異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜   作:トンコツマン

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良い話を書きたいな(自信ないけど)


第34話 中野ナツコここにあり! 前編

時はさかのぼり1日前…

 

「……じゅ、じゅうよんさいぃ!? にゃんですってぇぇぇぇっ!?」

 

マスミが自分と同じ14歳だと知った瞬間、アスナの思考は完全に停止した。

 

ぽかん、と口を開けたまま数秒。

 

しかし次の瞬間には、顔を真っ赤にしてマスミへ詰め寄り、右手を大きく振り上げる。

 

「ふざけるなぁぁぁっ!!」

 

バチィィン!!

 

「ふにゃぁぁぁっ!?」

 

乾いた音が部屋に響く。

 

……が、平手打ちではない。

 

アスナの右手は見事なまでに、マスミの豊満な胸へクリーンヒットしていた。

 

「14歳でその胸ってどういうことよ!? お前、世の貧乳女子を敵に回す気!? めぐみんのパチモンのくせに、そのデカ乳は何なのよ!」

 

ぺちん! ぺちん!

 

左右交互に叩かれるたび、マスミの胸はぷるん、ぷるんと景気よく揺れる。

 

そのたびにアスナの額には青筋が一本、また一本と増えていった。

 

「だいたい、めぐみんは貧乳キャラでしょうが! なんで胸だけゆんゆんしてるのよ! そこは設定を守りなさいよ! だったら最初から『ゆんゆん』のパチモンになりなさい!」

 

「誰がゆんゆんよ!」

 

さすがのマスミも堪忍袋の緒が切れた。

 

アスナの手を払いのけると、その勢いのまま両頬をむにぃっとつかむ。

 

「ひがんでるんじゃないわよ! アンタなんか釘宮キャラのパチモンじゃない! しかも当然のように貧乳枠!」

 

「むぎゅっ!?」

 

「それに私がゆんゆんなんか演じたら、唯一のアイデンティティである『高橋李依ボイス』が台無しじゃない! 胸と声だけは前世からの数少ない長所なんだから!」

 

「うるひゃいわね! きょのねぇくらぁっ!!」

 

頬を引っ張られたまま反撃するアスナ。

 

負けじとマスミの頬をむにぃぃっと引っ張り返す。

 

「にゃによ! きょのたんしゃいびょうっ!!」

 

そこから先は、完全に小学生レベルの悪口大会だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「……はぁ。」

 

ワタルは深いため息をつく。

 

「最早、子どものケンカですね。」

 

「十四歳なんて、まだまだ子どもや。でも、そろそろ止めなあかんなぁ。」

 

ナツコが腰を上げようとした――その瞬間。

 

ゴン! ゴン!

 

鈍い音が二発。

 

アスナとマスミの頭頂部に、見事な拳骨が炸裂した。

 

「いつまでやってるんだい、このバカちんども!」

 

二人は頭を押さえながら、その場でうずくまる。

 

「いったぁぁぁ……」

 

「頭が割れるぅ……」

 

ナツコは苦笑しながら肩をすくめた。

 

「相変わらずやなぁ、お前。よその子にも容赦なしや。」

 

「当たり前だよ。悪いことをしたら、他人だろうが遠慮なく叱る。それが私の流儀さ。」

 

「昔から変わらんなぁ。」

 

頭を押さえて転げ回る二人を完全放置したまま、カスミはナツコへここまでの経緯を説明する。

 

話を聞き終えたナツコは腕を組み、何度か頷いた。

 

「なるほどなぁ。どっちもどっちや。」

 

そしてニヤリと笑う。

 

「……ま、それは置いといてや。」

 

ナツコは両腕を広げた。

 

「久しぶりやな、カスミ!」

 

カスミも思わず笑みを浮かべる。

 

「ああ、本当に久しぶりだね。前世でナツ姉が河豚の毒に当たって死んで以来だから……前世基準なら十四年ぶりかな。」

 

「河豚の毒……ですか?」

 

ワタルが思わず聞き返した。

 

「それはまた……随分と不運でしたね。」

 

「いや、不運じゃないよ。」

 

カスミは真顔で首を横に振る。

 

「ナツ姉、自分で河豚をさばいて食べたんだ。」

 

「……え?」

 

「しかも河豚調理師免許なし。」

 

「…………。」

 

ワタルはしばらく沈黙した。

 

「資格なしで河豚を料理したんですか!?」

 

「そう。」

 

「それは自業自得では!?」

 

ナツコ本人は豪快に笑い飛ばす。

 

「はっはっは! いやぁ、資格なしで河豚をさばくんは、さすがに無茶やったな! でも美味かったんやで!」

 

「美味かった、じゃないよ!」

 

カスミは即座にツッコミを入れる。

 

「ワカナとツバサまで巻き添えにして!」

 

「いやぁ……あれは悪いことしたわぁ。」

 

反省しているようで、どこか反省していない笑顔だった。

 

その様子を見たワタルは、心の底から思う。

 

(この人……本当に反省してるんだろうか?)

 

しかし、それこそが前世から変わらない、中野ナツコという人物なのであった。  

 

「いやぁ、あの河豚は美味かったなぁ♪」

 

「美味かったじゃないよ! スズやツバサまで巻き添えにして! まったく!」

 

豪快に笑うナツコに対し、カスミは呆れ果てて額を押さえた。

 

そんな二人のやり取りを聞いていたワタルは、どうにも気になって仕方がない。

 

「……本当にそんな事故があったんですか?」

 

「あるで?」

 

「即答!?」

 

しかも当事者が笑顔で答えた。

 

気になったワタルはポケットからスマートフォンを取り出し、前世におけるナツコの死亡事故について検索してみる。

 

すると――。

 

「……あった。」

 

検索結果には、当時の新聞記事が残されていた。

 

そこには、なんとも衝撃的な見出しが表示されていた。

 

 

【現役女子プロレスラー三名、河豚料理による食中毒で死亡】

 

某月某日、東京都内の住宅において、現役女子プロレスラー三名が倒れているところを知人が発見した。

 

死亡したのは、

 

『ベアー中野』こと中野ナツコさん。

 

『ファルコン桐生』こと桐生翼さん。

 

『ブロンコ白井』こと白井若菜さん。

 

三名は救急搬送されたものの、その後、搬送先の病院で死亡が確認された。

 

警察による調査の結果、三名の死因はいずれも、河豚料理を食べたことによる食中毒と判明した。

 

