11番道路、森林地帯。クチバシティとセキチクシティを行き交う人々が多く、修行に
現在、サトシは修行中だ。とはいってもやっていることは筋トレの応用みたいなものだが。
凶暴なパラドックスポケモンたちの攻撃を受けても耐えられるようにならなければならない。マチス曰はく、全身の筋肉を鍛える必要があるとのこと。
「後48回だ! 上半身の持久力を伸ばしておかないとこれからやる修行に着いて行けないからな! 」
「は、はい……! 」
背中にライチュウを乗せたまま、サトシは腕立て伏せを行っている。とても10歳の子どもにやらせるような内容ではないが、彼を取り巻く現状が許さなかった。それにこの程度のことで弱音を吐くのなら、次の修行に移ることができない。
一方でポケモンたちの訓練も平行して行われている。ヒトカゲにサンド、ナゾノクサだ。彼らはサトシの手持ちで、自ら望んで辛い修行に参加している。内容は縄跳び300回というもので、マチスとエレブ―が回すロープをジャンプして
マチス監修の訓練は主に持久力を上げるためのもの。如何なる状況下であっても、我慢して戦えなければトレーナーとポケモンは強くなれないという考えがあってのものだった。
「よし! 次はコイルたちに捕まった状態でレッグタックを―――」
その後もマチスの指示を受け、サトシたちはヘトヘトになりながらも訓練を行った。
「そこまでだ! 今日の訓練はここで終了とする! ボーイは夕飯の準備をしておくように! 」
「はい! 」
夕方、サトシとマチスは夕飯の準備をすることとなった。ただし協力して料理をするのではなく、「自分の分は自分で作れ」という考えの通りに動いている。つまり別々で自炊している様なものだ。
とはいっても、サトシは元々料理はそこそこできる方である。母であるハナコから教わっており、どうすれば美味しいグミが作れるかを学んでいる。今回はクチバシティの市場で購入した材料を使ってカレーを作った。子どもでも調理方法さえ知っていれば簡単にできる。
ちなみに鍋などの調理器具はマチスから借りたものだ。ジムトレーナーたちを鍛える為に買い
「新米の兵士は食べ物の
「働かざる者は食うべからず、ですか? 」
「その通りだ。単独でやれて当たり前のことに関して、ミーは甘やかすつもりは無い」
戦場で生き残った男の言葉は重い。サトシはその言葉を深く受け止めることにした。
* * *
日々の訓練を積み重ねつつ、シオンタウンへと向かうサトシたち。そしてようやく釣りの名所である12番道路へやって来た。しかしここで思わぬトラブルが発生する。
なんとゴースたちが大量発生していた。本来ならシオンタウンのポケモンタワーに生息しているであろう彼らは何故かこの場所で漂っている。そのせいか釣り人たちが一人もおらず、不気味な霧が漂っている。
「ホーリーシット! こんなことは今まで一度も無かった筈だぞ!? 」
これにはマチスも頭を抱えた。元々11番道路と12番道路はクチバシティのジムリーダーがリーグ協会から任されている場所だ。当然、問題が起これば責任を問われるのは彼である。故に定期的に巡回を行うことで治安を維持していた。
現在は一番弟子にジムリーダーの代理を任せているが、それでもこの事件はマチスが解決すべき問題だ。
「ボーイ、すまないが協力してはくれないか? 一般人を巻き込むのは心苦しいが、ゴーストタイプのポケモンの厄介さを知っている身としては手伝いを頼みたい」
「解りました。協力しましょう」
マチスの頼みを聞いてサトシは二つ返事で引き受ける。確かに『さいみんじゅつ』や『あやしいひかり』といった妨害できる技が使えるゴースたちをたった1人で相手取るのは難しいだろう。
それにサトシは何故ゴースたちがここにいるのかも知っておきたかった。ただでさえイレギュラーなパラドックスポケモンに遭遇してばかりだ。もしかしたら今回も似たようなことが起こっているのかもしれない。そう考えると彼の背筋は寒くなる。
「行け、ナゾノクサ! 」
「ナッゾー! 」
とりあえず、サトシはボールからナゾノクサを出し、ゴースの相手をさせることにした。タイプ相性はお世辞にも良く無いが、このポケモンには幾つか利点があった。
「『あまいかおり』でゴースたちを集めるんだ! 」
