第伍号棟最終戦、チームV対チームZ、キックオフ。
凛がその始まりを告げるキッカーだ。CFの凛が渡したボールは敵RWGの8番へ渡される。
その敵8番に対して西岡が、凛には宵越がマッチアップ。他にも事前に練った作戦通りの相手と正対する。サッカーは野球とは違い攻守の境目が曖昧な、流動的なスポーツだ。それ故に常に同じ相手と……とはならないが、宵越が事前の作戦会議で「基本的に凛は俺がマークする」と言ったように、大筋の攻撃指針は決めていた。
西岡はLCF、つまり左翼側。相手チームと正面からぶつかった時、当たるのは敵右翼だ。敵RWGと当たるのは作戦であり、必然だった。
二人のオン・ザ・ボール。そして中央のMFたちが、敵味方を問わずその攻防を助け、また出し抜こうとする。
だがサッカーは11人対11人だ。たった一つのボールを持つ一人と、それを奪おうとする敵の一人。それ以外の20人もまた、注目を集める光の影で戦っている。
ボールを持つチームVのCFとして前に進もうとする《天才の弟》糸師凛。その動きを、全霊をもって防ぐ《不倒》宵越竜哉。
今、二人はこの頂上決戦で誰よりも殺気をたぎらせていた。
どちらも、攻防と
凛が宵越の視線をかいくぐり、死角エリアからの裏抜け。宵越の鋭敏な俊敏性、両脚が閃き、凛を決して前に行かせない。
宵越が凛に向けて体幹を使っての
とはいえ、それは宵越も同じだ。ハンドワークならば。
(この半年間、俺がどれだけ腕を使ってきたと思ってる──!)
攻防は続く。
チームVは、他のチームW・X・Yに対して常に速攻を決めてきた。凛の能力に対して初戦がやはりお団子サッカー気味だったからというのもあるが、やはり地力が違いすぎるからだ。
チームZもまた同様だ。チームVよりは連携の意識と堅実なボール運びの気が強く、スコアそのものは比較的緩やかだった。とはいえ、宵越と西岡がまとめ上げた攻撃力と守備力は伊達ではなかった。だからV・Zどちらのチームも、それまでの敵に対し90分ほぼすべての時間において優勢を維持してきた。
この試合は違う。最終決戦はどちらも攻守の要が敵を抜き去ろうとし、そして止められている。
「チッ……うっとおしい
凛が舌打ちした。
拮抗している。互いのチームが4戦目にして初めて覚える緊張感だ。
宵越は笑った。
「嬉しいぜ。そんな風にイラついてくれてよ」
サッカーとカバディという競技を転向してきた宵越だが、カバディを始めて以来、他のスポーツ経験者と出会うことが多かった。野球、水泳、バレエ、相撲、柔道、ラグビー……挙げれば多く、他競技からの転向組がそれぞれの強みを生かしてカバディに落とし込むことが多かったからだ。
中でも水泳で日本一になった先輩がいた。今でこそ先輩と認め、そして認め合った間柄でもあるが──
『キミ、1番取ってないのに、なんで辞めてんの?』
(ああ! 今思い出しても腹が立つ!)
水泳で日本一になったそいつは、自信過剰、傲岸不遜、天衣無縫──そんな言葉が似合うほど自信に満ちていて、それでいて水泳にせよカバディにせよ強すぎるのだから腹が立つことこの上ない。
いずれにしても思うのだ。どうして頂点に近い人間ほど、他人を馬鹿にしてくるんだこの野郎……!
