勇者のことが気になって仕方ないTS魔女さん 作:Mckee ItoIto
Q. やっぱりなんか不穏な気配しない?
A. みんな幸せになってほしいなとは思ってます。
・・・
<帝国農業ギルド新人のアグリちゃん>
「お呼ばれしたから魔術院に行ってきたのだ」
「……どうだった?」
「特に何も無かったけど……でもなんだか前よりスッキリした気がするのだ」
「そうか……それは良かった。では約束した通り、次の休みは帝都を案内するよ」
「……言っておくけどギルマスさんでもお触りはえぬじーなのだ。忘れないで欲しいのだ」
「はは、わかってるよ。楽しみだな」
「楽しみ……? 楽しみ……。うん……楽しみなのだ!」
「いや、微笑ましくはあるんですが……私はいったい何を見せられてるんでしょうね……」
「ん、なにか言ったか?」
「いえ……何も。ほら、アグリさん行きますよ」
「わかったのだ、秘書さん! また来るのだ、ギルマスさん!」
・・・
さて、教国を通り抜ける予定だった俺たちなんだが……聖女見習いであるアリアは教国教会に用事があるとのことで、入国手続き後に俺たちから一旦離れている。
アリアは法国教会の人間だけど、同じ女神を信仰している国で、その女神から祝福を受けている聖女……その見習いだもんな。
見習いとはいえ聖人の一人だ。教国でも特別扱いには変わりない。
色々な特別待遇がある反面、こうした義務的な付き合いもしなければならないのだろう。立場的に偉いってのもいいことばかりじゃないってことか。
で、それを待っている間の俺たちは暇してるので、適当に買い物したりギルドの短期依頼を受けながら時間を潰しているといったところだ。
今回受けた依頼はごくごく普通のゴブリン退治。というより殲滅。
単体なら初心者でも討伐できる相手だが少し数が多いらしい。まぁ俺たちなら問題はないだろう。
エステルに関しては俺たちからの依頼範囲を外れるので街で休んでていい、と伝えたのだがせっかくなので冒険者っぽいこともしたいとついてきてくれている。
そして、その下見の途中ちょっと休憩がてら……色々試しているところなのだが。
「そう、ここでこう、魔力を込めることで術式が追記されます」
「む……むむ……、どうだ?」
「うーん……まぁ初心者にしては上出来じゃないでしょうか。それで術式を宣言してみてください」
「『点火』」
指先から火花が散って、火が……ついたと思ったらすぐ消える。
……失敗か?
「いや、悪くないですよ。発現したってことは、術式は一応形になってるってことです」
「そうなのか?」
「初めの一歩にして大きな壁ですからね。いきなりやってこれなら中々見込みあるんじゃないかと。今はまだ無駄が多いので変換効率が悪くてすぐ消えちゃうってだけですよ。あとは術式の精度と魔力運用の練度を上げていけば、こんな風に……『点火』」
俺がつけた火とは比べものにならないような熱量の炎がエステルの指先で燃え、光を放った。
これにどれほど高度な技術が詰まっているのだろうか。自分でも少しやってみて何となくわかるようになったが……やはり凄い。
それと同時に、当たり前のように見てたかつてのあいつの魔術のとんでもない凄まじさも改めてわかって、なんていうか……あいつへの理解がまた少し深まった気がしないでもない。
「とまぁこんな感じですかね。これに状態安定化を加えて球状にしたのが、『火球』の術式になります」
「ふーむ、なるほどな」
「炎熱系は術式構造がシンプルで使い勝手も良く、改造もしやすいのでおすすめですよ。まずはここから術式を作る感覚を掴んでいくといいかもです」
指を振り、炎を消す。始めから何もなかったかのように。
そう、俺は今エステルに魔術を習っている。
流石にあいつほどではないが、あいつ以外では間違いなくトップクラスの魔術師。
それこそ今まで出会った冒険者の魔術師なんかとは……はっきり言って比べものにもならない。
もしかしたらエステルの師匠の魔神は想像している以上に、凄いやつなのかもしれないな。
で、そんな超一流の魔術師がしばらく一緒にいるのだから、ダメ元で教えを乞うてみたわけだ。
魔術を覚えようと思ったのは今回が初めてではないが、これまでその成果は全く身に付いてない。
だからてっきり俺には才能がないのかと思い始めていたので、褒められると少し嬉しく思う。
というかそもそも他の魔術師たちって……なんか取っ付きにくいやつばっかだったんだよな……。
教えてくれなくもないんだが、聞いたら聞いたでやたら回りくどい上に専門用語だらけで全然頭に入る気がしなかった。
その点、エステルは話しやすいし口調も優しい。専門用語も、説明を求めればわかりやすく教えてくれる。
本当に有難い。とても良い先生だ。もし、このまま上手く魔術を身に付けられたら、俺の師匠ってことになるな。
一応、依頼外だからってことで別の報酬をつけようと思ったんだがそれは断られてしまった。
こうして人に教えるのも、見習いの自分の修行なのだと。いや、これで見習いとはいったい……?
