『遥か先は遠く』   作:上条@そぉい!

2 / 6
『終わりは遠い』

 絵になるような出会いから数日。彼女はトレーナーと話し合っていた。書類と睨めっこしながら話すトレーナーの顔は渋い。

 

「うん……一通り走ってもらって適正とか見たんだけど」

 

「……悪い?」

 

 憮然と、しかし何処か不安を覗かせる彼女に、トレーナーは努めて余裕を見せるように笑う。

 

「悪くはないんだ。ただ……」

 

 良くもない、というのが本音だ。ダート、芝。長距離、中距離、短距離。逃げ、差し、先行、追い込み。その全てにおいて彼女は『いけないこともない』くらいの適正を見せたのだ。平均的すぎて得意もないという器用貧乏さ。これには何処から手をつけるべきか判断に悩む。

 ……いや、答えは決まっている。この結果を見た時、トレーナーの頭には一つの方法が浮かんだのだ。これがベテランであれば別の答えが、奇策があったかもしれないが、生憎と新人。己の実力不足を恥じるしかない。

 

「……君には辛い道を歩ませてしまうかもしれない。もしかしたら結果は出ないかもしれない。担当するトレーナーとしては失格だ……勝たせてあげられないかもしれない。それでも……信じてくれる?」

 

 その言葉に瞳を閉じ、ぎゅっと拳を握る彼女は、深呼吸を一つ。そうして開かれた瞳に迷いはなかった。

 

「私は……勝利が欲しい。その為なら、例え何度も敗北を重ねても、私はたった一つの勝利が欲しい」

 

 そうして方針は決まる。早速練習を開始する。しかし前途は多難だった。

 ターフを走る彼女の顔が歪む。事前に説明を受けて理解していたつもりだったが、その難しさは筆舌に尽くしがたいものだった。

 時間を決めて走る。それ自体は普通だ。しかし、コンマ秒以下のラグすらなく、ひたすら同じ時間に揃えて走れ、なんて難しすぎた。

 コース一周のタイムを全て揃えて走り続けろ、なんて機械じゃないんだぞ、なんて言いたくなったが、それでも走る。教えられたフォームを必死になぞりながら走る。

 

 その様子をゴール地点でストップウォッチでタイムを測りながらトレーナーは心の中で謝罪した。

 自分のやり方が無茶なのは分かる。しかしこれ以上に思いつく方法がなかった。得意不得意のない彼女はどんなコースだろうと走れる。しかし、走れるだけ。強みのないウマ娘など怖くないのが事実。だから作り出さなければならなかった。

 彼女に身につけて欲しかったのは、レースメーカー。その走りで場を支配するもの。僅かな時間のズレもなく走れるなら、その操作も出来るようになる。彼女が速くなるわけではない。周りを消耗させ最後に勝たせればいいのだ。

 そうして、毎日走った。それだけをさせた。彼女にはそれしかさせなかった。雨の日だろうと毎日。

 

「〜〜ッ!!」

 

 その合間で行われる模擬レースにも全て参加した。彼女にはレースの中での駆け引きをその身で覚えて欲しかったからだ。

 しかし、それを見るトレーナーの顔は歪む。当然だ。何処に負ける事が決まったレースに挑ませるトレーナーがいるのか。それでもこれは必要だった。彼女が渇望する一つの勝利の為に必要な、幾万の敗北。挑む彼女に刺さる周りの目は、とても冷ややかだ。

 

「──はは……」

 

 垂れる汗を拭いながら前を向く少女の顔には、笑みがあった。

 

「確かに……これは辛いな」

 

 身に刺さるあらゆる目を実感しながら空を仰ぐ。憎たらしいまでに青い空。その先で私を嘲笑っているだろう神様ってやつを睨みながら、笑ったのだ。

 確かに負けている。周りに比べ私に優れたものなど一つもない。だけど。確かに一つ一つ、踏み締めながら前に進んでいる。進めている実感があった。

 

「もーいいかい……」

 

 地獄の中で、いずれ来るその日を願ってそう、つぶやいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。