勇者のことが気になって仕方ないTS魔女さん 作:Mckee ItoIto
引きこもり魔女さん、超久々に部外者と絡む、の巻。
なんか試験の前って全然関係ないことしたくなるよね
・・・
嫌なことは忘れるべきだ。
嫌でも忘れられないことは、忘れたフリをすべきだ。
未来の行動は今の感情から生まれ、今の感情は過去の行動から生まれる。
過去に基づく未来なんか、過去の焼き直しに過ぎない。
過去から未来へ、成功が繋がるように、過ちも繰り返される。
負の連鎖を断ち切るためには、過去を切り離すしかない。
嫌な過去なんか振り返るべきじゃない。
見れば必ず囚われる。絶対に変えられない過去が、意識を釘付けにする。
心とは弱いもの。魂とは脆いもの。
耐えがたい過去を見続けてしまえば、いつか壊れてしまうもの。
でも、嫌でも過去は眼前に迫る。不変の過去が、消えずに存在する。
見ないようにしていても、唐突に目の前に現れたりする。
その時、どうしたらいいのだろうか。
どう、対処したらいいというのだろうか。
それは、言葉として言ってしまえば簡単なこと。
どうしても囚われるなら、心の捉え方を変えればいい。
そうすれば、過去から生まれる思いも、変わるから。
だけどそれは簡単に聞こえて、とても難しい。
心とは、感情とは、自分そのもの。すなわち、自分を変えることに等しい。
心も感情も自分の中にあるはずのものなのに、決して自分の手には負えない。
時に心からの感情は、衝動的に、非合理的に、破壊的に、正しくあるべき理性を殺してしまう。
私の中で生まれた怪物が、中身を食い散らし、空になった器を使って暴れようとする。
例えそれが不幸を生むとわかっていても、逆らうのは至難の技だ。抗うのは困難の極みだ。
だからこそ昔から、心の安定、感情の管理が自己改善につながると謳われてきた。
……なんて。それが簡単にできりゃ苦労しねーよって話。
自分を変える、なんて誰もが望むことなのに有り得ないレベルで難しいからこそ、似非セミナー的な詐欺の温床になってたりするわけで。
そんなことつらつら言いつつも、まぁ何にせよ、今の私には何の問題もないんだけどね。
魔術チートがあるんだから、魔術で解決すりゃいいって話なのよ。
例えば『思考分割』やら『忘却』、『知識転写』その他諸々……。魔術って便利だね!
秘匿術式や禁忌術式が含まれてるのはご愛嬌ってやつ! 別にバレなきゃ怒られないし!
いやぁ、メンタル的にちょっとアレで、ガッツリ昔モチーフの悪夢見ちゃったわ。フル尺は久々だったかも。
やっぱソルを放流するの早まっちゃったかなぁ。なんだかんだあれ、すごい癒し効果良かったし。
でもあれに私のお世話ばっかさせるのもなんか可哀そうだったしなぁ……。
そういえばメンタルで思い出したけど、自己啓発とかと同じく、身体を鍛えることとかも誰もが望ましいと考えてるのに実践するのってなかなか難しいよね。
でも筋トレ詐欺ってほとんど聞かなかったのはなぜなんだろう。ダイエット詐欺は横行してたと思うのに。
即効性を誤認しにくいからか……?
急激にマッチョになるのをそもそも望んでる人が少ないってこと……?
……まぁ今世なら魔術使えば割と即効性のある筋肉増強も可能と思うけど。
需要あるのかな。まぁ冒険者とか兵士とか、普通に建築関係の人とか、無いこともないか。
いやさ、実際試したことはないけど多分身体強化系と体調操作系を応用すれば、私でもムキムキ魔女さんにもなれると思うんだよね。
いややらないけど。あくまでも例えばの理論的な話で。
もしやるならむしろムキムキマッチョになるより、この発育不良ボディをムチムチボインにする方が有意義だと思うし。
なんていうか18歳にもなれば……もう自然な成長も見込めませんし……くっ……。
いやはや、村での食事はほんと貧相だったもんな。あと幽閉時代はそもそもご飯ないことも多かったから。
この世界でも成長期の食生活が二次性徴に影響するのかちゃんと調べたことはないけど、私のタッパとシリとムネが無いのは多分そのせいなんだろう。
そしてちょくちょく弟子に子供扱いされてるのも多分そのせいなんだ。うん。
これでも私は大人なんだから、ちゃんと一人前のレディとして扱えよなバーロー。
それはそれとして差し入れのお菓子は有り難く貰うが。
……ちょっと興味あるから実際に術式作って試してみようかな。
でも変に身体を弄って、もしあいつと会った時に別人だと思われてもアレだよなぁ……。
……。
ところであいつは……胸とか、有るのと無いのとどっちが好みなんだろう。
私は断然、有る方がいいんじゃないかと思うんだけど。あいつもそうじゃないのか?
