勇者のことが気になって仕方ないTS魔女さん 作:Mckee ItoIto
この章にはいくつか、いわゆるエンド分岐的なフラグが存在してます。
※こっそり更新再開(あまりにもお待たせしすぎて土下座)
・・・
実際問題、魔族以外に人間の言葉を使う魔物もごく一部に存在する。
例えば吸血鬼。ヴァンパイアとも呼ばれる魔物。
例えば夢魔。サキュバス、インキュバスと呼ばれる魔物。
身体特徴は多少異なるが、どちらも言葉を操り、魅了の魔法を持つ。
冒険者ギルドでは上位の討伐指定を受けている危険な魔物だ。
ここで言いたいのは、例外的に人間と意思疎通できるのは人型の魔物だという話。
もっと言えば獣国で一部信仰されている竜神のような、悠久の時を生きたエンシェントドラゴンなども人と言葉を交わすことができるらしいが、それは例外中の例外としよう。
ともかくとして。
人型の魔物は、角や翼、肌の色など、いくら人に似ていても一目見て魔物とわかる特徴を持っているとされる。
それが魔族には存在しない。見た目は完全に人間でしかない。
だからこそ人間と区別がつかず、別次元の脅威とされている。
……という話をギルドでは聞く。
今まで魔族を見たことがないので、どれほどの脅威かは伝聞でしか理解できていない。
あいつはかつて、村で魔物として扱われた。
村では魔物、と言われたがそれは魔族を指していたのだろう。あいつの身体に魔物としての特徴は何もなかったのだから。
王国では、魔物に対してもだが特に魔族への忌避が非常に強い。
だからこそ片田舎の小さな村だった俺たちの故郷の対応は、酷く苛烈ではあったが王国の常識としては至極当然のことでもあった。
だが、だとしたらなぜあいつへの対応が監禁のみで済んでいたのか。
いや、そもそも本当に監禁のみで済んでいたのか。
子供のころの俺が知っている範囲では、あいつに直接的な何かがされていたことは無い。
報復を恐れて? 確かにあいつはあの時点で、村人全員を合わせたその何万倍も強かったに違いない。
抵抗されなかったとはいえ、村人の恐怖は計り知れなかったはずだ。
じゃあなぜ追放されなかった?
なぜ、村に留めておかれたんだ?
当然俺はあいつへの仕打ちを酷いものだと認識していたし、今でも一切納得はしていない。
それでも、あの時の村での出来事には今考えるといくつも謎が出てくる。
実際に何があったのか、何が行われていたのか、それを調べることはもう不可能だし、正確なことは今やあいつしか知らない。
……。
……。
あいつは決して見逃されていたわけではない。
王都の冒険者ギルドの期限切れ依頼には、あいつを対象とした討伐依頼がいくつもあった。
ギルドではその依頼を悪戯だと見なしていた。本当に魔族なら、そもそも何年にも渡ってそんな依頼を出せることなど有り得ない。
普通に考えて、正体のバレた魔族が大人しくしているはずがないのだから。そんな事態に陥っていたなら、依頼を出す隙もなくとっくに村は滅んでいただろう。
魔族は並の冒険者では太刀打ちできない強大な魔物だ。辺境の片田舎で対処できるレベルを超えている。
だから、有り得ない。誰もがそう思っていた。村の調査依頼が出たのは、定期的に出されていた討伐やそれ以外のあらゆる依頼が途絶えたから。
冒険者の俺が見つけたのは、その調査依頼の方。その依頼を調べる中で、あいつを討伐する依頼が村の住人からいくつも出されていたことを知った。
結論から言えば、村は魔族ではなく吸血鬼によって滅ぼされていた。その吸血鬼はあいつによって滅ぼされた。
俺は村の生き残りとしてあいつのことを報告している。しかし吸血鬼の襲撃から生き残ったあいつに対する、王国の人間の目は優しいものとは到底言えなかった。
……もしもその調査依頼を、俺じゃなく他の冒険者が受けていたならば。
きっと、どのような結果になっても取り返しのつかないことになっていた。
俺は、あの時あの時点に限っては、最も正しい選択ができていたはずだ。
しかし、何度だって考えてしまう。
俺はもっと早く、もっと前の段階で、あいつを助けられなかったのか。
……。
あいつから表情を奪ったのは、本当に村での監禁と吸血鬼の襲来だけが理由、だったのだろうか。
俺も大人になり、想像の幅が無闇に広がり、最悪な考えがいくつも頭をよぎった。そのいずれも、現実であってほしくない。
あいつは、俺がいない間の詳細は、ほとんど何も俺に教えてくれなかった。
――その場の正解がその後の正解とは限らない。まぁ当たり前の話だけどね。
――私が魔物扱いされたとき、私にはいくつかの選択肢があった。敵対するか服従するか懐柔するか。当時の私にあった選択肢は他にもあるけど大体こんなとこ。
――その結果として私はあの牢にいた。私以外の処遇に大きな変化は無く、私は私の処遇を許容してた。丸く収まったともいえる。だからその時の選択は、今でも間違ってるとは思えない。
――それからも上手いことやれて、それなりにあの村の平和も保てた。アルがいなくなってからも、ずっと平和ではあったんだ。
――だけど、そうだなぁ。平和だったからこそ、というか。あの人たちも……。
――まぁいいや、終わったことだ。肉じゃがもどきのおかわりいるか?
