「ハイネさん。いや、不知火防衛室長に呼ばれまして…遅くなるかも知れないので軽食でおにぎり持ってきたんですが、食べます?」
「いいの⁉︎じゃあ貰うね」
「あ、それは…」
「あむ…ん、美味しいねこれ!佃煮?でも昆布にしては硬いし、エビっぽいな…中身は何?」
「その…イナゴの佃煮です…」
「ミ°」
連邦生徒会の防衛室にて、カヤはコーヒーを手に取って匂いを嗅ぎ、一口飲むと表情を緩めて満足そうに息を吐いていた。
「ふぅ……相変わらずムサシさんの淹れるコーヒーは美味しいですね。今回はエチオピアですか?」
「えぇ。グジのG-1でアナエロビック・ナチュラル処理です。良い香りでしょう?」
「えぇ。初めはコーヒーらしからぬフルーティな香りや酸味が苦手でしたが、今ではこういうのも良いものですね」
ムサシら大本営の3人はカヤに呼ばれて防衛室に来たが、知り合って少しくらいにムサシの淹れるコーヒーを気に入って以来、話の前にコーヒーを淹れて貰うのが通例となっていた。
というのも実はムサシは前世で自身の喫茶店開業のためバリスタ資格を有していた人物であり、その腕前は確かなものであった。キヴォトスでは資格の取得条件が割と緩く、既にバリスタ資格を再取得し卒業後は前世で成し得なかった自身の店を開くことを目標としていたのであった。*1
なおカヤ以外にも、カンナやヒナ、イロハなどのコーヒーを好む生徒からも気に入られており、アコやカリン、アカネに淹れ方を教えてたりしていた。
「それで…今回お呼びした理由は?」
「身構えなくとも、深刻な話ではありません。アリウスの生徒達についてですが、彼女らの背景の理解度が我々連絡生徒会や各自治区で深まって考慮すべきとの声が多くなったことや、奉仕活動の貢献具合を鑑みて監視などの制限の緩和を行うことが決まりましてね。気にかけていた貴女方に先に伝えようと思いましてね」
それを聞き、ムサシたちはホッとした顔を浮かべていた。
大和やトリニティを中心とした支援活動によりアリウス生徒達の健康状態も改善され許可を得た者から外部への奉仕活動で顔を出していった結果、活動先の住民達から思っていたより悪い子達ではないと判断され、馴染んでいったのが大きな要因であった。
自治区の復興も新たな土地開発先として多数の企業が立候補したが、悪徳企業が入ってこれないようティーパーティ行政官やアマツら経済部の審査を受けて認められた企業が参入し、だいぶ住みやすくなり治安の方もスバルを中心としたメンバーが風紀委員のような組織を作り活動する事で安定化していた。
「それとこれは別件ですが…監視係の報告によると、サオリさんが時折夜に魘されてるとアツコさんから相談を受けたということです。うわごとの内容からしてムサシさんを銃撃した罪悪感によるPTSDの可能性がありますので、気にかけておいた方がよろしいかと」
「なるほど…あとで相談に乗っておきますかね」
話は終わり、退出するとムサシたちは顔を見合わせていた。
「アリウスの立場が良くなったのはいいが…サオリが心配だな」
「無理もありませんよ。元々はサオリちゃん、優しい子だったのを無理に厳しい性格に変えた挙句、先生とは違って普通は銃を受け付けない同じ生徒の司令官を銃撃して死なせかけたんですから」
「その相手がマダムの支配から解放してくれたうえに、仲間たちの面倒や自治区の復興にまで手を貸してくれたのなら、余計に罪悪感が増しますよ…」
2人の言葉を聞き、ムサシは顎に手を当てて考える。
出来ることならサオリのケアをしてあげたいが、罪悪感の原因である自分が接触して下手な慰めをしては逆効果になると理解してるが、かといって何もしないのは彼女の心情的に難しいことであった。
(悪夢だけでもなんとかしてあげなきゃな…アレ、作ってみるかな)
「まぁ、私はこのあとミサキちゃんをササコちゃんとこに連れてくのでその時に聞いてみますね」
「ササコ?あぁ、花粉症治療か」
ーー ・ーー・ー ・・・ー ・・ ー・ーー・ ・・ー・・ *2
「…別に治さなくてもいいのに」
「ダメよ。ちゃんと治さないと辛いでしょ?」
「人生なんて辛い事ばかりなんだから、今更一つくらい増えても…」
「辛いことばかりじゃないわよ。これから楽しいことも起きるんだから、花粉症で楽しめないのは勿体無いでしょ?」
治療を拒む言い訳にニコニコと反論され、ミサキは諦めてコハクに連行されていった。保護されてからはやたらと可愛がられ、少々鬱陶しさを感じてはいるものの、スクワッドのメンバー以外から優しくされるのは悪い気分ではなかった。
大和自治区内の研究棟の一室に入ると、白衣を着た紫の髪の少女が振り向き、会釈していた。
「む、もうこんな時間でしたか。副司令官、彼女が例の?」
