クチバシティジム、エレベーター内。人を乗せる箱は静かに下降する。
今はコライドンは大人しくボールの中に入っている。理由はただ1つ、エレベーターにポケモンを乗せることができないからだ。
1階には人が居なかった。ジムトレーナーも、審判もいない。受付のカウンターを見ればそこにあったのはエレベーターキーなるカードと置き手紙のみ。
『マサラタウンから来た4番目の少年へ。エレベーターを利用して地下に降りろ』
置き手紙の内容からしてサトシは4番目にこのジムに挑戦したのだと解る。他のトレーナーが訪れてもジム戦はやって貰えないだろう、ってことも。マチスはたった1人の為に貴重な時間を使ってくれているのだ。
エレベーターの移動が止まり、扉が開く。そこにあったのは電流によって照らされるバトルフィールド。そして部屋の奥にマチスが待っていた。
「ボーイ、お前が
彼は緑色のタンクトップに迷彩柄のズボンを着ており、どう考えても防電対策は一切していないことが分かる。サトシは思わず心配しかけたが、床を見て大丈夫だろうことが分かった。
このバトルフィールド、トレーナーの安全を守る為に特殊なバリアが敷かれてある。恐らくポケモンの技を遮断するのだろう。設備に高い金を使っているという
「改めて、ルールを確認しよう。技の使用制限は無し。使用するポケモンはお前がタケルライコで、ミーがスナノケガワ。1対1のバトルだから、入れ替えのルールは適用されない。単純に相手を戦闘不能にした者が勝利だ」
要はパラドックスポケモン同士の一騎打ちだ。このルールは前に話して貰った通りだからサトシは覚えている。しかし普段とは違うので、念の為にマチスは再確認して欲しかったのだろう。
「……ルールはそれだけですか? 」
「それだけだ。これ以上の追加や変更は無い」
サトシの問いにマチスはそう答える。大事なことが聞けたのか、少年は黙ってタケルライコが入っているボールを構える。
「バトルに移ろう。ミーは全力だ」
そう言ってマチスは両手に滑り止めのグローブを装着し、ボールを構えた。
ジムリーダーの マチスが しょうぶを しかけてきた!
ボールから繰り出されるスナノケガワ。黄金の三眼はサトシに強い敵意を向けている。それが恐ろしくも感じられるが、彼にとっては慣れたものだった。
「同感ですね。俺も同じですよ……! 」
「ごうあっ!! 」
そう言ってサトシはタケルライコを繰り出す。背中に電気を走らせ、鋭い目つきでスナノケガワの姿を捉える。
バトルは始まった。しかし両者共に動く気配が無い。互いのポケモンは相手の出方を
「フーム。まずは小手調べといくか。スナノケガワ、『だいちのちから』! 」
「じじじ、てっこー! 」
マチスの命令を聞いて、スナノケガワはU字型の磁石をタケルライコに向け、そこからエネルギーを放出する。地面タイプの技だ、電気タイプのポケモンには効果抜群である。
「タケルライコ、『じゅうでん』でガードだ! 」
「ごうあああっ!! 」
それをとくぼうのランクを上げることでタケルライコは敵からの攻撃を耐えた。すばやさ値の関係上、回避するのが難しかった為だ。止やむを得ず、サトシは少しでもダメージの軽減を選ぶ。
その判断に不服は無かったのだろう。雷の怪物は素直に身を守ることを選んだ。スナノケガワが放ってくる技がどれだけ脅威なのか、解っていなければできない行動でもある。古代のパラドックスポケモンは総じて狂暴な連中が多いが、かといって補助技を利用しないかといえば違う。それが自分にとって最も得になるのであれば彼らはそうするだけだ。
彼らの様子を見てマチスはより警戒する。話の通り、パラドックスポケモンたちは現代に適合できない連中ばかりだ。スナノケガワの育成でさえ3日目でようやく心を開き始めたばかりだ。彼にとってここまでじゃじゃ馬みたいなポケモンはエレブー以来である。
「どんどん攻め続けろ! 相性差でこっちが有利だ! 」
「じじじぃ……! 」
機関銃のように『だいちのちから』を連射するスナノケガワ。一撃をぶつけるのではなく、散弾のように複数回放てばいい。一弾の火力が弱まるが、相手に攻めさせない様にできる。
『じゅうでん』で耐え続けるタケルライコ。どう
「だったら! タケルライコ、地面に向かって『ドラゴンハンマー』だ! 」
「ワッツ!? 」
マチスは驚愕するも、タケルライコはサトシの指示を聞いて半信半疑ながらも直ぐに実行してみせた。普通なら無駄行動とも、攻撃をわざと外しただの、散々な言われ様を受けることが殆どだ。
