異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜   作:トンコツマン

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登場人物の名前は実在するプロレスラーの名前から使っています


第23話 魔導具と前世の宿敵 前編

 

 カスミ達は、先日の依頼の報酬を受け取るためにギルドを訪れていた。

 

 本来なら受付で手続きを済ませ、そのまま帰るだけのはずだった。だが、その日は少し様子が違っていた。

 

「カスミ様方ですね。ギルドマスターがお呼びです」

 

 受付嬢にそう告げられ、四人はギルドの奥へと案内される。

 石造りの通路はひんやりとしていて、昼間だというのに妙に静かだった。やがて一行は、見慣れた重厚な扉の前で足を止める。

 

 ワタルはごくりと唾を飲み込み、緊張した面持ちで扉を見上げた。

 

「……相変わらずですけど、この部屋に来ると緊張しますね。ここのギルドマスターって強面だから……」

 

 そんなワタルに、アスナが呆れたように肩をすくめる。

 

「緊張するって、ここに来るのまだ二回目でしょ? そりゃまあ、強面なのは認めるけど」

 

 だが、その横でカスミは腕を組み、どこか面白そうに鼻を鳴らした。

 

「アンタ達は騙されてるよ」

 

「……え?」

 

 ワタルとアスナがそろって振り向く。

 

「あのギルドマスターの姿はニセモノさね」

 

「それってどういうことよ?」

 

 アスナが眉をひそめる。

 だがカスミはそれ以上を語ろうとはせず、ただ静かに扉の向こうを見つめていた。

 

 その時だった。

 

 ――ガチャ。

 

 扉が開く音がして、室内に一人の女性が入ってくる。

 

「遅くなって悪いね。待たせた」

 

「えっ?」

 

 ワタルが思わず間の抜けた声を漏らした。

 

「誰よこの人?」

 

「このギルドに、こんな美人なお姉さんって居ましたか?」

 

 部屋に入ってきたのは、これまで会ってきた強面の男とは似ても似つかない人物だった。

 目は少し吊り上がり、隙のない目つき。緑色のショートカットはよく整えられていて、きびきびとした立ち姿からは、長年前線で修羅場をくぐってきた人間特有の威圧感が滲み出ている。

 

 まるで歴戦の女軍人か、あるいは冷徹なキャリアウーマン。

 美人ではある。だが“優しそう”というより、“逆らったら怖そう”という印象の方が先に立つ。

 

 その女性はワタル達を一瞥すると、口元をわずかに緩めた。

 

「美人と言ってくれてありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

 

 だがその軽い言い方とは裏腹に、空気そのものは鋭い。

 その空気を真正面から受け止めながら、カスミは一歩前に出た。

 

「それで今回は何の用なんだい? ……“京子”」

 

「『京子』?」

 

 ワタルが驚いて目を見開く。

 

「カスミさん、この人の事を知っているんですか?」

 

 カスミは答えない。

 ただ、目の前の女――“京子”をじっと睨み続ける。

 

 やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

「最初に会って握手した時に気づいたんだよ」

 

 その声には、確信があった。

 

「アンタの手の握り方が、ある人物とそっくりだったんでね。前世の私――つまり女子プロレスラー“レオ宍戸”だった頃によく試合をした相手、“神取京子”の握り方に似てたのさ」

 

 カスミはさらに踏み込むように言葉を続ける。

 

「京子、アンタは握手する時、いつも親指と人差し指だけに必要以上に力を入れる癖があったからね。あれは、そう簡単に誤魔化せるもんじゃない」

 

 部屋の空気がぴんと張り詰める。

 

 そして次の瞬間、カスミは床を蹴った。

 

「そして――!!」

 

「ちょっとカスミさん!?」

 

 ワタルが慌てて声を上げる。だがもう遅い。

 

 カスミは一直線に京子へと駆け出し、掴みかかるように両腕を伸ばす。

 それに対し、京子もまた一歩も退かず、両手を広げて迎え撃った。

 

 ――ガシッ!!

