異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜 作:トンコツマン
「ちょっと! 放しなさいよ! この変態!」
「アスナお姉ちゃん!」
「アスナに乱暴するな!」
取り巻きたちがアスナを取り囲み、下卑た笑い声を上げながらじりじりと距離を詰めていく。
地面に押さえつけられたロメロは満身創痍のまま起き上がれず、ニコルたちは恐怖に顔を歪めて震えていた。
その場に満ちていたのは、どうしようもない絶望だった。
このまま本当に、誰にも止められずに終わってしまうのか――。
そう思った、その時だった。
遠くから、空気を切り裂くような怒号が響いた。
「――くぉらぁぁぁぁ!! ウチの子たちに汚い手で触るなぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、石畳を砕きながら一直線に突っ込んでくる影が見えた。
「な、なんだぁ!?」
取り巻きの一人が振り向いた瞬間、その顔面に強烈な平手打ちが叩き込まれた。
バチィィィィィンッ!!
乾いた音が路地裏に響き渡る。
男の首が勢いよく横へ跳ね、そのまま身体ごと吹き飛んで地面を転がった。
「ぐはぁっ!?」
「なっ……ビンタ!?」
「ただのビンタじゃねーぞ! 闘魂注入かっ!?」
騒ぎを聞きつけて集まり始めていた街の住人たちが、どよめきながら目を見開く。
その視線の先に立っていたのは、怒りに燃えるカスミだった。
肩で息をしながらも、その目だけは鋭く、まっすぐに子どもたちの方を見ている。
「待たせたね」
その声を聞いた瞬間、子どもたちの顔に安堵が走る。
「カスミお母さん……!」
「かーちゃん!」
「カスミ母さん!」
泣き声混じりの呼び声に、カスミはほんの一瞬だけ優しく目を細めた。
「私が来たから、もう大丈夫だよ。もう少しだけ、辛抱しな」
だが、その優しさはすぐに消える。
次の瞬間には、視線がジノたちへ向き直り、怒気が一気に膨れ上がった。
「おい……テメェら」
低く唸るような声。
「ウチの子たちに、何してくれてんだい?」
その迫力に、一瞬だけ取り巻きたちがたじろぐ。
だがすぐにジノが苛立ったように吐き捨てた。
「なんだこの女は! いきなり出てきて好き勝手しやがって!」
「何しやがる、だって?」
カスミの目が細くなる。
「それはこっちの台詞だよ」
一歩、前へ出る。
石畳を踏む音が、妙に大きく響いた。
「ウチの子たちに何しやがる! このクサレ外道がぁぁぁッ!!」
その怒鳴り声は、路地だけでなく周囲の建物すら震わせるようだった。
「ひっ……」
取り巻きの一人が思わず後ずさる。
だがジノは歯を剥いた。
「ビビってんじゃねぇ! 相手は女一人だ! まとめてやっちまえ!」
その号令とともに、取り巻きたちが一斉にカスミへ襲いかかる。
その瞬間――カスミの目が、赤く光った。
まるで夜闇に灯るテールランプのように、鋭く。
「――そこどけ」
踏み込みと同時に、腕が横薙ぎに走る。
ラリアット。
バギィィィィン!!
先頭の男の首元へ叩き込まれた一撃は、ただの腕の振りではなかった。
腰の回転、踏み込み、速度、体重、そのすべてが凝縮された“破壊”そのもの。
男の身体は弾丸のように吹き飛び、数メートル先の壁へ叩きつけられた。
「うぐぁぁっ!?」
「今のラリアット……!」
「いや、ただのラリアットじゃねぇぞ!」
アスナがはっと顔を上げる。
「違うわ……!」
その目に、かつて見た映像と同じ軌道が焼き付く。
「あれはただのラリアットじゃない……前世の必殺技、《シシドボンバー》よ!!」
ワタルが目を丸くする。
「えっ!?」
「踏み込み、体重移動、タイミング……全部を極限まで研ぎ澄ませた“破壊のラリアット”!」
その言葉の通り、カスミは止まらなかった。
二人目に飛び込むと、そのまま真空飛び膝蹴りを叩き込む。
ドゴォォォォン!!