まぁでも他にも色々助かってるし、最終報酬に謝礼として色をつけておいてもいいかもしれない。
「あー……というか、幼馴染さんから教わったりはしなかったんですか?」
「うーん……教わりたいとは思ってたんだがな……」
俺たちがいた王国は、魔術を忌避する、時代錯誤な排魔主義の国。
外からの人間も多い王都はそこまででもないが、少しでも田舎になると一気に酷くなる。
村で再会してから王都までの道中、あいつになるべく派手な魔術は使わせないようにしなければならなかったぐらいだ。
歴史的に何度も魔族から痛い目に合わされている国だからわからんでもないんだが……やっぱり過剰だと思うし、それで全く関係ないあいつが苦しむのも、間違ってる。
そして、そんな国の一番酷いような場所で虐げられてたあいつの苦しみは、想像もつかないし、安易に想像すべきじゃない。
……ああ、そうだ。そうだった。
白状すると俺は、あいつを連れて王都についた時点で一安心、してしまってたんだ。
もう大丈夫、ここまで来ればって。
そこまででもない、だって?
どの立場でそんなことを考えてたんだ。馬鹿か俺は。
あいつにとって、安心できる場所なんかじゃ、断じてなかった。
きっとあいつは……王国のことを心から嫌っているだろう。好きでいられるはずがない。
そして、そこに住む人間たちのことも。優しいあいつは何も言わなかったが……。
そこには、もしかしたら……俺も含まれていた、のかも、しれない。
でも、それでも……俺はあいつに会って、謝って、できるならあいつの隣に立ちたい。
自分勝手な思いかもしれないが、一番近くで、あいつを守りたい。あいつに、幸せになってほしい。
あいつが救われない世界に何の意味があるっていうんだ。
そのために世界を救う必要があるなら、何が何でも俺は勇者にならなければならないだろう。
俺はまだまだ聖剣にふさわしくないかもしれないけど……そのためにもっと強くなりたい。
それに、もしも……例え許されなかったとしても……あいつが笑顔になれる世界にする。
どんなことがあって、それだけは、果たさなければ。
……あいつは今……何をやってるんだろうな。
「……。王国……ですか。酷い噂しか聞きませんが、実際どうなんですかね」
「……いや、別に悪いところばかりではないぞ」
「それってほぼ全部悪いって言ってるも同然なんですが……」
そうとも言えるかもしれんが……いや、試しに良いところをあげていってみよう。
「まず自然が豊かだな。食事も素朴ながらうまい。水が綺麗だから、酒もうまい」
「へー。実は私、お酒は結構呑めますよ。いいですね」
「……」
「……あれ?」
「……」
「終わり、ですか……?」
いやいやちょっとまて、もうちょいあるはずだ……いいところ……いいところ……。
あれ……やっぱり……他にないのかもしれん……。
「ただいまー。まぁお酒とご飯がおいしいなら一度くらいは覗いてみたいけどねー」
「あ、おかえりなさい」
「おかえり、ベル。いや、前も言ったけどエルフ差別もあるから正直おすすめできないがな……」
「えー、でも耳隠せば意外と行けるんじゃない? それに私可愛いし? おまけされちゃうかも?」
先ほどまで偵察を買って出てくれていたベルが戻ってきた。
のはいいんだが、なんかわけわからないことをのたまいつつ急に謎にポーズを取り始めた褐色エルフ。
なんか、きゃるんっ、て感じの幻聴が聞こえてきたんだが……。俺、疲れてるのかな……?