関係者への聞き取りによると、三名は事件当日、中野ナツコさんの自宅に集まり、中野さん自身が調理した河豚料理を食べていたという。

 

知人は、中野さんが河豚を調理するために必要な資格を有しているものと思っていたが、その後の調査により、中野さんが必要な資格を所持していなかったことが判明。

 

警察は、調理された河豚の有毒部位が適切に除去されていなかった可能性があるとみて、詳しい経緯を調べている。

 

 

「…………」

 

記事を読み終えたワタルは、そっとスマートフォンを下ろした。

 

そして、満面の笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいるナツコを見る。

 

「……ガチじゃないですか」

 

「せやで♪」

 

「『せやで♪』じゃありませんよ!」

 

転生していなかったら、まったく笑えない死亡事故である。

 

いや、転生していても十分笑えない。

 

ワタルはもう一度記事へ目を落とした。

 

「それにしても……『ファルコン』に『ブロンコ』って、すごいリングネームですね」

 

「プロレスラーやからな!」

 

「他のお二人は止めなかったんですか? 普通、資格を持ってない人が『今から河豚さばくで!』とか言い出したら、全力で包丁を取り上げません?」

 

「あー、それな」

 

ナツコはポリポリと頬をかく。

 

「実はツバサもワカナも、『大丈夫! 大丈夫!』言うてなぁ」

 

「何を根拠に!?」

 

「せやからウチも――『ほな大丈夫やな!』って」

 

「大丈夫じゃなかった結果が新聞記事になってるんですよ!」

 

ワタルのツッコミが炸裂した。

 

だがナツコはまるで気にしていない。

 

「いやぁ、ウチも調子に乗ってもうてな。資格もないのに河豚さばいて鍋にしたんや」

 

「調子に乗ってやる料理じゃありません!」

 

「でも美味かったでぇ……」

 

ナツコは遠い目をする。

 

どうやら前世最後の晩餐の味を思い出しているらしい。

 

「河豚鍋……また食いたなってきたわ」

 

「懲りてない!?」

 

そしてナツコは、ふと思い出したようにカスミを見る。

 

「そういやカスミ、河豚の資格持っとったやろ?」

 

「持ってるよ」

 

「ほな今度――」

 

「今日は河豚を食べに来たんじゃないよ!」

 

ぴしゃり。

 

カスミが強制的に話を打ち切った。

 

「私がナツ姉に会いに来たのは――」

 

「あっ!」

 

ナツコが手を叩いた。

 

「せやった!」

 

「忘れてたのかい!?」

 

「スマンスマン! 河豚の話が懐かしゅうてなぁ!」

 

「自分の死亡原因を懐かしい思い出みたいに語るんじゃないよ!」

 

ナツコは悪びれる様子もなく笑う。

 

「大体の話はフユキから聞いとるで。新しい事業を立ち上げるんで、そのための土地を借りたいんやろ?」

 

「ああ。その話さ」

 

「そやそや。リンちゃーん!」

 

ナツコが近くに控えていた秘書へ手を振った。

 

「コーヒーのお代わりと、お菓子も追加で頼むわ♪」

 

「かしこまりました」

 

しばらくしてリンが新しいコーヒーと菓子を運んでくる。

 

カスミは砂糖とミルクを入れ、ミルクコーヒーにして一口飲んだ。

 

その間にナツコは、カスミから聞いた計画書へ目を通していく。

 

「それにしても……」

 

ナツコが書類から顔を上げる。

 

「お前、なんで固有スキル五つも持っとんねん」

 

「いろいろあったんだよ」

 

「いろいろで済ませる数やないやろ」

 

そして、その中の一つを指差した。

 

「しかも――『デパート召喚』」

 

ナツコの口元がニヤリと上がる。

 

「前世で主婦やっとったカスミらしい能力選んだなぁ」

 

「便利だろ?」

 

「便利どころやないわ。異世界の物流バランスを一人で破壊できそうや」

 

「それで商売を始めようと思ってるんだよ」

 

「なるほどな」

 

ワタルは二人を交互に見る。

 

どうにもナツコの反応が薄い。

 

「……ナツコさん」

 

「ん?」

 

「驚かないんですか?」

 

「何に?」

 

「『デパートを丸ごと召喚できます』って話ですよ?」

 

普通なら腰を抜かすレベルの能力である。

 

しかしナツコは「ああ」と納得したように頷いただけだった。

 

「別に、この世界じゃそこまで珍しいことでもないで?」

 

「え?」

 

「転生者には、似たようなんが他にもおるからな」

 

ナツコは指を一本立てる。

 

「『本屋』を召喚できるヤツ」

 

二本目。

 

「『ファーストフード店』を召喚できるヤツ」

 

三本目。

 

「それから――『大人のおもちゃ屋』を召喚できるヤツ」

 

「最後だけ異世界に何を普及させようとしてるんですか!?」

 

ワタルの叫びが部屋中に響いた。

 

異世界転生者。

 

どうやら彼らは、必ずしも剣や魔法を求めるわけではないらしい。

 

すると――。

 

「この世界に転生する人ってさぁ!」

 

さっきまで拳骨を食らって床に沈んでいたアスナが、いつの間にか復活していた。

 

「固有スキルを戦闘向きにしない人ってぇ、結構いるわよねぇ! 私もそうだけど!」

 

その横ではマスミも完全復活している。

 

「アスナって戦闘系じゃないのぉ!?」

 

「違うわよ!」

 

「異世界に転生してぇ、魔物と戦わないってことぉ!?」

 

「戦わないわよ!」

 

……ちなみに二人は会話をしながら、なぜか取っ組み合いを再開していた。

 

「とうっ!」

 

「甘いわぁ!」

 

アスナがヘッドロック。

 

マスミが脱出してコブラツイスト。

 

さらにアスナがカナディアン・バックブリーカー。

 

マスミがカベルナリア。

 

「なんで十四歳のケンカで関節技の応酬になってるんですか!?」

 

ワタルがツッコむ。

 

しかも技だけ妙に本格的だった。

 

「私は無駄な争いなんかしたくないの!」

 

アスナがマスミの腕を取りながら叫ぶ。

 

「アニメや漫画みたいにチートスキルを手に入れて、魔王だの魔物だのと戦うなんて、そんなリスキーなこと誰がするのよ!」

 