男の身体が宙を舞う。
さらに着地と同時に身体を捻り、ローリングソバットで別の男の側頭部を蹴り飛ばす。
「ぎゃっ!?」
「な、なんだこいつ……!」
住人たちのどよめきがさらに大きくなる。
「おい、あいつら誘拐犯の連中だろ!?」
「マジかよ……!」
「じゃああの女、子どもを助けに来たのか!」
ジノは舌打ちした。
「チッ……使えねぇな、お前ら……」
そして、口元を歪める。
「こうなったら“アイツ”の出番だ」
デボラが顔をしかめた。
「はぁ? あのバケモン呼ぶのかい? あいつ、雇うだけで大金が飛ぶんだよ!」
「ケチってる場合か?」
ジノは吐き捨てる。
「ここで潰されりゃ全部終わりだ。おい! 呼んでこい!! ダムドだ!!」
その名が響いた瞬間、集まっていた住人たちの顔色が変わった。
「ダムド……!?」
「まさか、あのダムドか!」
「元地下闘技場《アンダーコロッセオ》のチャンピオンだぞ!」
「対戦相手を何人も再起不能にした化け物だ……!」
「今じゃ賞金首だ! 殺し、傷害、強盗、誘拐、密輸、密売……思いつく限りの悪事をやってる外道だぞ!」
ズシン……ズシン……
地面を揺らす足音とともに現れたのは、二メートルを優に超える巨体だった。
丸太のような腕。
岩のような胸板。
そして、人を人とも思っていない目。
ダムド。
その口元がいやらしく歪む。
「ぐふふ……いい女だな。オレ好みだ」
だがカスミは一歩も退かない。
むしろ堂々と腕を組み、真正面からその巨体を見据えた。
「……来な」
「ナメやがってぇぇぇ!!」
ダムドが咆哮とともに拳を振りかぶる。
「死ねぇぇぇぇ!!」
次の瞬間、拳がカスミへと炸裂した。
ドゴォォォォン!!
鈍い衝撃が響き、石畳が砕け散る。
「入ったぁぁ!!」
「終わった……!」
誰もがそう思った。
だが次の瞬間、悲鳴を上げたのはダムドの方だった。
「ぐああああっ!?」
殴った腕を押さえ、顔を歪める。
「な、なんだ……!? 岩でも殴ったのか!?」
カスミは、一歩も動いていない。
腕を組んだまま。
頬に一筋の血は流れているが、その目はまるで揺らがなかった。
「……なんだい?」
静かな声。
「この、しけたパンチは全然効かないね」
さらに一歩、前へ出る。
「こんなパンチより――」
視線が子どもたちの方を向く。
「ニコルが放った全身全霊のパンチの方が、はるかに効いてるよ!」
その言葉に、ニコルの目が大きく見開かれた。
ダムドが怒りに顔を真っ赤にし、咆哮する。
「このクソアマがぁぁぁ!!」
そして一直線に突進してくる。
その巨体が揺れるたび、石畳が鳴った。
だが――
「……遅い」
カスミはほんのわずかに身体を捌いただけだった。
ダムドの拳が空を切る。
体勢が崩れる。
その一瞬。
気づいた時には、カスミはもう背後にいた。
「なっ――!?」
振り返る暇も与えず、カスミの両腕がダムドの腰へと回る。
がっしりと掴む。
足を踏み込み、重心を落とし、腰を引く。
そして一気に反り上がる。
バックドロップ。
二メートルを超える巨体が、まるで紙細工のように美しい弧を描いて宙へ浮いた。
次の瞬間――
ダムドの後頭部が、凄まじい勢いで地面へ叩きつけられる。
ズドォォォォォン!!
石畳が砕け、衝撃が路地全体へ波のように広がった。
ダムドは白目を剥き、そのままぴくりとも動かない。
「ダムドを倒した……!!」
誰かが呟く。
その瞬間、アスナが震える声で叫んだ。
「地味な技だけど――!」
拳を握り締める。
「決まった時の曲線が美しいのよ!!」
その一言をきっかけに、野次馬たちの歓声が一気に爆発した。
「うおおおおおおおおっ!!」
「すげぇぇぇぇ!!」
「やっちまったぞ、あの女!!」
カスミは天を仰ぐ。
そして大きく息を吸い込み――
「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
獅子の咆哮。
空気が震え、場にいた全員が息を呑んだ。
その静寂の中、アスナが一歩前へ出る。
「……間違いない」
拳を握る。
「カスミの前世は――女子プロレスラー!!」
一拍。
「当時、女子プロ界を震撼させた――伝説の女子プロレスラー!」
指を突きつける。
「宍戸香澄こと――『レオ宍戸』よ!!」
どよめきが広がる。
「聞いたことあるぞ……!」
「(?……もしかしてテリーマン?)」
「いや違うだろ! そっちは男だろうが!」
ワタルが困惑した顔で口を開く。
「えっ、でもカスミさんの名字って“馬場”じゃなかったっけ?」
アスナが即座に返す。
「バカね。それは今の名前でしょ」
そして、きっぱりと言った。
「“宍戸”は旧姓よ。転生前の、本当の名前」
カスミは何も言わない。
ただ静かに立っていた。
その沈黙が、何より雄弁な答えだった。
だが、その場の空気を切り裂くように――
ズキューン!!