……いつだったか。あいつと旅をしている道中の食事中。その時、少し口の軽くなったあいつが語ったのは、これだけ。
その時の何が切っ掛けであいつが語り、それに俺はなんと応えたのだろうか。そして、その答えは本当に正解だったのだろうか。
あいつの話し方も行動も、男の子のようなものからだんだん女の子らしく変わってはいたものの、旅の中で少しずつ昔のように元気さを取り戻していったから。
だからあの時の俺は、ちゃんとあいつを助けられたのだと思い込んで勘違いしていた。
だけど、その後のあいつには笑顔どころか、表情が戻ることはほとんど無かったんだ。
そして、あいつと一緒にいた間のやり取りの中で、きっと俺は何度も間違えていたんだろう。
……。
もし、あいつともう一度再会できたら。
俺は、これから先、間違えることなくあいつの隣にいられるのか?
「お悩みの様子でおられますね」
柔らかな声が聞こえた。見えた美しい顔は先ほどにも話した、この孤児院の修道女のもの。アリアたちとの話から戻ってきたのだろう。
ふと、遠くの修道士の男とアリアの方を見るとまだ話は続いている様子。ベルは子供たちをまとめている。
少し離れたエステルを横目で見るも……集中しながら何やら顔をしかめている。
「迷いは視座の揺らぎ。祈りは心を照らす導き。貴方の悩み、もしよろしければお聞かせ願えますか?」
「……」
……その、優しく美しい語り口に一瞬、言葉を吐き出しそうになったが止めた。
これは俺の中で解決すべき問題だと思ったから。
これだけは、あいつのことだけは、絶対に自分で正解を見つけなければならないのだと、強く感じたから。
違うのか? いや、違わないだろう。
俺は、俺が認めるべき俺にならなければならない。
「大丈夫だ。ところで……」
さっきから少し気になっていた。
修道士の男はどうも俺たちから離れるように、少しずつ動き回りながらアリアと話をしている。
もちろんアリアも気づいてはいるだろうが、俺たちも警戒するに越したことはない。
なので俺は、この修道女に先ほどまで話していた内容について問い返そうとした。
その、間隙をつくかのような瞬間。
――聖剣が光った。
直感。
冒険者としてこれまで何度も危機を乗り越えた、信頼に値する無意識の動き。
強い集中によりゆっくり動く視界の端で、遠くのエステルが何かを口ずさんだ瞬間。
唐突に、状況が一変する。
・・・
この場にいる人間。
そして、この中に潜伏しているであろう人間ならざるもの。
一緒に遊んでいたベルと子供たち。
会話を続けていた修道士の男とアリア。
そして俺と、目の前の修道女。
ベル。
その近くにいた子供たちが、ゆっくりと眠るように、一斉に倒れこむのが確認できた。
すぐそばにいたベルがそれを冷静に、危ない倒れ方をする子供に絞って受け止めて回るのが見える。
そちらは任せて大丈夫だろう。
アリア。
瞬時に警戒していたはずの修道士の男の背後へと回り、流れるような動きで取り押さえたのが見える。
前衛の俺と比べても遜色無い、完璧な対人捕縛だ。地に伏せ上を取られた修道士の男には抵抗の余地も無い。
エステル。
その手にはいつの間にか杖が握られており、俺たちの方へと向けられている。
「――アルさん!!」
聖剣を振るった。その剣筋に一切の迷いは無い。
考えて振るう剣は遅すぎる。剣士の剣は思考に先立たなければならない。
冒険者ギルドで昔そう教わってから俺は愚直に、剣の動かし方を身体に刻み込んできた。
それはまるで、決まった線をなぞるような、最短で最適な光の道筋。
一本の糸を引くかのように、聖剣の刃は真っ直ぐその先へ。
「……!?」
あまりにも一瞬の出来事。
ついさっきまで話していた修道女の背後に突然、短刀を持った小柄な金属鎧が現れ、音もなく修道女の首に刃を滑らせた。
