翌日、サトシはクチバシティの町外れ、11番道路にいた。しかし彼は疲労しており、コライドンに至ってはボロボロになっている。
理由は一つ、目の前にいるポケモンの世話に難航していたからだ。
「らいごううあ……! 」
雷の怪物、タケルライコ。このポケモンもあのウネルミナモと同じく、サトシに対して敵意を抱いている。人間に従うのが気にくわないのか、それとも昨日の戦闘で敗北したのが納得いかないのか。いずれにしろ、このポケモンはさっきから彼らを攻撃してばかりだ。
当初、サトシはエサを与えようとした。しかしそれをタケルライコは拒否。眼から『でんげきは』を放つことで「人間には屈しない」という意思表明をした。
相棒を守ろうとコライドンが割って入り、鋭い雷撃を鍛えられた竜の身体で防ぐ。そしてタケルライコを取り押さえ、ようやく一時的な無力化に成功した。この隙にサトシは奴の口にグミやきのみを入れ、無理矢理食べさせる。
ここまではウネルミナモに対して毎日やっている「エサやり」と同じだ。しかしここからが違う。サトシは何としてでもタケルライコと解り合う必要がある。マチスとのジム戦はそれが最低条件だ。
長くも短くも感じるであろう時間が経過し、3者はどんどん疲れが溜まっていった。そんな彼らを野生のポケモンたちはビクビク怯えながら様子を見ている。はっきりいって公共の場で迷惑行為をやらかしている様なものだ。サトシはそれを自覚していながらも、どうすることもできないが。
「らい、ごうああ!! 」
しかしここでハプニングが起こってしまう。なんとタケルライコが脱走し始めた。恐らく、「もうこれ以上面倒な奴等とつき合ってやれるか」とでも考えたのだろう。
「おい、待ちやがれっ! 」
これにはサトシも慌てるしかない。こんな問題児を野に放てば災害が起こりかねないに決まっている。コライドンと共に雷の怪物を追いかけた。
……後でモンスターボールの中に戻せば軽く済む話だが、この時の彼はそのことが頭の中からすっぽり抜けてしまっていた。普段だったらちゃんと理解できていた筈だが、もしかしたら疲れていたからだろうか?
逃げようとしたタケルライコだが、進行方向にいる野生のポケモンを見るなり、『でんげきは』や『たつまき』を使って攻撃していた。そのせいかサトシは気絶したアーボやサンド、スリープを発見する。
タケルライコが逃げて2時間が経過し、ようやくサトシたちは雷の怪物を追い詰めた。断崖絶壁を登れるような体格では無かった為、足を止めざるをえなかったのだろう。奴は観念して見下していたトレーナーに顔を向ける。何故か眼から『でんげきは』を放つことは無かった。
「なあ、何がそんなに不満なんだ? 」
「ごう、あああっ!! 」
「毎日ごはんも食べれる。怪我も治すことだってできる。ポケモンバトルの為に戦わせることはあるが、基本的に辛いことはそれだけだ。お前に損は無い筈だろう? 」
「ぐう、がああああっ!! 」
サトシが話しかけても、タケルライコは怒りの感情が混じった咆哮を返すのみ。まともなコミュニケーションも望めない。
タケルライコの立場を考えてみれば無理もない。このポケモンは本来なら古代に生きた恐竜だ。それも生存競争の頂点に立つような強さを持つ、圧倒的な王者。そんなのが現代に
マチスが「3日やる」と言っていた意味、サトシにはよく解る。口には出して来なかったが、よく考えれば誰であっても思い知る。ジムリーダーは何時だって、特に新米トレーナーに対しては良くも悪くもある種の「厳しさ」があった。
要するに、「そのポケモンは子どもの手には負えないから諦めろ」というものだ。
例えば、トレーナー初心者がミニリュウの様な、最終的に強くなるポケモンを欲していたとする。しかし後々になってトレーナー側が面倒を見切れなくなったから捨てるだの、ポケモン側が人間に対して暴力事件を起こしたりするだの、無視できない問題が起こってしまう。
ジムリーダーはトレーナーだけに親切に接している訳ではない。ポケモンたちに対する配慮も忘れてはいない。故にマチスは遠回しに「パラドックスポケモンたちを信頼できる
しかし