「異世界転生モノを根本から否定したぁ!?」

 

「私はこの固有アイテム――『スマホ』をフル活用して!」

 

アスナはビシッと天井を指差した。

 

「ダラダラ! ゴロゴロ! のんびり! 異世界スローライフを満喫するのよ!」

 

「ただのニートじゃない!」

 

マスミの正論が突き刺さった。

 

「そんな自堕落な生活してると後悔するわよ! 私なんて前世では、そのせいで二十歳を過ぎても彼氏ができなくて――」

 

「…………」

 

アスナの動きが止まった。

 

「……今、なんて?」

 

「え?」

 

「二十歳過ぎても……彼氏がいなかった?」

 

「…………あ」

 

ニヤァァァ……。

 

アスナの口元が、悪魔のようにつり上がった。

 

次の瞬間。

 

「あっはははははははは!!」

 

突然、関節技を解き、腹を抱えて大爆笑する。

 

「アンタの前世、引きニートだったのぉ!? しかも二十歳過ぎまで彼氏なし!?」

 

「な、何よ!」

 

「ダッサぁぁぁ! よくある異世界転生モノの主人公そのものじゃない!」

 

「なにおう!」

 

マスミのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

「それの何が悪いのよ! 異世界転生はオタクにとって一度は夢見る理想でしょうが!」

 

「開き直った!」

 

「だいたいアスナだって現時点でニートみたいなもんでしょう!?」

 

「ぐっ!」

 

「しかも、その反応……」

 

マスミがニヤリ。

 

「アンタも彼氏いないんでしょ? 前世も含めて♪」

 

「グフゥッ!!」

 

今度はアスナの胸に見えない槍が突き刺さった。

 

「う……う……」

 

プルプル。

 

「うるさい! うるさい! うるさぁぁぁい!!」

 

その三段活用に、カスミの眉がピクリと動いた。

 

どこか別世界のツンデレヒロインを思わせる、妙に完成度の高い絶叫である。

 

「私は前世じゃ普通に中学二年生だったのよ! 友達には彼氏がいたのに、私だけ全然できなかったの!」

 

「へぇ~?」

 

「原因はこの幼児体型よ!」

 

アスナは自分の身体を指差した。

 

「この体型のせいでイケメンには相手にされない! たまに言い寄ってくる男がいたと思えば、揃いも揃ってロリコンオヤジ!」

 

「悲惨ね」

 

「転生するときだって、ちゃんと『スタイル抜群のクールビューティー』って設定したのよ!?」

 

「それがどうしてこうなったの?」

 

「知らないわよ!」

 

アスナは自分の身体を指差して絶叫した。

 

「目が覚めたら前世とほとんど同じ幼児体型! しかも見た目の成分が、三千院ナギと神楽を足して二で割ったみたいになってるし!」

 

「声まで含めたら逃げ道ないじゃない」

 

「そうなのよ!」

 

アスナは床へ拳を叩きつけた。

 

「そのせいで今まで寄ってきた男がマニアックなヤツばっかりなの! どうして異世界に転生してまでロリコンオヤジにしかモテないのよぉぉぉ!!」

 

ワタルは何も言わず、そっと目を逸らした。

 

(アスナちゃん……マスミちゃんをディスってたら、ものすごい勢いで自分にブーメランが返ってきたな……)

 

そんなアスナへ、マスミが満面の笑みを向ける。

 

「仕方ないじゃない」

 

「……何よ」

 

「それがアンタの運命(さだめ)なんでしょ?」

 

一拍置いて――。

 

「ロリっ娘アスナちゃん♪」

 

「…………」

 

アスナの中で。

 

何かが切れた。

 

「ああんっ!? てめぇぇぇ! 今、言っちゃならねぇワードを言ったなぁぁぁ!!」

 

「きゃははは! 怒った怒った!」

 

「ぶっ殺してやるぅぅぅ!!」

 

「上等よぉぉぉ!」

 

再び二人が飛びかかろうとした――。

 

その瞬間。

 

ゴンッ! ゴンッ!!

 

「「ぎゃふんっ!?」」

 

本日二度目。

 

カスミの拳骨が二人の頭頂部へ綺麗に落ちた。

 

「いい加減にしな!」

 

カスミの額に青筋が浮かんでいる。

 

「次にケンカしたら――二人まとめてブルドッキング・ヘッドロックだよ!」

 

「「…………はい」」

 

今度ばかりは二人とも大人しくなった。

 

ナツコが頬を引きつらせる。

 

「いやいや……お前なぁ。素人相手にブルドッキング・ヘッドロックはマズいやろ」

 

「それはいいから!」

 

カスミはテーブルを叩いた。

 

「結局、どこの土地を貸してくれるんだい?」

 

「ああ、せやったな!」

 

ナツコは待ってましたとばかりに身を乗り出した。

 

そして――ニヤリ。

 

見るからに何か企んでいそうな笑顔を浮かべ、親指を立てた。

 

「お前にはな――」

 

「……?」

 

「とっておきの場所を貸したるで!」

 

「…………」

 

カスミの目が細くなる。

 

長年の付き合いゆえに、その笑顔がどうにも信用ならない。

 

「ナツ姉の言う『とっておき』って、昔から信用できないんだけどねぇ……」

 

「そんなこと言うなや! 今回はホンマにええ場所や!」

 

「本当かい?」

 

「もちろん!」

 

そしてナツコは、とんでもない条件を口にした。

 

「しかも幼馴染み特別サービスや!」

 

「サービス?」

 

「敷金、礼金――」

 

ナツコは指で丸を作った。

 

「というか、全部無料(タダ)にしたる♪」

 

「…………」

 

カスミが固まった。

 

「え?」

 

そして――。

 

無料(タダ)ぁぁぁぁぁ!?」

 

瞳がキラキラと輝き始める。

 

「ナツコさん、今回はえらく気前がいいでござるな……」

 

ダイチが不安そうにつぶやく。

 

ワタルも同じことを考えていた。

 

「土地を完全無料で貸すなんて……何か裏があるんじゃないですか?」

 

そしてカスミを見る。

 

「ねぇ、カスミさん?」

 

無料(タダ)だって!? いいのかい、ナツ姉!」

 

しかしカスミの耳には、もはや『無料』という二文字しか届いていなかった。

 

「そいつは得した! ありがとう、ナツ姉!」

 

「ええねん、ええねん! 幼馴染みの頼みやからな!」

 

「持つべきものは幼馴染みだねぇ!」

 

二人はガッチリ握手する。

 

その様子を見ながら、リンだけが無言で冷や汗を流していた。

 

(ナツコさん……)

 

嫌な予感しかしない。

 

(まさか――)

 

リンはナツコを見る。

 

(『あの場所』を紹介するつもりでは……?)