その鎧はいつかの帝国魔術院でエステルが使ったものと意匠が似ており、おそらくはエステルが召喚したもの。
同時に子供たちが一瞬で眠るように倒れたのも、エステルの魔術だろう。それは残酷な場面を見せないための配慮だったのかもしれない。
このような高度な魔術の同時行使、並の魔術師には不可能だろうがエステルなら可能なのだろう。
そう。
つまり、エステルが調べた上で、この修道女を敵と確信して攻撃した。
だとすれば、俺が迷う必要はない。
俺は今この場のエステルが、絶対に間違いないと判断を下したことが、必ず正しいと確信している。
それは少なくとも俺の考えるよりずっと、圧倒的正確さに違いない。
俺がそう決めたこと。ならば、決めた通りに動く。
俺が悩むことは動かない理由にならない。
それはもしかしたら決断の放棄かもしれない。責任の押し付けかもしれない。
その行動の結果により、後悔するかもしれない。
だとしても俺は、何もしないでただ後悔することだけは絶対に嫌だと思っている。
ならばこれは俺の決断で、俺の責任だ。
誰のせいでもない。
振りぬいた剣の手応えは軽かった。
人間の姿をしたものを切りつけるのは初めてだったが、思ったより内心の抵抗は無い。
「何故っ……このようなっ……」
重心を崩しながら素早く離れようとする修道女に対し、エステルの鎧と俺は追撃を仕掛ける。
多少の疑問はある。エステルの攻撃と俺の攻撃に対し、修道女はほとんど無抵抗だった。
これで魔族じゃなかったら大問題だ。俺たちの旅はここで終わりとなってしまうだろう。
最悪の場合それは、俺の判断の未熟さ、では済まない話だ。
だけど俺の勘はそれを否定している。聖剣からもそのような意思は伝わってこない。
立ち止まる理由は無い。
「なんと酷いことをっ……」
良心に訴えかけるような修道女の呟きを無視し、追い詰める。
致命傷を負っているとは思えないような動きで外へ外へと逃げていく女を追いかけ、鎧が退路を塞ぎ、俺が剣を振り下ろそうとする。
その瞬間。
「まだかなり早いですが致し方っ……『
聖剣が、修道女の姿をした魔物を肩口から両断する。
聖剣の輝きが、
そして、鈍く倒れる音が、静寂を作る。
「……あ、……何、故?」
孤児院の入り口。外の通りからはギリギリ見えない惨状の現場。
血だまりに沈む修道女が疑問を漏らす。
その姿はとても痛々しく、正直に言えばあまり気分は良くない。
どう見ても人間にしか見えない。だが、今となっては人間とも思えない。
人間なら間違いなく致命傷だ。即座に治癒を受けなければ間もなく死ぬ。
しかし、この女は肉体を分割されたにもかかわらずまだ少し余裕がある。
……魔族は、頭を潰さないといけないのだったか。
「……」
「……」
「……私は助からない、……のでしょうね」
「そうだな」
思わず受け答えをしてしまった。
魔族との問答には意味が無く、むしろ害でしかないとアリアが言っていたのに。
「何故……、分かった、のでしょう……。ああ……、いや、それはどうでも、いいですね。……しかし、何故?」
「……」
魔族の死に際の呟き。
視界の端でエステルの鎧がとどめを刺すべく動きだすのが見える。
「あ、なた方は、損を、してないのに?」
「……」
「私たちは、
「……」
「素晴らしい成果を、
鎧より先んじて、聖剣を振る。
その美しい顔が二つに分かれる。
そうして静かに、死体が魔力に還り始めた。
とどめを奪われ敵のいなくなった鎧が動きを止め、静かに佇んでいる。
……確信していたが、やはり魔族で間違いではなかったようだ。
人間はこのようには死なない。
聖剣のちょっとだけ興奮したかのような反応も少し収まり、周囲の気配を探っても他の敵はいなさそうに思える。
じゃあ、これで事後の処理が終われば、このクエストも終わり、だな。
……。