銃声が響いた。
ジノとデボラが拳銃を抜いていた。
「この野郎……よくもコケにしてくれたな!!」
「全部ぶっ殺してやる!!」
銃口がカスミへ、そして子どもたちへ向けられる。
だが、カスミは一歩前へ出た。
「お前ら……銃を抜いたからには命かけなよ」
その言葉に、ジノの顔が引きつる。
カスミは低く続ける。
「それは脅しの道具じゃない」
さらに一歩。
「撃つってんなら――覚悟しな」
圧倒的な気迫に、ジノの手がわずかに震えた。
その時だった。
「そこまでだ!!」
鎧の音を響かせながら、騎士団がなだれ込んできた。
「レガイア王国騎士団だ! 全員武器を捨てろ!!」
ジノたちはあっという間に取り押さえられ、拳銃も叩き落とされる。
デボラが喚く。
「離せぇぇ!!」
「黙れ!」
騎士たちは容赦なく拘束した。
完全制圧。
ようやく、本当に事件は終わった。
一人の騎士が前へ出る。
「私は、レガイア王国騎士団ミスティ支部団長ラルフだ」
彼は倒れ伏したダムドを見て、驚愕を隠せなかった。
「まさか……これを、一人で?」
カスミは肩をすくめる。
「この子たちが攫われそうになってたんでね。助けに来ただけだよ」
ラルフはしばし言葉を失い、それから深く頭を下げた。
「礼を言う。あなたがいなければ、子どもたちはどうなっていたかわからない」
そしてすぐに部下へ指示を飛ばす。
「負傷者を確認しろ! ロメロ殿を医療班へ!」
「はい!」
別の騎士が戻ってくる。
「ロメロ殿、命に別状ありません!」
その言葉に、子どもたちの顔に安堵が広がった。
ラルフは再びカスミを見た。
「事情聴取は後日改めて行う。今日はこれで失礼する」
騎士団はジノたちを連行していった。
静けさが戻る。
その瞬間――
「カスミお母さん!!」
子どもたちが一斉に駆け寄る。
ノルンが泣きながら抱きつき、メリッサもキースもロジーも、みんな一緒になってカスミへしがみついた。
カスミはしゃがみ込み、全員をまとめて抱きしめる。
「もう大丈夫だよ」
その声は、さっきまで獅子のように吠えていたのが嘘みたいに優しかった。
ニコルがおずおずと前へ出る。
「カスミお母さん……ぼく、言えたよ……」
デボラに向かって、自分の名前を。
自分にとっての本当の“母親”が誰かを。
カスミは穏やかに頷いた。
「見てたよ」
そっと頭を撫でる。
「立派だった」
その言葉を聞いた瞬間、ニコルの瞳から大粒の涙が溢れた。
少し離れたところで、アスナが立っていた。
拳を握り締め、唇を噛んでいたが、やがてゆっくりと歩いてくる。
「……カスミ」
カスミが顔を上げる。
アスナは深く頭を下げた。
「ごめん」
短い言葉。
でも、その一言に、意地も強がりも後悔も、全部詰まっていた。
「私……間違ってた」
静かな沈黙。
やがてカスミは、小さく笑った。
「いいんだよ」
優しい声。
「間違えたなら、気づけばいい」
ぽん、とアスナの頭に手を置く。
「それだけで十分だよ」
ワタルも隣で笑う。
「そうそう。ちゃんと謝れたんだから、アスナちゃんも偉いよ」
アスナは少し鼻をすすり、顔を上げた。
そこには、さっきまでよりもずっと柔らかい表情が浮かんでいた。
カスミは大きく息を吐く。
「……さて」
周囲を見回す。
子どもたちは無事。
仲間も無事。
ロメロも助かった。
「今日は色々あって疲れたね」
そして、いつもの調子で言う。
「帰って、ご飯にしようか」
「うんっ!!」
子どもたちが一斉に声を上げる。
「わたし、お手伝いする!」
「あたしも!」
「ぼくもやる!」
カスミは笑った。
「よし、じゃあみんなで作ろうか」
そしてふと、アスナの方を振り向く。
「アスナ」
「え?」
「アンタも来な」
アスナは目を丸くした。
「……え、いいの?」
カスミはきょとんとした顔をして、あっさり答える。
「当たり前だろ」
そして、少しだけ照れくさそうに笑った。
「ご飯はやっぱり、みんなで食べると美味しいからね」
その一言に、アスナはようやくふっと笑った。
「……うん」
夕暮れが路地を包み込む。
ファミリアへ向かう子どもたちの笑い声が、外までこぼれていく。
すべてが丸く収まったわけじゃない。
過去の傷が消えたわけでもない。
けれど――
それでも、こうしてまた一緒に食卓を囲める。
それが今の彼女たちにとって、何よりの救いだった。
NEXT 押忍!カスミの姐さん!
転スラみたいに美少女ゴブリンでも出してみようかな(笑)