スナノケガワは余裕ぶっているが、マチスは違う。この戦術は電気タイプの使い手であれば理解できるものだった。特にポケモンたちが争い合う戦場では地雷処理用として何度も使われた手でもある。幾つかの難点を除けば、この場において最も有効打になりえるだろう。
「らい、ごうあああああっ!! 」
「じじじじぃ……!? 」
怒り狂った訳でもない。それどころか冷静さを保ったまま、『ドラゴンハンマー』を使っている。そのせいか火力は低い。……だが充分だ。地面に攻撃したことで疑似的な『じひびき』が発生し、スナノケガワは揺れの衝撃を受ける。
これがサトシが考えた攻略法だ。ドラゴンタイプの技を使用することでタイプ一致ボーナスがすばやさに加算され、手早く行動できる。そして疑似的な『じひびき』を再現することでスナノケガワの弱点を突くことができる。
普通に『じだんだ』を使うより、行動力と火力が両立しやすいという点で上手く活用できることだろう。現にスナノケガワは地面が揺れたせいで転倒しており、『だいちのちから』の連射もストップしている。誰がどう見ても解るだろう、
「倒れている今がチャンス! 『たつまき』で怯ませるんだ! ……っておいっ! 」
しかしタケルライコはサトシの指示を無視して『りゅうのいぶき』を口から噴き出してしまう。より火力の高い技を選んでさっさとスナノケガワを倒そうとしたのだろう。……しかしそれは悪手だった。
倒れていた筈のスナノケガワは痛みでふらふらになりながらも、何とか立ち上がる。そして腕から大地のエネルギーを発射した。
『りゅうのいぶき』の追加効果は相手をマヒ状態にすること。しかし電気タイプのスナノケガワはその状態異常を無効化できる。よって行動阻害には至らなかったということ。更に言えば中途半端な火力では削り切れないという欠点もある。
「ご、あっ!? 」
倒せる筈の相手に
「らいごうああああああああっ!!! 」
「お、おいっ!? 」
更に不味いことに、タケルライコは怒り狂ってしまった。こうなってしまっては『ドラゴンハンマー』しか技を使わないだろう。自分を攻撃してきたスナノケガワを叩き潰さんと無駄に暴れまくる。冷静さを失っている状態なので、相手は余裕で避けてしまっていた。
「ボーイ、言った筈だ。絆を深めなければミーには勝てないと! 」
ガッカリした表情でマチスは言った。昨日まで監視したところではタケルライコはサトシの指示をちゃんと聞いていた。しかし彼らはそこで終わってしまっている。
作戦とか練ったつもりだろうが、最終的にモノをいうのは相互理解だ。3日という短時間でそれをやれというのは誰がどう考えても無茶だろう。しかし狂暴なポケモンを手持ちに加えるには、その無茶をどうしてもこなさなければならない。
「スナノケガワ、『だいちのちから』で引導を渡せ! 」
「じじじ、てっこー! 」
高火力技のゴリ押しだが、サトシとタケルライコを試すだけならそれで充分である。例え相手が勝手に暴走状態に陥っている場合でも、マチスは最後まで気を抜かずにいた。
スナノケガワは片腕から地面のエネルギーを放出した。このままではタケルライコは戦闘不能になるだろう。……そんな時にある種の偶然がタケルライコの身に起こっていた。
「ごうあああああああっ!!! 」
なんと『ドラゴンハンマー』で長い首を地面に叩きつけた。前のように地面が揺れるが、規模が違う。これは『じひびき』というより、『じしん』だ。地面タイプの技の中で非常に使い勝手がよく、特にダブルバトルでは利用者がかなりいたとか。
タケルライコはわざマシンでなければ『じしん』を覚えることはできない。しかし物理攻撃技を介して疑似的な揺れを起こすことで何とか地面タイプの技として実現できていた。
スナノケガワの『だいちのちから』、タケルライコの疑似的な『じしん』。2つの技が交差し、それぞれの標的へと当たる。先に被弾したのはタケルライコであり、スナノケガワは後から地面の揺れによるダメージを負った。
「ごうあ……」
「じじ、てっこ……」
そんな彼らだが、あれだけダメージを負っているにも関わらず、まだ戦えるだけの余力が残っていた。高い闘争心、優れたスタミナ。色んな要因はあれど、一番の理由は「意地の強さ」だろうか。
絶対に嫌いな相手より先には倒れたくない。そんな気持ちが彼らパラドックスポケモンたちにあったのだ。しかし残酷なことに、後一撃受ければ確実に倒れるだろう。『じゅうでん』などといった変化技も既に意味は無く、如何に相手より速く行動できるかによって勝敗が決まる。
先に動いたのは、マチスだった。
「決めろ、『ほうでん』! 」
「じてっこー! 」