 

ナツコは笑顔だった。

 

ものすごく、いい笑顔だった。

 

だからこそ――。

 

ますます怪しかった。

 

「ええねん、ええねん! 幼馴染みの頼みやからな!」

 

「持つべきものは幼馴染みだねぇ!」

 

カスミとナツコは、がっちりと握手を交わす。

 

敷金、礼金――それどころか土地の使用料まで全部無料(タダ)

 

事業を始めようとしているカスミにとって、これ以上ない好条件である。

 

だが――。

 

(ナツコさん……)

 

リンだけは、二人のやり取りを見ながら冷や汗を流していた。

 

(まさか――『あの場所』を紹介するつもりでは……?)

 

その不安は、リンだけのものではなかった。

 

「…………」

 

先ほどから黙っていたダイチも、明らかに顔色を変えている。

 

そして意を決したように口を開いた。

 

「……もしかしてナツコさん」

 

「ん?」

 

「『あの場所』を紹介するつもりでござるか?」

 

ナツコの笑顔が、一瞬だけ固まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

二人の視線が交差する。

 

ダイチの額から、つーっと冷や汗が流れた。

 

「あそこはマズいでござるよ! いくらなんでも危険すぎ――」

 

「もががががっ!?」

 

最後まで言わせない。

 

ナツコが瞬時に飛びつき、ダイチの口を両手で塞いだ。

 

「んんんーっ!?」

 

「ちょーっとダイチ! こっち来いや♪」

 

「もが!? もががが!?」

 

ズルズルズル……。

 

ナツコは笑顔のままダイチを部屋の隅へ引きずっていく。

 

「……何やってるんだい?」

 

カスミが怪訝そうに見る。

 

「なんでもあらへん! ちょっとした騎士団との業務連絡や!」

 

「そうかい?」

 

「そうそう!」

 

ナツコは満面の笑みを浮かべながら――ダイチの耳元で声を潜めた。

 

「(アホ! 余計なこと言うんやない!)」

 

「(むぐっ……! しかしナツコさん!)」

 

ようやく口を解放されたダイチも、同じく小声で反論する。

 

「(やはり、あの土地を紹介する気だったのでござるな!?)」

 

「(せや!)」

 

「(即答!?)」

 

「(あんなヤバい物件、早よ手放したほうがええんや!)」

 

「(言ってしまったでござる! 自分で『ヤバい物件』と言ってしまったでござるよ!)」

 

ダイチは頭を抱えた。

 

「(あそこは、この辺りでも『呪われた土地』と噂されている場所でござる! いくら無料とはいえ、そんな事故物件を何も知らないカスミさんに貸すなど……何かあれば我が騎士団としても看過できないでござる!)」

 

「(シーッ! 声デカい!)」

 

「(それにカスミさんは、ナツコさんの親友なのでござろう!?)」

 

「(大親友や!)」

 

「(だったらなおさらダメでござるよ!)」

 

正論である。

 

だがナツコにも、ナツコなりの事情があった。

 

「(ええか、ダイチ。ウチかて好き好んで親友に事故物件を押しつけたいわけやない)」

 

「(なら、やめるでござる)」

 

「(それは無理や)」

 

「(どっちでござるか!?)」

 

ナツコは深刻な顔になる。

 

「(あの土地な……無駄にデカいねん)」

 

「(知っているでござる)」

 

「(しかも誰も借りてくれへん)」

 

「(そりゃ呪われた土地と言われているのでござるから……)」

 

「(固定費や管理費ばっかり掛かって、会社としても困っとんねん!)」

 

「(完全に経営上の都合ではござらんか!)」

 

ナツコはダイチの肩をつかんだ。

 

「(このまま放置したら王国の宰相に何を言われるか分からへん……!)」

 

その顔が青ざめる。

 

「(ましてや国王の耳に入ったら――)」

 

ピクッ。

 

ナツコの身体が震えた。

 

「(……あかん)」

 

「(ナツコさん?)」

 

「(想像しただけで冷や汗出てきたわ……)」

 

「(どれだけ怖いのでござるか、この国の上層部は……)」

 

ナツコは額の汗を拭う。

 

そして――。

 

キリッ!

 

妙に凛々しい顔で言い切った。

 

「(というわけで、カスミには悪いけど人身御供になってもらう!)」

 

「(最低でござるな!?)」

 

「(大丈夫や!)」

 

「(何が!?)」

 

「(カスミなら何とかする!)」

 

「(根拠は!?)」

 

「(ない!)」

 

「(アバウトすぎるでござるよ!)」

 

ダイチは盛大に肩を落とした。

 

◇ ◇ ◇

 

そんな裏取引があったとは露知らず――。

 

「無料♪ 無料♪」

 

カスミは上機嫌だった。

 

完全に浮かれている。

 

ワタルはそんなカスミを見ながら、どうにも嫌な予感が拭えない。

 

「……カスミさん」

 

「なんだい?」

 

「やっぱり、無料って怪しくないですか?」

 

「考えすぎだよ。ナツ姉とは前世からの付き合いなんだから」

 

「その前世からの付き合いだからこそ、怪しいような……」

 

「なんか言ったかい?」

 

「いえ、何も」

 

こうしてナツコから土地について大まかな説明を受けた一行は、後ほど実際に現地を確認することになった。

 

その場所こそ――。

 

この地域では、知る人ぞ知る。

 

いや。

 

できれば知らないままでいたほうが幸せかもしれない――。

 

いわく付きの『事故物件』だったのである。

 

◇ ◇ ◇

 

現地へ向かう準備をしている途中、ワタルはふと以前から気になっていたことを思い出した。

 

「そういえば、ナツコさん」

 

「なんや?」

 

「ナツコさんとダイチさんたちって、どこで知り合ったんですか?」

 

「ん? ああ、その話か」

 

ナツコはコーヒーを飲みながら答える。

 

「不動産の仕事いうんはな、意外と揉め事が多いんや」

 

「揉め事?」

 

