異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜 作:トンコツマン
通常の媚薬よりも倍の精力増強効果と快楽を得られるが副作用で鬱状態になり多量に摂取した場合、死に至る危険性がある
第一章 怒声と告発
「一体何があったんだ? 説明するんだクリフ!」
重厚な扉が勢いよく開かれ、怒りをはらんだ声が室内に響き渡った。
駆けつけたのは、元領主スコット・デルタ・ロックハート。その後ろには、現領主でありながら明らかに気圧された様子のスレイ・デルタ・ロックハートが立っていた。
「そ、そうだよ! カスミさん達にメイド服を着せて、何をさせようとしていたんだ!?」
スコットは怒気を露わにしていたが、スレイは終始おどおどとしている。その対照的な様子が、このロックハート家のいびつさをそのまま表しているようだった。
「聞いてくれよパパ! この女がオレを殴ったんだ!」
ソファにふんぞり返っていたクリフが、指をさして怒鳴る。
「殴っただって? それは本当なんですか? カスミさん?」
スコットに問われ、カスミは一歩も引かずに言い放った。
「ああ、殴ったよ! まったく! アンタは自分の息子にどういう教育をしてるんだい! 人の弱みにつけ込んでメイド服を着せて、変な接客をさせたんだよ!」
(あんなこと言ってるけど、カスミさん率先してメイド服を着てたよね。しかも、楽しそうに接客もしてたし……)
ワタルは心の中でそうツッコんだが、もちろんこの場で口に出すほど命知らずではない。
カスミはさらに一歩踏み込み、スコットを真っすぐ睨みつけた。
「教育がなってないのは、どっちだい?」
その一言で、室内の空気がぴしりと張り詰めた。
「なんだって? クリフ、お前はまた市民を脅して不当な行為を!? いい加減にしないか! いくら私でもかばい切れないぞ! 私はもう領主ではないんだぞ!」
スコットは怒鳴る。だが、クリフはそんな父の説教など、まるで聞く気がないらしかった。
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第二章 歪んだ兄、沈む弟
スコットの怒号を受けてもなお、クリフはソファにふんぞり返ったまま、口元にいやらしい笑みを浮かべていた。
「大丈夫だろう。いくら領主を退いても、まだ権力はあるだろ? それに現領主様のスレイがこんなにも頼りないんだぜ。パパだってわかってるはずだろ?」
そう言って、クリフはあからさまにスレイを見下した。
「オレより優秀で、パパにも期待されて領主になったのに、当の本人は気弱な性格が災いして責務を真っ当できていない。そうだろ? スレイ?」
テーブルに置かれていたカフェラテ入りのティーカップを手に取り、一気に飲み干す。ごくり、と喉を鳴らしたあと、クリフは大きくため息をついた。
そして、その視線の先にいるスレイは、兄に呆れられているというのに、俯いたまま何ひとつ言い返せずにいた。
「まったく! 兄より優れた弟ってのは、お前じゃないよな? どう考えても“ライナー”だよな?」
「『ライナー』? 誰なの?」
アスナが首を傾げると、モンシアが一礼して答えた。
「『ライナー』は末っ子で医者をやっておりまして」
「それよりもさぁ! カスミを騎士団に突き出してくれよ! パパなら簡単だろ?」
クリフは、今度はカスミを睨みつけながら言った。
だが、当のカスミは呆れ顔で鼻を鳴らす。
「呆れたね。優秀な弟を妬んでやさぐれて」
「カ、カスミ! あんたハッキリ言い過ぎよ! 相手は貴族なのよ!」
アスナが慌てて止めに入るが、カスミは一切意に介さない。
「関係ないよ! 特にクリフはどうしようもないね! 貴族だってだけでやりたい放題やって、何か問題が起これば親に尻拭いさせてるんだろ? スコット! アンタが乳母日傘に育てたからだろ!」
「そ、それは……そうなんですが……いざとなると、つい甘えが出てしまい……」
スコットが煮え切らない態度を見せると、クリフはその横に近づき、わざと肩を叩いて笑った。
「いいじゃん! いいじゃん! 甘やかしてくれていいんだよ♪ 権力は貴族の特権♪ パーティーやって、弱い立場の人間をいいように使うのが何より楽しいんじゃないか!」
その時、部屋の隅で控えていた使用人のジュンペイが、ほんのわずかに視線を動かした。
(違法薬物、脅迫、そしてこの発言……。証拠は十分だ)
だが、その変化に気づく者は誰もいなかった。
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第三章 アビス・ネクターの暴露
「それは“アビス・ネクター”って言う違法薬物を使っての話かい?」
カスミの低い声に、空気が一瞬で凍りついた。
「へ、へえ? なんだそれ?」
さっきまで余裕綽々だったクリフの表情が、わずかに曇る。
カスミは見逃さない。
「とぼけるんじゃないよ」
一歩踏み出す。
「アンタが今日使おうとしてた薬、それも“普通の薬”なんだろ?」
「……ああ、そうだが?」
クリフは平静を装って答えるが、声にわずかな揺れが混じっていた。
「なら、今ここで飲みな」
「なっ……!?」
「証明できるだろ? “普通”ならね」
静かな声だった。しかし、逃げ道を完全に塞ぐには十分すぎる重みがあった。
クリフの手が止まる。視線が泳ぐ。額に、じわりと汗が浮かんだ。
(くそ……。こいつら、飲めないってわかってて言ってやがる……!)
