青い灼熱の世界へ   作:迷えるウリボー

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No.7 凍りついた熱

 

 ブルーロック伍号塔、チームY対チームZ。

 スコア、0-1でチームZがリード。後半戦が始まった。

 チームZ側は、当初の4-5-1の位置関係は変えずに宵越の位置だけを大きく変えた。当初RWGにいたところから中央のDMFへの変更。攻撃としての参加を諦めるつもりはない。しかし、敵チームの要である氷織羊を封じるための手だ。

 チームZのキックからのスタート。宵越が下がったことで、パス回しは西岡と七星主体となる。

 チームYの守備は鉄壁。しかし攻め手がない。こちらのボールを膠着状態から引き剥がす手がないのだから、チームZもそれに呼応するように堅実なパス回しとなる。

 とはいえ逃げではない。自分たちの強みと相手チームの弱みを理解しているからこそとれる、《攻撃的な守り》とも言うべき選択だ。

 宵越は油断しない。試合において、そういった選択は決して逃げじゃない。弱さを理解し、何よりも勝利を求め、相手が強いと敬意を払うからこそする戦略だと理解している。

 だからこそ、宵越は執拗に氷織を抑え続ける。

 氷織が動く──動かせない。走る──体からぶつかって抑止する。下がる──磁石のように張り付いて圧をかける。

 お互いの息が切れる吐息が聞こえる距離感だ。

 汗が飛沫(しぶき)となって飛び、そんな状況でも宵越は氷織を捉え続ける。

「……わからんなぁ」

「あん?」

「宵越君、サッカー辞めたんやろ。なんでここにいんの」

「……それ、もうブルーロックに来てから何度も聞かれたぜ。いい加減飽きてきたんだが」

 中央エリアでの対峙と対話。

 氷織が左へ走る。鏡のように宵越が追いつく。

「なんつーかな。見つけるために来たんだよ」

「見つけるため?」

 オフ・ザ・ボールで躱そうとしてくる氷織。それも宵越は抜かれない。いや、正確に言えば最初は宵越の超常的な反射神経で対応していた。それが二度、三度と繰り返しているうちに、徐々に読みで対応できるようになってきている。

(僕の動き、読まれてる……?)

 氷織の額に、汗が浮かぶ。今までとは違う汗が。

 時間は刻々と過ぎていく。

「厳しすぎて、周りに合わせられなかったサッカーの俺。そんな俺と一緒に戦ってくれるバカが生まれるかどうかを見つけるためだ」

「やっぱり、超ワガママエゴイストやんけ」

 陰となる宵越と氷織。対極の陽となるボール回し。そこでは、西岡を囮にして抜け出した七星がシュートを放ち、けれど相手DFに止められていた。

「お前はどうなんだよ? 世界一のストライカーになるために来たんじゃないのかよ」

 プレーの最中、宵越はそんな言葉を氷織にぶつけた。

 今は宵越が氷織の動きを封じているが、氷織の防御センスはピカイチだった。

 防御を知るということは、敵の防御の弱点も理解できるということだ。攻撃に転じる機会はあるだろうに、どうしたってそれをしないのかが不思議でならない。

 だからこそ気になった。

「僕は……帰りたくない」

「あ?」

「帰りたくない。だから、ここに来たんや」

 これは宵越にとっては予想外な回答だった。決して理解できないものではないが。

「……他人の目標を馬鹿にする気はねぇが、ぱっとしねぇ願望だな。もっと期待させろよ」

「……期待?」

 一瞬。氷織の目線が、さらに冷える。

「期待なんて言葉……僕に使うなや……!」

 氷織が加速した。それは攻撃。だが、理想的な一撃じゃない。

 現実から逃げるための攻撃だ。

(試合を決めるのは……今だ!)

 宵越は氷織から離れた。突然の動き、加速した氷織のステップが一瞬止まる。

 攻撃の宵越、守備の氷織。それぞれの強みを打ち消していたキーマンが暴れ出す。

 ただし、最初と違うのは氷織が攻勢に出たことだ。

(マズイ……僕が宵越くんに張り付かなアカン!)

 氷織の思考。それまでの数十分を考えれば当然の判断だった。

 だが、宵越の動きは今までと異なる。攻撃に出るのは確かだが、パス回しの割合が減った。一度自分がボール保持者になると、巧みなドリブルで敵を躱していく。

 そうなると当然、敵はダブルプレスでつぶしに来る。この瞬間だけはパスが必要だ。そして今まで、宵越のそれは氷織のパスカットによって防がれてきた。

 実際、突貫する宵越の後ろに氷織は控えていた。左にいる西岡への攻めのパス、右にいる七星へのポストプレーを期待したパス。あるいは虚をつくバックヒールパス。

 そのどれもを狩れる位置に氷織はいた。

 そして選択肢は。

(西岡君への──)

「西岡へのパスだろ?」

 宵越はそう言って、()()パスを出した。

 左へ飛び出した氷織の足は空を切る。ボールは誰にも邪魔されず、安全に七星へ。

 困惑する氷織。何故自分の読みが読まれた……?