「全然、違ったな」
思わず、呟いてしまった。
……そうか。これが魔族、か。
あいつはこれと間違えられていたのか、と思う。
見た目は人間であり、人間の言葉で語りかけてくる。
それは一見正しく、百聞をもって相手を納得させてしまうような言動。
しかしその声は良心に訴えかける声色でありながら、その言葉のどこにも心は見当たらない。
最期の表情にも怯えは無く、ただ疑問だけが浮かんでいた。
感情も無く、求めたのは口先の正しさの証明。
どこが似ているというのだろう。全然違うじゃないか。
あいつは悩んでいた。怖がり、怯え、涙を流すこともあった。
……。
納得はいかない。いかない、が。
……ここで俺一人考えても仕方ない、か。
魔族の死体が全て魔力に還るのを見届けてから、戻ることにする。
あの修道士の男、そして子供たちの処遇も決める必要があるだろう。
アリアが大変だろうから俺も手伝わなければな。
・・・
しかし、どうもスッキリしない。
クエスト最初の高揚は泥濘に落ちてしまったかのように、熱を失いかけている。
これはギルドを介さない、冒険者としてではなく、勇者としてのクエスト。
成し遂げられたのは、きっと俺たち人間にとっての正義。
しかし、相手にも言い分としての理は存在したように思える。
ただ、理解は出来ても納得は出来ない。
そしてその意思が子供たちの未来を害すのであれば、看過は出来ない。
どの道、対処はしなければならなかった。
だがその結果として、この孤児院はこれからどうなるのか。
残された子供たちは?
……冷静に、合理的に、論理的に。
それは、いつかエステルが語った魔術師としての心得。
俺は魔術師ではないし、どのみち俺が考えても仕方ないことではあるんだが……。
なんかこう、もう少し何か良い形で事を終えることが可能だったんじゃないか。
そんな懸念が心の中でくすぶり続けている。
……。
「ああ、なんか疲れたな……」
「アルさん、お疲れ様です」
結局のところ、訳も分からないまま選択を憂いても結果が覆りはしない。
だからこれは無意味な葛藤。
その徒労感からか思わず漏れ出た一言に、向かいから現れたエステルが返事をした。
杖をゆらゆらと動かし、片手間に何か魔術を使っている様子でこちらに近づいてくる。
「エステルこそ、な。……ああそうだ」
いまさらだが、この場で魔族の検知ができるのはエステルだけだ。
聖剣の反応も収まっているし恐らく問題は無いとは思うも、一応聞いておいた方が良いだろう。
「念のため確認なんだが、敵は一人だけで大丈夫だったか?」
「はい、他は全員人間でした。大人の人間は修道士の男の人のみ、あとは人間の子供だけです」
「そうか」
正当化できるわけじゃないが、たった二人の大人でこの規模の孤児院を運営してたってことか。
あの修道士の男は人間なら、あの偽修道女が現れる前はどうだったのだろう。……考えても仕方ないことか。
話しながらエステルが杖を振ると、先ほどまで共闘してくれた鎧が掻き消える。
落ち着いた様子でなんてことないように見せてくるが、やはりエステルはすごいな。
「鑑定結果は中位から上位の魔族。想定していたよりあっさり片付きましたね」
「ああ」
「私のアサシンアーマーでそのまま仕留めるつもりだったので、少しだけ焦りましたけど……」
高危険度の魔物にしてはそれほど強くは感じなかった。
というより、聖剣が強すぎたのだろう。俺が強かったわけじゃない。
「聖剣のおかげだ。何か魔法?を使おうとしてたけどそれも無効化できたし、周りへの被害も無いと思う」
「……流石ですね」
孤児院の中に戻る途中、戦闘の現場を振り返る。あの魔族の血肉は魔力に還り跡形も無い。
そこには少しだけ踏み荒らされた地面があるだけで、戦闘なんか何もなかったかのような。
……。
……ん?