糸師凛もつくづく口が悪い。自分の口の悪さは棚に上げ、宵越は凛に仕返しのつもりで挑発する。
所変わってオン・ザ・ボール。西岡は一度ボールを敵RWGから奪うことに成功した。だが、相手のチームの防御も堅固だった。パス回しの際に奪われ、それを味方が奪い返し、を繰り返す。ボールは左翼側、チームZ陣地寄りの位置を動き回っていた。
宵越と凛の攻防は続いている。
二人の能力はおおむね拮抗していた。身体能力・技術、どれをとっても高水準。体力や筋力、俊敏性、速度、そういったフィジカルは宵越がわずかに勝る。だがハンドワークや体幹──体を自在に操る能力は凛が勝つ。ドリブル、ボールキープ力──ボールを“保持する”コントロールは宵越に軍配が上がる。キック精度、パス精度──ボールを“手放す”コントロールは凛だ。
凛が先読みで動けば宵越が身体能力にものを言わせて対応する。宵越が仕掛ければ凛が体をコントロールして躱す。それを繰り返す。
時に、プレーは下手な会話よりも互いを物語る言語となる。
宵越は想定を書き換える。試合前に思い出した凛のイメージだ。
中学時代の糸師凛。当然覚えている。負けた相手だ、忘れるはずがない。どんなプレーの癖があって、どんな連携をして、どんな能力を持って、どんなシュートを放つか。
もちろん半年間の変化は大きいが、それでも想定の指針とはなるはずだった。
だが、違う。味方と連携し、チームの先駆けとなって戦う。そんな真っ当な強さを持つ選手だった。
それが今、オフ・ザ・ボールであるにも関わらず、凄まじいほどの殺気を感じる。
──俺が決める。戦場で生き残る。
ともすれば人を殺しかねないような気迫。
何があったかは知らない。けれど。
(確かなのは……こいつはイカれたエゴイストだ)
チームの連携で得られる他者の確率100%のゴールより、自分が孤軍奮闘してでも奪える20%のゴールを狙う。そして凛には、その20%を奪うだけの能力がある。
(質が悪い奴だ──)
宵越は心の中で毒吐く。
この試合は一筋縄ではいかない。
そして凛も。
(質が悪い奴だ──)
宵越ほどではないが、凛も以前の宵越のことを覚えている。能力は脅威の一言。一度ボールを持たれたら、不倒の名に恥じないドリブル能力でゴール前まで突き進む攻撃力は脅威そのものだった。
だが、当時の宵越には連携能力がなかった。味方は不倒のスピードについていけず、宵越は1人きりで戦うのみだった。
だから選手としては脅威でも、孤立させれば敵ではなかった。
しかし、今の宵越は凛の記憶の中の男とは異なる。不完全だとしても、周りの選手を気にかけ活かす──そんなプレーをしている。その上フィジカルに任せて攻撃の要である自分の長所を殺しに来ているのだから、厄介なことこの上ない。
だが。凛は息を吐く。
(確かなのは……こいつは俺の敵じゃない)
その時。
ただ単純に。敵味方が奪い合ったボールが弾かれ、弧を描き──そして宵越と凛の間に転がったのだ。
転瞬、二人の脚が加速。先にボールに触れたのは宵越竜哉。
(よし、ここから──)
後の先。
わざと敵に触れさせ、宵越の体重移動が完全にドリブルのそれになる、その一瞬の隙にボールを弾き飛ばしたのは糸師凛。
ただ、結果としてボールは弾かれ、再びあらぬ方向へ。
(まずい、ボールが自陣に──)
宵越は
どちらもそれまでの方針が崩れた瞬間。かき乱すには今がチャンス。
(凛は──)
いない。どこに──。
「これで、お前は死んだ」
凛は宵越の背後にいた。
それは、特別凛が機転を利かせたわけでも、宵越が動けなかったわけでもない。高度な読みと技術と体躯のぶつかり合い。両者が常に相手の裏をかこうと何通りにも策を巡らせる。必然ばかりでスポーツは語れず、運の激震地が生まれる。
その結果、凛が宵越を躱して前に出た。
「──の野郎っ!」
宵越は反転する。速度なら負けていない。追いつけないわけじゃない。
だが、凛はもう宵越を見ない。
「ずいぶん大人しい連携になったな、不倒。それじゃあ、俺の心は踊らない」
敵RWGが得たボール。それはほぼダイレクトに、フリーとなった凛に渡る。