人によってはこの3日は長過ぎると思うだろう。しかし大抵の子どもだったら1日で根を上げて、マチスに助けを求めるからだ。きっとヒーローの如くタケルライコを制圧するだろう。
……その逆で、意地張って諦めようとしない子どもがいることもマチスは知っている。だから3日という期限を
サトシが殺される可能性もあるが、彼には従順なコライドンがいる。少なくとも事故で命を落とすことは無いとマチスは判断したのだろう。それが倫理的に正しいか間違っているのかは別として、彼なりの
現に、上空から軍事用ドローンがサトシたちの様子を観察している。どう考えても彼らを監視しているのが丸分かりだ。問題があれば直ぐにでもかけつけるということだから。
……この日、サトシたちは人的被害を出さなかった。しかし進歩は見られない。つまり1日を無駄に過ごしたのと同意義だ。完全に失敗である。
* * *
2日目。タケルライコを相手にサトシは対話を
一瞬だけ話を聞く気になったのかと思えば、直ぐにタケルライコは逃げようとした。殺意が無かったとはいえ、反抗的なのは変わっていない。完全に馬鹿にされていることにサトシは気づき、慌てて奴の目の前に立ちふさがる。
「悪いけど、お前を逃がす訳にはいかねーんだ……! 」
「らい、ごうああああっ!! 」
「がっ!? 」
苛立つ雷の怪物が相手でもサトシはひるまず、
タケルライコは眼から『でんげきは』を飛ばしてくるが、なんとサトシは真正面からそれを受けた。人間であれば致死は確実の電撃だ。
「……なめてんじゃ、ねーぞ。お前の電撃なんてな、怖かねーんだ!! 」
だがサトシは生きている。どころか、タケルライコに向かって握りこぶしを向けた。
原作アニメでもサトシはピカチュウの『10まんボルト』を受けても何事も無かったかのように動いてはいた。とくこう種族値50のポケモンの攻撃だからか、少年の彼でも耐えられる。
しかしタケルライコのとくこう種族値137はピカチュウの2倍以上もある。そんなポケモンが放ってくる『でんげきは』は恐ろしい火力が出ているに違いない。もしそれをロケット団に向けて使おうものなら間違いなく彼らは死んでしまうだろう。
なのに、サトシは生きている。タケルライコが昨日からずっと疲れていたのもあるが、電撃対策をきちんとしていたのもあった。
クチバシティは電気タイプのポケモンに関する書籍が多く、育て方について書かれた本もおかれている。サトシはその本から「どうすれば電撃を受けても無事に生存できるか」を学んでいた。
感電死を防げる服をポケモンセンターのジョーイさんに用意して貰う様に頼み、昨日の夜に防電チョッキを借りることができた。あくまでも人間用でポケモンに着せることができないものだったが、サトシにとってはありがたいアイテムだ。
「ごうあああっ!! 」
「おっと! 」
攻撃を防がれてもなお、タケルライコは反抗する。口から『りゅうのいぶき』を吐き、目の前にいる人間を害そうとした。しかしサトシはそれを難なく
「いい加減に、しやがれっ! 」
「ぐごっ!? 」
高くジャンプしてタケルライコの
自分よりも弱そうな人間に殴られたのがよっぽどショックだったのか、タケルライコは数秒ほど思考を止めてしまう。そして心の奥底から激しい怒りが湧き上がった。
「らいごううあああああああああっ!! 」
「がはっ!? 」
長い首を使ってサトシに『ドラゴンハンマー』をぶつける。こうげき種族値は低いが、それでもドラゴンタイプの技の中では火力は高い方だ。決して軽んじてはいけない攻撃を受けてサトシは吹っ飛ばされそうになるが、受け身をとってそのまま立ち上がった。
「ふっざけんなこの野郎! 」
頭に血が上ったのはサトシも同じだ。タケルライコに向かってそのまま特攻。同じく雷の怪物も人間に『ドラゴンハンマー』をぶつけようと、首を振り下ろす。
……こうして殴り合いが始まった。両者共に激怒したら
「アギャ……」
この
タケルライコはサトシを殺そうとしていたのに、いつの間にか「気に入らないから殴る」という感情のみで動いている。
そして自分のトレーナーもさっきまで穏便に会話しようとしてたのに、今は怒りに身を任せて暴力を振るう様になっていた。