アルだけに? なんちゃって。
(おもんな。死んだ方がいいぞおっさん)
はい。今日も辛辣なツッコミですね分割思考のサブ私ちゃん2号。
そういえばこの、今使ってる思考分割の術式って元々はメンタルダメコン的な目的で生まれたものだったりするから、実際こういった脳内会話って本来の用途に近いと言えなくもない。
まぁ術式研究開発にえげつないくらい最適すぎて、そっち目的に使ってることの方が多分多いんですがね。
ちなみに『思考分割』術式に本格的なマルチタスク用途を見出したのは私じゃなく、魔術院長さんです。頭おかしい狂人で毎度お馴染みの。
いや、ちょっとした作業の肩代わりくらいは昔からさせてたけど、複数同時作業的な使い道は本来考えてなかったんだよ。切り離した方の思考をガッツリ動かすのってなんか怖かったし。
術式公開した時の「なんて素晴らしい効率化術式……これは……!?」とかいう院長の呟きに(え……知らん……何それ……怖……)ってなったのは記憶にまだ新しいな……。
今となってはもはや院長の脳内作業効率は人間レベルじゃなくて、術式汎用化作業とかの一定の分野では普通に私を超えている可能性もあるよ。どこが凡人なんだろうね。
あと魔術師としての強さ的にも、魔女さん基準で100レベルは軽く超えたかな。比較対象としては以前しばき倒した魔王軍の幹部と同等かもうちょい上くらい。
……いやだからどこが凡人なんだよと。平均的な上級冒険者が束になっても敵わない凡人なんていてたまるかボケ。
まぁそんな、ある意味では私よりヤバい院長さんなんだけど。
256の分割思考を持つ彼が想定していることに、想定外はほぼ無いといえるんじゃないか。
だからきっと、今日の私は、あまり考え過ぎずに行動をした方がいいんだろう。
一応、自覚はあるんだ。私は考えすぎると間違えるっていう。
だからと言って思考停止はしてはいけないとは思うけど。
……。
今の私は、ごくごく普通の町娘スタイルで魔術院前近くにいる。ほっかむりっぽい帽子的な布を被って、ちょっとおしゃれ系のエプロンドレス姿だよ。美少女ボディなので中々絵になりますね。
で、一応先に観測魔術を使って人がいないところに転移したところ。これから魔術院の試験を受けるためだ。念の為、一般魔術師のフリとしてショボい杖も持ってる。
それにしても……研究室の外に出たのはゆっくり魔族くんの処理をした時以来かな。
そんなに時間は経ってないけど、なんか研究中とか開発中とか『時間遅延』使ってるからすごい久々に感じる。
あ、そうそう。証拠品としての役目が終わった生ゴ……生首くんにはあの後余すところなく研究材料になってもらったよ。
色々思うところはあるけど、ドラゴンと同じく貴重な魔物素材には変わりないからね。なんかドラゴン素材と親和性が強かったから最終的には合体させて魔剣を作ったよ。
名付けてドラグーンロアーっていいます。ドラゴンのブレスを模した術式を何種類か使える。ちょっと中二っぽいけどカッコよかろ?
まぁあの時の魔族の魔法は咆哮っていうよりさえずりだったけどね。ふふ、ワロス。
第二の魔生はその名に相応しい活躍を見せてほしいものだ。
まぁ……、これ今のところ特に使い道考えてないから倉庫の肥やし状態だけどね……。
……話が逸れた。本筋に戻ろう。
思えば私は皇帝様のコネで魔術院に所属することになったので、こうした試験を受けたことはない。試験官側に立ったことはあるから内容は知ってるものの。
昨年までと変わらなければ、魔術院採用試験の流れは5段階になるんだけど。
始めにまず実績試験。書類審査ってやつ。
でも院長の、将来性を重視という発言からして、ここは恐らく緩和されてるか、もしかしたら無くなってるかもしれない。魔力判定で足切りするくらいかな?