いま、頭の中で何か引っかかった気が……?
……敵は倒した。状況は収まっている。
その後も危険な感覚は無く聖剣も反応は無い。
だとすれば、少なくとも戦闘の気配ではない。
「……? どうかしました?」
エステルが小首を傾げてこちらを覗き込む。
俺も何に疑問を感じてるのかよく分からないので、上手く説明は出来ないんだが……。
「……あ。そういえばなんだが」
「?」
「魔族、倒して跡形もなく消えてしまったんだが……? 討伐の証明ってどうすればいいんだ……?」
今ふと思い当たったのは、冒険者としてのクエスト手続きの上での不手際。
討伐依頼は討伐証明が必要になる。例えばゴブリンであれば鼻を削いだり骨を回収したり。
普段なら素材を回収していれば素材の納品が大体証明も兼ねているのであまり深く気にすることでもない話ではあるんだが。
今回は冒険者ギルドのクエストではないとはいえ、もしかしてマズいか……?
「いえ、問題はありませんよ。秘密裡かつ即座に対処できたおかげで、証明すべき証拠は全て手中に収まっていると言えます」
「あ! ていうか子供たち眠らすの予定に無かったよね? 私結構大変だったんだけど!」
孤児院に戻ると、話が聞こえていたのかアリアとベルが会話に加わってきた。
というかなんだかベルが怒ってる……というほどじゃないがだいぶ不満げな顔をしている。
「あー、すみませんベルさん……とっさのことだったんですが流石に子供たちは巻き込まない方が良いかと思いまして……」
「いやまぁこれくらい対処出来るし別にいいけどさぁ。でもなんかこう、結果的に良しとしても多少なりの合図とか欲しかったかなぁ……?」
「いやはやホントすみません……」
エステルは素直に非を認めたが、実際難しい場面だったように思う。
それに、ベルならその程度造作もなかっただろう。普段の様子からはそう見えないが、これでも非常に優秀なベテラン冒険者なのだから。
とはいえ、冒険者のパーティでは連携のための意思疎通が必要不可欠といえるし、独断専行はあまり良いとは言えないのだが。
まぁその辺は正直、俺もあまり人のことは言えない。
割と感覚で動いてしまうから、今のパーティ組むまで連携苦手でずっと基本ソロだったしな……。
「……」
「さて」
アリアが声をあげ仕切り直す。
その足元には拘束された修道士の男が、苦々しい表情ながらも抵抗することもなく無言で転がっている。
弁明も行う様子も無いということは、黒と見て良いのか。
流石にここまで不審な状況が揃っていて全くの冤罪ということも無いとは思えるが。
「これより審問を、と言いたいところですがあまり時間を掛けるべきではないでしょう」
「まぁ明らかに組織的な動きっぽいしね。どうすんの?」
「『
「りょーかい。ちなみにエステルちゃん、この建物に何か怪しい空間はありそう? 前の洞窟みたく調べてるでしょ?」
「ええ、はい、地下室があるようです。先程探査して確認しました」
「手際が良いな……俺はどうしたらいい?」
「アル様は子供たちの保護とこの男の監視をお願いいたします。ベルさんは周囲の警戒を。恐らく気取られてはいないと思いますが、何かしらの紐が繋がっている可能性もあり得ますので」
「ひも? ……あ、監視的な話ね。わかった、見てくる」
「私とエステルさんは地下室を調べに向かいます」
……打ち合わせをしている最中も、修道士の男は不気味なほど静かだ。
しかしエステルが地下室に言及した辺りから若干顔色が悪く見える。きっと何かあるのだろう。
この男だって、アリアたちと同じく信仰をもって女神に仕えていた存在のだったはずだ。
何が道を踏み外すきっかけになったのか。気にはなるが、俺が気にしても仕方のない領域でもある。
俺がこの場に残り、三人が離れていく。
とにかく何にせよ、長い寄り道だったがこれでこのクエストも大詰め。
最後まで気を抜くことなく集中しなければな。
……。
とはいえ……現状やることは特に無い。
監視対象の男は不自然なほど大人しく、保護対象の子供たちは何が起こったか知ることも無く眠り続けている。
ちゃんと意識はそちらにも割いているが、どうしても思考が渦を巻くように頭の中を巡ろうとする。
……もしかしたらこの修道士の男も、抵抗しない、のではなくできない、ということだろうか。
取り押さえる現場にはアリアとエステルがいた。魔術や奇跡によって、物理的にだけではなくそうした拘束など行われている可能性もあるのだろう。
聖剣がチカチカ光り、曖昧な肯定の意思が届く。……これはどっちの意味だ?