「そう。花粉症のミサキちゃん。でミサキちゃん。この子がササコちゃんっていって、細菌学のトップで、菌由来の薬や発酵食品の開発をしているの」
毒島ササコ。元山海経練丹術研究会二年生でサヤの同期であり、コハクが述べた通り、細菌学に長けていたがさらなる研究に必要な設備の導入に対して保守的な玄龍門から難色を示されたためこちらに転入し、今では主にそれを応用した薬品やキノコの栽培に加えて発酵食品の開発に協力していた。
「細菌学と花粉症に何の関係が?」
「腸内環境を整えれば免疫機能が向上して花粉症が緩和されるんスよ。で、貰った資料だときみは乳製品のアレルギーも無いし、乳糖不耐症でもないと…。ヨーグルトは好き?」
「…さぁね。食べた事ない物の好き嫌いはわからないよ」
「そ、そうかぁ……取り敢えずコレ飲んでみてよ。ウチ特製の花粉症用飲むヨーグルト。評判良いんだよ?」
ササコが保冷ケースから小ぶりのペットボトルを差し出すと、ミサキはそれを手に取り、蓋を開けて中身を不思議そうに見た後、匂いを嗅ぎやや警戒しながら口にする。その時、一緒だけ目を輝かせたのをコハクは見逃さなかった。
そのまま一気に飲み干して口を離すと、いつもの仏頂面からほんの少し表情を緩めていた。
「変な味…。でも、嫌ではないかな」
「良かった。じゃあ取り敢えず二週間分渡すから、1日一本好きなタイミングで飲んでね。初めは急な腸内環境の変化でお腹が緩くなるけど、ある程度経ったら元に戻るよ。でもずっと続くなら別のに変えるから言ってね。連絡先はコレね」
連絡先と飲むヨーグルトを貰い、味が気に入ったのかどこか機嫌のいいミサキに微笑みながらコハクは研究棟をあとにする。
…その後、共用の冷蔵庫に入れたのが災いしおやつと勘違いしたヒヨリが複数本一度に飲んでしまい、しばらくお腹が緩くなったのは別の話である。
・ー・・・ ー・・ー ー・・ー・ ーー・ *3
数日後、ある物を作ったムサシはサオリのいる保護施設に向かうが、彼女は今病院にいると言われ、ムサシはその病院に向かっていた。
(多分、特攻して入院中の子たちの見舞いかな。まだ目を覚さない子もいるし…)
受付を済ませ、サオリが向かった病室に行くと、何やら怒鳴り声のようなものが聞こえ、何事かと身構えていた。
「……二度とその顔見せないでッ‼︎アンタの顔なんか見たくないし、この子に関わらないでよ‼︎」
直後、何か液体が溢れた音に続いて啜り泣く声とそれを宥める看護師の声が聞こえてきてわけがわからない状況に困惑していると、顔と髪全体を濡らしたサオリと気まずそうな顔をしたスバルが病室から出ていき、ムサシと目があった。
「サオリ…?」
「ムサシか…見苦しいとこを見られてしまったな…」
屋上の休憩スペースに行き、タオルを渡して髪を拭くのを待っていると、スバルが代わりに説明し始めた。
「私は止めたのですが…どうしても行かないと気が済まないと言いましてね。まだ意識の戻らない子の見舞いに行ったら、その子の友達とバッタリ出くわしてしまいまして…それであんな感じに…」
「なるほど…特攻の指示はマダムにしても、そうなったのはミサイルが失敗したからで、その時のリーダーはサオリだったからな。それにしてはやけに恨みが強く感じられたが?」
その疑問に対し、サオリは一瞬肩をビクリとさせたあと、重苦しそうに口を開いた。
「……ミサキたちから、私がアツコを救うために厳しく周りを指導してたのは知っているだろう?」
「あぁ。あまりにも厳しくて、メンタルをやった子の面倒をスバルが見てたというのも聞いたが……ッ!まさか……⁉︎」
ある一つの可能性に気がつき顔を強張らせると、ムサシの様子に気づいたサオリは震える声で言葉を続けていた。
「そうだ……!あの日、特攻した子たちは…マダムから落ちこぼれ扱いされた子で、その殆どは………私の行き過ぎた指導で、心が折れた子たちだったんだ…‼︎」
そこまで言うとサオリは顔を手で覆い、その隙間から涙を溢れさせて嗚咽を漏らしていた。
「あの日、特攻していった顔ぶれを一瞬みて気のせいだと思いたかった…!でも、作戦が進むにつれて倒れている顔や、終わったあとで保護された子たちの顔を見てハッキリと自分のやった事を理解してしまった…‼︎私は、アツコを守りたいが故にそれ以外を蔑ろにして、あんな目に遭わせて…しまいにはこちらに手を伸ばしてくれたムサシまで手にかけようと…‼︎」
「……」
「たまに夢を見るんだ…突然あの日になって、周りから怨嗟の声を浴びせられ、何故あの日に戻ったかわからずに逃げていくも、特攻で傷ついた子たちがお前のせいだと睨んで訴えてきて…それでも逃げてくと、最後には事切れたムサシの遺体に躓いた後、それが起き上がって何故撃ったと言いながら首を絞めてくる…そんな夢だ…」