「いわゆる《イーグルアイ》ってやつだろ。お前の眼は」

 度重なるマッチアップを経て、氷織の動きを観察した。宵越には氷織の守備力の真髄が理解できた。それは眼の使い方だ。

 何度も、何度も、一瞬の油断すらなく、氷織はフィールド全体をその眼に捉えていた。それを俯瞰図に組み立てて、宵越や西岡の動き、そして連動する危険なポジションを潰していたのだ。

 そして、宵越はそれを攻撃に転用した。

 氷織と比べれば不完全だ。だが似たような状況を体験したことがある。

 完璧な連携、完璧なプレー。それは時として完璧だからこそ次の挙動を読みやすい。

 宵越はそれを逆算して、氷織が西岡へのパスを誤算するように誘導した。

(冷静な判断力。磨けば確かな武器になる)

 なのに、攻撃に出ようとする意識が弱い。本当にもったいないと思った。

 プレーは続く。フリーの七星はさらに前進し、そこに敵DFが来る。宵越・西岡と比べれば他はボールを奪いやすいと判断されたからだ。

 七星はアドバンテージが消える前に西岡へのロングパスを繋いだ。

 宵越は次を考える。氷織をだまして導いたチャンス。これを逃してはいけない。

(……思い出すのは、(ばん)のことだけじゃない)

 高校カバディには、《世界組》と称される選手たちがいた。それは中学以前からマイナースポーツであるカバディを始め、さらに中学選抜の代表として世界戦を戦ったメンバーを指す。

 たとえ人口の少ないマイナースポーツでも、一瞬の戦い、勝敗に命を燃やす本物たちはいた。

 そしてその中で自らに才能がないとして、我を出さずに選手生命を終えようとしていた馬鹿野郎がいた。

(アイツは……世界組6番は、前に出てくれたぜ)

 守備的に戦った方が勝てた試合で、それでも互いの熱のために。感化して感化されて、自分の土俵に上がってくれた、不器用な男を知っている。

 なのに、世界一になろうとする青い監獄の住人が、ただ熱を凍らせたままなのかよ。

「そんな腑抜けは……完膚なきまでに焼き尽くすぞ……!」

 左翼の西岡が敵陣突破。その西岡もまた自身のシュートレンジまでやってきた。

 西岡もまた、少なからずエゴイスト。『撃ちたい』『撃て』という自分の本能が聞こえる。

 そして。

(わかってるよ、不倒)

 視界の端。位置にしてペナルティーエリアの外側、左右の中心辺り。宵越竜哉の眼がギラついている。

 

 ──俺に、出せ。

 

 チームZ(イレブン)が結成して以来、我を出しつつ味方を立てるのを忘れなかった宵越の、100%完全な我がままな熱。

「なら、勝負だ不倒……!」

 実際、シュートレンジまで来たものの完全に撃てば決まる場所ではない。()()()()()()()確実に勝つなら、もう何枚かDFを抜くべき位置。

 西岡は動いた。パスは出さない。敵DFとの正面からのマッチアップだ。

 足を巧みに動かすシザースフェイント。相手が動き出そうとする一瞬を見極め、体を縮こませ、脇をついて前へ行く。

 だが西岡の目の前に、氷織が立ちはだかった。

 引き延ばされる1秒。0.1秒が過ぎていく度、西岡のゴール成功率が下がっていく。

「……!」

 逡巡。決意。躍動。

 蹴弾(シュート)。西岡はステップワークを駆使し氷織の脇を突き、ボールを撃ち込んだ。

 だが決まらなかった。氷織のつま先に阻まれ、GKの指先に、ポストに当たり弾かれる。

 天高く上がるコート上の(女神)

 それは氷織の足元に転がった。

 

 

────

 

 

 氷織羊は、柔道の全日本銀メダリストの父、そして走り高跳び日本2位の母との間に生まれた。

 1位になれなかった無念を晴らすためか。羊は父母にスポーツでトップを走ることを期待され、そうしてサッカーの道に立たされた。

 幸いにも、羊には才能があった。父母の英才教育も味方し、サッカーの秀才として成長していく。

 それでも、羊自身は特別サッカーが好きなわけじゃなかった。

 友達と遊びたい。ゲームがしたい。子供としての当たり前の憧れがあった。

 それでも、羊は父と母のためにサッカーを続けた。

 転機になったのは両親が喧嘩をして、決定ではないが『離婚』の二文字を聞いてしまったこと、そしてその時に足を怪我してしまったことだ。それを見た両親は血相を抱えて救急車を呼んだ。

 結局、羊は両親にとって世界一になれなかった自分たちの代わりであって、自分自身を愛されているわけではなかった。

 それでも、家族がバラバラになるのが嫌でサッカーは続けた。

 『期待』という言葉の意味を、ユースの先輩に聞きもした。それでもわからなかった。

 結局、両親のことは嫌いになってしまった。

 そんな中でやってきた青い監獄(ブルーロック)

