺に挫かれる? 不倒クン』
ルナは動かない。宵越の圧などそよ風にしか感じない。
悔しさに口をゆがめる。現実はどこまでも変わらない。
「アンタたちは完璧だ」
完膚なきまでに、たかだか日本の高校生よりも完成している。
「だからわかるんだよ。完璧な動きに、どうやってアンタが反応するか」
それは何度もできることじゃない。
けれど武器はたくさん持っていた。
いつ使おう?
どう使おう?
そんなふうに考えているとき。
いつだって、景色は
ぶつかり合いながら、ボールから目を離さず。けれど、周辺の総てを視界に収める。
ぶつかるルナの動きと目線。ブレイクのフォローの方向。後ろから迫るロキのカバーリング。
それらを視て、ルナがどんな姿勢で自分を潰しにかかっているかを把握する。
宵越が先にボールに触れる。そのボールをキープした右脚に襲い掛かるのがわかった。あまりにルナの動きが完璧だったから。
時々視えていた、俯瞰の視界。そして相手が完璧だからこそわかる連携の位置把握。
そして。
《カウンター》。その動きを応用し、接触プレーながらルナの身体を支点にする。
空中にいながらルナの足さばきを躱し、浮かしたボールを自分の身体の横へ。
黄金の脚が閃く。
シュートへの工夫など何もない。ただ、この蹴りに持っていくまでに不倒の歴史の総てを込めた。
同じく、総てを視ていたルナは笑っていた。
『いいね。不倒』
スコアが刻まれる。0‐5ではない。宵越たちの始まりの一点が。
1‐4。快哉を上げる宵越。
灼熱の世界が、世界選抜を取り巻いていく。
・現在の状況:VS.世界選抜
青い監獄(宵越、氷織、雪宮、二子、玲王)
対
世界選抜(ルナ、ブレイク、シウバ、カバソス、ロキ)
スコア:1-4
得点者:ブレイク、カバソス、シウバ、ルナ、宵越