「土地の境界やら契約やら、立ち退きやら……まあ、いろいろやな。こっちは異世界やから、たまに剣持った連中まで出てくるし」

 

「物理的な揉め事まであるんですか!?」

 

「せや。ほんで揉め事が起きるたび、騎士団に助けてもろてな」

 

ナツコはダイチを見る。

 

「そうしてるうちに騎士団の連中と仲良うなって、今じゃすっかり茶飲み友達や」

 

「不動産会社の社長と騎士団が茶飲み友達……」

 

異世界ならでは――なのだろうか。

 

するとダイチも頷いた。

 

「吾輩の場合は少し事情が違うでござる」

 

「というと?」

 

「吾輩は、前世の頃からナツコさんのことを知っていたのでござるよ」

 

「えっ?」

 

ワタルが目を丸くする。

 

ダイチは感慨深そうにナツコを見る。

 

「だから初めて転生後のナツコさんを見た時は、本当に驚いたでござる」

 

「…………」

 

ナツコの眉がピクリと動いた。

 

「前世では、あれほどイカつい巨漢の女子プロレスラーだった御仁が――」

 

ダイチは現在のナツコを上から下まで眺める。

 

そして一言。

 

「こんなにキュートなロリっ娘へ生まれ変わるとは……」

 

「誰がロリっ娘や!」

 

ナツコのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

アスナがビクッとした。

 

先ほど自分も同じ単語でキレたばかりである。

 

「気持ちは分かるわ……」

 

「なんでアスナが共感してんねん!」

 

「同じ被害者だからよ!」

 

「一緒にすんな!」

 

ダイチは構わず続ける。

 

「しかし残念なのは――」

 

「まだ何かあるんか?」

 

「その身体では、前世の『ベアー中野』の必殺技が見られなくなってしまったことでござるな」

 

「必殺技?」

 

ワタルが食いついた。

 

「前世のナツコさん――『ベアー中野』の必殺技って、どんな技なんですか?」

 

「そういえば確かに」

 

カスミもナツコを見る。

 

「ナツ姉がこんな小さな女の子になったら、『あの技』は難しいだろうねぇ」

 

「…………」

 

ナツコの頬がピクピクする。

 

「またその話かいな……」

 

そして立ち上がった。

 

「大丈夫や!」

 

ドン!

 

胸を張る。

 

「あの技は今でも使える!」

 

「ええっ!?」

 

ワタルが驚く。

 

「……一体どんな技なんですか?」

 

「よく聞いてくれたわね!」

 

なぜかアスナが割り込んできた。

 

腰に手を当て、ドヤ顔。

 

「この私が、伝説の女子プロレスラー『ベアー中野』の必殺技(フェイバリット)を教えてあげるわ!」

 

「なんでアスナが説明するのよ?」

 

マスミが呆れる。

 

「いいから聞きなさい!」

 

アスナはビシッと人差し指を立てた。

 

「ベアー中野の必殺技――」

 

ゴクリ。

 

なぜかワタルまで息を呑む。

 

「その名も!」

 

アスナが高らかに宣言した。

 

「――『ナツコ・ドロップ』!!」

 

「ナツコ・ドロップ?」

 

ワタルは首を傾げる。

 

「……なんだろう。どこかで聞いたことがあるような……」

 

「説明しよう!」

 

アスナが妙にナレーター口調になる。

 

「ナツコ・ドロップとは! コーナーポストへ登ったベアー中野が空高くジャンプ! そしてその巨体と全体重を利用して、相手を押し潰す恐怖の必殺技なのよ!」

 

「…………」

 

ワタルは数秒考えた。

 

そして――。

 

「それって『ザ・魔雲天』の『マウンテン・ドロップ』を丸パクリしてるだけでしょうがぁぁぁ!」

 

渾身のツッコミが炸裂した。

 

「パクリちゃうわ!」

 

ナツコが即座に反論する。

 

「アレは紛れもなくウチのオリジナル技や!」

 

「名前まで似てますよ!?」

 

「偶然や!」

 

「技の内容までほぼ同じでしょう!」

 

「偶然や!」

 

「そんな偶然あります!?」

 

マスミも首を傾げる。

 

「要するに、巨体を活かしたフライング・ボディプレスみたいな技でしょ?」

 

「まあ、大まかにはそうや」

 

マスミは現在のナツコを見る。

 

小柄。

 

華奢。

 

どう見ても前世の巨漢レスラーとは正反対。

 

「だったら、やっぱり今のナツコさんには無理じゃない?」

 

「…………」

 

ピクッ。

 

ナツコの眉が動いた。

 

「今……なんて言うた?」

 

「え?」

 

「ウチには――」

 

ゴゴゴゴゴゴ……!

 

見えない闘気が立ち上る。

 

「ナツコ・ドロップが使えへんやとぉ!?」

 

「いや、そこまで言ってないけど!?」

 

「ええわ!」

 

ナツコは袖をまくった。

 

「そこまで言うんやったら――今ここで見せたる!」

 

「なんでそうなるんですか!?」

 

ワタルが叫ぶ。

 

しかしナツコは止まらない。

 

部屋から勢いよく飛び出すと――。

 

「とうっ!」

 

近くに立っていた大きな木へ飛び乗った。

 

「えええええ!?」

 

ワタルたちも慌てて外へ飛び出す。

 

ナツコは枝の上に立ち、下を見回した。

 

そして――。

 

ピタッ。

 

その視線がワタルに止まる。

 

「…………」

 

「…………」

 

嫌な予感。

 

ワタルは一歩後ろへ下がった。

 

「なんで僕を見てるんですか?」

 

ニヤリ。

 

「受け手がおらんとなぁ?」

 

「僕ぅぅぅぅ!?」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

マスミが慌てて止める。

 

「ナツコさん! 危ないわよ!」

 

「大丈夫や!」

 

「その『大丈夫』で前世に三人死んでるのよ!?」

 

「ぐっ……!」

 

本日最大級の正論だった。

 

ダイチも必死に説得する。

 

「ナツコさん! 何をしているのでござるか!? 今の貴女の身体では無理でござる!」

 

「やってみな分からへんやろ!」

 

「分かるでござるよ!」

 

ワタルはカスミを見る。

 

「カスミさん! 止めてください!」

 

「無駄だよ」

 

「即答!?」

 

カスミは腕を組んでため息をつく。

 

「ナツ姉がああなったら、テコでも動かないよ。ましてや自分の得意技を貶されたんだからね」

 

「だったらどうするんですか!?」

 

ワタルは嫌な予感を覚えながら尋ねる。

 

「まさか、飛んでくるナツコさんを受け止めるとか言わないでしょうね?」

 

その瞬間。

 

ガシッ!