次に筆記試験。魔術と魔力に関する基礎知識の確認。
近代魔術は規格化が結構進んでいる上に、更に帝国式の魔術は私が関わっていることで特に厳格だ。
魔術院の仕事の大半が魔術研究および開発にある以上、魔力現象、魔術法則、命名規則、その他一定以上基礎的な知識は必須と言ってもいい。
で、筆記が終われば実技試験。実際に術式を作ったり使ったりする。
ここでは何個かの課題があって、規定数をクリアしたら合格になる。例えば的当てをしたり訓練用ゴーレムと戦ったり魔道具に術式付与したり、まぁよくあるやつ。
なんだけど……私が昔に試験官をやった時にちょっぴり張り切り過ぎてここで全員全滅させてしまったという事件もありまして……。
……ごめんなさい。今は反省してます。あのあと挽回して受かった新人さんには未だにビビられてて顔も合わせてくれないよ。悲しいね。
そして実技の次が適性試験。魔術院の研究魔術師としての仕事に向いてるかの確認。
というかまぁこれは実際に受けるというか、ここまでの試験中の言動からほぼ判断されてる。受付時点から監視してるからね。
これまでは観測術式によるものだったけど、今回は私が候補生に混じってここを判断する、ということかな。多分。
最後が面接試験。適性試験と合わせて、最終的な人格判断に近い。要は一緒にやっていけるかどうか。
とはいえ、ここは正直あまり重視されていない。流石にガチの犯罪者や反逆者はダメだけど、実力がありゃ大抵のことは許容されるからだ。
結構グレーな私ですら許されてるんだから、リスクとリターンがマイナスにならない限りは採用に影響することはないだろう。
先代皇帝の時代の魔術院は人員だけ多かったけど、ほぼコネと世襲で構成されてたから魔術師の質はあまり良くなかったと聞いている。
今の皇帝様はその辺りの無能を排除してるので、全体的に質は良くなったものの人手が圧倒的に足りないという状況だ。
魔術院採用試験は市井の優秀な魔術師を取り入れるため、皇帝様が若くして即位した10年くらい前から開始している。
当初は実績実技面接の3段階しかなくて5段階の今より判断基準は少ないけど、その分判定がかなり厳しくて門戸は狭かったという。
筆記と適性の試験は皇帝様たちに相談を受けた私が提案して追加された。……さらに質は良くなったと思うけど人手不足が加速してる気がしないでもない。
今回は色々と変更があるって聞いてるけど、どうなんだろうな。
うーん。ま、今更いろいろ考えても仕方ないし、なるようにしかならんか。
気合い入れていくぞっ!
たのもーっ! 魔女さんのエントリーだ!
道場破りっぽく心の中で呟き(実際は無表情で無言)魔術式自動ドア上部のセンサーに手をかざしながら(身長が低いとたまに反応しないので)扉を開けて入場。
広いエントランスには候補生が何人もあっちこっちに散っている。
男女比は男多めの7対3くらい。年齢層は比較的若め。人数は、十数人。
グループになってるのは……受付で揉めてるっぽい3人組だけかな。
「おい、なんで俺たちの冒険者実績がまともに評価されてねーんだよ!」
「そーよそーよ!」
「……」
「いえ、いえ。魔術院としては、冒険者としての評価よりも実際に使った魔術での評価を重視せざる」
「俺たちは中級の中でも上位の冒険者チーム"旋風の刃"の元メンバーだぞ!」
「そーよそーよ!!」
「……」
って、いや……なにしてん院長。また身体が暇してるんか。
あと君ら、その人ただのモブの受付おじさんじゃなくて、人外の沼で全身浴してるマジやばいやつだからあんま喧嘩売らない方がいいと思うよ?
チラッとこっそり色々判別……うん。
ツンツンヘアーの頭軽そうな男と、金髪の高飛車っぽいギャル、あと一言も喋らないムキムキ男。
さっき探った感じと、中級って自己申告から考えると……魔女さん基準で25から35レベルくらいの魔術師かな?
