『遥か先は遠く』   作:上条@そぉい!

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『前途多難』

「ウマ娘にもそれぞれ様々な環境がある。私のような沢山の著名ウマ娘を輩出する名家もあれば、地方から出てくる強豪も……だがそれは、言ってしまえばウマ娘において『光』だ。だが人が目を背けたくなるような『闇』もあるんだ」

 

 目を伏せ、彼女もまたそうなのだ。と続けた。ここ日本に限って言えば、そんなことはない。平和でウマ娘が自らの夢を目指して邁進する……そんな環境があるといえる。しかし世界は広い。絶え間なく争いが続く、明日を生きていけるのか、それすら保証できない世界があるのだ。彼女はそんな世界で生まれた。狂気としかいえない、ウマ娘が走る楽しさを知るより前に、武器を握ることを覚える。何と歪で、悲惨なことか。

 

「そんな……」

 

 どうしようもない現実に絶句するほかなかった。

 

「君の話を聞いて確信した、彼女はまだその中にいる。彼女にとってターフはレースではなく、生きるか死ぬかの戦場に映っているんだろう。勝つためではなく、恐怖から逃げるために走っている」

 

 しかし、それを口にするルドルフの目に諦めの色はない。『全てのウマ娘に幸福を』その理想のためには避けて通れない道だ。必ず救って見せると固く誓っている。

 

「彼女の見ている絶望は計り知れない、君ができることはないかもしれない」

 

 この事実を知ってなお、諦めないといえるのか。ルドルフは言葉にはしなくとも、そう目が告げていた。正直な話、住む世界が違うと思った。彼女の境遇に共感できない。想像もできない世界だ。だけど。

 

──なんでだろう?

 

 あの言葉を言った彼女の表情を忘れられない。見ているこっちが悲しくなるような顔。あんな顔、二度とさせたくない。だから。

 

「──それでも、諦めません。またミコちゃんと戦いたい。今度はもっと大きな舞台で」

 

 それに、負けたままで逃げられるなんて私は嫌だ。正面から破って、私が先頭だと言いたい。だから諦めない。

 

「……そうか、百折不撓。期待しているよ」

 

 外からではだめだ。私がいくら言っても彼女には届かない。もっと内から。目の前の彼女のようなウマ娘がいなければ。

 

──これが突破口になることを願う。

 


 

 

 放課後、決められた時刻に合わせてトレーナーの部屋で今日の練習内容を話し合う。ただの話し合いだが、ここにはそれぞれの個性が出る。笑い合いながら話し合うチームもいれば、ただの連絡事項として淡々と会話するチーム。この場にいる二人は後者だった。

 

「今日はプール借りたから、そこでトレーニングしよう」

 

「分かった」

 

 特に疑問を投げ返されることもなく、目の前のウマ娘は頷く。バチャバチャと泳ぎだすのを見ながらトレーナーは考える。

 素直なのは助かるが、この場合はもっと主張してくれた方がお互いの理解を深めることになる……が、担当を始めてからはや一か月は経ってもその気配は微塵もない。どうにか、ぎこちないこの関係をどうにかしたいとトレーナーは考えていた。

 問題はそれだけではない。担当してから分かった事がある。

 

──この子、物凄い癖ウマ娘だ。

 

 こっちの組んだ練習に文句をつけることはないが、暇あれば走ってしまいすぐに足をいじめてしまう癖があった。そこを抑えようとするとむしろ調子が落ちてしまうため無理に止めるのも難しい。そのため足に負担がある練習をできるだけ控える必要があった。いや、これは現実逃避だ。明らかな問題に尻込みして目をそらしてるだけ。

 練習に打ち込むオニノミコの表情は真剣そのもの。しかし、その目が見ているものは別だ。なにか違うものをみているとすぐに気が付いた。それとなく聞いてみることもしたが結果は芳しくない。

 

「はぁ」

 

──彼女を、変えてやってくれ

 

 ルドルフの言葉を思い出す。きっと彼女が言っていたのはこの事だ。だが前途多難だ。糸口が掴めない感覚だけがあって空回りしている。

 

「はーはっは!やはり私はなにをしても似合ってしまう罪なウマ娘!水も滴る、というやつかな?」

 

 思考の海にハマっていた自分を引き戻したのはそんな声だ。声の方向を見れば、オニノミコに絡んでいるテイエムオペラオーがいた。デビューしてから既にその頭角を現しているウマ娘。このまま走ることを考えるなら必ず意識しなくてはならない存在だ。しかしその演劇じみた言葉使いや自信家なところが目立つ彼女とオニノミコは相性が悪いのでは、と危惧していた。気になるオニノミコの反応は……

 

「……」

 

 無言で耳を閉じたまま見るだけだった。明らかに警戒している……やはりだめか?もう少し様子を見てだめなら距離を置こう。

 

「なんだ、お前もプールだったか」

 

 二人のやり取りに冷や冷やしていると、背後から今度は自分に向かって話しかけられた。姿を見なくても声だけで誰なのか分かった。

 

「先輩」

 

 振り向けば、そこにいるのはハンチング帽をかぶった男性がいた。顔には薄っすらと皴が見え歳を感じさせる。その片手にはバインダーが。きっとそれにはウマ娘の様々な情報が書き込まれているのだろう。新人の自分にはこの人は先輩であり雲の上の人だ。かつてシンボリルドルフを導き無敗三冠を成し遂げた名トレーナーであり、今は目の前のウマ娘、テイエムオペラオーの担当トレーナーだ。

 

「何を悩んでるんだ?」

 

「分かりますか」

 

 お互いの担当を見ながら会話は進む。自分の悩みなどお見通しだったらしい。流石経験の数が違うな……。そんなことを考える自分に先輩は苦笑をこぼした。

 

「自分のとこのウマ娘を見ながらうんうん唸ってりゃ誰だってわかるさ……ありゃ苦労するぞ~」

 

今も反応の悪いオニノミコに絡み続けるオペラオー。そろそろ止めた方がいいかな。

 

「もうちょい様子見るか、あいつがあんな風に絡むときは何かあるときだからな」

 

 先輩はそう言うが私からすればただ絡まれてるだけにしか見えない。自分に経験が足りないだけなのか。

 

「前から話は聞いていたけどよ……なるほど」

 

 そう言いながら先輩は目を細めて観察する。

 

「噂ってのは信用ならんな、ありゃ、完成したら化けるぞ……まあそれまで苦労しそうだけどな」

 

 そういって笑う先輩に私はこれからを想像して溜息をもう一度はいた。

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