聖剣と正確な意思疎通ができるなら、そういう魔術や奇跡、魔物の魔法などの判別もその場その場で巧く行うことができるんだろうが。
やはり、まだ俺は勇者として未熟らしい。
……そう、勇者。
ああそうだ、俺は勇者にならなければならない。
でも、そのために、俺は何をしたらいい。どのように振舞えばいい。
俺は、あいつの勇者になるために、何ができる……?
「お悩みの様子だね」
誰かが近づいてくる気配がした。
敵意は感じず、聖剣にも反応はほとんどない。
そこにいたのは修道女のような恰好をした、浅黒い肌で活発そうな印象の、少年みたいで小柄な少女。
俺が少し怪訝な表情をしてしまっていたのか、少し笑いながら立ち止まり、アリアも持っている教会の司祭印を取り出して見せてくれた。
アリアが呼んだ応援の聖職者だろうか。
この場所での出来事を考えるとそれだけで信用するのは危ないようにも思えるが、どことなくアリアに似た雰囲気があり、聖剣の反応からも問題なさそうに感じる。
まぁ見た目はアリアと似ても似つかないが。
体型の特徴だけ見たらむしろあいつに似てるな。非常に薄い。
顔はかなり整ってるが、流石にそこはあいつには勝てないか。
さっきの偽修道女は顔だけならあいつ並だったが。
……って、いやいやダメだろ俺。
こうやっていちいち値踏みするような考えはあいつにもこの子にも失礼だ。
女性が多いパーティで禁欲気味の生活が続いてるとはいえ、ここ最近思考がそっちに逸れがちだろ……本当に反省しないとな……。
「ふふふ、勇者くんも男の子ってことかな。そういう視線はバレやすいから気を付けた方がいいよ」
「え、ああいや、すまない」
「まぁ僕はむしろドンとこいだけどね」
いや近い。急に近い。
急接近され、思わず大きくのけぞって避けてしまう。
「はは、うぶだね。可愛らしい。それに報告には聞いてたけど中々端正な顔立ちじゃないか。……はぁ。今からでも僕が勇者担当ってことにならないかなぁ」
「……その、勇者というのはやめてくれ。というか、俺に構ってていいのか? アリアの応援に来たんだよな?」
俺を見て勇者と言ったということは、少なくとも法国の関係者だろう。アリアは俺と聖剣のことを定期的に報告しているらしいし。
教国の人たちは俺を見ても特段反応は無かったから、俺についての情報の共有は教会内でも法国と教国の間でそこまで細かくは行われてないようだが。
しかしとりあえず、審問のための応援ということは修道士の男に用があるはずだよな……?
というかこの子一人だけなのか? 応援にしては少ないのでは……?
