~カムラの里外れ 商人の邸宅~
「ほぉお…これはまた…。」
うす暗く埃っぽい蔵に、二人の男と大きな
「悪趣味とでも?」
「いえいえ!滅相もない。この業界にそんな言葉は存在しませんよ。我々は人の欲するものを用意しているまでです。」
痩せた貿易商のそれを聞き、太った商人が気味の悪い笑みを浮かべる。だぶだぶとした贅肉が揺れ、いかにもという感じである。
「まったく!これを手に入れるのには骨が折れたよ!マガドの番を殺せるハンターなぞ、裏の社会には一握りだ。高く売れるんだろうね?ん?」
「ええ。買い手はついています。言い値でよいとのことですからこの際がっぽり貰ってしまいましょう。大陸の方は物好きで助かりますねえ。」
「そうとも言えんよ。うちのもんが二人やられた。そんな化け物の子供を生け捕りになぞ…。こちらの社会を知らんようなカモと見て引き受けてしまったが、とんだ貧乏くじだ。第一、一体何のための生け捕りだ?」
「研究と観賞用だとか。大きくならないうちに調教してペットにでもするんでしょう。そんなことできるんだが知りませんがね。」
「ほー…。なるほどな。」
商人は少し合点がいったような顔をした。一方、貿易商は不思議そうにケージの中を見つめる。
「ところでこの双子。なんで片方縛ってあるんです?随分衰弱しているようですし…もったいないですよ?」
「ハッハ!いいことを聞いてくれた。実はある古文書にこう書いてあってな…。」
商人は無造作に置かれた箱の中から古い冊子を取り出した。ペラペラとめくり、読み上げる。
怨虎竜の子
「んー…?」
「要はマガイマガドの子供に共食いをさせると、凶暴性が上がると書いてある。そして、コイツらは今飢餓状態。片方を縛っておけば、じきにその死体をもう片方が喰うだろう。」
「え?!それって不味くないですか?手に負えなくなったら大変だし…勝手にこんなことしたら買い手もつかなくなりません?」
焦る貿易商を横目に、商人は髭を撫でながら言った。
「いや、今ので確信した。奴らはコイツを他の化け物と戦わせる気だ。」
「…な、なるほど!闇闘技場ですか!」
世界各地で一定数行われている、モンスター同士の闇闘技場。カムラの里では規制が厳しく行われていないが、他国裏社会では人気の娯楽だった。
「まったくしてやられた!甘く見られたのは俺たちの方だったか。」
商人は頭を掻きむしる。が、すぐに貿易商のほうに向きなおった。
「だが、これはいい風が吹いてる。」
「というと?」
商人はふんぞり返って言う。
「俺は元々一匹は処分するつもりだった。足がつくし、このままでは竜が寄ってきてしまう。先方が求めてるのは一匹だし、こいつらは兄弟。繁殖の可能性もない。古文書のことが本当か、個人的に興味があったから実験してるが、それを確かめたら黙って渡すはずだった。が。」
「そうか!奴らに特別な個体だと言って渡すんですね!」
「その通り。強い個体を欲してる奴らには多少無理を通せるはずだ。…よし!元はと言えばこの被害は奴らのせい…!たっぷり搾り取ってやるぞ…ふふはははは!」
高笑いする商人たちと対照に、ケージの中では憎しみに満ちた目が爛々と光っていた。
~同所 取引当日深夜~
商人の邸宅の裏の港、今日は夜闇に溶け込むような黒い船が泊まっていた。
「本日は遠方からようこそお越しくださいました…。」
「手間をかけましたね。して例のモノは…?」
「そう焦らずに
「…ふん。まあそうだな。ではその大口が捕らえたモノがどれほどの上物か、見せてもらおう。」
「フフフフ…!はい。只いm…」
ドォォオン!!!
爆発音とともに紫の炎が上がった。
「何事だ!」
怒声を響かせた商人に部下が答える。
「かしら!!火事です!例の蔵から!!」
「なんだと…?!アイツはまだ炎すら出したことがなかっただろうが!」
「それが…!」
「おい君!我々が欲していたのはマガイマガドの幼体だ!あの炎は…まるで成体ではないか!」
「そ、それは…」
「おいそんなことよりあれ!!」
貿易商が指さす方向には、先ほどと比べ尋常でない勢いで増す炎と、火元からこちらに向かってくる無数の火の玉があった。
「なんだあの火の玉…!?風もないのに…!」
異様な光景に身の危険を感じ、皆わなわなと震えだす。
「こ、ここはもうダメだ!に、にげろォ!」
「お、おい!」
貿易商が逃げ出した。
その時だった。
「あがああああああああ!!」
逃げ出した貿易商の近くで火の玉が炸裂し、辺り一面が火の海となる!
あっという間にこと切れた貿易商。早く逃げなければ…!そこにいる誰もが思った。が。
動けない。ヘビに睨まれたカエルのようにピクリとも動けなかった。
誰かが見ている。動いたら殺られる…!
見過ごしてくれ。僅かな希望を摘むように…その正体はそう経たないうちに姿を現した。
こちらにまっすぐ向かってくる、大人一人ほどの体躯の怨虎竜。しかし彼の全身は紫の炎に包まれ、体躯は倍以上にも錯覚された。10mほど離れていても凄まじい熱量であり、あまりの熱に耐えきれず所々が少し焦げ、溶けているようにも見える。
が、彼はこちらに向かってくる。怒り、悲しみ、憎しみ…すべてを孕んだ眼は光り、熱など構わずまっすぐに向かってくる。
その放射する熱に耐えきれなくなってようやく、皆の体の自由が戻ってきた。
「そ、そうだ海…!」
気付いた商人が人を押しのけ走り出す。
彼は走った。
後ろで部下のうめき声が聞こえた。
彼は走った。
肉の焼ける匂いがした。
彼は走った。走り、走り走り、ついに。
海へ飛び込んだ。
助かった!俺は助かった!ははは!!勝ったぞ!!
「GRrrrrrrrrr…!」
なんだ…?なんで!?火が!火が消えない!嫌だ!嫌だ!
「bろおおおおおああああおおおあああ!!」
商人は、浮かんでこなかった。