異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜   作:トンコツマン

7 / 48
第6話 今日から私がアンタ達のお母さんだ! 中編

「それでロメロさん――あの子たち以外にも、まだ子供はいるのかい?」

 

静かに問うたカスミの声に、ロメロはわずかに視線を落とした。

 

「……ええ。もう一人、いるにはいるのですが……」

 

言葉は濁り、続きを拒むように喉の奥で消える。その曖昧な沈黙だけで、十分だった。

 

カスミはすぐに悟る。

 

――ただ事じゃない。

 

「その子に何かあったんだね? 教えてくれないかい」

 

「……はい。まずは、その子のいる部屋へ」

 

 

 

ロメロに案内され、重苦しい空気の漂う一室へ足を踏み入れた瞬間――カスミは息を呑んだ。

 

窓際。

 

差し込む光の中に、ひとりの少年が立っていた。

 

いや、“立っている”というより、そこに取り残された影のように、ただ空を見上げている。

 

生気のない瞳。呼びかけにも応じない、壊れたような沈黙。

 

「……あの子が?」

 

「……はい。ニコルといいます。三日前、この孤児院の前で倒れているのを見つけました」

 

その一言で、空気が凍りついた。

 

カスミの表情が、ゆっくりと険しくなる。

 

「医者に診せたところ……体中に無数の痣がありました。おそらく、長期間にわたる虐待だと」

 

「虐待……!? まさか――親から?」

 

ロメロは苦しげに頷いた。

 

「詳しいことは知人から聞いた話ですが……母親と、その交際相手の男から……」

 

「……やっぱり、そういうことか」

 

カスミは奥歯を噛みしめる。

 

「どこの世界にもいるんだね……自分の子供を傷つける、最低の親が」

 

 

 

胸の奥で、怒りがじわじわと燃え上がる。

 

抑えきれない感情を押し殺しながら、カスミは続けた。

 

「……ニコルは、これまでどうやって生きてきたんだい?」

 

「母親は出産後すぐに育児を放棄し、自分の母親――つまりニコルの祖母に押し付けたそうです。名前も、その祖母が……」

 

ロメロの拳が震える。

 

「九歳までは祖母に育てられていましたが……その方も一ヶ月前に病で亡くなりました」

 

「……」

 

「その後、母親に引き取られ……そこからが地獄だったそうです。毎日のように、暴力を……」

 

 

 

言葉が途切れる。

 

だが、語られずとも十分すぎるほど伝わってきた。

 

「耐えきれず、ニコルは逃げ出しました。街を彷徨い……この場所の前で、力尽きたように倒れていたんです」

 

ロメロは唇を噛む。

 

「……私たちが引き取りましたが……」

 

「まだ、何かあるのかい?」

 

「……心を閉ざしてしまったんです」

 

重く、沈む声。

 

「誰も寄せ付けない。近づこうとすれば……突然取り乱し、暴れ出す。他の子供たちも恐れて近づけません……」

 

「……」

 

「食事も……ほとんど口にしない。怯えきっていて……どうすればいいのか、もう……」

 

 

 

次の瞬間――

 

「アンタは……それでいいのかいッ!!」

 

カスミの怒声が、部屋を裂いた。

 

ロメロの胸倉を掴み、強く揺さぶる。

 

「このまま見てるだけで終わる気か!? あの子を見捨てるつもりかい!!」

 

「……分かっています! ですが私は……無力だ!」

 

絞り出すような叫び。

 

「やめてください! こんなところで……ニコル君がすぐそばに――」

 

制止の声に、カスミははっと我に返る。

 

「……悪かった」

 

 

 

沈黙。

 

ほんの数秒――されど重い時間。

 

やがてカスミは、自分の頬を思いきり叩いた。

 

乾いた音が、空気を切り裂く。

 

「……よし」

 

その目に、迷いはなかった。

 

 

 

ゆっくりと――だが確かな足取りで、ニコルへと歩み寄る。

 

「カスミさん!? 今のニコル君に近づくのは危険です!」

 

「そうです! あなたに何が――」

 

「黙って見てな」

 

低く、鋭い声。

 

振り返ったカスミの瞳は、鋼のように冷たく燃えていた。

 

「誰も動かないなら――私がやる。あの子を救うのは、今ここにいる誰かだ」

 

 

 

ニコルの前に立つ。

 

そっと、優しく声を落とした。

 

「……ニコル、だね? 私はカスミ。安心しな、何もしないよ」

 

 

 

――その瞬間。

 

「うああああああああああああああああッ!!」

 

絶叫。

 

ニコルの顔が歪む。恐怖と狂気が入り混じった、鬼の形相。

 

体は小刻みに震え、呼吸は荒く乱れている。

 

「来るなァ!! 来るなァァァ!!」

 

 

 

その姿を見たカスミの瞳に――涙が滲んだ。

 

「……そんな顔になるほど、怖かったんだね」

 

一筋の涙が、頬を伝う。

 

「……あの母親は、何をしてきたんだ……自分の子供に……!」

 

怒りと悲しみが、胸の奥でせめぎ合う。

 

 

 

「はぁ……はぁ……くるな……ぼくに……ちかづくな……!」

 

 

 

カスミは涙を拭い、静かに息を整えた。

 

そして――ゆっくりと、手を差し伸べる。

 

 

 

次の瞬間。

 

「うああああああああああああああああッ!!」

 

ニコルは叫びながら、近くにあった本を掴み――

 

全力で、カスミへと投げつけた。

 

 

 

――それでも、カスミは動かなかった。

 

 

 

NEXT

「今日から私がアンタ達のお母さんだ! 後編」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。