異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜 作:トンコツマン
モンシアに案内され、クリフの部屋へ足を踏み入れた瞬間――空気が、妙に軽かった。
ソファにだらしなく寝そべったクリフが、待ち構えていたかのように上体を起こす。
「おっ!来た来た♪ 待ってたよ〜ん♪ ……お、ちゃんとメイド服に着替えてくれたんだね。その小包、こっちちょうだい」
カスミたちは無言で前に出る――が、一人だけ足が止まっていた。
ワタルだ。
ドアの影に半分隠れたまま、絶対に入ろうとしない。
「いい加減に観念しなさいよ!」
アスナが強引に腕を掴み、ズルズルと引きずり込む。
「結構可愛いんだから問題ないでしょ!」
「嫌だよ!!こんな恥ずかしい格好、誰も見たくないって!!なんでボクだけミニスカなの!?っていうかアスナちゃん絶対楽しんでるでしょこれ!!」
「ふーん……」
クリフの目が、怪しく細められる。
「やっぱりオレの見立ては正しかったな。カスミちゃんとアスナちゃんもいいけど……ピンクのウィッグにミニスカメイドの男の娘、ワタル……いいねぇ、実に唆る」
「(ヅラじゃない!ウィッグだ!!……って今ツッコんでる場合じゃない!!)ひぃぃぃ!!ボクにそんな趣味はありません!!」
明らかに呼吸が荒くなっているクリフに、カスミが眉をひそめた。
「……それより、あたしたちは何をすればいいんだい?まさか、いかがわしいことでもさせる気かい。この変態」
「いきなり失礼だな!?オレはただ“ご奉仕”してほしいだけだよ」
クリフは楽しげに指を鳴らす。
「君たち、転生者なんだろ?元の世界には“メイド喫茶”っていう文化があるって聞いたよ。可愛いメイドが接客してくれる店なんだって?」
「なんでそれをあなたが知ってるんですか?」
ワタルが警戒するように問い返す。
「うちの使用人に転生者がいてね。“ジュンペイ・サクラバ”。固有アイテムが“タブレット”でさ。“ドウガ”ってやつを見せてもらったんだよ」
にやり、と笑う。
「……あれは衝撃だった。だから再現したくなった。それだけだよ」
「つまり、動画に影響されて私たちにメイド服を着せた、と」
「そうそう。で、君たちの経験を活かして接客してほしい。安心していい、“プレイ”とかじゃなくて純粋な再現だから」
(今、ちょっと怪しいこと言いかけたよね?)
そんなやり取りの中――
「ちょっと待ちな!」
カスミだけが腕を組み、完全に話についていけていなかった。
「メイド喫茶?ご奉仕?何をさせる気なんだい?」
(しまった……!)
ワタルとアスナが同時に顔を見合わせる。
(カスミさん、この文化知らない!!)
「(もう説明するしかないわ……!スマホで動画見せるわよ!)」
「クリフさん、少し時間をください!」
三人は一度部屋を出た。
――そして数分後。
「ふざけるんじゃないよ!!!」
屋敷の廊下に怒号が響いた。
「頭おかしいんじゃないのかい!?これをやれって!?冗談じゃないよ!!服はまだいい!でもこの接客は無理だ!!帰るよ!!」
怒り心頭のカスミが踵を返す。
「だ、ダメよ!!あんたが帰ったら終わりでしょ!!」
「そうですよ!拒否権ないんですから!!土地権利証、クリフさんが持ってるんですよ!?」
「聞けるかい!!“萌え萌えきゅん”なんて言えるか!!」
(……今ちょっとノリかけてたわよね)
その時――
「何してるの?」
いつの間にか後ろに立っていたクリフが、あっさりと言った。
「拒否権ないって言ったよね?」
空気が一瞬、凍る。
その緊張を破ったのは――ワタルだった。
「大丈夫です!!今のカスミさんならいけます!!」
「は?」
「その容姿!スタイル!そして声!!“はやみん”こと早見沙織さんレベルの破壊力です!!」
「(何言ってるか全然わからないよ!!)」
沈黙。
そして――
「……ええい!ままよ!!やってやるよ!!」
こうして、即席メイド喫茶が開店することになった。
⸻
「いい?段取り通りよ」
アスナが指示を飛ばす。
「特にカスミ。今だけは完全にメイドになりきるの」
「わかってるよ……これはファミリアのためだ。ロメロの守ってきた場所を守るためだ!!」
その瞳には、覚悟が宿っていた。
⸻
玄関。
「お帰りなさいませ♪ご主人様♪」
ワタルが完璧な笑顔で出迎える。
「おおおっ!!これがメイド喫茶か!!」
クリフ、感動。
完全にテンションが上がっている。
案内され、部屋へ――
「お帰りなさいませ!ご主人様!」
カスミとアスナが、揃って頭を下げた。
その笑顔は――
(怖い)
(怖いわね)
ワタルとアスナの心が一致する。
⸻
料理が運ばれる。
「キャラメルラテにお絵描きしまーす♪」
「オムライスにはクマを描くよ」
そして――運命の瞬間。
「ではご主人様、“おまじない”をかけます」
カスミが微笑む。
「両手でハートを作って――復唱してください。“美味しくなーれ♪萌え♪萌え♪”」
(……これ、絶対やばい)
アスナがニヤリと笑う。
(ワタル、作戦よ)
(え、マジで!?……でも見たい)
頷き合う二人。
そして――
カスミ、ただ一人。
「美味しくなーれ♪萌え♪萌え♪きゅーん♪」
――静寂。
次の瞬間。
ドサッ。
ワタル、崩れる。
ドサッ。
アスナ、崩れる。
ドサッ。
クリフ、崩れる。
「な、なんだこの破壊力はぁぁぁぁぁ!!」
「予想外ですよ!!早見沙織ボイスの威力やばすぎです!!」
「女の私でも耐えられない……!」
「……何やってんだい、あんたら?」
カスミだけが、何も知らない。
⸻
数分後。
「最高だよカスミちゃん!!」
「想像以上ね……」
「……あ」
ワタルとアスナ、固まる。
カスミのこめかみに、青筋。
「……説明してもらおうか?」
ゴキッ、と指が鳴る。
「ちょっと待って!!その顔は絶対殴るやつ!!」
「まあまあ、楽しかったじゃないか」
クリフの一言で――
プチン!
カスミの中でブチっと何かがキレる音がした
「何が楽しかっただ!!このドラ息子がぁ!!」
パチーン!!
吹っ飛ぶクリフ。
「殴ったね!?」
バチーン!!
追撃。
「二度もぶった!!」
「殴って何が悪い!!」
(ガンダムネタ!?しかもブライトさんのポーズ完璧!?)
⸻
ドアが勢いよく開く。
「何事だ!!クリフ!!」
スコットとスレイが飛び込んできた。
――騒動は、まだ終わらない。
NEXT
「領主の責務 完結編」