異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜 作:トンコツマン
三日後の昼過ぎ。
ファミリアに、騎士団のラルフとイザークが訪ねてきた。
「こんにちは、カスミさん。一昨日の件について、少しお話をうかがいに来ました。……とはいえ、今さら改めて聞くほどでもないのですが」
ラルフがそう言うと、隣のイザークがにやりと笑った。
「いやいや、実は本来なら僕と別の部下が来る予定だったんですよ。でもラルフがどうしてもって言うものだから、無理を言って交代してもらったんです。要するに、カスミさんに会いたくて来たんですよ、この人」
「イザーク! お前は……!」
たちまちラルフの顔が真っ赤になる。
その反応を見て、カスミはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。今はお茶と羊羹くらいしか出せないけど、ゆっくりしていきな」
そう言ってカスミは二人の前に湯気の立つ茶と、小皿に切り分けた羊羹を並べた。
だが、ラルフとイザークは目の前の品を見て、そろって目を丸くする。
「カスミさん……このカップに入っている緑色の飲み物は何ですか? それに、この黒い菓子は……中に黄色いものが入っていますが」
「何って、ただの緑茶と栗羊羹だよ。あんたたち、知らないのかい?」
「そりゃそうですよ。緑茶も栗羊羹も日本の食べ物ですから。この世界にはありません。ロメロさんだって最初は知りませんでしたし」
ワタルが当然のように補足する。
ラルフはおそるおそる栗羊羹をひと口食べ、次の瞬間、目を見開いた。
「……美味い! これはすごい……! 濃厚な甘さなのにくどくない。しかも、この緑茶の渋みが後味を引き締めてくれる……! イザーク、お前も食べてみろ!」
「ふむ……これは確かに美味いですね。甘味と渋みの組み合わせが絶妙だ。カスミさん、これらはどこで買ってきたんですか?」
「この二つは私の固有――っと、そんなことより、一昨日の件だろ?」
危うく余計なことを口にしかけたカスミは、わざとらしく咳払いをして話題を戻した。
ラルフとイザークも本来の目的を思い出し、表情を引き締める。
「ええ。大まかな経緯については、領主のスレイ様と執事のモンシアさんから聞いています。内容に間違いはありませんか?」
「ああ、間違いないよ。それで、クリフとスコットはどうなったんだい? 全部認めたんだろ?」
「ええ。特にクリフは、驚くほど素直にすべてを自供しましたよ。本当に、洗いざらいね」
イザークの含みのある言い方に、ワタルがすぐさま反応した。
「それって……もしかして『魔族』のことですか? クリフさんは魔族と繋がっていたみたいでしたけど……」
「そういえば言ってたね。魔族ってのは、いったい何者なんだい?」
ラルフは真面目な声で説明を始めた。
「魔族とは、この大陸とは別の次元に存在する世界の種族です。人間をはじめ、他の種族と敵対関係にあり、この大陸全土の制圧を狙って各地で暗躍しています。国家レベルでも脅威として扱われている存在です」
そう言うとラルフは、一枚の黒い紙を取り出してテーブルに置いた。
そこには禍々しい魔法陣が描かれている。
「これって……この前クリフさんが使った紙じゃないですか? 確か、この紙から下級悪魔のデーモンが召喚されたんですよね?」
ワタルがそう尋ねると、ラルフは苦い顔で首を振った。
「本来なら、まだその程度で済んでいればよかったんです。ですが、この紙に刻まれていた魔法陣は……最強クラスの悪魔、『アビスデーモン』を呼び出すものだったんです」
場の空気が一気に張り詰める。
「アビスデーモン……?」
「はい。上級悪魔の中でも別格の危険種です。まさかとは思いますが……あれを倒したのは、本当にカスミさんなんですよね? 相当な苦戦を強いられたのでは――」
「そんなわけないでしょ」
いつの間にか会話に混ざっていたアスナが、羊羹をもぐもぐと食べながらあっさりと言った。
「ラルフ隊長さん、あんたカスミのこと全然わかってないわね。カスミはそのアビスデーモンをワンパンで倒したのよ。しかも理由が、カスミの作ったオムライスを台無しにされたから」
「ワ、ワンパン!?」
ラルフとイザークの声がきれいに重なった。
二人は思わず椅子から立ち上がり、信じられないものを見る目でカスミを見つめる。
当の本人は、どこ吹く風といった様子で茶をすすっていた。
「当然の反応よね。ゲームでも最強クラス、現実ならなおさら化け物みたいな存在を、まさかの一撃だもの」
「たぶん、前に倒したダムドなんか裸足で逃げ出すくらいの強さだったと思いますよ……」
ワタルの補足に、ラルフとイザークはしばし絶句した。
だが次の瞬間、ラルフがふっと力を抜くように笑った。
「あはは……いや、噂には聞いていましたが、本当に規格外ですね。でも、なぜか納得できますよ。カスミさんならやってのけると、不思議と思えてしまう」
ラルフはそこまで言ってから、不意に言葉を詰まらせた。
「あなたは……その……とても、み――」
ヒヒーン!