 

カスミは左右の拳を胸の前で合わせた。

 

そして――。

 

両腕を大きく広げる。

 

「…………」

 

ワタルの顔が引きつった。

 

「受け止める気満々じゃないですか!」

 

カスミは木の上のナツコを見上げる。

 

「いい歳して何バカやってんだい! 必殺技をバカにされたくらいで!」

 

「必殺技をバカにされたくらいやてぇ!?」

 

ナツコの顔色が変わった。

 

「アホゥ!」

 

ビシィッ!

 

カスミを指差す。

 

「あの必殺技はなぁ――ウチのプロレス人生そのものや!」

 

「大げさだねぇ!」

 

「大げさやない!」

 

ナツコは胸へ拳を当てる。

 

「ウチの汗! 涙! 青春! そして筋肉!」

 

「最後だけ急に暑苦しいよ!」

 

「あの技には全部詰まっとるんや! それを貶すヤツは、誰であろうと許さんでぇ!」

 

カスミもニヤリと笑う。

 

「そこまで言うなら――」

 

腰を落とした。

 

「来るかい?」

 

「…………!」

 

「来い!」

 

「上等やぁぁぁ!」

 

ナツコが枝の上で身構える。

 

そして、ふと思い出したように叫んだ。

 

「それとなぁ! カスミ!」

 

「なんだい!」

 

「『いい歳して』言うけどなぁ!」

 

「?」

 

ナツコは堂々と胸を張る。

 

「今のウチの年齢は――」

 

「…………」

 

なぜか。

 

そこだけ。

 

風が吹いた。

 

ビュオオオオオオッ!

 

「――??歳やぁぁぁぁ!」

 

「えっ!?」

 

「聞こえなかった!」

 

「なんて言ったの!?」

 

アスナとマスミが同時に叫ぶ。

 

しかしナツコは答えない。

 

「行くでぇぇぇ!」

 

大きく跳躍した。

 

「必殺――!」

 

空高く舞い上がった小柄な身体が、カスミ目掛けて落下を開始する。

 

「『ナツコ・ドロォォォォォップ!!』」

 

「来な!」

 

「うわあああああああ!?」

 

ワタルの悲鳴が響き渡った。

 

その横で、アスナがマスミへそっと顔を寄せる。

 

「(……どうでもいいけどさ)」

 

「(何?)」

 

「(ナツコって今、何歳って言ったの?)」

 

「(私に聞かないでよ。全然聞こえなかったわ)」

 

アスナは今度はワタルを見る。

 

「(ワタル、聞こえた?)」

 

「(いや、全く……)」

 

ワタルは空から降ってくるナツコを見上げながら、遠い目をした。

 

「(キョウコさんは永遠の『17歳』……)」

 

そして。

 

「(ナツコさんは『??歳』……)」

 

しばし沈黙。

 

「(……前世が女子プロレスラーの人って、年齢の話になると急に謎が増えるよね?)」

 

「(そこ、声優ネタとプロレスネタを一緒にするところなの!?)」

 

その直後――。

 

「うおおおおおおっ!」

 

「来ぉぉぉい!」

 

ナツコとカスミの叫び声が重なった。

 

「ええねん、ええねん! 幼馴染みの頼みやからな!」

 

「持つべきものは幼馴染みだねぇ!」

 

カスミとナツコは、がっちりと握手を交わす。

 

敷金、礼金――それどころか土地の使用料まで全部無料(タダ)

 

事業を始めようとしているカスミにとって、これ以上ない好条件である。

 

だが――。

 

(ナツコさん……)

 

リンだけは、二人のやり取りを見ながら冷や汗を流していた。

 

(まさか――『あの場所』を紹介するつもりでは……?)

 

その不安は、リンだけのものではなかった。

 

「…………」

 

先ほどから黙っていたダイチも、明らかに顔色を変えている。

 

そして意を決したように口を開いた。

 

「……もしかしてナツコさん」

 

「ん?」

 

「『あの場所』を紹介するつもりでござるか?」

 

ナツコの笑顔が、一瞬だけ固まった。

 

「…………」

 

「…………」

 

二人の視線が交差する。

 

ダイチの額から、つーっと冷や汗が流れた。

 

「あそこはマズいでござるよ! いくらなんでも危険すぎ――」

 

「もががががっ!?」

 

最後まで言わせない。

 

ナツコが瞬時に飛びつき、ダイチの口を両手で塞いだ。

 

「んんんーっ!?」

 

「ちょーっとダイチ! こっち来いや♪」

 

「もが!? もががが!?」

 

ズルズルズル……。

 

ナツコは笑顔のままダイチを部屋の隅へ引きずっていく。

 

「……何やってるんだい?」

 

カスミが怪訝そうに見る。

 

「なんでもあらへん! ちょっとした騎士団との業務連絡や!」

 

「そうかい?」

 

「そうそう!」

 

ナツコは満面の笑みを浮かべながら――ダイチの耳元で声を潜めた。

 

「(アホ! 余計なこと言うんやない!)」

 

「(むぐっ……! しかしナツコさん!)」

 

ようやく口を解放されたダイチも、同じく小声で反論する。

 

「(やはり、あの土地を紹介する気だったのでござるな!?)」

 

「(せや!)」

 

「(即答!?)」

 

「(あんなヤバい物件、早よ手放したほうがええんや!)」

 

「(言ってしまったでござる! 自分で『ヤバい物件』と言ってしまったでござるよ!)」

 

ダイチは頭を抱えた。

 

「(あそこは、この辺りでも『呪われた土地』と噂されている場所でござる! いくら無料とはいえ、そんな事故物件を何も知らないカスミさんに貸すなど……何かあれば我が騎士団としても看過できないでござる!)」

 

「(シーッ! 声デカい!)」

 

「(それにカスミさんは、ナツコさんの親友なのでござろう!?)」

 

「(大親友や!)」

 

「(だったらなおさらダメでござるよ!)」

 

正論である。

 

だがナツコにも、ナツコなりの事情があった。

 

「(ええか、ダイチ。ウチかて好き好んで親友に事故物件を押しつけたいわけやない)」

 