 

 激しい衝撃音と共に、二人の身体が正面からぶつかり合った。

 

「こ、これは……!」

 

 アスナが目を見開く。

 

「ロックアップね! カスミはロックアップすることで、相手の正体を確かめようとしたんだわ!」

 

 互いの腕と腕が絡み合い、全身の力が拮抗する。

 床がきしみ、空気が揺れた。

 

 だが、二人はしばらく睨み合った末に――ほとんど同時に笑い出した。

 

「相変わらず、お前はやることが荒っぽいね、カスミ……いや、“レオ宍戸”」

 

「アンタは転生しても、力加減ができてないようだね……“バイソン神取”」

 

「バイソン神取ですって!?」

 

 アスナが思わず一歩前に出る。

 

「あの“4・4東京ドーム 無差別級タイトルマッチ”で、カスミと激しい試合をやった宿敵の“バイソン神取”!?」

 

「今更だけど……前世のカスミさんって、どんな容姿だったんだ?」

 

 ワタルはそう呟くと、半ば反射的にスマホを取り出した。

 

「……レオ宍戸、レオ宍戸っと。あっ、あった――」

 

 画面を見た瞬間。

 

「……ぶふぉっ!?」

 

 思わず吹き出す。

 

 その様子を見て、アスナがにやにやと笑った。

 

「うわ、やっぱりその反応になるわよね」

 

「い、いや、だってこれ……! 前世のカスミさん、イカつい顔というか……いや、顔はペイントなんだろうけど、とにかく迫力が凄い! 身体もガッチリしてるし、完全にレスラーだ……髪型も金髪オールバックで、まるでメスライオンじゃないか」

 

「びっくりした? 転生後のカスミの容姿とは百八十度違うからね」

 

 アスナはおかしそうに肩を揺らしながら、さらに続けた。

 

「ねえワタル、今度は“バイソン神取”を検索してみなさいよ。見たら絶対笑うから」

 

「いや、さすがにそこまで――」

 

 と言いつつ、ワタルは素直に検索する。

 そして画像が表示された瞬間、

 

「――っ、くくっ……だははははははっ!!」

 

 今度は堪えきれず、大爆笑した。

 

「な、何これ! 顔がほとんどバッファローマンじゃないか! 目に縦線メイクでアフロって、完全に狙ってるだろ! ツノがないのが惜しいくらいだ!」

 

「でしょ! しかも試合前の入場では黒いフードを着て出てくるのよ。どう考えても確信犯よね。そこまで含めると、むしろカスミの方がキン肉マン側なんじゃないかって話になるんだけど――」

 

 アスナがそこまで言いかけた時だった。

 

 背後から、ひやりと冷たい圧が降ってきた。

 

「……アンタ達」

 

 笑い声がぴたりと止まる。

 

 恐る恐る振り返ると、そこには腕を組んだカスミと京子が立っていた。

 しかも二人とも、笑っていない。

 

「何、人の容姿を見て笑っているんだい。失礼だろう」

 

「い、いや、その……あまりにもギャップが凄くて……」

 

 ワタルがしどろもどろに言い訳するが、京子は冷たい目のまま鼻を鳴らした。

 

「アタシがバッファローマンなのが、そんなに面白いのか? なら、お前達にハリケーンミキサーを食らわせないといけないようだね」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! これは、その……そう! ちょっとしたギャグよ! っていうか京子さん、何気に自分で乗っかってない!?」

 

 アスナが必死に取り繕う。

 だが二人の答えは簡潔だった。

 

「「問答無用」」

 

《「ぎゃあああああああっ!!」》

 

 その後しばらく、部屋の中には悲鳴と鈍い音が響き続けた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 やがて“お仕置き”が終わった頃には、ワタルとアスナは白目を剥いて床に転がっていた。

 その横では、何事もなかったかのようにカスミと京子が向かい合って座り、ロアナが淹れた紅茶を口にしている。

 

 紅茶の香りがふわりと漂う中、京子はカップを置いて静かに口を開いた。

 

「先日、ロックハート家の長男坊が逮捕されたことで、“アビス・ネクター”を密輸していたグループも一斉に摘発された。昨日、レガイア騎士団から正式な報告を受けたよ」

 

「そう言えばクリフが、魔族と繋がっているって言ってたね」

 

 カスミが腕を組んだまま問い返す。

 

「その魔族とは、どうやって連絡を取り合ってたんだい?」

 

「これだ」

 

 京子がテーブルの上に置いたのは、一つの魔導具だった。

 

 折りたたみ式の、小型の通信機器。

 

 見た目はどこからどう見ても、昔懐かしいガラケーである。

 

「魔導具“ケータイデンワ”だ」

 

 いつの間にか気絶から復活していたワタルが、ふらふらしながらそれを覗き込む。

 

「名前がそのまんまですね……。しかもこのデザイン、一昔前どころか二昔前って感じですよ」

 