保有魔術までは見てないから少し曖昧だけど、垂れ流してる魔力も洗練されてないし高度な魔術を使えるようにも見えない。
おそらくプラマイ10レベルも違わないはずだ。『情報抽出』の術式で抜き取るまでもないだろう。
……まぁこれも秘匿術式だから申請せずに使ったら怒られるやつなんだけど。必要性があれば別に事後申請でも問題ないし。必要性なくてもバレなきゃ大丈夫だし?(前科たくさん犯の極悪魔女さん)
というかさ、一応ここ、世界最高峰の魔術組織なんだけど……よくイキれるよね……そのメンタルの強さは見習いたい。
……ちょっと気になったけど、なんであの無言男、魔術師なのにムキムキなんだろ。魔法戦士ってやつかな?
もし接近戦に長けてるなら彼だけ上方修正してもいいかも。少なくとも他の二人よりは強そう。
帝国兵長さん以下、別れた頃のアル以上、かな。
まぁでも多分、今のあいつなら勝負にもならないと思うけどね。
あいつは努力家だったし、私といる時も私と別れてからも、ずっと鍛え続けてた。
きっと聖剣に選ばれてからもその力に驕ることなく鍛錬し続けてるはずだ。
きっと……そうなんだろう。
……。
あいつ、今どんな感じなんだろ。何やってるんだろうなぁ……。
「身の程知らずどもだ」
……ん?
なんか知らんやつに話しかけられた。
近づいてきたのは、かなり見なりが良い、
短く整えられたさらさらの茶髪、仕立てのいい服、持ってる杖も結構高品質。たぶん……貴族?
んー、大したことはないか。レベル40くらい。たまに見かける上級冒険者クラスってとこ。
「万一戦闘にでもなれば、恐らくあいつらは瞬殺されるだろうにな」
「……なんでそんなふうに?」
適当に話を聞き流しつつ、こいつを探ったついでに他の周りの全員も確認。
簡易判定、えーっと魔女さん基準のレベルで大体が……20、35、30、40、25、20、35、25、45、95。……95?
なんか思わず二度見しちゃったけど、一人だけやたら突出してる子がいる。
私を除けば、あのツヤツヤな黒髪のポワポワ系少女が候補生最強かぁ……結構すごいね。
ほぼ人類やめかけてるよ。人外の領域に胸ぐらいまでは浸かってそう。
……ま、その胸は平坦だが。……ふ、勝った。
パッと見の感じ、魔力というより神力って感じの力が強い。多分聖職者かな。
なんで魔術院の試験に来てるのかはわからんけど。うーん。ユーは何しにここに?
まぁ神に仕えてようが魔術は使えるし、個人の自由だけどさ。
とりあえず……全員人間だし
いや、いつもやってることだけど、院長が脅すようなこと言ったもんだからちょっと警戒しちゃってた。これで一安心だね。
「……今入ってきた貴女があれを見て一瞬、不穏な雰囲気を出したように感じ、少し引っかかった。だから念の為と探ってみたのだが、……そうだな。正直に言うと最初はわからなかった」
勿体ぶった感じの視線に釣られるように受付をチラ見したら院長と目が合った。
凡人に擬態した一般通過激ヤバ超級魔術師おじさんとアイコンタクト開始。
……。うん、やっぱ君、その魔力探知気づかれてますよ。
でも多分高評価っぽい。よかったじゃん。
でもさぁ……。
さっきから私のこともめっちゃ探ってるの、若干不快だからやめてほしいかなぁ。
こっそり使うために宣言省略してるからか術式隠蔽も中途半端で、うーん、なんていうか、素人な感じというか。
「あの受付の男、底が知れない。流石は魔術の最高峰たる帝国魔術院だ。いや……もしやあの男が……デュ・シエルという究極の魔術師……?」
いえ、違いますが?
「……貴女もあの男の凄さが理解できているようだ。一目でわかるとは、すごいな。
……ん? あぁ、ごめんね。
頑張って探ったんだろうけど、それ全部、
「まぁ、探知、というか技術には自信があるので」
「そうか。……名前を聞いても?」
「
「良い名だ。私は……ヴィーとでも呼んでくれ。お互い合格できるといいな」
今の私は、"採用試験時の弟子基準"のステータスを『情報欺瞞』の術式でセットしてる。
当時の弟子は、魔力量だけは結構多かったものの、それ以外がかなり稚拙だった。
そんなど素人時代の弟子状態の私は、彼の目には大したことないように見えるのだろう。
……。……まぁ、しかしまぁ。これから私は一般魔術師として試験を受けるのだから。
ちょっとやそっと、マウント取られたくらいで、こう、あまり心を乱してはいけない。
というか、こっちでそう仕向けてるわけなんだしさ。むしろしてやったりじゃない?
