異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜 作:トンコツマン
──カスミサイド──
「……じゅ、じゅうよんさいぃ!? にゃんですってぇぇぇぇっ!?」
マスミが自分と同じ14歳だと知った瞬間、アスナの思考は完全に停止した。
ぽかん、と口を開けたまま数秒。
しかし次の瞬間には、顔を真っ赤にしてマスミへ詰め寄り、右手を大きく振り上げる。
「ふざけるなぁぁぁっ!!」
バチィィン!!
「ふにゃぁぁぁっ!?」
乾いた音が部屋に響く。
……が、平手打ちではない。
アスナの右手は見事なまでに、マスミの豊満な胸へクリーンヒットしていた。
「14歳でその胸ってどういうことよ!? お前、世の貧乳女子を敵に回す気!? めぐみんのパチモンのくせに、そのデカ乳は何なのよ!」
ぺちん! ぺちん!
左右交互に叩かれるたび、マスミの胸はぷるん、ぷるんと景気よく揺れる。
そのたびにアスナの額には青筋が一本、また一本と増えていった。
「だいたい、めぐみんは貧乳キャラでしょうが! なんで胸だけゆんゆんしてるのよ! そこは設定を守りなさいよ! だったら最初から『ゆんゆん』のパチモンになりなさい!」
「誰がゆんゆんよ!」
さすがのマスミも堪忍袋の緒が切れた。
アスナの手を払いのけると、その勢いのまま両頬をむにぃっとつかむ。
「ひがんでるんじゃないわよ! アンタなんか釘宮キャラのパチモンじゃない! しかも当然のように貧乳枠!」
「むぎゅっ!?」
「それに私がゆんゆんなんか演じたら、唯一のアイデンティティである『高橋李依ボイス』が台無しじゃない! 胸と声だけは前世からの数少ない長所なんだから!」
「うるひゃいわね! きょのねぇくらぁっ!!」
頬を引っ張られたまま反撃するアスナ。
負けじとマスミの頬をむにぃぃっと引っ張り返す。
「にゃによ! きょのたんしゃいびょうっ!!」
そこから先は、完全に小学生レベルの悪口大会だった。
◇ ◇ ◇
「……はぁ。」
ワタルは深いため息をつく。
「最早、子どものケンカですね。」
「十四歳なんて、まだまだ子どもや。でも、そろそろ止めなあかんなぁ。」
ナツコが腰を上げようとした――その瞬間。
ゴン! ゴン!
鈍い音が二発。
アスナとマスミの頭頂部に、見事な拳骨が炸裂した。
「いつまでやってるんだい、このバカちんども!」
二人は頭を押さえながら、その場でうずくまる。
「いったぁぁぁ……」
「頭が割れるぅ……」
ナツコは苦笑しながら肩をすくめた。
「相変わらずやなぁ、お前。よその子にも容赦なしや。」
「当たり前だよ。悪いことをしたら、他人だろうが遠慮なく叱る。それが私の流儀さ。」
「昔から変わらんなぁ。」
頭を押さえて転げ回る二人を完全放置したまま、カスミはナツコへここまでの経緯を説明する。
話を聞き終えたナツコは腕を組み、何度か頷いた。
「なるほどなぁ。どっちもどっちや。」
そしてニヤリと笑う。
「……ま、それは置いといてや。」
ナツコは両腕を広げた。
「久しぶりやな、カスミ!」
カスミも思わず笑みを浮かべる。
「ああ、本当に久しぶりだね。前世でナツ姉が河豚の毒に当たって死んで以来だから……前世基準なら十四年ぶりかな。」
「河豚の毒……ですか?」
ワタルが思わず聞き返した。
「それはまた……随分と不運でしたね。」
「いや、不運じゃないよ。」
カスミは真顔で首を横に振る。
「ナツ姉、自分で河豚をさばいて食べたんだ。」
「……え?」
「しかも河豚調理師免許なし。」
「…………。」
ワタルはしばらく沈黙した。
「資格なしで河豚を料理したんですか!?」
「そう。」
「それは自業自得では!?」
ナツコ本人は豪快に笑い飛ばす。
「はっはっは! いやぁ、資格なしで河豚をさばくんは、さすがに無茶やったな! でも美味かったんやで!」
「美味かった、じゃないよ!」
カスミは即座にツッコミを入れる。
「スズ姉とツバサまで巻き添えにして!」
「いやぁ……あれは悪いことしたわぁ。」
反省しているようで、どこか反省していない笑顔だった。
その様子を見たワタルは、心の底から思う。
(この人……本当に反省してるんだろうか?)