「そもそも、この世界にも電話が存在してたの?」

 

 アスナも身体をさすりながら眉をひそめる。

 

「魔導具って言うけど、この街でそんなの見かけたことないわよ」

 

 京子は紅茶を一口飲み、それからクッキーを摘まんだ。

 

「この街――ミスティは、大陸の中でも一番古い街なんだよ。魔導具も旧式のものが多くてね。特に“ケータイデンワ”は普及が遅れてるが、古い型を僅かな人間が持っている」

 

「確かにこの間、ワタル達にせがまれて新しい冷蔵庫の魔導具を買いに行った時も、最新式がある一方で旧式がずいぶん残ってるって話だったね」

 

 カスミの言葉に、京子は頷いた。

 

「お前達は、何でミスティが“始まりの街”って呼ばれているか知らないだろ?」

 

 ワタルとアスナは顔を見合わせる。

 京子はその反応を見て、小さく息を吐いた。

 

「今から千二百年ほど前、神がこの大陸“クロノス”を創造した。当初は白亜紀みたいな時代だったらしいが、そこから各種族が生まれ、知恵を持ち、最初に“村”を築いた。それが、このミスティの始まりだ」

 

 部屋の空気が少しずつ、軽口では済まない方向へと変わっていく。

 

「へえ……この世界にそんな歴史があったんですね」

 

 ワタルは感心したように呟き、それからふと思い出したように京子を見る。

 

「そう言えば京子さん、転生して何年になるんですか?」

 

 その問いに、京子の片眉がぴくりと動いた。

 

「お前、ワタルって言ったね?」

 

「は、はい」

 

「それはアタシの年齢を聞こうとしてるのかい?」

 

 低い声。

 ワタルの背筋に冷たいものが走る。

 

「い、いや、そういうわけじゃ……」

 

「まあ、いいけどね」

 

 京子は平然と紅茶を飲み、それからさらりと言った。

 

「アタシは転生してから六年だ。ちなみに年齢は――十七歳だ」

 

「ぶぅぅっ!!」

 

 その瞬間、アスナが飲んでいた紅茶を盛大に吹き出した。

 

「ちょ、ちょっとアスナちゃん!?」

 

 ワタルが慌てるが、アスナは口元を押さえながら肩を震わせている。

 

「あは、あははは……! や、やっぱり……!」

 

「何がおかしいんだい?」

 

 京子の声が低くなる。

 だがアスナは堪えきれなかった。

 

「だ、だって……! 最初に会った時から気になってたのよ……! 京子さんの声、どう聞いても井上喜久子っぽいんだもん! あの落ち着いた大人の色気がある声で“十七歳”って言われたら、もうそれ反則でしょ!」

 

 ワタルも一瞬きょとんとした後、はっとしたように京子を見る。

 

「……あっ」

 

「気づいたかい?」

 

 アスナはなおも笑いを堪えながら言葉を続ける。

 

「そうよ! 絶対そう来ると思ったの! 声が完全に“永遠の十七歳”枠なんだから! そこまで揃ってて“ちなみに十七歳だ”なんて言われたら、そりゃ吹くわよ!」

 

「アスナちゃん、笑っちゃダメだよ!」

 

 ワタルは口ではそう言いながらも、肩が微妙に震えていた。

 

「確かに声は似てるけど……でも、本人の前で言うのは危ないって!」

 

 しかし、時すでに遅し。

 

 京子は無言で立ち上がると、にこりともせずアスナへ近づいていく。

 その笑顔のなさが、逆に怖い。

 

「お前なぁ……」

 

 京子はアスナの腰に手を回した。

 

「そこは“おいおい”って軽く流すところだろう? それと今の言動は、井上喜久子に失礼だろ」

 

「ぎゃっ、ちょ、待っ――!」

 

 次の瞬間。

 

 京子の腕がぎゅううっと締まる。

 

「ぎぃにゃぁぁぁぁぁっ!! なんで井上喜久子のこと知ってるのよぉぉぉっ!? 十七歳教ばんざーい!!」

 

 アスナは最後に意味不明な叫びを残し、そのままがくりと力尽きた。

 

 再び静寂が訪れる。

 

 京子は何事もなかったかのように席へ戻り、紅茶を一口飲む。

 

「……やれやれ。話の腰を折ったね」

 

「自分で折ったんじゃないかい?」

 

 カスミが呆れたように言うと、京子は肩をすくめた。

 

「細かいことは気にしないでおくれ」

 