「なぁ、こいつのこれ、どう思う?」
「まぁ……ポジティブでいいんじゃないでしょうか……?」
「ドン引きされて私しょんぼりだよ。……とりあえず見てきたけどそれなりの規模って感じかな」
これから向かうのは、ゴブリンが棲みついている洞窟。
ゴブリンは弱いが、繁殖力が強いので大きな巣ができるとそれなりの脅威になる。
それにこいつらの元々の知能は低いが、数が増えると稀に魔法を使うような上級個体も現れるのでこうした駆除は割りかし大事だ。
「出入り口は二箇所。確認できた範囲だと20体……まぁ40か50くらいを想定した方がよさそう」
「最悪の想定だとどれくらいの数になりますか?」
「うーん、まぁ最悪でも100はいかないと思う。80前後?」
「なるほど。中にいるのはゴブリンだけですかね?」
「多分ね。この種のゴブリンは同種としか繁殖しないから。人間の子供を玩具に持ち帰ることはあるけど、そういう被害は一切報告されてないみたいだったし」
「ふむふむ……アルさん、今回は私に任せてもらってもいいですか?」
「……いいが、どうするつもりだ?」
「まぁまぁ。じゃあとりあえず向かいましょうか」
エステルからちょっと不穏な気配を感じたので聞いてみたが、意味深な表情で先を促してくる。
ちょっと気になったが足早に目的地へと向かい、そして見えてきたのは……自然にできたように見える洞窟。
特に見張りもなく、篝火の跡などもない。
まぁ、低級ゴブリンにはありがちな、ただ棲んでるだけって雰囲気の洞窟だ。
懐かしい感じだな。かつての村ではこういう洞窟に近づくなとよく言われてた。
こういう洞窟には小鬼が棲んでて、近づく子供を攫うのだと。
だから決して子供だけで覗きに行ってはならないと。
幼い頃のあいつが洞窟に向かったと聞いて、あいつの母親が取り乱していたのを思い出す。
結局何事もなく帰ってきたんだが……あの時あいつが言ってた"一仕事"っていうのは、多分そういうことなんだろう。
母親にこっぴどく叱られながらも満足げに目を細めていたあいつ。
それは村中から迫害される、ずっと前の話。
果たして……いつから、あの村はあいつに守られていたのだろうか。
そして……いつ、あの村はあいつに見限られたのだろうか。
俺がいなかった時期のことは何もわからない。
あいつも、村が滅ぶ前のことは何も話そうとしなかった。
想像すべきではない。でも思わず、想像してしまう。
そしてその想像は……いつだって最悪なものを浮かばせてくる。
やはり考えるべきではないんだ。俺の安易な想像にはなんの意味もないのだから。
それにあいつは、過去は変えられないんだと何度も言ってた。
だから大事なのは未来をどうしたいか。
クーという女の子に、未来でどうなって欲しいのか。
……ああ。あいついま、何をしているんだろうな。
「あの、アルさん……?」
「いつものだからほっときなー。で、もう一個の出入り口はもうちょい向こうだね」
「……ふーん。まぁいいです。とりあえず遅延発動の術式を仕込んで、あっちに向かいましょう」
小高い丘をぐるっと回って、ゴブリンの洞窟の第二出入り口に辿り着く。
さっきの出入り口より大きいのでゴブリン的にはこっちが第一なのかもしれないが。
「とりあえずは内部構造ですね。『空間探査』」
「お、その魔術ってどんな効果?」
「発動した場所から放射状に特殊な魔力を放って、空間の大きさを測る術式ですね。距離の制約はありますが複雑な地形もわかります」
「へぇ、でも魔力って、何も感じなかったよ?」
「特殊な魔力ですからよっぽど感度を高めないと感じ取るのは難しいと思いますよ」
指先をくるくる回しながら説明してくれる。
なんでもないように言っているが、これも俺なんかでは及びもつかない高度な魔術なのだろう。
……頑張ればいつか俺も使えるようになったり、するのだろうか。
「……うん、好都合ですね。そこまで大きくなく、地下に潜るタイプの洞窟のようです。人間らしき存在も……いない」
それにしても、なんか……妙に笑顔なんだが何をする気なんだ……?
「よし、『遅延発動:障壁生成』『永久燃焼』……っと。仕上げに、『障壁生成』」
遠く、さっき見に行った入り口の方角で大きな音がしたと思ったら、エステルが眩く輝く火の玉を洞窟に放り込み、そしてこちらの洞窟を障壁で閉じてしまう。
っていったい何を……?
「さて。お昼ご飯でも食べてしばらく待ちましょうか」
「おいおいおい、説明をくれよ」
「あー、その前に質問ですが、アルさんたちって洞窟で火を焚くなって言われたことあります?」
質問に質問を返されたが、どうだったっけか……?
……って、ん?