「(なら、やめるでござる)」

 

「(それは無理や)」

 

「(どっちでござるか!?)」

 

ナツコは深刻な顔になる。

 

「(あの土地な……無駄にデカいねん)」

 

「(知っているでござる)」

 

「(しかも誰も借りてくれへん)」

 

「(そりゃ呪われた土地と言われているのでござるから……)」

 

「(固定費や管理費ばっかり掛かって、会社としても困っとんねん!)」

 

「(完全に経営上の都合ではござらんか!)」

 

ナツコはダイチの肩をつかんだ。

 

「(このまま放置したら王国の宰相に何を言われるか分からへん……!)」

 

その顔が青ざめる。

 

「(ましてや国王の耳に入ったら――)」

 

ピクッ。

 

ナツコの身体が震えた。

 

「(……あかん)」

 

「(ナツコさん?)」

 

「(想像しただけで冷や汗出てきたわ……)」

 

「(どれだけ怖いのでござるか、この国の上層部は……)」

 

ナツコは額の汗を拭う。

 

そして――。

 

キリッ!

 

妙に凛々しい顔で言い切った。

 

「(というわけで、カスミには悪いけど人身御供になってもらう!)」

 

「(最低でござるな!?)」

 

「(大丈夫や!)」

 

「(何が!?)」

 

「(カスミなら何とかする!)」

 

「(根拠は!?)」

 

「(ない!)」

 

「(アバウトすぎるでござるよ!)」

 

ダイチは盛大に肩を落とした。

 

◇ ◇ ◇

 

そんな裏取引があったとは露知らず――。

 

「無料♪ 無料♪」

 

カスミは上機嫌だった。

 

完全に浮かれている。

 

ワタルはそんなカスミを見ながら、どうにも嫌な予感が拭えない。

 

「……カスミさん」

 

「なんだい?」

 

「やっぱり、無料って怪しくないですか?」

 

「考えすぎだよ。ナツ姉とは前世からの付き合いなんだから」

 

「その前世からの付き合いだからこそ、怪しいような……」

 

「なんか言ったかい?」

 

「いえ、何も」

 

こうしてナツコから土地について大まかな説明を受けた一行は、後ほど実際に現地を確認することになった。

 

その場所こそ――。

 

この地域では、知る人ぞ知る。

 

いや。

 

できれば知らないままでいたほうが幸せかもしれない――。

 

いわく付きの『事故物件』だったのである。

 

◇ ◇ ◇

 

現地へ向かう準備をしている途中、ワタルはふと以前から気になっていたことを思い出した。

 

「そういえば、ナツコさん」

 

「なんや?」

 

「ナツコさんとダイチさんたちって、どこで知り合ったんですか?」

 

「ん? ああ、その話か」

 

ナツコはコーヒーを飲みながら答える。

 

「不動産の仕事いうんはな、意外と揉め事が多いんや」

 

「揉め事?」

 

「土地の境界やら契約やら、立ち退きやら……まあ、いろいろやな。こっちは異世界やから、たまに剣持った連中まで出てくるし」

 

「物理的な揉め事まであるんですか!?」

 

「せや。ほんで揉め事が起きるたび、騎士団に助けてもろてな」

 

ナツコはダイチを見る。

 

「そうしてるうちに騎士団の連中と仲良うなって、今じゃすっかり茶飲み友達や」

 

「不動産会社の社長と騎士団が茶飲み友達……」

 

異世界ならでは――なのだろうか。

 

するとダイチも頷いた。

 

「吾輩の場合は少し事情が違うでござる」

 

「というと?」

 

「吾輩は、前世の頃からナツコさんのことを知っていたのでござるよ」

 

「えっ?」

 

ワタルが目を丸くする。

 

ダイチは感慨深そうにナツコを見る。

 

「だから初めて転生後のナツコさんを見た時は、本当に驚いたでござる」

 

「…………」

 

ナツコの眉がピクリと動いた。

 

「前世では、あれほどイカつい巨漢の女子プロレスラーだった御仁が――」

 

ダイチは現在のナツコを上から下まで眺める。

 

そして一言。

 

「こんなにキュートなロリっ娘へ生まれ変わるとは……」

 

「誰がロリっ娘や!」

 

ナツコのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

アスナがビクッとした。

 

先ほど自分も同じ単語でキレたばかりである。

 

「気持ちは分かるわ……」

 

「なんでアスナが共感してんねん!」

 

「同じ被害者だからよ!」

 

「一緒にすんな!」

 

ダイチは構わず続ける。

 

「しかし残念なのは――」

 

「まだ何かあるんか?」

 

「その身体では、前世の『ベアー中野』の必殺技が見られなくなってしまったことでござるな」

 

「必殺技?」

 

ワタルが食いついた。

 

「前世のナツコさん――『ベアー中野』の必殺技って、どんな技なんですか?」

 

「そういえば確かに」

 

カスミもナツコを見る。

 

「ナツ姉がこんな小さな女の子になったら、『あの技』は難しいだろうねぇ」

 

「…………」

 

ナツコの頬がピクピクする。

 

「またその話かいな……」

 

そして立ち上がった。

 

「大丈夫や!」

 

ドン!

 

胸を張る。

 

「あの技は今でも使える!」

 

「ええっ!?」

 

ワタルが驚く。

 

「……一体どんな技なんですか?」

 

「よく聞いてくれたわね!」

 

なぜかアスナが割り込んできた。

 

腰に手を当て、ドヤ顔。

 

「この私が、伝説の女子プロレスラー『ベアー中野』の必殺技(フェイバリット)を教えてあげるわ!」

 

「なんでアスナが説明するのよ?」

 

マスミが呆れる。

 

「いいから聞きなさい!」

 

アスナはビシッと人差し指を立てた。

 

「ベアー中野の必殺技――」

 

ゴクリ。

 

なぜかワタルまで息を呑む。

 

「その名も!」

 

アスナが高らかに宣言した。

 

「――『ナツコ・ドロップ』!!」

 

「ナツコ・ドロップ?」

 

ワタルは首を傾げる。

 

「……なんだろう。どこかで聞いたことがあるような……」

 

「説明しよう!」

 

アスナが妙にナレーター口調になる。

 

「ナツコ・ドロップとは! コーナーポストへ登ったベアー中野が空高くジャンプ! そしてその巨体と全体重を利用して、相手を押し潰す恐怖の必殺技なのよ!」

 