カスミが追い打ちをかける。
「何してるんだい? 問題ないなら飲めるだろ?」
その一言で、とうとうクリフは舌打ちした。
「……チッ! やめだ、やめだ!」
手にしていた小瓶を床に叩きつける。
パリン、と甲高い音を立ててガラスが砕け、液体が床に飛び散った。
「そうだよ! オレは“アビス・ネクター”の密輸と密売に関わってるよ! このことを知られた以上、お前たち全員消えてもらうぞ!」
そう叫んだクリフは、懐から黒い紙を取り出した。
「黒い紙? クリフさんは何を?」
ワタルが目を見開く。
「クリフお前! 何をやるつもりだ!」
スコットが怒鳴る。
「うるせぇ! 使えない親父が! スレイ! 貴様も同じだ! この無能領主が!」
「に、兄さん……」
「カスミ! お前の噂は聞いてるぞ! かなり強いんだってなぁ!? でも、流石のお前もコイツには勝てないぜ!」
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第四章 黒き紙、召喚される悪魔
クリフは手に持った黒い紙を天井に向けて掲げた。
その紙には不気味な魔法陣らしきものが描かれており、次の瞬間、その紙から黒い光が迸った。
光の中から現れたのは、一体の巨大な魔物。
身の丈は四メートルほど。全身は黒く、背には禍々しい羽。人の言葉を解しそうな邪悪な瞳で、室内を見回している。
「な、なによアレ!? まさかとは思うけど、魔物だったりする?」
アスナが顔を引きつらせる。
「コイツはデーモン! 下級悪魔だが、お前たちを始末するには充分だ!」
「デーモン? おかしくないかい? デーモンって言ったら、白いペイントをしてる奴だろ?」
「カスミさん……絶対言うと思ってましたよ。カスミさんが言ってるのはデーモン小暮です。て言うか今はボケてる場合じゃないですよ!」
ワタルが全力でツッコむ間にも、召喚された悪魔は重々しく口を開いた。
「ワレヲ呼ンダノハ、キサマダナ? ヨウケンハナンダ?」
「呼んだのはこのオレだ! 命令だ! あそこにいる奴らを殺せ!」
クリフの命令を聞いたデーモンは、にたりと口を歪める。
「自分で動かないで全て他人任せかい? 他人に甘えて自分にも甘えて情けない男だ! 男だったら玉砕覚悟でも自分の拳でかかってきなよ!」
「てめぇ! もう許さねえ! オレをキレさせたな! デーモン! この女だけは思いっきり苦しめて殺せ!」
「マカセロ! ヒサシブリノ人間ダ! シカモ女ガ二人モイル! オマエタチハサイゴダ! マズハ――」
デーモンは言いながら、オムライスとカフェラテが置いてあるテーブルを蹴り飛ばした。
皿が床に落ち、オムライスが無惨に潰れる。
さらに、それを足で踏みつけた。
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第五章 食べ物を粗末にするな
「!!!!」
カスミの表情が、すっと消えた。
「ヤバいわよ! まさか魔物を呼び出すなんて聞いてないわよ! カスミどうす――っ!?」
アスナがカスミの方を見た瞬間、顔を真っ青にして思わず後ずさった。
そこにいたカスミは、怒りに満ちた顔をしていた。まさに怒髪衝天。周囲の空気ごと震わせるような、凄まじい怒気を放っている。
「もしかしてだけど、カスミってキレてるわよね? 無茶苦茶怖いんだけど! 何でキレてるの!?」