……。
……、ぐっ……。
やっぱムカつく……わからせてぇ……。
そんなちょっとした葛藤と戦ってたら名前(偽名)を呼ばれたので、男と適当に別れて受付に向かう。院長の方じゃなくて、ちゃんとした受付嬢の方。
この子は同じ魔術院の一員だけど、会ったことない子だね。私は大体研究室に引き篭ってるので、奥に来ないような人たちとの交流はほぼ無いのだ。
まぁ受付といっても、見た感じそれなりの魔術師。色んな機密も扱ってるから最低限の実力は備わってるってことかな?
というかぶっちゃけ、パッと見の印象では院長の方が影が薄くて弱そうに見える。軽い欺瞞もしてるし、マジであの人タチが悪いわ。
そんな、そこそこ魔術師な受付嬢さん。私の正体には全く気付かず可愛らしい笑顔で色々と試験の説明をしてくれる。大体知ってるけど。……以前までと概ね同じかな。
で、受験番号的なものを渡される。これが、実績試験を加味した現時点での成績順になるわけだ。
さっきの人らが文句言ってたのは、この番号が思わしくなかったってことなんだろうと思う。
そして私は実績ゼロとして来てるので、ほぼ最下位。仕方ないね。
まぁ今日の私は冒険者のクーでも魔術院のクー・ド・ヴァン・デュ・シエルでもない。
……なんだか、ちょっと新鮮な気持ちだね。帝国で生まれてれば、そんな風な人生もあったのかなぁ。
(偽名にあいつの名前を勝手に使うのって、我ながらキモいのでは?)
うっせ、いいだろ別に。
というかあいつに姓があれば、そっちを使ったんだけどな。……別に他意はないぞ。
でも残念ながらど田舎村出身だからお互い名前しかなかったんだよね。仕方ないね。
まぁ今の私には立派な家名みたいなもんあるんだけどさ……。
……。……。
アル・ド・ヴァン・デュ・シエル……?
うん。
……、ふっ……、ふふふ。……いいね。結構綺麗な響きじゃないか。是非ともあいつにはそう名乗ってもらいたいものだ。
皇帝様から名をもらうと言うことは、家名をもらうようなもの、家を名乗れる存在ってことは、貴族みたいな扱いって聞いたことある。
つまりいうなれば、私は一代貴族のようなもの。一人しかいないけど。でも、ここにアルが加わったら?
一人貴族が二人貴族に、独身貴族が新婚貴族に、ってね。……ふほほ。
「それでは皆さま、試験会場へどうぞ。……そこの貴女も」
そんな妄想の翼を逞しく広げて輝かしい未来にダイブしてたら、いつの間にか筆記試験会場への案内が始まってた。ちくしょう。もうちょい妄想させろよ。
くそ、仕方ない……一応仕事だし真面目に試験やるか……。
と、思ったはいいものの。
そもそもその前に、私ってどれくらい頑張っていいんだ?
真面目にやりゃ当然受かると思うが、普通に合格を目指してもええのんか……?
会場に向かう前に、とりあえず再び院長をチラ見。
年齢よりも老けてるモブ顔おじさんは好々爺って感じの視線で軽く頷く……いや、どっちの頷きだよ。
あの時の弟子基準でやると割と落ちかねないけど、そんな感じでいけばいいのかなぁ。うーん。
……まぁいいや。別に私が合格を目指す必要性は無いわけだし。
適当に手を抜きつつ、仕事、というかいろいろ粗探しをしましょうかね。
・・・
筆記試験には特筆すべきこともない。普通のペーパーテストだ。
まぁ7割くらい書いてからあとは適当に間違った穴埋めしてサクッと終了。
最先端の魔術、イコール帝国の魔術、イコール私の作った魔術理論、だからね。最近は院長たちもゴリゴリ色々考えてるみたいだけど。
私がここに来た頃なんかは、皇帝様と院長たちがかなり頑張って体系化しようとしてたみたいだけどまだまだ
そこにめっちゃ口出しして自己流魔術と魔改造合体させて、そっから先鋭化された帝国魔術式として周知されるまで4年……。
……え、4年? まだ私方式になって4年しか経ってなかったの? 周知早すぎない?