「ナゾナゾー! 」
相手の回避率を1ランクダウンさせる技だ。そして野生のポケモンを引きつける効果がある。ナゾノクサの葉っぱから発生する匂いに
「よしっ! 『ねむりごな』で眠らせるんだ! 」
「ナッゾー! 」
タイプ一致ボーナスもあってか、ナゾノクサはゴースたちよりも速く行動できた。相手が変化技を使ってくるのであれば、こっちが先に使ってしまえばいい。
いとも簡単にゴースたちは眠った。すかさずモンスターボールを使ってゴースを1匹捕獲する。ヤマブキシティのジムリーダーに勝つ為にはゴーストタイプも必要な為、サトシはチャンスを逃さなかった。
「さて、こいつらどうするか……」
今はすやすや眠っているゴースたちだが、このまま放っておけば目を覚まして活動を再開するだろう。そうなってしまえば直ぐにでもこちらに危害を加えかねない。
「ボーイ! そっちは終わったか!? 」
「たった今ゴースたちを眠らせたところです」
対処を終わらせてきたマチスがサトシの下へ駆けつけて来た。オカルトチックなお札がついている
「えっとそれって」
「ボーイはシオンタウンへ行くと言ってただろう? 必要になると思って買っておいた罠だ。まだ3つあるから手伝ってくれ」
そんなオカルトグッズを買ったマチスにサトシは思わず頭を抱えたくなった。しかも効き目があるのか、暴れているゴースたちは今も出られない様子。
そしてマチスは眠っているゴースたちを網に入れていく。サトシは無言でガスじょうポケモンたちを捕縛していった。ぎゅうぎゅう詰めな彼らを見て思わず叫びたくなったが、起こしても面倒だったから何とか口を
「ふう、ようやくゴースたちは全て網の中に入れられたな。ミーたちの手でポケモンタワーに連れて行かなければ」
「ええ、はい……」
何とも思わないのか、マチスはゴースたちを引きずってシオンタウンへ行く。それをサトシは無表情のまま彼に
* * *
おどろおどろしさに満ちた紫色の町、シオンタウン。ここは死んだポケモンを埋葬する為に建てられた塔がある、……筈だった。
「え、何だ、これ? 」
「オー、ノー……。どうりでゴースたちが大量発生する訳だ」
これはいくら何でも酷過ぎる。サトシとマチスはこの町の惨状を見て嘆きたくなった。あのポケモンタワーが、ラジオ塔へと改装されている途中であり、
そして住む場所を失ったゴースたちは安息の地を求めて外へ出たのだろう。その結果が12番道路での異常発生だ。
「まさか町長が、代替わりした? 」
シオンタウンの町長はフジという老人だ。昔は研究者だったという話だが、それを知る者はごく
嫌な予感がして、サトシは歩行者の1人に話しかける。
「あの、すみません。ちょっといいでしょうか? 」
「ええ、どうなさいましたか? 」
「町長さんについてなんですけど、フジという老人ではありませんでしたか? 」
「えっと……。4日前に亡くなってしまいました」
それを聞いてサトシの顔が一気に真っ青になる。当たって欲しく無かった予感だ。ラジオ塔への改装工事は町長の代替わりが原因で起こってしまっていた。
つまり、カントー各地でゴーストタイプのポケモンが現れるようになったということだ。今まではポケモンタワーの中にしか生息していなかった筈のポケモンなので、流石のサトシもこれは不味いことになったと思い始める。このままだとパラドックスポケモン関係無しに生態系は狂い始めるだろう。
「話してくれて、ありがとうございました」
「いえ、どういたしまして」
お礼を言って通行人から離れるサトシ。近くで聞いていたであろうマチスも顔をしかめている。
「ボーイ、今の話を聞いてお前はどう思う? 」
「このまま放っておけば恐らくは、外来種が現れるでしょう」
ポケットモンスター金・銀というソフトでは、カントー地方に悪タイプのポケモンが現れていた。ヤミカラスとデルビルである。現時点では姿こそ確認されてはいないものの、ゴーストタイプのポケモンという獲物を求めてやって来るだろう。
今まではコラッタやポッポといった初心者でも捕まえられるポケモンばかりで、危険は無かった。しかしゴースやヤミカラス、デルビルといった危険なポケモンたちが野生として現れた場合、このカントーは様変わりする。