よく見るとサオリの顔色は悪く、最近あまり眠れていない事が見てわかり、ムサシは想像以上に深い心の傷を負っているサオリに胸を痛めていた。
「……もしかしたら、今私がいるここは、私が勝手に思っている都合のいい夢で、本当の私は拘置場で現実逃避をしてるんじゃないかって…」
投げやり気味に話すサオリだが、ふと視界が暗くなったと思うとすぐに温かく柔らかい感触に包まれていき、すぐにムサシに抱き包まれて頭を胸に埋められてるのだと理解した。
「ム、ムサシ…⁉︎」
「サオリ…。よく耳を澄ませてみな」
ムサシに促され、サオリは耳を澄ませる。すると…
とくん…とくん…
ムサシの心臓の音が優しく耳に響き、不安定になっていたサオリの心を落ち着かせていた。
「聞こえるか?私の鼓動。これが夢ならこんな風には聞こえないし、体温も感じないだろ?だから、これは現実だよ」
優しく声をかけ、そのまま背中を摩って安心感を与えていく。
「サオリ、キミは確かに恨まれても仕方のないことをしたのかも知れない。けれど、それを悔やむ優しさがあるのなら、いつか許してもらえる日が来るかもしれない。だから、その…あまり自分を嫌いにならないでくれ。少なくとも、私はキミの味方だし、あの時のことは恨んでないよ」
その言葉に安心したのかサオリは縋りつき、今まで我慢してた分を放出するかのように泣き、ムサシはずっと黙って撫で続けていた。
スバルも長年のパートナーが重荷から解放されていく様子を見て涙ぐみ、側に居続けていた。
「……それで、なんでムサシはここに?」
「あ、そうだった。キミが悪夢を見てると聞いてね。御守りを作ったから渡しに来たんだ」
気分が落ち着き、目を赤く腫らしたサオリが問いかけると、ムサシは思い出したかのように小箱を取り出して手渡した。
サオリが箱を開けると、三つの羽飾りの付いた丸い木の枠に蜘蛛の巣のように糸が張ってある飾りが顔を覗かせていた。
「えっと…コレは?」
「ドリームキャッチャーといってね。ベッドの近くに吊るすと網の部分で悪い夢を捕まえてくれるっていうおまじないがある御守りだよ。で、どうせならと私の左右の翼の羽と尾羽を使ってみた。これなら私がキミを罰する夢を見る筈ないだろ?」
説明を受けながらサオリはドリームキャッチャーを持ち上げ、日に当たってキラキラと輝く緑青色の羽根を眺め、頬を緩ませていた。
「私の為に……ありがとうムサシ。大事に使わせて貰おう」
「気に入ってくれて良かったよ。じゃあ、また何かあればまたいつでも相談に乗るから」
ムサシがその場を去ったあとも、サオリはドリームキャッチャーを嬉しそうに見つめ続け、大事に箱にしまい直した。
「…何と言うか、本当に変わった人ですね。まぁ、そのおかげで私たちは解放されたわけですが」
「あぁ。本当にあの人は太陽みたいだ…。歴史の影に埋もれて、影の中で生きる道しか知らなかった私たちを優しく照らしてくれる、太陽のような人だ」
大事そうに小箱を抱き抱えるサオリに、スバルは思わず口を開いていた。
「…好きなら好きと言えばいいんじゃないです?あの様子じゃ、同性とか負い目とか気にするタチじゃなさそうですし」
「なっ……⁉︎別に、そういうわけでは…!私はただ、恩人として彼女のような優しい人間になりたいと思ってるだけで…」
「そう思ってる時点でだいぶ意識してますよね?他の人にも優しくしてるのならライバルは多そうですし、早めに伝えたほうが身のためですよ。別に世間体とかも気にする人でもないんですから」
そこまで聞くと、サオリは躊躇うような顔を浮かべていた。
「…ムサシが気にしなくても、私が気にするんだ。それに、仮に交際したらあの人がアリウスを助けた理由を邪推する人間がいるかも知れない。それが私には耐えられないんだ…。だから、隣に立つのは…」
その日から、サオリは悪夢を見ることは無くなったのであった。
雪代水は巡りゆく
巡りてやがて陽へ昇る
されどどんなに昇っても
Q.なんで下手すりゃ本編以上にサオリのメンタルがやられてるんです?
A.オラトリオでサオリにメンタルやられた子がいると聞いて悪魔的ひらめきが浮かんだんです。後悔はない。
サオリがムサシに抱いてるのは限りなく恋愛に近い敬愛です。
本人が距離感近いし人たらしだからね、仕方ないね。
・毒島ササコ
名前の由来はドクササコ。
本文通り元山海経生徒で、実は転入したのはキサキのために菌類由来の治療薬開発をするため。時折自作の飲むヨーグルトや甘酒をルミ経由で渡してる。
・ムサシ製ドリームキャッチャー
ムサシがサオリのために自身の羽根で作った御守り。
実質八咫烏の羽根なので御利益があるってレベルではない。
なお、トリニティ的な考えでは下手すりゃ出征御守りのアレと同レベルの物ではと思われる可能性大。