アスナの問いに、ワタルが顔を引きつらせながら答える。
「……おそらくだけど、あのデーモンにオムライスをぐちゃぐちゃにされたからだと思うよ。実は一週間前にあったことなんだけど……」
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一週間前 ファミリアの夕食
その日の夜。
ファミリアでは、いつものようにみんなで夕食をとっていた。
食卓には野菜炒めが並び、湯気と一緒に家庭的な香りが立ちのぼっている。
だが、その中で一人、露骨に嫌そうな顔をしている少年がいた。
「ゲゲぇー! またピーマンだよ! これ嫌いなんだよな」
ロジーが箸を持ったまま顔をしかめる。
「ロジー! ピーマン残したらダメだよ! ちゃんと食べてよ」
カスミが席の向こうから注意する。
「そうだよ。ロジー君。好き嫌いは良くないよ」
ワタルもやんわりと諭した。
だがロジーは口を尖らせたままだ。
「やーだよ! かーちゃんが見てないうちに捨てちゃおっと♪」
カスミが別の子に目を向けた、その隙だった。
ロジーはしめたとばかりに立ち上がると、ピーマンの入った皿を持ってそそくさとゴミ箱へ向かった。
「よっと♪」
その瞬間――
「――ロジー」
背後から、低い声が落ちた。
びくり、とロジーの肩が跳ねる。
振り向いた先には、いつの間にか背後に立っていたカスミの姿があった。笑っていない。目だけが静かに怒っている。
「か、かーちゃん……?」
次の瞬間。
ゴンッ!!
鈍い音と共に、見事なげんこつがロジーの頭頂部に落とされた。
「いってぇぇぇっ!?」
ロジーは頭を押さえて飛び上がる。
食卓にいた子供たちも、ワタルもアスナも、一斉に身を固くした。
カスミは怒鳴らなかった。
その代わり、静かに、しかし一言一言を噛み締めるように言った。
「ロジー。食べ物を粗末にするんじゃない」
その声の重さに、ロジーは半泣きになる。
「だ、だってピーマン苦いし……」
「嫌いでもいい」
カスミはロジーの肩を掴み、まっすぐに見据えた。
「でもな、隠れて捨てるな」
「……」
「それは、畑で育てた人に失礼だ。運んだ人にも失礼だ。料理した人にも失礼だ。そして、食べ物そのものにも失礼なんだよ」
ロジーは唇を震わせる。
「食えないなら、ちゃんと“ごめんなさい”して残しな。捨てるなら、せめて堂々と叱られな」
「……ごめんなさい……」
「声が小さい」
「ごめんなさい!!」
「よし」
カスミはそこでようやくロジーの肩から手を離した。
「次やったら、もう一発だよ」
「は、はいぃっ!!」
⸻
現在 ロックハート邸
ワタルの回想が終わる。
アスナは納得したように頷いた。
「それってつまり、食べ物を粗末にしたからカスミは怒ったわけね? ってことは今回は、あのデーモンがオムライスを粗末にしたからキレたのね?」
「確かにその通りなんだけど、今カスミさんのステータスを見たけど『例のスキル』は発動してないし、レベルだって『1』のままなんだよ。今までは『例のスキル』が発動した状態で戦ってきたけど、今回の場合は何もない状態で戦うことになるから、デーモンに勝つのは難しいよ!」
その時、デーモンが大きく腕を振り上げた。
「マズハ、ジジイ! キサマカラダ!」
だが、その直前。
「おい! 食べ物を粗末にするな!」
カスミが正面から飛びかかった。
渾身の右ストレートが、デーモンの顔面に突き刺さる。
ドゴォッ!!