しかし、それこそが前世から変わらない、中野ナツコという人物なのであった。
ワタルは半ば呆れながらスマートフォンを取り出し、「河豚中毒事故」の記事を検索した。
画面に表示された見出しを見た瞬間、思わず目を丸くする。
【女子プロレス界に衝撃】『ベアー中野』『ファルコン桐生』『ブロンコ白井』、河豚料理による中毒事故で死去
「……本当に記事になってる。」
ワタルはそのまま読み進める。
記事には、中野ナツコの自宅で三人が倒れているのを知人が発見し、病院へ搬送されたものの全員の死亡が確認されたこと、死因は河豚毒による中毒であることが記されていた。
さらに、河豚料理を調理したのは中野ナツコ本人。しかし、河豚調理師免許を所持していなかったことも判明し、大きな話題になった――。
「……すごい人生ですね。」
ワタルは乾いた笑みを浮かべる。
「それで、他のお二人は止めなかったんですか?」
「止めるどころかや。」
ナツコは胸を張って笑った。
「ツバサもワカナも『大丈夫、大丈夫!』って言うもんやから、ウチも『ほな大丈夫やな!』って思ってもうたんや!」
「その『大丈夫』には何の根拠もありませんよね!?」
「せやけど美味かったで?」
「そこじゃありません!」
カスミは思わず額を押さえた。
「本当に懲りてないね……。」
「そう言えばカスミ、お前は河豚の免許持っとったやろ?」
「持ってるけど、今日は河豚をさばきに来たんじゃない。」
カスミは咳払いを一つ。
「ナツ姉に頼みがあって来たんだ。」
「あっ。」
ナツコは手を叩いた。
「そうやった! 完全に忘れとった!」
「忘れないでよ……。」
「フユキから事情は聞いとる。事業を始めるから土地を借りたいんやろ?」
「そう。」
「よっしゃ。話は早い。」
ナツコは近くで控えていた秘書へ声を掛けた。
「リンちゃん、コーヒーのおかわりと、お菓子も追加お願い。」
「かしこまりました。」
リンは一礼すると、静かに部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
コーヒーが運ばれてくると、ナツコはカスミのステータスを見ながら感心したように口笛を吹く。
「しかし、お前も面白いスキル選んだなぁ。」
「何がだい?」
「固有スキル五つ持ちも珍しいけど、その中の『デパート召喚』や。」
「私らしいだろ?」
「せやな。主婦やっとったカスミらしい。」
ナツコは笑う。
「それを使って商売する気なんやろ?」
「そのつもりだよ。」
ワタルは興味津々で尋ねた。
「ナツコさんは驚かないんですか?」
「別に珍しい話やないで。」
ナツコは砂糖をたっぷり入れたカフェオレを一口飲む。
「『本屋召喚』とか『ファーストフード召喚』とか、果ては『大人のおもちゃ屋召喚』なんて固有スキル持ちもおる。」
「そんなのまで!?」
ワタルは思わず素っ頓狂な声を上げる。
一方その頃――
「このぉぉぉ!」
「離しなさいよ!」
ゴロゴロゴロッ!!
拳骨を食らったにもかかわらず、アスナとマスミはまたしても床を転げ回りながら取っ組み合いを始めていた。
ヘッドロック。
コブラツイスト。
インディアンデスロック。
カベルナリア。
どこで覚えたのか、妙に本格的な関節技の応酬である。
「プロレスか!」
ワタルのツッコミも虚しく、二人は止まらない。
「私は戦いたくないの!」
アスナはマスミをヘッドロックしたまま叫ぶ。
「異世界だからってチートで魔王討伐? そんな危ないこと誰がするのよ! 私はスマホを活用して、のんびりスローライフを送るの!」
「それ、ただのニート宣言じゃない!」
マスミがコブラツイストで反撃する。
「そんな生活してたら絶対後悔するわよ!」
「何よ!」
「私なんて前世では二十歳過ぎても彼氏ができなかったんだから!」
その瞬間だった。
アスナの動きが止まる。
「…………え?」
数秒後。
「ぶっ、あはははははっ!!」
腹を抱えて笑い始めた。
「二十歳過ぎても彼氏ゼロ!? しかも引きこもり!? アンタ、異世界転生ラノベのテンプレ主人公じゃない!」
「なっ!?」
マスミの額に青筋が浮かぶ。
「何が悪いのよ! オタクなら一度は異世界転生に憧れるでしょう!?」
「それに!」
マスミは人差し指を突き付ける。
「アンタだって今ニートじゃない!」
「うっ……。」
「しかも、その反応……前世も彼氏いなかったんじゃない?」
「ぐはぁっ!」
まるで会心の一撃を受けたかのようにアスナが崩れ落ちる。
「う、うるさい!」
アスナは半泣きで叫ぶ。
「私は普通に中学二年生だったのよ! 友達には彼氏がいたのに、私だけできなかったの!」
「原因は?」
「この幼児体型よ!」
部屋が静まり返る。
「転生する時だって、スタイル抜群のクールビューティーに設定したの!」
「へぇ。」
「なのに気が付いたら、前世と同じ幼児体型! しかも三千院ナギと神楽を足して二で割ったみたいな見た目になってるし!」
「……。」
「おかげで寄ってくるのはロリコン趣味のおっさんばっかりなのよぉぉぉ!」
しばし沈黙。
そしてマスミは肩を震わせた。
「……ぷっ。」
「笑うなぁぁぁぁ!!」
アスナの叫びが部屋中に響き渡るのだった。