「ああ、大丈夫だよ。時間はたっぷりある。周囲に魔物の勢力が無いことは僕の感知の奇跡で確認済みだし、この男の無力化も無毒化もしっかりされてるようだからね。流石はアリア、抜かりない」
「……無毒化?」
「自ら口封じを行う可能性。自殺防止だね」
……思いつかなかった。
そうか、この男の背後に何か組織的な繋がりがあるなら、そういう可能性もあったのか。
「奇跡と、……魔術かな。とにかく抵抗の手段がことごとく排除されてる。大丈夫さ。まぁこれから考えるべきことは多いけど。そういった意味で言えば大丈夫ではないかな……」
「……」
「……ああほんとやってくれたなぁこいつ。いろんな意味で最悪にかなり近い極悪じゃないか。あっち側に知られる前にこっち側でほとんど対処できそうなだけまだマシだけどさぁ……」
修道士の男をじろりとねめ回すその顔は、かなり難しそうな表情をしている。当然のことながら、やはり教会としては大問題ということなんだろう。
俺にはその最悪がどれほどか想像もつかないが、ここまでのアリアやこの子の表情からもこれがかなりマズい事件ということは多少理解できる。
「ま、とりあえず審問のための聴取をさせてもらうよ。勇者……アルくん」
しかし、くるりと振り返ったその表情は場違いなほど明るく温かい様子を見せる。
まるで太陽のような、というより、太陽に照らされる大地のような。
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」
不意をつくようにふわりと近づき、上目遣いで見上げてくる。
その表情は不思議と、聖職者とは思えないほど妖艶なものに思えた。
「改めて、初めまして。僕はテッラ。地を司る聖女……の、見習いさ」
・・・
「なるほど」
それから何分経ったか分からないが、孤児院でのこと、偽修道女とのやり取りなど一通りのことは話せたと思う。
「魔族との対話はあまり望ましくないけど、なるほどね。……でもそんなに気にすることでもないよ」
「……」
「結局、全てを受け入れられる正しさなんか存在しないんだ。少なくとも神ではない人間の身には」
「……」
「正しさとは救いではなくある種の裁き。区分して捌くということ。だから僕らはこの世界で生き続けるために、常に残される側の正しさを貫かなければならない。本当の救いとはそうした裁きの先にあるものだからさ」
「……」
「んー……、まぁ深く考える必要はないよ。どうせ考えなくても世界は回るのだから、無理やり答えを見つける必要もない。時間が勝手に答えを見つけて解決してくれることだってある。悩むことに悩んで囚われるなら違うことをする方が建設的ってね」
「……」
「まぁまぁ、これも年長者としての助言ってやつさ」
……話が難しく、あまり理解は出来ていない。
なにが正しいのか。何が正しくないのか。何ができるのか。何をしたらいいのか。
考えても仕方ないなら、考える必要はない。そういうことなんだろうか。
何となく違う気もする。意味が無いことは価値が無いということではないだろう。
あとどうでもいいけど、この子俺より年上だったんだな……。
正直エステルより年下に見えたんだが……。
「戻りました。……ずいぶんお早い到着でしたね、テッラさん。いえ、あまり時間を掛けるべきではないのでお早いに越したことはないのですが」
「やぁやぁそちらこそ早かったじゃないかアリアさんや。もっと調査に時間かけても良かったんじゃない?」
アリアたちが戻ってきた。が、早々に不穏な気配を感じる。
そういえば聖女見習い同士で、アリアはこの子のことが苦手と言ってたっけか……?