 両親から離れる。あの家には帰りたくない。だからこの監獄に身を委ねていたい。

 それが本心だった、のに。

 

『お前はどうなんだよ? 世界一のストライカーになるために来たんじゃないのかよ』

 

 宵越の言葉が脳裏に刺さる。

 氷織から見て、宵越は本物のエゴイストだ。その一言一言に刺激を受ける何かがある。

 

『もっと期待させろよ』

 

 『期待』という一言に頭は沸騰した。どうしたって、両親のことを思い出すから。

 でも、それだけじゃない何かもあった。

 スコア0-1、ビハインド。残り時間も少ない。さらに、この試合で負ければチームY全員が生き残る可能性はほぼ0になってしまう。

 西岡のシュートが外れ、そして落ちてきたボール。氷織がキープする。

 何が何でも1ゴール決めるしかない。何が何でもこのボールを前線に運ばなければならない。

 そして。

「よう。戦おうじゃねぇか、この灼熱で」

 氷織の前に宵越が立ちはだかる。ボールを氷織が持つという、試合最終盤にして初めて訪れた状態でのマッチアップ。

「お前の熱を──見せてみろ!」

「僕に期待するな……!」

「俺はお前になんか期待しねぇ!」

 氷織のボールに宵越が向かう。それを氷織は抑え、躱す。それでも宵越は食らいつく。

 再度の攻防。

 一瞬の思考。氷織の眼には、一度目の自分のフェイントに食らいつき、次こそ本当にボールを奪いにかかる宵越の体が見えた。

「俺が期待してんのは──お前が生み出す《熱》だけだ!」

 突っ込む宵越。躱す氷織。

 そして──ボールは宵越の足元へ。

 理解できなかった。

「イーグルアイの本質は周辺視野。さすがに《アイソレーション》までは見破れないと思ったぜ」

 それは宵越が、本当にわずかな時に出すもので、仲間内にもほとんど知られていない。初戦で雪宮を抜き去る時にも使った90°急回旋のカット技術の本質。

 通常、連動して動いてしまう体の各部位を分離して動かすことで、『ある動きをしているように見せかけて、まったく別の挙動をする』という高度なフェイント技術だ。

 本気を出し、点を奪うためにイーグルアイに集中を極めた氷織には、その微細な変化をキャッチできなかった。

 一対一での純粋な突破そこが、この試合で鉄壁の防御力を誇った氷織を出し抜くための灯台の足元。

「お前が熱を出したから、俺の熱もまた反応する」

 宵越の黄金の右足が閃く。

「学ばせてもらって感謝するぜ。勝ち残れるかは、お前次第だけどな」

 誰も動くことはできなかった。ブランクなんて感じさせない。それほどに美しいシュートだった。

 試合終了を告げる電子ホイッスルがなる。

 

『2-0で、チームZの勝利!!』

 

 チームYは2敗北となった。この瞬間、氷織たちは事実上別の戦いに追い立てられる。初戦のチームV戦で0得点、そしてこの試合でも0得点。勝ち残るために、勝利ではなく『誰が多く得点をとれるか』というしのぎ合いだ。

 フィールドをコントロールしていた氷織も例外ではない。

 試合は終わった。敵味方、それぞれの歓喜と絶望と共に、ロッカールームへ戻っていく。

 氷織は、宵越の背中に向かって叫んだ。

「……宵越君!」

 宵越の足が止まる。振り返る。

 返事はない。真っ赤な瞳だけが、続きを促してくる。

 何を言うべきか、氷織は悩んだ。

 自分は敗者だ。背水の陣に立たされた、無数の人間の一人にすぎない。

 それでも、「見つけるために来た」という宵越に聞きたいことがある。

 

 帰りたくない。これは氷織の本当の願望だ。

 でもそれ以上に、宵越の言葉に、何かを見つけたから。

 まだ言葉にできない、でも感情に引っ掛かる何か。

 

『俺が期待してんのは──お前が生み出す《熱》だけだ!』

 

 自分に期待しているという喧しさなのに、けれど両親の期待とは違うようにも感じる何か。

 それがわからなくて、氷織はこれだけを聞いた。

「僕にはまだ……熱があるかな?」

「さあな。ただ、お前は死体じゃない。ゾンビでもない。生きてる」

 まだ凍り付いている熱が溶ける日が来るのか。

「それだけが、答えだろ」

 まだ、誰にもわからない。

 

 

 







・結果
スコア:Z(2)-(0)Y
勝者 :チームZ
得点者:西岡、宵越


 灼熱カバディ未読者にクイズ! 灼熱カバディでは、宵越が目標と掲げる選手として『王城(おうじょう) 正人(まさと)』という最強格の攻撃手が登場します。細身ながら圧倒的な技術とカバディへの愛でもって、多くの対戦相手からも警戒される実力者。では……

Q4.そんな王城正人の作中の渾名は?(正解は次話あとがきにて!)

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