何を思ったのか、ここでまさかの電気タイプの技だった。相手のタイプの相性を考えれば効果は今一つだが、これには訳がある。万が一何らかの技を使われて攻撃を避けられてしまった場合のことを考え、マチスは部屋全体に電流を流し込むことにした。
スナノケガワは言われた通り、『ほうでん』を使って逃げ場をなくそうとする。相手の体力はもうギリギリの状態なので、どんなに火力が低くても一発で倒せる自信が彼にはあった。これが通ればマチスの勝利になる。
「―――今だ! 『こらえる』! 」
「ごうあっ!! 」
しかしここでサトシはタケルライコに対して攻撃を耐え忍ぶ様、指示を出した。マチスにとって予想外の技だった。
本来、『こらえる』のわざマシンは一般では販売されておらず、小規模な大会の優勝賞品とかでも無い限り入手は難しい。しかし幸運なことにコライドンがその技を
相手のマチスとスナノケガワはほんの一瞬だけ動揺を見せた。これを逃せばサトシたちに勝機はもう無い。
「『たつまき』で止めをさせぇ! 」
「―――『だいちのちから』で迎え撃て! 」
先にサトシが、そして少し遅れてマチスが自らのポケモンに指示を出す。タケルライコは相手の足下から『たつまき』を発生させ、スナノケガワは腕からエネルギーを発射する。
互いの技が相手に命中し、ついには両者共に仰向けになって倒れる。彼らが起き上がることは無かった。
「ひ、引き分けか……!? 」
この結果にはマチスも驚く。自分が勝つか、それともサトシに負けるかという想定はしていても、流石に決着が決まらないのは想定外だった。
サトシが勝てばいつも通りジムバッジとわざマシンを渡してそこで終わりだ。そして負けた場合は彼が連れているパラドックスポケモンをリーグ協会に引き渡す予定でもあった。しかし引き分けになった場合のことをマチスは一切決めていない。
「……HAHAHA! これはまいった! 」
スナノケガワをボールに戻すと、マチスはサトシに近づく。そしてオレンジバッジを渡してきた。
「えっ!? いいんですか! 」
「あくまでもトレーナーを試すのがジムバトルだ。ミーは渡しても問題無いと判断している。ちなみに、このバッジを持っていると電気タイプの技の威力が少し大きくなる」
そしてサトシが持っているバッジの数が3つになったので、レベル35までのポケモンならいうことを聞いてくれるようになる。ポケモンリーグに参加するためには後5つ必要となる。先はまだ長い。
「……ただし、ミーに勝てなかった時点でわざマシンはプレゼントしない。あれは景品みたいなモノだからな」
今までタケシやカスミに勝った時はわざマシンを貰うことができた。しかし今回は負けはしなかったが、勝つこともできなかった。だからこのジムでわざマシンを貰うことができない。
「と、ところでコライドンたちは……」
「今の所は
「えっと、分かりました」
どうやらパラドックスポケモンの没収は免れた様だ。保留の一言が気になるが、今のサトシは疲れているために深く考えることができない。
「ジム戦、ありがとうございます」
「おう、
別れを告げ、サトシはポケモンセンターに向かうべく、さっさとエレベーターに乗った。
* * *
「お世話になりました! 」
翌日、サトシはポケモンセンターから出た。目的地はシオンタウン。ここから西へ行き、海岸に出たところで北を目指して歩けばいい。そう思って11番道路へと歩こうとしていた。
「ストップ! 」
後ろから声をかけられる。振り返ると、そこにはマチスがいた。ジム戦で見た格好の上にジャケットを羽織っており、大きなリュックサックを背負っている。彼はこれから旅に出るつもりなのだろうか?
「えっとマチスさん。そんな恰好をしてどうしたんですか? 」
「昨日言っただろう。お前のパラドックスポケモンについては保留だと。何か問題が起こったりしたら、それを止める
マチスの意見は最もだが、それ以上にサトシは気になっていることがあった。
「あなたジムリーダーですよね? クチバシティはどうするんですか? 」
「一番弟子のビスケスに代役を任せることにした。ミーがいなくてもクチバシティジムは運営可能だ。問題は無い」
マチスに弟子がいたことに驚き、同時にアニメのマチスも同じことしてたなと思いだす。何も問題がないのならとサトシは頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「任せてくれ。有事の際にはミーが何とかしよう」
こうして、サトシの旅にマチスが同行することとなった。
おかしい……。特にマチスに関しては何の思い入れもないのに、どうしてこうなった?
やっぱりキャラは勝手に動くものでしょうか?