「マチスさん。ポケモンセンターに行ってリーグ協会にこのことを報告しましょう。このままだと最悪の場合、治安が悪化します」
「解っている。……それでボーイはどうするんだ? 」
マチスの問いに対してサトシはしばらく考えた後、思ったことを口にした。
「先代の町長、フジ老人の家に行こうと思ってます。元が研究者でポケモンタワーの管理をしていた人なら、もしかしたらゴーストタイプのポケモンについて詳しいのかもしれません」
* * *
町の南東にある住宅地にフジ老人が暮らしていた家があった。しかし外観はどうみてもボロボロのお化け屋敷。とてもではないが、人が立ち寄るような場所とはいえない。
当然、勝手に入ろうものなら不法侵入でジュンサーさんのお世話になるだろう。けれど必要な手続きはマチスに頼んで貰っていた。お陰でサトシの手には許可証がある。
「まあここで問題なんか起こしたらマチスさんに責任が飛ぶけどね」
「アギャス」
……フジ老人はポケモンの遺伝子に関する研究をしていた人物だ。そしてミュウツーの生みの親である可能性は高い。
しかしそういった設定はゲームの中での話。この世界のミュウツーはロケット団の手によって産まれた存在である。当然だが、フジ老人とサカキとの間に接点は存在しない。アニメではそういった情報は無かった。
コライドンは念のためだ。安全などを考えて、手持ちの中で一番強いポケモンに護衛を任せることにした。タケルライコはそういった仕事はしないだろうし、ウネルミナモは論外である。
「おじゃましまーす。……予想以上に汚いな」
壁や天井は蜘蛛の巣、床は砂や
「……ちょっと待て。ここならゴースたちは住めるんじゃないのか? 」
こんな絶好の場所があるというのに、何故彼らが12番道路に移動したのか。サトシには理解できなかった。暗くて、汚くて、いかにもお化けが出そうな心霊スポット。なのにゴーストタイプのポケモンの気配は感じられない。
もしかしてもっとヤバい奴がいる可能性。そのことに気づいてサトシは混乱する。ミュウツー程ではないが、多分ゴースたちが逃げ出すくらい強いポケモンがいる。
恐る恐る先へ進む。リビング、ダイニング、ベッドルーム。各部屋を見るが、どれも酷く汚かった。老人1人で住んでいるとサトシは聞いていたが、こんなの誰であっても頭を抱えたくなる。家政婦とか雇って掃除させればよかったのではないかと思いたくなるくらいだ。
今すぐこんな場所から出てしまいたい。そうサトシは思いつつ、仕事は果たそうと先へ進む。そして一番奥の部屋に辿り着いた。彼は警戒して扉を開ける。
「……は? 」
「……アギャ? 」
この場所に、彼らは一番あってはならないものを見てしまった。幽霊とか、ミュウツーの身体の一部とか、そういったものなら許容できた。ちゃんとゲームの設定に合わせられるような内容なら何でも。
しかし、これはない。狂気の沙汰、地獄への入り口か。フジ老人はここで何の研究をしていたというのか? 彼は何の為に、どうして。
「あ、ありえないっ! 何で、何でテラスタルの結晶がこんな場所にあるんだっ!? フジ老人は何をしでかしたんだっ!? 」
サトシの悲痛の叫びが廊下に響き渡る。この部屋は主人を失った研究室。机の上にある資料や本棚は至って普通。しかし部屋の奥、そこにある装置に格納されている結晶が不気味に光っていた。
サトシは思わず後ずさる。この結晶がある場所にパラドックスポケモンが現れることを知っていたからだ。
「グギャス!! 」
「あだっ!? 」
情けない姿を見せる自分のトレーナーにコライドンは軽くデコピンした。冷静になれと言わんばかりに。
「ご、ごめん」
サトシは一言謝って、周囲を見渡す。どうやら野生のポケモンは存在せず、危険は無さそうだ。
奥の装置を見れば、ある重大な事実が分かる。テラスタルの結晶はカプセルに入っており、厳重に密封されている様だった。外の空気に触れさせたくないのだろうか?
そしてサトシは情報欲しさに机の上を見る。そこにはノートがあった。表紙にはフジの名前が書かれてある。どうやら日記の様だ。普通なら読んでいいものではないが、何でここにテラスタルの結晶があるのかが知りたくなったのだろう。
サトシは禁断の箱を開くように、日記を読み始めた。