そのとき、外から馬のいななきが聞こえ、続いて玄関が勢いよく開いた。
「カスミお母さん! お客さんだよ! しかもイケメンと執事っぽい人!」
元気いっぱいに飛び込んできたメリッサの報告に、その場の全員が一斉に視線を向ける。
やって来たのは、領主のスレイと執事のモンシアだった。
「こんにちは、カスミさん。二日ぶりですね」
「スレイかい。……なんだい、ずいぶん顔つきが良くなったじゃないか。前に会ったときより、よっぽどいい顔してるよ」
その言葉に、スレイはわかりやすく頬を赤くした。
照れくさそうにしながら、手にしていた菓子折りを差し出す。
「ありがとうございます。それも全部、あのときカスミさんが叱ってくれたおかげです。あれで俺は、本当に目が覚めました」
「カスミ様、ご無沙汰しております。こちら、つまらないものですが、どうぞお子様方と一緒に」
モンシアが菓子折りを差し出した瞬間、アスナが素早くそれを受け取り、その場で包みを開けた。
「わあ、これは……チョコレートじゃない!」
「チョコレート!?」
その一言で、子供たちが一斉に集まってきた。
たちまち室内が賑やかになる。
「こら、あんたたち! 食べる前に、まずはちゃんとお礼を言うもんだろ!」
カスミの一喝に、子供たちはぴしりと背筋を伸ばし、スレイの前に並んで頭を下げた。
「スレイのおじさん、ありがとうございます!」
「お、おじさん……? 俺、まだ二十六なんだけど……」
かなり効いたらしく、スレイは目に見えて肩を落とした。
その様子を見たラルフが、口元を押さえながら肩を震わせる。
「……ぷっ。二十六なら十分おじさんだろ」
「聞こえましたよ、ラルフ団長様。そちらこそ、菓子折りの一つも持たずにいらしたのですかな? 団長ともあろうお方が、なかなか気の利いたことで」
スレイが笑顔のまま言い返すと、ラルフの眉がぴくりと跳ねた。
二人の間に、じわりと火花が散る。
「生憎ですが、我々は遊びに来たんじゃありません。聴取のために来たんですよ。仕事です」
「おや? でも道中で聞きましたよ。本来ここへ来るのはイザーク君と別の団員だったのに、あなたが強引に代わってもらったとか。どうしてでしょうねえ?」
「……っ!」
痛いところを突かれたラルフが言葉に詰まる。
するとスレイは、以前の弱々しさを感じさせない、どこか余裕のある笑みを浮かべた。
「ずいぶん雰囲気が変わりましたね。あの頼りないお飾り領主様が」
「“男子三日会わざれば刮目して見よ”って言うでしょう。俺も、いつまでも情けないままじゃいられませんからね。……それに、そちらこそ“朴念仁のラルフ団長様”じゃないですか」
もはや互いに一歩も引く気はない。
空気が険悪になりかけたところで、カスミが深いため息をついた。
「いい加減にしな! 子供たちの前で、みっともない言い合いしてるんじゃないよ!」
その一声で、二人はぴたりと黙り込む。
「は、はい! すみません!」
先に頭を下げたのはスレイだった。
だが次の瞬間、彼は思い切ったように言った。
「そ、それなら……今度、うちへ食事に来ませんか? もちろん、子供たちも一緒に」
「スレイさん!? 何を勝手に――!」
「おや? ラルフ君、なぜ君の許可が必要なのかな?」
「べ、別にそういう意味じゃ……! というか、ずいぶん調子に乗るようになりましたね。ついこの間まで、女性とまともに話せないと言われていたくせに!」
「そっちこそ何を偉そうに! 堅物で朴念仁が過ぎて、女性経験ゼロで有名なラルフ団長様に言われたくありません!」
再び勃発しかけた口論は、しかし次の瞬間、二人の頭上に落ちた拳によって強制終了した。
ゴツン、と鈍い音が響く。
「だから、やめろって言ってるだろ! いい歳した大人が揃って何やってるんだい!」
「痛っ……!」
頭を押さえてうずくまるスレイとラルフを見て、ワタルたちはなんとも言えない顔をする。
(ああ……ついにカスミの雷が落ちた……)
(本当に、相手が誰でも容赦ないよね)
(でも、あれで妙に収まりがいいのがすごい)
そんな空気の中、カスミが腕を組んでスレイを見た。
「で? あんたは何か話があって来たんじゃないのかい?」
スレイは頭をさすりながら、今度こそ真面目な表情になった。
「……はい。さっき、留置所で父と兄に会ってきました。特に兄は、驚くほど穏やかな顔をしていました。そして、カスミさんに感謝していたんです。“叱ってくれて、ありがとうございました”と」