一緒に戻ってきたエステルも若干困惑している様子。
「……審問は完了したのでしょうか?」
「いや、まだだよ。先に勇者くんの聴取をしてたのさ。ちょっと手間取りそうだから審問するなら場所を変えたかったしね」
「悠長ですね」
「僕は拙速より巧遅を尊ぶのさ。知ってるだろ? まぁアックァなら手っ取り早く審問終わらせられたんだろうけど、あの子は魔神担当だしさ」
「そういう教国担当のあなたは、伝令を受けられてから即座に飛んでこられた様子ですが。そもそも動けないはずのあなたではなく代わりに従者を遣わすと思っていましたが、現時点の仕事は放置して問題ないのでしょうか?」
「問題ないさ。問題ないようにしてきた。今、多少僕が抜けたところで均衡が崩れたりはしないようにしてあるからね」
「……」
「……」
両者ともに笑顔だ。
笑顔なんだが……雰囲気が何故か恐ろしい。
「あの、アルさん……? この状況っていったい……?」
「……いや俺もよくわからん」
そしてあの子……テッラとアリアの話し合いというか議論が始まったようだが。
教会の内部事情的な話を俺が聞いてもいいのか判断が難しかったので少し離れる。
いや、そのまま話してるということはおそらく俺たちに聞かせても問題ない話しかしてないのだろうが、一応念のためだ。
エステルも同じように考えたようで、俺と同じく距離を置くことにした様子。
「……」
「……」
そして二人で並んで、眠り続ける子供たちの様子を見守りながら、考える。
エステルは、地下室での調査については何も語らない。語れないことも多いのだろう。
あくまでエステルは臨時のパーティメンバーに過ぎない。それにしては事情にかなり深入りさせてしまってるように思える。
エステルはこの件で何も言っていないが、流石に負担となってしまってるのではないだろうか。
どうしていくべきなのか。正しくあるべき姿として、俺は。
「……」
「……」
「……正しさ、か」
「……?」
「ああいや、何でもない」
「……」
思わず、言葉が漏れてしまった。自問自答がなかなか止まらない。
しかし俺自身、もはや自分が何に悩んでいるのかも、正直それすらよくわかってない。
いわば悩むことに悩んでしまっている状態ともいえる。答えが見つからないのは当然かもしれない。
テッラが言ったように、これも時間が答えを見つけてくれるのだろうか。
「アルさん」
「……? どうした?」
「アルさんにとって、一番大事なものって何です?」
虚をつくような、唐突な質問。
訳が分からなかったが、エステルの表情からふざけている様子は見えない。
真面目に答えた方がいいのだろうか。
「……アルさん、なんかずっと悩んでますよね。この事件に介入することを決めてから。ずっとアルさんらしくない」
「……」
「いや、短い付き合いの私がアルさんらしいっていうのも変ですが」
「……そんなに変な様子だったか?」
「はい」
「……」
即答された。そんなに俺、変だったのか……。
自分では全然気づかなかったが……。
「魔術師心得。解決すべき問題は定義をし、単純にし、分割して対処すること」
「……?」
「特に定義、ですね。何が問題かが分かったら、その問題はほとんど解決したも同然ってことです」
「……」
「私にはアルさんが何に悩んでいるかわかりませんし、聞き出そうという気もありません」
「……」
「しかし、その問題の中で本当に大事なものが分かっていれば。正しさがその大事なものにとっての正しさかどうか、という点を第一に単純に考えればいいんじゃないでしょうか?」
「……大事なもの」
それはもちろん、あいつ。クーのこと。
……。
ああ、そうか。何を考えていたんだか。
俺は、あいつにとっての勇者になるんだから。
そうか、そうだ。俺としたことが、何をバカなこと考えてしまっていたんだろう。
自分で決めた役割に囚われて、優先順位を見誤ってしまってたようだ。
ただ、あいつが笑顔になれる世界を作るため。
俺は勇者として、世界から魔族の脅威を取り払わなければならない。
結果としてついでに世界を救うというだけなんだ。
俺の願いは一つだけ。その時、あいつの隣にいたい。
それだけなんだ。
そうだ、そうだったろ。
どうせ、悩んでいる間に結果が出る。世界には残酷に時が流れ、結果を作ってしまう。
ならば一番考えるべきは、より単純明快で、最も大事で重い、思いの核にとってのこと。
他のことは分割し、その後で、その次に考えて好きなだけ悩めばいい。
「……そうか。そうだな」
「……」
「ありがとう、なんかスッキリした気がする」
「……どういたしまして?」
はっきりとわかった。俺の願いの核は、この先、決して見失ってはならない。
エステルにお礼を言うと、何となく、本当に何となく、遠い目をされたような気がするが。
勇者としての迷いは晴れた。そう思えた。
……それでいいよな、聖剣。
・・・
聖剣ちゃん「なんか久々に聖剣っぽい仕事した気がする! ひゃっほう!!」
聖剣ちゃん「とりあえず私は主のためなら! 何でもいいし何でもするよ!!」
(作者の体調不良とか仕事多忙とか、いろいろありましたが言い訳無用でどうにかこうにかじわじわ更新再開してきたい……!)
(次回の魔女パート更新は来週の3/1予定)
(すみません3/5に延期します)
(※作者が今週唯一の休みに夕方まで爆睡し作業時間取れへんかったというファッキンドブカスな理由のため)