凄まじい轟音と共に、巨大な悪魔の身体がそのまま壁を突き破り、夜空の彼方へと吹き飛んでいった。
「ねえワタル、もしかしたらカスミって現世の頃の身体能力が転生後にも引き継がれてるんじゃないかしら? あの動きって女子プロ時代のカスミそのものよ」
「確かにそうかもしれないね。カスミさんの身体能力はステータスとは別ってことなのかもしれないね。それよりもカスミさんは? カスミさんのことだからクリフさんを絶対に殴るよ! 今のキレた状態でクリフさんを殴ったら確実に殺しかねないよ! 早く止めないと!」
「勝手に私を人殺しにさせるんじゃないよ! そんなことしなくても、クリフを殴る相手は他にいるよ!」
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第六章 デーモン撃退後の崩壊
「そんな……馬鹿な! あのデーモンが……はははっ……」
打つ手を失ったクリフは、その場に膝をついた。
完全に腰が引けている。さっきまでの余裕も、高笑いも、どこにも残っていなかった。
そこへ、父親であるスコットが一歩進み出る。
そして次の瞬間――
バチンッ!!
渾身の平手打ちが、クリフの頬に叩き込まれた。
「この恥知らずが! 大馬鹿もの!」
「そ、そうだよ兄さん! どうして密輸や密売なんてしたんだよ!」
スレイも震える声で問いかける。
頬を打たれたクリフは、俯いたまま、やがてぽつりと語り始めた。
「……優秀な親父やスレイには、わからないだろうが話してやるよ」
拳が震える。
「親父たちも知ってるだろ。オレの出来の悪さをよ。スレイやライナーに比べると、オレは遥かに劣っていた」
歯を食いしばる。
「それでもオレは、親父の期待に応えるべく必死になって頑張ったよ……」
顔を上げる。そこに浮かんでいたのは、怒りとも悲しみともつかない歪んだ表情だった。
「でも最初から、親父はオレに期待していなかった! そのことがきっかけで、オレは落ちぶれたのさ!」
「何を言っているんだ! 私はお前にも期待していた!」
スコットが声を荒らげる。
だがクリフは怒鳴り返した。
「親父! 気休めはやめろよ! オレが劣等生とわかった途端、ほったらかしにしたクセに! 全てあんたのせいだ!」
悔しさを吐き捨てるように続ける。
「……でも、貴族だったおかげでトラブルを起こしても親父が全部揉み消してくれたから感謝はしてるよ。そして、いろんな悪事に手を染めるうちに、一人の“魔族”と出会った。その誘いで“アビス・ネクター”の密輸にも加担した」
「『魔族』!? 兄さんは魔族と繋がってたのかい? だから“アビス・ネクター”を!」
「ああ、そうさ。アレは高く売れるし、女を抱く時に使うと最高の快楽を得られる、最高の代物さ」
その言葉を聞いた瞬間――
カスミの額に青筋が浮かんだ。
次の瞬間、彼女はずかずかと歩み寄ると、クリフの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
「な、何しやがる――!?」
カスミは真正面からクリフを睨みつけ、一喝した。
「甘ったれんじゃいよ! 己の不出来や落ちぶれたのを父親に責任転嫁! 落ちぶれたのは、全て自分の弱さが招いたことだろう! そういうのをね! 卑怯者って言うんだよ!」
その言葉は、容赦なくクリフの胸に突き刺さった。
「(なんだよコイツ! 偉そうに!……なのに、この気持ち……この懐かしい気持ち……はっ!)」
クリフの目が見開かれる。
荒んだ心の奥底に、ずっと沈んでいた何かが、確かに動いた。
それは、かつて確かに持っていたはずの、ほんのひとかけらの良心だった。
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第七章 クリフと母の記憶
クリフの脳裏に、昔の光景が鮮明に蘇る。
まだ幼かった頃。
ロックハート邸の庭先で、使用人の子供を突き飛ばして泣かせてしまった日のことだ。
「クリフ! どうして、あんなことをしたのですか!」
振り返った先には、母が立っていた。
厳しい声だった。だが、その奥には深い悲しみと、子を正したいという強い意思があった。
幼いクリフは顔を真っ赤にして言い返す。
「だって、あいつらが貴族のぼくに悪口を言ったんだ!」
だが母は首を横に振った。
「だからと言って、暴力を振るっていいわけではありません」
きっぱりとしたその言葉に、クリフは押し黙る。
母はゆっくりとしゃがみこみ、クリフと目線を合わせた。
「クリフ。あなたは貴族です」
「……うん」
「貴族とは、力のある立場にある者です。だからこそ、その力は弱い人を守るために使わなくてはなりません」
クリフは何も言えない。
母の声は、静かで、優しくて、だが何よりも真っすぐだった。
「自分より弱い立場の人を傷つけることは、一番してはいけないことです。力がある人ほど、優しくなりなさい」
母はそっとクリフの頭を撫でた。
「それが、責任です」
その手の温かさと、その言葉の重さを、幼いクリフは確かに感じていた。
「……ごめんなさい」
「ちゃんと、あの子にも謝ってきなさい」
「……うん」
その時の自分は、ちゃんと理解していたはずだった。
何が正しくて、何が恥ずべきことなのかを。
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第八章 後悔、そして騎士団突入
「……はは。そうだよな……確かにそうだ」
現在へと意識が戻る。
クリフは、胸ぐらを掴まれたまま力なく笑った。
「今、あんたに言われて目が覚めたよ。思い出したよ。昔、子供の頃に死んだお袋に叱られた時のことを……」
その目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「馬鹿なことをしたよ……」
その瞬間――
ガチャッ!!