室内が静かになる。
「あの日、あなたに真正面から叱られたことで、兄は亡くなった母のことを思い出したそうです。母は、曲がったことが大嫌いな人でした。悪いことをすれば、容赦なく私たち兄弟を叱るような人で……兄は、そんな母のことが大好きだった。だからこそ期待に応えようと必死に勉学に励んでいたんです。でも、母が病で急死してから、兄は変わってしまった……」
スレイは一歩前に出ると、深く頭を下げた。
「カスミさん。あなたの叱責のおかげで、兄だけじゃない。父も、そして俺も変わることができました。本当に……ありがとうございました」
その殊勝な姿を見て、カスミはふっと表情をやわらげた。
そして、そっとスレイの肩を叩く。
「そんなにかしこまらなくていいんだよ。私はちょっと背中を押しただけさ。変われたのは、あんた自身が変わりたいって思ったからだよ。結局、人ってのは己の気持ち次第なんだ。これから先、大変なことも山ほどあるだろうけど、踏ん張りな」
「……はい!」
スレイは背筋を伸ばし、力強く返事をした。
その気迫が気に入ったのか、カスミは豪快に彼の背中を叩く。
「いい返事だ! 領主ってのは、それくらいどっしり構えてりゃいいんだよ!」
(たぶん少し違う気もするけど……)
ワタル、アスナ、イザーク、モンシアの心の声が見事に一致した。
その一方で、ラルフだけは別のことを考えていた。
(……羨ましい。俺もカスミさんにああやって励まされたい……)
そんな彼の内心など知る由もなく、モンシアが静かに一歩進み出る。
「旦那様、そろそろお屋敷へ戻るお時間です」
「もうそんな時間か……。カスミさん、名残惜しいですが、今日はこれで失礼します」
「ああ。お菓子ありがとうよ。また来な」
「はい。次はもっとゆっくり伺います」
そうしてスレイとモンシアは馬車に乗り、ファミリアを後にした。
それを見送ったあと、ラルフも立ち上がる。
「それでは、我々も次の仕事がありますので、これで失礼します。ああ、そうだ。ギルドマスターが話があるそうで、近いうちに来てほしいとのことでした」
「アンドレが? わかったよ」
「ちゃんと伝えましたからね。……おい、イザーク。何をやってる、帰るぞ」
呼ばれたイザークは、なぜかメリッサと楽しそうに雑談していた。
「おっと、ごめんごめん。それじゃあメリッサちゃん、また今度ね」
「はい。ごきげんよう、イザークさん。また今度」
互いに笑顔で手を振り合う二人を見て、ラルフは少し怪訝そうに目を細めた。
「お前……何を子供相手に話し込んでるんだ。まさか口説いてたんじゃないだろうな?」
「何バカなこと言ってるんだ。メリッサちゃんは十二歳だぞ。そんなわけないだろ。ただ恋愛相談に乗ってただけだよ。あの子、どうやら好きな子がいるみたいでね」
「……なるほどな。なんとなく察した。俺がいた頃にも、そういう子はいたっけ」
そう言い残し、ラルフとイザークも去っていく。
それから一時間後。
「さて、と。そろそろ夕飯の買い出しに行くとするかね」
「スーパーマーケットを召喚するんですね?」
ワタルの言葉に、カスミは呆れたように眉をひそめた。
「いつもあんな便利なもんに頼るわけじゃないよ。今日はちゃんと外の店で買い物するんだ。この街の人たちと交流も深めていかなくちゃならないからね。ここには人間だけじゃなく、いろんな種族が暮らしてるんだ。そういう相手とも繋がりを作っていかないと」
「確かに、この街にはゴブリン族やオーク族、ドワーフ族なんかも住んでいるって聞きますしね。いい機会ですし、そうしましょう」
「いってらっしゃーい♪ お土産よろしくー♪」
アスナがのんきに手を振る。
だが次の瞬間、カスミの笑顔がにっこりと深くなった。
「……何、他人事みたいな顔してるんだい?」
「え?」
アスナが間の抜けた声を漏らした直後、カスミの手がその首根っこをがっしり掴んだ。
「アンタも一緒に行くんだよ。いつまでもタダ飯食わせると思うんじゃないよ! 働かざる者食うべからず、だ!」
「うにゃあああああっ!? 働きたくない! 働きたくないでござるー!」
「バカだなあ、アスナちゃん。カスミさんがそんなの許すわけないじゃない」
ワタルが半ば呆れながら肩をすくめる。
こうして三人は、夕暮れへ向かう街の商店街へと足を運ぶのだった。
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