いや、概念的技術レベルが全然違うからまだ実際の冒険者とかにはそこまで広がってない、ってのは知ってるけど。
でも魔術院のスタンダードにはなってて、帝国内の魔力技術に関してほぼ全部これで出来てるんですが……。
改めて考えると魔術院の魔術師たちってとんでもなく有能なのでは……?
というか今やその人たちの話に普通に混ざれてる弟子、元々魔術師でも何でもなかったはずなのに、やっぱおかしいわ、あの子。
まぁさておき、出題されてるのは大半が私謹製の理論だから当然の如く満点は取れる。
でも今回満点取るのが目的じゃないのでガッツリ手抜き。多分問題ないはず。
ちなみにだけど、このテスト、カンニングは一切咎められない。
でも普通に術式で監視されてるので
任務遂行のために周りの様子を探ると……んー、半数近くはカンニングしてるか。意外と多いな。
上手にやってるのが2人。この部屋の監視術式には何も映ってない。
不正は良くないけど、なかなかやるじゃん。魔女さんポイントプラス500です。
あとは多少の差はあれど下手くそ。丸見え。クソザコ。身の程を弁えず自分の力を過信してるのってとっても良くない。
この人たちは魔女さんポイントマイナス1万になります。
……受付で揉めてた3人は、意外にも不正をしてない。
実績に拘ってるだけで割と真面目なのかもしれないな。あれはあれでダメだからマイナス10ポイントだけど。
解答的には、まぁ可もなく不可もなくかな。半分取れてるか取れてないかって程度。
でも不正無しでこれなら及第点といえる。100ポイントあげよう。
めちゃ強まな板黒髪ちゃん(超失礼)も真面目に頑張ってる。でも1割も正解してない様子。……がんば。50ポイント進呈。
さっきの貴族っぽい人も真面目に受けてるみたい。
こっそり魔術で答案を覗いてみても9割近く正解だし、結構ちゃんと勉強してんじゃないの。感心感心。
自己研鑽を怠らない人は魔術師に向いてるよ。魔女さんポイントプラス1000です。
といってもこのポイントに特に意味は無いんだけどなっ!
まぁせいぜい私の覚えが良くなるくらい? なんてね。
そして筆記試験の時間が終わったので、次の実技の時間まで待機中。
周りでは先ほどのテストについて自己採点をしたり色々と話し合ったりしている。
なんかこの辺の雰囲気は前世の学校なんかと変わんない気がするね。……ちょっとだけ、眩しい。
「どうだった?」
「……別に」
貴族っぽい奴がスッと近づいて話しかけてきた。……なんか馴れ馴れしいなこいつ。陽キャか?
内心ちょっと戸惑いながらも、まぁ普通に返す。別に人見知りしてるわけじゃないぞ。私陰キャじゃないし。
「やはり……難易度が高かったな。帝国式の先端魔術に関してかなり学んだつもりだったが……太刀打ちできない難問がいくつもあった」
「ふぅん」
覗いてた感じだと
まぁ問題が意地悪だったからこの辺は捨てていいと思うし、別に悪くないんじゃない?
「貴女は、何処が難しいと思えただろうか?」
「え」
いや……、え、うーん……難しい問題……?
今回の問題で難しいと思えたやつ……何かあったかな……?
えーっと……ハンドリング……コールバック……フォールトトレランス……アブストラクション……どれも別にそこまでって感じ。
そもそも私って、こと魔術に関しては難しいと感じたこと、ほぼ無いんだよなぁ……。
難しい、難しい……? 難しいって……なんだ?(哲学)
そりゃ私だってたまには失敗するけど、基本的にそれは失敗も考慮してる時に限られる。真面目に取り組めば出来ないことなんかほとんどない。
これまで私が作りたいと思っても作れなかった魔術って時間遡行と死者蘇生くらいしかないわけだし。……失敗作の紛い物ならあるけど。
あ。あと最近だとあいつのこと見守る魔術。ほんと、女神パワーってずるいわ。
遠隔だとマジで手応えがなさすぎて難しいというより無理。ソルまじガンバ。期待してるよ。
いや、直接対面できればアプローチ方法も見つかりそうなんだけど……対面できた時点で目的達成してるじゃねぇかって話。
まぁ、試験問題に関して、出てくるのがたとえ応用的だったとしてもあくまで試験にすぎないわけで、別に大したことなんかあるわけない。
……うん。
この試験に関して、結論、全部楽勝。
「全部、別に」
「そう……か。大丈夫だ。他で挽回できるだろう」
ん? ……え? あれ、なんか勘違いされた? いま私のこと、できない子扱いしましたかね?