似た者同士だ。今も互いの心証は最悪で殴り合ってはいるが、利害が一致してたら協力するようになるんじゃないのか? 一つ問題があるとすれば、どうやったらこの喧嘩を終わらせることができるかというもの。しかしそんなことで悩む必要は無かった。
「ちくしょう、動けねぇ……」
「ご、あ……」
彼らは、地面に転がっていた。単純に身体を動かし過ぎて疲れただけだろう。本来ならタケルライコは体力に優れたポケモンだからそんなことになる筈が無いのだが、様々な要因が重なった結果がこれだ。
何よりも
「……ふん」
タケルライコは鼻息を鳴らし、空を見る。彼にとってこんな澄み切った青い色は初めて見るものだった。
* * *
3日目。サトシはクチバシティのポケモンセンターから出る。だがこの時、だいすきクラブのある方角から爆発音が聞こえた。まさかと思って彼は駆けつける。
「「「わっはっはー!! 」」」
聞き覚えのある声がしてサトシは「やっぱり」と思った。間違いない、ロケット団だ。
「なんだかんだと聞かれたら」
「答えてあげるが世の情け」
長ったらしい口上を述べるムサシとコジロウ。そんな彼らをサトシとコライドンは冷めた目で見ていた。
奴らは気球に乗っていて、
「銀河を駆ける ロケット団の二人には」
「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ! 」
ようやく口上が終わったのか、満足気にロケット団の彼らはこの場から去ろうとする。……その時だった。タケルライコのボールが揺れたのは。
「戦うのか? 」
思わずサトシはそう呟く。もう考える時間は残っていない。ここはクチバシティで、マチスが治安維持の為に働いている場所だ。いざとなったら彼を頼る。
「行け、タケルライコ」
「らいごううああああ!! 」
町中で狂暴なパラドックスポケモンを出した。しかしタケルライコは人々に攻撃することもなく、ロケット団のいる気球に目を向ける。そして眼光がニャース顔のバルーンを射貫いた。
「「「う、うわあああっ!? 」」」
「お、俺たちの気球が、何で」
「ホント何なのよ!? せっかくうまくいったと思ったのに! 」
「にゃ、
例の喋るニャースがサトシたちを指差しして驚く。どうやら向こうは覚えていた様で、忌々し気にコライドンを見てボールを構えた。
「何なのよあんた!? あの時あたしたちの邪魔するから滅茶苦茶怒られたじゃない! 」
「そうだぞ! もう俺たちには後がねーんだ! 失敗なんかしたら見限られるだろーが! 」
訳の分からない魂の叫びを聞いてサトシは眉を
彼らはアーボとドガースを繰り出してくるが、サトシたちからしてみれば敵では無かった。
「アーボ、『どくばり』よ! 」
「ドガース、『どくガス』でやつらを毒にしろ! 」
「コライドンはドガースに『ドラゴンクロー』! タケルライコはアーボに『じんらい』だ! 」
アーボとドガースは言われた通りに行動しようとするも、コライドンとタケルライコの超スピードで繰り出される攻撃には敵わなかった。そのままロケット団の2匹は戦闘不能と化す。
「うっそ!? 」
「い、一撃でやられただとぉ!? 」
「に、逃げるんだにゃ!! 」
アーボとドガースをボールの中に戻し、全速力で逃げようとするロケット団。しかしコライドンがそれを許す筈が無かった。『こうそくいどう』をし、そのまま彼らに接近して『ドラゴンクロー』をぶつける。2人と1匹の意識は一瞬で刈り取られた。
「コライドン、よくやった! 」
「アギャス! 」
コライドンは胸を張って誇らしげに応える。思いっきり暴れるのもいいが、ヒーローの様に誰かを助けるのも気分が良かったのだろう。
今の今までコライドンは敗北したことが無かった為、サトシは彼を頼ることが多い。流石にジム戦では自粛してはいるものの、絶対に負けられない戦いでは活躍させていた。
「タケルライコも、ありがとな」
「……ふん」
雷の怪物、タケルライコは鼻息を鳴らし、そっぽを向く。彼はどこまでも素直ではなかった。
クチバシティで借りられる防電チョッキですが、我が拙作オリジナルの設定です。テキトーに考えて作ったので、ご都合主義的なアイテムではありますが。
まあ原作のロケット団も似たようなアイテムを作ってた記憶があったので、勘弁して下さい。