「レガイア騎士団だ! 全員、おとなしくしろ!」
部屋の中にレガイア騎士団が突入してきた。
「レガイア騎士団? 一体誰が?」
ワタルが辺りを見回す。
「僕ですよ。旦那様」
そう言って前に出たのは、使用人のジュンペイだった。
「ジュンペイ? なぜ、お前が騎士団と一緒に? しかも鎧姿で……」
スコットが目を見開く。
ジュンペイ――いや、彼は静かに一礼して名乗った。
「申し訳ございません、旦那様。実は僕の名前は『ジュンペイ・サクラバ』ではなく『ダイチ・ミサワ』と言います。この屋敷で使用人として働かせていただいたのは、潜入調査のためです。クリフさんには前々から違法薬物の所持や密輸などの疑いがありました」
その後ろから、隊長ラルフと副隊長イザークが入ってくる。
イザークは、クリフの前に逮捕状を突きつけた。
「クリフ・デルタ・ロックハート! お前を違法薬物“アビス・ネクター”の密輸と密売及び所持、未成年略取未遂、魔物召喚の罪で逮捕する!」
その号令とともに、ダイチと他の団員たちがクリフを拘束する。
連行される寸前、クリフはスレイに向かって大声で言った。
「スレイ! もう二度と会うこともないかもしれないが、もし再会した時にも、その情けないツラだったらぶん殴るぞ! こんな情けない兄貴のようになるんじゃないぞ! しっかりしろよ! “領主様”!」
「クリフ兄さん……」
スレイは、連行されていく兄の背中を見つめることしかできなかった。
その直後、ラルフがスコットにも逮捕状を差し出す。
「スコット・デルタ・ロックハートさん。あなたにも逮捕状が出ています。あなたの罪状は……」
「言わなくてもわかっております」
スコットは静かに答えた。
「私はクリフと共に罪を償わなければなりません」
「父さん!」
スレイが駆け寄ろうとするが、スコットは振り向かずに言う。
「スレイ! 来るんじゃない! いいか! お前が領主として、この街と市民を守らなくてはダメだ! 決して私やクリフのように道を踏み外すな!」
「と、父さん……わかったよ……」
「それではカスミさん、我々はこれで失礼します。聴取のほうは後日、ファミリアに伺います」
そうして、スコットとクリフは騎士団に連行されて屋敷を後にした。
スレイは二人の姿が見えなくなるまで、ただ黙って見送っていた。
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第九章 スレイへの叱責と指導
「行ってしまいましたね。なんだか色んなことがあって疲れましたよ。ボク達も帰りましょうか」
ワタルがようやく安堵の息を吐く。
「そうね。私もお腹すいちゃったわ。早く帰ってご飯にしましょ」
アスナも肩の力を抜いた。
「いやいや、アスナちゃん何で当然のようにウチにご飯を食べに来てるの? 君は教会に住まわせてもらってるんだから教会の方で食べればいいでしょう?」
「うっさいわね! いいじゃない! カスミの作るご飯は美味しいんだから! いいでしょ? カスミ……」
だが、そのやり取りの最中も、カスミの視線はスレイから離れていなかった。
一歩、また一歩と歩み寄る。
「スレイ」
「は、はい……」
「今日はあんなことがあったけど、これからはアンタがこの街を盛り立てていくんだよ」
スレイは不安そうに目を伏せた。
「あの……そう言われましても……なかなか自信が持てなくて……僕が領主でも……」
バチンッ!!