 そして京子は、先ほどの歴史の話を続ける。

 

「話を戻すよ。ミスティは最初はただの村だった。だがその後発展し、街になった。さらに他の土地にも村や街が開拓され、今では七つの国ができている」

 

「なるほど……」

 

 カスミはカップを手に取りながら低く呟く。

 

「それで、その魔族たちは大陸全土を征服するつもりってわけかい?」

 

「単純な言い方だが、間違っちゃいない」

 

 京子の表情がすっと引き締まった。

 

「魔族はまずミスティを制圧するため、一部の人間を自分達の側へ引き込んだ。その白羽の矢が立ったのがロックハート家の長男坊だ。クリフの供述によると、魔族から“アビス・ネクター”をもらう条件で、ミスティ制圧に協力していたらしい」

 

「魔族からアビス・ネクターを?」

 

 ワタルがようやく身体を起こしながら目を見開く。

 

「じゃあ、あれは元々……」

 

「魔界から密輸されてきたものだ」

 

 京子は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

 煙がゆらりと立ち上る。

 

「どこから情報を聞きつけたのか、人間側の誰かが魔族とコンタクトを取り、そこから今の密輸ルートが出来上がったってわけさ」

 

 紫煙の向こうで、京子の目が鋭く光る。

 

「まあ、結論から言えば、奴らの今回の作戦は失敗に終わった。……ただ、終わっただけならまだよかったんだがね。魔族も馬鹿じゃない」

 

「何が言いたいんだい?」

 

 カスミの問いに、京子は真正面から答えた。

 

「今回の件で、カスミ――お前の存在が魔族に知られたってことだよ。これから先、お前にも奴らの魔の手が伸びる」

 

 部屋の空気が、一気に重くなる。

 

 ワタルは思わず拳を握り、アスナもいつの間にか真顔になっていた。

 

 だが、その中でただ一人、カスミだけは怯まなかった。

 

 彼女は足を組み、紅茶を一口飲み、ゆっくりと息を吐く。

 そして、どこか愉快そうに口元を吊り上げた。

 

「それで?」

 

 その瞳は獲物を見つけた獣のように、ぎらりと光っている。

 

「その魔族ってのは、当然強いんだろうね? そうじゃなきゃ面白くないよ」

 

 その一言に、ワタルとアスナは言葉を失った。

 

 だが京子は――堪えきれないといったように、大きく笑った。

 

「あっはははははっ! 流石だよ、お前ならそう言うと思ってた!」

 

 机を指で軽く叩きながら、楽しそうに言う。

 

「確かに、魔族に好き放題されるのは癪だからね。思いっきりぶっ飛ばしてやればいい!」

 

「何を呑気なこと言ってるんですか!」

 

 ワタルが思わず声を荒げた。

 

「魔族に狙われるってことは、カスミさんだけじゃなくファミリアの子供達にも被害が及ぶかもしれないんですよ!? 京子さんも、変に煽らないでください!」

 

 ワタルの正論に、アスナもこくこくと頷く。

 だが当の二人は、どこ吹く風で紅茶を飲んでいる。

 

「安心しろ」

 

 京子が煙草を咥えながら言った。

 

「このミスティ全体には特殊な結界が施されている。余程のことがない限り、魔族は簡単には攻め込んで来られないよ」

 

「ワタルの言うことも一理あるね」

 

 カスミはそう言って頷いた。

 

「ならロジー達に護身術でも教えておくのは悪くないかもしれないね」

 

 ワタルは思わず頭を抱えそうになる。

 

(京子さんはともかく、カスミさんはなんというか……微妙にズレてる気がする……)

 

 その心の声を見透かしたように、アスナが小声で呟く。

 

「そこら辺は、まあカスミだしね。まさに“お母さんの理屈”ってやつよ」

 

 だが軽口を叩きながらも、誰もが分かっていた。

 

 状況は決して楽観できるものではない。

 魔族は既に動き出している。

 ミスティという“始まりの街”を狙い、アビス・ネクターを利用して人を取り込み、その裏で着実に爪を研いでいる。

 

 そして今、その矛先はカスミにも向けられようとしていた。

 

 だが、それでも。

 

 カスミは不敵に笑う。

 

 その目には恐れではなく、強敵を前にした闘志だけが宿っていた。

 

 ――望むところだ。

 

 そう言わんばかりに。

 

 

NEXT 「魔導具と前世の宿敵 後編」

 

 




杉田智和が演じそうなキャラクターを考えないとw
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