「…………」

 

ワタルは数秒考えた。

 

そして――。

 

「それって『ザ・魔雲天』の『マウンテン・ドロップ』を丸パクリしてるだけでしょうがぁぁぁ!」

 

渾身のツッコミが炸裂した。

 

「パクリちゃうわ!」

 

ナツコが即座に反論する。

 

「アレは紛れもなくウチのオリジナル技や!」

 

「名前まで似てますよ!?」

 

「偶然や!」

 

「技の内容までほぼ同じでしょう!」

 

「偶然や!」

 

「そんな偶然あります!?」

 

マスミも首を傾げる。

 

「要するに、巨体を活かしたフライング・ボディプレスみたいな技でしょ?」

 

「まあ、大まかにはそうや」

 

マスミは現在のナツコを見る。

 

小柄。

 

華奢。

 

どう見ても前世の巨漢レスラーとは正反対。

 

「だったら、やっぱり今のナツコさんには無理じゃない?」

 

「…………」

 

ピクッ。

 

ナツコの眉が動いた。

 

「今……なんて言うた?」

 

「え?」

 

「ウチには――」

 

ゴゴゴゴゴゴ……!

 

見えない闘気が立ち上る。

 

「ナツコ・ドロップが使えへんやとぉ!?」

 

「いや、そこまで言ってないけど!?」

 

「ええわ!」

 

ナツコは袖をまくった。

 

「そこまで言うんやったら――今ここで見せたる!」

 

「なんでそうなるんですか!?」

 

ワタルが叫ぶ。

 

しかしナツコは止まらない。

 

部屋から勢いよく飛び出すと――。

 

「とうっ!」

 

近くに立っていた大きな木へ飛び乗った。

 

「えええええ!?」

 

ワタルたちも慌てて外へ飛び出す。

 

ナツコは枝の上に立ち、下を見回した。

 

そして――。

 

ピタッ。

 

その視線がワタルに止まる。

 

「…………」

 

「…………」

 

嫌な予感。

 

ワタルは一歩後ろへ下がった。

 

「なんで僕を見てるんですか?」

 

ニヤリ。

 

「受け手がおらんとなぁ?」

 

「僕ぅぅぅぅ!?」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

マスミが慌てて止める。

 

「ナツコさん! 危ないわよ!」

 

「大丈夫や!」

 

「その『大丈夫』で前世に三人死んでるのよ!?」

 

「ぐっ……!」

 

本日最大級の正論だった。

 

ダイチも必死に説得する。

 

「ナツコさん! 何をしているのでござるか!? 今の貴女の身体では無理でござる!」

 

「やってみな分からへんやろ!」

 

「分かるでござるよ!」

 

ワタルはカスミを見る。

 

「カスミさん! 止めてください!」

 

「無駄だよ」

 

「即答!?」

 

カスミは腕を組んでため息をつく。

 

「ナツ姉がああなったら、テコでも動かないよ。ましてや自分の得意技を貶されたんだからね」

 

「だったらどうするんですか!?」

 

ワタルは嫌な予感を覚えながら尋ねる。

 

「まさか、飛んでくるナツコさんを受け止めるとか言わないでしょうね?」

 

その瞬間。

 

ガシッ!

 

カスミは左右の拳を胸の前で合わせた。

 

そして――。

 

両腕を大きく広げる。

 

「…………」

 

ワタルの顔が引きつった。

 

「受け止める気満々じゃないですか!」

 

カスミは木の上のナツコを見上げる。

 

「いい歳して何バカやってんだい! 必殺技をバカにされたくらいで!」

 

「必殺技をバカにされたくらいやてぇ!?」

 

ナツコの顔色が変わった。

 

「アホゥ!」

 

ビシィッ!

 

カスミを指差す。

 

「あの必殺技はなぁ――ウチのプロレス人生そのものや!」

 

「大げさだねぇ!」

 

「大げさやない!」

 

ナツコは胸へ拳を当てる。

 

「ウチの汗! 涙! 青春! そして筋肉!」

 

「最後だけ急に暑苦しいよ!」

 

「あの技には全部詰まっとるんや! それを貶すヤツは、誰であろうと許さんでぇ!」

 

カスミもニヤリと笑う。

 

「そこまで言うなら――」

 

腰を落とした。

 

「来るかい?」

 

「…………!」

 

「来い!」

 

「上等やぁぁぁ!」

 

ナツコが枝の上で身構える。

 

そして、ふと思い出したように叫んだ。

 

「それとなぁ! カスミ!」

 

「なんだい!」

 

「『いい歳して』言うけどなぁ!」

 

「?」

 

ナツコは堂々と胸を張る。

 

「今のウチの年齢は――」

 

「…………」

 

なぜか。

 

そこだけ。

 

風が吹いた。

 

ビュオオオオオオッ!

 

「――??歳やぁぁぁぁ!」

 

「えっ!?」

 

「聞こえなかった!」

 

「なんて言ったの!?」

 

アスナとマスミが同時に叫ぶ。

 

しかしナツコは答えない。

 

「行くでぇぇぇ!」

 

大きく跳躍した。

 

「必殺――!」

 

空高く舞い上がった小柄な身体が、カスミ目掛けて落下を開始する。

 

「『ナツコ・ドロォォォォォップ!!』」

 

「来な!」

 

「うわあああああああ!?」

 

ワタルの悲鳴が響き渡った。

 

その横で、アスナがマスミへそっと顔を寄せる。

 

「(……どうでもいいけどさ)」

 

「(何?)」

 

「(ナツコって今、何歳って言ったの?)」

 

「(私に聞かないでよ。全然聞こえなかったわ)」

 

アスナは今度はワタルを見る。

 

「(ワタル、聞こえた?)」

 

「(いや、全く……)」

 

ワタルは空から降ってくるナツコを見上げながら、遠い目をした。

 

「(キョウコさんは永遠の『17歳』……)」

 

そして。

 

「(ナツコさんは『??歳』……)」

 

しばし沈黙。

 

「(……前世が女子プロレスラーの人って、年齢の話になると急に謎が増えるよね?)」

 

「(そこ、声優ネタとプロレスネタを一緒にするところなの!?)」

 

その直後――。

 

「うおおおおおおっ!」

 

「来ぉぉぉい!」

 

ナツコとカスミの叫び声が重なった。

 

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『中野ナツコ、ここにあり! 後編』

 

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