乾いた音が響く。
カスミの平手打ちが、スレイの頬を打ち抜いた。
「ちょ! カスミさんまた! あんたは貴族に対して容赦ないですね!」
ワタルが慌てる。
「な、何をするんですか!?」
スレイは頬を押さえて目を丸くした。
カスミは真正面から怒鳴る。
「アンタのその弱気な態度には、初めて会った時から気に食わなかったけど、心底気に入らないね! 領主のクセになんだ、その覇気のないツラは! そんなことだから“お飾り領主”なんて呼ばれるんだよ!」
「カスミ! 何もそこまで言わなくてもいいでしょ! 家族が逮捕された後にそんな言い方!」
「そうですよ! もう少し優しく言ってあげてくださいよ!」
ワタルとアスナがかばおうとするが、カスミは二人をひと睨みしただけで黙らせた。
「何言ってんだい! 領主がこんな腑抜けでどうすんだ! 領主が弱気な態度じゃ、この街の市民がついてこないよ!」
「じゃ、じゃあ、どうしたらいいんですか! 領主になって日も浅いんですよ!」
「日が浅いのは関係ない!」
カスミは、今度は怒鳴るだけではなく、叩きつけるように言葉を重ねた。
「要はその気の弱さだよ! もっと自信を持ちな! その調子だから顔にも出るし、周りに舐められるんだ! シャキッとしな!」
「は、はい……わかりました……」
「声が小さい! 返事はもっと大きくしな!」
「は、はい! すいません!」
バシンッ!!
今度は背中に一発。
「痛っ!?」
「謝るな!」
カスミはスレイの襟首を引っ張って姿勢を正させた。
「何回言えばわかるんだい! すぐに『すいません』で逃げるんじゃないよ! 謝って終わりにして、楽になろうとするな!」
「え……?」
「いいかい、スレイ。謝るなとは言わない。けどね、謝るだけで終わるな。その後に“どうするか”を言え」
スレイの目が揺れる。
カスミは真正面から言った。
「失敗したなら次どうする。迷ったならどう動く。責任ってのは、そういうことだよ」
スレイは唇を噛む。
「……」
「もう一回聞くよ。アンタはどうする?」
その問いに、スレイは震える拳を握りしめた。
やがて、絞り出すように言う。
「……俺は……」
カスミが片眉を上げる。
スレイ自身も、その一人称が自然に出たことに気づいて息を呑んだ。
だが、もう止まらない。
「俺は……この街を守ります」
声は震えている。だが、さっきまでの“僕”とは違う。
「領主として……逃げません」
「それでいいじゃないか。続けな」
カスミが促す。
スレイは顔を上げる。
「父さんや兄さんみたいにはならない。俺が……俺がやります!!」
その瞬間、カスミの口元がわずかに緩んだ。
「最初からそれを言いな」
バシンッ!!
背中をかなり強めに叩く。
「ぐっ!?」
「背筋伸ばせ!!」
スレイは慌てて胸を張る。
「胸張れ!!」
「はい!」
「もう一回言え!!」
「俺がこの街を守ります!!」
「声が小さい!!」
「俺がこの街を守ります!!」
その声は、もう震えていなかった。
カスミは満足そうに頷いた。
「よし。それでこそ領主だよ」
「はい! わかりました! カスミさん!」
スレイの顔つきは、先ほどまでの頼りない青年のものではなかった。未熟ではあっても、自分の足で立とうとする男の顔だった。
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第十章 帰り道の制裁
ロックハート邸を後にし、ファミリアへ向かう夜道。
アスナがやれやれと肩をすくめる。
「ホント、カスミの行動には肝を冷やしたわ。貴族相手に容赦なく殴ったり暴言吐いたり、普通の人はあんなことしないわよ」
「肝の座り方がハンパないですよ。この調子だと王族相手でも容赦なく殴ったり暴言を吐きますよ。まさにONE PIECEのルフィだよ」
「何言ってんだいアンタ達。貴族だからって悪いことをしていいわけないだろ? 私は誰であろうと容赦なく叱るよ」
「カスミ、あんたって現世の頃、よく生きて来れたわね。この世界だと下手したら秒で殺されるわよ」
「まさに“肝っ玉母さん”だね」
「確かにそうね」
二人が笑っている、その後ろで――
カスミが、手をバキバキと鳴らしながら黒いオーラを漂わせていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……
「それはそうと、ワタルにアスナ……」
低い声に、二人の背筋が凍る。
「屋敷でのメイド喫茶の“おまじない”を、よくも私だけにやらせたね。覚悟はできてるだろうね」
「あ、あああのね! カスミ様! アレには深いわけがあったのよ!」
「ボ、ボボクもね! カスミさんの声がはやみん――早見沙織さんにそっくりだったから! ぜひとも、はやみんボイスの『萌え萌え♪ きゅん♪』が聞きたかったんですよ!」
「ちょっと! カスミの背後に『滅』って三文字が見えるんですけど!?」
「カスミさんどうかご慈悲を!」
だが、カスミはにやりと笑った。
もちろん、目は笑っていない。
「問答無用! 年上を謀った罰だ!」
拳を鳴らす。
ゴキッ……ゴキッ……
「天誅!」
次の瞬間――
ドゴォッ!!