いや、実際途中から真面目に解いてないし受かる気も無いからいいんだが。……いいんだが。
「あぁくっそ……難解すぎんだろ……なんだこれ……」
「そーよそーよ……」
「……」
「ぜんぜんわかんなかったよぉ……」
少し離れたところで、なんか落ち込んでる人たちがいる。
受付クレーマーズに謎の黒髪ちゃんが混ざってるね。
まぁまぁ、大丈夫よ。
試験結果は全部終わってからのトータルで決まるからこの先いくらでも挽回のチャンスはあるさ。
……黒髪ちゃんは実技でだいぶ巻き返さないとだけど。
あとカンニングバレした約半数は、多分もう駄目かも。来年頑張ってね。
「最初に説明した通り、次の実技試験は2日間に分けて行います。今からお呼びする番号の方は明日の試験となりますので、本日はそのままお帰りください」
……お。私は明日組か。見た感じ、成績の上位チームと下位チームに分かれる感じかな?
私は筆記をそこそこの点数にしたけど、実績がぶっちぎりでゼロなので下位に入ってる。
黒髪ちゃんと受付クレーマーズも同じチームだね。あとは印象無い一般モブ魔術師さん。
貴族っぽい男は今日のチームみたい。
行ってらっしゃい。ま、せいぜい頑張るといいよ。
……。
……。
……じゃあ帰るか。
といっても帰るの、この魔術院にある研究室なんだが。
陽キャ貴族を見送って、明日組の人たちが喧騒と共に出ていくのも確認し、一人になる。
さっきまでの光景が嘘のように静寂に包まれた試験室から、そのまま転移を、
「いかがでしたか?」
……院長か。こっちくるのは気づいてたけど、今日の確認かな。
「えっと、候補生の様子。一人実力が突出してるけど勉強ができなさそう。最初文句言ってたグループは意外と真面目でそこまで酷くない。貴族っぽい人は優秀だけど自分の実力を過信してるきらいがある。他は有象無象。バレバレの不正をしてた人たちは特に駄目」
「ふむ、ふむ。まぁそんなところでしょう。……ここで聞くべき、ですね。貴女自身はどう思いました?」
「?」
……なんだろう。どんな返答が、求められているのだろうか。
試験そのものについて?
私には簡単すぎるくらいだけど、難易度が例年より著しく下がってるとは思えなかった。
候補生について?
さっき話したこと以上に何か、あっただろうか。
「いえ、いえ。ただ個人的に、貴女の等身大の感想をいただきたく」
「私の……?」
「
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ちょっと、だけ」
「はい」
「羨ま…………あ、いや、何でもないです。……帰ります」
「……はい。お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」
「……」
急ぐように転移して、自分の研究室に戻った。町娘の服を脱ぎ、あいつのローブを着る。
今日は出番がなかったショボい杖も私室に放り捨て、少しだけ、考える。
あー……明日の実技試験、どうしよっかな。
……。
……もしも。
もしもだけど。
私が本当に帝国生まれのアルちゃんだったら、どんなふうに試験を受けたんだろな。
……。
……仕事しよ。
やらなきゃいけないこと、いっぱい溜めてるし。
冷却箱をあけてー、お菓子セット、よし。甘い果実水セット、よし。
よっしゃ、これでいくらでも頑張れるぜ!
明日までToDoリストの消化作業、頑張るぞっ!
・・・
聖剣ちゃん「魔力干渉が無くなったんだけど……やっぱ諦めた? ……よし、勝った!」
※おまけ(この世界、というか大陸内の言語モチーフ)
帝国系:元々フランス語
法国系:元々イタリア語
教国系:元々オランダ語
王国系:元々ドイツ語
獣国系:元々スペイン語
魔族系:元々英語
女神系:元々ラテン語
(元々、ってなってるのは言語的交雑があり共通語のようなものが生まれてるから)
(なのでお互い言葉は通じるし、元の言葉は古語として語源的にネーミングに使われてたりするのみ)
(あと魔女さんのネーミングはこの辺まったく考慮してないです)