ああ、なるほど。そういうことか。
「……あるな。結構昔になるが」
「冒険者ギルドの初心者教練で教えてくれるよね」
どこの国でも冒険始めたての初心者には、冒険者ギルドが必ず座学で色々教えてくれる。
まぁこれをしっかり聞いてるやつは……半々くらいだろうが。
俺はちゃんと聞いてたぞ? 寝てないぞ、うん。
「つまり、そういうことですよ」
「風のない洞窟で火を焚くと息ができなくなる、だったか。エステルって何気にえげつないな……」
「ふふ、ししょーが言ってたことの受け売りですけどね。機会があったら試してみたいなーと思ってまして」
ニッコニコの笑顔だが、その笑顔がちょっと怖い。
この子は絶対に怒らさない方がいいなと思った俺である。
いやしかし……なんだかゴブリンたちが可哀想に思えてくるな……。
どうせ駆除するのだから同情しても仕方ないのだが……うーん……?
「普通の火球でも良かったんですけど、まぁ念には念を。あの術式は風の元素をことごとく食い尽くして燃え続けるので生き残りは出ないと思います」
「なるほどな。でもゴブリン相手なら普通に正面突破でも良かったと思うんだが?」
「ああいやいや、ダメですよ油断しちゃ。今はアリアさんもいませんし、私も回復術式は使えますがあまり得意じゃないので、怪我をする可能性はできる限り減らすべきです」
「うん、私もエステルちゃんに賛成だね。人攫いがあって救出が必要なら話は別だけど、いないわけだし?」
「……まぁそれに、ししょーよりは多分マシな方法かと。この状況、恐らくあの人なら躊躇せず毒を流し込むと思うので」
「魔神さまこわっ……」
「ですよね。事後処理の難しさを考えると手間が恐ろしくて私はやれません……」
「いやそれ、エステルちゃんも充分怖いよ……」
まあ、危険もなく最大の結果を得られると考えれば、最良の選択肢か。
あいつもこういう手法は好きそうだけど、あの時の洞窟掃除はどうやったんだろうな。
で、1時間ほど。
特に物音もしない閉ざされた洞窟を前に、俺たちは優雅に昼食を取ってから……エステルが壁を消す。
そして中から、むわっと熱気が……ってこれじゃ中の奴らは蒸し焼きか?
「あー、いや、なんか……火力強すぎましたね……素材なんかは諦めた方が良さそうです。すみません」
「まぁゴブリンの素材は大した金にもならないし、いいだろ」
「討伐記録はどうするの?」
「今回は殲滅だからどうせギルドが調査に来るし、死体ごと見て貰えば問題ないんじゃないか」
「うーん、それもそだね」
「『大気循環』『冷却風』『光球』……ギルド員の確認までに腐ったら困ると思うので、道中の死体は凍らせておきますか?」
「そうだな。頼む」
「了解しました、では確認のため中へ入りましょうか」
ちょっぴり気落ちした様子のエステルにいざなわれて洞窟へと踏み込む。
通路はそこそこ広い。恐らくゴブリンが棲みついた過程で広げたりしたのだろう。
エステルの魔術のおかげで中の温度はそこまで高くなく、快適といってもいい。
魔術による光の球によりほどよく明るく、足元も安全だ。
しかしまぁ、こう当たり前のように色々な魔術を使っているが……やっぱり凄いよな。というか、とにかく手札の数が多い。
普通の魔術師って自信のある魔術を、多くてもせいぜい両手で数えられるくらいしか使わないんだが……。
一緒に旅を始めてから、この僅かな時間だけで次から次に新しい魔術を見せてくれている。まるで底が見えない。
だからか……なんだかエステルを見てるとよく、あいつを思い出す。
見た目は全然違うが、魔術もそうだしなんていうか……考え方も似ているというか。
こうなってきたらこの子の師匠が実際にどんな奴なのか、俄然興味が湧いてくる。
至高の魔術師。最強の魔神。いつか本当に会ってみたいものだ。
「……あれ?」
道中のゴブリンの死体を凍結魔術で氷漬けにしながら進む俺たちだったが、先頭のエステルがふと声を上げる。
「どうかしたか?」
「いえ……気のせいだといいんですが。『構造解析』」
エステルの視線の先にあったのは、砕けた骨。
ボロボロで原型を留めていない、積み重なった残骸。
いや、ゴブリンの食べカスか何かじゃないのか?
そんなものに魔術をかけて、いったい何が……?
「ああ、やっぱり。これ……
「……なに?」
「えっと、ゴブリンって……人間、食べましたっけ?」
「食べるよ。でも食料として食べることは少ない。どっちかというと遊びの延長で、反応を楽しむ為に食べる」
エステルの疑問にベルが答えるが……いや、そもそもちょっと待て。
……そういう被害は、一切なかったって話だったよな?
「確かなのか?」
「はい。私、解析による鑑定には自信あるので。間違いないです。この骨の残骸は未成熟な……複数の幼い子供たち」
「複数……いやうーん……色々考えられそうだけど。アル、どうするの?」
「どうするって?」
「……これ、
「もちろん
おそらくだが、これはゴブリンの被害者じゃない。
いや、直接的にはゴブリンが手を下したのかもしれないが……攫ってはいない。
小鬼の子供攫いは昔ほどじゃないが今もあると聞く。
であれば、ゴブリンの群れが出たという噂の中で子供がいなくなったら親は、必ずギルドに相談するだろう。
それが無いってことは親が死ぬほど鈍感なのか悠長なのか、もしくは親がいない、孤児。
単なる孤児の迷い子なら別にいい。いや、絶対に良くはないが、別の問題は起こらない。
だが……それにしても複数人、あり得るだろうか。
教国で孤児がどのような扱いをされているかはわからない。
王国のように貧民街があるかどうかもわからない。
しかしどちらにしても……子供が何人も、勝手に街外れの洞窟へ迷い込むのは考えにくい。
では、そうじゃなかったとしたら、考えられるのは。
「いいよ、私はついてく。まぁアルならやっぱそうだよねぇ。被害者がいるわけだし。よっ! 勇者さま!」
「変な囃し方やめろ。とりあえず……ギルドには改めて確認だな」
「あの、危険かもしれませんよ。この骨、魔力線が走ってて触媒にされた形跡があります」
「じゃあなおさらだな。つまり
「それに、そもそも私が問題提起しといてなんですが、アルさんたちには関係ない話です。無視しても誰にも咎められないかと」
「いや、無視はできそうにない。勇者とか関係なしに、俺は……こういうのを見て見ぬふりするような俺にはなりたくない」
……というより、あいつに幻滅されそうな俺には絶対になりたくないっていうのが本音か。
こういうとダサいから黙っておくが。ちょっと我ながらかっこ悪いな……。
まぁそれに、気づいてしまったからには無視しても目覚めが悪い。
俺たちの力で解決できるなら解決しておきたい。
「……、……わかりました。ええ、そうですよね。私もそうです。やりましょう」
複雑そうだ。なにか、引っかかったことがあるのだろうか。
「正直、私たちの手に負える感じならいいけどね……まぁ最悪、面倒なことになったらアリアパワーにお願いするしかないか」
「いや形式的にアリアパーティではあるんだが、にしても俺らアリアの立場的な力に頼りすぎてるよな……」
「使えるもんは使えって言って本人が一番使ってるんだからいいんじゃない? ひとまずここの確認が終わったらアリアにも話さないとね」
「そうだな」
「……」
「別に、気にしなくていいぞ」
エステルが難しい顔で黙ってたので声をかける。
やっぱこういうとこ、ちょっとあいつっぽいよな。なんか放っておけない。
「違う意見もあってこその話し合いだ。仲間ってのはそういうもんだろ?」
「……いやいや、やめてくださいよ。気になんかしてませんって」
「おう。ならいいんだ。変なこと聞いて悪かった」
「……」
違ったか……別の悩みだったのだろうか。やっぱ俺の勘はあんまり役に立たないな……。
「……。なんだよベル」
「いやぁ、別にぃ? ほらほら、次に行くよー!」
妙な視線を感じたので振り向くと、そこにはニヤけ面の褐色エルフが。
なんか絶妙にムカつく顔なんだがこいつ……いつか本当にその頭、軽くはたいてやろうか……。
……というかだが、それより。
パーティに馴染んでるから違和感なかったがエステルって今はこれ、依頼関係なくついてきてくれてるんだよな。
「あー、エステル、えっとだな……」
「なんですか」
「まだ少し、力を借りてもいいか……?」
「……いや私が任せてくださいって言ったんですから気にせず頼ればいいじゃないですか。私なんかに余計な気遣いしてないでさっさと行きますよ」
うーん……やっぱ怒らせたっぽいか……?
当然のように巻き込んで、流石に図々しかったよな……。
手伝ってくれてるのは本当に有難いんだが、甘えすぎてたかもしれん……。
うん、そうだな。
やっぱエステルへの報酬はもっと増やすべきだ。
あとでベルとアリアに相談しよう。
「……。別に最初から気になんかしてません、けど。……ありがとうございます」
「? ……すまん、聞こえなかった。どうした?」
「なんでもないです。早くこれ終わらせて街に戻りましょうって言ったんです」
「……? そうだな」
・・・
そうして、そこまで広くはないゴブリンの洞窟を隅々まで確認し、ギルドに報告をしてから宿に戻った俺たち。
ギルドには、これまでにわかった情報を簡易的に報告している。
この情報でギルドがどうするかはわからないが、俺たちは俺たちでどう動くべきか。
普通に考えればギルドが依頼を出すのを待ってそれを受ければいいんだが……。
「というわけなんだよね」
「なるほど……」
半日ぶりくらいに見たアリアの顔は、なんか非常に疲れていた。
教会の用事で何かあったのだろうか……?
「疲れてるのに、悪いな……」
「ああ、いえ……しばらくぶりに他の聖女……見習いと会ったので少し気疲れが……申し訳ございません」
「あれ、仲悪いんだっけ?」
「悪いわけではないですよ。同じ使命を持ち、助け合う仲間なので」
うーん、なんだっけか?
たまにアリアの話に出てきたよな。他の聖女見習い。
テッラ、アックァ、フィアンマだっけか。他にもいたかはわからんが。
たしかその中だと……テッラが少し苦手ってさりげなくこぼしてた気がする。会ったのはその子だろうか。
「まあ、それは良いのです。しかし子供の行方不明……もしかしたら私どもの事案と関係あるのかもしれませんね」
「事案?」
「そう、その対応のために教会が裏で今動いているのですが……」
アリアが立ち上がって窓から外を見る。
難しい顔で眉間に皺を寄せたその顔も、絵になるくらい美人なのだが……。
これは、殺気……?
……アリアから?
「教国、この街のどこかに……魔族が潜伏している可能性があります」
──聖剣が光った。
っていや、これは多分、今日まったく出番がなかったから魔族と聞いて反応したってだけだな。
特に意味のある意思も伝わってこないし。うんそうだな、出番が来たら活躍してもらうからな。
だからもうちょっと大人しくしててくれな。そう、そう、ちゃんと使ってやるから。
よし。いい子だ。
「魔族……人間と全く同じ見た目でドラゴン並の魔力強度を持つ魔物。魔術院の特別対策対象で、魔術の起源ともいえる魔法を持ち、魔術師の真の敵ともいえる、厄災」
「人の言葉を話し、魔術みたいなものを使う、外見が人間と区別つかない魔物……教会の対応はどうなんだっけ?」
「審問無用の討伐対象ですが、少なくとも今の教会の技術では審問で自白させるしか、方法がありません」
「確実な看破方法は殺すことしかない。死体が魔力に還れば魔族で、残れば人間。いやはやほんと最悪な存在だよね……。魔術師狩りが起こった歴史も、まぁわからなくもないけどさ……」
人間に本気でなりきる魔族を判別することは、まず不可能だと、冒険者ギルドの中ではそう言われている。
死体は魔力に還るが、生きてる間は形を留められるからだ。魔力操作に長けている魔族はそれができてしまう。
肉体の一部を切り落としたりしたとしても、それを魔力に還すかそのままにするか、それは生きてる魔族次第。
つまり、例えば指を切り落としたとして、魔族はその指を、切り落とされた人間の指と同じように装おうと思えば装える。
また、生命力も高いので人間の致命傷も魔族にとっては致命傷じゃない。
なので人間として殺されて、死体のフリをすることでそのまま生き残った、みたいな話もあるらしい。
唯一の例外は頭がなくなったとき。魔族はそれで死ぬそうだ。
だから、王国の処刑は首を落とし、頭を潰す。残酷だと言われても、それが一番確実だから。
……教会の審問は恐らく、最終的に人間のフリをやめさせて、魔族だという証明をさせるってことだろう。
つまり、切り離した肉体を魔力に還させる。魔物特有のそれができれば、魔族なのは間違いない。
だけどそれって……人間はどうやって人間だと証明すればいいんだろうな……。
「……そもそも、なんで魔族がいるって話になったんだ?」
「魔物を察知できる"奇跡"を扱う聖女見習いが、今この街の教会に。ですが大雑把な精度らしく、そもそも私には使えないので情報としてはなんとも……」
「魔物の反応はあるけどどこにもいない。それも街の中にあるのに騒ぎもない。それは人間そっくりの魔族が人間のフリをして潜伏してるから、ってことね。でも街のどこかだっけ? 町全体だとちょっと範囲が広すぎるよねぇ……それに見てもわかんないのにどうやって見つけるんのよっていう話」
「そうなんですよね……それで少し困っておりまして……」
「判別、できますよ」
「え……?」
「私なら出来ます。やり方を、教わってますから」
「どう、やって……?」
「単純です。簡単ではありませんが。構造解析で中身を見ながら、僅かな反応閾値に極小魔力の術式で干渉して、魔力還元が起これば魔族。起こらなければ人間です」
「そんな……ことが……?」
「……聞くだけだとなんか簡単そうに聞こえるな」
既に方法が確立されてたんだな。でもアリアは知らない様子。
エステルが知ってるってことは、一流の魔術師ならできるってことだろうか。
だったらもっと広まっていてもいいと思うんだが……。
「あまりにも緻密すぎて、本人も気付かないほどの非常に小さな魔力でなければなりません。知る限り、高度な構造解析をしつつこれを精確にできるのは……私を含めて三人しか」
エステルとその師匠……もう一人は誰だろうな。
その中に含まれてないだろうが、おそらくあいつ……クーもできるだろう。いや、しかし……。
「といってもまぁ、こんなのなんの証明にもならないんですけどね」
「……どういうことだ?」
「私にしか、わからないので。
「……ああ、そういうこと、なんですね」
「アリア?」
興奮が冷めて何かを悟ったかのようなアリアと、表情を消したエステル。
いったいどういう……?
「ええ、そういうことです。例えば私が、そう、例えばなんですけど……」
──
それ、は。
聖剣が震えた、気がした。
あ、いや、違う。震えてるのは……俺の手じゃないか。
「……、あくまで、例え話ですよ。私たち師弟はお互いに確認し合ってるので、どちらも人間です。まぁ私たちの中だけでの確認ですが……あの人がどんな思いで私の術式を受けたのかを考えると……正直もう二度とやりたいとは思えません」
ああ、そうか……そういうことだったのか……。
何か光明が見えた気がしたのに、それはか細く、消えてしまった。
だけどそのおかげでようやく、わかった。わかってしまった。
あいつは自力じゃ……自分が魔物じゃないと……絶対に証明できなかったのか……。
周囲に魔物と疑われる状況の中、俺だけが信用してたところで、なんの証明もできないあいつの不安はきっと晴れなかったんだ。
あいつが人間として生きたかったなら、必要だったのはそもそも疑われない状況か、疑われても人間だという主張を貫き通せる状況。そういうこと、なんだろう。
それは王国にいる時の、ちっぽけな冒険者でしかなかった俺と一緒にいては、決して叶わなかった。信じるだけじゃ何も変えられなかった。
俺に、変えられるものと、変えられないもの。
状況を変えるための力。言い換えれば、世界を変えるための力。
排魔主義による差別の根幹は、魔族の存在。人の中に混じる悪意の怪物。
それ故に、魔術師か魔族かを疑わなければならない世界。
魔族を動かしているのは……魔王と、一部の上位魔族。
そうか……これが……俺の勇者としての使命……だったのか……。
言葉としてはわかってたつもりだったが、いまやっと、本当の意味で理解できた気がする。
それだけじゃ足りないかもしれないが……魔王を倒し、世界を魔族の影響から救う。
やっぱり、あいつを本当に救うためには、勇者にならなきゃいけないってことなんだ。
「つまりは、私たちがエステルさんの力を借りて魔族を探したければ、その判断を一切の疑義もなく信じ切らなければならない、ということですか」
「はい。でもそれって一歩間違えたら危険ですよね。私の判断でその人を魔族認定、人間認定する。そこになんの間違いも恣意も落ち度も思惑もないと、なぜ信じ切れるんでしょうか」
「信じる」
「え……?」
「……アル様?」
「俺は、エステルが自信をもって判断したことなら、まるごと全部、信じるよ」
今の俺は、まだ偽物の勇者。弱すぎる見習いの、紛い物。
だけど、信じるべき大事なものを信じることはできる。ずっとやってきたからな。簡単だ。
「……この言葉は、魔族の言葉、かもしれませんよ?」
「関係ないさ。俺が信じてるのは、エステルの言葉だから」
「私、の……」
そうだよ。あいつのことだってそうだっただろ。
俺は正直、あいつが、どっちだろうがどうでもよかったんだ。
俺はあいつがあいつだから信じてる。
だからあいつが……クーが信じたい方を信じる。それだけだ。
仮にもし魔族だったとしても、きっと何も変わらない。
せいぜい俺が、人類の勇者失格になるくらいだろう。
でも、それだって一緒の話だ。
俺が目指す先は、いつだって、あいつのための勇者なのだから。
だから……こんな俺ですまない、聖剣。お前の主としても失格かもしれな……、……そっか、ありがとうな。
……、うん……まぁそれに……あれだ。
「あと、エステルは俺の師匠だからな。……師匠の言葉を信じない弟子なんかいないだろ?」
この言葉に、虚をつかれたような、きょとんとした顔をする。
さっきまでの少し虚ろで、何か諦める準備をしてたかのような表情はどこかへ行ってしまった。
そして、フッと鼻で笑われ……え?
まて、いま俺、笑われたのか?
真面目に話してたつもりなんだが、ここ笑うとこだったのか……?
「……、……ふっ、くく……ふふふ、そうですね、そりゃそうです、言われてみれば……私は
「……えっ、なになにどゆこと? いつの間にそんな関係に?」
「……アル様は、……いえ、私も、猛省せねばなりませんね……」
「あ、あー……そうだな、えっと、よろしく頼む……?」
「ええ、ええっ! お任せください私の弟子!
「お、おう」
え……なっ、えっ……?
いったい何が……エステル壊れた……?
ちょっと怖いんだが、大丈夫か……?
「あの、ところで今更なのですが……エステルさんを依頼と関係ないことに巻き込んでても宜しいので……?」
「ふふっ、私は構いませんよ。私がやりたいんです。今この人は私に、本当の勇者様なんだと、心から力になってあげたいと、そう確信させてくれたんです。ほんとに、すごい。感動的です」
「お、おう……」
「あぁもうほんとずっと悩んでた私が馬鹿みたいじゃないですか。すごいなぁ駄目だなぁこんなの嫉妬しちゃいますよほんと、憧れちゃいます……アルさんって……、……って待て待て無しです無し今のはマズいヤバい落ち着け私、おちつけー……」
「お、おう……?」
「えっと、勢いが凄くて割り込めなかったんだけど……とりあえずどうするのさ? もう夜になるけど、動く?」
褒められてるのか何なのかわけがわからなくて、思わず謎の鳴き声の謎の生物になってしまっていた。
気付いたら、いつの間にか外は真っ暗だ。
なんか今日は色んなことがありすぎてあっという間だったように感じるな。
まぁ正直俺は今日、何もしてないんだが……謎の疲労感がある……。
「……どうする、アリア」
「そうですね……魔族相手に夜動くのは……得策ではないかと」
「ふぅ……あっつ……えっと、私もそう思います。夜明けを待つべきでしょうね」
「じゃあ……今日は解散だな。時間を掛けるべきじゃないだろうが、急いては何とやらだ」
「りょーかい、じゃあ私はご飯かな。誰か一緒に行く?」
「私は一旦教会に向かいます。少し……帰りは遅くなるかもしれません」
「おい、いや……大丈夫か? 付き添うぞ?」
「大丈夫ですよ、お気持ちだけで。ありがとうございます」
「私はちょっと部屋で頭とか冷やそうかと……お見苦しいところをお見せしてすみません……」
「……」
「……な、なんですかアルさん」
「ああいや、今言うのもなんかアレだが……別に敬語じゃなくてもいいんだぞ。あと呼び捨てでも」
「……」
「……?」
「それは駄目です。一線は守りましょうお互いのために。……私はまだ死にたくないので」
???
……どういうことか全くわからんかったが、アリアとエステルはそれぞれ出て行ってしまった。
そして取り残される俺と、はらぺこ褐色エルフの二人。
俺働いてないからそんなに腹減ってないんだよなぁ……。
「……俺も寝るか」
「えー、一人ご飯はちょっと寂しいし付き合ってよ」
「あー……まぁ……軽いやつをつまむくらいはしとくか……」
「やったね。よし、じゃあ宿の向かいの酒場に……」
「夜明けに動くっつってんだろバカか」
「冗談だってお堅いんだからぁ。宿の食堂に行こっか」
「こいつ……」
・・・
<魔女さんの憂鬱>
「ああ、なんかドッと疲れた……あの子のアプデ、結局大掛かりになっちゃったな……出来は満足だけど」
「ソルも行っちゃったし。またしばらく一人かぁ……」
「……あれは、あいつを見つけたらお役御免。縛りもつけてないし、私から完全に自由になる」
「私のところに帰ってくる義務も、義理も、ない。それにあいつを見つけても……あいつが私のそばに来てくれるってわけじゃない」
「弟子もしばらくしたら帰ってくる、けど。あの子は優秀だから。いつか、遠くないうちに私の手を離れる」
「……」
「仕事しよ」
「とっておきのお菓子も開けちゃうもんね。恥を忍んでお菓子納品依頼出しといてよかったなっ」
・・・
聖剣ちゃん「主の剣だから、認めないなんてこと、ないよ。……それより出番?そろそろ出番?」
(勇者くんたちの絡みの一部始終を、魔女さんにビデオレターで送りたい。そんな衝動と戦ってる今日この頃)
(あらすじの追記をしましたが、一言で説明するとあまりにも字面がひどい)