MFの七星、躱される。RCBとRSBのダブルプレス、かすりもしない。
残るはGK、LCB、LSB。
ストライカー上がりの守備陣3枚など、凛の敵ではなかった。
宵越がそれまで放ってきたような、俊足から放たれるスピードシュートとは異なる。大きく弧を描き、LCBとLSBの頭上を通り、その2枚の壁によってできたGKの死角を穿つ、
スコア、0-1。チームVリード。
チームVのメンバーの歓声。
チームZに絶望はない。無論油断はないし、負けても勝てるから大丈夫だ、というわけでもない。
この少ない期間でも、宵越の熱は仲間たちに伝播しているのだ。
プレー再開前、ボールを中央に戻す。その間、敵味方が再度準備するまでの数十秒。
「宵越、大丈夫か?」
「宵越さん」
西岡が、七星が声をかけてくる。まだ試合が始まって10分程度。それでも、敵味方全員からは汗が滴る。
「……大丈夫だ。俺を誰だと思ってやがる」
90分常に動くことを求められるサッカーというスポーツ。宵越は酸素が切れて視界に靄がかかっても動き続けてきた。
たったの10分だ。まだ灼熱には程遠い。
「ただな。手を抜いてるつもりはねぇが……
恐らく、中学時代の凛であれば先程のプレーで封殺できていた。
それができなかったのは、凛のゴールへの執着に、20%をもぎ取る執念に負けたからだ。
偶然だろうがなんだろうが関係ない。今、自分は負けたのだ。
凛がこの半年間で変化した執念によって勝ったなら。
自分も、この半年間で得たものをさらけ出さなければ。
「勝つぞ。西岡、七星」
「もちろん」
「……うっす!」
宵越が蹴る。プレー再開だ。
ボールは西岡へ。西岡から七星へ。七星から宵越へ。
三人は
けれど、そう簡単にことは進まない。
「パス回し……お前それでもストライカーかよ。前よりも牙が抜けたんじゃねぇか」
宵越の前に凛がやってくる。凛とて油断はしていないし、宵越が戦場において一番の脅威であることは理解していた。
再びの
「
「ほざけ、死体が。もう一度俺が殺してやる」
再戦。攻守交替、今度は宵越が凛を抜こうと策を練る番だ。
「死体だ? お前、本当にそう思ってんのかよ」
「当たり前だ。一度サッカーを辞めた……そんな奴は、死んだも同然だろうが」
RCFの宵越。CFだが宵越に合わせ、自陣から見て左翼──宵越にとっての右翼側に立ちはだかる凛。
宵越が脚を使って切り返す。クイックネスは宵越が強い。だが凛はそれに食らいつく。
一端、あえて自陣側に後退する。ただし、凛もそれに油断せずついていく。
それは、サッカーでも、カバディでも、したことのある行為。
「熱は冷めねえ。お前がイカレエゴイストになったように、俺も変わったんだよ」
「死体に、か?」
「言葉数増やせよ。あとは──全部見てから言え!」
軽いステップから急加速。宵越は左翼側、西岡たちがボールを回す20m先へ向けて駆け上がる。凛も追随して走る。
そして。
「西岡ァ!」
叫んだ。西岡が、並走する凛が、宵越を見る。
──俺に出せ。
連携を積んだから心が読めるわけじゃない。今の宵越は残念なヨイゴシでもなく、思考も読めない。
ただ、赤く光る、揺らめく炎を宿した瞳が、このフィールドの誰にも分かる意思を語っていた。
西岡は思考する。
引き延ばされる1秒。
(宵越の隣に凛)
パスを出しても五分五分、凛に奪われる可能性もある。
(けどあの眼は、ストライカーの眼だ)
それに宵越は言った。「すべてをさらけ出す」と。
(宵越の全て。半年間で得たもの。新しい動き──)
わかった。宵越の思考が。
「賭けるぞ不倒……!」
西岡が一度左翼側サイドラインの間際まで後退する。ボールを持ち、敵を引き付け、そして自身の攻撃や味方への決定的なパスを出す、ポストプレー。
その後退の瞬間。宵越はフィールドに存在する中央敵陣ゴール前40m付近にフリーエリアを発見していた。
宵越が駆ける、その絶好のエリアを活かしに。
「抜かせるか、クソ
凛も追いつく。その絶好のエリアを殺しに。
二人の実力はほぼ拮抗している。どちらかが長所で前に出ても、もう一方が自分の長所で差を埋めてくる。