バキィッ!!
ズドンッ!!
「ぎゃああああああああああああっ!!」
ワタルとアスナの悲鳴が、夜の街に高らかに響き渡った。
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第十一章 夕暮れのバルコニー、芽生えた恋
騒動から一時間後。
ロックハート邸では、夕陽が沈みゆく空をスレイがバルコニーから見上げていた。
そこへ、執事のモンシアが静かに歩み寄る。
「スレイ様、お部屋の片付けが終わりました」
「ありがとう、モンシア。君も今まで大変だったね。兄さんの尻拭いを手伝わされて」
「何をおっしゃいます。スレイ様の方が大変だったではありませんか。旦那様とクリフ様があのようなことになってしまい……」
スレイは振り返り、苦笑した。
「仕方がないよ。いずれはこうなるってわかっていたことだしね。でも父さんと兄さんには『お前だけは道を踏み外すな』って言われたから、領主としてこれから頑張らないと」
「ほっほっほっ。なんだか一皮むけたようですな。失礼ながら、以前のスレイ様はどこか頼りなさげでしたが、今は頼もしく見えますよ」
スレイは少し照れくさそうに頭をかいた。
「そう見えるかな? やっぱり、そう見えるかな?」
「ええ。見えますとも。これもすべて、カスミ様のおかげですね」
その名前を聞いた瞬間だった。
スレイは勢いよくモンシアの肩を掴んだ。
「やっぱりモンシアもそう思うかい!? そうだよね、そうだよね! 俺がこんなにも変われたのも、カスミさんのおかげなんだよ!」
「す、スレイ様、落ち着いて――」
「いや、落ち着いてなんかいられないよ! あの時、カスミさんが面と向かって叱ってくれたことがきっかけで、本当の“領主の責務”ってものを教わった気がするんだ!」
スレイの頬が、少し赤くなる。
「領主っていうのは、市民達の前で胸を張って、自信を持って発言して、どっしりと構えることなんだって……!」
「そ、それは些か違う気もしますが……」
モンシアが小声でツッコむ。
だがスレイは気づかない。
「なあ、モンシア」
急に真面目な顔になって言った。
「俺さあ……カスミさんに叱られてからというもの、カスミさんのことを考えると、凄く胸が熱くなるんだよ」
「……は?」
「カスミさんって、超絶美人でスタイルも良くて、面倒見の良い素敵な女性だろ? その上、料理上手だって言うじゃないか。そして何より……あの素敵な笑顔が特に良い!」
スレイはどんどん熱弁していく。
「これが“恋”っていうものなのか? どう思う、モンシア?」
モンシアは、しばし無言でスレイを見つめたあと、ぶわっと目を潤ませた。
(よかったですね……! スレイ様! 彼女いない歴=年齢の童貞であらせられるあなたにも、ついに春が来たのですね……!)
感動のあまり、内心で号泣である。
「モンシア!? どうしたんだい!?」
「い、いえ! 何でもございません!」
モンシアは慌てて咳払いをした。
「ですが、それはもう間違いなく恋でございますな」
「やっぱりそうか……!」
スレイは夕焼け空を見上げ、どこか照れくさそうに、しかし嬉しそうに笑った。
「俺、もっと頑張らないとな」
「領主としても……男としても、かっこいいところを見せられるように」
モンシアは深く頷いた。
「その意気でございます、スレイ様」
夕陽が静かに沈んでいく。
一人の男の覚悟と、一つの恋の始まりを、まるで祝福するかのように。
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NEXT 「別の種族たち 前編」
今回は話を考えるのがかなり苦労した: