異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜 作:トンコツマン
二人に迫る巨大な影――その正体が、じわじわと輪郭を持ちはじめる。
そして、それに真っ先に気づいたワタルは――
顔面蒼白、即死一歩手前。
「ひゃぁぁぁぁ!? フェ!フェ!フェンリルぅぅぅ!? なんでこんな初期エリアにボスが湧いてるんですかぁぁぁ!?」
もはやHPゲージが見えるならゼロ。膝から崩れ落ち、その場で震えるワタル。
一方――
「……なんだい?フェンリルって」
カスミ、通常運転。
目の前の巨大な狼(どう見てもラスボス級)を前にしても、微塵もビビらない。
「犬種の名前かい?珍しいねぇ。こんなでかい犬、ペットショップじゃ見かけないよ」
「ちょぉぉ!?カスミさん!?それチワワと同じカテゴリに入れちゃダメなやつです!!」
ワタル、必死のツッコミ。
「フェンリルっていうのは北欧神話に出てくる、世界を滅ぼすレベルの巨大オオカミで――つまりSランクどころか運営に怒られるレベルの存在で――!」
それを聞いたカスミは、深々とため息をついた。
「はぁ……オオカミ?じゃあ犬と親戚みたいなもんだろ。大きいだけで騒ぎすぎなんだよ」
「雑ぅぅぅ!?分類が雑すぎるぅぅぅ!!」
ワタルの精神がゴリゴリ削れていく中――
――ドォォォン!!
フェンリルが地を揺らし、咆哮を放った。
「ワォォォォォン!!」
空気が震え、木々がざわめく。
そして、低く唸る声が響く。
「……2ヶ月ぶりの人間(エモノ)か。いい匂いだ」
完全に捕食者の目。
だが――
「フェンリルさん!ボク達、脂肪少なめで美味しくないですよ!?返品不可ですけど!?」
「そんな理由で逃げられると思うな」
冷静に却下された。
フェンリルはニヤリと笑い、二人へと迫る。
「俺はな……人間が、大好物なんだ」
「へぇ、よく喋る犬だね」
「だから犬じゃないってばぁぁぁ!!」
しかしカスミは一歩も引かない。
むしろ――
ぐい、と前に出た。
「それよりアンタ。いきなり出てきて人を食おうなんて、ずいぶん物騒じゃないかい?」
完全に近所の迷惑犬に苦情を入れる主婦のテンションである。
その視線に、フェンリルの眉がピクリと動く。
「……人間の分際で、俺を睨むとはいい度胸だ」
再び咆哮。
「まずは貴様から食ってやる!!」
フェンリルが飛びかかった――その瞬間。
――バチィィィン!!!
乾いた音が森に響いた。
フェンリル、地面にめり込む。
物理的に。
「……は?」
ワタルの思考が停止する。
目の前では、白目をむいてピクピクしている“神話級モンスター”。
原因――
カスミの平手打ち。
「噛むんじゃない!全く!野良犬ってのはどうしてこう躾がなってないんだか!」
「だから犬じゃな――いやもういいや!!」
ワタル、諦めた。
(いやいやいやいや!?今のワンパンでボス沈む!?この世界バランス調整どうなってるの!?運営寝てる!?)
震える手で、ワタルはカスミのステータス画面を再確認する。
――そして、固まった。
【名前:カスミ・ババ 23歳 Lv.1
攻撃力:∞ 防御力:∞ 素早さ:∞ 器用さ:∞ 魅力:∞
固有スキル:NEW!『母は最強(つよし)』/スーパー召喚/???】
「む、む、無限大ぃぃぃ!?!?全ステ無限!?バグ!?チート!?いやもう概念!?」
さっきまで“普通の人”だったはずなのに、突然のインフレ。
しかもスキル欄が光っている。
「新スキル……?」
【『母は最強(つよし)』:怒り、または守るべき存在の危機に反応し発動。全ステータスが無限大になる】
「なんじゃそりゃああああ!!母は強いってレベルじゃねぇぞ!!宇宙最強じゃねぇか!!」
ワタル、オタク特有の早口で絶叫。
「いやボク、転生モノめっちゃ読んできましたけど!?こんなスキル初見ですよ!?公式チートじゃん!!ナーフ不可じゃん!!」
誰も聞いていないのにカミングアウト。
その時――
ピクッ。
地面にめり込んでいたフェンリルの指(?)が動いた。
「……あ、起きる!?第二ラウンド!?」
ワタルが青ざめる。
しかしカスミは腕を組み、仁王立ち。
「ほら、もう一回躾けてやるよ」
完全に“母”。
フェンリル vs 母。
勝敗は――言うまでもない。
――次回
『カスミ、大地に立つ(物理) 後編』