フリーエリアは、今、凛によって殺される──
「わるいな、凛。俺もそんなあからさまなエリアなんて興味ねぇよ」
西岡が蹴る。宵越と凛が前方フリーエリアへ並走。
ボールが曲がる。フリーエリアから左斜め後方、チームVのSBもいる位置へ。
瞬間、凛は直進。宵越は
凛の眼が見開かれる。その軌道。かつて中学サッカーで見た、先読みと速度と滑らかな動きで敵を躱してきた宵越と比べると、鋭角と見まがう激しい動き。
一瞬生まれた宵越と凛の距離。そして、加速した宵越は近くの敵SBをものともせず西岡のパスを受け取る。
既に宵越の体は30°も右にずらせばゴールに向く。これを許してはいけないと、2人のCBの内1人が守りを固め、1人がプレスを右側からかけてきた。宵越を右へ向かせないために。
だが。
「甘いぜ」
敵のプレスは
──
およそ、フィールド上の選手たちの眼にも信じられない出来事が生じる。宵越とCBの体の位置が
(苦労させるぜ。下手にこれをサッカーでやったらファウルになっちまうからな)
カバディという名の鬼ごっこ。自分を捕まえ倒しに来る敵を相手をどう触れ、自陣まで逃げ切るか。かつて宵越が出会った兄弟子とも呼べる存在から学んだ《回転》の技術。
ボールはキープさせたまま。敵を受け流して入れ替える。ボディコントロールと体幹、そして回転によってできる技。
俊足一閃、宵越がゴールへボールを押し込んだ。
同点だ。
再びの歓声。チームZはまだ勝利を目指して戦える。そして勝つという歓喜の雄叫び。
チームVは、宵越の不倒たるプレーを見せつけられた一選手としての驚きの。そして、油断するなというメンバー同士の喝でもある。
そして。宵越はゴール後、右隣りわずか1mの位置に立って、止まっていた凛に語り掛けた。
「俺は
「はっ、クソが……まだ生きてやがるらしい」
「ああ。こっちには熱があるからな」
宵越も油断はしない。凛は、宵越がカットで突き放したにも関わらずゴールが決まる瞬間には隣まで追いついたのだ。
仮にDFを抜けなかったらカウンターを喰らっていたかもしれない。
何より、今のプレーでカットと回転は凛に見せることになってしまった。
(コイツなら、絶対に修正してくる。つまり)
次に同じことをしても、そっくりそのままは通用しない。
勝つためには、今以上のプレーを続けるしかない。
「……こっちだって、熱はあるんだよ」
「なに?」
「ムカつきゃ少しは熱くなる。覚悟しろ宵越……」
宵越は、凛を見た。
凛の眼に、心に。
「邪魔者は、1人残らずブッ潰す」
その凛の
「上等だ」
宵越は、笑う。
「行こうじゃねぇか。灼熱の世界に」
試合開始から23分。
スコア、1-1。
・現在の状況:チームV対チームZ
スコア:1-1
得点者:凛、宵越
Q6.《灼熱カバディ》既読者にお聞きします。宵越竜哉の本気エフェクト(潔のパズル、凪の骸骨みたいな)はどれだと思う?
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赤い炎
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青い炎
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黒い炎
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白い炎
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龍のブレス
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龍の爪牙
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その他
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《灼熱カバディ》未読者用ボタン。